死神さんは隣にいる。

歯車

7.狩りという名の地獄②

「ふわぁぁぁ! ここがキーク森林?」
「そう。やっぱり思ったとおりプレイヤーはほとんどいないな。いても様子見みたいな人たちばっかだ」


 なにはともあれ、ここはキーク森林。初心者向けのステージでは最難関。だけど、VR慣れしてる人にとっては超余裕でクリアできちゃう完全かんたん仕様。正直、経験値効率は最もいいけどプレイスキルが伴ってなくては序盤は必死の場所、なんて恐れられている程度のヌルゲー地点。


 まあ、ここすら簡単すぎるくらいだし、正直言ってどこのステージも簡単なんだけど、そこは序盤だから、あまり難しすぎると初心者は参ってしまうだろう。よほどのことでもない限り、簡単には死なないだろうし。唯一恐ろしいのは、PK達の問答無用な襲撃だが、それだってそこまで強い連中もいない。というか、β版ではそれをこそ・・・・・狩っていたので、怖がる必要はあまりない……おっと、関係ない話だったか。


 さて、ここで何をするかといえば、正直なところ、そこまで難しい話でもない。敵を誘き寄せて、そのまま撃破を繰り返す。ただそれだけだ。しかし、誘蛾灯のようなアイテムは、序盤じゃ手に入らない。そのために、針を貸してもらうのだが。


「……まあ、棒手裏剣とか投げナイフとかあれば簡単なんだけどね」
「ん? なんか言った?」
「いや、今回の作戦を説明するよ。といっても、作戦ったってそこまで難しい話でもない。まとめて仕留めたいのとできる限りスキルレベルを上げたいってのを両立させるための仕組みを説明しよう」


 僕はこのアホっ子に再三再四他人にステータスの公開をしてはいけないことを強調してから自身のステータスを話した。なぜかといえば、このゲームは自分の持つ札が切れた時点でPKの的、もしくはPvP専用ステージコロシアムでのフルボッコにあうからだ。そうなると非常に面倒くさいのと、コロシアムで勝てないともらえる恩恵も少なくなるからだ。


 そして、僕のスキルとステータスの説明を終えたところで、「ほぇぇ、よくわかんないけどさすがお兄ぃ……よくわかんないけど……」と何故か感心しているノヒメ(アホ)に作戦の概要を説明する。


「そんじゃ、説明するけど。まず、ノヒメの針を僕が気配遮断、迷彩化ともに全力発動して、全力投球でモンスターに向かって投げつけます」
「針だから投球はおかしくない?」
「そこはそれ、気分で放置。投げて当たったモンスターは当てたのは誰だとおそらく飛んできた方向を見ます。するとあら不思議、僕はそこにいるのに見つからず、視線の先にいるのはなんとノヒメだけ! するとまっすぐに魔物はノヒメ向かって直進! これを何度も何度も繰り返します」
「ひどい! 私囮!?」
「違います。誘蛾灯です。囮なんて高尚なことできる頭じゃないでしょに。まあ、それをノヒメの周りがモンスターでいっぱいになるまで繰り返します。そこを隠れてた僕が一匹残さず一網打尽、ね? 簡単でしょ?」
「いやまあ、確かに簡単だけど、それだと私のレベルは?」
「それも簡単。落としたドロップ品をひとつ残らずその場で縫って、たった一つの装備にしてもらいます。すると、99個までしかインベントリに同じ種類を入れられないそれらのアイテムを圧縮すれば限界を超えてアイテムを入れられるという寸法なのです!」
「でも、装備品って全部違うから99個どころかまるまる1枠埋めちゃうんじゃ?」
「いや、そここそ裁縫師の実力を発揮すべき時だ。生産職にはなったことないからよく知らないけど、確か取引掲示板ってのがあったよね?」
「ああ、あの作ったものをならべてネット上で取引する奴?」
「そう。そして、あれは確か取引ボックスとやらにアイテムが送られるから、インベントリを圧迫しない。それを繰り返せば、非常に効率よくアイテム集めとレベリングをこなせると思わないか?」
「おぉ~、さすがお兄。よく考えてるぅ~」
「それほどでもないよ」


 実際、この作業で大変なのは囲まれても集中して、連続で服を縫わなきゃならないノヒメであって、僕じゃない。なので、自分的には狙われることもないため、正直そこまで苦労はない。ただ中心で鎌を振り続けるだけでレベルが上がる簡単なお仕事だ。当然、一発で倒せるのは死線スキルを使って連続でクリティカルを当てなくてはならないが、まあ、なんとかなるだろう。戦っている最中にスキルレベルが上がれば相応に本数も増えるという話だし。


「さて、そしてノコノコ付いてきたうさぎちゃんには、ご褒美の経験値にんじん裁縫地獄すみかを与えてあげよう」
「ふぇ? なに?」
「わかるかいノヒメ? これからすることにあたって、少しでも遅れたら、死ぬのはこっちだから、今から言うことをよーく聞くんだよ?」
「は~い」
「よしよし……それじゃ、これからノヒメの役割を説明するね。まず、投げた針が敵に当たった瞬間に回収。こっちに渡してまた回収。これを繰り返したあとに、囲まれたら一回目は何もしない。ああ、ドロップ品はちゃんと回収。二回目からは僕がモンスターを倒している間に持っている全部のドロップ品を使って服作成。それが終わってなくても終わっていても全モンスターを倒しきったら針を僕に渡して、の繰り返し。わかった?」
「えと、針を渡して、倒している間に服を縫えばいいんだよね?」
「縫い終えてね?」
「わ、わかった」


 ちょっと戸惑った顔で「渡して回収、終わるまで縫う……」と反芻する我が愛しの従姉妹姫。しかし、可愛い子には旅をさせろとも言うし。実質、面倒ばっかり見てきたものなので子供みたいなものだ。なので、僕はそれを心苦しい気持ちで送り出してやらねばなるまい。たとえ、そこが生き地獄のような作業だとしても、そう、あくまでこれは僕の本意ではない!(芝居口調)


………………………………………………


 と、いうわけで、戦闘中。


「ひっきゃぁぁぁぁぁあああああああああ! 無理無理無理! 無理無理無理無理! いやぁぁぁぁああああああああ!」
「おっと、危ない危ない」


 とりあえず大量に引っ掛けてヘイト値を稼ぎ、全部ノヒメに押し付けること、数分。すっかりモンスターパニックとなった周囲一帯を囲むモンスター軍を、ノヒメに掠る事すら許さず、的確に死線をなぞって一撃で殺していく。もうすでに数十体は倒して、レベルもかなり上がっている。当然スキルレベルもだ。


 死線というスキル、思ったより線が細い。まあ、一定間隔ごとに線の位置が変わるとかないからまだマシだけど、それでも結構やりにくい。モンスターの種類ごとに決まってるわけでもないらしく、同じモンスターなのに場所が違うだけならともかく、完全ランダムみたいなのか、足の指先とかに出てくるのはやめてもらいたい。非常に見つけるのが困難で当てにくい。こちとら外したら一撃死だぞ!


 合間に筋力を上げようにも、思ったより敵が来る間隔が早い。まだ第一波というのに、なんでこんなにモンスターが来るのかというと、すっかり忘れていたことがあった。それは、ウルフ系統のモンスターは、群れ行動というところだ。


「ああ、ふっつうに記憶から抜け落ちてたなぁ」
「のんきに言ってる場合じゃない! い、いやぁ死ぬっ!」


 ちなみに、思ったよりも敵が集まったので、ノヒメには服を既に大量に縫ってもらっている。そして、インベントリに入らなくなってきたあたりで取引掲示板にまとめて出し、適当な値段を決め、即座にまた縫うという作業をやってもらっている。正直、服飾系は全く手を出していなかった僕でさえもわかるほどに彼女の手際は見事だ。手先が狂うこともなく、完璧に、無駄なく素早くそれでいて上品に綺麗にこなしている。テレビで見た職人芸でも、ここまで感動することはなかった気がする。


 そして、このゲームは剣術などで体を動かす際に補正が働くわけでもなく、それすなわち、彼女のあの技量は現実の、自前のものであるからして、いやはや、感動を禁じえない。いつあれほどまでに熟達したというのか。たしか、「将来は服の設計を一から全部こなしてお店を経営したい」と言っていたか。あながち、不可能でもない気がしてくる。


「うきゃっ――――?」
「おっと」


 僕を通り抜けようとしたリーフモンキーの首元に現れた死線を裂き、柄で横にはじき飛ばす。そのままの勢いでグルンっと回転、後ろから迫っていたリーフウルフ二匹の首を刎ねる。ちゃんとそこに死線があるのは確認済みだ。


 そして、うしろから迫ってきたリーフバードを蹴り飛ばし、その奥にいるもう一体ごと、死線をなぞるようにして斬り飛ばす。続いて右足を軸にして半回転、勢いのままに左足を木から飛んできたリーフモンキーにぶつけ、隣のリーフウルフごと回転切り。その際、モンキーは放置、ウルフのみ死線を薙ぐ。


 結果、後続のモンキーがぶつかり、空中で一瞬停滞。まとめて胴体を二閃、経験値となってドロップ品を落としたモンキーのさらに後ろから迫るウルフを問答無用で切って捨てる。そして、さらに地面に刺した柄を軸にして回転。元の位置に戻る。


「ひゃぁぁ……すっご」


 後ろにいるノヒメから感嘆の声が聞こえてきた。やめろよ~照れるなぁ~。そこまですごいものでもないよ? 慣れてるわけじゃないし、ゲームだからできる芸当であって現実だったら絶対できないし。多少振り回せてもここまで扱うのは無理だって。


 くるくるとコマのように回転を続ける僕に、ドロップ品を回収するのが遅れているのか惚けていたノヒメから「ちょ、待って、早すぎだって!」という悲鳴が届くが気にしない。賞賛は拾うけど文句や愚痴、陰口はスルーが僕の耳のいいところだ。きっとおそらく多分。


......................................................


 片っ端から飛んでくる敵を倒し続け、レベルアップを知らせるアナウンスが頭に響く。しかしそれに気を傾ける暇もなく敵は襲いかかってくる。段々と慣れてきたのか、ノヒメは悲鳴を上げなくなった。「終わったら許さん……まじでゆるさん……」と呪詛を振りまいている様に聞こえるのはお兄の気のせいでございますよね?


「ん~、そろそろ終わりかね。リポップの限界が来たかな?」


 どうやら、段々と敵の数が少なくなってきている。終わりが近いみたいだ。そりゃ、無限湧きも追いつかない速度で殺しにかかりゃそうなるか。加えて大鎌はそれなりにでかい。まとめて狩るにはちょうどいいだろう。僕の身長は小さいが、自前のSTRで無理やり振り回せばそれなりに取り扱える。


 見た感じ、敵のボスが居るわけでもないし、ここらへんが潮時かな。もう結構倒しているし、まさか第一波で終わらせようとは思っていないけれど、流石にインターバルが必要か。最初の方に糸をドロップするフォレストスパイダーやウールをドロップするフォレストメリーはずいぶん前に倒してしまったため、素材も足りなくなってきただろうし、仕方ない。これが片付いたら休憩を取って、その間にアイテムを整理しよう。


 僕は、残りわずかとなったウルフを一、二、三、四と連続で死線を撫であげる。それだけでいとも容易くウルフは動かなくなり、すぐにアイテムを落として霧散する。しかし、少なくなったとは言えまだそれなりに居るらしい。続けてウルフとモンキーの混成部隊が一斉に襲い掛かってくる。それを先頭のモンキーだけ柄で顔面を突いて、手元で鎌を回転、首を切り落とす。左右から襲いかかるウルフはしゃがんで避けて、真正面から続いてやってきたモンキーを蹴りで跳ね上げる。そして、空中でぶつかりあったウルフと目の前の混成部隊の下から鎌を通し、一気に後ろに引いた。


「やっ!」


 鎌はいとも容易くそれらを両断し、僕はそれを更に上へ振り上げる。上空から接近しつつあったバードを切り裂き、半歩後ろに下がりつつ腕のひねりで鎌を回転、その遠心力を利用して鎌の握っている手を緩める。必然、鎌は手からすっぽ抜けかけるが、限界まで来たところで握り直す。そして、その勢いで逃げ出しかけていたモンキーを両断。


 最後の一匹となったウルフも逃げ出そうとしていたが、足を斬り、流れるように首をはねると動かなくなってドロップ品だけが転がった。これで本当に最後のようで、気配察知に反応はなかった。やはりこれくらいなら問題ないな。思ったよりも鎌はしっくりくるし。


 途中、本当に危ない時は魔法を使った。例の暗黒魔法だ。どうやら、レベル1の魔法は相手の目を見えなくさせる魔法のようで、効果は一瞬のようだったが、混乱させるには非常に使えた。相手が瞬きするときなんかに併用するとちょっとした暗闇になりそうで、結構使えそうだ。……おっと、PK思考良くない。


 そういえば、大鎌術のアーツは使わなかった。使わなくてはいけないほどにまずい状況にならなかったというだけだが、検証をしなかったのは惜しいか。ちょっと失敗。せめてどれくらいの威力と効果時間があるのかが知りたかった。


 このゲームのアーツとは、いわゆるエンチャントのようなもので、黒い剣士が二刀流で発動する剣技のようにシステムアシストはないので、効果時間の間にどれだけ攻撃を叩き込めるかはその人次第だ。まあ、僕的にはこういうエフェクトと効果だけがつくという方が楽でいいのだけど。体が勝手に動く感じのもやったことはあるのだけど、思考と行動が一致しなくて気持ち悪かったんだよね。


 さて、一通り片付いたし、取引掲示板の結果でも教えてもらいながら一休みしようかな。



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