死神さんは隣にいる。

歯車

8.謎の戦闘職疑惑

「おーい、ノヒ……メ?」
「……許さん!」
「うぉっ!」


 手に針を構え、ノーモーションで僕の顔に向けて投げるノヒメ。これにはさすがに驚き、咄嗟に鎌の柄で弾く。当たってもノーダメージだが、反射的にやってしまった。先ほどの戦闘で、まだ警戒が解けていないというのもあるだろう。


 しかし、手首のひねりすら悟らせず投げてきたノヒメには驚いた。まさかあんなに完璧なまでの投擲を至近距離で、しかも暗殺者顔負けの隠蔽度で行うなんて、器用にも程がある。お兄さんはそんなことのために針を持たせたんじゃないぞ。


 まあ、冗談はさておき、今でも「グルルルルルルルッ」と唸り声を上げ、半ば野生と化し始めたノヒメをなだめる。


「いや悪かったって。もともとこんなハードな形になる予定はなかったんだって。そりゃちょっとハイペースにはなるだろうとは思っていたけど、休憩が取れるはずだったんだよ」
「その割にはお兄楽しんでたよっ! 私超怖かったのに! 超頑張ったのに! なんでこうなるって言ってくれなかったの!」
「いや悪かったって。ごめんごめん。ちゃんと埋め合わせはするから。ほら、結構レベル上がってるはずだよ?」
「うぅ……約束だかんね? 破っちゃダメだよ?」
「はいはい」


 納得はいっていないものの、とりあえず溜飲は下がったのか、矛を収めたノヒメは、頬を膨らませながらも自身のステータスをみやった。そして、予想以上の結果だったのか顔を見るからに喜ばしいものへと変えていく。単純な従姉妹姫様だ。


「ねね! すごくない!? 私もうレベル21だよ!? もう職業進化してる!」
「へぇ」


 意外や意外。まさかそこまでレベルが上がるとは。流石に予想していなかったな。せいぜいが12,3あたりが限界かと。思ったよりもらえた経験値の量が多かったみたいだ。良きかな良きかな。


 すると、ノヒメがステータスを見せてきた。ステータスは他人は見れないとルーヴァスさんが言っていたが、それは無断での話だ。その人が閲覧許可を出せば問題は無く、またどこまで開示できるかといったところまで設定できるため、いろいろ自由度は高い。それを使って、後衛がレベルとステータスを偽ってレベル差のある近接職をボコしたりなんかも……PKの話はよそうか。今はいい。


 ともあれ、ノヒメは一切の躊躇い無くステータスを全部見せてきた。さすがである。でも後でちゃんと叱っとかないと、大変な目に遭ってしまうからね。


――――――――――――――――――――――――――――――
ノヒメ
レベル 21
職業  裁縫奏士
《ステータス》
HP   420
MP   100
SP   155
STR  56
VIT  31
AGI  61
INT  91
MND  87
DEX  220
STM  50
LUK  10
――――――――――――――――――――――――――――――


 となっていた。あれ? ちょ、え、あれ……?


 れ、レベルがあがったから、だよな? いくらなんでも、生産職にHPで負けるなんて、さすがにありえんよな。いくら耐久力貧弱とは言っても、大丈夫だろうとあえて突っ込まなかったけど、さすがにありえない、よね? 嘘、でしょ?


 少し呆然としつつ、そのステータスを見ていると、ノヒメがにっこりとこちらをみて、褒めて褒めてオーラを出しつつキラキラとした目で見ながら喜色を浮かべる。


「ちゃんとSPは取っておいたんだよっ! 何があるかわからないから上位職に上がるまでSPは取っておくべきってネットに書いてあったもん!」
「あ、ああうん。そうだね。ちゃんと調べてて偉いね。よしよし」
「でしょでしょ!」


 それに応えてノヒメの頭を撫でる。それを目を細めつつ受けながら気持ちよさそうに身をよじるノヒメ。いや可愛いけど。ちょっとショックが大きすぎて何も言えない。え、いやいや流石に理不尽すぎるよね?


「……あ~、うん、いまはいいか。じゃあ、スキルの方見せてくれる?」
「うん!」


 随分と上機嫌ながら、ノヒメはステータスをこちらに見せた。


――――――――――――――――――――――――――――――


スキル/魔法
針感     レベル7
裁縫     レベル8
奏裁縫    レベル1
奏法     レベル1
集中     レベル7
投擲     レベル5
作業     レベル9
縫合     レベル6
裁縫魔法   レベル8


――――――――――――――――――――――――――――――


「……ん、ん? ねえノヒメ。この裁縫魔法って、なに?」


 裁縫とか、集中とか、作業とかはまあわかる。奏法ってのはなぜか知らないけど、ある程度予想はつくのでさておいておく。奏裁縫というのもよくわからないが、それは多分上位職に上がって得た職業スキルだろうから、多分ノヒメもわからないだろう。


 しかし、裁縫魔法はレベルも高く、おそらくあの作業中に使っていたのだろうから、ある程度説明も出来るだろう。一番気になるのがこれというのもあるけど。なんだろう、生産職は固有の魔法を持っているのかな?


「ああそれ? それは裁縫するとき、いろいろ便利なんだよ~?」
「へえ、どんな風に?」
「んとね~、MP使うけど、玉結びとか糸通しとかやってくれたり、手がちょっとの間疲れなくなったりとかかな?」
「ほうほう」


 地味な効果だけど、結構使えるものらしい。裁縫なんて生まれてこの方、家庭科の授業中に触った程度しかやったことがないので、そういうのがどれだけいいものなのかはわからないが、かなり楽になるものなのだろうか。いや、普通に最後のは戦闘職でも欲しいと思うけど。


 というか、なんで投擲のレベルそんなに高いんですか、あなた。


「一応ほかの効果も聞いていい?」
「別にいいけど、なんで?」
「生産職やることになった時のためってのと、その効果が戦闘に役立つものなら似たようなスキルを手に入れたいってのが理由かな」
「ほぇぇ、いろいろ考えてるんだぁ」
「ノヒメが考えなしなだけだよ。ほらほら、早く早く」
「うぅ、急かさないでよ。えっとね……はいっ!」


 ノヒメが声を上げた途端、僕の目の前にウィンドウが出てきた。一気に出てきたため、とりあえず裁縫とか縫合とか集中とかは後回し、というかウィンドウを消す。さっきは生産職やるかもとはいったが、正直やる気は今のところないし、ある程度効果の程は予想がつくので放置。ノヒメの方から「あぁっ」という声が聞こえたがスルー。なんでそんな名残惜しそうにするんです?


 閑話休題、そんなことよりも今はほかの聞き覚えのないスキルについてだ。


――――――――――――――――――――――――――――――
針感
  針を扱う時、目的に適した行動が取りやすくなる。針の位置や使い方、それを扱う際に心得ておくべき事柄等が感覚で分かるようになる。また、針を扱う際にDEXに補正が掛かる。常時発動
レベル1  補正値 +3%
  レベル2  補正値 +6%
  レベル3  補正値 +9%
  レベル4  補正値 +12%
  レベル5  補正値 +15%
  レベル6  補正値 +18%
  レベル7  補正値 +21%
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
投擲
  物を投げて敵に当てた際にダメージが与えられるようになり、STRに補正が掛かり、自身のDEXの値もダメージに加算されるようになる。また、投擲のアーツを覚えられるようになる。レベルが上がるとSTRの補正値とアーツの威力が増す。
常時、任意発動
  レベル1  補正値 +5%
                             アーツ……ミュート・スロウ
  レベル2  補正値 +7%
  レベル3  補正値 +9%
        アーツ……ブレイク・シュート
  レベル4  補正値11%
  レベル5  補正値13%
        アーツ……トリック・キラー
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
作業
  続けて同じことをする際にDEXに補正が掛かる。レベルが上
がると補正値が上がる。
        レベル1  補正値 +5%
        レベル3  補正値 +7%
        レベル5  補正値 +9%
        レベル7  補正値 +11%
        レベル9  補正値 +13%
――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――――――――――
裁縫魔法
  衣服等を作る際にDEXに補正が掛かる。また、裁縫に適した魔法を覚えられるようになる。常時、任意発動
  レベル1  補正値 +5%
        魔法 ……アームズ・クライアント
  レベル2  補正値 +7%
  レベル3  補正値 +9%
        魔法 ……クイック・ソーイング
  レベル4  補正値 +11%
  レベル5  補正値 +13%
  レベル6  補正値 +15%
  レベル7  補正値 +17%
        魔法 ……スタート・ハイ
  レベル8  補正値 +19%
――――――――――――――――――――――――――――――


「ん、あれ?」
「どうかしたの?」


 気のせいかな、ノヒメは生産職のはずなのに、凄まじいほどに戦闘職になってる気がする。特にこの投擲と針感の組み合わせとか、正しくそんな感じがする。……気のせいじゃないよね? え、おかしくない? 僕が知ってる限り、投擲にDEXダメージ加算とかなかったよ? ってことは、もしかしてこのスキル、ノヒメ固有スキル!? なんで!?


 それに、DEX補正が多いのは職業的に無理はないけど、投擲のせいで凄まじい武器感がするんですけど!? おかしくない!? ちょ、これ下手すれば僕のダメージ量より大きくなる時あるんじゃ……あ、ちょっとこれ以上は考えないようにしよう。これ以上は多分僕が悲しい。辛くなるだけだ。でも火力枠の僕が生産色に負けるってなんなの……。


 それに、件の裁縫魔法。これも、なんか名前からして、投擲と凄くマッチしているような……。気のせいかな……。


「ねえノヒメ」
「なに?」
「この裁縫魔法って、さっき使ってたよね?」
「使わないと追いつかないからね」
「……そ、そうでしたか」


 ごめんなさい。


「それで?」
「ああ、うん。えっと、どんな効果だった?」
「えっと、確か~、アームズ・クライアントが手が動かしやすくなったかな? こう、力加減が楽になったっていうか、無駄な感じがなくなったっていうか。効果時間も結構長かったかな。すぐ発動できたのも楽だったよ」
「ふむふむ、他には?」
「クイック・ソーイングはね、ちょっとの間早く手が動いたんだ。こう、シュパパパって感じで。ただ、さっきの魔法使ってなかったらちょっと使うの難しいかも。早すぎて追いつけない、みたいな?」
「へえ、それはそれは。最後のは?」
「えっと、スタート・ハイは最後らへんだったからあまり使わなかったんだけど、なんて言えばいいのかな、スタートダッシュがうまくいく……違うな、こう、えっと、慣れやすかった、みたいな?」
「う~ん? スタートダッシュしたはずなのにもう途中と同じくらいの速さで走っていたみたいな?」
「あ~、そんな感じかも」


 加速度が最初から最後まで同じだったみたいな感じだろうか? 全力疾走を最初から可能だったみたいな? うん、そんな感じだろう。数値的に表すんだったら、縫い始めから……いや、針を使い始めてから・・・・・・・・・一定時間、DEXに補正が掛かる、ってかんじか。……ふむ。なるほど。


「ノヒメ、最後に質問」
「なに?」
「ノヒメは、どこで針の投げ方なんて覚えたの?」
「ん~、えっと、確か、前にシキメと行ったスポーツアトラクションでダーツがあって、そこで負けたから練習したんだぁ。すごいでしょ!」


 そう言って褒めて褒めてとキラキラした目をこちらに向けるノヒメ。「頑張ったね」「偉いね」と頭を撫でつつ褒める僕は、しかしその裏で凄まじい後悔に魘されていた。


(何やってるんだ過去の僕! そういうのは見栄を張らずにさっさと負けておくべきだったんだよ! 別に従姉妹に負けたところでなにか失うわけでもないんだから!)


 そう、すなわち全ては過去の僕がアホだったためだった。なればこそ、僕は今後悔に苛まれている。たった一回の恥で、この先の幾多の自分を救えたというのに、昔の僕はそんなにも女の子の前で見栄を張りたい小学生みたいな感性の持ち主だったというのか。


 いや、正直に言おう。僕は馬鹿だった。見栄っ張りは今でもそうだ。そこは認めよう。


 しかし、しかしだ。それでも最低限、従姉妹がすごいなと尊敬の視線でこっちを見つめてさえいれば、あっちは追いつけないと知って、努力しない可能性もあったはずだ。つまり、過去の僕が「これくらい、頑張れば簡単にできるようになるさ(キラッ☆)」とでも言ってうちの従姉妹姫をやる気にさせてしまったのだろう。改めて、見栄を張る所が違うだろう!


「ノヒメ、ちょっと僕はあっち行ってモンスター出てこないか見てくるから、ここで待っていてくれ」
「? わかった」


 そう言って僕はその場を離れる。もちろん今のは言い訳だ。流石にβテスト時のモンスターのリポップ時間を忘れるほど馬鹿じゃない。モンスターには再出現時間がある。ボスモンスターはほぼ一定だが、普通のモンスターは周囲が根絶されない限りいくらでも湧いてくる。その湧き時間が倒す数を下回ると、今みたいにエリアに静寂が訪れる。そこからモンスターが湧き出すまでは、多少の時間がかかる。それがリポップ時間だ。


 今回のリポップ時間はまだある。流石に数十分とまではいかないだろうが、それでも二、三分は猶予があるだろう。僕は木々を縫って少し奥の、すくなくともノヒメから見えない位置にある切り株へ座り、深く深く、ため息をついた。


 そこから僕は少しの間、動くことはしなかった。



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