シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

7-9 それぞれの思惑 2


 シルバーブラストは可能な限り急いだ甲斐もあって、往路に八日かかったのを、復路は五日で航行した。

 マーシャが操縦席について、全速力を出しているだけでここまで違うのだ。

 リネス宇宙港に降りてすぐにタツミをキサラギ本家まで送り届ける。

 マーシャ達も一緒に行きたかったが、その前にやらなければならない事があるので、後から行くと言っておいた。

 マーシャは携帯端末を操作して、レイジ・アマガセ警部へと連絡した。

 お互いに連絡先を交換しておいたのだ。

 話があるとレイジを呼び出してから、都心部のホテルへと移動した。

 高級ホテルの一室に案内されて、レイジは少しばかり居心地が悪そうだった。

 こういうお金のかかった部屋には慣れていないらしい。

「話をしたいだけなら、喫茶店やレストランでも良かったんじゃないのか?」

 どれだけ金がかかっているのかなど考えたくもないレイジは、呆れたようにぼやいた。

「セキュリティ面を考えると、金を掛けた方が効率的なんだよ」

 マーシャは備え付けの冷蔵庫から冷茶を注いでレイジへと出した。

 自分の分も注いでから正面のソファに座る。

「こちらの要求はクロド・マースの解放だ。これが証拠映像。とりあえずこれだけ揃っていれば冤罪に持っていくことは可能だと思うけど、どうかな? ついでに言うと、あいつらはまだ麻薬を運んでいるから、地上の宇宙港で網を張っていたら確実に捕まえられるぞ」

「………………」

 レイジは渡された映像データを確認する。

 そこにはクロドと接触した男の事や、その荷物がすり替えられる証拠映像、更にはミアホリックの製造工場や、ストックのある事務所まで記録されていた。

 確かにこれだけの証拠が揃っていれば、クロド・マースを解放することは可能だが、しかし同時に呆れもした。

「一体これだけの情報をどこから集めたんだ?」

「もちろん現地で集めたに決まっている」

「俺が言いたいのは、どうやってこんな映像を手に入れたのか、という事なんだが。これなんか、宇宙港の監視カメラ映像だろう? 正面から頼んで提供して貰った……訳無いよな?」

「そこはまあ、リーゼロックマジックということで」

 悪戯っぽく笑うマーシャ。

 リーゼロックの力を使えば、確かに正面からでもその程度の事は可能だろうが、恐らく違う手段だろう。

 しかしそれを問い詰めるのは身の危険を感じたので、レイジは口をつぐんだ。

 悪事に利用している訳ではないので、ここは妥協しておくべきなのだろう。

「タツミはこの男がラリーの構成員だと判断しているみたいだぞ。服装に特徴があるそうだ。それからミアホリックそのものはラリーだけじゃなくて、他のマフィアにも提供されているみたいだけど」

「その映像は無いのか?」

「そこまで調べる必要は無かったからな。欲しかったのはクロドを解放する為に必要な証拠だけだったから」

「………………」

 つまり調べようと思えばそこまでやれた、という事でもある。

 呆れた調査能力だった。

 その正体がゴキレンジャーだとは言えないマーシャは僅かに視線を泳がせているが、幸い、レイジはそれに気付かなかった。

「そこまでいくと、リネスだけではなくミスティカの問題になる。下手に介入すると国際問題に発展するぞ」

「それもそうだな。しかしまあ、君たちは警官や探偵に向いているんじゃないか? これだけの調査能力があるのなら、そっちの方がよほど活躍出来そうだ」

「生憎とその気は無いよ。私は宇宙飛行士だからな」

「その前にリーゼロックのお嬢様だしな。探偵などする必要は無いか」

「その通り。リーゼロックに警察や探偵部門が出来たなら、手を貸そうとは思うけどな」

「………………」

 恐ろしい探偵や警察組織が出来上がりそうだと思った。

「話は変わるが、少し前にリネス宇宙軍第三艦隊が極秘任務を受けて出発して、それから連絡が途絶えたという噂があるんだが、何か知らないか?」

「うん。知らない」

 にっこりと笑うマーシャ。

 知っているが言うつもりはない、という態度だった。

 レイジは第三艦隊が壊滅した事までは知っているのかもしれないが、それをやったのがマーシャ達だという確信は無い筈だ。

 そうだと断言出来る証拠を全て破壊してきたのだから、そこに辿り着ける筈がない。

「……それから、警察の管制頭脳からレヴィン・テスタールの個体情報がいつの間にか消えていたんだが、それについては?」

「うん。知らない」

 再びにっこり。

 ……明らかに知っている。

 というか何かやっている、と確信するには十分な態度だったが、それについては深く突っ込まないことにした。

 下手に深入りすると、こちらが消されかねないと判断したからだ。

 マーシャ自身の力だけではなく、リーゼロックを手に回すのは恐ろしすぎる。

 マーシャ自身はリーゼロックの権力をそこまで乱用するつもりはないのだが、背後にあると匂わせるだけでも効果があることは自覚している。

 護って貰う分、貢献もしているつもりなので、それを後ろめたく思うこともない。

「とにかく、これでクロドは解放して貰えるだろう?」

「ああ。これだけ揃っていれば、騙された哀れな被害者として釈放出来る」

「それは良かった」

「ただし、手続きには数日かかる。すぐには無理だ」

「分かっているよ。とにかく解放さえしてもらえれば問題無い」

 これで目的は達成した。

 しかしランカの為にも、もう一つ情報を与えておく必要がある。

 マーシャはもう一つのメモリースティックをレイジに渡した。

「これは?」

「映像データではないけれど、確認すれば分かる」

「……?」

 言われた通り、端末にセットして確認してみる。

「第二迎撃衛星の解析情報……か? 呆れた奴だな。こんなところにまでハッキングを仕掛けたのか?」

「馬鹿。仕掛けたのは警察の管制頭脳だ」

「は?」

「だから、リネスの第二迎撃衛星のプログラム改ざんを行っているのは、お前達警察組織の誰かだと言っているんだ」

「………………」

「一体何の目的でそんなことをしているのかは知らないが……と言いたいところだが、推測は出来る」

「ちょっと待てっ! どういう事だっ!?」

「だから、そういう事だ。これはラリーの支配下にある誰かの仕業であり、その目的は恐らく、軌道上からの超長距離狙撃だ」

「な……」

「一度でも北部のどこかを攻撃すれば、ランカを無力化するには十分だろうな。彼女は護るべき人間を見捨てる事が出来ない。そういう性格だ」

「………………」

「放っておくと北部が更地になるぞ」

「……いくら何でも、そこまでするか?」

「まあ支配が目的ならある程度は残すだろうが、それでもキサラギの本拠地ぐらいは壊滅するだろうな」

「だが、確定情報ではないのだろう? 迎撃衛星を何かに利用しようとしているのは確かなんだろうが、まさかあれを使って地上の狙撃など……」

「まあ普通はしないだろうけど。これを推測したのは私ではなくレヴィ達だからなあ」

「どうしてそんな突拍子もないことを推測出来たんだろうな」

「経験したからだろう」

「………………」

 軌道上からの超長距離狙撃。

 そんなものを経験するような人生など、想像したくもなかった。

 レイジはこれ以上の追求を放棄して、最悪の事態に備えるべく対抗策を考えることにした。

「参ったな。迎撃衛星は軍の管轄だし、こちらでは何も出来ないぞ。軍部に警告しようにも、こんな事を信じて貰えるかどうかも怪しいし。第一、この物騒な情報をどうやって手に入れたのかと問われたら、答えようがないぞ」

「だろうなぁ」

 警察の管制頭脳を調べれば分かることだが、これはレイジがアクセス出来る権限を遙かに超えた情報なのだ。

 それをどうやって手に入れたのかと問われたら答えようが無いし、下手をすると違法アクセスの疑いを掛けられて拘束されてしまう。

 それだけは遠慮したかったので、レイジはどうすればいいのか分からずに困ってしまう。

「衛星を破壊してもいいなら、私達がやってもいいけど」

「それは止めてくれっ!」

 いくらマフィアに乗っ取られかけているとはいえ、大事な迎撃衛星なのだ。

 一つでも破壊されれば、隕石への対応が遅れてしまう可能性がある。

 リネスの安全の為にも、それだけは止めて貰いたかった。

「まあ、そう言うのならやめておくけど。でもラリーなら、いざとなったら自爆システムぐらいは作動させるんじゃないか?」

「うぐ……」

 いくら破壊を思いとどまらせたとしても、ラリーが自爆システムを起動させたならどうにも出来ないのが現実だった。

 嫌な可能性ばかり浮かんでくるのが実に恨めしいのだが、常に最悪を考える事こそ犯罪捜査の基本なので、これは仕方のないことだとも言える。

「まあいいけどさ。とにかくクロドのことは頼んだぞ。衛星についてはそちらに任せる」

「ちょっと待ってくれ。任せると言われても、こっちはほとんど何も出来んぞ」

「なら諦めれば?」

「おいおい。それは冷たいな」

「だって私には関係無いし」

「それはそうかもしれないが」

「情報を流してやっただけでも感謝して貰いたいぐらいだし」

「それはもちろん感謝しているが」

「なら少しは頑張ってみたらどうなんだ? 出来ないとばかり言ってないで、出来ることから始めるべきだろう?」

「む……」

 いい歳をした男が二十歳にも満たない小娘からそんなことを言われてしまえば複雑な気持ちになるのだが、しかしマーシャの言葉が正しいことも分かっている。

 しがらみや立場に囚われて諦めるのではなく、その状況で何が出来るのかを常に考えろと彼女は言っているのだ。

 そしてそれがどうしても出来ないのなら、今の立場を捨てる覚悟で動けとも言っている。

 どちらも、レイジには難しい。

 何よりも、彼には家族が居る。

 護って、そして養うべき家族が居る以上、無茶は避けなければならないのだ。

「まあ無理にとは言わないさ。誰にだって優先順位はあるからな」

「君の優先順位は?」

「一番はレヴィ。二番目は仲間達とリーゼロックの家族達。三番目が友達、かな」

 そして三番目の位置にはランカが納まっている。

 だからマーシャも出来るだけの事はしてやろうと決めていた。

「私はそろそろ行くよ。ランカにお土産を渡してやらないといけないからな」

「お土産ねぇ。ミスティカの特産でも買ってきたのか?」

「ミスティカじゃなくて私達の特産品かな。ミアホリックの強制無効化薬を開発したんだ」

「はあっ!? そんなものを一体どうやって!?」

「決まっている。現物を成分分析して、そこから無効化出来るものを開発したんだ」

「……君たちが?」

 信じられない、というよりも冗談であってくれ、と祈るような声だった。

 艦隊を壊滅させるほどの戦闘力を持ち、警察も舌を巻くほどの情報収集能力を持ち、更には新型麻薬を無効化出来る薬まで開発するほどの頭脳まで持っている。

 一体どうしてそこまでの力を持っているのか、一度ぐらいは根掘り葉掘り訊いてみたくなってしまう。

 リーゼロックの身内だからという理由だけでは説明がつかない。

 マーシャは唖然としているレイジを見て、ふふんと得意気に笑った。

「もちろん私達が開発した。正確には私の仲間の一人が造ってくれたんだ。ああ、そうだ。一応貴方も持っておくといい。ミアホリックを服用した誰かに襲いかかられたら、こいつを撃ち込めば通常の身体能力に戻る筈だから」

 そう言って二十発のアンチミア・バレットを渡しておく。

 弾丸に対応した実弾銃も用意していたようで、セットで渡された。

「殺傷能力は控えめになっているから、無力化した後にもちゃんと攻撃した方がいいぞ」

「はあ……まあ、ありがたく貰っておこう」

 ラリーの誰かに襲われない保証はどこにもない。

 保身の為に役立つアイテムならばいくらでも受け取る。

「なら私はこれで失礼するよ。後は好きにするといい」

 マーシャは颯爽とした足取りでホテルから出て行った。

 後には複雑そうな表情のレイジだけが残された。

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