死神さんは隣にいる。

歯車

42.友人殿は……⑥

 PK騒動が幕を開けた時、それに気づいた上位プレイヤーやベータテスターたちが真っ先にした行動は、PKに加担するか初心者勢へ呼びかける・・・・・・・・・・かの二択だった。
 このゲームにおいて、序盤で優先されるのは当然ながら、初心者たちの教育、育成の後戦力として確保することである。
 このゲームほどオリジナルキャラクターが極まったゲームはほかになく、当然のこととして他人の真似ができない。テンプレ装備が存在しないのである。どれほどキャラを似せても、最終的に行き着くのはそれに似た何か・・・・・・・でしかない。


 しかし、それでも全プレイヤーに共通する事柄はいくつかあった。


 一つ。他人に依存したパワーレベリングは徹底的に自身のステータスを落とし込む原因となる。


 一つ。経験上頑張れば頑張るほど、比例してキャラのステータスは上がっていく。当然スキルも強くなっていく。


 一つ。自身の成りたい者になれるが、それには当然の帰結として自身の努力が不可欠だ。


 ――――そして、一つ。状況に応じ、適した自分・・・・・・に成っていく。それがたとえ、未来の自分が望まないとしても。


「……ありえない、だって、通告はちゃんと……」


 故にサレッジたち上位陣の意向は、PK達が失せるまで初心者を一人にしないことだった。
だからこそ、PKの問題が完全に片付くまで、初心者たち即ち戦闘を行ったこと・・・・・・・・が無い者たちは、できる限り上位プレイヤー達と一緒に行動し、上位プレイヤーがPKを足止めしつつ、モンスターを倒してレベル上げを行うよう通達がなされていた。


 しかし、現にここに、レベル1の戦闘を行ったことがない初心者の少年が、膨れ面で不満を呈している。隣には対人最強を謳っていたかの『蟲殺』弦蔵がいて、数人と一緒だったというのに、それを以てして被害を受けてしまったという。


 しかも特に離れていたわけではなく、しっかり傍にいて見張りながら戦っていたという。にもかかわらず、少年は倒されてしまった。


 ――――それはつまり、PK共の戦力が・・・・・・・上位プレイヤーを・・・・・・・・圧倒できるほど・・・・・・・高くなっている・・・・・・・ことを示していた。


「……何人と戦った……?」
「忘れもせん、二十八人じゃ。なぜあれほどまでに増えておる?」


 二十八。たった数人のプレイヤーを狩るためだけに二十八。それほどまでの数を動員できるのは、いったいなぜだ?


 当然、それほどあっち・・・に行ってしまったやつがいたからだ。


「もう、そんなに……」


 サレッジは初心者勢が、PKのほうが進めやすいと誤解してしまうことを恐れていた。なぜならそれは初心者たち、すなわち未来の戦力が、対人戦特化のキャラ・・・・・・・・・になってしまうことを危惧しているからこそだった。このままでは、おそらくプレイヤーの大半が序盤を対人戦特化のキャラで過ごし、後々その傷が響いてくるだろう。


 このゲームでは戦力に成れないものなど存在しない。なぜならそれはキャラの個性が多すぎて、どんな状況であろうとも必ず一つくらいは優位に働くスキルやステータスをしているからだ。同じ剣士でも双剣士や細剣士、大剣士に片手剣士短剣士魔剣士と、多くの分岐がある。さらにそこから柔の剣士か剛の剣士、受け流す剣士か後の先をとる剣士、受け流して強打する剣士か連打する剣士と、多くの分岐点が存在する。


 故に、どんな状況にも必ず一人は、その状況にあったプレイヤーがいる。もしくは出来上がる。だからこそ、そのプレイヤーはゲームを進めるために、自由に選んでほしかった。


 少なくとも、PKの道に制限されることは避けたかった。


 なのに。


「なんで、こんな早く……?」


 制限をかけた。不満が爆発することを予期して一応外に出られるようにした。PKに行くよりモンスターを倒したほうがメリットがあることも再三再四説明した。面倒事は早期解決を以て厳格に対処した。敵はいくらでも処分したし、被害を被ることの無いよう全力で事に当たってきたつもりだ。


 なのに、多くの初心者プレイヤーはPKに行ってしまった。


「……の……ッジさん……?」


 あれほど何度も注意し、ゲームを進めるならモンスターを倒してモンスターを倒せるスキルを手に入れたほうが効率的だと説明した。レベルを上げるならそうしたほうがいいと、ステータスも対人戦に特化するとモンスターと戦うのが難しくなって楽しめない可能性があると。


 その説得を聞いても尚PKになりたいと願う者、いや目先の欲に釣られ便乗した者たちは片っ端から町の外に放逐した。先を読めない無能だからとはいえ、処刑は周りからの反感を買うだろうと、上手くいけば死なないように追放の形をとったのだ。ただ、自分が説得に参加している間そこまで離反者が出たような報告は聞いていなかった。故に、自分が離れた後に何かあった・・・・・と予想できる。


 そしてそれは、これほどまでに敵の規模を大きくする何かであるのだろう。


「……さん!……ッジさん!」


 その起こった何か・・についてはまあ、いい。終わったことだ。今は現在の状況を考えなくてはならない。この状況は非常に不味い。何より、上位プレイヤーへの不信感が募り始めているのが不味い。


 このままでは、初心者プレイヤーは大半が自身のレベル上げのためにPKに寝返ることだろう。それをしてしまえば、多くの対人戦特化型プレイヤーが出来上がり、モンスターを倒すことが非常に難しくなる。


 いや、倒せなくはないだろう。しかし、技量と経験がものをいうPvPと違って、モンスター、はたまたレイドボスは極端なプレイヤーの存在が不可欠である。


 対人戦とは、総合能力値が最も重視される。魔法使いならば魔法を撃てるように・・・・・・回避率と即座の詠唱、判断能力が求められる。防御型ならば耐えきることよりどのようにダメージを与えるかを考え、斥候職ならば隠密能力と速度が必要となるように、極限まで・・・・突き詰めたキャラはいない……訂正、一部例外を除きいないのである。


 しかし、レイドボス戦で必須となるのは、防御型ならばどれだけのダメージを負っても死なない身体が一番必要となる。魔法使いならば仲間を信用して火力を突き詰め、斥候職なら罠解除やモンスターへのデバフと、徹底的に敵を殲滅するステータスが望ましい。


 個人をこそ重要視し、数があろうと生き残ろうとするPvPとは違い、パーティを意識し、死んでも勝とうとするのがPvE。モンスター戦である。


 しかし、PvPに一度でも進んでしまうとPvEの道はひどく遅れてしまう。PvE特化のキャラがPvPで戦うのは可能だが、その逆は難しい。火力が足りなかったり、器用貧乏になったりなど、PvPでは何とかなる要素がPvEには少ない。


 例えば、敵のHPの差だ。レイドボスは当然、プレイヤー数十人分のHPを誇っているが、PvP特化の者はプレイヤー一人分を狩り切ることを至上とする。当然一対一ならその火力だし、複数人でボコる場合はさらに火力が落ちるだろう。逆に複数対自分なら、攻撃範囲が広がるだけである。


 他にも様々な例があるが、少なくともPKステータスではモンスターに勝ちにくい。


 逆に、PvE装備がPvPで活躍可能か、と言われれば、それは技量の問題だ。当然特化型はその長所を生かしていけば勝てることはあるだろうし、少なくとも理不尽な結末を迎えることはないだろう。


 PvPなら所詮攻撃は人間の範疇と思い込んで、回避最小限を選択した結果レイドボスの攻撃範囲が広すぎて詰むとか。


「……ッジさん! ……次は……ですよっ! ……ですかっ!?」


 対応策はある。PKというのは勝てなきゃ腹が立つし、絶対に勝てない相手というのが見極めやすく、つまりは絶望させてやるのは簡単なのだ。故に上位陣で一斉に叩き、今回の騒動を収束させようというのが今回の作戦だった。


 しかし、このままでは上位陣が保護している初心者達が狙われる。作戦を実行中の間初心者だけ宿屋で寝てろというのは酷な話だ。ゲームをやりに来た相手に待機はないだろう。


 故に、せめてほんの少し、彼らの方に戦力を分け、保護しつつ最大の活躍ができるように作戦を組みたかったのだが、結果はこの様である。まさかこんな早い段階で揉め事になるとは思わなかった。
サレッジは深く、根強く絶望を味わっていた。


 例えば、今から部隊を編成して、物量に任せてPK共を叩き潰すのはどうだろう? そうすればこれ以上の戦力の拡大は防ぐことが出来る。そうすれば最低限のことは達成できる。そう、早期解決と一大勢力の消失である。


 しかし、それをすれば初心者達は一斉に狙われ、面倒ないちゃもんを付けてくるだろう。「あんな条例を出しておいて、今更守らないでお前らだけ報酬を得るとかおかしくない?」や、「そもそももっと早くから手を打っておけばよかったじゃん?」などなど、面倒な噂が絶えまなく流れることになるだろう。


 そうすれば、現在のトップクランたちの信用は失墜し、初心者達は信じるべきものがなくなってしまう。トップクランという大きな信頼できる情報源を失ってしまえば、このゲームの混沌性が災いを呼び、ほぼ全プレイヤーが情報を信じなくなるだろう。


 このゲームの情報はひどく不確かだ。オリキャラを極めているが故に、キャラに関する情報がほとんど役に立たない。レベル20のキャラがレベル30のモンスターを倒すこともあれば、レベル30のキャラがレベル20のモンスターに勝てないこともある。そして、それらは間違って伝われば非常に混迷を極める。情報は確実性が重要視されるが、全情報が疑惑持ちというとんでもない事態になってしまうのだ。


 故に、その手は難しい。


 しかし、初心者を守りながら戦うという手はほぼ永久に封印されてしまった。それをさせてくれるほど、相手さんが甘くなくなってしまった。


 上級プレイヤーをすら軽く呑み込み叩き潰す物量の力。その恐ろしい戦力差を前に、足手まといを引き連れて戦うのは無謀である。作戦を立てたとしてもそれをすら叩き潰されて終わるだけだ。


 故に、この状況は、絶望的である。


 ――――しかし、まだ手はある。……あってしまう。


(……クソっ! それしかねえのか……!?)


 そう、あるのだ。たった一つ。全てを覆して終わらせる方法が。


 『桃源の悪魔軍』全員で序列最下位・・・・・にすら勝つことが叶わなかった最強のクラン。このゲームのβテスト期間において、ただ一つの例外もなく例外のみ・・・・を打ち立てた覇者達。全てのプレイヤーを圧倒し、たった一人が万の軍勢に及び、クランリーダーは億の怪物を鎧袖一触にする、最強の存在・・・・・


 もはや神話に近しいそれは、崇拝者を、信仰を生み出し、事実現人神に成りかけたその化け物たち・・・・・は、当然のごとく全てを終わらせられるのだ。


 物量を理不尽で塗り替える圧倒的な技量、力。文句やクレームの一切を黙らせる暴力的な王威。報酬を捧げなくてはと・・・・・・・思わずにはいられない絶対的なカリスマ。どんな状況だろうと切り捨てるべきを完全に叩き切る完全的な判断力。その人とは思えぬ存在を、いつしか人々は……「覇王様」と、畏敬の念を込めそう呼んだ。


 かの「覇王様」を……友人を頼れば、上手くいくのかもしれない。様々な手練手管を用い、最高最良の結果を生み出してくれるかもしれない。


 すべてが完全に、完璧に、一切のほつれなく完遂されるのかもしれない。


 ――――それを、俺はどう思うか?


 ――――決まっている。プライドを削られつつも、上手くいってよかったと安堵するのだろう。


 ――――それ・・を、今後俺はどう思うか?


 ――――それも決まってる。依存しかけるんだろうよ……!


 人間とは、甘い汁を吸えばもう一度、もう少しと終わりなく堕ちていく最低の生き物だ。幾度とも終わらず延々に頼り、依存し、頼み込む。そこに友情の概念はなく、ただ虚しい結果が残る。


 だから、サレッジは頼ってこなかった。否、頼ることが・・・・・怖かった・・・・
いつの間にか友情が依存に代わり、果てはつまらないゴミになり果てるのが怖かった。気づけば何もかも取り返しがつかないほどに関係が壊れるのが怖かった。


 友情が情けに代わるのが怖かった。助け合いが一方的な依存に成り下がるのが怖かった。


 ――――ただ、頼って情けないとみなされるのが、怖かった。


 ――――そんな、思考を続けていた時。


「……レッジさんの、馬鹿ッ!!」


 ――――スパァーン、と。


 小さな、頬の痛みと、乾いた音が鳴り響いて。


「ボケっとしてないで、その頭に浮かんだ策・・・・・・・・・を存分に使ったらどうですか!?」


 ――――フィルタという少女によって、サレッジは現実に回帰したのだった。



コメント

  • ノベルバユーザー282286

    最近読み始めましたが、とても面白いです!

    0
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