死神さんは隣にいる。
43.友人殿は……⑦
「あ、ああ、フィルタ……?」
「はいそうです! フィルタです! あなたは誰かわかりますか!?」
「ええと、サレッジ?」
「いいえ議長ですよぎ・ちょ・う! 今何にショックを受けているのか知りませんが、葛藤しているようなら案があるってことでしょう!? なら議員に話さなくては意味がないじゃないですか!」
「ッ……!?」
フィルタは心の底から怒っていた。
盛大におでこにビキリと血管を浮かび上がらせ、目には抑えきれぬ憤怒が宿っていた。孫をいじめられた弦蔵も顔を引き攣らせ、周囲の人々が行く先を見守る中、怒り心頭! といった具合でブッチギレているフィルタさん。
怒気を隠そうともせずただ周囲に威圧を与え、まるで効果音に「ゴゴゴゴゴ……」と入っていそうな勢いでフィルタは頭にきていた。
何度かの呼びかけに無視されたこと。それは別にいい。何かに集中して何やら悩んでいたようだったから、そこは仕方ない。そういう人もいるだろうし、自分だって集中していたら周りが見えないことはあった。
何らかの事情に驚愕し、思慮を巡らせていたこと。それも別に構わない。いきなりのことに戸惑っていた様子だから、そういう風に咄嗟に思考を回せるのはいいことなのだろう。
ただ、問題はそのあとだ。
「何にビックリしたのかは知らないですけど、なんで望みが絶たれたような感じで突っ立てたんですか? 私たちに相談せず、焦った理由は何ですか? なんでそんな情けない姿を、周囲に見せているんですか?」
「ウっ……ぐっ……」
フィルタの口撃は的確にサレッジの心を抉り、うめき声を捻りだした。躊躇なく、また幼いゆえに遠慮なく、聡明故に残酷に、止まらず言葉は放たれる。
「サレッジさんとは短い付き合いでしたけど、勝手に抱え込もうとしそうな雰囲気があります。なんでそんな距離を置こうとするんですか? 皆あなたの指示待ちですよ?」
「いや、それは……」
「そうです、皆指示を待っているんです。その指示が作戦立案丸投げってなんでなんですか? バカなんですか? 作戦後の関係がどうとか考えている場合ですか?」
「ぐっ、でも、だって……」
「でももだってもないと思います。大体サレッジさんはなんで誰にも相談しようとしないんですか? 初心者に構ってる余裕はないって皆が考えてることくらい知ってますけど、だからって状況も説明せず失せるのはどうなんですか?」
「だ、だから……」
「言い訳なんて聞きません。むしろ話を聞いてください。なんでなんですか? わざわざ皆を困らせて楽しいですか? 正座!」
「は、はいっ!?」
フィルタは怒っていた。今までのサレッジのアホみたいな指揮の執り方に。そしてバカみたいな支持の数々に、面倒事を押し付けられたことに、一人で抱え込んでいたこと。
――――頼りにされてないって、そう考えさせられたことに。
「なんで私たちを頼らないんですか? そんな信じられてなかったんですか? そうやって、いつも周りを遠ざけてたんですか?」
「え、えっと……」
「前々から思っていましたけど、最低限の常識も知らないんですか? お母さんの胎内に思慮と配慮と常識とその他諸々の親切の類義語を置いてきてしまったんですか?」
「あ、う、その……」
言い淀むサレッジ。その情けない、頼りない姿に、フィルタはさらに心の火を燃やしていく。
そんなかっこ悪い姿をなんで見せるんですか。いつも通りのかっこいい大人の姿は何処に行ったんですか。なんで反論しないんですか。偉そうにしないんですか。不敵な笑みを浮かべたさっきのあなたは何処にいるんですか。
――――そして、フィルタは確信を吐く。
「なんで、そんなに自信がないのですか!?」
「……っ!?」
そう。それこそが、サレッジがあの友人と出会って失くしてしまった、かけがえのないものだった。
テーヴォに向けていった「皆殺し」というセリフ。フィルタという少女へ向けた視線への怒りに感情が降り切れてしまったが故に口をついて出たその言葉は、自信に満ち溢れていた。そのまるで英雄のようなオーラに、フィルタは惹かれたのだ。
しかし、今のサレッジはどうだ。何もかもに絶望して、何もしようとしない。何もできないと思い込んで、自信が欠片も存在しない。
堂々としない。覇気がない。随分と情けなく頼りない!
「さっきの自信は何処に行ったのですか! あなたがなにを考えていたのかは知りませんが、そんなに自信のないことなんですか!? なんでそんなにも呆然と、突っ立っているのですか!?」
「っ……ああそうだよ自信なんざねえよ!」
サレッジはあまりに無遠慮な言い方にとうとう我慢が利かなくなった。心を抉り、削り、踏み荒らしていくその言葉に耐え切れず、小さな少女に怒鳴りつけた。
「もともとそんなすごい奴でもねえのに何でお前らそんな期待を向けてんの!? バカじゃねえのほか当たれよ! 俺以外にいるだろ冷静な判断ができる奴が!」
「その冷静な判断ができる奴に任せたら、失敗するからあなたが成ったんじゃないんですか!? だからあなたが頑張ろうってこうして頭を張ろうとしたんじゃないんですか!?」
「その結果がこの様だよ! なあなんで気づいてんのにだれも変わってくんねえの!? わかってたんだろ誰をどうすべきかって、知ってたんだろ!? なんで俺みたいなやつに賛同してんだよ他に同じこと考えたやつ一人くらいいるんだろ!?」
「それでも! それでも、上手くやるって、思ったんじゃないんですか!? だから、今さっきまでああやって考えていたんじゃないんですか!?」
「ああそうだよ! 必死こいて考えたさ! 誰もやらないし誰も気づいてないふりするんだから、俺がやるしかねえだろうが! だから足りない脳を回して案を捻りだそうとしたさ! でもなぁ!」
ヤケクソ気味に叫んだサレッジは一転し、声音を一気に下げた。まるで全力疾走した後に泥沼に沈むように……。
「でも、ダメなんだ……俺じゃ無理だ……。俺はあいつみたいに強くないし、あいつみたいに完璧じゃない。全部劣ってて、勝てるところなんて何一つねえ。だから、この詰んだ状況はどうしようもできない……」
「――――っ!!」
その暗く落ち込んだ表情を見て、フィルタは――――恋する乙女は、その心を高く、天高く燃え上がらせる!
なにそれ? 自分じゃ何とかできない? してくれたじゃない! 私はそれで確かに救われた! ほんの些細なことだけど、私を救ってくれたのはあなたじゃない!
今だって――――
「その人がいたら何とかなるんでしょ!? ならなんで唯一連絡を取れるあなたがなにもしないんですか!? 何もできない? できるじゃないですか!」
「そんなことをしたら、俺はあいつを……」
「あいつを、何ですか? 便利屋だとでも思うとでも!? ならあなたに救われた私はどうなるんですか!? あなたのことを一度でも便利屋扱いしましたか!? そう思ったように見えたことがありますか!?」
フィルタは、今までたった一度だって、サレッジをそう思ったことはない。一番最初、パーティ連合の総司令を決める時だって、消去法で弾き出されたとはいえ、それでも迷いなく「やる」と言い出したサレッジを、彼女は尊敬さえしたのだ。
それが、知り合いとの関係が壊れそうで怖いから、使える手も使えないって? お友達に嫌われそうだから、そんな手は使いたくありません? ――――ふざけないでよ!
「私は、あなたがどう思おうが、知ったことではないです! だって、自信がないから札を切らないのは、愚鈍な馬鹿のすることだって、知っていますから!」
「だが、その手を使ってもし……」
「もしもなにもありません! じゃああれですか、そのお友達はそんなにあなたを信頼してないんですか!? あなたのことをたった一回頼っただけで興味を失ってしまうほど、あなたは嫌われてるんですか!? ――――そんな奴、私が叩き潰してやりますよ!」
たった一回のミスだけで壊れる関係は、お友達とは言わない。
――――それをこそ、傭兵と雇い主の関係というのだ。
一回失敗すればもう頼ってもらえず、そこで傭兵と雇用主の関係は終わる。雇用主はその傭兵を必要としないからだ。だから、ただ一度、どんな些細なことでも、雇用主が頼りない、いらないと判断してしまえば、その時点で関係は終わる。
しかし、お友達というのは、そうじゃない。そんなつまらない関係は、溝に捨ててしまうべきだ。大体、そう思わせた偉そうなそいつは何様だ。そんなにすごい人間なのか。だったら配慮位しなさいよ!
フィルタの心は止まらない。止まってなどやらない。ここで止まれば、この男――――自身が惚れた男性が、舐められたままでいいものか。そんなふざけた人間に、彼の友達でいていい資格なんてない!
「頼ってあげればいいじゃないですか! それで嫌うなら、その人間はただのクソ野郎です! 生きてる価値もないカスです! そこらへんに転がってるゴミにも劣る畜生です!」
「ちょっ、言い方……」
「そんなにその人がすごいなら、私はそれ以上に、あなたと一緒にいます! 私がその人以上に、あなたと一緒に頑張ります! そんなひどい人ならお友達になんてなるべきじゃなかったんです!」
「え、あ、え……」
「どんなにその人に嫌われても、私が一緒にいます! 私だけは、あなたを頼りないなんて思いません! むしろ存分に頼ってください! いくらでも、何度でも! でも、今だけは!」
――――今だけは、自分のできることを、全部やってみませんか?
フィルタはそう締めくくった。
その言葉には、確かな覚悟があった。できることをすべてやり切ろうと、完璧に終わらせようという絶対的な信頼を置ける、覚悟が。そこには、サレッジが失ってしまった『自信』があった。あなたなら絶対にできる、完璧に完遂できる、そういう『サレッジへの信頼』に対する『自信』が、彼女にはあった。
故に、サレッジは少女を、フィルタを。呆然と見た。
自分より幼い少女。まだ小学生くらいのあどけない顔に、少しでも力を込めたら折れてしまいそうなほどに華奢な体躯。しかし、その貧弱そうな身体からは想像もつかぬほどに、眼から恐ろしく強い覚悟が滲み出ていた。
そんな少女に、激励されて?
がんばれって、傍にいるからって応援されて?
あまつさえ、衆人環視の最中にこんなこっぱずかしいことされて?
それで立ち上がれなかったら、本当に――――
――――俺って、どれだけ屑なんだよ……ッ!
「……わかったよ」
「声が小さいのです!」
「わかったよ! やってみるよ!」
ああ、存分に頼ろう。あいつに、あの恐ろしい友人に完全に、見過ごせないレベルまで頼り切ってやろう。
そして、その上で、それ以上の結果を出してやる。
あの『覇王様』も驚くようなとんでもない成果を出して、それを見せて自信満々に、ここまでやってやったんだぜと、せめてもの意地でお前がいなくてもできたし? って盛大に見栄を張ってやろう。
ビックリするほど簡単に『覇王様』がすべてを終わらせてくれるなら、その上を行って、俺が始まりすらも告げてやる!
嫌われる? どうなるかわからない? もしそれで失敗すれば今度こそ見放されるかもしれない?
だがその恐怖は、少女一人の激励を以てしても辛いものだったのか!?
否、断じて否! ここで折れたら、本当に自分が情けなくて仕方ない! それこそ、あいつに失望されるだろうが!
サレッジは、立ち上がった。
「なあ、お前ら。確かに損得だの利益だのとさ、散々わめいていやがったが、こう思ったことはないのか? ……覇王様を、降してやろうってさ」
それは、誰の目から見ても明らかな、周囲への挑発。
フィルタは、その表情にあの不敵な笑みが戻っていることを知り、期待に胸を膨らませた。
そんな目を輝かせたフィルタの頭をそっと撫で、小声で「頑張ろうぜ」とにこやかに笑いかけるサレッジ。
「てめえらの感情なんざ知ったことじゃないが、これから覇王様を呼ぶ。そいつに目にもの見せたいっていう心意気のある野郎は、まさかこの場に一人もいないとか、抜かすんじゃねえぞ?」
サレッジは不敵な笑みを絶やさず、ウィンドウを開き、フレンドメッセージの欄を打ち込む。βテスト時代のフレンドコードと同じなので今でも使えるのだ。
――――さて、拝啓、覇王様とでも書き始めるかね?
「はいそうです! フィルタです! あなたは誰かわかりますか!?」
「ええと、サレッジ?」
「いいえ議長ですよぎ・ちょ・う! 今何にショックを受けているのか知りませんが、葛藤しているようなら案があるってことでしょう!? なら議員に話さなくては意味がないじゃないですか!」
「ッ……!?」
フィルタは心の底から怒っていた。
盛大におでこにビキリと血管を浮かび上がらせ、目には抑えきれぬ憤怒が宿っていた。孫をいじめられた弦蔵も顔を引き攣らせ、周囲の人々が行く先を見守る中、怒り心頭! といった具合でブッチギレているフィルタさん。
怒気を隠そうともせずただ周囲に威圧を与え、まるで効果音に「ゴゴゴゴゴ……」と入っていそうな勢いでフィルタは頭にきていた。
何度かの呼びかけに無視されたこと。それは別にいい。何かに集中して何やら悩んでいたようだったから、そこは仕方ない。そういう人もいるだろうし、自分だって集中していたら周りが見えないことはあった。
何らかの事情に驚愕し、思慮を巡らせていたこと。それも別に構わない。いきなりのことに戸惑っていた様子だから、そういう風に咄嗟に思考を回せるのはいいことなのだろう。
ただ、問題はそのあとだ。
「何にビックリしたのかは知らないですけど、なんで望みが絶たれたような感じで突っ立てたんですか? 私たちに相談せず、焦った理由は何ですか? なんでそんな情けない姿を、周囲に見せているんですか?」
「ウっ……ぐっ……」
フィルタの口撃は的確にサレッジの心を抉り、うめき声を捻りだした。躊躇なく、また幼いゆえに遠慮なく、聡明故に残酷に、止まらず言葉は放たれる。
「サレッジさんとは短い付き合いでしたけど、勝手に抱え込もうとしそうな雰囲気があります。なんでそんな距離を置こうとするんですか? 皆あなたの指示待ちですよ?」
「いや、それは……」
「そうです、皆指示を待っているんです。その指示が作戦立案丸投げってなんでなんですか? バカなんですか? 作戦後の関係がどうとか考えている場合ですか?」
「ぐっ、でも、だって……」
「でももだってもないと思います。大体サレッジさんはなんで誰にも相談しようとしないんですか? 初心者に構ってる余裕はないって皆が考えてることくらい知ってますけど、だからって状況も説明せず失せるのはどうなんですか?」
「だ、だから……」
「言い訳なんて聞きません。むしろ話を聞いてください。なんでなんですか? わざわざ皆を困らせて楽しいですか? 正座!」
「は、はいっ!?」
フィルタは怒っていた。今までのサレッジのアホみたいな指揮の執り方に。そしてバカみたいな支持の数々に、面倒事を押し付けられたことに、一人で抱え込んでいたこと。
――――頼りにされてないって、そう考えさせられたことに。
「なんで私たちを頼らないんですか? そんな信じられてなかったんですか? そうやって、いつも周りを遠ざけてたんですか?」
「え、えっと……」
「前々から思っていましたけど、最低限の常識も知らないんですか? お母さんの胎内に思慮と配慮と常識とその他諸々の親切の類義語を置いてきてしまったんですか?」
「あ、う、その……」
言い淀むサレッジ。その情けない、頼りない姿に、フィルタはさらに心の火を燃やしていく。
そんなかっこ悪い姿をなんで見せるんですか。いつも通りのかっこいい大人の姿は何処に行ったんですか。なんで反論しないんですか。偉そうにしないんですか。不敵な笑みを浮かべたさっきのあなたは何処にいるんですか。
――――そして、フィルタは確信を吐く。
「なんで、そんなに自信がないのですか!?」
「……っ!?」
そう。それこそが、サレッジがあの友人と出会って失くしてしまった、かけがえのないものだった。
テーヴォに向けていった「皆殺し」というセリフ。フィルタという少女へ向けた視線への怒りに感情が降り切れてしまったが故に口をついて出たその言葉は、自信に満ち溢れていた。そのまるで英雄のようなオーラに、フィルタは惹かれたのだ。
しかし、今のサレッジはどうだ。何もかもに絶望して、何もしようとしない。何もできないと思い込んで、自信が欠片も存在しない。
堂々としない。覇気がない。随分と情けなく頼りない!
「さっきの自信は何処に行ったのですか! あなたがなにを考えていたのかは知りませんが、そんなに自信のないことなんですか!? なんでそんなにも呆然と、突っ立っているのですか!?」
「っ……ああそうだよ自信なんざねえよ!」
サレッジはあまりに無遠慮な言い方にとうとう我慢が利かなくなった。心を抉り、削り、踏み荒らしていくその言葉に耐え切れず、小さな少女に怒鳴りつけた。
「もともとそんなすごい奴でもねえのに何でお前らそんな期待を向けてんの!? バカじゃねえのほか当たれよ! 俺以外にいるだろ冷静な判断ができる奴が!」
「その冷静な判断ができる奴に任せたら、失敗するからあなたが成ったんじゃないんですか!? だからあなたが頑張ろうってこうして頭を張ろうとしたんじゃないんですか!?」
「その結果がこの様だよ! なあなんで気づいてんのにだれも変わってくんねえの!? わかってたんだろ誰をどうすべきかって、知ってたんだろ!? なんで俺みたいなやつに賛同してんだよ他に同じこと考えたやつ一人くらいいるんだろ!?」
「それでも! それでも、上手くやるって、思ったんじゃないんですか!? だから、今さっきまでああやって考えていたんじゃないんですか!?」
「ああそうだよ! 必死こいて考えたさ! 誰もやらないし誰も気づいてないふりするんだから、俺がやるしかねえだろうが! だから足りない脳を回して案を捻りだそうとしたさ! でもなぁ!」
ヤケクソ気味に叫んだサレッジは一転し、声音を一気に下げた。まるで全力疾走した後に泥沼に沈むように……。
「でも、ダメなんだ……俺じゃ無理だ……。俺はあいつみたいに強くないし、あいつみたいに完璧じゃない。全部劣ってて、勝てるところなんて何一つねえ。だから、この詰んだ状況はどうしようもできない……」
「――――っ!!」
その暗く落ち込んだ表情を見て、フィルタは――――恋する乙女は、その心を高く、天高く燃え上がらせる!
なにそれ? 自分じゃ何とかできない? してくれたじゃない! 私はそれで確かに救われた! ほんの些細なことだけど、私を救ってくれたのはあなたじゃない!
今だって――――
「その人がいたら何とかなるんでしょ!? ならなんで唯一連絡を取れるあなたがなにもしないんですか!? 何もできない? できるじゃないですか!」
「そんなことをしたら、俺はあいつを……」
「あいつを、何ですか? 便利屋だとでも思うとでも!? ならあなたに救われた私はどうなるんですか!? あなたのことを一度でも便利屋扱いしましたか!? そう思ったように見えたことがありますか!?」
フィルタは、今までたった一度だって、サレッジをそう思ったことはない。一番最初、パーティ連合の総司令を決める時だって、消去法で弾き出されたとはいえ、それでも迷いなく「やる」と言い出したサレッジを、彼女は尊敬さえしたのだ。
それが、知り合いとの関係が壊れそうで怖いから、使える手も使えないって? お友達に嫌われそうだから、そんな手は使いたくありません? ――――ふざけないでよ!
「私は、あなたがどう思おうが、知ったことではないです! だって、自信がないから札を切らないのは、愚鈍な馬鹿のすることだって、知っていますから!」
「だが、その手を使ってもし……」
「もしもなにもありません! じゃああれですか、そのお友達はそんなにあなたを信頼してないんですか!? あなたのことをたった一回頼っただけで興味を失ってしまうほど、あなたは嫌われてるんですか!? ――――そんな奴、私が叩き潰してやりますよ!」
たった一回のミスだけで壊れる関係は、お友達とは言わない。
――――それをこそ、傭兵と雇い主の関係というのだ。
一回失敗すればもう頼ってもらえず、そこで傭兵と雇用主の関係は終わる。雇用主はその傭兵を必要としないからだ。だから、ただ一度、どんな些細なことでも、雇用主が頼りない、いらないと判断してしまえば、その時点で関係は終わる。
しかし、お友達というのは、そうじゃない。そんなつまらない関係は、溝に捨ててしまうべきだ。大体、そう思わせた偉そうなそいつは何様だ。そんなにすごい人間なのか。だったら配慮位しなさいよ!
フィルタの心は止まらない。止まってなどやらない。ここで止まれば、この男――――自身が惚れた男性が、舐められたままでいいものか。そんなふざけた人間に、彼の友達でいていい資格なんてない!
「頼ってあげればいいじゃないですか! それで嫌うなら、その人間はただのクソ野郎です! 生きてる価値もないカスです! そこらへんに転がってるゴミにも劣る畜生です!」
「ちょっ、言い方……」
「そんなにその人がすごいなら、私はそれ以上に、あなたと一緒にいます! 私がその人以上に、あなたと一緒に頑張ります! そんなひどい人ならお友達になんてなるべきじゃなかったんです!」
「え、あ、え……」
「どんなにその人に嫌われても、私が一緒にいます! 私だけは、あなたを頼りないなんて思いません! むしろ存分に頼ってください! いくらでも、何度でも! でも、今だけは!」
――――今だけは、自分のできることを、全部やってみませんか?
フィルタはそう締めくくった。
その言葉には、確かな覚悟があった。できることをすべてやり切ろうと、完璧に終わらせようという絶対的な信頼を置ける、覚悟が。そこには、サレッジが失ってしまった『自信』があった。あなたなら絶対にできる、完璧に完遂できる、そういう『サレッジへの信頼』に対する『自信』が、彼女にはあった。
故に、サレッジは少女を、フィルタを。呆然と見た。
自分より幼い少女。まだ小学生くらいのあどけない顔に、少しでも力を込めたら折れてしまいそうなほどに華奢な体躯。しかし、その貧弱そうな身体からは想像もつかぬほどに、眼から恐ろしく強い覚悟が滲み出ていた。
そんな少女に、激励されて?
がんばれって、傍にいるからって応援されて?
あまつさえ、衆人環視の最中にこんなこっぱずかしいことされて?
それで立ち上がれなかったら、本当に――――
――――俺って、どれだけ屑なんだよ……ッ!
「……わかったよ」
「声が小さいのです!」
「わかったよ! やってみるよ!」
ああ、存分に頼ろう。あいつに、あの恐ろしい友人に完全に、見過ごせないレベルまで頼り切ってやろう。
そして、その上で、それ以上の結果を出してやる。
あの『覇王様』も驚くようなとんでもない成果を出して、それを見せて自信満々に、ここまでやってやったんだぜと、せめてもの意地でお前がいなくてもできたし? って盛大に見栄を張ってやろう。
ビックリするほど簡単に『覇王様』がすべてを終わらせてくれるなら、その上を行って、俺が始まりすらも告げてやる!
嫌われる? どうなるかわからない? もしそれで失敗すれば今度こそ見放されるかもしれない?
だがその恐怖は、少女一人の激励を以てしても辛いものだったのか!?
否、断じて否! ここで折れたら、本当に自分が情けなくて仕方ない! それこそ、あいつに失望されるだろうが!
サレッジは、立ち上がった。
「なあ、お前ら。確かに損得だの利益だのとさ、散々わめいていやがったが、こう思ったことはないのか? ……覇王様を、降してやろうってさ」
それは、誰の目から見ても明らかな、周囲への挑発。
フィルタは、その表情にあの不敵な笑みが戻っていることを知り、期待に胸を膨らませた。
そんな目を輝かせたフィルタの頭をそっと撫で、小声で「頑張ろうぜ」とにこやかに笑いかけるサレッジ。
「てめえらの感情なんざ知ったことじゃないが、これから覇王様を呼ぶ。そいつに目にもの見せたいっていう心意気のある野郎は、まさかこの場に一人もいないとか、抜かすんじゃねえぞ?」
サレッジは不敵な笑みを絶やさず、ウィンドウを開き、フレンドメッセージの欄を打ち込む。βテスト時代のフレンドコードと同じなので今でも使えるのだ。
――――さて、拝啓、覇王様とでも書き始めるかね?
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