豪運と七つ星

ノベルバユーザー257653

1-20 記述『天と未来からの想い』

時を遡ってどうするのかーー。
瞬間的な閃きで生まれた柊の思考は次のようなものだった。


まず、過去に飛んだら、過去の自分に会う。そして能力をチラつかせながら出来る限り挑発する。


過去の自分は得体の知れないもう一人の自分に大いに困惑することだろう。


次に、過去の自分にこっそり付き添い、力の権限が移ったかのように錯覚させる。精神的に追い詰められていれば、おそらく今の自分が代わりに力を行使してるだけだと気がつくこともないだろう。


こちらが殺意を見せて接していれば、過去の自分も必ず今の自分に自己防衛の為に殺意を抱く。
しかし俺のことだ、すぐ俺を殺そうとはしないだろう。殺そうとする前に思い留まる。


そこで俺が過去の俺を殺しにかかる。いざ死ぬという段階に入れば、過去の俺も躊躇わずに俺を殺そうとするはずーー手に入れたと勘違いしている“改変”の力を使って。


”同じ内容の力は一度しか改変されない“らしい。


そして俺に力が与えられるのは避けられない事実だ。
過去の俺も、10月1日が来れば神からの手紙を貰って力の選択を迫られる。
そこで過去の俺が“改変”を選ぶかはわからない。もしかしたら他の六人が“改変”を採るかもしれない。


同じ過ちを繰り返してはいけない。
「死ね」という言葉、内容をそれを選んだ人に言わせてはならない。
あの力は力を使う対象を限定しないと、全員に適応される。
ただ「死ね」と言っただけでは、言葉上は誰に言ったものかわからない。だから全ての生物に適応された。「〜は死ね」と言えばその人だけが死ぬという寸法だ。しかし殺意を持ってその言葉を口にする者は多くない。ただ日常的な会話でその言葉、またその内容を持つ別の言葉が発せられれば、悲劇が生まれる。


誰かに力が渡るのは避けられない。それならもう「使用済みの内容」にしてしまえば、二度とこの悲劇は起こらない。




”同じ内容の力は一度しか改変されない”。




俺が過去に飛んで、ただ一言「死ね」と言えば、もうその後誰かが「死ね」と口にしても、その内容はもう行使された力だから、この悲劇が繰り返されることもない。


俺が飛ぶ過去では「死ね」という言葉はおそらく効力を持つ。今、確かにこの内容の力が使われた訳だが、過去ではこの悲劇は起こっていない。過去から見れば、今はまだ先の未来なわけだから。つまり過去ではこの力は「叶えられていない」力に戻っているはずだ。


しかし、問題がある。俺が過去で「死ね」と言えば、当然そこにいる全員が死ぬ。全員死んだ後、俺も自殺してこの天界に来て、大天使や神にこの計画を話せばみんなを生き返らせてくれるはずだ。元々神が与えた力から始まったものなのだから。因みに今回のことから「死ね」と言っても発動者は対象外らしい。だから俺が死ぬには別の“改変”で俺を殺さなきゃいけない。みんなを殺した後、みんなからは死んだという記憶と、天界での記憶を消した上で生き返らせないといけない。「死んだのに生き返った!」なんて事になったら大パニックになるだろうから。パニックを防ぐ為にはもう一つ手を打たなきゃいけない。俺が過去で天界に行ったらなるべく早く、生物界の時間を止めるようお願いしなければならない。生き返った後、色々変わっていては超常現象として騒ぎになる。「急に時計の時間が変わった!」「葉っぱが突然消えた!」など、生物が死んでも時間や自然が運動を続けていては、生き返った後に大変な騒ぎだ。


ーーこれだけならば、別に過去の俺に接触し、力の権限が移ったような芝居を打ち、過去の俺が「死ね」と言うのを待つ必要もない。しかしそうする事でメリットもあるのだ。


確かに、過去の俺は今の俺以上に苦労を背負う事になる。俺は過去の俺を殺すつもりはない。みんなが死んでも、過去の俺だけはたった一人で、しかも時の止まった世界で唯一動くものにして生き続けさせるつもりだ。自殺を試みるだろうが、それでも時が止まっている間は絶対に死なないよう呪いをかける。空腹や怪我で死ぬことも無いように、それらの回復を早くするよう、それも呪いをかける。「腹が減らない」「怪我が早く治る」「死なない」は恒久的に見れば人間を超えた状態だが、瞬間的には誰もが叶えている内容だ。その意味では人間の域を超えていない。これは“改変”の力の範囲内に入るだろう。


で、メリットだが、過去の俺は未来の俺によって起こされる一連の事件によって、「超能力」全般への警戒心が強烈に高まるだろう。10月1日には、俺は必ず超能力に巻き込まれる。その際にもっと注意して使って欲しい。二度と過ちを繰り返さないよう、全身全霊をもって注意して欲しい。みんなが生き返り、時が動き始め、また何らかの力を手にした時、過去、いやその時は今とは違う「未来」になっているだろうが、俺は今の俺が伝えたかったこのメッセージに気がつくはずだ。気がつきさえすれば、俺の行動に意味がある事になるーー。


みんなが生き返る際、「ドッペルゲンガー」となる俺の記憶はみんなから消してもらう。そして俺も生き返らず、一人天界に残る。再び動き出した世界に「柊翔」は二人もいらないし、俺の役割は終わっている。




「全生物が死ぬ改変」を起こし、超能力の危険を身をもって「俺」に痛感させられれば、俺の目的は達成されるわけだから。




過去の俺は時が動き出すと同時に、今の俺の呪縛から解放される事になるわけだ。


本当は俺は色々なことを過去の俺に伝えたい。話しておきたい事が多すぎる。でも、言葉だけじゃ実感がわかないだろうからーー経験として超能力への恐怖を植え付けるのが一番効果的だ。


植えつけた上で俺が過去の俺に話しに生き返るのはダメだ。
みんなが死んで、生き返るタイミングは、俺が消えるのに絶好のタイミング。それを逃したら俺が消えると不自然が生まれてしまう。




過去の俺には迷惑をかけるがーー色々と察して欲しい。




何ともまぁ身勝手な願いだろうか。
でも俺が俺に託す思いだ。許してくれ、過去の俺。


俺だってお前に苦労をかけたいわけじゃないんだ。
でも俺が過去に飛んでからは、お前に辛く当たんなきゃいけない。
殺意を向けなきゃいけない。
攻撃しなきゃいけない。


それはお前だけじゃなく、俺にも辛いことなんだぜ?
それを伝える日は、永遠に来ないだろうがなーー。


それでも、ごめんな。


もう二度と言うこともなく、届くこともない言葉をーー
柊翔は、過去の自分に向けて静かに投げた。

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