死神さんは隣にいる。

歯車

41.友人殿は……⑤

 テーヴォがどさりと地にしりもちをつく。既に手を幾度も貫かれ、大剣は落としていた。


 辺りに静寂の時が訪れる。その場にいた全員が、レベル差の大きい戦いに勝利したサレッジに呆然としていた。いくら序盤、それも碌にレベル上げをしていないとはいえ、テーヴォの対人戦闘歴はこのパーティ連合の中でも群を抜いていた。


 その攻撃方法が奇襲に近いとはいえ、それでもテーヴォは強かった。レベル二桁のプレイヤーは現状では非常に少ない。平均レベルが五前後というのは伊達ではなく、サレッジはちょうど現状の平均レベルである。


 当然、レベルが高いということは相応にデスペナルティを受けていないということで、継戦履歴が最も高いということである。実戦経験では向かうところ敵なしの状態であるテーヴォに、レベルが五も離れた高校生程度のガキが勝てるとは思っていなかったのだ。


 誰かが、沈黙の水面に雫を一滴垂らす様に呟いた。


「これが、黄金林檎の『桃源の悪魔軍』、『雷烈の悪魔ディモンズ・バアルゼブブ』……」


 ――――桃源の黄金林檎。そのクランの実態は、トッププレイヤー十人、通称『桃源の悪魔軍』を主核とした十個の中隊で構成されていた。


 国内最強を謳っていた、栄華絶頂の頃、人々はそのクランに入れるだけで尊敬を集めるほどに、そのクランは無敗を誇っていた。至高の『全能の悪魔ディモンズ・ルシファー』を筆頭とした『桃源の悪魔軍』は、その名の通り出くわすのだけは絶対に避けねばならない最強の十人であり、全クランから恐怖と畏怖の感情を向けられていた。


 しかし、クラン内では『神軍』、『桃源の守護者』と呼ばれ、尊敬の念を向けられていた。もともと悪魔という異名も敵プレイヤーから与えられていたものだった。


 あるクランに数分と経たずに・・・・・・強制処刑を執行・・・・・・・され、一時は名声も落ちたが、しかし黄金林檎の名はそれでも尊敬と畏怖を一身に受け止めるに足る、至高のクラン名だった。


 そして、その『桃源の黄金林檎』、『桃源の悪魔軍』が一人、『雷烈の悪魔ディモンズ・バアルゼブブ』。その両手に握った双剣が振るわれた時、彼の者は雷撃と成って襲い掛かる。攻めれば苛烈、守りは数瞬のうちに瓦解し、瞬く間にすべてが終わる。


 『桃源の悪魔軍』序列第三位。そう、サレッジである。


 その名を聞いたサレッジは、「ハッ」と鼻で嗤った。それは自嘲の念を宿し、哀愁を漂わせた。


(もうその名も落ちたもんだな。まあ、『覇王様』と比べられちゃあな……)


 嫉妬していないと言ったら嘘になる。あの圧倒的な強さと、暴力的な威圧感、万人を跪かせるカリスマに、即決即断の冷静さ、冷酷性。その異様さは国内では非常に話題になった。


 故にこそ、サレッジは、あの友人、ヨルナに出会ってから、ひそかに憧憬の念を抱いた。その強さを妬んだことも、いくらでもある。しかし、それでも、サレッジはあの死神のような友人を、覇王足り得る友人を、そして最強の友人を、目標とした。


 そしてそれは、『桃源の黄金林檎』よりも『覇王様』が格上であると認めた証拠であった。


 だから、サレッジはそんな自分が『桃源の悪魔軍』の一人と数えられていることをおかしく思い、嘲笑ったのだ。


 そんな思考の折、テーヴォを見据える。先程倒した戦士を。


 弱くはなかった。十二分に強かった。今のような序盤ではない、ちゃんとした完全版の『桃源の悪魔軍』と、もしかしたら数秒は戦いになる・・・・・・・・んじゃないか、そう思わせてくれる才を持った男だった。短気で考え無しなのは玉に瑕だが。


 ベータテスト中では見なかった。ということはつまり正式版からのプレイヤー。だというのにここまで強い奴も珍しい。なかなかゲームをこなしてきているのだろう。


 大剣をその手に持っていない今から反撃に出ても簡単に伸されるのが落ちだ。その程度の判断はできるようで、憎々しげにサレッジを睨みつけた後、「ふんっ」と苛立ち交じりの鼻息を鳴らし、大剣を拾って元の場所に着いた。


「クソが。いいだろう、てめえの指示に従ってやるよ。約束は約束だ。いくら苛立っていたからとはいえ、俺から出したもんだからな。誓って俺はてめえに従う。これでいいか?」
「ああ。その言葉をつい数時間前にも聞いた覚えがあるんだがな。次は覆すなよ?」
「チィッ……」


 巨体をドカッと地面に落とし、指示を促すテーヴォ。偉そうな態度だが、今は従ってくれたことを喜ぶべきだろう。いちゃもんを付けてくるんじゃないかと少し面倒に思っていたが、短気でも自分から言い出したことは守ってくれるらしい。


 まあ、つい数時間前、議長を頼まれるときに同じ言葉を聞いたのだが……それについては考えるのは後回しにして、サレッジは周囲を見回した。各々と目を合わせて、言う。


「これで、とりあえず俺は一勝したが、これ以上続けるなら一人残らず武力介入するが? 面倒な試合なんぞやってられんしそんな暇もない。さっさと作戦を練り直せ」


 サレッジは一線を踏まえ、とりあえず皆殺しは面倒という結論に落ち着いた。今の一戦で大分勘を取り戻せてきたように感じるが、しかしやはり面倒事はこれきりにしたい。だが、まだやらなければならないこともあるし、当然連中の心がこれで収まるかどうかは別だ。


「だがなぁ、練り直せと言われても、全員が得するようにって意味が分からんのう。はっきり言って、誰かしら得したいんだから、ンなことは無理だと思うぞ。なにを考えとるか知らんが、それは不可能じゃ」
「なっ!?」
「弦蔵だと!?」
「なぜここに!?」


 周囲のプレイヤーがざわめく。視線は問いに答えたものへ殺到した。その視線に「おお、怖い怖い」と笑う枝のように細い腕を膝に載せ、胡坐をかいて頬杖をつく老人。彼は随分と愉快そうであった。


 ――――『蟲殺ちゅうさつ』弦蔵。


 かつて、PvP最高連勝記録である99連勝を果たした男である。その老獪な見た目通り、厭らしくずるっこい戦術を好み、騙し合い、化かし合いには一過言ある男で、かの黄金林檎をして、危険と言わしめた恐るべき人物。


 ……残念ながら、連勝記録はフードと長い白髪が特徴的な某覇王様にいとも容易く途絶させられ、さらに栄光の連勝記録ですら割とあっさりと某覇王様に追い抜かれてしまった悲しい人物でもあるのだが。


 しかし、この場のだれもが、この男はPK勢の側に着くと考えて疑わなかったのである。


 ――――それはつまり、全員にとって彼の出現は敵の襲来・・・・と考えるのが妥当だ。


 ざわめくもパーティリーダー。全員がひっそりと各々の武器を構え、戦闘準備を完了させた。多くの視線とともに殺意までもが老人に注がれるが、当の本人、弦蔵は朗らかに笑った。


「ほっほ。別にそう緊張なさらんでも、何もせんよ。儂は今日、ここに味方として参上したんじゃからの」
「……なんだと?」


 その発言の意味を深く考えるサレッジ。味方。あの老人は今、自身のことを味方と呼んだ。それはつまり自分たちを助けてくれるということか? いいや、化かし合いをこそ本業とするような悪魔こそ、あの老人。やはり何か目的があるのだろう。


 だが、それを今聞いても適当な返事をされてはぐらかされるだけである。そんなことを追及している時間はないし、急がなくては、あいつら・・・・が危ない。


 となれば、何が最善か。


「お前が、騙し合いで頂点に君臨したお前が、俺らを裏切らない理由は何だ?」
「ほっほ。裏切る前提で話されてものう」


 好々爺然とした雰囲気に流されてはいけない。こいつはそれだけでのし上がった男である。まずは根拠を出さなくては意味がない。こいつにどんな目的があるのかは知らないが、我々を絶対に裏切ることがないという根拠が欲しい。


 その決然とした目を向けると、弦蔵はその優しいお爺さんというイメージを一転させ、全身から怒気を滾らせ、その身に宿る憤怒を隠そうともせずに、その味方になるという意思の源を連れてきた・・・・・


 それは、小さな、まだ小学生くらいの少年。どこかぶっすりと不機嫌そうな顔をしているところ以外は普通の少年である。だが、その膨れ顔はどことなく、目の前の老人に似ていた。そして、それはキャラメイクではない、実際の顔のようだった。不自然さがない、ただ純粋にあの少年は、老人に似ていた。


 そして、あの『蟲殺』弦蔵がリアルの顔をそのまま使っているのは有名な話だった。


「こんな老いぼれをゲームに負けた腹いせにリアルで復讐しようとするものなど、所詮はガキ以下の畜生だということじゃ。まさかそんな器の小さいバカはおらんよな?」


 ――――と、外ならぬ彼自身が宣言し、そして再三再四行われた挑発によるリアバレ、その他諸々のトラブルを防いだ話は割と騒がれたりしていた。故に、だからこそ。


 なぜ・・、この少年に面影が見えるのか。そのこの場のプレイヤーが望み欲した答えは、憎々しげに語る老人から得る。


「あのカス共は、うちの孫に散々手を出しおった。おかげで楽しみにしていた孫との協力が台無しじゃ。見つけたら一人残らず殺さんと、儂の気が済まん……!」


 ――――その眼は、多大なる憎悪と、嫌悪感、そして狂気を孕んでいた。目に見える一切のPKを許さず、一人残らず根絶してやると、覚悟の決まった、本気の眼である。


 眼光は年をとっても鋭く、鈍ることなく、ただ一心にその目的を遂げようと戦意を迸らせる。その眼に誰もが息を呑んだ。


 かの『蟲殺』弦蔵が、ここまで人のことを思って言葉を、感情を吐き出したことが、今まで一度でもあったかと聞かれれば、それは満場一致でNOである。たった一度でさえ、騙し屋は最後まで余裕を、虚勢を張り続けた。


 嘘やハッタリ、ジョークにトリック、イカサマ、話術、奇策とだまし討ちに暗殺果てには嵌め殺しと、様々な方法で対戦相手を逝かせてきた化け物のような老人が、ここまで人間らしい一面を見せたことに驚いているのだ。


 おそらく、あの少年が浮かべているのは、せっかくVRの戦闘ができると息巻いていたのに、問答無用で殺された挙句、何が何かもわからぬうちにリスキルを行われたからだろう。


 そして、恐らく自身の祖父と会うこともできなかったであろうことは容易に想像がつく。故にその場の全員の心は疑惑から同情へと移り変わっていった。


 その般若の如き形相で狂気とともに恨みの怨嗟をあげる老人。それをいつもの癇癪だとでも思っているのか、少年はあたふたあたふた。「ぼくならだいじょうぶだから」と健気に笑って見せるさまはなるほど、祖父のことを大層好いているのだろう。


 周囲の連中もまた、サレッジの言う通り良心は薄いが、ここまで恐ろしき怒気に当てられてはさすがに心を痛めざるを得ない。所詮はゲーム、所詮はリアルであったことすらない他人と割り切っているゲーマーでも、これほどまでに純粋な絆を見せられれば心を痛めざるを得ない。


 そして、フィルタもそのうちの一人だった。赤の他人はどうでもいいが、ここまで見せつけられてはさすがに動揺せざるを得ない。


 これが罠という可能性も考えたが、ベータ時代にそれほど恐れられた老人が、そんなこてこての方法・・・・・・・を取るだろうか。信用してもらうためとはいえ、いくら何でもこんな見飽きたような芝居を打つ必要はあるのだろうか。


 だからこそ、フィルタはサレッジを見た。自分の英雄を、信ずるべきものの姿を。


 しかし、フィルタは信じられなかった。


 ――――サレッジが、呆然としていたのだ。


「……あ、りえない。早すぎる……」


 ――――早すぎる。いくらなんでも、こんなに早いタイミングで……?


「……弦蔵、その子供は、お前と離れ離れだったか?」
「……いや、しっかり一緒におったし、もしなっても通達・・通り複数人とパーティを組んで居ったよ。にもかかわらず、こんな結果になるとはのう……」


 不甲斐ない限りじゃ、と老人は言った。


 サレッジはその言葉に絶望しながらも、念のために確認を取った。


「なら、ステータス、レベルの欄だけ、見せてもらってもいいか?」
「ああ、それくらいなら構わないとも。ほれ、みせておやり?」
「……うん」


 不機嫌な顔は変わらなかったが、祖父の言うことはしっかりと聞くようで、少年は端末を操作し、ステータスの一部をサレッジに公開した。


 そこに書かれていたレベルは、サレッジを驚愕させるに十分なものだった。


「やはりか、クソッ……!」


 ――――そこには、サレッジが助けてあげるべき・・・・・・・・とした初心者の証・・・・・の、レベル1という表示があった。



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