シルバーブラスト Rewrite Edition
7-7 女王と駄犬
時間は八年ほど遡る。
ランカ・キサラギという少女がまだ幼い子供だった頃まで。
当時はまだ八歳の子供で、幼年学校に通っていたランカは今とは違い、平穏で楽しい生活を送っていた。
学校に通い、友達と遊び、適度に勉強もしていくという、当たり前の日々。
自分の家がマフィアだということは知っていたし、知られてもいたけれど、それを理由二怖がられたり、避けられたりすることは無かった。
キサラギは地元に慕われている組織だし、街の人間もランカには気さくに接してくれる。
ランカはそんな中ですくすくと育っていった。
しかしもちろんそれだけではない。
キサラギの正統血統として、次期当主としての教育もしっかりと受けていた。
ランカの父であるトウマ・キサラギは、厳しさと優しさを兼ね備えた立派な人物だった。
彼は幼いランカによく言い聞かせてきた。
キサラギの役割は自由を護ることだと。
ニラカナからの第二期移民である北部の人間は自由の気風がかなり強い。
支配を良しとせず、共存を尊ぶ、そんな人たちなのだと。
そしてキサラギは、それを護る為に存在するのだと。
そこに生きる人々の安全と自由を護る為の建てとなり、そして剣となる。
それこそがキサラギという家の役割だ。
幼いランカはその理念に共感して、将来自分がそれを実践出来るように努力した。
よく学び、よく遊び、そして強くなろうとした。
そしてそんなランカの傍に居て、ずっと見守ってくれていたのが、タツミ・ヒノミヤという、当時はまだ少年だった男だ。
護衛兼世話係兼教育係をトウマから任されているタツミは、ランカの我が儘に一番振り回される立場でもあったが、それも含めて自分の仕事を楽しんでいた。
一緒に遊んだり、学校の送り迎えをしたり、時には宿題を手伝ったりもしていた。
今はランカの希望で、棒術の訓練にも付き合っている。
正直なところ、武術を仕込むのは気が進まなかったが、子供の遊び、チャンバラごっこの延長線ぐらいなら構わないだろうと思ったのだ。
幼い身体で必死に棒を振り回すランカは「やあっ!」と可愛らしい声を上げながらタツミに突撃してきた。
もちろんそんな攻撃を食らうようなタツミではないので、苦笑しながらも軽く受け止める。
とりあえず好きに攻撃させておいて、体力が尽きるまでそれに付き合った。
ぺたんとその場に座り込んでしまったランカを抱えてから縁側まで運んでやると、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
よく冷えた麦茶を出してやると、ごくごくと一気飲みしてしまう。
そんなランカを見て、タツミが質問を投げかける。
「お嬢。どうしていきなり棒術を学ぼうと思ったんだ?」
タツミの質問に、小さな主はふふんと得意気に笑った。
「だって父さんの跡を継いでキサラギの当主になるには、強くならないといけないでしょ?」
それが当然だと信じている口調だった。
幼さ故の単純な理由に微笑ましい気持ちになるが、護衛兼世話係兼教育係でもあるタツミは、そこで大事なことを教えるのを忘れなかった。
「強さにも色々あるぞ、お嬢。暴力だけが力じゃない」
「いろいろな、力?」
「そう。たとえばボスの事を考えてみるといい」
「父さんのこと……」
トウマ・キサラギはマフィアの当主でありながらも、自らはほとんど戦闘能力を持たない。
格闘技術はもちろん、射撃の腕も人並みでしかない。
護衛に囲まれて、日々の仕事をこなしている。
しかしそれでも、ピアードル大陸北部を立派に守護している、誰もが認めるキサラギの当主だった。
誰よりも父を尊敬しているランカは、キラキラした瞳でタツミを見上げながら答える。
「確かに父さんは自分じゃ戦わないけど、でも立派な当主だよね」
「その通り。ボスは立派な当主だ。戦闘能力は無いけど、でもそれ以上の力を沢山持っている」
「それ以上の力?」
その力について、タツミはなるべく分かりやすく説明していく。
地域を活性化させる財力。
地元民との協力や共存で得られる人脈と情報。
外部からの干渉や圧力に屈しないだけの交渉力や胆力。
暴力に兵力で応じるだけの意志力と決断力。
「い、色々あるね……」
幼いランカにはまだしっくりこないものだったが、それでも自分の父親はやっぱり凄い人なんだと改めて尊敬する。
「そうとも。色々ある。でもボス自身には戦闘能力が無い」
「………………」
「でも俺達にとっては立派なボスだ」
「うん」
「つまり本人の戦闘能力はそこまで重要じゃないってことさ。そしてお嬢にはそういう『力』こそを追い求めて欲しいって思ってる。暴力での解決は俺達兵隊に任せておけばいいんだよ。お嬢はお嬢にしか使えない力を身につけるべきだと、俺は思うね」
「でもいざという時の為に、自分を護ることは必要だと思うんだけど」
「それも確かだな。だからこうやって特訓に付き合ってるんだし。まあ安心しろよ。お嬢の事は、俺が絶対に護ってやるからさ」
「本当?」
「もちろん。何があっても。どんな事をしてでも、絶対に護ってやる」
軽く言っているようでも、その決意は本物だった。
それがランカにも伝わったようで、安心したようにはにかむ。
幼い無垢な信頼は、タツミにとっても心地いいものだった。
しかしランカはまだ気付いていなかった。
軽く言っているようでも、その決意は本物だった。
それがランカにも伝わったようで、安心したようにはにかむ。
幼い無垢な信頼は、タツミにとっても心地いいものだった。
しかしランカはまだ気付いていなかった。
何があっても。
どんな事をしてでも。
この言葉が持つ恐ろしい意味に、全く気付いていなかった。
いつでもどこでも傍に居てくれて、どんな時でも自分を護ってくれる騎士《ナイト》の存在を、ただ喜んでいただけだったのだ。
だから、その翌日に起こった事も、ある意味では必然だったのかもしれない、と八年の歳月が過ぎてもランカは思うのだ。
前兆も、情報も、何も無かった。
気がついたらラリー一家の放った刺客に囲まれていて、銃を向けられていた。
その数は十二。
これだけの人数が一度もキサラギの警戒網に引っかからず、キサラギが本拠地を置く絶対的な領域の奥深くまで入り込んでいたという事実が信じられなかった。
後から調べて分かったことだが、彼らを手引きしたのは、何年も前からキサラギに入り込んでいたラリーの内通者だった。
それだけの時間と手間を掛けてまでやろうとした事が、八歳の幼女の殺害なのだから、後から考えればかなり呆れた話ではあるのだが。
しかし下準備にそれだけかけただけあって、その目論見は成功しようとしていた。
全く予想していなかった襲撃なので、護衛は運転手とタツミの二人のみ。
戦力差は圧倒的で、しかもランカだけではなく、一緒に下校していた友達も傍に居たのだ。
彼らは最初からランカを殺すのではなく、一度攫ってから、無惨な方法で処刑しようとしていた。
そうすることでキサラギの当主と、彼を慕う人間の心を折ろうとしていたのだ。
もう一人の護衛がすぐに撃たれてしまい、ランカが男達の手に捕らえられてしまう。
捕まったランカはじたばたと暴れるが、当然のようにビクともせず、そのまま車に乗せられようとしていた。
タツミも奮戦していたが、人数が多すぎてランカに近付くことも出来ない。
自分が撃たれる事を覚悟してランカの所に駆け寄ろうとも思ったが、それでは後が続かないことも分かっていた。
目の前の敵を倒しながら、どうすればいいのかを必死で考えるが、打開策は何も無い。
絶望だけがそこにあった。
ランカは知らない男の腕に抱えられながら、人生で最大の恐怖を体験していた。
これから攫われて、酷い目に遭わされて、殺されるのだと確信していた。
すごく怖かったし、泣き出してしまいたかった。
けれどキサラギの次期当主として、それだけはするまいと歯を食いしばって耐えていた。
その時、傍に居た友達のコノハがランカを捕まえた男の足に噛みついた。
「ランちゃんを離せーっ!」
幼さ故の無知と無謀な正義感が、コノハの身体を動かしていた。
子供とは言え全力の噛みつき攻撃は、男にとっても溜まらなかったらしく、抱えていたランカを取り落としてしまう。
「こ、このクソガキがっ!」
そして大事なところで邪魔されてしまった男は、怒り交じりに懐から銃を取り出す。
その銃口はコノハに向けられていた。
それを見たランカは、迷わずコノハの前に飛び出した。
「ランちゃんっ!!」
「お嬢っ!!」
コノハとタツミが叫ぶと同時に、ランカはその小さな身体に凶弾を受け止めてしまう。
撃たれる筈だったコノハを庇い、そのまま倒れ込む。
「お嬢っ!!!」
「ランちゃんっ! ランちゃんっ!! しっかりしてっ! ねえ、嘘だよねっ!? こんなの嘘だよねっ!?」
泣き叫ぶコノハの声も何だか遠くて、ランカは薄れていく意識の中で、友達を護れて良かったと安心していた。
「無事で……良かった……コノハ……はやく、逃げて……」
彼らの狙いは自分だけで、コノハが逃げ出したとしても見逃される筈だ。
だから逃げて欲しかった。
しかし恐慌状態になったコノハは、悲鳴を上げ続けるだけでその場から動こうとしない。
そしてそれを見ていたタツミの中で何かが壊れた。
「てめえら、邪魔だっ!!」
狂ったように暴れ始め、今まで以上の勢いで鋼鉄の棒を振るう。
その場に居た敵を一人残らず殺してしまう。
それまで殺すのではなく無力化する為の攻撃に限定していたのは、ランカに人の死を見せない為だった。
その甘さが間違いだとは思わないが、今だけは構っていられなかった。
一刻も早く彼らを殺さなければ、ランカが死ぬ。
その一心で次々と殺し続けた。
振るわれる鋼鉄の棒は敵の頭部を破壊し、顔を潰し、胴体を貫いた。
タツミの主武装である棒には、それだけの強度と破壊力が備わっている。
それを棒術の達人であるタツミが振るえば、立派な凶器になるのだ。
刃は付いていなくとも、それは立派な殺人武器として機能する。
殺して、殺して、殺し続けた。
相手の血で視界が真っ赤になるぐらいに、殺し続けた。
そして薄れゆく意識の中でその光景を見続けたのは、幼いランカとコノハだった。
「や……め……」
止めてっ!! と叫びたかった。
自分を護る為に、助ける為にやっているのは理解している。
タツミが敵を殺すほどに、自分が助かる可能性が増すのも分かっている。
それは痛いほどに分かっているのだ。
それでも止めて欲しかった。
『何があっても。どんなことをしてでも、絶対に護ってやる』
その言葉を思い出す。
そしてその意味を、一番残酷な形で突きつけられた。
止めてっ!
もう止めてっ!!
声にならない悲鳴は、決して届かない。
私の所為だ。
私が悪いんだ。
私が弱かったから、タツミがあんなことをしてしまった。
遠のく意識の中で、ランカは狂うほどに己の無力さを呪った。
★
ランカが次に目を覚ましたのは、病院のベッドの上だった。
タツミの奮戦で何とか処置が間に合い、一命を取り留める事が出来たのだ。
ランカは意識を取り戻すと、真っ先にタツミの姿を探した。
首だけを動かすと、すぐ傍にタツミがいた。
さっきまでの怖い顔ではない。
いつも通りのタツミに戻っている。
けれど今にも泣き出しそうなぐらいに憔悴していて、とても痛々しい姿だった。
理由はもちろん分かっている。
死にかけている自分を心配しているのだ。
安心させてあげたいと思ったランカは、再び遠のきそうになる意識を必死で繋ぎ止めた。
そして動かすだけで悲鳴を上げたくなるような身体を必死で動かそうとして、何とか腕だけをよろよろと持ち上げた。
生死の境を彷徨ったばかりの小さな手は、生きているとは思えないほどに体温が失われ、弱々しいものだった。
その儚さにタツミが再び顔を歪める。
「大丈夫……だよ。私は……大丈夫だから……」
それだけを何とか伝えると、タツミもくしゃくしゃに顔を歪めたまま頷いた。
「ごめん。ごめんな、お嬢。俺、お嬢の事を護れなかった。こんなに酷い目に遭わせちまった……」
絶対に護ると誓っていた小さな主を護れなかった自分の不甲斐なさを責めている。
そんなタツミに、ランカは弱々しく笑いかけた。
「護って……くれたよ……だって、生きてるもん……」
「お嬢……」
そう、タツミは確かにランカを護ったのだ。
失われる筈だった命を、他の命を殺し尽くすことで繋ぎ止めた。
それだけは確かな事実だった。
しかしだからこそ、ランカは深く傷ついていた。
「でも、さっきのタツミは怖かった……。もう、あんなのは、見たくないよ……だから……頑張るね……タツミが、あんな風にならなくて……済むように……強く……なるから……」
そろそろ喋るのも辛くなってきたが、大切なことを伝える為に、ランカは頑張り続けた。
「だから……傍に居てね……今のタツミのままで、ずっと……傍に居て……。そうしたら……私はきっと……頑張れるから……」
タツミは小さな手を自分の両手で包んで、精一杯優しく笑いかけた。
「傍に居るよ。約束する。もう二度と、お嬢を怖がらせたりしない。ずっと、お嬢の傍に居るよ」
それはタツミにとって紛れもない本心からの言葉であり、願いでもあった。
それが出来ないと分かっていても、心からそうしたいと思っていたことは本当なのだ。
それだけはどうか伝わって欲しい。
その言葉に安心して、ランカはようやく意識を手放した。
タツミは傍にある機器のバイタル表示を確認する。
それぞれの数値は、ランカの容態が安定状態に向かっていることを示していた。
これなら放っておいても徐々に回復してくれるだろう。
不安になっていたランカをタツミが安心させてやった効果も大きい。
それを確認して、タツミもようやく安心した。
「ごめんな、お嬢」
ランカの頭を優しく撫でて、タツミはもう一度謝る。
「約束は守れそうにない。でも、護りたいって思っているのも、傍に居たかったっていうのも、本当なんだぜ」
恐らく、自分はもう二度とランカには会えない。
十二人も無惨に殺したのだから、どう考えても無事で済むとは思えない。
これから警察に捕まって、裁判を行い、死刑判決が下されるだろう。
タツミはそれだけの覚悟を決めていたし、自分の行動を後悔もしていない。
こうしなければ、ランカは命を落としていた。
だから後は、順調に回復してくれることを祈るだけだ。
願わくば、この子の未来が多くの幸に包まれますように。
「よし」
タツミは未練を振り切るように、勢いよく立ち上がった。
パイプ椅子が僅かにズレて音を立てたが、それでランカが目を覚ます事は無い。
「無理を言って悪かったな。もういいぜ」
振り返ると、壁際には壮年の警官が建っていた。
レイジ・アマガセ警部は、タツミの逮捕を数時間だけ保留にしていたのだ。
事件の後、救急車と同じタイミングで駆けつけたレイジは現場の凄惨さに眉を顰め、すぐにタツミを逮捕しようとした。
しかしランカの容態が安定するまでは絶対に傍を離れないと拒絶された為、仕方無く一緒に付いてきたのだ。
やむを得ずこうして同じ部屋に居たのだが、ランカが助かってレイジもほっとしていた。
ここでランカが死んでしまったら、本気で怒り狂ったキサラギが後先考えずにラリーへと攻め込み、血みどろの抗争が始まっていたかもしれない。
もしくは心を折られたキサラギが、ラリーに取り込まれていたかもしれない。
どちらにしても酷い犠牲が生じた筈だ。
それを考えると、十二人の犠牲で済んだ事はむしろ御の字と言ってもいいのかもしれない。
タツミのお陰でキサラギと、そして北部が救われた。
それだけは確かな事実だった。
そして幼いながらも気高い心を持ち、躊躇わずに友人を庇った小さな女王も、未来の北部にとって必要な存在になるだろう。
ここで失わずに済んだ事は僥倖だった。
レイジは差し出されたタツミの両手に手錠を掛けながら、安心させるように笑いかけた。
「そんなに悲壮な顔をしなくても大丈夫だ。お嬢さんとはまた会えるさ」
「え?」
諦めきっていた表情に僅かな光が戻る。
そんなことは考えてもいなかったらしい。
レイジは現場調査を任せていた部下の報告内容をタツミにも教えてやる。
「目撃者の証言と監視カメラの映像から、今回の件は正当防衛であると判断される。組織抗争の状況も考慮されるだろうから、無罪にはならなくても、有期懲役にはなる筈だ。長くても二十年。腕のいい弁護士を雇えばそれ以下に抑えられる筈だ」
「本当かっ!? だったらいつかまたお嬢に会えるんだなっ!?」
タツミの表情が嬉しそうにぱっと輝く。
まるで主人に会いたがる犬だと思ったが、もちろん口には出さなかった。
しかしこの辺りからタツミに犬キャラが、そして駄犬キャラが定着し始めていく。
呆れながらもレイジは続けた。
「いつかとか遠い話でなくとも、お嬢さんが元気になったら面会に来てくれるだろう」
「そうか。それもそうだなっ! だったらそれを希望に囚人ライフを頑張ろうかな♪」
「頑張るようなものでもないと思うが、元気になったようで何よりだ」
「おう。何よりもの励ましだったぜ」
タツミが振り返って、眠るランカの傍に近付く。
そして覆い被さるようにして、そっと頬ずりをした。
「元気になったら会いに来てくれよな、お嬢。待ってるからさ」
「………………」
容態は安定した筈なのに、何故かその寝顔が魘されているように見えた。
うーんうーん……という幻聴までレイジの耳に届きそうだった。
こうして二人は一度離ればなれになった。
幸運なことに、トウマ・キサラギが腕のいい弁護士を派遣してくれた為、裁判はかなりこちらの有利に進めることが出来た。
それだけではなく、マスコミも味方に付けて、世論をキサラギに傾けさせることにも成功していた。
最終的な判決は懲役八年。
十二人を殺した結果としては破格の判決だろう。
自陣の人間を十二人も殺されたラリー側はこの判決に猛抗議したが、そもそも最初に幼い子供を攫って殺そうとした事が祟って、世論は完全にキサラギへと味方した。
逆にラリーに対しては非難囂々だった。
ランカも徐々に回復して、二ヶ月もすれば退院出来るようになった。
頻繁に面会に来てくれるキサラギの仲間や、レイジから外の状況を教えて貰っているので、タツミはもうすぐランカが会いに来てくれると思って期待に胸を膨らませていた。
しかし再会は叶ったものの、それはタツミが期待していたものとはかなり違っていた。
面会にやってきたランカは、車椅子に座っていた。
回復はしたが、まだ自力で動けるほどではないらしい。
それでも元気そうな姿を見てタツミは嬉しくなった。
しかし、ランカは違ったらしい。
涙目でタツミを睨み付けて、そして怒鳴りつける。
「馬鹿っ! 嘘つきっ! タツミなんか大っ嫌いっ!!」
と、第一声からいきなり怒鳴りつけられてしまい、嬉しさが一気に萎んでしまった。
「お……お嬢……?」
怒鳴られたタツミは、強化硝子の向こうでおたおたしてしまう。
会えたのは嬉しいが、いきなり怒鳴られてしまうとは思わなかったので、かなり弱ってしまう。
嘘つき、というのは傍に居ると約束した事に対してだろう。
しかしあの時はああ言うしかなかった。
もしもあそこで馬鹿正直に「実は俺、この後捕まっちゃうんだ」とか「多分、死刑になるからこれでお別れだ」などという台詞を口にしていたならば、安心して眠ってはくれなかっただろう。
それどころか、下手をすると容態が悪化して、再び生死の境を彷徨った可能性もある。
ランカの回復を手助けする為にも、あそこは嘘を吐くのが最善だったのだ……と苦しい言い訳をしてみたのだが……
「嘘つきっ!!」
「ううっ!!」
結局のところ、どんな事情があっっても自分に嘘を吐いていた事が許せないらしい。
誰よりも信じていた相手だからこそ、どんなに残酷な事実であっても、本当のことを言って欲しかった。
命を護られて、嘘で守られて、全ての重荷をタツミに背負わせてしまった事が許せなかった。
それ以上に許せなかったのは、護られるばかりで何も出来なかった自分自身なのだが、それと同じぐらいに、一人で全てを背負い込んで、ちっとも自分を頼ってくれなかったタツミのことも許せなかったのだ。
半ば以上は八つ当たりだと自分でも分かっていたが、それでも言わずにはいられなかった。
タツミはランカのそんなやるせない気持ちまで察した訳ではないが、とにかく泣き止んで貰おうと必死だった。
「いや、その、ずっと傍に居るって約束は、八年後に出所してから必ず果たすよ。それまではほら、お嬢が俺に会いに来てくれよ。そうしたら傍に居られる時間は増えるじゃないか。ま、まあ硝子越しにはなっちゃうけどさ……」
しどろもどろになりながらも、何とかランカを宥めようとするタツミ。
その姿は、鬼神の如き凶悪さで十二人を惨殺した人間と同じとは思えないぐらいに情けないものだった。
しかしタツミはそんなことに構っていられない。
情けなくても、みっともなくても、それでもタツミはランカに泣いて欲しくなかった。
一番大切な女の子には、いつだって笑っていて欲しいのだ。
しかしランカはそんなタツミの気持ちを無視して、キッと睨み付ける。
そして……
「来ないもんっ!」
「え……?」
「会いになんて来ないもんっ! 檻から出てくるまで絶対に会わないもんっ!」
「ええーっ!?」
これにはタツミの方が泣きそうになった。
この先ランカがちょくちょく会いに来てくれることを期待していたからこそ、八年という長い囚人生活にも希望を見出していたのに……
「お……お嬢……? 冗談だよな……?」
震える声で恐る恐る尋ねると、
「本気だもんっ!!」
と、本気で怒鳴りつけられた。
「っ!!」
がびーんっ!! という効果音が頭の中で響き渡る。
十九年というあまり長くはない人生経験の中でも、最大のショックを受けた事は間違いない。
「帰るっ!!」
ショックに打ち拉がれているタツミを睨み付けたまま、ランカは車椅子を動かして反転させた。
傍に控えていた護衛が慌てて後ろから押し始める。
「ちょっと……お嬢っ!? 冗談だよなっ!? ちゃんと会いに来てくれるよなっ!?」
情けない声で追い縋るが、ランカはぷいっと乱暴にそっぽ向いてから出て行ってしまった。
「お嬢……」
呆然と立ち尽くすタツミ。
監視人が声を掛けるまで、その場に固まったままだった。
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