最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる
第21話『悪魔の兄弟』
その頃、フレイアが加入したミゲルたちのパーティーは、ペトロンの街のギルドハンターたちだけではなく、その近隣の村や街の狩人たちの間にも知れ渡っていた。
──この近隣では珍しい魔道士入りの上級パーティーが、最近飛躍的な成長を遂げ、ギルド内でも着々と成果をあげているそうだ。
多くの狩人たちは、そんな言葉を口々に浮かべ、フレイアたちを讃える者や、尊敬する者たちが増えていった。
しかし同時に、そんなフレイアたちの活躍を、好ましく思わない者たちが少なからずいたことも事実であり、彼女ら自身、一部の狩人たちの反感をかっていることにも気づいていた。
そして、その日が訪れたのだ。
 
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いつものように、一日一回の上級狩猟任務をこなすため、パーティーメンバーの少女シホと共に狩人寮を出たフレイアは、街の中心にそびえる巨大な集会場の中で、同じくパーティーメンバーであるニックとミゲルを待っていた。
やがて、10分ほど経って彼らが集会場に入ってくると、隣に座っていたシホが呆れたようにため息をつき、こちらに向かって来る二人の少年に声をかけた。
「ちょっと!二人とも、10分も遅刻してるわよ」
そんなシホの高い声に、もう聞き飽きたと言わんばかりに耳を塞いで抗議するのは、少し長めの黒髪に、掻き乱したような寝癖が目立つ長身の少年ニックだった。
「あー、悪かった悪かった。つーか、いつものことだろ?たまには多めに見てくれよ〜」
そう言って呑気な態度を取るニックに、さらに声をあげるシホ。このやりとりは毎度のように繰り返されるものだが、しかし、どうやら最近、二人の関係が一歩進展したらしいのだ。
そんなことを、顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに話していたのは、一昨日の夜、女子狩人寮の寝室で、共に語りふけったシホだった。
そのことを思い出しながら、二人のやりとりを笑顔で見守っていると、突然背後から声をかけられ、つられて体の向きを変えた。
そこに立っていたのは、見知らぬ男狩人二人で、両方とも、フレイアのパーティーで一番身長が高いニックよりも、数cmほど背が高く、屈強な体格だった。
そして何より、彼らが放つ、言葉に言い表せない独特の雰囲気は、思わず顔をしかめてしまうほどに胸をざわつかせた。
瞬間、フレイアの表情の変化を見て、彼女の思考を読み取ったかのように話し始めたのは、二人の内片方の、光沢のある赤い鎧を身につけた男だった。
「ちょいちょい、そんなに怖い顔をしなさんな、魔道士殿。オレたちは、別にあんたらとやり合うためにここに来たわけじゃないんだ。ちょっくら、その力を見込んで頼みがあるってとこさ」
そう言ってニヤッと口角を上げた男が差し向けてきたのは、セレカだった。
なぜか、それを覗くことに抵抗があったが、フレイアはその抵抗を振り切ると、無言で差し出されたセレカを受け取り、確認する。
そして、そこに記載されていた内容を見て思わず驚愕し、小さな声をあげてしまった。
「ぇ」
その反応を待ち望んでいたとばかりに、再びニヤついた赤鎧の男は、フレイアの背後で同じく目を丸くしていたミゲルたちを見て言った。
「よぉ、久しぶりだなぁミゲル。最近名を上げてるそうじゃないか」
かけられた言葉に、一瞬息を呑んだミゲルは、急いでギルド流の狩人礼をすると、少し慌てた声で問う。
「何か我々に御用でしょうか、ガレオス・シャルゲート特級狩人殿」
「へへ、いやまぁ、最近お前達の名前をよく聞くようになったから、親愛なる元パーティーメンバーのお前たちのために、とっておきの任務を持ってきてやったんだよ」
それを聞いたミゲルたちの表情が、みるみるうちに青ざめていった。
なぜなら彼らは、このガレオス・シャルゲートと、その隣にいる青鎧の男、リエラス・シャルゲートに、多大なる借りを作っていたからだ。
一年前、まだミゲルたちが下級狩人だった頃、彼ら──ガレオスとリエラスもまた、ミゲルたちと同じく下級狩人であり、ミゲルたちのパーティーメンバーであった。
当然、ガレオスたちをパーティーに勧誘したのはミゲルだったが、彼がその行いを後悔したのは、パーティー編成が完了してから間もない頃のことだった。
元々、王族直結までとはいかずとも、その親戚にあたる上級貴族だったシャルゲート兄弟は、その財力を使って、自らのパーティーにありとあらゆる富をもたらした。もっとも、それを富だと思っていたのは、彼らだけだったが。
まず、シャルゲート兄弟がパーティーメンバー全員に支給したのは、王都に住む貴族の間でしか取り引きされない、最高級の魔獣の牙や骨、皮で作られた短刀や弓、ナイフなど。また、食料や衣類、防具などもそれと同等の価値があるものを取り揃えた。
さらに、彼らの財力行使はそこで終わらなかった。
彼らは、その有り余った金貨を使い、補佐を雇ったのだ。下級狩人のミゲルたちよりも遥かに強力で、遥かに信頼がおける、世界最強の称号を持つ職務、王国魔道士を。
やがて、仮初の力で次々と高難易度任務をこなしていったミゲルたちは、気づけば上級狩人に昇格していた。
そして、等々堪えきれなくなったミゲルが、同じく現在の状態に不満を持っていたニック、シホと共にパーティー脱退の相談をガレオスたちに持ちかけたのは、フレイアがペトロンの街を訪れた、つい二ヵ月前の出来事だった。
「そういえば、売っちゃったんだって?俺たちが無償で与えてあげた武器や防具」
ふいに、ガレオスの隣に立っていたリエラスが、面白そうに笑いながら放った言葉に、ミゲルはパーティーリーダーとして堂々と頷くと、それと同時にさらなる嗤い声が響き渡った。
「あははは!なるほどね。それで集めた金を使って、この魔道士を雇ったわけか」
そう言って嗤い続けるリエラスにつられて、ガレオスもフッと鼻で嗤う。すると、今度はフレイアの鋭い声が、その忌まわしい嗤い声をかき消した。
「──違うわ!」
声が止み、全員の視線がフレイアに集まる。
「この人たちは、そんなことはしていない。私は、ここでミゲルと出会って、自分の意志でこのパーティーに加入したの」
「フレイア…」
目の前に立つ赤髪の魔道士の熱い言葉に、目尻に涙を浮かべたミゲルが、零れるように彼女の名を口にする。
フレイアは、彼ら──ガレオスとリエラスの名を、三ヶ月前にこのパーティーに加入する際、少しだけ聞いていた。
元々は、自分たちのパーティーに、あと二人メンバーがいたと。
だが、その二人に足取りを合わせられなくなったミゲルたちが、自分たちの意思で彼らと決別したと。
そう。フレイアは、そんな風に、完全に成熟していない状態で上級狩人になってしまった彼らの補佐として、彼らを支えるためにこのパーティーに加入したのだ。
「へぇ〜、とてもいい子じゃないか、この魔道士の女の子」
「これリエラスや、口の利き方に気をつけろ。この方は魔道士だぞ」
「まぁまぁ、いいじゃないですか兄さん。この子、いくらで雇えますかね?」
「まったくお前は…」
そう言って微笑んだリエラスとガレオスの顔を見て、フレイアは一瞬全身が凍りついたような寒気を感じ、思わず視線を落とした。
そのとき、フレイアの前に出たミゲルが、リエラスとフレイアの間に立ち塞がるようにして割り込み、強い視線をリエラスに向けて言った。
「リエラス殿、彼女は我々のパーティーメンバーです。そんなことは、絶対にさせません」
「へぇ〜、少しはかっこよくなったじゃないかミゲル。……それじゃあ、お前達を上級狩人に昇格させてやった恩を、たった今から返してもらおうかな」
「な……」
そして、今度はリエラスに変わって前に出たガレオスが、その顔に、悪魔のような表情を浮かべて言った。
「お前たちに、超高難易度特級狩猟任務──冷氷山の頂きに眠る絶対零度の魔獣、オロチの討伐に同行してもらう」
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