シルバーブラスト Rewrite Edition
7-11 スターウィンドの大活躍 3
そして船の外まで降りたタツミは、そこで待っていたランカの所へと駆け寄った。
「お嬢。ここまで迎えに来てくれたのか」
「………………」
「人質の方はどうなった?」
「……無事に救出したっていう報告がさっき上がってきたわ」
「そりゃよかった。これで一段落だな。まあ後始末が色々と大変そうだけど」
「そうね。証拠品がかなり揃っているから、今回はこちらに有利だけれど」
「ははは。お嬢はそういうの得意だもんなぁ。頑張れ」
「頑張るわよ。もちろん」
「お嬢? 何か元気ないな。どうしたんだ?」
何かに耐えるように声を震わせるランカを見て、タツミが不思議そうに覗き込む。
「心配……したんだから……」
「え? もしかして俺のこと?」
「当たり前でしょうっ! 無茶ばっかりしてっ! 今回ばかりは無事に戻ってこられるか、本当に心配だったんだからっ!!」
どんっ、と勢いよくタツミの胸に飛び込むランカ。
宇宙服の布地をぎゅっと握ってから、頭を胸に押しつけて泣いている。
「お嬢。心配させて悪かった」
泣かれるのは困る、と思いながらも、心配させてしまったのは自分なので、大人しくその頭を撫でてやる。
泣き続けるランカを見て、ここに戻ってこられて本当に良かったと、心からそう思った。
爆発に巻き込まれて、脱出口に間に合わないと思った時は、本当に死を覚悟した。
だけど運良く生き残って、そしてレヴィに回収して貰えた。
生きて戻るつもりだったし、諦めるつもりも無かったが、いざという時の覚悟は決めていたのだ。
それでも、そんな覚悟など放り投げてここに戻ってきたかった。
そして戻って来られた。
それだけが全てだ。
「お嬢。俺は約束を守ったぞ」
「………………」
「だから、な? キスさせてくれよキス!!」
そしてこういう場面で大事なものを台無しにしてしまうのが、タツミという男の残念なところだった。
ここは紳士的に振る舞いながらもランカを慰め続け、そして安心させてやる場面なのに、自分の欲求に忠実に振る舞ってしまうのだ。
流石は駄犬……とマーシャが見ていたなら呆れただろう。
「お嬢~」
くう~んくう~ん、と期待に満ちた表情でご主人様を見下ろす駄犬。
見えない尻尾が後ろでぶんぶん振られているに違いない。
「………………」
その視線を涙交じりに受け止めながら、ランカはぐいっとタツミの胸ぐらを掴む。
「へ?」
いきなり乱暴な扱いを受けたタツミが戸惑うが、それは次の瞬間に驚きへと変わった。
ランカの柔らかい唇が、自分のそれへと押し当てられたからだ。
「っ!?」
「~~っ!!」
たっぷり十秒間はキスして、それからランカの唇が離れた。
「お、お嬢?」
驚きつつも嬉しくて問いかけてしまうが、ランカの顔はトマト並みに真っ赤だった。
「……これで約束を果たしたことにするわ」
「そ、そりゃもちろん嬉しいけど、でもどうしてお嬢から?」
「しゅ、主導権を握る為よっ!」
「え?」
「いつもタツミに好き放題攻め込まれたら、こっちが負けのような気がするものっ!」
「ええと……」
訳が分からないタツミは、きょとんとしながらランカを見ている。
まさかマーシャからの助言で次は自分から押し倒してしまえ、などと言われたことなど、気付ける筈もない。
押し倒すのは無理でも、キスの主導権を奪う事が出来たのは小さな勝利だった。
「戻ってきたら、今度こそちゃんと言おうって決めていたの」
「?」
ランカは真っ赤になったまま、それでもタツミを見上げて口を開く。
「私は、タツミが好き」
「え……」
タツミが何かを答える前に、ランカはその首にぎゅっと抱きついた。
今の顔を見られたくなくて、強く抱きしめることで恥ずかしさを誤魔化そうとしている。
「だから、いなくならないで。もう二度と、私の前からいなくならないで」
「………………」
ずっと一緒に居られると信じていた、無邪気で幼い日々。
それが突然壊れた残酷な事件。
八年もの歳月をかけて、ようやく取り戻した大切な人なのに、再び失うかもしれないと考えた時、怖くてたまらなかった。
だから決めたのだ。
もう二度と手放さないと。
ずっと、傍に居て貰うのだと決めたのだ。
そんなランカの気持ちがどこまで伝わったのか、タツミは今までで一番優しい顔でランカの頭を撫でた。
「約束するよ。今度こそ、お嬢を置き去りにしない。ずっと、お嬢の傍に居る」
「絶対に?」
「絶対に」
力強く返事をしてやると、ランカは今度こそ安心したようにはにかんだ。
そしてその直後にむくれた。
「お、お嬢?」
何か悪いことをしたのだろうか?
でも怒らせるような事はまだ何もしていない筈……
訳が分からずにおろおろしてしまうタツミ。
ランカはむくれたままタツミに訴える。
「返事」
「え?」
「私はものすごく恥ずかしいのを我慢して言ったのに、タツミの返事はまだ聞いていないわ」
「ああ、そっちか……」
つまり、告白の返事をしてくれないのが不満なのだ。
タツミとしては常にランカのことが大好きだと公言しているようなものなので、今更改まってそれを言うという意識が無かったのだ。
「もちろん俺は世界で一番お嬢が大好きだぞ。ちょー大好きで大好きで大好きで大好きで愛しまくってるぞっ!」
「……気持ちは分かったけど、軽い気がする」
「そんなことは無いっ! 俺がお嬢を愛しているのは呼吸をするのと同義だからなっ!」
「うーん。まあ、いいけど……」
つまりランカがいなくなったら生きていけないぐらいに愛しているのだと、そういう気持ちだけは伝わった。
臆すること無く言うタツミを見ていると、軽いと感じるのは否めないものの、それでも嬉しい気持ちはある。
軽く言えるぐらい、タツミにとっては当たり前の感情なのだろう。
そしてランカにとってはやっと言えた気持ちなのだ。
これからはもっと、沢山気持ちを伝えていけたらいいと思う。
「それよりも、お嬢も俺が好きだっていう事は、これからはいつキスしてもいいって事だよなっ!?」
ものすごく嬉しそうにそんなことを言うので、ランカは震え上がって首を横に振った。
「いい訳ないでしょっ! 主導権は私が握るって決めてるのっ!」
「えー。たまには俺も握りたい」
「駄目っ! タツミに主導権を与えたら振り回されるのが目に見えているものっ!」
「振り回されるお嬢も可愛いのにっ!」
「嫌よっ! 大体、犬なんだから飼い主の言うことを聞きなさいっ!」
「わんっ!」
「………………」
確かに自分を駄犬扱いされる事を受け入れているとは言え、犬そのものの反応をされると脱力してしまうランカだった。
犬が自分の恋人だというのも複雑だが、それでも今の関係が心地いいと思う気持ちを止められない。
こうして飼い主と駄犬……ではなく、一つの組織を背負う美少女と、それを支える騎士の恋が実を結ぶのだった。
その様子を監視カメラの映像越しに見ていたのは、シャンティとマーシャだった。
レヴィはオッド特製のポトフを食べる為にダイニングへと移動しているし、オッドもその給仕の為に同じ場所に居て、シオンは当然それにくっついている。
操縦室には暇な二人が残されたのだが、折角の恋模様なので出歯亀、もとい成り行きを見守ることにしたのだ。
ランカがキスするところも、タツミが駄犬扱いされるところも、わんと言うところもしっかりと見ていた。
「……胸ぐらを掴んでキスするって、ランカさんもかなり乱暴だよねぇ。流石はマフィアの当主。清楚なお嬢様に見えるのに、内面は結構怖い?」
「押し倒してみろと助言はしたけれど、結構積極的だなぁ、ランカ」
「アネゴの入れ知恵なのっ!?」
「悪いか?」
「別に悪くはないけど」
「タツミのペースに巻き込まれるだけだと、ランカが可哀想だからな。たまには攻めてみろと言ってみた」
「ふうん。でもランカさんが飼い主なんだから、主導権はあっちにありそうだよね」
「本来の命令系統ならそうだが、恋愛関係になると、裏側で下克上とかしそうじゃないか? タツミの場合」
「あ、やりそう……」
その様子がありありと想像出来たのか、シャンティが少しワクワクした表情になっていた。
「何はともあれ、一件落着だな」
「だねぇ。まだ後始末は残ってるけど」
「宇宙港は黙らせたけど、問題は警察と軍だな。警察はともかく、軍は少しやり過ぎだな。潰しておくか?」
「やめてー。一国の軍を潰したりしないでー。アネゴならマジで出来そうなのが怖いから」
「出来るぞ。ロッティからリーゼロックPMCの全戦力を呼び寄せて、私達が加われば楽勝だ」
「やーめーてーっ!」
本気でやってしまいそうなのがかなり怖かった。
「まあそれなりに落とし前は付けさせてもらうさ。今後の安全の為にもな」
ランカの今後の安全を考えるのなら、まずはラリーを潰しておかなければならない。
南部の支配者であるラリーを潰す事で、その地域にどんな影響が現れるかは分からないが、マーシャは手心を加えるつもりは無かった。
ランカの事もあるが、もっと個人的な理由で、マーシャはエリオット・ラリーに腹を立てていたのだ。
マーシャが容赦の無い報復をエリオットに与えるのは、その翌日のことだった。
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