死神さんは隣にいる。
37.友人殿は……①
少し時間を遡る――――
プレイヤーネームサレッジこと、佐々礼 冬至は、いたって普通のゲームが好きな高校生である。
ただ趣味としてゲームをやっていて、それのおかげかちょっとゲームが上手だけどあまり注目されず、休み時間にはごく普通にクラスの友人たちと話せるくらいにはコミュニケーションの取れる、ただの凡人である。
唯一生まれ持ったのは観察眼だけで、それでもちょっときれい好きと判断される程度の、平凡なもので、決して万人から称賛されるほど素晴らしい特徴でもなければ、むしろ嫌な奴と認識される可能性もある分あまりよくはないものなのだろう。
別段彼自身もそこまで誇れるようなものではないと自覚しているし、何よりその程度の洞察力が社会に出て何かに役立つとは思えなかった。役立つとするならそれはきっと、上司のご機嫌取り程度の些細なものなのだろうとおもっていた。……そう、本当に思っていた。
しかし、高校の入学式のある日、彼は初めて、その眼をもって恐怖、本物の絶望を知った。
ソレの気を損ねれば、自分の命はない。そう初めて悟った。あれはホラー映画が怖いとか、ビックリ演出が怖いとか、人が死んだところを見て恐ろしいと感じたとか、そんな稚拙なものではなかった。そんな程度の低い、お粗末な畏怖などとは一線を画した、本能からくる、絶望だった。
ただ恐ろしかった。アレの周囲が歪んで見える、おぞましくて恐ろしくて、怖かった。見ただけで終焉を悟った。終末論をあれほど有り得ると考えたのは初めてだった。まるで冥界からきた死神が、白骨の手で、自身の肩を叩いているように感じた。
同時に場違いとも感じた。理不尽だとも。
なぜ平凡な自分のところに、あんなモノが来るのか理解できなかった。いったいどうして、あの化け物は、恐らくこれから友人となるのであろう生徒たちと楽しく談笑に興じているのか、理解できなかった。世界が、そこだけ切り取られているように、アレだけが黒く、歪に壊れていた。
しかし、自身にそのような、終末を体現した瞬間が訪れたのは、今回が初めてではなかった。ここまで恐怖を感じたのは、そこまで近寄ったことがないから覚えが悪かっただけで、実際はここまで圧倒的であったのかと戦慄した。
それは数か月前に始めたとあるVRMMORPGのβテストの最中。非常にギミックが革新的で、それゆえか応募者も多い中から奇跡的に当選し、心の底から楽しんでいたゲーム。
その最中、とある少女のような少年を、ちらりとだが目にしたことがあった。
当時、「極限の三帝」と呼ばれ、ゲーム内で彼らにかなうものは存在しないと語られていた最強の三人のプレイヤー、それに対し、たった一人で、それもノーダメージでの突破を成し遂げた怪物。究極の帝を捻じ伏せ、その力を以て玉座に座った最強。
――――後に「覇王」と呼ばれる少年、その人である。
彼を見かけた瞬間、体の全細胞が、逃亡をすらあきらめ、生を手放した。頭の思考回路に、たった一つも戦闘どころか謝罪、逃亡も思いつかず、「あ、死んだ」と死を覚悟した。……覚悟、できた。
幸い、向こうはこちらに興味を持っておらず、失せろと言わんばかりににらみつけてから去っていったが、それから数分は蛇に睨まれた蛙のように棒立ちし、やがて金縛りから解放された後、膝を地面につけて生があることにただ感謝した。あの時ばかりは神仏にさえ祈ったほどだ。
そのようなことがあり、入学式の顔合わせ。
偶然その少女のような少年の前の席になった自分は、恐怖と絶望に打ちひしがれ、むしろ半ば自暴自棄になりながらすべてを背後の席にいる死神に打ち明けた。道化のように、常にへらへらと笑って、心に影を映しながら、さながら自殺願望者のようにうつろな笑みで話しかけたのだ。
“君の正体は、覇王様だ。最強の、「極限の三帝」に圧勝した、彼の偉大なる覇王様その人だ。違う?”
……返答は、意外と遅かった。数瞬の戸惑いのうち、「覇王」から来た返事は、「勧誘」だった。
“ねえ、君、僕のクランに入らない?”
その正に最高と言わんばかりの、強烈な笑みに、少し見惚れてしまった自分を、何度殴りたくなったか計り知れない、が、それはともかく。
その身に余る光栄な覇王様からの勅命を、しかし彼は断らざるを得なかった。どうしても、絶対に、断らなければいけなかった。
“流石に、クランには入れない。俺、そんなに恨みを買いたくはないしな”
……なんて、そんな言葉は嘘っぱちだ。本当は、自分に彼らほどの能力がなかったからだ。確かに、多少はゲームがうまいと自負しているし、その中でも情報を集めるのは得意だ。何より、洞察力はだれにも負けない自信がかつてあった――覇王様やその秘書に叩き潰された――し、今でもそれなりに自信はある。情報を見極めるのも得意だし、その手のノウハウはこれまでのゲームである程度備わりつつあった。故にその点ではまあいいほうだった。
しかし、それだけだ。自分には肝心な戦闘能力がない。それがなければ彼らがいても一瞬で足手まといだ。最強クランなのに、最下位は落ちこぼれなんて嘲笑を食らうのは、周囲から恨みを買うより百倍許せない。何より、栄光に泥を塗ることをよしとできるほど、佐々礼は外道ではなかった。
故に、佐々礼はその提案を却下した。
しかし、覇王様――――弥栄 ヨルナは強情だった。
“むぅ、なら、ゲームの話し相手になっておくれよ。僕はあまり友達を作るのは得意じゃないんだ”
……あれは、よく考えれば、彼なりの怖くないよってアピールというより、励ましだったのかもしれない。あれは覇王ではなく、友達として、なによりもヨルナとして、実力も何もないダメな俺を励ましてくれていたのでは――――
「……ちょう! 議長! 聞いているんですか、議長!?」
「ん、おっと……?」
少し考え過ぎていたと反省し、もう一度周囲の状況を確認する。そういえば、自分は何か役目についていたような気がする……? あれ、何をしていたのだったか。
「もう! 議長! しっかりしてください! あなたは本会議の議長で、ちゃんと意見をまとめてくださらないと困ります!」
「あ、ああ……そうだったな」
そうだった。今は大事な会議の途中だった。
大事な会議、というのは、今現在進行形で非常に困ったことになっているある連中のことである。彼らにサレッジは頭を散々悩まされていたからこそ、こうして軽く現実逃避気味のことを考えていたのである。
ある連中、というのも、PK共、つまりハリア草原に湧いて出たゴミの処理、討滅に非常に手間取っていたのである。そして、今現在行われている会議はその討伐会議、そしてサレッジは、いったいなぜだかいつのまにその会議の議長になっていて、さらには多くのパーティーに指示を出す指揮官のような立場にもつかされていたのだ。
事の起こりは数時間前、サービス開始と同時にPK共がいきなり動き出し、早々にハリア草原一帯、すなわちキーク森林を除く初期エリア全方位を囲み、そこを狩場としたためである。
その結果、全プレイヤーはそのPKの網にほぼ必ず引っ掛かり、問答無用で駆逐され、淘汰され、デスペナルティを受け、待機を甘んじて受けざるを得ない状況に追いやられていたのだ。当然のごとく、プレイヤーたちのフラストレーションはたまっていく一方で、今回の会議は彼らの根絶、殲滅が目的だった。
彼らは別にPK否定派ではない。しかし、一日目にして意味もなく躓き、ただ無為に過ごさせられた連中にとって、邪魔な存在は即刻排除しなければならない。出なければ先へ進めない。
しかし、思ったよりもPK共は連携が上手い。その謎の連携と統制はだれが指揮を執っていたらこんなことになるのか、というレベルのものだった。その異常さはプレイヤーたちの意思を一つにするには十分だった。
すなわち、“司令塔が必要だ”と―ーーー
「んで、その司令塔が俺、ねえ……」
今なお統一性の欠片もなく、ただただギャーギャー騒ぐしか能のないこの連中のお守りを、わざわざなんで俺が……。
その気持ちをどうにも抑えることが出来ず、サレッジは深く深くため息を吐いた。
しかし、そんなやる気も覇気もないサレッジを、その場の人間は快く思わなかった。あるプレイヤーが勢いよく椅子から立ち上がった。
「おい、サレッジさんよ、俺らはあんたを信頼してきてるんだ。曲がりなりにもあの覇王様と互角に戦えていたクラン、桃源の黄金林檎の幹部だった、あんたをよ」
そのプレイヤーの名前を、テーヴォ。
異様な巨躯で、重厚感が非常に伝わってくる身体。眼光鋭いその眼は今にも殺気立ち、背中に挿した大剣を今にも抜かんとしている。よほどイライラがたまっているのか、目が少し血走っていて、殺意が見える。
その殺意の矛先は――――サレッジ。
「なあ、サレッジ。てめえ、あの黄金林檎だったからって調子乗ってんじゃねえか? 随分と舐めた態度取りやがって、いい加減にしろよ。なんならいまここでつまみ出しても――――」
「いけませんよ、テーヴォさん」
テーヴォの声を止めたのは、先ほどサレッジを現実逃避の海から掬った少女。
現在執り行われている会議の書記兼副議長を任されており、その強気な瞳は、テーヴォに対して一ミリもひるんではいなかった。後ろで編んでいる一本の三つ編みが非常に可愛らしくもあるのだが、しかしどうにもお固い印象が拭えない。
その少女は凛とした目と声音で言った。
「そうしてパーティーリーダー同士で諍いが起こるから、皆全く関係ないパーティーの人で、さらに幹事を務めたこともある彼を指名したのでしょう? 今彼を追い出して、わざわざもう一度議長兼指揮官を決めるところからやり直すのは時間がかかり過ぎると、先ほど説明しましたよね?」
「……ケッ」
そう、つまるところは消去法である。基本サレッジはソロプレイを好む。というのも、あまりパーティープレイが得意ではないというのもあるのだが、それより覇王様の秘密がバレてはことだからである。いつどこで情報が洩れるかわからないし、自身がぼろを出さないとも限らない。故に彼は、サービス開始からずっとソロを貫いていた。
しかし、それが仇となり、唯一ソロプレイのまま、さらに大規模クラン「桃源の黄金林檎」に入って幹部にまで上り詰めたプレイヤーということで今回の会議を任されることとなったのだが、いやはや。
「じゃあ、まず具体的に、そして簡潔に、全員が得して、なおかつ誰も困らない方法を、全員で考えて提案できたなら、真面目に指揮を執ってやるって言ってるじゃんか」
「しっかりと述べているだろうが! それを真面目に聞いてないのはお前だ!」
「ほほう、じゃあ聞いていこうか。まずテーヴォ、お前のこの提案じゃ、背後から奇襲する際に、一番功績をあげるのはお前らの班だよな? さらにここ、ここでこいつらが相手を倒しても、そこまで誘導するのはお前らで、一番手柄をあげることになっちまうよな?」
「ぬ、いや、そこはだな」
「言い淀むな。その時点でアウトだ。見直す点はそこだけじゃないしな。……ほかの連中もだ。てめえら、もっとよく考えろよ。でなきゃあと二日三日はこのままだぞ。ちゃんと普通に、平等に、文句なく終われるように、案を作り直せ。終わったら呼べ。以上、俺は少し留守にする」
それだけ矢継ぎ早に言って手っ取り早く部屋を出る。誰もかれも自分が利権を手にするために動くから、余計に案がまとまらず、さらに面倒なことに、自分が成り行きで決められた議長であるため、下に見られてしまっている。これでは、何を言おうと最終的に武力で解決するしかなくなる。
もちろんそうなれば遺恨は残るだろうし、それが怨念や執念に発展して、最後に復讐という答えを出す可能性は否めない。全員が得する形で終わりを迎えなければ、この戦いが終わっても血みどろの抗争は終わらない。
その案を彼自身が出すというのも悪くはないが、それでは今後、協力するときにいちいち提案していかなくてはならなくなる。そういった妥協点を探してもらわなくては今後面倒だ。だから全員で考えてもらわなくてはならない。
……という、建前で、時間を引き延ばしているが、それもそろそろ限界だ。そろそろ誰かがそのことに気づいてやはり私がと名乗りを上げるだろう。
しかし、そうなるとあのアホどもの手綱を握れず、あいつらが壊滅することが確定してしまう。そうなれば、また一歩攻略が遅れてしまうのである。それはさすがに許容できない。少し前、あの友人がレイドボスをソロクリアしたばかりだというのに。
「……どうにか、ならないもんかね」
ある宿屋の部屋の一室で、彼はため息を吐きつつ、頭を悩ませていた。
プレイヤーネームサレッジこと、佐々礼 冬至は、いたって普通のゲームが好きな高校生である。
ただ趣味としてゲームをやっていて、それのおかげかちょっとゲームが上手だけどあまり注目されず、休み時間にはごく普通にクラスの友人たちと話せるくらいにはコミュニケーションの取れる、ただの凡人である。
唯一生まれ持ったのは観察眼だけで、それでもちょっときれい好きと判断される程度の、平凡なもので、決して万人から称賛されるほど素晴らしい特徴でもなければ、むしろ嫌な奴と認識される可能性もある分あまりよくはないものなのだろう。
別段彼自身もそこまで誇れるようなものではないと自覚しているし、何よりその程度の洞察力が社会に出て何かに役立つとは思えなかった。役立つとするならそれはきっと、上司のご機嫌取り程度の些細なものなのだろうとおもっていた。……そう、本当に思っていた。
しかし、高校の入学式のある日、彼は初めて、その眼をもって恐怖、本物の絶望を知った。
ソレの気を損ねれば、自分の命はない。そう初めて悟った。あれはホラー映画が怖いとか、ビックリ演出が怖いとか、人が死んだところを見て恐ろしいと感じたとか、そんな稚拙なものではなかった。そんな程度の低い、お粗末な畏怖などとは一線を画した、本能からくる、絶望だった。
ただ恐ろしかった。アレの周囲が歪んで見える、おぞましくて恐ろしくて、怖かった。見ただけで終焉を悟った。終末論をあれほど有り得ると考えたのは初めてだった。まるで冥界からきた死神が、白骨の手で、自身の肩を叩いているように感じた。
同時に場違いとも感じた。理不尽だとも。
なぜ平凡な自分のところに、あんなモノが来るのか理解できなかった。いったいどうして、あの化け物は、恐らくこれから友人となるのであろう生徒たちと楽しく談笑に興じているのか、理解できなかった。世界が、そこだけ切り取られているように、アレだけが黒く、歪に壊れていた。
しかし、自身にそのような、終末を体現した瞬間が訪れたのは、今回が初めてではなかった。ここまで恐怖を感じたのは、そこまで近寄ったことがないから覚えが悪かっただけで、実際はここまで圧倒的であったのかと戦慄した。
それは数か月前に始めたとあるVRMMORPGのβテストの最中。非常にギミックが革新的で、それゆえか応募者も多い中から奇跡的に当選し、心の底から楽しんでいたゲーム。
その最中、とある少女のような少年を、ちらりとだが目にしたことがあった。
当時、「極限の三帝」と呼ばれ、ゲーム内で彼らにかなうものは存在しないと語られていた最強の三人のプレイヤー、それに対し、たった一人で、それもノーダメージでの突破を成し遂げた怪物。究極の帝を捻じ伏せ、その力を以て玉座に座った最強。
――――後に「覇王」と呼ばれる少年、その人である。
彼を見かけた瞬間、体の全細胞が、逃亡をすらあきらめ、生を手放した。頭の思考回路に、たった一つも戦闘どころか謝罪、逃亡も思いつかず、「あ、死んだ」と死を覚悟した。……覚悟、できた。
幸い、向こうはこちらに興味を持っておらず、失せろと言わんばかりににらみつけてから去っていったが、それから数分は蛇に睨まれた蛙のように棒立ちし、やがて金縛りから解放された後、膝を地面につけて生があることにただ感謝した。あの時ばかりは神仏にさえ祈ったほどだ。
そのようなことがあり、入学式の顔合わせ。
偶然その少女のような少年の前の席になった自分は、恐怖と絶望に打ちひしがれ、むしろ半ば自暴自棄になりながらすべてを背後の席にいる死神に打ち明けた。道化のように、常にへらへらと笑って、心に影を映しながら、さながら自殺願望者のようにうつろな笑みで話しかけたのだ。
“君の正体は、覇王様だ。最強の、「極限の三帝」に圧勝した、彼の偉大なる覇王様その人だ。違う?”
……返答は、意外と遅かった。数瞬の戸惑いのうち、「覇王」から来た返事は、「勧誘」だった。
“ねえ、君、僕のクランに入らない?”
その正に最高と言わんばかりの、強烈な笑みに、少し見惚れてしまった自分を、何度殴りたくなったか計り知れない、が、それはともかく。
その身に余る光栄な覇王様からの勅命を、しかし彼は断らざるを得なかった。どうしても、絶対に、断らなければいけなかった。
“流石に、クランには入れない。俺、そんなに恨みを買いたくはないしな”
……なんて、そんな言葉は嘘っぱちだ。本当は、自分に彼らほどの能力がなかったからだ。確かに、多少はゲームがうまいと自負しているし、その中でも情報を集めるのは得意だ。何より、洞察力はだれにも負けない自信がかつてあった――覇王様やその秘書に叩き潰された――し、今でもそれなりに自信はある。情報を見極めるのも得意だし、その手のノウハウはこれまでのゲームである程度備わりつつあった。故にその点ではまあいいほうだった。
しかし、それだけだ。自分には肝心な戦闘能力がない。それがなければ彼らがいても一瞬で足手まといだ。最強クランなのに、最下位は落ちこぼれなんて嘲笑を食らうのは、周囲から恨みを買うより百倍許せない。何より、栄光に泥を塗ることをよしとできるほど、佐々礼は外道ではなかった。
故に、佐々礼はその提案を却下した。
しかし、覇王様――――弥栄 ヨルナは強情だった。
“むぅ、なら、ゲームの話し相手になっておくれよ。僕はあまり友達を作るのは得意じゃないんだ”
……あれは、よく考えれば、彼なりの怖くないよってアピールというより、励ましだったのかもしれない。あれは覇王ではなく、友達として、なによりもヨルナとして、実力も何もないダメな俺を励ましてくれていたのでは――――
「……ちょう! 議長! 聞いているんですか、議長!?」
「ん、おっと……?」
少し考え過ぎていたと反省し、もう一度周囲の状況を確認する。そういえば、自分は何か役目についていたような気がする……? あれ、何をしていたのだったか。
「もう! 議長! しっかりしてください! あなたは本会議の議長で、ちゃんと意見をまとめてくださらないと困ります!」
「あ、ああ……そうだったな」
そうだった。今は大事な会議の途中だった。
大事な会議、というのは、今現在進行形で非常に困ったことになっているある連中のことである。彼らにサレッジは頭を散々悩まされていたからこそ、こうして軽く現実逃避気味のことを考えていたのである。
ある連中、というのも、PK共、つまりハリア草原に湧いて出たゴミの処理、討滅に非常に手間取っていたのである。そして、今現在行われている会議はその討伐会議、そしてサレッジは、いったいなぜだかいつのまにその会議の議長になっていて、さらには多くのパーティーに指示を出す指揮官のような立場にもつかされていたのだ。
事の起こりは数時間前、サービス開始と同時にPK共がいきなり動き出し、早々にハリア草原一帯、すなわちキーク森林を除く初期エリア全方位を囲み、そこを狩場としたためである。
その結果、全プレイヤーはそのPKの網にほぼ必ず引っ掛かり、問答無用で駆逐され、淘汰され、デスペナルティを受け、待機を甘んじて受けざるを得ない状況に追いやられていたのだ。当然のごとく、プレイヤーたちのフラストレーションはたまっていく一方で、今回の会議は彼らの根絶、殲滅が目的だった。
彼らは別にPK否定派ではない。しかし、一日目にして意味もなく躓き、ただ無為に過ごさせられた連中にとって、邪魔な存在は即刻排除しなければならない。出なければ先へ進めない。
しかし、思ったよりもPK共は連携が上手い。その謎の連携と統制はだれが指揮を執っていたらこんなことになるのか、というレベルのものだった。その異常さはプレイヤーたちの意思を一つにするには十分だった。
すなわち、“司令塔が必要だ”と―ーーー
「んで、その司令塔が俺、ねえ……」
今なお統一性の欠片もなく、ただただギャーギャー騒ぐしか能のないこの連中のお守りを、わざわざなんで俺が……。
その気持ちをどうにも抑えることが出来ず、サレッジは深く深くため息を吐いた。
しかし、そんなやる気も覇気もないサレッジを、その場の人間は快く思わなかった。あるプレイヤーが勢いよく椅子から立ち上がった。
「おい、サレッジさんよ、俺らはあんたを信頼してきてるんだ。曲がりなりにもあの覇王様と互角に戦えていたクラン、桃源の黄金林檎の幹部だった、あんたをよ」
そのプレイヤーの名前を、テーヴォ。
異様な巨躯で、重厚感が非常に伝わってくる身体。眼光鋭いその眼は今にも殺気立ち、背中に挿した大剣を今にも抜かんとしている。よほどイライラがたまっているのか、目が少し血走っていて、殺意が見える。
その殺意の矛先は――――サレッジ。
「なあ、サレッジ。てめえ、あの黄金林檎だったからって調子乗ってんじゃねえか? 随分と舐めた態度取りやがって、いい加減にしろよ。なんならいまここでつまみ出しても――――」
「いけませんよ、テーヴォさん」
テーヴォの声を止めたのは、先ほどサレッジを現実逃避の海から掬った少女。
現在執り行われている会議の書記兼副議長を任されており、その強気な瞳は、テーヴォに対して一ミリもひるんではいなかった。後ろで編んでいる一本の三つ編みが非常に可愛らしくもあるのだが、しかしどうにもお固い印象が拭えない。
その少女は凛とした目と声音で言った。
「そうしてパーティーリーダー同士で諍いが起こるから、皆全く関係ないパーティーの人で、さらに幹事を務めたこともある彼を指名したのでしょう? 今彼を追い出して、わざわざもう一度議長兼指揮官を決めるところからやり直すのは時間がかかり過ぎると、先ほど説明しましたよね?」
「……ケッ」
そう、つまるところは消去法である。基本サレッジはソロプレイを好む。というのも、あまりパーティープレイが得意ではないというのもあるのだが、それより覇王様の秘密がバレてはことだからである。いつどこで情報が洩れるかわからないし、自身がぼろを出さないとも限らない。故に彼は、サービス開始からずっとソロを貫いていた。
しかし、それが仇となり、唯一ソロプレイのまま、さらに大規模クラン「桃源の黄金林檎」に入って幹部にまで上り詰めたプレイヤーということで今回の会議を任されることとなったのだが、いやはや。
「じゃあ、まず具体的に、そして簡潔に、全員が得して、なおかつ誰も困らない方法を、全員で考えて提案できたなら、真面目に指揮を執ってやるって言ってるじゃんか」
「しっかりと述べているだろうが! それを真面目に聞いてないのはお前だ!」
「ほほう、じゃあ聞いていこうか。まずテーヴォ、お前のこの提案じゃ、背後から奇襲する際に、一番功績をあげるのはお前らの班だよな? さらにここ、ここでこいつらが相手を倒しても、そこまで誘導するのはお前らで、一番手柄をあげることになっちまうよな?」
「ぬ、いや、そこはだな」
「言い淀むな。その時点でアウトだ。見直す点はそこだけじゃないしな。……ほかの連中もだ。てめえら、もっとよく考えろよ。でなきゃあと二日三日はこのままだぞ。ちゃんと普通に、平等に、文句なく終われるように、案を作り直せ。終わったら呼べ。以上、俺は少し留守にする」
それだけ矢継ぎ早に言って手っ取り早く部屋を出る。誰もかれも自分が利権を手にするために動くから、余計に案がまとまらず、さらに面倒なことに、自分が成り行きで決められた議長であるため、下に見られてしまっている。これでは、何を言おうと最終的に武力で解決するしかなくなる。
もちろんそうなれば遺恨は残るだろうし、それが怨念や執念に発展して、最後に復讐という答えを出す可能性は否めない。全員が得する形で終わりを迎えなければ、この戦いが終わっても血みどろの抗争は終わらない。
その案を彼自身が出すというのも悪くはないが、それでは今後、協力するときにいちいち提案していかなくてはならなくなる。そういった妥協点を探してもらわなくては今後面倒だ。だから全員で考えてもらわなくてはならない。
……という、建前で、時間を引き延ばしているが、それもそろそろ限界だ。そろそろ誰かがそのことに気づいてやはり私がと名乗りを上げるだろう。
しかし、そうなるとあのアホどもの手綱を握れず、あいつらが壊滅することが確定してしまう。そうなれば、また一歩攻略が遅れてしまうのである。それはさすがに許容できない。少し前、あの友人がレイドボスをソロクリアしたばかりだというのに。
「……どうにか、ならないもんかね」
ある宿屋の部屋の一室で、彼はため息を吐きつつ、頭を悩ませていた。
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