シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

6-5 ロリコン化の決意?


 マーシャに瞬殺(?)されて意識を失っていた俺は、どうやら半日ほど眠っていたらしい。

 時計を見てそれに気付いた時には、かなり大きなため息が出ていた。

「………………」

「よう、お目覚めか?」

「レヴィ……」

「おう」

 どうやらレヴィが付いていてくれたらしい。

 起き上がろうとした俺は、強烈に痛む頭を抑えて顔をしかめた。

「……痛い」

「まあ、そうだろうな。割と手加減無しで床にたたきつけられていたから。氷枕で冷やしておいたが、しばらくは痛むだろうよ」

「………………

 言われて、自分が頭を乗せていた枕を見ると、確かにひんやりとしていた。

 これが無かったら更に痛みは酷いものとなっていただろう。

「………………」

 それにしても、マーシャには改めて驚かされる。

 強いとは知っていたが、近接格闘にはそれなりの自信があった俺を、あそこまで完膚なきまでに封じ込めるほどの実力差があるとは思わなかった。

 全力で抵抗したにもかかわらず、腕力でも完全に抑え込まれ、動きにも全くついて行けなかった。

 元軍人として、レヴィの護衛として、この事実にはかなり凹む。

 そんな俺の落ち込みっぷりを正確に理解しているであろうレヴィが、慰めるように俺の肩を叩いてきた。

「あまり落ち込むなよ。アレはあくまでも規格外だ。オッドの実力は俺が一番よく知っている」

「………………」

「俺も最近はマーシャに鍛えて貰っているけど、まだまだ全然歯が立たないんだよ。せめて一撃ぐらいは入れられるようになりたいんだが、しばらくは無理かもな」

「………………」

 それも初耳だった。

 マーシャに鍛えて貰っているということは、近接格闘を苦手としているレヴィもいずれは達人の域に上り詰めるということだ。

 そうなると俺が護る筈のレヴィは、俺自身よりも強くなってしまうかもしれない。

 それはそれで凹むのだが、マーシャの為に頑張ろうとしていることは分かっているので、止めることも出来ない。

「シオンは……?」

 あれから半日は経過している。

 シオンがどうなったのか、少しだけ心配になる。

「まだ帰っていないぞ。今日は帰らないだろうな」

「………………」

「心配しなくても夜の街を出歩いたりはしていないぞ。調整の為に変態博士のところに泊まり込みだとさ」

「調整?」

「おっと。これ以上はまだ教えられないんだった」

「レヴィ?」

 わざとらしい仕草に首を傾げる。

 何かを意図的に隠されている。

「一つだけ言っておくぞ、オッド」

「?」

「シオンを受け入れられないのなら、これ以上は深入りするな」

「………………」

 その言葉を聞いて、俺は固まってしまう。

 シオンが何かを決意して、そして何かをしようとしている。

 それは取り返しが付かないことかもしれなくて、もしも止められるとすれば、自分しかいないのかもしれない。

 何故か、レヴィの表情を見てそう確信してしまった。

「シオンがどうなろうと、それは彼女が決めた事だ。お前に受け入れられたくて、お前のことが好きで、だからそれだけしか考えられなかったんだろうよ」

「何を、言っているんですか……?」

「だから、シオンのことさ」

「………………」

「どうしてそんな顔をする?」

 自分でもかなり苦々しい表情になっているのが分かる。

 どうしてこんなに苦しいのだろう。

 シオンを受け入れられないのなら、ここで葛藤するのはおかしい。

 彼女が決めたことなら、好きにさせておけばいい。

 それなのに……どうして俺は……あの幼い姿を探しているのだろう。

「……心配だからです」

「それは、仲間として?」

「………………」

 違う、と答えられれば、こんなことにはなっていない。

 だけどそれだけではないことも確かなのだ。

 泣きそうな顔で謝ってきたシオンを思い出すと、胸の奥が苦しくなる。

 放っておけないと思ってしまう。

 だが、手を差し伸べてもいいのだろうか。

 俺は、それほどまでにシオンを想っているのだろうか。

 軽々しい気持ちで手を差し伸べるぐらいなら、最初から見捨てておいた方がいい。

 その方がシオンにとっても、俺にとっても、傷が浅くて済むのだから。

「……やれやれ」

 苦悩する俺を見てため息を吐くレヴィ。

「?」

「いや、悪いな。なんか、俺達って似てるなぁと思って」

「え?」

「同じ悩みを抱えて、同じことで苦しんで、そして同じ想いを抱えている。だからこそ、放っておけないよな。背中を押すのはきっと、俺の役割だ」

「レヴィ?」

「お前が俺の幸せを願ってくれたように、俺もお前の幸せを願っているよ」

「………………」

「オッド」

「はい」

「お前がシオンを拒絶しているのは、ロリコンになるのが嫌だからか?」

「……普通は、嫌でしょう」

 ノリノリでなりたかったら問題がありすぎる。

 常識人として当然の反応だと主張したい。

「まあ、そうだろうなぁ」

 レヴィもそこは分かってくれているので、一応は頷いてくれた。

「だけど必死にお前を想うあの子を見て、本当に何も感じなかったのか? 揺さぶられたりしなかったのか?」

「それは……」

 何も感じない訳がない。

 揺さぶられない訳がない。

 いつだって動揺して、いつだって困っていた。

 どうして困っていたのか。

 相手が幼女だから?

 自分がロリコンになりたくなかったから?

 それだけで、あそこまで厳しい言葉を投げつけただろうか。

 本当はもっと違う理由があるのではないだろうか。

 今になってそんなことに思い至る。

 いや、本当は分かっている。

 だけど考えたくないからこそ、分からないフリをしている。

 そうしなければ、俺はきっと……

 手を伸ばせば届きそうな場所に答えがあることは分かっているのだ。

 だけどそれに触れるのが怖い。

 どうしても躊躇ってしまう。

「オッド」

 レヴィがもう一度俺の名前を呼ぶ。

「はい」

「お前がシオンを拒絶している本当の理由は、そんなものじゃないよ」

「………………」

「俺への義理立てがあったのは知ってる」

「………………」

 俺が一番に護りたいのはレヴィだった。

 レヴィを一番に優先する以上、特別な相手を想う資格など無いと自分で決めていた。

「だけど、それだけじゃないだろう?」

「………………」

「お前がシオンに踏み切れない理由は、俺と同じだよ」

「………………」

 それ以上は聞きたくない。

 でも、逃げる訳にもいかない。

 それはレヴィの言葉だから。

 逃げずに向き合った、レヴィの言葉だからこそ、逃げる訳にはいかない。

「手に入れて、失うのが怖いんだ」

「レヴィ……」

「俺達は同じ恐怖を知っている」

 同じ経験をしたからこそ、俺達は同じ恐怖を知っている。

 ある日突然、前触れもなく、全てを失った日。

 その記憶は今もレヴィを、そして俺を苛んでいる傷跡でもある。

 もう二度と、あんな経験はしたくない。

 大切なものを失うことは恐ろしい。

 だったら最初から手に入れなければいい。

 何も無ければ、失うことを恐れずに済むのだから。

 俺は無意識の内にそう考えていた。

 それが矛盾した考えであることにも気付かずに。

 何も手に入れなければいいと思いながら、俺には大切な人がいた。

 かつての上司で、今の仲間であるレヴィが。

 誰よりも大切で、今度こそ護ると誓っていた、たった一人の恩人。

 失いたくないと願い、失うことを恐れる相手は既に居るのだ。

 だったら、新しい相手を受け入れたとしても同じ事だ。

「恐れるな……なんて偉そうなことは、俺にも言えない。俺だって、マーシャのことで散々悩んだからな」

「レヴィ……」

「だけど、後悔はしていない。俺はマーシャと一緒に生きる。もちろん、失うつもりなんてないけどな。それでも、いつかマーシャを失うことがあったとしても、この選択を後悔したりはしない」

 その選択を誰よりも祝福したのは俺の筈だった。

 幸せになってもらいたいと、ずっと願っていたから。

「同じように、オッドにも欲しいものには手を伸ばして欲しいって思うんだ。シオンを受け入れられない理由が、いつか失うかもしれない恐怖だけなら、そんなものは新しい誓いで上書きすればいいだけだ。今度こそ絶対に護るっていう、新しい誓いの上書きをすればいいんだ」

「………………」

 口で言うのは簡単だ。

 問題は、その誓いをどこまで本当に出来るか。

 レヴィという最優先順位者がいる俺にとって、その誓いをどこまで貫くことが出来るのか。

 いざという時にシオンよりもレヴィを優先してしまうのならば、やはり俺はシオンを受け入れる資格など無いように思える。

 そんな葛藤を理解しているであろうレヴィはやれやれとため息を吐く。

 かなり呆れられているのかもしれない。

「俺のことはもう気にするな……と言っても無駄なんだろうなぁ」

 俺が頑固な性格だというのは自覚している。

 自分自身に誓ったことを簡単に覆せるような性格ではないのだ。

「はい。それだけは俺の中で絶対に変わらないものだと言い切れます」

 その頑固さが、今は厄介なのかもしれない。

 しかし、それでもレヴィは俺に笑顔を向けてくれる。

 幸せになって欲しくて、幸せになろうとすることを諦めて貰いたくなくて、俺に言葉をぶつけてくれる。

「俺を護りたいって思ってくれているのなら、そのままでもいいさ。その気持ちを蔑ろにするほど、俺は罰当たりじゃないつもりだからな。だけど大切なものが一つきりでなければならない理由なんて、どこにもないだろう?」

「………………」

「大切なものが二つあったっていいじゃないか。俺も、そしてシオンも、どちらも優先したっていいじゃないか。どちらかを選ばなければならない時が来るかもしれない。その時が来たら納得出来るまで悩めばいい。それに、俺だっていつまでもお前に護られるほど弱くはないつもりだぞ。今まで以上に強くなるって決めたからな。俺にだって護りたいものはある。絶対に失いたくないものがある。だから、俺は欲しいものを諦めたりしない。というかオッドが護る必要がないと思えるぐらいに俺が強くなったら、その時は安心してシオンを選べばいいと思うぞ」

「……何だか、すごく都合のいい選択肢のように思えるんですが」

「都合が良くて何が悪い? 誰に迷惑を掛ける訳でもないんだ。都合の良すぎる答えを選んだっていいじゃないか」

 あっけらかんとレヴィが言う。

 どちらかを選ぶのではなく、どちらも選べと。

 諦めるのではなく、手を伸ばし続けろと。

「………………」

 レヴィの言葉が俺の中に溶け込んでいく。

 都合の良すぎる答えなのに、何故だかそれを否定する気になれない。

 或いは、レヴィだからこそ素直に頷けるのかもしれない。

 他の人間が同じ事を言っても、俺は耳を傾けたりはしなかっただろう。

 同じ苦しみを味わって、同じ恐怖を知っているお互いだからこそ、共有出来る想いがある。

 レヴィは諦めなかった。

 そして今は幸せそうだ。

 自分も、同じように出来るだろうか。

 他ならぬレヴィが背中を押してくれるのなら、幸せになることを諦めたくないと、そう思えるようになった。

 俺は俯きながらも、少しずつ言葉を紡いだ。

「特別な誰かなどいらない……。そう考えていても、どうしても耐えきれない夜があります」

「うん。分かるよ」

 かつてはレヴィも同じ気持ちを味わっていた。

 その度に、違う女性の肌を求めていた。

 ひとときの温もりに癒やされていると錯覚して、それに溺れていたいと願う。

 レヴィがマーシャと再会してからは、そういうこともなくなった。

 いつだってあのもふもふ……ではなく温もりが傍に在るからこそ、レヴィは安心して笑っていられるのだろう。

 それが幸せで、嬉しくて、それだけで十分だと思える。

「凍えそうな夜を、いくつ過ごしたか分からない。だけど、あの子が傍に居ると、それが無かったんです」

「シオンは温かいだろう?」

「はい。ほとんど強引に人のベッドに潜り込んできたりもしましたが、あの子が傍に居ると、凍えることはありませんでした」

 身体が寒いという意味ではない。

 心がどうしようもなく寂しさを訴えてきて、凍えそうになるのだ。

 気がつけば傍にあった温もり。

 ひたすらに自分を慕ってくれている、一途な少女。

 失うのが怖くて、手に入れることすら躊躇われて、それでも拒絶しきれなかった小さな宝物。

 それが俺にとってのシオンという存在だった。

「シオンが好きか?」

「………………」

 レヴィが静かな口調で問いかけてくる。

 俺は即答出来なかった。

 気持ちははっきりしているが、やはりまだ迷いも消えないらしい。

「言えよ、オッド。早く決めないと手遅れになるぞ」

「手遅れとは? どういうことですか?」

「お前が知っているシオンにはもう会えなくなるかもしれないってことさ」

「ど、どういう意味ですかっ!?」

 その言葉に自分で驚くぐらいに取り乱してしまう。

 しかしレヴィは真っ直ぐに俺を見ていた。

 それはまるで覚悟を問いかけているような眼差しだった。

「答えが先だ」

「レヴィ!」

「分からないのか? 中途半端な覚悟で今のシオンには会わせられないんだよ」

「………………」

「で、どうなんだ? 好きなのか?」

「……失いたくないと、思うぐらいには」

 呻くような声で、それでもはっきりと言った。

 シオンへの想いを、きちんと形にした。

 レヴィもそれを見てようやく安心してくれたらしい。

 きつい視線が緩んで、俺をいたわるようなものに変わっている。

「シオンにもそれを言えるか?」

「……はい」

 ここまで来たら、意地を張っている段階ではない。

 シオンを放っておけない。

 そして会いたいという気持ちは嘘偽り無いものだ。

 だったらもう、覚悟を決めよう。

「よし。なら行ってこい。シオンは変態博士……もといヴィクターのところに居る。今頃は強制成長の調整を受けている真っ最中だろうよ」

「強制成長?」

「ああ。子供のままだとどうしてもお前を振り向かせられないからって、強制的に大人になろうとしているみたいなんだ。シオンは精神年齢が追いつくまで敢えて身体の成長を止めているとマーシャが言っていたが、その気になれば逆のことも出来るらしい。まあ、実年齢が一歳程度なのにあの外見なんだから、よく考えれば当然だけどな。つまり放っておけば次に会うのは二十歳過ぎの美女シオンかもしれないってことだ」

「………………」

「もちろん、そんなことをしてシオンに負担がかからない訳がない。何らかのリスクはあるだろう。俺は一番大きな影響は精神だと思うんだがな。子供の心に大人の身体。これはどう考えても、悪影響しか想像出来ない」

「……でしょうね」

「それでもお前に振り向いて貰いたくて、成長することを選んだんだ。だからお前が止めに行って、今のシオンで問題無いって納得させてやらないと駄目なんだよ」

「行ってきます」

 俺はそれ以上の問答をしなかった。

 今までそれを教えてくれなかったレヴィを責めたい気持ちはあったが、それでも今は時間が惜しい。

 調整がいつ終わるのか分からないが、急がなければ取り返しのつかないことになる。

 すぐにそう判断して、俺は部屋を飛び出した。

 そのまま勢いよく走り続ける。

 一刻も早くシオンの居る所に向かわなければならない。



「やれやれ。すげー慌てようだな」

 飛び出していったオッドを見送ったレヴィは、苦笑混じりに肩を竦めた。

「そんなに急がなくても、処置は明日以降なんだけどな」

 もちろんこれはわざと言わなかったことだ。

 それに嘘は言っていない。

 今現在、調整を行っていることは紛れもない事実なのだ。

 だけど本当のことを言えば、オッドはまたギリギリまで悩むかもしれない。

 ならば追い詰めておいた方がいいと判断したのだ。

「これでめでたくロリコンカップル成立、かな」

 考えてみたらものすごいカップリングだが、七年前のマーシャと自分の見た目も似たようなものだった筈だ。

 七年経った今ではそれなりに釣り合いが取れている。

 シオンの見た目も、少しずつ成長するのなら、釣り合いが取れるようになるだろう。

 その頃には中身もしっかりと成長してくれる筈だ。

 新しいカップルの誕生に、レヴィは密かな祝福を贈る。

 幸せを願ってくれた相棒に、今度は自分が幸せを願う。

 今までの感謝と共に、自分よりももっともっと幸せになって欲しいと思った。






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