シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

7-2 フラクティール・ドライブ試運転開始


 そしてユイ・ハーヴェイの研究成果であるフラクティール・ドライブがいよいよ実用可能段階にまで進んだ。

 本体である機械の組み立てを不眠不休のオートマトンがやってくれる現代では、理論さえ固まれば実用化は恐ろしく早い。

 マーシャが援助してわずか半年ほどで、安全基準をほぼクリアした実用化にまでこぎ着けるのだから、かなりのハイスピードだった。

 もちろん、それだけのハイスピードを実現出来たのは、マーシャだけではなく、宇宙有数の設備を持つリーゼロックが全面的に協力してくれたから、という理由も大きいのだが。

 基本的にはマーシャの影響力が最も大きいだろう。

 そして公的な安全基準ではなく、独自の安全基準をクリアしたフラクティール・ドライブがシルバーブラストに実装されるまで三ヶ月の期間を要した。

 開発そのものに半年しかかかっていないのに、シルバーブラストに実装するのに三ヶ月もかかったのは、船に合わせたチューニングや小型化が必要だったからだ。

 チューニングはそこまで時間を必要としなかったが、小型化となると設計から見直す必要があったので、少し時間がかかってしまったのだ。

 ユイに小型化の研究を進めさせる訳にもいかないので、マーシャとヴィクターの二人で行った。

 基本的にはマーシャが個人使用するシルバーブラストに実装する為の小型化なのだから、公的な安全基準クリアという課題を残しているユイの手を煩わせる訳にはいかなかったのだ。

 もちろん、全ての宇宙船に実装出来るようになる為には小型化も最重要課題なのだが、それは数年後でも構わないだろう。

 しかしマーシャは待ちきれなかったので、自分達で研究を進めていたのだ。

 そして完成して、シルバーブラストに実装されたのがつい先日のこと。

 シルバーブラストそのものの大きさと重量を変える訳にはいかなかったので、居住部分を多少犠牲にしたり、他の部分の小型化という、内部のダイエットが必要になったが、それでもシルバーブラストは以前の外見のまま、大幅にパワーアップすることになった。

 十万トンクラスの船が外部アタッチメントではなく、内蔵ドライブとしてフラクティール・ドライブを実装しているのだ。

 今のシルバーブラストは間違いなく宇宙最高性能だと断言出来るだろう。

 もちろん、フラクティール・ドライブが実装される前からそうだという自負はあったが、より小型化と高性能化、そして新機能が加わったことにより、更に堂々と胸を張って言える代物に成長したのだ。

 シルバーブラストはマーシャにとって己の半身であり、かけがえのない相棒でもある。

 自分と一緒に成長してくれるのがとても嬉しい。

「んふふ~」

 マーシャはシルバーブラストの操縦席に座って、かなりご機嫌に尻尾を揺らしている。

 いよいよフラクティール・ドライブを自分の船で利用出来るのだ。

 これで遙かに遠くまで行けるし、未知の世界にも行けるかもしれない。

 もちろん、軽々しくロッティを離れたりは出来ないが、それでも今までよりもずっと遠くに行けるのは楽しかった。

「嬉しそうだな、マーシャ」

「もちろん。嬉しいに決まっている」

 レヴィが副操縦席から話しかけてくる。

 戦闘機操縦者である彼は、シルバーブラストが稼働中は基本的に暇なのだ。

 しかしいざという時は誰よりも心強い戦力となってくれることを知っているマーシャは、レヴィが副操縦席に座って何もしないことに不満は抱いていない。

「どこに行こうかな~」

 マーシャはスクリーンにフラクティールの分布図を映し出す。

 実用化にこぎ着けるまでの性能実験で、確認されている全てのフラクティールのゲートイン・ゲートアウト座標も解析済みである。

 フラクティールはこれから『フラクティール・ゲート』と呼ばれるだろう。

 ユイがそう名付けたので、技術発祥であるリーゼロックがそういう公式発表をする筈だった。

 ここから一番近いフラクティール・ゲートは残念ながら使えない。

 何故なら、ゲートアウト先がとんでもない場所だからだ。

「ここは駄目だな」

 マーシャはそのゲートに×印を付けておく。

「どうして駄目なんだ?」

「ゲートアウト先が原始太陽系まっただ中だった」

「マジか……」

「マジだ」

「恐ろしいな」

「ああ。だから確認されたフラクティール・ゲートは、一度無人機で全てゲートアウト先をチェックしている」

「それが正解だな。どこに出るかも分からないんだから」

「そういうことだ」

 安全性は何よりも優先される。

 特に民間で利用するものは客の命を預かるのだから、何があっても大丈夫という安全基準が必要だ。

 しかし軍艦や特殊な事情を持つものはその限りではない。

 多少のリスクを受け入れてでも性能の引き上げを優先する場合がある。

 リーゼロックPMCで利用するものや、リーゼロックの社員が利用するものに関しては、一般の安全基準よりも性能の引き上げを優先している場合が多い。

 もちろんこのシルバーブラストもそうだ。

 まだまだ公的な安全基準はクリアしていないが、そこを優先してしまうと性能が下がってしまう。

 具体的にはドライブ起動から跳躍準備までの時間が長すぎる。

 マーシャはその時間を短縮する為に、多少の安全基準を無視した。

 そうすることによって生じるリスクについては、シオンが処理を担当してくれるので問題はない。

 安全基準はクリアしていなくとも、安全であると確信しているのだ。

「それで、今回はどこに行くつもりなんだ?」

「ん~。そうだなぁ。なるべく長い距離を跳躍してみたいからなぁ……」

 マーシャがじっとスクリーンを眺める。

 フラクティール・ゲートの分布図と、ゲートアウト先の比較を行い、そして決めた。

「よし。ここにする」

「どこだ?」

「ここだ」

 マーシャが端末を操作して一つのフラクティール・ゲートのマークを青色から赤色に変えた。

「ここからかなり近いゲートだな」

「うん。でも跳躍距離が長い。ここから惑星リネスまで行けるからな」

「……通常航行だと二ヶ月ぐらいか?」

「うん。それぐらいかかるな。このシルバーブラストでも通常航行なら半月はかかる」

「………………」

 シルバーブラストの基本性能もかなり凄い。

 しかし呆れるにはこの非常識に慣れてしまっているレヴィだった。

「それにしてもリネスか。確かニラカナからの移住者がいる場所だったか?」

「詳しいな」

「昔、任務で少しだけ関わったことがあるんだ」

「へえ~。じゃあ行ったことがあるのか?」

「いや。ニラカナには何度か行ったけど、リネスには行っていないな。ニラカナの人たちにリネスへの移住者がいるって聞いただけなんだ」

「へえ。なるほどね」

「じゃあ初めてだな」

「おう。初めてだぜ」

「楽しみだな」

「おう。楽しみだな」

 マーシャの尻尾が更に揺れる。

 レヴィと一緒に初めての場所に行く。

 未知の場所を旅する。

 そのことが嬉しいのだろう。

「よし。シオン。跳躍準備だ」

「オッケーですです~」

「シャンティはシオンのサポートを」

「いえっさー。アネゴ」

「………………」

 シオンとシャンティは仕事が山積みだが、オッドは何もやることがない。

 戦闘時以外は砲撃手の仕事は無いのだ。

 レヴィと同様、暇そうにしているが、これからフラクティール・ドライブで跳躍するのは楽しみらしい。

 その表情が少しだけワクワクしているのが分かった。

「よーし。フラクティール・ドライブ起動準備。その間に座標E-四六七八へと向かう」

 E-四六七八はこれから向かうフラクティール・ゲートの座標を示す位置だった。

 マーシャはノリノリで操縦桿を握り、かなりのハイスピードでE-四六七八へと向かうのだった。



 そして到着すると、そこには宇宙の歪みであるフラクティール・ゲートがあった。

「よーし。フラクティール・ドライブ起動準備完了。ゲートインするぞ」

 マーシャが新しいシステムであるフラクティール・ドライブを手動操作する。

 自動操作でも可能だが、手動操作をすることにより、数値の微調整が可能になるのだ。

 これからフラクティール・ドライブを実装する船には、操舵手にこの手動操作の訓練も積ませなければならないだろう。

 一般普及するまでには課題が山積みなので、当分この技術は自分達が独占出来るかと思うと、かなりの優越感に浸ることが出来る。

 ユイの無謀な研究にいち早く目を付け、大金を費やして援助してきたのだから、これぐらいの役得はあってもいいだろうと思っている。

 今まで何度も無人船によるゲートインとゲートアウトは確認している。

 フラクティール・ゲートの状態はそれぞれで違うので、そのゲートごとの波長を計算しなければならない。

 管制システムの演算領域にかなりの負担をかけることになるので、その辺りも一般の船の課題となるだろう。

 しかしこのシルバーブラストにはシオンとシャンティがいる。

 最高の電脳魔術師《サイバーウィズ》である二人が居てくれるのなら、その演算もかなりスムーズに行うことが出来る。

 この演算を全てシステム任せで出来るようになるのが安全基準としての最終目標だが、マーシャはシオンたちが居るからそこを問題視しなかった。

 最も速くフラクティール・ドライブを実装出来た最大の理由がそこにある。

「演算終了。波長合わせ完了ですです~」

「いつでもいけるよ、アネゴ」

「よし。じゃあ行くか」

 後はマーシャが手動操作でゲートインするだけだ。

 突入前の演算は二人がやってくれるが、突入した際の感覚的な微調整は操縦者であるマーシャの仕事となる。

「……よし。ゲートアウト完了」

 そしてゲートインからゲートアウトまでの操作をスムーズに行えたことで、マーシャも緊張がほぐれたようだ。

 やはり安全だと分かっていても、初めてのことは緊張する。

「お疲れさん」

「うん。予定通りの座標まで出たな。後は通常航行で二時間ほどか」

 惑星リネスに到着するまでの時間はシルバーブラストの通常航行で二時間ほどだった。

 後は自動操縦でも問題無いだろう。

「でも折角だから高速航行で操縦していこうかな」

「マジか。休めばいいのに」

「テンションが上がって休む気になれない」

「なるほど……」

 休む方が落ち着かないテンションというのは、レヴィにも理解出来るものだった。

 シオンも同様なのだろう。

 ニューラルリンクの中で少しだけそわそわしている。

「凄いですね~。本当にかなりの距離を跳躍しちゃいましたよ~。初めての経験でドキドキです~」

「落ち着け」

 そしてテンションが上がりすぎているシオンをオッドが宥めようとする。

 シオンのテンションが上がりすぎると、時々奇行に走ることがあるので、注意が必要なのだ。

「大丈夫ですよ~。まだ航行中ですからね~。気を抜いたりしないですよ~。って、あれ?」

 シオンが何かに気付いたようで、不思議そうに首を傾げている

「どうした? シオン」

「ちょっと気になるものを見つけたですよ~」

「気になるもの?」

「はいです~。念の為、シャンティくんもこの座標を調べて欲しいですよ」

「ん~? どれどれ?」

 シオンはシャンティの端末に情報を送る。

 シャンティは言われた通り、言われた座標を調べてみる。

 シルバーブラストの探知機は軍艦の五倍以上の範囲をカバーしているので、異常があればすぐに分かるようになっている。

 そして異常を見つけたらより詳しく調べる為に、小型カメラを飛ばすこともある。

 シャンティはシルバーブラストから小型カメラを射出して、すぐにその座標へと向かわせる。

 シオンとも映像の共有を行い、二人で解析を続ける。

「うわ。厄介事の予感……」

 そしてそれを見つけたシャンティが嫌そうに呻いた。

「これは、見ない方が良かったかもです……」

 シオンもややテンションが下がったようだ。

「何を見つけたんだ?」

「これです」

 シオンがスクリーンに映像を回した。

 そこに映っていたのは宇宙船の残骸……に見えるものだった。

 残骸というにはまだ原形を留めているが、それにしても手ひどくやられている。

 しかし原形を留めているのならば、中に生き残りがいるのかもしれない。

 こういう船を見つけた場合、見つけた側は救出するのが義務となっている。

 生き残りの調査と救出、怪我をしている場合は応急処置を行い、近隣の惑星の警察に届ける必要があるのだが、マーシャは少しだけ迷ってしまう。

 ここで素直に船を調べて、生き残りが居たら救出しよう、という考えにはならない。

 その先に待っている厄介事、そして現在シルバーブラストが抱えている機密のことを考えると、警察や軍に介入されるのは面倒極まりないのだ。

 人間に対してそこまで優しくする義理は無い、という考えもある。

 身近な人間や、恩のある人たちには優しくするし、出来る限り力になりたいと考えているが、それ以外の人間に対しては割とシビアな考えをしているのだ。

「うーん。しかし船の原型が留められているのなら、管制頭脳も生きているのかもしれないな」

 シルバーブラストが近くを通りながら、この船を見過ごしたという記録が残ってしまうのだ。

 シルバーブラストはれっきとしたロッティ船籍の船なので、捜査の手がロッティにまで及ぶかもしれない。

 何もしていないのにリーゼロックに迷惑を掛けるのは嫌だった。

「見たところ宇宙海賊の襲撃を受けたようだが、どうするかな。このまま見過ごしたら私達が犯人にされかねないし……」

 このシルバーブラストも立派な武装を積んでいる船なので、海賊行為を行おうとすればいくらでも可能だ。

 海賊どころか、軍艦とも、軍隊ともまともにやり合えるのだが、その事実はこの際棚上げにしておく。

「うーん。不味いな」

 今は警察に注目されるような事はしたくない。

 この船を調べられたら、フラクティール・ドライブのことまで知られてしまうし、その場合はリネス軍まで介入してくる可能性がある。

 しかしこの事実を隠そうとするのなら、あの船を徹底的に破壊して、自分達の痕跡を消すことを求められるが、流石にそこまでする気にはなれない。

 人間に対して優しくなれなくても、残酷にもなれないのがマーシャの甘さでもあった。

 しかしその甘さを捨てたら、きっとレヴィから嫌われてしまう。

 嫌われて、失望されてしまうかもしれない。

 だからこそマーシャは非情になりきれない。

「仕方無いから調べるか」

 ここで悩んでいても仕方が無い。

 どのみちこのまま通り過ぎることが不可能ならば、最低限のことはしなければならないと諦めた。

「俺が先に行ってこようか?」

 レヴィが副操縦席から立ち上がる。

 暇なので少しぐらいは仕事をしたくなったのかもしれない。

 マーシャはあまり乗り気ではないようだが、もしも中に生き残りがいるのなら助けたい。

 助けを求める者が居て、自分に出来る事があるのなら、行動を起こすべきなのだ。

 それがレヴィの考えだった。

 しかしマーシャが気乗りしない理由も理解出来るので、ここは自分が動こうと決めたのだ。

「頼んでいいか?」

「おう。任せろ」

 こういう時は素直に頼ってくれるので、レヴィとしても嬉しくなる。

 レヴィは早速パイロットスーツに着替えてから格納庫へ向かう。

 スターウィンドに乗り込んで、発進手続きに入った。

「じゃあ行ってくるぜ」

 シルバーブラストからスターウィンドが発進した。

 それを見たマーシャは複雑そうな表情でスクリーンを眺めている。

「………………」

 自分がやりたくなかった事を代わりに引き受けてくれるレヴィの気持ちは嬉しいけれど、いつもこうやって甘えているのも申し訳ないという気持ちもあるのだ。

 レヴィとしては甘えたり頼ったりしてくれる方が嬉しいのだが、マーシャはそれに対して負い目を感じてしまうらしい。

 甘えることは好きなのだが、嫌なことを押しつけるような甘え方はしたくない。

 それではどんどん弱くなってしまう気がするのだ。

 自分もレヴィに何かしてあげたいと思うのだが、何をしてあげればいいのかがよく分からない。

 スターウィンドの整備や改良は出来る。

 レヴィの要望に応えて、もっともっと強力な機体にしてあげることも出来る。

 料理も覚えたし、新しく増やしたレシピに挑戦してレヴィにご馳走すると喜んでくれる。

 最初はそれが凄く嬉しかったけれど、その感情に慣れてしまうと、もっともっと喜んで欲しいという欲求が芽生えてしまう。

 人を好きになると気持ちばかりがどんどん膨らんで、欲求ばかりが肥大して、加速していく。

 愛情とはなんとも厄介なものだと思いながらも、マーシャはその気持ちを抑制しようとはしなかった。

 苦しい気持ちも確かにあるけれど、それ以上に楽しいという気持ちの方が強い。 

 だからこそ、そういう感情とはきちんと向き合おうと決めているのだ。



 そしてすぐにスターウィンドから通信が入った。

「おーい。生き残りがいたぞ」

「本当か?」

 のんびりとしたレヴィの声だが、少しばかり切羽詰まっているようにも聞こえる。

「何人だ?」

 マーシャが生き残りの数を尋ねる。

 保護するのなら客室や医療器具などを準備する必要がある。

 船の大きさは三万トン級であり、あの大きさならば五人以上ということは無いだろう。

 個人所有の船はそれほど大人数を乗せるようには出来ていない。

 このシルバーブラストも大きさこそ十万トン級だが、推進機関やフラクティール・ドライブなどの機能部分が大半を占めている為、不自由なく暮らして行くには今の人数が限界だろう。

 訓練場や娯楽スペースを省けばもっと広く使えるだろうが、そんなことをするつもりはない。

 長くなることもある宇宙の旅において必要不可欠なものは、少なからず存在するのだ。

「生き残りは一人だけだ。他に死体も無い。どうやらこいつの個人所有らしいな」

 映し出されたのは腹部から血を流して死にかけている男だった。

 ブラウンの髪にも血が混じっており、顔も負傷しているらしい。

「助かりそうか?」

「すぐに来てくれればな」

 つまり、見捨てることも出来ると言いたいらしい。

 マーシャ次第だと言っているようなものだ。

 試すようなその態度に苦笑したマーシャは、すぐに向かうと返事をした。



 マーシャはすぐにレヴィの所へ向かい、負傷者の男を救出した。

 客室に移動させてから、医療用のオートマトンを向かわせる。

 そして治療プログラムを起動させる。

 難病の治療などは難しいが、数千パターンもの治療プログラムが組み込まれているので、死にかけの大怪我ぐらいなら、人間の手を必要とせずに治療してくれる優れものだ。

 ヴィクターが創り上げたものなので、その性能は信頼出来る。

 シルバーブラストには予備も含めてこの医療用オートマトンが三台存在している。

 倒れた男の状態を認識した医療用オートマトンは、すぐに治療を開始した。

 組織再生処置も施し始めたので、これで問題無いだろう。

「シオン。念の為、オートマトンの管理を頼んでいいか?」

「お任せなのです~」

 シオンは倒れている男の傍について、医療用オートマトンの管制を担当する。

 シオン自身は医療技術を持たないので、動作不良が起こらないかを監視するだけだが、機械だけに任せるよりは、誰かが傍で管制していた方が安心出来るだろう。

 治療と管制はシオンに任せることにして、マーシャは船を調べ始めた。

 生き残った管制頭脳の調査を行う必要があったので、シャンティにも一緒に来て貰う。

 ドッキングしたので宇宙服に着替える必要は無く、二人は私服のまま船に乗り込んだ。

 操縦室へと向かい、早速調査を開始する。

「管制頭脳は半分以上破壊されている。恐らく、救難信号の発信を阻止したかったんだろうな」

「らしいね。だったら頭脳全部を破壊すれば良さそうなものだけど」

「面倒だったんじゃないのか?」

「それとも逃げるのを優先したかったとか?」

「その辺りは分からないし、興味も無いけど。とにかく調べてみてくれないか」

「了解。ちょっと待って」

 シャンティは死にかけの管制頭脳に接続を開始する。

 人間ならば数十倍の時間をかけてじっくり調べなければならないところを、シャンティは生身で機械と接続する電脳魔術師《サイバーウィズ》の特性を活かして、ぐいぐいと侵入していく。

 電子の世界を泳ぐ少年は、みるみるうちに必要な情報を集めていった。

 接続時間はおよそ五分。

 それだけで必要な情報は全てゲットしたらしい。

 接続を解除したシャンティは、その情報をマーシャの持つ端末へと送った。

「分かったのは大体こんなところかな」

「お疲れ様。戻ったら検証してみよう。この船はどうしようか……」

「放っておいても問題無いんじゃない? どのみちこの有様なら、修理をするにも結構な金額になりそうだし」

「そうだな。船まで曳航してやる義理は無いしな。後で警察が来るだろうから、そっちに任せようか」

「そうだね。じゃあその前にちょこっとここの管制頭脳にお願いしておくね」

「?」

「僕たちが犯人じゃないってことを、調べた時に証明してもらおうと思って。この船の操縦者を救出した映像を残しておけば、誤解されることも無いと思うし」

「そうだな。それで頼む」

「おっけ~」

 レヴィがこの船の持ち主を救出した映像を、簡単には消されないようにロックを掛けて保存しておく。

 ついでにこれ以上のデータ崩壊を起こさせないように、壊れかけた頭脳の情報領域にもロックを掛けておいた。

 解除パスワードは簡易式にしておいたので、後で警察が調べに来た時にはかなりやりやすくなっているだろう。

 仕事を完了させたシャンティは立ち上がる。

「じゃあ戻ろうか、アネゴ」

「ああ。戻ろう」

 二人は仲良く自分達の船に戻り、ドッキングを解除してその宙域から離れた。







 自動操縦に任せて惑星リネスへと向かいながら、マーシャはシャンティから受け取ったデータの解析を進めていた。

 しかしその間に救出した男の治療が完了したという知らせが入ったので、レヴィに知らせておいた。

「もうすぐ目が覚めるみたいだから、様子を見に行ってくれないか。ついでに色々と話を聞いておいてくれ」

「了解」

 助けた以上はレヴィの仕事なので、文句を言うこともなかった。

 レヴィはそのまま客室へと向かう。

 眠っている男の傍には医療用オートマトンが控えていて、治療は完了しているので、今はバイタルデータの受信のみの待機モードとなっている。

 バイタルに異常が出たらすぐに処置する為のモードだ。

 しかし今のところ、バイタルは安定しているようだ。

 脳波をチェックすると、もうすぐ覚醒することが分かる。

 そしてすぐに男の瞼が開かれた。

「……ここは」

 意識不明だった男はぼんやりとした様子で目を開けた。

 ゆっくりと起き上がって、きょろきょろと辺りを見渡している。

 ここがどこなのかを確認しているのだろう。

 船乗りにとって、自分が今何処に居るのかを真っ先に確認することは本能のようなものなので、レヴィもそれを黙って見ていた。

 その間に男の様子を観察する。

 髪の色、瞳の色は共にブラウンで、年齢は四十代前半ぐらいだと思われる。

 顔立ちはまあまあ整っており、荒事をそれなりにくぐり抜けてきたような雰囲気も備えている。

 堅気の船乗りであることは確実だろうが、かといって非合法に関わっていない訳でもないらしい。

 もっとも、その関わりは主に戦闘、ぶつかり合いによるものだろうと予想する。

 自衛の為の、或いは護衛の為の戦闘といったところだろう。

 今回の件がそれを分かりやすく示している。

 ここがどこだか分からずに首を傾げているのを見て、ようやくレヴィも口を開いた。

「お目覚めかい?」

「あんたは?」

 男が問いかけてくる。

 ブラウンの瞳が訝しげにレヴィを見つめていた。

 不信よりも戸惑いの方が大きいようだ。

 そんな男の様子にレヴィは肩を竦めて、それから流れるような口調で次々とまくし立てていった。

「俺はレヴィ。ここは俺達の船であるシルバーブラストの中で、あんたのいる場所はその客室だ。で、俺達は遭難していたあんたを助けた。以上」

「…………?」

 一気にまくし立てられたので、男は訳が分からずきょとんとしていた。

 目が覚めたばかりで、まだ上手く頭が働かないらしい。

 そんな男にレヴィは悪戯っぽく笑った。

「予め質問されそうな事を先回りして答えてみたんだよ」

「……なるほど」

 男は納得して、言われたことを整理してみる。

 レヴィ、というのは目の前に居る相手の名前だろう。

 シルバーブラストはこの船の名前。

 つまりここは地上ではなく宇宙空間であり、しかも他の宇宙船の中ということになる。

 そして今いるのがその客室であり、レヴィと名乗った彼が自分を助けてくれたらしい。

「………………」

 そこまで整理して、自分がどういう状況にあったのかを思い出した。

 そして自分の現状も思い出してしまった。

 真っ先に確認しなければならないことも、思い出してしまった。

「ワクチンはっ!?」

「は?」

 いきなり言われて、レヴィの方が首を傾げる。

「ワクチンは無かったか!? 俺の傍に銀色のアタッシュケースがあった筈だっ!」

「あー……もしかしてこいつの事か?」

 レヴィはベッドの下に置いてあったアタッシュケースを持ち上げる。

 中身は見ていないが、爆発物の有無ぐらいは確認しておいたので、そのまま持ち込んできたのだ。

 男はアタッシュケースを受け取ってからほっと息を吐く。

 ロックがかかっているのですぐに開くことは出来ないが、無事だったのでほっとしたらしい。

「良かった……」

「大事なものか?」

「ああ。何万人もの命がかかっている大事なものだ」

「………………」

 何だか話がきな臭くなってきたぞ……と眉をしかめるレヴィ。

「俺の船がどうなったのか、教えて貰えないか?」

「動ける状態ではなかったからな。船は捨ててあんただけ回収してきた。戻る必要があるのならそうしても構わないが、どうする?」

 惑星リネスに向かってはいるが、急ぎの用事がある訳ではないので、緊急性が高いのならこの男の件を優先しても構わないと考えている。

 マーシャには後で怒られるかもしれないが、彼女はレヴィの願いには大抵応えてくれるので、宥めておけば問題無いだろう。

 しかし男は首を横に振った。

「……いや。俺の船が動ける状態ではないのなら、戻ったところで意味が無い。もちろん回収には向かうつもりだが、それはこの際後回しだ。それよりも頼みたいことがある」

「何だ?」

「命を助けて貰っておいて更に頼み事をするのはこの上なく厚かましいと分かっているが、何万人もの命がかかっている。どうか聞き入れて欲しい」

「内容による」

「……そうだな」

「だからあんたの事情を説明しろよ。時間が無いのはなんとなく分かるが、こっちは何が何だかさっぱりなんだぜ」

「そうだったな。すまない。助けて貰った礼もまだだった。感謝する」

「ああ。それで、何がどうなったんだ?」

 なるべく急ぎたいのを何とか自制して、男は事情を話し始めた。



 男の名前はクロド・マースというらしい。

 個人営業者の運び屋だった。

 二十代前半で自らの持ち船ステリシアを購入し、運び屋として二十年以上活動してきたらしい。

 それなりのキャリアを持つ運び屋だった。

 クロドの名前は業界ではそこそこの知名度があるらしく、指名依頼も頻繁に入ってくるので、仕事に困ることは無かったようだ。

 そして今回も、快速で知られる運び屋であるクロドに緊急の依頼が入ってきた。

 辺境惑星リネスで厄介な感染病が広まり、これ以上の拡大を防ぐ為にも、そして治療の為にも、一刻も早くワクチンを運んで貰いたいという依頼だった。

 人命第一主義であるクロドはもちろんその依頼を引き受けた。

 しかしその途中で運悪く宇宙海賊に襲われてしまったらしい。

 応戦はしたのだが、結果はこの有様だった。

 ステリシアには民間船として最高の武装を積んであったし、クロド自身も海賊との戦闘経験を持つ腕利きの運び屋だった。

 しかし今回は運の悪いことに推進機関を最初に撃たれてしまった為、身動きが出来ないまま襲撃を許してしまったらしい。

 船の中にまで侵入してきた海賊達は、金目の物が無いと分かるとすぐに引き上げていった。

 当然、ただで引き上げたりはしない。

 腹いせにクロドを死なない程度に撃ち、苦しませて殺そうとしていた。

 あのまま一時間も放置されていれば、クロドは間違いなく死んでいただろう。

 ワクチンだけは死守するつもりだったが、それは最初から金にならないと海賊達にも分かっていたので、そのまま放置されていたのだ。

 このまま死ぬかもしれないと絶望して意識を失ったことで、レヴィ達に助けられた。

 そして辺境惑星リネスは、今もワクチンの到着を心待ちにしている筈だ。

 一日遅れれば、それだけ多くの人が死ぬ。

「厚かましい頼みだと承知しているが、人命がかかっている。どうかお願いしたい。このワクチンをリネスまで届けてもらえないだろうか。報酬は前金も含めて全部あんた達に渡す」

「うーん……」

 レヴィは腕を組んで考え込む。

 この仕事はもちろん引き受けるつもりだが、きな臭いことも事実だった。

 そんなことにマーシャ達を巻き込んでいいものか、判断に迷ってしまうのだ。

 マーシャ自身、人間にはあまり優しくない。

 その気持ちは分かるし、それを無理に改善させようというつもりもない。

 自分が大切に想う相手を大切にしてくれるのなら、それで構わないと思っている。

 亜人に限らず、人間とはそういう生き物だと思うから。

「まあ、俺が行けば話は早いんだよな」

 幸いにして、この宙域からリネスはそこまで遠くない。

 クロドの調査の為に少し離れてしまったが、スターウィンド単独で飛ばしても三時間ほどしかかからないだろう。

 一刻も早くワクチンを届けるには、改良したばかりのシルバーブラストの方がいいのは分かっているのだが、マーシャが気乗りしないのなら、レヴィが一足先にリネスへと行くことも考えている。

 問題は、戦闘機のみでは宇宙港に着陸出来ないことだが、宇宙港の管制に事情を話せばワクチンの引き渡しぐらいは問題無く行えるだろうし、その後はマーシャに迎えに来て貰えれば、すぐに戻ることが出来る。

 レヴィは元々運び屋だったので、こういう仕事を目の当たりにすると血が騒いでしまうのだ。

 元々はこういう運送業をやりたくて宇宙船の操縦を学んでいたのだ。

 皮肉なことに、その結果として軍にスカウトされたり、更には殺されそうになったりもしたのだが。

 しかし地上の運び屋をしていた時は結構楽しかった。

 もちろん今も楽しい。

 運び屋ではないけれど、好きなように宇宙を飛び回れる今の状況を、レヴィはとても気に入っている。

 誰も見たことの無い場所に行きたい。

 誰も知らない宇宙を見てみたい。

 マーシャの願いはレヴィの願いでもある。

 けれど、運び屋の仕事も楽しかったのだ。

 だから久しぶりにその仕事をやってみたいとレヴィが考えるのも当然の流れだった。

「よし。久しぶりに単独でやってみるか」

 レヴィが楽しそうに笑う。

 人命がかかっている時に不謹慎かもしれないが、それでもこういう時に笑えるのが彼の強みでもあった。



「という訳でこの依頼、引き受けてみることにしたんだ。三時間ぐらいスターウィンドで飛べば何とかなるし」

「ふうん。人命がかかっているなら仕方無いかな。でもその程度ならシルバーブラストで行った方が速いぞ」

 レヴィはクロドの依頼を引き受けた事をマーシャに話したが、反対はされなかった。

 というよりもこの状況で反対をすれば、いくら何でも人道的に問題がありすぎる。

 マーシャも人間には無関心であっても、死んだ方がいいとまでは思っていないし、救える命ならば救われて欲しいとも思う。

「それはそうなんだけどな。ちょっときな臭い事情もありそうだし。まずは俺が単独で行動した方がいいと思うんだ」

「……きな臭いと思うなら引き受けなければいいのに」

「人命がかかっているのは本当かもしれないし。行ってから確かめればいいかなと思って」

「む~。そうなるとレヴィが危険かもしれないってことだろう?」

「それはそうだけど。でもスターウィンドがあれば俺は無敵だぜ」

「う~」

 それも事実だった。

 レヴィとスターウィンドの組み合わせは無敵だ。

 宇宙最強だとマーシャは信じている。

「だがスターウィンドを降りた後にトラブルに巻き込まれたら……」

「その時は出来る限り逃げてみせるさ」

「う~……」

 危険かもしれないことにレヴィを巻き込みたくなかった。

 しかしレヴィ自身がやると決めた事を邪魔したくもなかった。

 そんなマーシャの気持ちが分かるレヴィは、不満そうに唸っている彼女の頭を撫でて抱きしめる。

「大丈夫だって。何も無ければそれが一番いいし。ワクチンの件は急いだ方がいいのも事実だしな。それにトラブルを抱えていた場合、俺達全員が巻き込まれるのは不味い。俺が何らかのトラブルで捕まったとしても、その後はマーシャが助けてくれるだろう?」

「……そういう言い方は、ずるい」

 それはマーシャ達に対する信頼だった。

 何があっても助けてくれる。

 無条件に信じられる仲間。

 そして大切な恋人。

 そんな風に頼られたら、頑張らない訳にもいかないではないか。

「仕方無いな。でも、気をつけるんだぞ。捕まるぐらいなら後で迎えに行くけど、死んだらリネスごと壊して腹いせするかもしれないからな」

「俺の彼女マジ怖い……」

 腹いせで惑星一つを破壊されてはたまらない。

 しかしその気になれば出来てしまうのが実に恐ろしい。

 リネスの傍にある迎撃衛星を破壊して、それらを地上に落下させていくだけでも、星は多大なるダメージを受けるだろう。

 シルバーブラスト一隻でも決して不可能ではない。

 だからこそレヴィは自分の身は絶対に守らなければならないと肝に銘じておいた。

 本当はこんな危険なことに関わるべきではないのかもしれない。

 しかし人命がかかってる可能性がある以上、見て見ぬ振りもしたくなかったのだ。

「じゃあマーシャ達は少し遅れて追ってきてくれ。一緒に行動したら、トラブルの時に巻き込まれるからな」

「分かった。レヴィも無茶はするなよ」

「大丈夫だ。俺はまだまだマーシャをもふりたいからな。そう簡単には死ねない」

「……無事に戻ってきたらいくらでももふらせてやる」

「よしっ! 確かに聞いたぞっ!」

「無様に捕まったらもふもふはお預けだけどな」

「死ぬ気で頑張りますっ!」

「………………」

 嫌すぎるモチベーションだった。

 しかしこれならば確実に頑張ってくれるだろう。

「じゃあ地上で合流しようぜ。トラブルさえ無ければリネスの首都で合流。そしてデートだ」

「分かった。トラブルになったら遠慮無く暴れていいんだな」

「……出来れば少し手心を加えてやってくれ。リネスの為にも」

「気が向いたらな」

 トラブルの臭いがする案件を引き受ける以上、荒事になることが前提として行動することになる。

 マーシャもこの件が何事もなく終わるとは思っていない。

 それでも引き受けることを了承したのは、これからリネスに行く以上、きな臭いことがあるのなら先に情報を手に入れておいた方がいいと判断したからだ。

 その結果としてレヴィが危険に巻き込まれたとしても、絶対に助けると決めているし、レヴィならば致命的なことにはならないという信頼もある。

 それにリネスのどんな組織であっても、リーゼロックを本気で敵に回すような度胸は無いだろう。

 いざとなればリーゼロックの名前を使えば、かなり強引に解決出来るという思惑もあった。

「感染病が広がっているなら、一応これを持っていけ」

「これは?」

「リーゼロック医療部門の最新マスクだ。使い捨てだけど、大抵の細菌の呼吸器侵入を防いでくれる」

「へえ~。使い捨てなのに優れものだな。分かった。危なそうだったら使わせて貰うよ」

「ああ。遠慮無く使ってくれ」

 レヴィは使い捨てマスクセットを懐に入れて動き始める。

「戻ってきた時に感染していたら近付かないからな」

「そんなことをされたらもふれないじゃないかっ!」

「だったら感染しないように気をつけろ」

「さーっ! いえっさーっ!」

「誰が『さー』だ」

「もふっ! いえっもふーっ!」

「………………」

 アホな敬礼を見ているとドン引きするしかなかった。

 しかし心配なことは確かなのだろう。

 マーシャの獣耳が心配そうにピクピクしている。

「マーシャ」

「ん?」

 レヴィはマーシャに近付いた。

「え?」

 このままキスでもされてしまうのだろうかと思ったマーシャだが、その行動は予想外のものだった。

 近付いてきた口は、キスをするのではなく、獣耳の裏側をペロリと舐められたのだ。

「びゃああああああーーっ!?」

 未知の感覚に悲鳴を上げるマーシャ。

 そんなことをされたのは初めてだったので、かなり奇声を上げてしまった。

「お、いい反応だな」

 マーシャの新鮮な反応に嬉しくなるレヴィはもう一度舐めようとしたのだが……

「何をするかーっ!」

「ぐはっ!」

 マーシャの強烈なパンチによって阻まれた。







「じゃあ行ってくる」

「………………」

 晴れるほど酷くは殴られていないが、それでもまだ痛む頬を少しだけ撫でながら、レヴィはスターウィンドに乗り込んだ。

 マーシャは操縦室でむくれたまま『しっしっ』と犬を追い払うような仕草で見送った。

「……少しやり過ぎたかな。でも可愛かったからもう一度やりたいな」

 ちっとも懲りていないレヴィだった。

 痛みによる学習能力は備えていないらしい。

 そして再び殴られるのだろう。

 それもまた二人の楽しい関係だと思えば、自然と顔がにやけてくる。

 かなりの重症だった。



「さてと。私達はのんびりと後を追うか」

 シルバーブラストの方はのんびりとした速度でスターウインドを追いかけている。

 あまり急ぐと一緒に捕まる可能性が高いので、のんびりと追いかけなければならない。

 もちろん簡単に捕まるつもりはないし、いざとなればリネスに大打撃を与えてでも逃げ出す自信はあったのだが、あまり大きすぎるトラブルを起こすとリーゼロックに迷惑がかかってしまうので、出来る事なら穏便に済ませたかった。

「しかしレヴィさんは一人で大丈夫ですかね~?」

 シオンが心配そうに呟く。

 自動操縦なので、今はオッドの膝の上でのんびりとくつろいでいる。

 ものすごくラブラブすぎる光景なのだが、マーシャもシャンティも既に慣れたので何も言わない。

 オッドも開き直ったようで、最近では人前でもシオンの好きにさせている。

「レヴィをスターウィンドに乗せれば無敵だ。心配する必要は無い。宇宙海賊ごときがダース単位で攻めてこようと、軍が艦隊単位で攻め込んで来ようと、問題なく蹴散らしてくれるだろうよ」

 実際、レヴィとスターウィンドならそれも可能なのだ。

「それはそれで心配なんですけどねぇ」

「具体的には後処理とか?」

「………………」

 シオンたちは呆れつつも否定はしなかった。

 スターウィンドとレヴィが揃えば、それぐらいのことはやってしまえるからだ。

「まあ、その時はその時だ。ある程度リネスについて調べておきたいから、二人はここからリネスの情報にアクセスしてみてくれ」

「了解」

「了解ですです~」

 シャンティとシオンは早速情報収集を開始した。

 シャンティは端末に向き合って真面目にやっていたが、シオンの方は生身でシルバーブラストの端末に無線アクセス出来るので、オッドの膝でのんびりくつろぎながらの情報収集だった。




 調べてみたら、リネスはかなり厄介なことになっていた。

「うーん。これは少し、早まったかな……」

 マーシャはレヴィを一人で送り出したことを、少しだけ後悔していた。

 しかしレヴィが決めたのならば、それを阻むようなこともしたくなかったので、所詮は後追いの後悔でしかなかった。

「まあ、なんとかなるか」

 何がどうなっても、なんとかなる。

 なんとかしてみせる。

 マーシャの凶悪な怒りは表に出ることはなく、ただ内側で醸成されるのだった。



 その後、リネス宇宙港に到着したレヴィは、予想通りにトラブルへと巻き込まれてしまい、その場で戦闘になることはなかったが、警察に捕まって檻の中に入れられることになった。

 しかしそれはもう少しだけ先の話である。

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