死神さんは隣にいる。

歯車

21.頼れる少女(二人)

 それじゃあ出発、進行である。とは言っても、すぐ目の前にあるし、別にそこまで遠くもないが。
四方八方から襲い来る魔法や弓矢を軽く切り飛ばし、時折逸らして持ち主のもとへ返したりもした。余りにも敵が弱いもので、つい試し打ちに結構いろいろアーツを使った。結果は……言わずもがなであった。


 そして、数分と経たぬうちに湿地林の入口についた。ここに来るまで、姉さんのレベルが多少上がってしまったが、本当に多少なので特に先ほどまでと違いはない。むしろ、ノルマまで時間短縮になってよかったと思います。


 そんなこんなで、たどり着いたのだけど、如何せんここからは僕と別行動になる。二人共その辺の雑魚に負けるほど弱くはないのだが、それでも三人から二人になるというのは非常に負担が増える。そのため、あまり別れたくはないのだが、正直ここに僕が居るメリットはないので別れるのが一番いい。経験値が分配されても困るしね。


 ささっとメニューを開いてパーティを解除する。それから姉さんにくれぐれも気をつけるよう言っておき、最後にりゅー。


「りゅー」
「ん、なに?」
「ここから先は姉さんをちゃんと守らなきゃならないから、姉さんのレベルがせめて13になるまでは本気を出しなさい。いいね?」
「! ……いいの?」
「別にベータの時と違ってバレたらまずいわけでもないし、それにもう顔は割れちゃってるからね。別にいいよ。存分に暴れといで……あ、姉さんの取り分はわきまえようね」
「うん!」


 りゅーは顔を輝かせて、おねえさん、はやくいきましょー! と姉さんの手を引っ張っていった。さて、姉さんはりゅーの本気で驚いてくれるかな?


 少し過保護な気がしなくもないが、姉さんは戦闘は初めてではないにしても、ゲームは初心者だ。少なくとも、さっきの戦闘を見るに、中級者の域は出てない。プレイヤースキルは対人戦に特化しすぎて、モンスターとの戦いはあまりやっていないだろう。現実にモンスターなんて来られても驚くが。


 まあ、ちゃんとりゅーは言うことは守るし、姉さんの経験値を横取りはしないだろう。そんなことをするような子ではない。


 さて、それじゃあ僕は僕で、動きますかね。


………………………………………………


 私、弥栄やさか ヨミナは、正直このゲームを舐めていた。


 ゲーム、つまるところの遊びである。本物・・を経験したことのある身としては、所詮はそんな本気になってやるようなものでもない、せいぜい弟たちに負けないように頑張っていこうと、そんな程度に考えていた。今回だって、深夜という眠たい時間帯を指定したのだって行けるだろうと思ったからだ。


 しかし、現実はどうだろう。


 弟のことは、まあ、正直頭ひとつ飛び抜けて戦闘センスが輝いているので、勝てる気は元からなかった。そういうところを効率の良さでカバーしようと思っていた。


 しかし、先ほどのPK集団との戦い。現実で、あんなに囲まれたら、かなりベテランの軍人でも、苦戦を強いられる。ましてや相手は一般人の運動能力でもなく、統制が取れていた。明らかに不利で、私だけでは勝てなかっただろう。


 そこで、まず慢心が砕かれた。何でも上手く行くだろうという慢心だ。


 続けて、そこから次に動いたのはりゅーちゃんだった。彼女は、手に持つ細身の剣で綺麗に相手を捌き始めた。まるでそれが当然であるかのように、完璧に。


 そこで、年長者の余裕が砕かれた。こうしてはいられないとおもった。


 そして、私もなんとか戦闘に参加するも、スキルは使っても動きにくかった。何せ、いきなり早くなったり、だんだんと早くなったりと、高機動過ぎてついていけなかったのだ。故に、途中からスキルは使わなかった。持ち前の腕だけで戦った。


 しかし、アクシデントが起こった。


 相手の魔法により、ローションよりも気持ち悪いヌルヌルとした謎の液体が、絡みついて動きを阻害したのだ。嫌悪感に顔をしかめつつ、そういえばこのキャラクターは防御力がなかったと思い至り、すぐさまHPのゲージを見た。


 HPゲージは、減っていなかった。


 何が起こっているのかと呆然としていると、襲いかかってきたプレイヤーがある一点を見つめいている。なんだろうか。


 その先には、顔を引きつらせ見るからにキレている愛する弟と、魔法を使ったプレイヤーの首が飛んだ瞬間だった。


 そこからシキメは殲滅に入った。全てのプレイヤーを一気に引き受け、ことごとくを翻弄し、潰し、首を刎ね、切り刻んだ。


 戦闘に参加しようと思った時には、既に相手は4人にまで減っていた。その四人ですら、ちゃんと戦いはせず、りゅーちゃんの攻撃のためにひるませたぐらいだ。


 わかっていたことではあったが、圧倒的すぎた。本当に我が弟は人間なのだろうか。軽く落ち込んだ。


 そして、思ったより緊張していたこともわかった。あの魔法が発動した時、スキルを発動してさえいれば、跳躍して難を逃れることもできたはずだ。それをしなかったのは、スキルを使うまいと意固地になっていたからだ。自分はそんなに余裕がなかったのかと落胆した。


 そして、シキメと別れるのがひどく心細い自分がいることに気づき、失望した。


 自分は年長者で、姉で、見本となるべきなのに、なんてザマだ。こんなに自分が愚かだったとは。


 しかし、そんな自分を叱咤する暇もなく、いきなりテンションを上げたりゅーちゃんに引っ張られ、湿地林の中に入った。


 中は案外明るく、これもゲームならではかと少し心が躍った、その矢先、


「っ! このっ!」


 いきなり下を伸ばしてきたカエルを二発の銃弾で撃ち殺す。先ほどの戦闘で、レベルは6になり、それなりに攻撃力も上がった。


 しかし、さあ次と意気込んだ私を、りゅーちゃんは止めた。


「わたし、たたかう。みてて?」


 そういってりゅーちゃんは、アイテムパックに自分の装備をしまい、新たに自分の身の丈以上に刃が長い、二本の長剣を取り出した。それを一本を逆手に、もう一本を普通に持ち、腰を低く構えた。
そして、私から自信が砕かれた。


 まず、りゅーちゃんは逆手に持った長剣を軽々と振り回し、独楽のように回転して泥を切り裂いた。視界の悪い夜だというのに、木の根をちゃんと見ながら、転ばないように走っていた。


 切り裂いた先には先程と同じカエルがいた。なぜ気づいたのか、そう問う間もなく、もう一本の長剣を突き出し、さらに奥、犬のような、小人のようなモンスターを狩った。あれがおそらくコボルトだろう。とすれば、周りは囲まれているはず。


 しかし、私の方には来ない。理由は簡単、あの少女がヘイトを全てかっ攫っているのだ。


 しかし、囲まれても動じないどころか、完璧に対処し、二本の長剣を使いこなしながら、りゅーちゃんは敵を狩り尽くしていく。


 時折長剣の持ち方を変えたり、受け流したりしながら、切り捨て、刎ね、裂き、両断した。


 使い方は変則的で、二刀流の風上にも置けない使い方。乱雑で、戦略性も武道の心得も感じられないような、にも関わらず、その二本の剣は狙い過たず正確に敵を切り裂いている。


 後ろのコボルトが片手斧をもって数匹同時に襲いかかってくる。その後ろでは弓を引いたコボルドが、味方ともども差し貫かんとしている。


 しかし、りゅーちゃんは目の前のコボルトを切って捨て、腰を落とし、泥に浸かった剣を、左足を軸に回転斬り。コボルトたちの足が裂かれ、転ぶ。その隙を逃さず、りゅーちゃんがもう一方の剣で一斉に切り裂く。大人から見ても長大なその剣は、幅はなくとも刃渡りはあるゆえにまとめてコボルトを刎ねた。


 続いて、後ろのコボルトたちの弓が放たれる。が、りゅーちゃんは泥に浸からせた方の長剣を地面に刺し、それを利用して高く飛び上がる。


 そして回転、飛んできた矢を全て叩き落とす。


 続いて、地面に着地――――はせず、地面に刺した長剣を使い、腕の力だけでさらに跳躍。猿のように長剣から枝に飛び移る。もちろん、長剣を二本とも持ってくるのを忘れずに。


 そして、空中で体を捻り、先程とは違い、叩きつけるように剣を振り下ろした。パァァン! と泥が跳ね、コボルトの体が両断された。


 しかし、りゅーちゃんはそこで油断はせず、しっかりと次の敵を見据え、走り出した。


 ここの群れが殲滅されるまで、あと数分とかからなかった。最初から徹頭徹尾、りゅーちゃんは空中から長剣を振り下ろした。


 余りにも異質な戦い方なのに、しっかりと一本筋が通っている。自分の背の小ささを長い剣でカバーし、一撃の軽さを、高所からの一撃で補い、常に空中に居ることで、近接戦を許さなかった。


 圧倒的だった。シキメにならまだしも、りゅーちゃんもこれほどとは。全く勝てる気がしない。


 呆然としている私に、りゅーちゃんが言った。


「おねえさんは、すきるをつかわない。どうして?」
「そ、それは……」
「げんじつと、ちがって、うごけなくなるから?」
「……」


 完璧に当てられて動揺する。何も返せない。


「おねえさんは、わたしとちがう。すきる、ある」
「りゅーちゃんは、ないの?」
「ない。みる?」


 そう言われて、りゅーちゃんのステータスを見た。ステ振りはバランスが良かった。STRとAGIを重点的に、VITにも少し振られていて、剣士としてしっかりとしたステータスだった。


 問題は、スキル/魔法欄。そこは、非常にさみしい結果となっていた。


 そこには、ひとつポツンと、『剣術』と書かれていただけだった。


 私は絶句した。シキメも公式サイトにも、スキルは最低でも三つ、多くても六つは手に入ると書いてあった。故に、もうレベルが15のりゅーちゃんのスキルが、たったひとつしかないのはおかしい。その異様さに、私は疑問を禁じ得なかった。


 確かに、りゅーちゃんと私は違う。明らかに、りゅーちゃんはこのゲームにおいて不利が過ぎる。こんなのは理不尽だ。しかし、りゅーちゃんは言った。


「おねえさんは、わたしとは、ちがう。でも、わたしは、それでも、つよい」
「うん、強かったね」
「そう。ないわたしでも、あれくらいはうごける。でも、あるなら、つかうべき。おねえさん、すきるある。それはいかすべき」
「……でも、お姉さん、使い方が良くわからないの。あんまりこういうの、やったことないから……」
「だれにでも、しょしんしゃはある。なれるまで、がんばろ?」
「……ええ、そうね」


 りゅーちゃんの言葉に励まされ、私はいつの間にか無くしかけていたやる気を取り戻した。


 そうよ、本気を出すのよ、私。弟たちに負けてなんて、いられないじゃない!


 私は頬を両手でパンッ! と叩き、気合いを入れ直した。急激な速度変化? 高機動? 上等じゃない! 慣れてやるわよ! そしたら、もっとうまく動けるのよね! やったろうじゃない!


「よーし、ウジウジしちゃってごめんねりゅーちゃん! これから頑張りましょうか!」
「ん。そのいき。えいえい」
「「おー!」」


 私とりゅーちゃんは湿地林の奥地へ向けて歩き出した!



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