死神さんは隣にいる。

歯車

56.交、渉……あるぇ?

 戦闘は終わったが、一件落着ではなかった。


 別段時間も手間も特にかかりはしなかった残念無念のつまらん三文芝居だったが、まあ暇つぶしにはなったし、あのラストさえなければまあまあ面白いといえた。最後の無能将軍は少し、いやかなり駄目だったけれど、あれほどの数をまとめ得る才能は眠らせるには惜しい。


 まあ、ソレはさて置き。


 これまでのあれこれはつまらんジョークで済むからいいが、これからは少し真面目な話だ。何せ、上位プレイヤー陣との面倒な交渉事と、それを終えてからいろいろな面倒――まあ報酬とか褒賞とか未来とか――を思うと鬱屈な気分になってくる。


 ちゃっちゃと射出システムを使って帰ってきた僕だが、実のところ、戦闘は粗方片付き、これから後始末、並びに戦利品を集める作業が残っている。今更アイテムを隠そうとする愚か者もいないだろう。そんなことをすれば上位陣が殺しにかかるし、何より僕たちを敵に回すことになる。それだけは避けたいはずだ。


 と、そんなことを頭の中でぐるぐる考えていると、恐らくある程度作業を終えたのであろう、背後に数十体からなる亡霊レイスと思しきモンスターをまるで近衛兵のように侍らせた黒くも黄金の双眸を持つ少女がこちらにやってくる。シオンだ。


「お待たせいたしました」
「ん? 大丈夫だよ特に待ってもないし」
「……それは狙っての発言でしょうか?」
「ばっ、おまっ、ちがっ」


 んなわきゃないじゃんばーかばーか!


 べっ、別に特に何か思って言ったわけじゃないし! ただの配慮っていうか、安心させるためっていうか、それだけだし! それ以外のことなんて別に考えてないから!


 僕は荒ぶる心を落ち着かせ、「す~は~」と深呼吸を繰り返し、一息ついた。それから、冷静を装ってシオンに話しかけた。


「それで? ある程度見当はついた?」


 実はシオンには、あの謎の黒幕扱いになっていた者の正体を探らせていたのだ。


 街についてから特にやることもなかったために、会議の時間までにある程度の情報を集めるとシオンが提案したため、それじゃあよろしくと奔走させていたのである。結果は本人の満足気な、かつ非常にこちらを苛立たせてくるドヤ顔の通りに――――


「ええ、勿論でございます。当然ながら、リストアップ、位置の特定、ある程度のステータス、ざっくりとした個人情報でさえも――――」
「それはいらない」
「さいですか。ですがもうリストに載せてしまったので、共犯ですね」
「んなわけあるか書き直せ」
「面倒なのでパスします」
「ぬ、ぐ……」


 畜生、なんて扱い辛い従者だ。というかさり気なく犯罪の片棒担がせようとしやがったな。なんてことするんだ。


 僕は引き攣った笑みを浮かべつつも、なるべく周囲の目を配慮して、自身が上だということを意識しつつ言葉を返した。


「ま、まあ、そっちは後で目を通しておく。ご苦労だったな、シオン」
「いえいえ、これくらいは、当然のことの範疇です。しかし、この後の交渉、一体どうされるので?」
「ふむ、そうだな……」


 ぶっちゃけ、上位プレイヤーが不平不満をぶちまけてくるのは予想できる。というか、そりゃ腹も立つわという話だ。謎のモンゴル人を辛うじて撃破した元寇後の幕府の御家人の気分であろう。最終的に反逆起こして何とかなったんだっけ? やっばいこれ多分中学の内容じゃん。


 それはともかく、その不満をぶっちゃける相手は、当然ながら僕らになるが、僕たちはその一切を聞き入れてはいけない。どれだけ素晴らしい折衷案が出ても、絶対に賛成してはいけない。それは上位陣にとって利益・・だ。そして彼らに利益を与えることは、彼らに媚びとまではいかなくとも、好意を見せることと同じ。しかし、それではこちらが舐められる。それは何としても避けなくてはならない。


 一番いいのは、「てめぇらを ふりまわしたけど もんくある?」だ。わお、五七五だ。
こうすれば、正直有象無象が攻めてきたところで、クランメンバーを集めれば総力戦で勝てる・・・・・・・。であるなら、わざわざ怖気づく必要もない。さらに言うなら、ここはかつてのベータ時代のような、超常的プレイヤー、すなわち高レベル者はいないのだ。低レベル帯ならただただ無双ゲーである。


 しかし、上位プレイヤー達は、恐らく面倒な交渉に出るだろう。例えば、「これから後進の育成のためにも、たくさんの装備が必要なのです」とか、「我々は何も知らされていない」とか、「狩場の独占分、私たちの成長が遅れたのなら、そこは補うべきじゃないか」とか、「俺たちは中位・・プレイヤーなのに、何もなしとかひどくね」とか……まあいろいろだ。


 そして、それらの沢山の意見をガン無視し、鼻で嗤い、握りつぶしてゴミ箱にポイっとするのが僕たちのやることだ。しかし、ポイっとするにもいろいろと手間がかかる。


 まず、反論は絶対しなければいけない。論破して案そのものを叩き潰さなきゃいけない。そうしなければ、「脳の無い奴」と嗤われる。そうなると、今後彼らからのアクションが非常に多くなり、鬱陶しくなる。薙ぎ払えばさらに直情的な奴だと馬鹿にされる。それは限りなく不愉快だ。


 次に、反論し過ぎてもいけない。散々言葉を跳ね返せば、頑固な奴だと、やはり軽くみられる。そうまでして、そんなにも、そう思われてもいけない。反論は最低限の言葉で、押し黙らせるようにしなければならない。


 さらに、反感を買うのもいけない。確かに僕たちのクランに勝るものは居ないと断ずることは可能だが、それはベータ時代の話だ。これから先、「金の卵」が出てきたりすれば、ぜひともお友達になりたいものだ。故に、ここで暴君の称号を授かるのは、悪手と言わざるを得ない。ちゃんと双方が納得できる形で、終わらせないといけない。


 まだまだ気を付けなければならないことは山ほどある。そしてそれらはほぼすべて、僕たちのイメージダウンに繋がるものだ。そうなれば絡んでくる輩は増えることだろうし、最悪付けあがられて、リアルで絡まれても困る。そうなってしまえば……


    消さなきゃいけない・・・・・・・・・からだ。


 そして何より、今回の事件に関わった理由は、サレッジが合格・・・・・・・したからであって、新規勢のために一肌脱いであげたわけじゃない。


 そのことをしっかりと心の刻んでもらわなければ困る。


「先に、りゅーとアクラム、羊飼いとヴランを呼んでおきましょうか? 彼らならばすぐに集まると思いますが」
「りゅーちゃんはダメ。あの子は今自宅で反省中のはずだから」
「……何やったんです?」
「……僕の覇王様の由来が姉さんと従妹にバレた」
「……ぶふっ、す、すみま、くっ、せっ、くくく」


 笑うなし! 大体最初の案はお前じゃん! それに悪乗りしたやつがぐいぐい来るから、仕方なくこうなったんじゃん!


 ……という言葉を必死に抑え込んで、今は目の前のことに集中する。今はそんな下らないことに時間を費やしている場合じゃない。ついでにシオンの頭を引っ叩いて現実に戻す。仮想空間だけど。


「それで、一応呼んでおきますか?」
「いや、大丈夫でしょ。別に戦力が必要な段階でもないし。それに、僕とシオンがいるなら大抵のことは何とかなるよ」
「……ふふっ、そうでございました」


 そう言って、にっこり微笑むシオン。ちょっと恥ずかしいことを言ったと先の発言を振り返り、顔が赤くなる。し、信頼しているだけだし……。それ以上のことは何もないし……。


 僕は極力シオンの顔を見ないで言った。


「ごほんっ。ひとまず、彼らの意見への対応をよろしく。場合によってはある程度口出ししていく形になると思うから、そのつもりで」
「ふふ、また何かしらの演出でも施しておきましょうか」
「……ぐ、お、お願いします」
「あら? 嫌そうな口ぶりですこと。まあいいでしょう」


 だってシオンに任せたら途轍もなく過剰演出だし基本その後がアドリブだし何より割といろいろ壊しにかかるしで、決心がつくには度胸がいるんだもん。


 しかし、今回ばかりはそうもいっていられない。なにせ僕とシオンはまだしも、他のクランメンバーに迷惑がかかるかもしれないし、場合によっては従妹と姉さんの今後のプレイにも差しさわりがある可能性が高い。であれば全力の威圧を以て臨むのは当然といえよう。


「随分と大きな建物ですね」
「そーだね。よくもまあこんなところに序盤から来ようと思ったものだ。味覚はあるからいいんだけどさ」


 やがて、交渉場、首都アイルヘルのとある高級レストラン、「アポロの彩食」と呼ばれる場所の入り口にやってきた。大きなレストランで、大分繁盛しているのか外にも声が聞こえてくる。目の前には荘厳な大扉がどっしりと構えている。


 僕はアイテムボックスから、初心者の大鎌を取り出す。今装備している精霊樹の大鎌と合わせて二つの大鎌をそれぞれ片手ずつ持ち、以前捨ててしまった双大鎌術のような持ち方を取る。


 このゲームは特に職業と関わりがなかろうと、スキルを持っていなかろうと、特に装備品には関係ない。ある程度自由に装備を使うことが出来るし、決まった相手しか装備できなかったり特殊な条件を持っていたり、まだ先のコンテンツながら種族差的な意味で装備できなかったりということもあるが、ほとんどどの武器も装備が可能だ。そうして使い続けていれば、本職には劣った形であるにせよ、そのキャラに合ったスキルを獲得できる。努力すれば追い越すこともできなくはないが、それは本人の技量次第だ。


 しかし、装備できるとはいっても、例えば二本の長剣を装備した男が、『双剣術』ではなく例えば『長剣術』というスキル、つまり一本が前提のスキルを持っていた場合、そのスキルのアーツや補正効果は例外を除いて・・・・・・一本分しか発揮しない。当然ながら僕はそのうちの一人であり、大鎌は二つ持っても意味はない。


 しかし、今はこれで十分だった。何より、威圧感が増す。


 僕の今の姿はローブこそ高級感のあるものだが、それ以外は初期装備。流石に現段階ではそういう人の方が多いと思うが、しかし「覇王様」がそれでは、少々物足りないだろう。初期装備でやってくる「覇王様」など、炊かれていない米を皿に盛り付けるようなものだ。それは「覇王様(笑)」である。


 しかし、だからと言って、何か装備できるものがあるわけでもない。そんなものがあるならとっくに装備している。PKから奪った戦利品は、まだ報酬が分配されていないのだから使うべきではないし、かといってシオンが何か持っているというわけでもない。何よりシオンのスキルでは他人の装備は作れない。あれは本人が触れ続けて形を成すものだ。地面などならともかく、装備に亡霊を宿す場合は確か自身が触れ続けなければならなかった……ような気がする。


 であるからこそ、大鎌二刀流である。これなら多少は恐ろしさも増すだろう。「初心者」の文字がなければ、ボロボロの分こっちのが怖いし。


 あとは、ヤヒメからもらった黒いシャツと、同じく黒のズボンがあるからそれを装備。序盤、それも始まって二日か三日ほどの装備としては大分上等だろう。


 これなら、まあとくに身だしなみもおかしくないし、聖なる樹という名前のくせして何故か真っ黒のローブを装備すれば、合わないことはないだろう。


 ファッションにクソ疎い僕からすれば、上から下まで同じにすれば、とりあえずダサくないと思うしね。
少なくとも、装備するものがなかったからとピンクと黒と青色という謎の三色で構成した装備よりはマシだね。ああ、時折黄色も交じってたかな。


 さて、とりあえず準備万端。満を持して開けることにしようか。


 ガチャリ、とこれまた重苦しい音が鳴り、重厚な扉が開いた。差し込む灯はとても煌びやかで、なんとも豪華さを感じさせるシャンデリアが目に映り――――


 次いで映った光景に、目を見開いた。


「……えっと、なにこれ……?」
「ほう、これは何とも」


 シオンがどこか感心したような声で、目に見える全ての・・・・・・・・プレイヤーが膝を・・・・・・・・付いて頭を垂れた・・・・・・・・様に、そう呟いた。


 えっえぇ……? なにこれ……?



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