死神さんは隣にいる。

歯車

34.なぜバレたし……。

「うぅ、もう……もういや……」
「もう……お嫁に行けない……」


 あれからヤヒメの暴走が終わるまで待って中に入り、目を覚ましたヤヒメと意識を失いかけている二人を拾い、色々とぐっしょり濡れている二人は姉さんの部屋へ放り込んで、ヤヒメには顔を洗ってくるように伝えた。


 その後、着替えた二人とヤヒメをリビングに呼び、お昼ご飯を作り終え、テーブルにいざ並べんと持ってきたところ、バカ二人はしくしくと部屋の隅っこで体育座りをしていた。


 一方、ヤヒメの方はまだ寝惚けているのか、ほわほわという効果音が聞こえてきそうなほど惚けていた。眠い、とはちょっと違うみたいだが、目がぱっちり覚めているというわけでもなさそうだ。本当に今日が休日でよかった。


 料理を盛り付けたお皿をテーブルに並べていく。今日は何となくパスタの気分だったので、有り合わせの材料で適当に和風パスタを作ってみた。炒められた豚肉とほうれん草、ほのかに香る醤油の匂いがなんとも食欲を掻き立てる。


 それらに気付いたのか、流ちゃんが先程のことなど無かったかのように立ち直り、すぐさま席に着いた。やっぱり昼飯食べてなかったか。それにしても堂々と座ったなこの子。一応作ってるけども。




 残る姉さんも一応切り替えたのか、席に着いた。まだ顔が赤いが、やはりヤヒメ恐るべし。当の本人はそんな自分のことを「朝は弱いんだ〜あはは〜」と反省の欠片も見せないどころか自覚すらしていないのだから。


 天然恐るべし。


「それで、どうしてたおしたの?」
「へ? なにが?」
「レイドボス」
「あ、ああ」


 そうだった。今現在、僕が凄まじくピンチなのだった。


「最初は偵察のつもりだったんだよ? でも、思ったより行けそうだったから、それなら行けるところまでって思って……」
「うそ。ヨルナはそういうときにていさつじゃおわらない。まえの、おふねのじけん、わすれた?」
「うっ」


 おふねのじけん、すなわちカクテル号事件である。


 サーバー内でもトップクラスのクランが、なにやら外国人と手を組んでいたらしく、RMTにまで手を出したといううわさを聞いて、念のため、噂の真贋を確かめに、ほんの偵察程度・・・・・・・に、彼らの本拠地から少し離れたところにある港から出向した宴会船カクテル号へと乗り込んだ時のことだ。


 リアルマネートレード、通称「RMT」。要するにレアアイテムや労働力、戦力に土地、果てにはアバターをゲーム内ではなく現実で取引し、取り扱うといったものだ。しかし、それをやってしまえばもはやゲームではなく商売になってしまう。当然、GMもしっかり対策は練っていたらしいのだが、それでもやらかすバカはいるのだ。


 そんなアホどもに、負けてたまるかと当時の僕らは奮闘した。RMTを行う馬鹿どもを端から端まで徹底的に取り締まった。もちろん、ほかにも理由はあるけれど、とりあえず金で勝たれるのはなんか癪だったために、僕たちはそいつらの本拠地を片っ端から叩き潰していった。


 そんな折、僕らのもとに、カクテル号の情報が届き、とりあえず偵察に行ってくるからと向かったのが事の始まりだった。


 まあ、端的に言って、堂々とRMTしやってたから、一人残らず処理しただけだけども。


 おそらく流ちゃんが言っているのは、ていさつじゃ済まなかっただろうということですね。


「ヨルナ、ていさつっていったとき、たいていおわってる」
「いや、ほら、なんかこう、ノリに乗っちゃうというか」
「わたしたち、いつもおいてけぼり」
「あ、あの時は悪かったって。先行し過ぎたとは思っているし」
「そんなに、たよりない?」
「う、うぅ……」


 やめて、そんな涙目で見ないで……!


 確かにあの時は先に行って悪かったけど、別にみんなを信頼していないってわけじゃ……。


「ほら、流ちゃん。あ~ん」
「あ~ん♥」


 当の流ちゃんは、先ほどまでの涙を欠片も見せずににこやかに笑いながらヤヒメから「あ~ん」などと百合百合しい花を見せつけており……。


「…………」


 ……流ちゃん、どこでそんな演技を習ったの……?


「そういえば、ヨルナ」
「……なんでしょうか。今僕は子供の残酷さに打ちひしがれているとこなんだけど」
「いや、気持ちわからなくもないけど。なんか、いまあんたが大ボス倒しちゃったから大騒ぎになってるわよ。初心者たちがベータの時より弱ってるんじゃないかって」
「そりゃたった一日でレイドボスが倒されたら誰だってそうおも……待って。なんで初心者が?」




 普通、弱くなっているんじゃないかという推測を立てるのは、上級者、つまるところのベータ経験者ではなかろうか。なんか嫌な予感がする。なんで初心者だけが動いてる?


 そんなのまるで、あたかもそれくらいでクリアされるのがわかっていたかのような……いや、もっと言うなら、クリアできてもおかしくない人物だとみられていた……? まさか……。


「そうそう、そこが面白いのよ。なんでも、そんなことより覇王様の名前がわかったって、掲示板で大騒ぎで、それどころじゃないみたい……ヨルナ?」
「……oh……」


 なぜ、なぜバレた。名前がわかったということは、クリアできるのは覇王様しかいないと踏んでのこと?


 いや、たぶんもっと前から、でも、いったいなんで……?


「なんか、流ちゃんと遊んでた時あたりから、ヨルナのことを覇王様覇王様って騒いでるけど、ヨルナが覇王様って何のこと?」
「あ、あ、あ……」


 あ、あの時かぁぁぁああああ!


 確かに、我らが少女剣士様と一緒にいるところを見ていれば、予想はつくか……。いや、待て。それじゃあなんで姉さんは疑われなかったって初心者だし当たり前か。え、じゃあなに? 僕、ボス戦ミスって死んでても、正体はバレていたり? いや、まさか。そんな、こんな凡ミスで……。


 僕はかなりショックを受けていた。


「ああ、それから、覇王様は勝てるだろうけど、俺らじゃ無理だわってコメントが相次いでいるのよ。ねえ、覇王様って何なの? ねえヨルナ? ヨルナってば」
「……はおうさまっていうのは」


 僕は心に深い傷を負っていて、姉さんの話が耳に一切入っていなかった。故に、僕は流ちゃんが口を開いたことにすら気づくことができなかったのだ。


「はおうさまっていうのは、ヨルナが、レイドボスせんで、なんばー8にかえさせられたなまえ」
「……へ? えっと、なんで?」
「わたしたち、きょくげん? のさんてい? は、おうさまだから、それよりえらいはおうでいこうって、まいどまいどヨルナがだまされた」
「……ぷっ、じゃ、じゃあ、くくく。覇王様って、ヨルナの偽名?」
「……? そんなかんじ、かな?」
「ぶふっ」
「はっ!」


 傷心から立ち直った時にはもう遅し。姉さんはお腹を抱えて大爆笑していた。おいこら流ちゃん。お前いったい何言った。なんか漏れれば姉さんは向こう数年はそのネタで弄ってくるんだぞ!


「ふ、ふふふ! あのヨルナが、王様とか絶対無理なあのヨルナが、覇王様って、覇王様って! あははははは!」
「お、お兄さすがにそれは、どうなの……くふふっ」


 クッションをバンバンたたきながら捧腹絶倒中の姉さんどころか、いつの間に寝ぼけ状態から復帰したヤヒメにまで聞かれた! 最悪だ!


 僕はこの先の未来に絶望した。


「ねえねえヨル……覇王様、お茶をお入れいたしましょうか……ぷっ」
「お、おに、はおーさま、おかわり、ぶふっ」
「ヨルナ? 二人はどうかしたの?」
「ぐぬぬぬぬ……」


 どうかしちゃったのは九割九分九厘流ちゃんの責任かな~。というか笑うな! そもそもこれは偽名であって、特に意味とかないし! 部下が提案したのを適当に採用しただけだし、自分で決めるの面倒だっただけだし!


 大体、それを言うなら「極限の三帝」とかの方が痛いじゃん! 流ちゃんとか、その他二人とか! 少なくとも、僕よりひどい奴いっぱいいるし、覇王様覇王様って言ってる奴らも僕がそう呼べって言ったわけじゃないし!


「べつにおかしくないじゃん!」
「そ、そう、ぶっ、ね。おかしくなんて、くすっ、ないわよね」
「ぷふっ、あはははは! おかしくないって、認めちゃってるし! あはははは! もうだめ、もう無理! あははははは!」
「ヨルナ、なにがそんなにおかしいの? わたしわかんない」
「…………」


 僕はそっと席を立ち、念のためと多めに作っておいたパスタの皿を持ち上げる。そのままそれをラップをかけて、冷蔵庫へ保存。ついでに食後のデザートをと思って作っておいた小さめの、バニラアイスを添えて、キャラメルソースをたっぷりかけたホットケーキも冷蔵庫へ放り込む。ご丁寧にカットパインも添えて、粉砂糖をまぶしたものである。ホイップは僕はあまり好きじゃない。


 そして、テレビのリモコンを点け、ビデオの電源を入れる。そのままリモコンのメニューボタンを押し、ずらっと並べられた項目から、ジャンル→ドラマを選択し、その中からグループ分けされた数個のうち、三つほど選んで消去する。


 三者三様、絶望を訴えた。


「ちょ、ヨルナ! なんてことするの! せっかく今日のうちに見ちゃおうって録り溜めしておいたのに!」
「え! お兄、おかわりは!? ねえ、お腹すいてるんだよ!? 朝ごはん食べてないんだよ!」
「よ、ヨルナ、でざーとは? おやつ、おやつっ。あやまるからぁ」


 そんなみんなを見て、僕はにっこりとしながら、一皿だけ持っていたホットケーキと、ビデオのリモコンを持って、すっとした気分になりながら、自室へ戻っていった。
 さて、ログインしなきゃ!



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