最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる

なちょす

第23話『失くしていたモノ』


「……少しは落ち着いたか?」

エイトに抱きついたまましばらく泣き続けていた私は、やがて涙が枯れると、そのまま無言で頷いた。

そして、赤くなった目尻を隠すように視線を落とし、エイトの足元を見ながら言った。

「いきなり抱きついたりして、悪かったわね」

「お…おう。んなことより、いったいどうしたんだ?」

心配そうに聞いてくるエイトの顔を、私は見ることができなかった。

今彼の顔を見たら、きっと私は、また泣いてしまう気がしたからだ。

だから、私は彼に顔を合わせようとせずに、視線を下に向けたまま呟くように言った。

「私ね」

「ん…?」

そして、泣き続けて目尻が腫れた酷い顔に、弱々しいえみを浮かべて──、

「…私、本当は生きてちゃダメな人間なのかもしれない」

──そう、呟いた。

そのとき、一瞬エイトの手がピクリと震えた気がしたが、構わず続ける。

「そうだよ。きっとそうなんだ」

呟いているうちに、再び視界がぼやけていった。

「ディーネお姉ちゃんも、フウラお姉ちゃんも、私なんかよりずっと才能があって、お父さんもお母さんも、私なんか全然で、結局あの二人しか見てないんだ」

──だって、そうでしょ?私は今まで、たくさんの人たちの期待を裏切ってきた。そして、皆をたくさん失望させた。

「誰も、私のことなんて見てない!…見てくれない」

それに、心も弱いままだ。

「私はいっつもそう。いつも威勢がいいのは最初だけなんだ…」

弱い自分から目を逸らし、努力することを諦めて故郷を旅立ち、両親から、一族から逃げた。

──そして、ミゲルたちに出会った。

瞬間、これまでに体感したことのない悲しみが胸の奥に押し寄せ、ズキズキと痛みを加速させる。

ミゲル、シホ、ニック。彼らと過ごした日々は本当に楽しく、毎日彼らと言葉を交わすたび、故郷を出る前から私の心を覆っていた孤独の闇が少しずつ消えていくのを感じた。

しかし、彼らはもうこの世にいない。

そう思ったとき、私の胸を締め付ける痛みは一層強みを増す。そして同時に考えてしまうのだ。

もしあのとき、ガレオスの提案を呑んでいたとしたら…?

『よし、ではこうしよう。貴殿、魔道士フレイア殿が、我々のパーティーに加入していただけるというのなら、オロチ討伐任務の話は白紙にする』

…そうだ、あの男はあの時そう言っていた。

もし私が自身の怒りを抑え、ガレオスの提案を受けていたら、ミゲルたちをあの恐ろしい魔獣の元へ向かわせずに済んだ。

……ミゲルたちを、救えたのだ。

それなのに、私はガレオスの提案を蹴った。


──ミゲルたちを馬鹿にしたあいつらだけは絶対に許せない。


その怒りが、


──私たちならあいつらを見返せる。


その虚勢が、


──私が、みんなを守る。


その慢心が、ミゲルたちを死なせた。


彼らを殺したのは、ガレオスたちでも、あの凶悪な魔獣でもない。


この私、フレイア・ディルフォードだ。



「はは…。私、ほんとにバカだね」

弱りきった声が喉の奥から込み上げ、静かにこぼれ落ちる。

「集落を出て独りになって、ずっと寂しかった。…でも、信頼できる仲間ができて、たくさん冒険して、誰かを助けることの喜びを知って、もっとたくさんの人々の助けになりたいって思うようになった。…でもね、その気持ちがいつしか慢心に変わってた」

次々と溢れる言葉を口にする度、胸を締め付ける痛みが強まっていく。

「私ならみんなを守れる。私がいなきゃダメなんだって。…そんなふうに思うようになってたの」

「………」

「私って最低な女でしょ?エイト、あなたもそう言ってよ。フレイア・ディルフォードは最低な人間だって。最低で最悪で、私利私欲のために動く傲慢な女だって!ねぇ、そう言ってよ…!」

もう嫌だ。何もかも忘れて、このまま消えてしまいたい。私のような最低な人間が、この世に存在していていいはずがない。

一度枯れ果てたはずの涙が再び溢れ、頬をつたって落ちたしずくが、足元の土を静かに濡らした。

「……やっぱり、私なんか──」

──いなければよかったんだ。

そう口にしようとした瞬間、突然強い力で体を引き寄せられ、温かなぬくもりが全身を包み込んだ。

「──お前に何があったのかは分からないけど、自分なんて生まれてこなければよかったなんて考えるのはやめろ」

その言葉には、いったいどれだけの思いが込められているのだろうか。当然そんなことは、今の私には到底理解できず、想像すらできなかった。

だけど、そんな私でも、たった一つだけ分かることがある。

──それは、今この瞬間に私を抱きしめているエイトが、怒っているということだ。

「俺の母親は、俺を産んで間もなく死んだ」

「………」

「だから、俺は写真越しでしか母親の顔を見たことがない。だけどな、」

瞬間、私を包むエイトの抱擁が、少しだけ強まった気がした。

「俺は自分の母親を恨んだことなんて一度もない。むしろ、命がけで俺を産んでくれた母さんに感謝してる。まぁたしかに、故郷で送ってた生活はどれもこれもが充実してたとは言えなかったが、それでも苦ではなかった。それに、こうしてこの世界でお前やマークたちと出会えたのも全部、俺という人間に生を授けてくれた母さんのおかけだ。…それはお前だって同じだろ?」

エイトの言葉に、私は静かに瞼を閉じると、その裏にお母さんの優しい笑顔を思い浮かべる。そして、ゆっくりと首を縦にふった。

それを横目で見届けたエイトは、やがて静かにほころぶと、続けて何か口ごもった声で話し始めた。

「それとな、フレイア。……ええっと」

「え?」

名前を呼ばれて思わず顔を向ける。抱擁を解いたエイトは自身の顔を隠すようにしてそっぽを向いていたが、やがてゆっくりと顔を戻すと、私の目を見て言った。

「お前は、突然この世界に放りだされた俺に、一からこの世界のことを教えてくれた。それに、王都への案内もしてくれたし、役場での手続きの手伝いも、この村までの付き添いとしてもついて来てくれた。…なにより、お前は俺の命を救ってくれただろ?」

「エイト……」

涙が再び溢れ、視界をぼやかす。

「お前があのとき森で俺を助けてくれていなかったら、俺はとっくにアイツに食い殺されてたよ」

…だめ。やめてよ、そんな顔するの。

「だから──」

「……っ」


「──さっきも言ったけど、俺を助けてくれてありがとな、フレイア」


『……本当に、ありがとう、フレイア』


一瞬、そのときエイトが見せた笑顔が、ミゲルが最期の瞬間に見せた笑顔と重なり、私の頬をたくさんの涙が音もなくつたっていった。

そして、声をあげながら泣き叫び、エイトの体を力強く抱き締める。

それを受けたエイトは、少々戸惑いながらも優しく抱擁を返し、私の背をゆっくりと撫でてくれた。

「私ね、弱いの!弱い魔道士なの!」

「これから強くなればいいんじゃないか?」

「威勢だけはいいんだよ!?」

「威勢がいいのは良いことだと思うぞ。何事もチャレンジ精神が大事だって言うしな」

「一人じゃ…何も出来ない…し……」

「それじゃあ仲間を見つければいいんじゃないか?ほら、どんなに重い荷物でも、みんなで持てば簡単に運べるだろ?」

「仲間……なんて……!」

「ここに一人いる。お前を抱き締めてるこの俺が、お前の仲間だ。これから先お前が困ってたら、いくらでも手を差し伸べる。だから、お前はひとりじゃない」


──ひとりじゃ、ない。


その言葉を聞いた瞬間、崩れかけていた私の心に、一筋の光が差し込んだ。それはとてもあたたかく、優しい光だった。

そう。その光は、私の心の欠片だ。


──失くしていたはずの、心の欠片だった。


絆を深め合った大切な仲間たちを亡くし、同時に失ってしまった心の欠片。

それを失くした私は、再び孤独になった。

もう二度と人助けなどしないと心に誓い、自身の性格を偽り、心を歪めた────はずだった。


──本当は、バルトロスを焼き殺した後、早々に去るつもりだったんだ。目の前にいる少年を無視して、早急に森を出る予定だった。…………でも、できなかった。

困った顔をして立ち尽くしている少年を、放っておけなかったのだ。しかも、その少年はどこかおかしくて、不思議と引き寄せられてしまった。二度と人助けなどしないと、あれほど心に誓ったのに。

そして同時に、記憶喪失であるはずのこの少年が、この世界のことについてまったく無知なはずのこの少年が、不安と恐れを押し殺して前へ突き進もうとする姿勢に、私は心を動かされた。

エイトに出会っていなければ、私はたとえフリーダ様と会えたとしても、彼女の弟子になろうなどとは考えなかったはずだ。……きっと、今も孤独に、無意味な旅を続けていたはずだ。


──どうしてだろう。どうしてこの人は、こんなにも私の心を揺さぶることができるのだろう。

とめどなく溢れる涙を流しながら、私は考える。


『フレイア、あのね、私昔っから男の子とばかり遊んでたから、フレイアみたいに女の子の友達ができたのはこれが初めてなんだよ?』


……あぁ、そうか。そうだったんだ。


『いやーフレイア、いつも後方支援助かる!明日の討伐任務も援護頼むぜ!』


……そんなに簡単なことだったんだ。


『──これからも、僕たちはずっと、君のことを見守っているよ。だから──、』


私って……本当に──、


「……ほんっとに、バカだ」


そう、本当にバカだ。こんなに簡単なことにも気づけなかったなんて。だってそうでしょ?



──私の心を揺すっていたのはエイトじゃなくて、私自身だったんだから。


辛い思い出を全部忘れようとして、一緒に失くしたもの、大切な言葉を、私は忘れたフリをした。でも、心のどこかでそれを拒んでいる私がいた。──その私こそが、私の心を揺すっていた私自身の心の欠片だったんだ。

『──だから、どんなに辛くても、どんなに困難な壁にあたっても、立って、諦めずに何度でも立ち上がって。──そうして今度は、その瞳に宿る炎で僕たちの心を照らしてくれたように、たくさんの人たちに手を差し伸べて、彼らの心を、希望を、君の炎で明るく照らしてあげて…。』

込み上げてくる嗚咽を抑えながら、瞳から溢れ続ける涙を強引に拭い、私は抱擁を解いた。

「わかったよ、ミゲル。ちゃんと三人で見ててね」

呟いて、空を見上げる。そしてもうひとこと、きっと、ずっと側で見守ってくれていたであろう三人の仲間たち全員に向けて、

「返事、遅れちゃってごめんね。…私、頑張るから」

そう、笑顔で囁いた。





──うん。やっと届いたね、フレイア。




微かに、そんな懐かしい声が聞こえた気がした。

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