死神さんは隣にいる。

歯車

38.友人殿は……②

 それから数分後。


 サレッジの取っていた少しの休息は、宿屋の戸を叩く音と少女の凛とした声によって終わりを告げた。もう少し休ませてくれてもと願わずにはいられないが、しかし仕方のないことだろう。サレッジに呼び出しがかかったということは、この子の独断専行、もしくは意見がまとまったということなのだから。


 少女――――プレイヤーネーム「フィルタ」は、少し困ったような顔をして、部屋のすぐそばで待っていた。
このフィルタという少女は実際に見た目通りの年齢の少女である。多少なり容姿に変更があるとはいえ、それらはあくまで多少であり、身長に関しては弄っていない――――と、サレッジは初めて見て思ったものだ。実際そうかはわからないが、しかしなんとなく察したところではこの少女はそれなりに頭は回るが、人生の経験が足りてないように思えたのだ。


 フィルタは、困ったような、非常に申し訳なさそうな顔をしていた。この状態を見る限り、副議長ではあの場を抑えきれなかったか、そう哀れに思った。


 しかし、その状況に立たせたのは自分であり、どちらかというとこちらが申し訳ない気持ちでいっぱいだったのだが、それでも議長として、最低限のメンツは保たなければ、発言権を失ってついにこのPK討伐隊は終わりを告げるだろう。それほどまでに奴らとは戦力差があるのだ。
フィルタは言い辛そうなはっきりとしない口調で語った。


「あの……今、会議室で、えっと……その、一位を、じゃなくて、ええと……」
「……大丈夫だから、落ち着いて話を聞かせてくれないか?」


 どうやら随分と困惑してしまっているみたいだ。何が起こったのか、というより起こってしまったことに対する焦りが見て取れる。しかし、サレッジはその奥の感情も見取った。


(これは、怯えてる……?)
「はい……事の次第は、あなたが出てった後、テーヴォさんが指揮官がおびえて出ていったとみんなに話し始めたところです。全パーティ代表戦を開き、勝利したものが今作戦で指揮を執ると、皆が言い出して、それを全員が了承していったのですが……その、サレッジさんがみんなで提案しなきゃダメと言っていたことを思い出して、何か意味があるのでは、と」
「ふむ、それで?」
「え?」


 サレッジは、その感情を見抜いていたからこそ、その「怯えてる」という感情はどこから来るものなのか、しっかりと聞いておきたかった。この少女は当然ながら、精神力は並ではない。でなくては、副議長などできようはずもない。しかし、現にこの少女は何かに怯えている。それが何かを聞き出すべきだとサレッジは思った。


「それで、ほかに何かあったんだろう?」
「……い、いえ」
「いいから、話せ」
「……は、はい」


 少し強引だが、無理やり聞き出してでもという覚悟で、サレッジは少女を睨みつけた。可哀そうに思うが、しかしこれもVRMMOにきてしまったこの少女が悪いのだと自分に言い聞かせ、問い詰める。


「う、ええと、その……私、魔法職で、勝てるわけもなくて、不公平だって言ったら、追い出されて、その……その時のみんなの目が、痛くて」
「……もう大丈夫だ。ありがとう」


 要するに、皆ストレスがたまっていたのだ。それで、爆発させる機会が来たからそれをおっぱじめようとしたら、邪魔しやがった小娘がいて、腹が立ったから責めるような真似をした、と、そういうことか。


 確かにこの子は勇気のある、精神の強い子だ。何しろ、魔法職のために、不公平だとちゃんと言えたのだから。近接職と魔法職には戦い方の差が大きく、またPvPの勝負において基本的に距離を置くことが魔法職の有利になるのだから、戦闘職の誰かが距離を近くに設定したのだろう。しかし、あまりにも近すぎるからこそこの聡明な少女は提案したのだろうが、たしかあの場に魔法使いは少なかったはずだ。


 このゲームで、正式にPvPができるようになるためには、βテスト期間中であれば第四の街で解放されるメニューから1VS1か数人VS数人を選択し、そこから詳しいルールへと進むのだが、絶対に距離は一定だ。それだけは絶対に覆せない。


 しかし、今回はシステム上の対戦ではなく、あくまでルールほぼ無用のデスマッチである。距離は個々人の自由だし、それについて異議が上がるのは当然だ。それだけで自身がどれほど有利になることやら。
 それと、基本的に、このゲームの序盤でリーダーとなれるのは近接職が多い。近接職は敵と戦いながら指示を出せる。身体能力に特化した彼らは当然ながら、近接戦闘の途中でも多少ながら余裕がある。しかし、魔法職にはそんな余裕は序盤はほとんどない。


 なにしろ、肉体的スペックが違い過ぎる。一気呵成に攻められては遠距離戦闘職、とりわけ詠唱を必要とする魔法職は近接職と戦うのは難しいだろう。中盤以降ならスキルを使って何とかできようモノだが、序盤では難しい。当然ながら、指示を出すことすら。


 しかし、魔法職リーダーは魔法職なりに、メリットがある。全体が俯瞰できる点だ。しかし、それはあくまでクランレベルまで戦闘が大規模になったらの話であり、現在のように小規模での戦いならば近接職の方が生き残れるし、なにより体勢を立て直しやすい。ついでに言えば周りをかこまれてソロになっても何とかなるし、現段階では近接職の方がリーダーに向いている。


 というのが、今までのゲームの中の話で、このゲームはさらに近接職リーダーが多い理由がある。


 それは固有スキルだ。たった一人しか持ちえないスキルは、どんなものであるにしろ、絶対に自身にとって優位に扱えるものである。しかし、それもあってか、魔法職は魔法に特化したほうが、威力がさらに上がり重用されるのである。


 それに加えて、序盤は火力不足が著しい。故に安定性を求め、他者に依存し、レベルをある程度まで上げるという行動が一番効率がいいのだが、当然、固有スキルも他者に依存したものになってくる。


 対して、近接職は基本どのように上がっても問題はない。どのスキルも生き残ることに直結したものに仕上がってくるからだ。それが前衛として前に出て戦う以上、どうしても切り離せない近接職の固有スキルだった。


 だからこそ、現状は魔法使いがソロで生き残りにくく、最後まで指揮をとれる可能性のある近接職がリーダーとして優遇される。


 もちろんレベルが上がればその限りではないし、当然この先魔法使いの方がリーダーを務めやすくなってくる。遠くにいればそれだけ安全だからだ。しかし、パーティ単位の小規模戦闘において、距離を話せば分断の危険性があり、魔法職は近接防衛職の支援なしに生き残れない。


 もちろん、例外はある。魔法を扱える近接職とか、魔法職なのにSTRをあげて武器スキルに特化したもの、いわゆる殴り魔法使いというやつだ。それならば多少、なんとかならなくもない。しかし、そういう連中は得てして前に出るので、やっぱり近接職リーダーの方が多い。


 結論として、近接職リーダーの方が今は多く、当然今回の戦いで有利な距離は近場である。故に、魔法職に就くものとして彼女は説得を試みたのだろう。しかし、当然、そんな要求は通らない、というわけだ。


 それを理不尽に思いつつも、苛立ちをぶつけてくる大人に勝てるはずもない、なすすべなくその場を後にした、というわけか。


 ……アホか。


 ――――そんなだから、あいつら《・・・・》が詰みかけてるんだろうが……!


「仲間割れ、一番意味ないって、なんでわかんないかな……」
「え?」
「ちょっと待っててくれ。俺が甘かったみたいだからな」


 ああ、ダメだ、このゲーマーという種族は、良心が非常に薄い。ゼロとは決めたくないところだが、しかしさすがに今回のアホみたいな騒乱で、今みたいなことが平気で起こってるとなると、少し否定しきれない。


 どうやら、俺が甘かったみたいだ……頭の中でもう一度、かみしめるように呟いて、サレッジは自身の計画を練り直し、頭の中に情報を並べ整理した。


 もともとの計画ではあいつら・・・・の保護を頼みたいところだったが、恐らくこのままだと利権がどうだとごねって足手まといを断るだろう。そのために全員が損しない案を・・・・・・・・・と言ったのに、そのことに気づいてもいないんだろうな。どうせ、今頃は暢気に遊んでいるのだろう。


 これで武力介入すれば当然、禍根が残って後々面倒になると思ったからこそ皆に考えてもらうよう頼んだというのに、これではむしろ酷くなって、手を付けられなくなってしまう。作戦指揮をあの馬鹿どもに任せるのは絶対に許されない。


 しかし、このまま大会とやらに参入してよいものだろうか。ただ徹底的に叩き潰してもいいのだが、流石に後の士気に関わる。報酬をチラつかせて士気を煽り、その上でこちらがいろいろできるように取り計らえればベストだったが、恐らくそう甘くはないだろう。現にこの状況だ、報酬でもめているのだから話にならない。


 ああ、くそ、誰かいないだろうか、俺の代わりに出てくれて、俺よりも強く、俺よりも理不尽で、察しがいい、物欲というものがあまりない、その上で言うとおりに動いてくれる、そんな奴が……サレッジはそんな、砂漠の中の一つの砂粒レベルにいなさそうな人材を求めて悩んでいた。


 しかし、彼が何より悩んでいたのは、思いつく人間が一人だけいたからである。を呼べば、正直何もかも片付くし、でなくとも、彼に類する誰か・・・・・・・にお願いしてもらえばいい。そうすれば、状況は一気に楽になることだろう。


 しかし、彼に受けてもらえるかどうか、というよりも、それをしてしまって、本当にいいのか、という悩みがサレッジを苦しめていた。それをすれば、俺はと友人ではなく、傭兵と依頼人・・・・・・のような関係になってしまうのではないか。を都合のいい便利屋だと思ってしまうのではないか。そういう考えが頭をよぎったのだ。


 であれば、この手は使いにくい。そもそも人を頼るということは極めて使いたくない手だった。借りができるのが嫌だし、何より男として、プライドが許さない。そんなこと、外ならぬ己自身が許せない。サレッジはあの友人に出会ってから、そういう考えを持つようになった。


 サレッジはほぼ全てにおいて彼に劣っている。洞察力も、観察力も、戦略性も、戦闘能力も勘の良さも技術も知識的要素についても、そして恐らくは情報収集能力についても。


 自身の最も得意とするところさえ、もしかしたら負けている。情報網の広さと、彼の秘書の能力は頭抜けているのだ。故にこそ、サレッジはそれでも、負けん気だけは強く持とうと考えた。絶対に、頼るような情けない・・・・真似は、控えるべきだと、何よりの友人として、釣り合えるようにならねばと。


 だからこそ、に頼るような真似はしたくなかった。いや、現に彼に頼ってきたことなど、今まで一度もなかった。全て一人で、少なくとも解決には持って行った。


 サレッジは、その現段階であまりに不必要なその感情に対し、しかし真剣に向き合うべきと断じた。


(どうする、あいつら・・・・に戦闘能力と呼べるものはないし、ここでつけてはい・・・・・・・・けない・・・。であれば少なくとも、無事を確認ないし保護するまではなるべく戦闘に持ち込みたくない。しかし、現状空気を読むような連中はここにおらず、他人を気にする余裕があるやつなど、数えるほどもいない。でも、だからといって正面から物理説得すれば恨みが残る。なるべく他人とはかかわるべきじゃない以上、その手段は極力避けて通りたい。となれば……いや、しかし、それだと……でも……)


 サレッジは大会とやらが開かれている場所に向けて走りながら、凄まじい勢いで頭をフル回転させていた。一人で解決できないからこそパーティ連中のリーダーとなることを了承したのに、この状況は思いっきり無駄である。


 サレッジは、この際武力による制圧までは認めた。あいつらを動かせるようにするにはそれしかない。だが、肝心なのはそのあとだ。もともとこの状況は想定していなかった。まとまってちゃんと言うことを聞いてくれるならそこまで気にする必要はなかったのだ。


 しかし、その後、すなわち作戦を提案した際に、連中が従うかは不明である。なにもできないあいつら・・・・に何らかの対価を払わせたりとか、そういうことをしそうなゴミ共のことだ。うまく作戦を成功できるとは思えない。


 しかし、作戦指揮をとらなければいけないために、自身は作戦拠点と戦場を行ったり来たりする羽目になるだろう。故に、細部に気を配ることが出来ない。しかし、それでは意味がない。そう、あいつら・・・・を助ける意味が。


 であれば、やはり人手が必要なのだが、当然そんな正義のお目付け役なんて言う地味な仕事は誰も受けたがらないだろう。受けても無視をするのが大半だ。連中に提案してもらえればここまで考える必要はなかったが、自身が提案するとなると、やはり現場監督、それも信頼できる奴が必要だ。しかし、それができるのは、先ほどの真面目な少女、フィルタくらいだろう。


 だが、彼女がそれでは可哀想だ。サレッジは基本、弱い者の味方である。弱者は強者が助けるべきで、弱者は強者に驕られることのないよう強くなるべき、それをサレッジは信じている。故にこそ、まだ弱いあの少女に、そんな地味なことをさせるのはよくないだろう。


 となればだれに指令するべきか? だが、これから武力制圧で徹底的に叩き潰す男を、だれが信頼し、共感し、従うと思う? そんな奴は、いない。しかし、それが出来なければ自身にとっての作戦目標が達成されない。


 となれば、誰を、どうするべきか――――


「――――ふんっ! ぬ? サレッジ、貴様、いまさら何をしに来た?」


 思考はまとまらず、良い案は出ず、作戦内容は致命的だ。様々な部分で欠陥がみられるし、すべからく改善すべき目標である。当然ながら、早くプランを練り直し、そして様々な障害を乗り越えていかねばならない。


 しかし、この時に至って、サレッジは、目の前に立っている大剣を持った男――――テーヴォの、フィルタへの視線・・・・・・・・をみて、ついに心からプッツンといった。


「ああ、もうなんかどうでもよくなってきた……とりあえず皆殺しな?」
「はっ、いくら黄金林檎のメンバーでも、舐めてっと怪我すんぜ?」


 テーヴォは余裕だったが、サレッジの心は「とりあえず殺す」というレベルには殺意で満ち満ちていた……。



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