死神さんは隣にいる。

歯車

44.AGIの重要性……。

――――拝啓覇王様


 この度、今現在の状況が非常にとんでもなくやばくてちょっと俺らだけだと普通に無理そうなんで、国民を助けると思ってちょっと駆けつけてくれはしませんかね?


 来なかったら覇王様よりも『童女王陛下』の方を広めます。できるだけ早く来ればその分噂の範囲は狭くて済みますよ。待ってるぜ。


 ――――なんていう要約すると畜生極まりないクソッタレのメールが届き、ちょっと思ったより深刻らしい状況を理解しつつ、どうせ「PKふざけ(ry」とかそんな感じだろうなと当たりを付ける。


 ともあれ、メッセージの下には地図が載っており、そこがまさか町の外だとは思わなかった。流石に会議用の個室なりを使うと思ったが、まさか偵察から逃れるため? だとしたら随分と大胆なものだ。万が一見つかればデスペナルティは免れない。


 それとも、情報が漏れた際に逸早く仕留めるためとか? 確かに街中ではPKが無効化されているからデスペナ引っ付けて拘束するには適さないだろうけど、そもそもの人数差からしてどうしようもないと思うんだよなぁ。


 さて、メールに書いてあったことは概ね予想していたことだけれど、まさかサレッジですらお手上げの状態になるほど相手さんの戦力が増してきているとは。いやはや人間の集団心理というのは恐ろしいものだ。数が多いほうが正しく見えてきてしまう。


 正直まさかサレッジが頼み込んでくるとは欠片も予想して・・・・・・・いなかった・・・・・のだが、いったいどういう心境の変化だろうか。ベータ時代どころかリアルでも頼られた覚えがないので、来るメールはせいぜい「モンスターもしくはプレイヤーの討伐に行こうか」「ちょい疲れたから気分転換」みたいなそういう軽い感じだと思っていた。基本抱え込むサレッジは思い詰めると僕をそう言うことに誘っていた。その時は僕も髪形なり髪色なり格好なりを変えていたが、今回もそんな感じだと思っていたのだ。時期的にこの頃だろうし。


 たぶん新規プレイヤーを保護したり説得したりの段階を超えて向こうに行き過ぎたプレイヤーの枠をどう埋めるかとかその辺でも悩んでいそうだけど、正直考え過ぎに思えるのは僕だけだろうか。


 ただ、実際にこれ以上PKが増えると、邪魔で目障りで不愉快だ。


 最悪僕に加えた元クランメンバー全員で赴いて、一人残らず狩り尽くして「PKやめろ」って何度も警告すれば被害はある程度収まるだろうと考えていたのだが、サレッジも似たような結論に至ったらしい。もしくは僕の任務はあくまで新規勢の補助で、本丸を叩くのは力を見せつけたい上位プレイヤー達なのかもしれないが。


 しかし、まあ随分とPK多いなとは思う。多分後ろから糸を引いている奴がいるんだろうけど、まあそういうことはシオンに丸投げである。そういう陰謀とか策略は全部シオンに放り込んでおけば特に何もしなくても勝手に解決する。だから面倒なことはしないほうがいいのだ。


 まあ、シオンはメールを見た段階である程度目星がついていそうなものだけれど。流石にシオンがなにを考えているのかは予想がつかないなぁ。


 とはいえ、サレッジはいろいろ考えるが、絶対に僕に頼ろうとはしなかったのに、本当になぜ今回は頼ってきたのか?


 確かにPKは厄介だし、状況は彼の手に不足して余りある状況である。僕たちに頼ってきてもおかしくはない。むしろ今まで頼られなさ過ぎて友人関係としてこれはよい関係を築けているんだろうかと不安になっていたくらいである。故に頼られたことは素直にうれしいのだが、それでもどうしてか今頼ってきたのかということが疑問に思えてならない。


 何か彼を変化させる要因でもあったのだろうか?


「いえ、案外人というものは小さな一つのきっかけであっさり考えを変えてしまいますから。確かにそのサレッジさんはいろいろ考えたりしたのでしょうけど、もしかしたら絶対に負けられない理由でもできたんじゃないですか?」


 シオンに聞いてみるとそう簡単に返されてしまった。


「絶対に負けられない理由?」
「小さな女の子が手を振っているから、それに応えたいとか、そんな軽いものでもいいんですよ。人ってそんなもんです」
「そんなもんか?」
「そんなもんです」


 シオンの中ではそんなもんらしい。なるほど、あのサレッジに好きな人が……。やばい、全く想像がつかない。


 そもそもサレッジは結構イケメンである。なんといえばいいのか、物語で言うなら「勇者」みたいな、そんな感じのオーラを放っているイケメンである。故に、それなりにモテる。


 しかし、そんなサレッジはたったの一度も交際に至っていない。少しお試しとか、短い間付き合うとか、そういう中途半端なのは相手に失礼だとこれまた勇者みたいに真面目に答えるのである。そういう態度が好かれたり好かれていなかったり。


 しかし、確かにそんなサレッジであるからこそ、誰かに恋でもしたら僕を頼るほどになってしまうのかもしれない……いやないわ。ないない。そこまで馬鹿になるほどサレッジは落ちぶれちゃいない。


 今回だって、単にサレッジが他人を頼ることが出来るようになって成長したという話なのだろう。もう面倒になったのか、本当に手が追い付かなくなってしまったのかは知らないが、流石に好きな子が出来て格好いい所見せたいとか、断じてそんな下心丸出しな理由ではないはず。


 彼のことだ、もっと高尚な理由なのだろう。


 しかし、それにしても随分急な変化である。やはり不自然に思わざるを得ない。どうにも腑に落ちず、僕は頭を抱え込んだ。


「そう難しく考えずとも、着けばある程度分かりますよ。今はそれよりこの状況であなたがどうするかです。顔、見せるんですか?」
「いやぁ、やっぱり見せたほうが楽だよね……。リアバレは怖いけど、ある程度威圧しておけば大丈夫かな……?」
「少なくとも面倒事は減らせますよ。一応仮面でもかぶっておきますか? その分威圧感は半減しますが」
「仮面かぶった覇王様ってのもなんか堂々としてなくていやだよねぇ。でもリアルで何かされると怖いし」
「リアルでもそれなりにお強いのでしょう?」
「そりゃ僕は何とかなるけど、従妹と姉さんが危険にさらされるのもなぁって思うんだよね。そうなったら歯止め聞かなくなっちゃうし」
「……まさかリアルでも人をって」
「してないから!」


 なんて失礼な奴だ。流石の僕でもそこまでしてない。多少ビビらせたり怖がらせたりして適当にどっかに放逐している。一回だけそれでお仲間も呼ばれたことあったけど、別にそこまでやばい状況には陥らなかったし、真正面から叩いたらある程度黙ったから、特に事案は発生しなかった。


 なので、流石にリアルで犯罪行動は取っていない。ってたらどう考えても朝のニュースに入ってしまうので、絶対にそれだけは避けている。姉さんに余計な迷惑かけたくないし、ヤヒメにも影響が及んでしまう。だから露骨に追いかけてくる連中は追い払っても、殺しに及んだことは一度もない。そもそも全部原因は姉さんかヤヒメのナンパだし。


 しかし、今回のPK事案について、僕が向こうに着いたときに、顔を出していなかったら、変に思われるかもしれない。そんな感じのプレイヤーじゃないってことはもうみんなに知られているみたいだし、いまから仮面を付けたら顔に自信がないかもしくはバレてはいけないことなのかもと思われてしまうかもしれない。


 ならば、堂々と威圧して先に牽制しておくべきかもしれない。そうすれば被害も多少は減るかも。


「まあ、流石に相手さんも面倒事や荒事は避けたがると思いますよ? あなたが舐められないようにさえしていれば」
「うう、でもこんな顔だよ? 身長もこんなだし、流石に不味いんじゃ……」
「そんな顔や身長で皆を怖がらせていたのは誰ですか全く。大丈夫ですから自信を持ちなさい」
「……シオンがそう言うなら」


 まあ、リアバレが怖いのは確かだし、それによっておこるリアルでの数々な事も恐ろしくはある。随分と長い間隠してきた情報も、少し漏れればその穴から全部が露見する。そんな状況になる前に先に手を打っておくべきだというのは確かにその通りなんだけど……なんか、恥ずかしい……。


 だが、一切何もしておかないと直ぐにうわさやら伝聞やらは広まっていく。もしこれで覇王様は案外恥ずかしがりとか流れでもしたら、今まで培ってきた僕のイメージが丸つぶれである。他人をあまり意識したことはないが、流石にそんな視線で見られたいとは思わない。


 バレたなら堂々と開き直ろう。リアルで何かあるようなら真っ向から対処してやろう。まあ、ある程度姉さんがいるから何とかなるし、姉さんが駄目なら僕がしっかりと家族を守ってやろうじゃないか。


 あ、なんか今僕かっこよかった気がする!


「さて、一応まだ何とかならなくもないですが、いかがいたします?」
「や、堂々といこう! もう考えるの面倒だ!」
「……左様で。であればさっさと行くに越したことはないですね。もうちょっと早くならないんですか?」
「仕方ないじゃん! これ全力だから!」


 まあ、とりあえず只今絶賛移動中なのだが、AGIがカっスい僕のアバターだと、どうしたってすさまじい時間がかかるのだ。雑談とかして気を紛らわせてもかかる時間は変わらない。一応シオンに背負ってもらいながら移動しているのだが、如何せんそれでも時間がかかる。


 シオンのスキル構成はある程度把握しているため、この程度は造作もないのだが、やはりAGIというのは重要で、移動速度というイコールで攻略速度に関わる諸々を助けてくれる。しかし、それが少ないどころかマイナスの域に達している僕からすると、ちょっとゲームとは思えないほどに鈍足になる。


 ついでに言えば、出発地点が第二の街、つまり現状行ける手段を持つ場所の中で一番遠いところだったために、さらに時間がかかっている。サレッジには時間を指定されてはいなかったが、早めに行くべきだというのは今更確認を取るまでもないことだろう。


 先程何とか第二の街からキーク森林に辿り着き、そのままダッシュで最短距離を駆け抜けているが、それでも恐らくあと数分はかかるだろう。何より、装備している大鎌が重すぎて、背負っているシオンも大分速度が落ちている。普通であればもうへとへとで倒れているだろうに。


 何より、サレッジが指定した場所だっておかしい。サレッジが指定したのは南側、すなわち真反対である。レイドボスをクリアしたんだから場所的に第二の街か、少なくともキーク森林にいるってことくらいわかるだろうが!


 しかし、もはや配慮している時間すら惜しいのか、南の方のさらに少し奥まった場所でひっそりと会議をしているというので、さらに時間がかかる。本当、バカなのか頭がいいのかわからんやつである。思いやりの心をどっかに捨ててきたやつなのだろうか。


「それにしても随分とまあ、よくそんな火力特化にしようと思いましたね」
「……いや、最初はそこまで乗り気じゃなかったんだけど、思ったより使いやすくてさ」
「現にいま使いにくそうですが?」
「う、うるさいやい!」


 仕方ないじゃ~ん! 確かに遅いだろうなとは思っていたけどここまでとは思ってなかったんだもん! 流石にこんな足が遅くなるなんてってちょっとショック受けてるレベルだし!


 確かにレイドボスこと木製巨狼はそのアホみたいな火力で仕留められたけど、その分脚は十二分に遅いの! AGIがもうどんなにレベルを上げようとも1より多くならないんだからしょうがないの!


「ふむ、しかし、随分と非効率ですね……。途中、分岐は出なかったのですか?」
「出たけど、使いにくそうだからやめた」


 まあ、ヤヒメに言われたからだけど。


「それは残念でしたね。というか、普通に引き継ごうとは思わなかったのですか? 多少プレイスタイルを変えれば目立ちすぎることはなかったでしょうに」
「いや~、流石に中途半端に変えるのはむずいかなって。ほら、根本的に変えたらその分踏ん切りもつくし」
「なるほど。一理ありますね。……さて」


 納得した顔で頷くシオン。そうだろうそうだろう。


 しかし、シオンは言葉を繋いだ。


「あなたと雑談するのもいいのですが」
「……う、うん」


これ・・、どうするんです?」


 シオンがこれと指したものは、まあ、言うまでもなく。


 地面に大量に転がった、PKの死体である。






 ……だって、襲い掛かってきたんだもん!



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