死神さんは隣にいる。

歯車

52.死神(元覇王様)降臨

時は数分前、侵攻作戦実行前に遡る――――








「うーん、見た感じ、あんまり敵はいないようだな。つまらん」
「いやいや、つまらんて。奇襲成功を喜ぶべきでしょうよ」
「気安いな?」
「すみませんでしたこの通りです二度としませんマジで許してくださいお願いしまぁす!!」


 わかればよろしい。


 そんな下らない事をやっている場合ではないのだが、今この指示が出ていない現状、やることがなさ過ぎて暇なのだ。察してほしい。


 さて、僕ですシキメです、こんにちは。


 只今奇襲部隊として荒野の岩場に身を潜めています。合図が出たら蹴散らせというとてもシンプルな行動原理に基づいて、待機中であります。


 部隊編成は移動に重きを置いた機動型の槍兵で固めております。しかし、突撃重視ならこれが一番いいと太鼓判を押された部隊なのですが、ぶっちゃけ手柄が欲しいだけだろうと思います。STRほぼ極振り器用型脳筋の僕に対し、当てつけのように用意された槍兵達は、随分戦意旺盛に見えます。


 まあ、キルスコアで負けたくはないね。それで負けても、それだけ連中がさぼらず働いたってことだし、新人さんたちにちょっかいをかけるようなこともなかったってことだから、来た意味ないわけではないんだけど、何か負けたらダメな気がする。なぜかはわからないが、本能が負けたら恥だと強く訴えてくるのだ。であれば負けてはなるまい。


 幸い、勝ち目はある。機動特化の連中に勝つ方法は、ちゃんとあるのだ。


 あの木製の巨狼を打倒したとき手に入ったスキル、中でも随分と面白そうなもの・・・・・・・を見つけた。これが想像通りならうまくいくだろう。


 まあそもそも、僕と連中のレベルが違い過ぎて正直鼻で嗤える。ほとんどの敵は一撃で、難なく倒せるし、それこそ無双ゲーの雑魚処理のようなストレス発散をしたいがためにこっちへ来たくらいである。
まだ、肝心の敵は随分少ないみたいだ。


 まあ奇襲みたいな形で来てしまったものの、シオンの話では今連中は狩りに出かけているとのこと。戻ってくるまでに制圧して盗られた分取り返してやるっていうのが本作戦の目標で、終わり次第、残敵を残らず掃討し、PK側の連中を余さずこっちに持ってくる次の作戦へ続くわけだ。


 まあ、シオンがいるし、万が一もない。シオンがあっちにいる以上は、本陣すらも返り討ちにしてしまいそうなものだが、きっと空気を読んでくれるだろう。うん、大丈夫だ。


 さて、シオンの話だともう少しだと思うんだけども。


「――――! 合図だっ!」
「行動開始! 音は漏らすなよ!」


 ぬ? 行動開始? マジかよ。


 途端、物凄い速度で走り抜けていく槍兵。恐らく突進系のアーツ、いや移動用のスキルも併用している。姉さんほどではないにしろ、それなりに早い速度で飛び出していく。一瞬で数メートルを優に超え、一度の跳躍で十数メートルに届かんとする者もいた。


 しかし、それでもなお聞こえるような声、あるいはエリアボイス――パーティを組んでいないプレイヤーに聞こえるように限定された空間内で発せる大声――で、耳障りにもふざけた声がまばらにも――――


「あれあれ? どうしましたぁ?」
「うわっ、覇王様脳筋説ってあれマジだったの?」
「え、うっそ、ついてこれないの?」
「おっそ~いwww」
「ちょwwwありえないんですけどwww」


 ――――殺す、特に後者二人。


「……《フォールン・ブラックアウト》」


 まずは成長した漆黒魔法により取得した魔法、《フォールン・ブラックアウト》を発動。割と時間がかかるが、とても汎用性に優れた魔法で、効果は衝撃を与えると周囲一帯、大体50メートル四方を真っ黒い煙で満たすボールを作る、というものだ。そう、蓄えて置けるものなのである。消費MPは五十。割高。


 このゲームの魔法生成物は、一般のアイテムと何ら変わりがない。そうじゃないゲームだとエフェクトであってアイテムじゃないとかすぐに消えてしまうとか色々だが、このゲームは触れるものは触れるし実態があるならアイテム化できる。なお、ここで言うアイテム化は所謂インベントリに放り込むこと。すると自動的にアイテムになる。


 例えば、相手にも寄るが炎の球はアイテム化できないが、土の球はアイテム化できる。ただ、アイテム化するにはしっかりと手に持っていないとできない。防御策には使えない。ちゃんとシステムに「所持」と判断されない限りアイテム化はできない。


 さて、それを踏まえて、この魔法の利点はといえば、それはMPが消費されないことと、筋力による超遠距離投擲である。


 まあ、今回はアイテム化し忘れていたのだが。


 これを既に背中が見えない槍部隊がいるであろう場所にぶん投げる。筋力特化のキャラによる投球は馬鹿にならない。一瞬で高く高く舞い上がり、恐らくは隕石のような勢いを伴って落下した。
一瞬で広まる煙幕。漆黒と称しても何ら不思議ではない黒い煙が辺り一面に広がっていく。遠くから見ているととても迫力のある光景だ。


 とと、次々。


「《ダーク・スローター》」


 育った結果の漆黒魔法、その二。


 これは、自分より劣る分身を生み出すスキルで、《ダーク・ヴィラン》と同じく数秒しか持たないが、凄まじいスキルだ。圧倒的といってもいい。最高、そう、現状最高にいいものだ。


 何せ、劣るとはいえ、僕の筋力は圧倒的なもの。ステータスは多分自キャラの三分の一ほどだろうか。それでも、現在ステータスを見れば誰でも顔が引き攣るような筋力を持った僕だ。そんじょそこらの木っ端モンスター、あるいは雑魚PK共など、一撃あるいは二撃で吹き飛ばすことが出来る。


 囮として活用もできるし、何ならそのまま戦力にもなり得る。これを使ってレベリングなど行えば、異常な速度で経験値が手に入ることだろう。惜しむらくは完全マニュアル操作なため、腕が増えたどころか人間もう一人分操作・・・・・・・・・・しなきゃいけない点だが、その点に関してはなんとかなるだろう・・・・・・・・・から目を瞑るとしよう。


 これだけとってもデメリットが非常に少ない・・・・・というのに、これの利点は、最大のメリットは、もっと大きい。


 それこそ、僕のこの『シキメ(死神バージョン)』というキャラの在り方を根本から変えることが出来る、凄まじい魔法なのだ。


 なんといっても、これは、僕にとって、移動手段・・・・に成り得るのだから。


「それじゃあ、よろしくね」
「……」


 無言でこくりと頷く僕そっくりの形ながら、顔がのっぺらぼうの分身。僕は分身を、ゆっくりとしゃがみ込ませ、僕の腰を持ち上げさせ、大きく振りかぶらせた・・・・・・・


 さて、覚悟を決めようか。


「ひっ……!」


 次の瞬間、僕は黒い煙幕に向けて、凄まじい速度で投げつけられた。ボスっとくぐもった音が鳴り、黒煙の中に突入する。


 どこがどこだか全くわからないほどに真っ黒な世界で、気配察知のおかげか敵の位置だけはよく分かった。岩場故に大きな障害物がなく、飛翔する僕に一切気づいていない様子なのは少し笑えてしまったほどだ。


「『サイレント・チェリッシュ』」


 そんな中、僕は切れ味を増し、音を遮断する・・・・・・アーツを発動。大鎌の刃がどこか禍々しい白色の光に包まれ、空気の抵抗感が薄れていく。それを僕は確認し、大きく振りかぶった。


 未だ勢い止まらぬ中、僕は大鎌を地面に叩き付ける・・・・・・・


「……成功!」


 かくして、僕は敵の陣地、それも大分奥の方に、無音で着陸した。


 着地直後に気配遮断、迷彩化に加え、新たに習得したスキル『漆幻舞踏しつげんぶとう』を発動。これはどうやら夜とか暗闇に紛れるのが上手くなるスキルらしく、自分でも実感は湧かないが、実際探知スキル持ちに何も思われていないようだ。


 そのまま着地した足をくるりと反転させ、その場の敵を大勢認識する。――――ふむ、45人くらいかな?


「『ドレッド・デストロイヤー』」


 なんと、豪鎌術のスキルレベルが上がり、驚くべきことに『ドレッド・ブレイク』が進化したのだ! アーツは進化すると前のものはもう使えなくなってしまうが、性能が上がったのでこちらの方が断然いい。


 消費MPと自傷ダメージが大幅に増えてしまったが、その分火力と範囲が桁違いになっている。文字通りだ。バ火力など、そんな軽いモノじゃない。頭がおかしい。


 少なくとも、この岩場全体をサックリ行けるくらいには。


「よいしょっ!」


 大鎌を大きくグルンッと振り抜く。すると、幾度か刃に抵抗があった後、消えた。恐らく敵プレイヤー達だろう。まあ、抵抗の意志すら見せず蒸発したっぽいし、気にするほどでもないかな。それに、避けたやつはちゃんと避けたみたいだし。三人くらい。


 因みに、味方は一人もヤッてない。巻き添えになる範囲に入るより早く攻撃したので、まだ辿り着いてすらいない。そろそろ来るだろうか。まあ、あんまりのんびりともしてはいられない。そろそろ《フォールン・ブラックアウト》の効果時間が切れるのだ。


 ゆっくりと、しかし確実に黒煙が晴れていく。大分晴れたころにはもう、PKの方もこちらも集まってきていた。霧の中でぶっ放したので、どれくらい減ったのか気づかれてはいないが、それも時間の問題か。


 しかし、覇王様として堂々と、宣言すべきだろう。


「やあ、断頭台に首と腕を置き、あとはギロチンが下ろされるのを待つ死刑囚の諸君」


 挨拶は欠かせない。しっかりと、舐められぬよう、心に深く刻むように。
 威圧的に、圧倒的に、徹底的に、完全に。
 全てにおいて、この上はないと断言する。


「余こそ、シキメだ」


 シオンの謳うような口調でもなく、それはただ、短い。
 素っ気なく、冷たく、しかし、それだけですぐに。
 何もかもわかる、全てが詰まったその言葉。


「諸君らは、もう死ぬか、果てるか、消えるかしかない。しかし、どれ一つとして、諸君らにできることはない」


 形式ばった長い宣告など不要。
 言葉は最低限に、しかし乗せる想いは最大限に。
 ただただ無慈悲に、冷酷に。
 それは、告げられる。


「ただ、余の刃に刎ねられよ。それ以外に為すべきことは、ない」


 ――――かくして、「覇王の処刑」は始まる。



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