シルバーブラスト Rewrite Edition
7-8 マーシャVSレヴィ デートor尻尾びんた
リネス宇宙港から飛び立ったシルバーブラストは、ディルグッド星系へと向かっていた。
クロドの船『ステリシア』の管制頭脳はある程度調べてしまったので、今度は彼が依頼を受けたというディルグッド星系第二惑星『ミスティカ』へ向かうことにしたのだ。
ミスティカに向かえば新しい手がかりを掴める筈だ。
「ああ依頼人から辿るつもりだけど、そこからどやってワクチンが麻薬に切り替わったのかについては、結構手こずりそうだなぁ」
今は自動操縦にしているので、マーシャもリビングでくつろいでいる。
そこにはレヴィとタツミも居て、三人でのんびりとお茶を楽しんでいる。
「大体、やり方が卑怯だよな。感染病が蔓延している星にワクチンを偽装して、麻薬を持ち込むなんてさ」
タツミはそのやり方に憤慨しているようだ。
リネスに感染病が蔓延していたのは本当で、各国からワクチンが送られてきた事も事実だった。
問題はその状況を利用して、麻薬を持ち込んできたやり口だ。
ハッキリ言って気に入らない。
他人の善意と弱みにつけ込むようなやり方は性に合わない。
レヴィも同意して頷いた。
「まあこっちは随分と迷惑を被ったけどな。その分、人体強化麻薬ミアホリックがラリーに流れ込むのを阻止できたんだから、それで良しとしておこうぜ」
もっとも、流れ込んだ麻薬は他にもあるだろうし、これからもレヴィ達の知らないところで流れ続けるだろう。
それらを阻止する為にも、今回の大本だけは突き止めておきたい。
その為に、宇宙船に関してド素人のタツミまで同行しているのだから。
「今回の件を突き止めたとしても、ミアホリックそのものの流れまで止められるかどうかは分からないぞ。複数の経路から入手しているのなら、この一つを潰したとしても無駄になる。私はむしろその可能性の方が高いと思っているけど」
「それはどうかな?」
マーシャの推測に、ニヤリと口元を吊り上げるタツミ。
どうやら彼には確信があるようだ。
「どういうことだ?」
レヴィも首を傾げている。
「いや、確かに経路は分岐していると思う。そうでなければ、一度失敗しただけでルートが潰れてしまうからな。だけど話を聞く限りミアホリックは特殊麻薬だ。製造元まで複数在るとは思えないんだよ。大本は一箇所で、そこから偽装して別れている筈だ」
「なるほど」
「それなら話は簡単だな」
大本の製造工場を突き止めて、そして潰せばいい。
密輸経路は潰せなくても、製造元さえ潰してしまえば、手持ちのミアホリックはすぐに尽きる。
そうすれば限られたミアホリックを使い切ってしまえば何も出来なくなる。
いや、限られているからこそ無駄に使おうとはしないだろう。
その出し惜しみにこそ、つけ込む隙がある筈だ。
「今のラリーがどれだけその物騒な麻薬を持っているかは分からないけど、早いとこ潰しちまわないと、お嬢が危険だからな。何としてでも突き止めてやるさ」
物騒な笑顔でやる気を漲らせるタツミ。
彼にとっての最優先順位は、やはりランカなのだろう。
「そしてお嬢に褒めて貰うんだ。またキスさせてくれねえかな~♪」
……本質はただの駄犬なのかもしれないが。
「あのなぁ……あの時だってキスさせて貰ったんじゃなくて、タツミが勝手にランカから奪ったんだろうが」
心底呆れた口調でツッコミを入れるマーシャ。
乙女の唇をあんな形で奪うような男は、百回ほど地獄に堕ちればいいと思っている。
マーシャの物騒な気配を敏感に察したレヴィは、少しだけ身震いして距離を置いた。
「だってお嬢が今までで一番可愛かったからつい……というかあまり嫌がってなかったように見えたし」
「派手なびんたを喰らっといて何を言うか」
「あれはほら、照れ隠しだと思うんだけど?」
「………………」
本当にそうなので何も言えない。
しかし物騒に唸るマーシャを見て、流石のタツミも少し後退した。
「とにかく、今後は本人の許可無くあんなことはするな。本気で嫌われてしまうぞ」
「それは困るっ! お嬢に嫌われたら生きていけないっ!」
うわああああ、と頭を抱えるタツミ。
少しだけ想像してしまったらしい。
遠い過去に実際に言われた台詞なだけに、ダメージもかなりリアルだった。
「まったく……」
そんなタツミを見て、やれやれとため息を吐くマーシャ。
お互いにこれ以上無いほどの恋心を抱いている癖に、駄犬の行動一つで台無しになっているのだから困ったものだ。
マーシャはそのまま寝転がって、レヴィの膝まで移動した。
「寝る。しばらく起こすな」
「俺を枕にするなよ」
「うるさい。枕は黙ってろ」
「へいへい」
文句を言いつつも、膝の上に乗ってきたマーシャの頭を優しく撫でてやる。
マーシャは身体を丸めて、すうすうと寝息を立て始めた。
「いいなあ。ラブラブじゃん」
「ふふん。羨ましいか」
「すげー羨ましい」
自分もランカに膝枕をして貰いたいなぁ……と思いながら見ているタツミ。
自分達とは違う関係だが、それでも本当にラブラブなのだなぁ、と思うとやはり羨ましかったのだ。
しかしマーシャの眠りはすぐに妨げられた。
リビングに警報が鳴り響く。
垂れていた耳がぴくっと反応して、即座に起き上がるマーシャ。
レヴィ達を置き去りにして操縦室へと向かう。
レヴィはのんびりと立ち上がり、操縦室とは逆方向に向かった。
「何処に行くんだ?」
「もちろん、戦闘準備だ。今のところタツミの出番は無いから、のんびりしていていいぞ」
「って、やっぱり襲撃かよ」
「みたいだな。ラリーの追っ手か、それとも別口か。とにかく蹴散らしてからのんびりしよう」
「ちょっと待てよ。どれぐらいの戦力かも分からないのに、この船一隻だけでどうにかなるのか?」
「俺とマーシャが揃えば何とでもなるさ」
「……すげー自信だな」
「事実だからな」
「………………」
「信じられないなら操縦室でも見物してろよ。面白いものが見られるぜ」
「そうさせてもらう」
それだけの自信があるのなら、見物させてもらおうと思った。
宇宙は素人でも、戦闘はプロだ。
畑違いの分野でも、それを見れば達人同士として腕前は分かる。
レヴィは不敵な笑みを残してから格納庫へ向かった。
マーシャは操縦室に辿り着くと、シオンに状況を報告させた。
「何だか団体さんがお出ましです。数は戦艦三、あの規模だと戦闘機は三十ぐらいだと推測するですです~」
「ふうん。どこの所属か……は訊くまでもないよな」
スクリーンに映し出された敵の戦艦を睨み付けながら、マーシャはニヤリと笑う。
「一応、相手の管制頭脳に侵入して調べたよ。所属はリネス宇宙軍第三艦隊。どうやらラリー一家って軍とも一部癒着しているみたいだね~」
今度はシャンティが報告してくれた。
ちゃっかり敵の管制頭脳に割り込みを掛けて調べてくれたらしい。
「待機している戦闘機の数も調べようか?」
電脳魔術師《サイバーウィズ》が本領を発揮すれば、監視カメラにアクセスして格納庫にある戦闘機の数も調べることが出来る。
しかしマーシャはそれには及ばないと首を振った。
「どちらにしてもその程度なら蹴散らせる。そうだよな、レヴィ」
『はっはっは。俺の活躍をご所望かな?』
既にスターウィンドで待機しているレヴィは準備万端だった。
「もちろん。私は母船をやるから、細かいのはよろしく。もちろんシオンの天弓システムで援護する」
『オッケー。軽く片付けてくるぜ』
これから命懸けの戦闘を行うというのに、二人とも軽い調子だ。
これは緊張感が無いのではなく、戦闘そのものを日常の一部として受け入れているからこその態度なのだろう。
『じゃあ行ってくるぜ』
「行ってらっしゃい」
『帰ったらもふもふさせてくれよな』
「いつもしているじゃないか」
『それもそうだ』
気が抜けそうになるぐらい、日常的な会話だった。
少し遅れて操縦室にやってきたタツミが、そんな二人の会話を聞いて呆れてしまった。
余裕どころではない。
敵の戦力などお話にならないとでも言いたげだ。
スターウィンドが格納庫から発進すると、敵が近付くまではスターウィンドと一緒に飛んでいる。
「なるほど」
そしてタツミは納得したように呟いた。
つまり、一国の宇宙軍を敵に回したところで、彼らはそれを全く問題にしていないのだ。
目の前を飛び回る蝿の群れが鬱陶しいから、少し叩き潰しておくか、ぐらいの気楽さだ。
「タツミか。これから戦闘だから座っておいた方がいいぞ。船も激しく揺れるし、とりあえるレヴィの席でベルトを固定しておけ」
「ここにいてもいいのか?」
「私達の戦力評価をしたかったんだろう? だったらそこが特等席だ」
「了解」
思惑もバレていたらしい。
マーシャとレヴィの地上における戦闘能力は知っていたが、宇宙におけるそれはまだ知らない。
それを知っておこうと思ってここまでやってきたことも分かっているらしい。
この戦力評価でキサラギとの協力関係をどう維持していくか、それを思案しているのだろう。
マーシャ達が厚意でキサラギに力を貸してくれている訳ではなく、自分達が巻き込まれた麻薬密輸事件を綺麗に片付ける為に動いているだけだということは知っている。
その上でこちらがそれをどう利用するかを、マーシャの方こそ試しているのかもしれない。
利用するというのはあまりいい言葉ではないが、それでもランカの為に出来る事をしなければならない。
タツミが自らに定めた役割の為にも、しっかりと見極めておく必要があった。
「ならお言葉に甘えて見物させて貰うことにしよう。まさか一軍を動かしてくるとは思わなかったけど、ラリーも一体何を考えてここまで大掛かりなことをしているんだろうな」
レヴィの席に座ってベルトを締め、不思議そうに呟くタツミ。
「これは恐らくラリーの差し金のみじゃないよ。リネス宇宙軍の思惑も絡んでいる筈だ」
「え?」
「この船の技術が欲しいんだろうさ。スターウィンドをある程度解析したのなら、このシルバーブラストの技術も欲しがる筈だからな」
「そこまで凄いのか? この船って」
「まあ、見ていれば分かる」
マーシャは得意気に笑いかけてくる。
まるで自分の玩具を自慢したい子供みたいな笑顔だった。
「シオン。自動操縦を解除してこっちに舵を回せ」
「了解ですです~」
シオンもニューラルリンクに収まった。
本格的にシルバーブラストで大暴れする為に、フル稼働の準備を整えたのだ。
ニューラルリンクに収まるシオンを不思議そうに眺めるタツミ。
「あれは一体何なんだ?」
「シオンの能力をフル稼働させる為のデバイスだと思ってくれればいい。細かい説明をすると長くなるだろうし、多分、難しすぎて理解出来ないだろうからな」
「なんか、すげー馬鹿にされた気がするぞ」
「馬鹿なんだろう? 駄犬呼ばわりされていたし」
「うぐ……」
そう言われると、馬鹿呼ばわりを否定出来ないのが辛いところだった。
やがて艦隊が近付いてきて、警告無しにミサイルを発射してきた。
「うわっ! いきなり撃ってきたよ、アネゴ」
「潰せるか?」
「半数なら何とかね」
「ならそれで頼む」
「オッケー」
ミサイルには自動追尾機能がある。
中に入っているプログラムに割り込みを掛ければ、近くにあるミサイルに狙いを変えることは可能だ。
シャンティは同時に六のミサイルの照準を狂わせて、合計で十七のミサイルを破壊した。
残りのミサイルはオッドの砲撃でちまちまと破壊している。
マーシャも舵を切って上手く避けている。
「シオン。天弓システムを解放しろ」
「了解ですですっ! 天弓システム解放っ!」
百の分離型ビーム砲が自在に動いてから、残りのミサイルを一瞬で破壊した。
「すげ……」
それをスクリーンで見ていたタツミは感嘆の声を上げた。
それぞれが卓越した技術を持っている事は明らかだった。
ただの子供だと思っていたシオンとシャンティも、電脳魔術師《サイバーウィズ》として卓越した能力を発揮している。
オッドの砲撃も着実なもので、お荷物になっている者は一人も居ない。
強いて言うなら見物人にしかなれない自分がお荷物だが、それは最初から分かっていたことだ。
宇宙は自分の戦場ではない。
「マーシャ。戦闘機が出てきたですよ~。数は三十二。予想よりも少しだけ多いですです~」
「みたいだな。よし。なら戦闘機はレヴィとシオンに任せるか」
「もちろん頑張るですよ~」
『おうよ。半分はこっちで引き受けてやるから安心して戦艦に突っ込んじまえ、マーシャ』
「そうさせてもらう。あ、そうだ」
マーシャは面白いことを思い付いたかのように、操縦席で手を叩いた。
『どうした?』
「折角だから勝負しないか?」
『へ?』
「レヴィの受け持ちである敵戦闘機十六と、私が敵の戦艦を三つ沈めるのと、どちらが早いかを勝負してみないか?」
『待て待て待てっ! 数が違いすぎるだろうがっ!』
戦艦と戦闘機という差があるとは言え、十六を片付ける間に戦艦三つ。
他の操縦者ならばともかく、マーシャの操縦能力とシルバーブラストの必殺技である『アクセルハンマー』があれば、すぐに片付いてしまうだろう。
レヴィにとってはかなり分が悪い。
しかしマーシャは心外そうに両手を広げて驚いて見せた。
「おやおや。伝説とまで言われる『星暴風《スターウィンド》』にしては、随分と弱気な物言いじゃないか」
『むぐっ!』
挑発的な物言いにむっとなるレヴィ。
こういう挑発をされると、どうしても受け流せないのが自分の悪癖だと思いながらも、しかし操縦者としてマーシャと勝負をしたことがなかったのも確かだった。
戦闘機と宇宙船。
操る機体が違いすぎるので、どちらの技倆がより優れているという証明にはならないのだが、こういう勝負は面白そうだと思った。
戦闘機同士で勝負をすればレヴィが勝つ。
宇宙船同士で勝負をすればマーシャが勝つ。
戦闘機と宇宙船では、戦力的にドッグファイトは不可能だ。
だからこの機会にちょっと勝負をしてみよう、とマーシャは提案したのだ。
『分かった。負けた方は勝った方の言うことを、何でも一つだけ聞くっていうのはどうだ?』
「……いいけど。どうせもふもふ絡みだろう?」
『もちろんっ! でも今までとは違うことを試してみたいんだっ! 普段のマーシャなら絶対にやってくれないかもしれないことをっ!』
「……嫌な予感がするぞ」
『びんただっ!』
「……はい?」
『いつももふもふしているその尻尾で、俺をびんたして欲しいっ! もふもふびんたされてみたいっ! 唐突にそういう欲求が芽生えたんだっ! でも普段のマーシャにそんなことをお願いしたら拒絶されるだけじゃなくてお仕置きまでされそうだから黙っていたけど、こういう勝負ならいいよな?』
「………………」
操縦席でハアハアと興奮している姿を見てしまったマーシャは、かなりドン引きしていた。
尻尾びんたなど、考えたこともない。
しかし尻尾を激しく、そして自由に動かせるマーシャにとっては不可能でもない。
大喜びで頬を差し出してくるレヴィに対して、尻尾でびんたをする。
……かなり変態的な図にしかならないことは明らかだった。
しかし何でも言うことを聞くと承諾した以上、尻尾びんたは覚悟しておかなければならない。
「……なら私が勝ったら一週間もふもふ禁止っていうのは?」
『俺を殺す気かーっ!!』
本気で死んでしまいそうな声で嘆くレヴィ。
「何を大袈裟な」
『いいやっ! 今の俺はもふもふによって生かされているっ! 一週間も禁止されたら死んでしまうっ! 精神的にっ!!』
「………………」
自分が愛されていると喜ぶべきか、もふもふしか眼中に無いのかと嘆くべきか、ちょっぴり悩んでしまうマーシャだった。
「分かった。なら別のものにする」
『おう。まあ俺が勝つけどな』
「私だって頑張るし」
『なら勝負だな』
「うん」
それっきり、スターウィンドとの通信が切れた。
「……これから命懸けのバトルをやろうっていうのに、随分と緊張感が無いんだな」
それを横で聞いていたタツミが呆れたようにマーシャを見る。
「不謹慎だって言いたいのか?」
「いや。よくもまあ、そこまで戦闘を日常として割り切れるものだって、感心しているだけだよ」
そこまで辿り着くのにどれだけの戦場を経験して、どれだけの人を殺してきたのか。
タツミには想像も出来なかった。
しかし、僅かながらに感じるものはあったようだ。
マーシャはにっこりと笑って肩を竦めた。
「どうせ命を狙われるのなら、その過程を楽しんだ方が得だって私は考える。私は戦うのが結構好きだし、敵には情けをかける理由も無いからな」
「なるほど」
タツミも戦いそのものは好きだった。
自分の全力を注いで戦っていると、生きている実感というものをこれ以上無いほどに感じるのだ。
それらは自らを満たしてくれる甘露のようなものであり、堕落させる麻薬のようでもある。
その感覚に恋をしてしまいそうになるけれど、それは一歩踏み外すと快楽殺人者のような犯罪者になってしまう。
だから必死で自制していたのだが、マーシャは違う方向で踏み外してしまっているらしい。
純粋に勝負を楽しむ。
その過程で失われる命については、完全に割り切っているのだ。
敵の命に価値を置かない。
それはある意味において冷酷な人間性だが、敵も自分達の命に価値を置いていないし、問答無用で殺そうとしているのだから、お互い様というものだ。
楽しむ為に殺すのではなく、どうせ殺すしかないのなら、少しでも戦闘を楽しんだ方がマシだと、そう言いたいのだろう。
それはどこか壊れた考え方なのかもしれないが、罪悪感で竦んでしまい、戦えなくなるよりはずっといい。
タツミにとっても共感出来る考え方だった、
「さてと。なら全力で勝負するかな」
マーシャはヘッドギアを取り出して頭に被る。
シルバーブラストの最大同調装置であるそれを被れば、マーシャは限りなく無敵だった。
「ちょっとマーシャ!? それはいくら何でも大人気ないと思うですよっ!」
「アネゴ……そこまでして勝ちたいんだ……」
「………………」
シオンもシャンティもオッドも、かなり呆れている。
「勝負は全力が基本だろう?」
同調装置を利用することにより、マーシャの意識はシルバーブラストと一体化する。
原始太陽系を突っ切る時にのみ使用した奥の手を、たかだか辺境惑星の艦隊如きに利用するのは過剰だと、シオンは言いたいのだろう。
しかしこれはマーシャにとって辺境艦隊との戦いではなく、レヴィとの勝負なのだ。
ならば、自分に出せる全力で臨まなければならない。
「全力っていうか……それはチートツール装備状態だと思うですよ……」
「ふふん。『星暴風《スターウィンド》』を相手取るのだから、これぐらいは当然だ」
悪びれる様子もなく、マーシャは操縦桿を握る。
「シオンは半数を天弓システムで壊滅させてくれ。残りは手を出すなよ。レヴィの獲物だ」
「はいはい。了解ですよ~」
「俺達の出番は……」
「無さそうだね……」
過剰戦力で臨む勝負に、電脳魔術師《サイバーウィズ》と砲撃担当の出番は無さそうだった。
下手に手出しをすると、勝負に水を差したと恨まれかねない。
軍艦で例えるなら第一戦闘配備状態にもかかわらず、電脳担当と砲撃担当はまったりとした空気で見物を決め込んでいた。
そこから先はリネス宇宙軍艦隊にとっての悲劇だった。
暴れ回る百のレーザー砲にあっさりと半数の戦闘機がやられてしまい、撤退することも許されずに、蒼い戦闘機が残りの戦闘機を蹴散らしていく。
しかもその戦闘機の攻撃は、五十センチ砲を旋回させてレーザーブレードのように一閃させるという悪夢のようなものだった。
これでは一撃で複数の戦闘機がやられてしまう。
戦闘機とは思えない、悪夢のような戦い方だ。
数で圧倒的に上回る利点を活かして何とか包囲攻撃をしようとしたのだが、まるで当たらない。
ひらりひらりと避けられてしまう。
操縦技術に差がありすぎるのだと思い知らされるには十分だった。
情けなくも撤退準備をしようとしたところで、今度は敵母船である筈の銀翼の船が襲いかかってきた。
シルバーブラストはマーシャの全力操縦により、両翼を衝突させて戦艦を破壊するという必殺技『アクセルハンマー』を炸裂させていた。
今度は右翼を機関部にぶつけた。
推進力を失った戦艦に、今度は容赦無くミサイルをぶちかます。
残る二隻は唖然としながら、それを見ていたに違いない。
あんなものは間違っても宇宙船の戦い方ではない。
宇宙船の戦い方とは、戦闘機が前衛を引き受けてくれている間に、ミサイルや主砲などで援護をしたり、敵戦艦に攻撃をしたりするのがその役割で、あくまでも後衛なのだ。
それが前衛に出てきて体当たりなど、悪夢以外の何物でもない。
ショックから立ち直る隙も与えずに、マーシャは次の戦艦に襲いかかっていった。
戦艦と戦闘機が全滅するまで、十分もかからなかった。
敵の全滅は当然として、勝負の結果はマーシャの勝利だった。
同調装置を最大限利用した上の全力操縦が勝敗を決したらしい。
レヴィが敵の戦闘機を全滅させたのは、マーシャが敵戦艦を全滅させた十八秒後だった。
僅かな差だが、しかし決定的でもある。
マーシャはご機嫌な様子で尻尾をぶんぶん揺らしている。
同調装置を外して、敵戦艦の残骸を徹底的に破壊する。
万が一にも残骸からこちらの情報を回収されてしまったら、後々不味い事になってしまう。
証拠映像や、こちらの情報が何も無ければ手出しは出来ない。
それには生き残りの殲滅と、残骸の徹底破壊が最低条件だ。
半壊した敵戦艦からは脱出艇で逃げ出そうとする者も居たが、それはレヴィが容赦無く撃墜している。
逃げ出す者にとどめを刺すのは趣味ではないが、自衛の為にはやむを得ない。
「やれやれ。負けちまったな。流石はマーシャだ……と言うべきなんだろうけど……」
操縦技術そのものは、ほぼ互角だと知っている。
しかし負けるのはやはり悔しかった。
宇宙における勝負で負けた経験が無かったので、この感情も初めてだった。
そう考えるとそれなりに新鮮なのだが、それでも悔しいことに変わりはない。
「むむぅ……」
成長したマーシャを褒めるべきか、それとも尻尾びんたの機会を失ったことを悔やむべきか、かなり本気で悩んでいた。
そこで悩むのがレヴィらしさでもある。
シルバーブラストの格納庫へと戻ってきたスターウィンドは、すぐに推進機関を停止させる。
レヴィが中から出てくると、マーシャがすぐに飛びついてきた。
「うわっ!?」
「勝ったっ!」
「うぐ。負けた……」
レヴィに抱きついたマーシャは嬉しそうにはしゃいでいる。
マーシャがここまではしゃぐのは珍しい、と思いながらくしゃくしゃと頭を撫でた。
子供みたいなはしゃぎっぷりは、もちろん勝利の歓びだろう。
そう考えるとかなり複雑だが、しかし大喜びしているマーシャを見ると、レヴィも嬉しくなる。
尻尾がいつも以上に激しく振られているところを見ると、本当に嬉しくてたまらないらしい。
「何だよ。俺を負かしたのがそんなに嬉しいのかよ」
レヴィがむくれて見せると、マーシャは勢いよく頷いた。
「嬉しいっ!」
「………………」
そんなにハッキリ言わなくても……と凹んでしまうレヴィ。
「そこまで喜ばれると流石に悔しいな」
「だって嬉しいし。それに、少しだけ追いつけた気がするから」
「とっくに追いついているだろ」
「そうかな?」
「そうだよ」
それはレヴィも認めている。
追いつかれるのは嬉しい。
だけど追い越されるのはやっぱり悔しい。
年齢差を考えると、今後はどんどん引き離されそうな気がするのが尚更悔しい。
マーシャはまだ十九歳なのだ。
身体能力も反応速度も、まだまだ全盛期だ。
だが三十を超えているレヴィは、これから身体能力も衰えるだろうし、いつかはマーシャに引き離される時が来る。
それが悔しくないと言ったら嘘になるが、それでも自分を目指してくれている者がめきめきと腕を上げていくのは嬉しいと思ってしまう。
自分がいつか宇宙を離れる時が来ても、それでも自分を目指してくれる誰かが何かを引き継いでくれるような、そんな気がするのだ。
弟子の成長を喜ぶ師匠の気持ちとは、案外こんなものかもしれない。
レヴィはマーシャに操縦を教えた事がある訳ではない。
それでも目指すべき目標としてずっと追いかけてくれて、そして追いついてくれたのだ。
今更ながら、そのことにちょっとした感動があった。
マーシャはただ勝った事が嬉しいのではない。
ずっと目指していた目標に、本当の意味で追いつけたことが嬉しいのかもしれない。
だからいつもよりずっとはしゃいでいる。
そんなマーシャを可愛いなぁと思いながら、その身体を抱き上げた。
「それで、何をして欲しいんだ?」
「ふふふん。何をして貰おうかな。もふもふ禁止は駄目なんだろう?」
「駄目だっ!」
それだけは断固拒否だっ! とレヴィがマーシャを睨んだ。
金色の眼にはちょっぴり涙が滲んでいた。
「ならデートがいいな」
「それぐらいならお安いご用だ」
「プランはレヴィに任せるから」
「オッケー」
「健全なデートでよろしく」
「……ホテルは?」
「健全なデートでよろしく」
二度目の言葉は、とても冷ややかだった。
「ハイ……」
しょんぼりしながらも、レヴィはさっそく頭の中であれこれデートプランを組み上げるのだった。
「そして夜はレヴィが何か作って欲しい」
「料理までするのか。希望メニューは?」
「肉なら何でもいい」
「流石は肉食獣」
「当然だ」
こうして、ミスティカに向かう道中のトラブルは、二人の勝負の題材にされたり結果としてラブラブレベルを引き上げたりもしてしまうのだった。
全滅させられたリネス宇宙軍第三艦隊にとっては悲惨なだけだったが、それは自業自得というものだろう。
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