豪運と七つ星

ノベルバユーザー257653

1-16 記述『備えの談話』

「カイトの力で、未来から来た…だと?」
アウラは流石に目の前の男の言葉に耳を疑う。未来から人間が来るなど前代未聞だ。それに、アウラの知る限り、カイトにそんな力はない。
「カイトは氷使いだろう?タイムリープなぞ身につけたというのか?それに、私ら天使は人間界には干渉しないという意見で一致している。大天使であるカイトがそれを破って人間をタイムリープさせるなぞ、ありえんな。」


アウラは眼前の自称未来人に懐疑的な目を向ける。しかしその一方で、彼に天界の知識がいくらか備わっているように見えるのは、未来で天使と接触していたことで説明がつく、とも気がついていた。
「私にわかるように説明しろ、自称未来人。」
「そうですね、まずは…」
「ーーそれは僕の方から説明しようか。」
突如、上空から声が響く。透き通った声。声を聴いただけで身体の中に清らかな風が吹きそうな。上空から一人の青年が舞い降りる。アウラと同じ白い服に白い大きな翼、天使の輪。そして舞い降りると共に靡く白い髪。


「カイト様、お初にお目にかかります。」
「何言ってるんだい柊くん。僕は君に会ってるはずだろーー未来で、さ。」
「カイト様ーー?」
「それに言ったはずだよ、敬語はナシだって。僕と君は、本当は親友になれたはずなんだから…って。」
大天使カイトはそう言うと、唖然として目をパチクリさせていた木戸をスッと睨む。木戸はその目を見て、ハッと気がついた。カイト。どこかで聞いた名前だと思ったら、このドッペルゲンガーが口にしていた。




ーーお前も偽物のくせに。いつかカイトが殺しに来るぞ。




この天使が、カイト。この天使が、僕を。なんで…?
「この子、木戸照也だよね?わざわざ連れてきてくれたの、柊くん?」
「いや、ついてきたがったから…って待ってくれ。それよりも、お前は俺が未来であったカイトなのか?」
「そうだよ。君にはその時言いそびれたけど、君を過去に送った時、僕も過去に飛んだのさ。といっても僕はずっとずっと前の時代に飛んだんだけど。」
「なんだ、そうだったのか。それならそうと言ってくれ。カイト、アウラ様に説明を頼めるか?俺よりカイトの方がいいと思うから。」
「おっけー、アウラには僕から話そう。でもその前にーー」


カイトは言葉を区切ると、木戸へ体を向けた。木戸は思わず背筋を伸ばす。大天使という称号がつくからには相当な地位にいるのだろうし、こうして近くにいるだけで違う存在、という感触をビシビシ感じる。
「木戸照也。僕は君を憎んでいる。君へ然るべき復讐をする為に、過去に飛んだと言っても過言じゃない。」


カイトが何を言っているのか、木戸にはさっぱりわからない。未来で何があったかは知りようもないが、今の木戸にはそのように言われる覚えはない。どうして僕が恨まれなきゃならないんだろうか。


「やっぱり、わかってないよね。そうだと思った。覚えのない人間を攻撃するのは、大天使として褒められる行動じゃないから、今君を咎めたりはしない。でも、いつか君が君自身を知った時、僕は全力で君を倒しにいくよ。」
「……」
「さて」
カイトは一度言葉を切ると全員の顔を見回した。
「じゃあ全ての答え合わせといこうか。」




  *  *  *




何か大切なことが明かされるーーそう思った木戸だったが、カイトの口から説明が始まる前にその空間から追い出されてしまった。木戸の目の前から突然大天使二人とドッペルゲンガーーーいや、自称未来の柊が消滅し、代わりにクラスの皆や知らない人が現れる。どうやら先ほどまでいた場所に戻されたようだった。


木戸が戻されて以降、人が減る気配はない。その場の全員の疑問符が消えず、喧騒が続く中、時間だけがゆっくり、ゆっくり流れた。


どれだけ時間が流れただろうか。先程の天使が木戸を訪れた。そして木戸は再びアウラの元へ案内された。そこには既にドッペルゲンガーとカイトの姿はなく、アウラだけが水色の長髪を揺らして凛と佇んでいた。
「木戸照也、といったか。」
「はい。」
「お主も色々と大変だな。」
「は、はぁ…どうも…」


何が大変なのか、木戸には相変わらずわからない。大天使が話すことの大半を、木戸は理解できない。自分に関することを話しているようなのに、何一つわからないというのも、不思議な感覚である。
「その…なんだ。いつかわかる時が来るかどうかはわからないが、どうか自分を見失わないようにな。」
「…よくわかりませんが、わかりました。僕を呼んだ用件はそれですか?」
「いや、本題は別だ。お主の知る柊翔がどうなっているかは知っているか?」
「いえ…けどさっきあのドッペルゲンガーに『そっくりな人間が生きている』って言ってましたよね。ここは死後の世界…ってことでいいんですか?」
木戸の問いにアウラはこくんと頷いてから、
「そうだ。お主の予想は恐らく正しい。ここは死後の世界、我々は “天界“ と呼んでいる。人間の魂は死んだらここに来て、その後天使になったり、消滅したり、魔界に送られたりするわけだ。」


なるほど、と木戸は納得する。その人の人生によって、天国に行けたり地獄に落とされたりという通説は正しかったようだ。となると、そこにはそれを判断する神や閻魔のような存在がいるわけで…
「その、魂がどこに行くかを決めているのは誰なんですか?」
「神様が決定する、とか思っているなら残念ながら違うぞ。そう勘違いする人間は多いようだが、それは我々天使の仕事だ。」
「もしかして神っていないんですか?」
「否。神様はいらっしゃる。だが魂の選別は神様の手で行なうことではない、という意味だ。」
「さっき魔界…と仰ってましたけど、魔王っているんですか?」


そう聞いた時、アウラの眉がピクリと動いた。そして木戸の目の奥を覗き込むかのように、顔が近づく。そしてそのままの状態で数秒停止した後、静かに木戸に問うた。
「知りたいのか?」
「え、えぇ…少し、気になった、もの、ですから…」
アウラのただならぬ様子に圧倒される。距離があってさえ格の差を感じてビリビリするのに、このように距離を詰められては、恐れ多さで身体が強張る。神に使える天使としてはやはり魔王は嫌いなんだろうか、と想像を広げる。
「魔王はいるぞ。十数年前に交代したがな。」
「交代…?」
「うむ、前の魔王がいなくなったから、新しい魔王が就任したのだ……っと、話が逸れたな。お主に話したかったことはこんなことではない。ここは死後の世界。つまりお主らが生きていた世界はこことは別なのだ。そこを我々は ”生物界“ と呼ぶ。」
アウラは木戸が頷くのを見ると、さらに言葉を続ける。
「で、その生物界に、お主の知る柊翔が一人だけ生きているーーここまでは想定済みだな?」
「はい」


柊はたった一人で生きている。大丈夫だろうか。世界に一人というのは木戸には考えも及ばぬほど恐ろしくーー寂しい世界だ。


「お主がドッペルゲンガーと呼ぶさっきの男は未来の柊だ。今の生物界の状況も、全部未来の彼が意図的に引き起こしたものだ。」
「なんの為に…」
「そうなるだろうが、そこは後で説明しよう。で、私たちは彼の意向に従うことにした。彼によって奪われた命を、全て蘇らせる。」
「そんなことが…?」
「天界の方針は “生物界には干渉しない” なのだが、今回は特別だ。神様がこの騒ぎは自分に責任があると仰られたからだ。未来のーーいやここでは煩わしいからドッペルゲンガーと呼ぶが、ドッペルゲンガーもそれを望んでいる。」
「ちょ、ちょっと待って!だってドッペルゲンガーがみんなを殺したんですよね?それなのに生き返らせる事に賛同してるんですか?」
「それも彼の意図に関することだから纏めて後で言うから待て。話を続けるぞ。全員を生き返らせるには準備がいる。おそらく…一ヶ月弱くらい。今天界にいる魂を死体に戻さなければならないのでな。だが、魂を戻すと直ぐに生命活動が始まってしまう。すると皆バラバラに生き返る、ってことになるわけだ。」
「一斉に魂を戻せないから、ですね。」


「その通り。察しがいいな。そんな風になったら混乱が起こるだろう。だからーー今、生物界の時間を停止させているんだ。」



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