死神さんは隣にいる。

歯車

27.イケメン亭主の看病コース



「……………」




 第二の街、トロルヘル。そのとある酒場にて。


 屍のように机に突っ伏し、動かず、ただただ佇んで、黒いオーラを出し続ける人影が一人。その姿は、まるで白昼堂々飲んだくれてぶっ倒れたリストラ後のサラリーマンのような、調子に乗って陸に上がり干上がった魚のような。


 あるいは、大きな失敗をやらかして落ち込むひとりの少年のような。傷心中の虚しい少年のような。


 そのまま溶けて崩れてしまいそうな体勢に加え、顔はもうひどく暗い。酒場の鏡に映る顔は、見ていられないほどに暗澹としている。ヘドロに泥をまぶしてゴミの中に放り込んだあと、凝縮して抽出したみたいなぐちゃぐちゃとした顔だ。そのまま捨てられてもおかしくない雰囲気である。


 最早全体的に救えない、ダークマターの塊みたいなモノだった。


 ……というか、僕である。


「……………」


 もともと、そう目立ちたくないからキャラを作り直したというのに、まさか最初の最初でやらかしてしまうとは……。


 このゲームにはエリアボス初踏破パーティが全サーバー上でアナウンスされる。システム的な意味はゲーム進行にあたって初討伐ボーナスの終了を意味することと、すでに討伐済みで次の街に進んでもらいたい運営からの競争心を煽るメッセージとされている。要するに、「もう倒されちゃってるからボーナスはないよ~?」「え~まだ倒せないの~? 早くしなよ~? 遅れてるよ~?」ということである。


 しかし、流石に運営も一日でエリアボス一体討伐を成し遂げるバカがいようとは、思いもよらないだろう。僕だって、今回こそはのんびりやっていこうと思っていたんだから。


 ああああ、どうしよう、また前みたいにいっぱい人が……。


「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛……」


 思い出せば思い出すほど、唸り声が喉から湧き出てくる。一緒に怠気と眠気と恐怖と悲嘆と絶望とその他暗澹とした感情エトセトラがさながら小さなコップにホースを使って注ぐが如く、体に突き刺さった失敗が心の底から絶望という血液を噴出させてくる。


 心底からこれから起こりうるだろう面倒事に対し散々な気分である。おそらく、まず最初に野良パーティが組めない。次に気軽にフレンドになれない。さらに顔がバレると仮面なりなんなりで隠さなきゃならなくなる。そしてボス戦も指示を出さなきゃならなくなるだろうし、そしてなにより、これが本当に嫌なのだが――――


 ――――このゲーム、PKに唆されるだけあって、血気盛んな奴らが多いこと多いこと……


「バレたら、また連日連夜闘いの日々に……」


 思い出す。数千人規模、サーバーが落ちるか落ないかギリギリまで人が密集する程の人数、大量のクラン結託、野良パーティもちょこちょこ混じり、それらが荒野、森林、海岸、沼地洞窟山岳雪原火山氷上廃村亡国……etc.で常時襲いかかってくるのである。挨拶がわりに剣を叩き込まれ、すれ違いざまに魔法が飛んでくる、ありえないほど物騒な剣と魔法のファンタジー。


 思い出す。嫌気がさして逃げた先、高レベル帯の森林の奥、MPKの待ち伏せに遭い、ひとり残らずかけらも残さず、殺し尽くすまで敵が止まなかった悪夢を。最終的にクランメンバー全員でことに対処し、皆殺しにしてリスキルするまで終焉を迎え無かった惨劇。


 思い出す。思い出す思い出す。第一次ロリコン大戦、淫夢厨事件、カクテル号事件、バーガー案件、天候撲滅運動。職種人種差別能力最底辺いじめメシア事件ジャッカル宗教戦争などなどなどなど……。


 それら全て、あの血気お盛んなキ○ガイどものせいである。そして、それらに対処しまるっと解決し続けたのも他ならぬ僕だ。


 理由は、ひとつだけ。振り払う火の粉を払い続けただけでこれである。


 もう本当、面倒を通り越して絶望という道をぶっちぎったくらいには、何もしたくない。いやまあ、今回は明らかに僕の失敗なんだけども。でもこれから起こるのは結構面倒なことなんだろうなぁ……。


 ……考えても仕方ないか。


「おっちゃん! 生一つ!」
「てめえ未成年だろうが! りんごジュースで我慢しろ!」
「なんでよ! やけ酒したいんだけど!」
「したくてするようなもんじゃねえだろうが! ガキには早い!」


 ……ちっ、このゲームは未成年は酒飲んじゃダメなのか。時折FPSのゲームとかで支給品とかEvPのゲームで薬やらバフやらで出てくるのは飲めたりするのに……。


「ならもういいよ! 東雲鳥の南蛮! ガーリック! いっぱい!」
「やけ酒の次はやけ食いかよ……ったく、しゃあねえガキだ。待ってろ、今作ってやる」
「金置いとくから、作れる分だけね!」
「わぁーってるよ! ってなんだこの量! こんなに食えんのかよ……」


 亭主NPCが戦慄しながらキッチンの方に戻っていった。エリアボスをソロで討伐した僕は今、ちょっとした小金持ちだ。これくらいの出費は痛くない。


 やってしまったという後悔とそもそも面倒な目に遭う理由ないし原因あいつらやんという怒りとその他もろもろ(具体的に睡眠不足)のストレスにより、僕の頭はちょっと、いやかなりおかしくなっていた。故に、運ばれてくるチキン南蛮の量を見ても、ひるまず、むしろ余裕で食いきれるだろうとタカをくくった。


 ……いや、そんな入るわけないんですけども。


「う、むぐ……」
「ほれみろ……」


 十皿近く運ばれてきたチキン南蛮は、非常に良く脂がのっていて、濃厚なものだった。噛めばさくっと衣が舌に極上をもたらし、続いて来る肉汁を舐めとるとこれまた濃厚なガーリックソースが絡み合い、トロトロとした甘辛い汁が口いっぱいに、香りとともに広がるのである。


 要するに、とても脂っこい。うまいけど……。


 もともと小食だった僕は、無念三皿目でリタイアした。このままだともったいないのでインベントリの中に放り込み、明日辺り食べようと決める。今日はもういいや。


「大丈夫か? 東雲鳥のステーキは自分で言うのもなんだがすごい油だからな。胃もたれとか平気か?」
「だい、じょうぶ……」
「大丈夫じゃねえな……。待ってろ、今水を持ってきてやる」
「まって、りんごジュース……」
「好物だったのかよ!?」


 そう言いつつも持ってきてくれる亭主。やべえ、この人めっちゃ優しい。というか反応が人間や。本社の人ですか?


 冗談はともかく、運ばれてきたりんごジュースを飲み干し、ひとまずほっと一息付いた。そこでようやく緊張が解けたのか、また机にぐったりと倒れこむ。ぐっ、うぅぅ、眠気と腹痛がァ……。


「おいおい、本当に大丈夫か? なんならほかのやつに連絡入れてやろうか?」
「いや、まだ皆アイルヘルの方にいるからこっち来るの無理」
「お前、道中木のバケモンみたいなやついただろ、そいつは?」
「倒した」
「へ? ……嘘だろ!? え、お前、一人でか?」
「頑張った」
「はぁ……? 頑張っただけでなんとかなるような相手じゃねえだろ……」


 超頑張った。だからもう何もしたくない。このまま机のシミになりたい。からだがとろけていくぅ……。


 すると、亭主が「ちょっと待ってろ」とだけ言い残し、キッチンの方へと向かった。一体何だろう?


 数分後、亭主は親子丼らしき何かを作ってきて、それをどんっと机に置いた。出汁の効いた卵の風味が、先ほど気持ち悪くなるほど食べたあとだというのに僕の鼻と腹を強烈に刺激し、空腹感さえ感じさせる。


 まさか、それを食え、と……?


「んなわけねえだろ。コイツは俺の分だ。お前のはこっち」
「へ?」


 亭主は、それとついでに、胃に優しそうな卵粥を机に置き、そして最後に何らかの果物を置いた。見た感じ、梨かりんごみたいなモノだった。


「そいつは亭主からのサービスだ。ま、これからよろしくってな。……話、聞かせてみろ。おっちゃんだが頼りにしてくれ。何があった?」
「お、おっちゃ~ん」


 やべえ、このおっちゃんイケメンだ!


………………………………………………


 おっちゃんに長いこと話しを聞いてもらったあと、酒場を出た。おっちゃんのイケメンすぎる対応に、ちょっと、いやかなりびびった。どんな相談にも苦労しながらしっかり答えを出してくれるあたり、すごく好感が持てた。


 あと、卵粥と果物、めっちゃうまかったで。果物はともかく、あの卵粥の味わい深さと言ったら。味は薄く、しかしそれが逆に本来の味を引き立たせるような、素晴らしいものだった。


 僕はかの酒場の優しい亭主を度々思い出し、晴れやかな気分で宿屋にてログアウトした。戻ってくると、お腹が思ったより空いていて、肉が食べたくなった。


 リビングに行き、冷蔵庫を開けてなにかないか探ると、ちょうど唐揚げと千切りキャベツ、丼一杯もないくらいのご飯があったので、それらを載せてマヨネーズとタレをかけて、唐揚げ丼のかーんせーい。


 それを黙々と食べていると、上の階からたったった、という足音が聞こえてきた。おろ? 姉さんかな? それともヤヒメが起きたか?


「ねえ! ヨルナが倒したの!?」




 リビングのドアを蹴り破るように開けて入ってきたのは、案の定姉さんだった。でも、早朝とは言えまだヤヒメが寝てるから、静かにしてやって欲しい。


 りゅーはどうしたのか聞くと、例のアナウンスを聞くやいなやすぐに「おいわいしなきゃ」と呟いて駆け出していったそうな。マジかよ。お祝いってことは来るのか、りゅー。


 姉さんに捕まったために部屋に戻れず、眠気が一方的に溜まっていく。やばい、視界がぼやけてきた。ああ、姉さんが三人に見える。頭もフラフラしてきた。ちょ、マジやばい。本当にやばいから寝かせて……。


 しかし、ウトウトする僕を無理やりたたき起こすように、ピンポーンとインターホンが鳴る。姉さんが応答し、玄関の方へ行った。


「きゃっ」


 姉さんの悲鳴。何があったと腰を浮かす間もなく、凄まじい勢いで腹の辺りに抱きつきそのまま全体重を乗せたタックルをかましてきた何かに、僕は思わず椅子から転げ落ちる。


 がんっ……ぐはっ。


「おめでとうございます、どうじょおうへいか……あれ?」
「あらら、これは……」


 僕は凄まじい勢いで地面に項をぶつけ、気絶した。


 締りが悪いのぅ、とほほ……。



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