最弱職がリーダーのパーティー編成は間違ってる
第11話『返しきれない御恩』
「へいっ!肉汁熱々ポルポークステーキお待ちぃ!鉄板熱いから気をつけてな〜!」
元気の良い声の男性店員が運んできたのは、ジュージューと音を立てながら、鼻腔をくすぐるほどに香ばしい肉の香りを漂わせたステーキだった。
「うひょーっ!めっちゃ美味そうだな」
俺は、口いっぱいに広がる唾液を何度も飲み込みながら言った。
「ちょっと、そんなにはしゃがないでよ。普通のステーキじゃない」
「…とか言って、本当はお前も今すぐ食いつきたいんだろ?そのステーキに」
「あ、あなたほどじゃないわよ!…そんなことよりほら、さっさと食べましょう」
「…ったく、素直じゃないなぁ」
もう少しフレイアをいじってみるのもよかったが、俺もそろそろ限界が近づいてきていたので、なぜか見栄を張っている彼女に急かされるまま、テーブルの上のステーキに手をつけることにした。
そして、俺たちはほぼ同時にステーキを口の中に運んだ。
「うっま!!」
「んん〜!!」
──それからは、互いに無言で食事に没頭し、あっという間に完食してしまった。
そして、口の中のものを全て呑み込んだ後、急に喉の渇きを覚えた俺は、グラスに注がれた水を一気飲みすると、大きく息をついた。
「ふぅ〜……いやー、食った食った」
「ええ。もうお腹いっぱいだわ」
互いに言葉を交わして一服すると、俺は何となく店内を見回してみた。そして、テーブルの横の壁に、一枚の貼り紙がついていることに気づいた。
貼り紙に載っていたのは、大量のレカ文字と1000000という数字、そして紙半分ほどのスペースを使って描かれた、黒いフードを被った人の顔だった。…とは言っても、フードのせいで口元までしか見えないが。
なにより特徴的なのは、その口角が地味につり上がっていることだ。…正直気味が悪い。
しかし、俺はその貼り紙に妙な既視感があり、しばらく記憶を探ってみた。そして、その正体を掴んだ。
俺はこの紙を、役場で一度見ている。
そして俺は、役場の掲示板に貼られていたこれと同じ紙を思い出しながら言った。
「なぁフレイア、そこの壁に貼られてる貼り紙、さっき役場でも見たんだけど、この気味悪いやつはいったい何者なんだ?」
俺の言葉を聞いて、貼り紙に視線を移したフレイアは、何か嫌なものでも見るかのように、一瞬目を細めてから話し始めた。
「…これは、今全王国中で指名手配されている魔道士よ。罪状は、二国の王城への不法侵入、窃盗、大量殺人。特徴は、全身を包み込む黒い衣と、血塗られた唇。そして何より、強力な闇魔法を操ること。捕縛に成功した者には、報酬として100万セレスを贈呈…この指名手配書にはそう書いてあるわ」
「100万円の賞金首って…どんだけ大物なんだよこいつ。海賊か何かなのか?」
「いいえ。海賊ではなく、盗賊よ」
「賊やってるってとこは変わんねぇだろ」
「そうね。…まぁどちらにせよ──」
急に真剣な表情になったフレイア。俺はその真っ赤な瞳に吸い込まれるように、沈静に彼女の言葉を待った。
「──血塗られた殺人鬼であることに変わりはないわ。…もし万が一出会ったら、賞金のことなんて考えず、一目散に逃げなさい」
「ああ。言われなくてもそうするよ」
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──食事を終えて王都を出た俺たちは現在、王都より南西に広がる広大な草原を歩いていた。
「なぁフレイア、あそこに飛んでるやつってドラゴンか?」
どこまでも広がる蒼空を、スイスイと泳ぐ一匹の鳥。否、それは鳥と定義するにはあまりに大きく、姿形も、俺の知っているものとはだいぶかけ離れていた。そこで俺は、その謎の生物を、王道ファンタジーによく出てくるあのモンスター『ドラゴン』に例えたのだ。
「どらごんが何か分からないけど、あれはグリーズピークっていう、鳥獣種の中で最も多く生息する魔獣よ。野生は凶暴なのが多いけど、まだ幼体のときから育てると、すごく人間に懐く習性があることから、王都でも飼育されているのよ」
「へぇ…魔獣って、あのミニベロスみたいに敵意剥き出しなやつらばかりじゃないんだな。一応共存はできるわけか」
ということはつまり、あのミニベロスとも上手くやれば仲良くなれる可能性があるのだろうか。あの番犬を飼い慣らし、首輪でもつけて王都を散歩した日には、どれほど楽しいだろうか。と、そこまで考えて、首を横に振った。……やっぱりどうしても、あの犬には食い殺されるビジョンしか浮かばないからだ。
「…ミニベロス?」
不思議そうに尋ねてきたフレイアに、俺は「ああ」と言ってから、丁寧に説明してやることにした。
「最初に森で俺が追いかけ回されてた犬っぽいやついただろ?あいつのことだよ。俺の故郷では、ああいうグロテスクな見た目をした犬で頭が3つある怪物を、ケルベロスって呼んでたんだ。んで、ミニベロスはそれにちなんでつけたんだよ」
「ケルベロスなんて聞いたことない名前だけど、あれはバルトロスっていう牙獣種の魔獣で、とっても凶悪な部類に入るわ。バルトロスは群れで行動することがないから、森や山奥で遭遇するときは基本単体なんだけど、それでも己の食欲を満たすため、獲物を見失うまでどこまでも追いかけてくるから、毎年森や山で遭難した人々の6割がバルトロスに殺されているの」
「ろ、6割!?」
遭難者の半分以上が、ヤツらに食われてこの世を去っている。その事実をつきつけられた俺は、全身を悪寒が駆け巡るのを感じた。
もしあのとき、フレイアが森にいなかったら、俺はほぼ確実にその6割の中に入っていただろう。
瞬間、フレイアに対する恩義がいっそう強く増した。
「フレイア、本当に、あんときは助けてくれてありがとうな。本当にありがとう。マジでありがとう。お前は俺の、『第二の命』の恩人だ…!」
心を込めて、フレイアに謝礼する。
「ちょ、ちょっと。急にどうしたのよ!?私は王都に向かう途中、たまたまあの森を通っただけで…」
「それでも、お前があんとき俺を助けてくれなかったら、今こうして生きていられるかすらも分からなかった。…それに、放浪者であるお前に、ここまで付き合ってもらっちまって、俺は本当に恩知らずな男だ。悪い」
何かの手違いで異世界に転生し、幸運にも第二の人生を手に入れた俺は、その生涯をほんの数分で終わらせるところだった。しかし、そんな俺を救ってくれたのは、紛れもなく目の前にいるフレイアだ。
このとてつもなく大きな借りを、全て返せるかは分からない。だが、フレイアによって救われたこの命で、これから少しずつ、彼女のためにできることをしていこう。正直、市民の俺が魔道士のフレイアにしてやれることなど、せいぜい世間話や、食事を奢ることぐらいだろうが、それが俺にできる精一杯なら、精一杯やりとげるだけだ。
「たしかに、森でエイトを助けたのはたまたまだったけど、今こうしているのは、私がやりたくてやってることだから、あなたが気にすることじゃないわ」
少し頬を赤く染めて、恥ずかしそうに言うフレイア。だがその表情は、どこか嬉しそうだった。
「…と、そんなことより。ほら、見えてきたわよ」
「ん?」
フレイアの言葉を聞いて、反射的に前を向いた俺は、目的地がもうすぐ目の前まで迫ってきていることに気づいた。
とりあえず確認のために、役場で貰った地図を広げる。
「…あぁ、間違いない。ここがモア村だ」
そして俺は、この異世界ライフで初の職場となり、居住先となる新たな地へと足を踏み入れた。
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