死神さんは隣にいる。

歯車

12.姉さんが家にやってきた!?

 さて、この500万、何に使うかという問題だが、正直、使う予定はない。


 僕の武器の更新は、今のところ必要ない。火力が過剰だからだ。アホ火力は伊達ではない。正直、次の次のエリアまでなら初期武器でもなんとかなる。それくらいにはひどい。これ以上強くなったらヌルゲー化する。そうするとスキルが育たない。むしろ職業のランクが落ちるまである。それは絶対に避けたい。


 同じような理由で防具も必要ない。といっても、こっちはむしろあっても邪魔だ。というか無駄。機動力がないからとはいえ、今更VITを気にしても意味がないからだ。


 ノヒメの針も、正直必要性は薄い。まだ十分ノヒメの技術とDEXで足りている。次のエリアまでなら持つだろう。今必要かと問われると、そうでもない。むしろ、必要なのは糸や皮などの素材の方だろうけど、こっちもこっちで取りすぎたので意味なし。


 それらの理由で、装備の更新はいらない。


 次にボス戦の準備。次のエリアに行くにはボスを攻略しなくてはならない。エリア解放のためのボス、フィールドボスは、大体がそのエリアの奥にいて、レイドパーティでなければ勝てない、レイドボスだ。


 レイドパーティとは、このゲームでは大体六人パーティ四隊編成で戦うボスのことだ。結構な人数が必要なボスで、かなり面倒だ。しかし、レベルをこれ以上上げるには次のエリアに行かなければならない。なのでこのボスを倒さなくてはならない。普通のゲームならひとりでも倒せるようなボスが多いが、このゲームはそうではない。


 このゲームの最終目的は、全エリアの開放である。全プレイヤーが結託して、ボスを倒し、未開拓エリアを解放するのが目標となる。しかし、そう簡単にポンポンとクリアされてしまっては、クソゲーの評価待ったなしである。


 故に、このゲームはバランスを保つために、レイドボスと戦えるのは最大24人のレイドパーティ、普通のボス(中ボスみたいなやつ、例えば稀に現れるモンスターの上位個体とか、まだ先の話であるけど、ダンジョンに出てくるフロアボスなど)と戦えるのは最大6人の1パーティのみとされている。これ以上はフィールドには入れなくなってしまうのだ。


 それを踏まえたうえで、さて。レイドボスを倒すにはだいたい僕と同じくらいまでレベルを上げなくては勝てない。しかし、多分、この近辺にまだ人がいないところを見ると、ほかのプレイヤーはまだレベル9とかそこらだと思われる。β時代にいた人もほとんど見かけなかったし、思ったより人が少ない。となると、まだそこまでレベルが上がっていない確率が高い。それだと、ボスを倒すことはできない。


 βテスト時は僕もあの草原からレベル上げをしていたけれど、思ってたよりこの北エリアが簡単だったので正式版では絶対にここから始めると決めていたのだ。しかし、人がいなさすぎて驚いた。フレンドたちはそういった僕に対して若干引き気味だったが。え? 簡単だよね?


 ……まあいいや。しかし、そうなるとその分、周りのレベルが上がるまで暇だ。やることがない。僕自身、まさか北エリアがここまで高効率とは思いもしなかったけれど、そのせいて差が開きすぎてしまった。流石に初日で上位職になれるとは、キーク森林恐ろしや。


 さて、ここまでボスのことを話したけれど、つまるところ言いたいのは、ボス戦はまだ先、ということである。なので、正直今すぐ準備する必要性も薄い。ので、ボス戦については後回しでいいだろう。


 となると、ほかに挙げられるのは、さて、何かあっただろうか。


「ねえねえ、シキメ」
「ん? どした?」
「いま何時?」
「ん? ああ、ちょい待ち……ああ、その、ごめん」


 気づけば、現実時間はもうすでに午後七時。そろそろ夕飯の支度をしなければ間に合わない。ゲームに夢中になりすぎて忘れてしまっていた。危ない危ない。


 当然、忘れてしまってはノヒメの夕食はなくなるのである。それはちょっと言い訳できない。お腹が空いてしゅんとしたノヒメを見るのは辛いものがあるので、そろそろゲームを切り上げなくては。


「ノヒメ、今日の夕飯は何がいい? 今日は初ログインってことでいつもより豪勢にとか思ってるけど」
「ん~、それじゃあ、ビーフシチューがいいかな。とろとろのやつ!」
「りょーかい。ああ、そういえばケーキ屋あるじゃん? 駅前の。買ってきたからデザートにしようか」
「本当!? やった!」


 パァァッ! という効果音が聞こえてきそうな笑顔をこちらに見せてくるノヒメ。んー、可愛い! これだけで今日の疲労が完治する!


………………………………………………


 ひとまず最初の町に戻ったあと、適当に宿屋を使ってOEからログアウトした。OEはログアウトするのに場所はほとんど関係ないが、宿屋でログアウトすると結構早くログアウトできる。


 逆に、敵地であるキーク森林やハリア草原はログアウトが遅い。というかほぼできない。している間は行動できないのにも関わらず、モンスターが問答無用で襲って来るからである。袋叩きにされては即座にデスペナを貰い、さらに座標が動いたことでログアウトできないというオチになってしまう。それはただ時間を無為に過ごすだけなので、大抵の人は街に戻る。


 しかし、街でも少し時間がかかる。多少の差とはいえ、それでも人前で突っ立っているのは目立ちたがりでもなければやりたくはない。だからこそ、基本的には個室でベッドもあってぱぱっとログアウトできる宿屋を選ぶのだ。ちなみにお金はかかる。だいたい平均1000ちょいくらい。


 そうして目を覚ますと目の前は見知った天井だった。長時間動かしていなかったので、腕や肩をコキコキとほぐす。うん、まあいい感じにこってるな。ほぐすのは得も知れぬ快感がある。


 それはさておき、わりかし急ぎ目にリビングに戻る。普段ならばもう下拵えどころか調理まで終えて、盛りつけとか最終確認くらいまで進んでいる時間である。しかも、今日は煮込むのに時間のかかるビーフシチューのリクエストだ。早くしなければヤヒメが怒る。怒られるのはいいが、嫌われるのは勘弁だ。


 そして、急いでリビングのドアを開け、併設されてるダイニングに向かうと、そこには既に人影があった。黒いウェーブがかかった長髪と、和やかな雰囲気がゆるふわ美人といった印象を持たせる整った顔立ちと垂れ目の目元の泣きほくろ。スタイルも完璧で、出るとこはしっかりと出ている、完璧なプロポーションの女性。


 あの人はまさか……


「あら、ヨルナ。ようやくお目覚め? ゲームもいいけどほどほどにしなさいよ?」
「ねえ、さん……?」


 なぜ、あなたが、ここに。


「いやね? 私の勤め先の先輩が、面白いゲームを見つけたって言うじゃない? それを知ってるかってヤヒメちゃんに聞いたのよ。そしたら二人共やってるって言うから、お姉ちゃん奮発して買っちゃった♥」
「ああ、うん……」


 なるほど、ノヒメ……ヤヒメから聞いたのか。というか連絡とってたならこっちにも知らせてくれないと予定が狂って困るんだけど。


「それで、今日はまたなんで急に? 確か出張で海外行ってるって聞いてたけど?」
「そうそう、それでね、上司にそのことを話したら、たまには家族と触れ合って来いって、休暇もらっちゃって。ああ安心して頂戴?仕事はちゃんとこなしてるんだから!」
「ああ、それなら安心だね。それで、なんでダイニングに?」
「そうそう、確かヤヒメちゃんってビーフシチュー好きだったじゃない? 喜ぶと思って、ちょっとお高めの牛肉を買って、作ってみたの。美味しく出来てるといいんだけど……」


 「これでもひとり暮らしで頑張ったんだから!」と胸を張った社会人であるこの人、弥栄やさか ヨミナは僕の姉である。従姉妹共々、昔からお世話になっていて、娯楽のなかった僕たちに本を分け与えてくれた人でもある。


 僕らが小学生くらいの頃、姉さん自ら直談判し、半ば強引に押し通すような形で僕らに娯楽を与えてくれたのだ。なんでも、その時の姉さんはもとの非常に秀麗な顔を顰めて、鬼のような形相で両親のもとに向かったらしい。完全にブチギレていたらしく、両親も気圧されたらしい。いやはや、あのふたりは何なんだろうか。


 さて、そんな話はともかく、姉さんは今大学を卒業し、今年ついに社会人としてデビューしたのだ。そんな姉さんが、もうすでに出張で海外にまで行けるほどなのは、ひとえに彼女が優秀である事に尽きる。


 実は姉さん、僕やヤヒメと違って本当に頭がいい。これを天才と呼ぶのだろうと、現実で思えたのは姉さんが初めてである。頭がいいにしても、それなり以上は姉さん以外で見たことがない。


 姉さんは、確か大学で主席をとっていた。海外で非常に頭のいい学校で、だ。中学くらいからずっとそんな感じで、ひたすら人間離れした人だった。大学卒業後、彼女は文系だったので作家になろうと思っていたみたいなのだけど、僕らが楽しく暮らせるようにと、会社勤めを始めたらしい。本当に頭が上がらない。いつか、この借りは返そうと思っている。返せるようなものではないとわかっているけれど、それでもだ。


 さて、それはいいのだけど、姉さんは天才というだけあって、手先も器用だ。料理は見たことがないが、掃除や洗濯、簿記や裁縫、家事全般から趣味の領域まで、多芸にこなす。裁縫はどうやらヤヒメの方が上手いらしいけど、料理はちょっと勝てる気しない。結構長年こなしているとはいえ、やはりまだ人生経験が足りないし、姉さんは自炊を続けているという。あの人のことだ、相当上手くなっているに違いない。


 少し自信がなくなる覚悟をしつつ、それでもヤヒメは喜ぶだろうと思い、ついでに料理を作ってくれたおかげでヤヒメの機嫌を損ねる事態にならなくてよかったと心底思い、姉さんに感謝した。


「ありがとう、姉さん。きっとヤヒメも喜ぶと思うよ」
「いいのよ。二人はまだまだ子供なんだから。甘えていいの。むしろそうじゃないほうがおかしいのよ。それなのにあの人たちは……」


 姉さんはボクらをほったらかしにしている両親が気に入らないらしい。それもそうか。僕としてはあまり気にしてはいないけれど、これは育児放棄に片足突っ込んでいるわけだし。


「いいんだ、姉さん。それより、休暇ってことは、しばらくこっちに居るの?」
「……うん。ちょっとだけど。そろそろ二人共夏休みでしょ? だからその期間くらいはずっとこっちで一緒よ」
「……それ、本当に大丈夫? 無期限休暇とかじゃないよね……?」
「大丈夫。それくらいの成績は上げてるし、何より上司が許可したんだもの。問題ないわ。それに、クビになったら新しく起業して今の会社を消し炭に……いえ、まあ、とにかく大丈夫よ」
「不穏な単語が聞こえたなぁ」
「気のせいじゃないかしら?」


 気のせいじゃない。いま消し炭って言った。絶対言った。
 まあ、なにはともあれ、とりあえずヤヒメを起こしてくるとしよう。あの子は随分と姉さんに懐いていたし、早く会わせてあげたい。あと、先程から漂っているビーフシチューの香りが何とも食欲を誘うんです。我慢なりません。



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