シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

6-2 有言実行シオンちゃん


 それからのシオンの行動は素早かった。

 というかシオンは有言実行の幼女……もとい少女だった。

 毎日夜這いに来るという自らの宣言通り、シオンは俺の部屋で寝泊まりするようになったのだ。

 しかも強引に部屋へと入り込んで、無理矢理ベッドに潜り込んでくるのだから始末に負えない。

 俺がソファに逃げようとしても、シオンが追いかけてくるので意味が無い。

 ソファで寝かせる訳にもいかないので、結局はベッドで一緒に眠ることになるのだ。

 逃げても追いかけてくるのならば力ずくで追い返せばいいと考えて部屋の外に出したこともあるのだが、その場合はずっと部屋の外で座り込んでいるのだ。

 追い出してほっとした時に、部屋の外で眠りこけているシオンを見たら流石にぎょっとしてしまう。

 どうしてそんなことをしたのかと問い詰めれば、そうすることが分かれば、俺は諦めて一緒に寝てくれるだろうと予想したのだという。

 ……悔しいが、その予想は外れていない。

 女の子を外で寝かせて、自分はベッドで安眠出来るほどに図太い神経は持ち合わせていないし、これからも手に入れるつもりはない。

 結局のところ、俺が折れるしかなかった。

 シオンを毎日寒い廊下で眠らせる訳にもいかず、かといって暴走特急的恋愛中少女に論理的な説得は無理だと実感していたので、他に選択肢が無かったのだ。

 俺がもう少し冷徹な性格をしていれば、シオンが廊下で眠ろうがどうしようが気にしなかっただろう。

 少なくとも、関わりが薄い他人が相手ならば気にしなかった筈だ。

 しかし仲間相手にそういうことは出来ない。

 仲間に対して冷徹になれないのは、良くも悪くもレヴィの影響なのかもしれない。

 彼のお人好しで甘い部分が、俺にも僅かながらに伝染している。

 そんな気がするのだ。

 毎日ベッドに潜り込んでくるシオンがごろごろと俺にすり寄ってくるだけならまだしも、

「欲求不満なら遠慮しなくてもいいですよ~?」

 などと言ってくるので、かなり辟易してしまう。

 子供の誘惑に落ちてしまうほど溜まっている訳では無いが、これは正直勘弁して欲しい。

 その度に拳骨を喰らわせておく。

 もちろん、怪我しない程度に、後にダメージが残らない程度に手加減はしている。

「痛いです……」

「自業自得だ」

 シオンは拳骨された頭を涙目でさすりながら、恨みがましそうな視線を向けてくるが、知ったことではない。

 正真正銘、自業自得だ。

 痛い目に遭ってもまだくっついてくるので、これ以上はどうにも出来なくて困ってはいるのだが。

 しかし手を繋いだり一緒に出歩いたりは以前からしていたので、くっつかれること自体は気にならなくなってきている。

「………………」

 それどころか、シオンが傍にいることで安堵を感じている自分にも気付いている。

 これは、どうにかしなければならない。



「………………」

 今のシオンは俺の膝ですやすやと眠っている。

 誘惑は困るが、子供らしく甘えてくる分には微笑ましい気持ちになるので、拒絶もしづらいのだ。

 求められるのなら膝枕ぐらいはしてもいいという気分になってしまう。

 そしてその寝顔を見下ろしながら、シオンの体温を感じながら、それを心地いいと感じている。

「………………」

「いや……待て……落ち着け自分」

 誰かの温もりを求める自分は確かに存在している。

 欲求不満を一人で解消するよりも、店に行って女性を求めるのは、その肌の温もりや柔らかさ、つまりは人の温かさを求めているからだ。

 そうやって一時の安らぎを得ることにより、自分の中にある孤独を紛らわせているのだと思う。

 欲求不満である以上に、どうしようもなく誰かに傍に居て欲しくなる時がある。

 いい歳をして寂しいという感情は認めたくはなかったのだが、自分はどうやらかなりの『寂しがり屋』であるらしい。

 護ると誓った人が居る。

 護りたいと思える仲間が居る。

 そんな人たちと一緒に過ごしている。

 それはとても満たされた日常である筈なのに。

 その感情に誤魔化しは無い筈なのに、どうしてこんなにも寂しいと思うのだろう。

 俺は自分の気持ちが分からなくなっていた。

 シオンが傍に居ると、そんな孤独を忘れられる。

 自分を慕って傍に居てくれるということが、俺自身が考えていた以上に何かを癒やしてくれているのだ。

 そんな自分に戸惑っているからこそ、本当の意味でシオンを突き放すことが出来ない。

「…………はあ」

 盛大なため息を吐きつつも、俺は安心したように眠るシオンの寝顔を見続けるのだった。







 しかしそんな日常も続くと、流石に悩みも増えてくる。

 シオンがいる所為で風俗店に行くことも出来ず、本能的な意味でいろいろと不味いことになりつつある。

 シオンの誘惑は論外だが、これは近々なんとかしなければならないだろう。


 幸いというべきか、今は出かけてくれているので、一人で落ちついて考えることが出来る。

 四六時中べったりではないのはかなり助かるが、夜になったらまたこの部屋にやってくるのだろう。

「オッド」

「マーシャ?」

 俺は頭を抱えつつもこれからどうするかを考えていると、マーシャがやってきた。

 俺の部屋に入ってきたマーシャは何かを期待するような表情をして近付いてくる。

「ちょっといいか?」

「ああ」

 きっとシオンのことで何かを言いに来たのだろうと身構えていたのだが、もじもじするマーシャの様子を見ていると、それは違うのだろうとすぐに分かった。

「実はちょっと頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと? 俺に出来ることなら構わないが」

 マーシャが俺に頼み事とは珍しいと思いながらも、少しだけ嬉しくなる。

 滅多に誰かを頼ることのない彼女が俺を頼ってくれたことが、少しだけ誇らしい。

 俺に出来ることなら喜んで手を貸してやりたい。

「うん。実は料理を教えて欲しいんだ」

「料理?」

 意外だと思ったのはもちろんだが、納得もしてしまった。

 マーシャがこんな風に何かをしようとするのは、もちろんレヴィの為なのだろう。

 きっとレヴィに手料理を食べさせてやりたいと考えたのだろう。

「うん。昨日ちょっとデートしていた時に、レヴィが言っていたんだ。私の手料理が食べてみたいって」

「なるほど」

 それはちょっとした話題だったのだろう。

 マーシャはリーゼロックのお嬢様として育てられているので、自分で料理をする必要があったとは思えない。

 自分自身が必要だと思ったことに関しては努力を惜しまないマーシャだが、それ以外のことは割と人任せにしたりすることが多い。

 料理もそうだった筈だ。

 リーゼロックに居る時は使用人に任せていたり、外で食べたりしていただろうし、俺達と一緒に行動するようになってからは俺が担当しているので、マーシャが料理を覚える必要もなかった。

 しかしふとしたことで話題に出されて、マーシャも料理に挑戦してみたいと考えたのかもしれない。

「だから教えてくれるかな?」

「もちろんだ」

 レヴィに喜んで欲しくて頑張ろうとしているマーシャに手を貸さない理由はない。

「なら最初は基礎からやってみるか?」

「基礎も大事だけど、出来ればレヴィの好物から挑戦してみたいな」

「なるほど」

「早く喜ぶ顔が見たいんだ」

「その気持ちは分かる」

 照れくさそうに笑うマーシャは完全に乙女モードだった。

 そんなマーシャを可愛いと思いながらも、そういうことなら少し難易度は上がるが、レヴィの好物から行ってみようと思う。

 それはマーシャの為でもあるが、レヴィの為でもある。

 マーシャがレヴィの為に何かを作って食べさせたら、きっとレヴィは喜ぶだろう。

 俺の望みはレヴィが幸せでいてくれることなのだから、この申し出を断る理由はどこにもない。

「でもレヴィの好物って何なんだろうなぁ。何でも美味しそうに食べているから、具体的には何が一番好きなのか、実は知らなかったりするんだよなぁ……」

「確かにレヴィは大抵のものを美味しそうに食べるからな。好物は分かりにくいかもしれない。だがレヴィにも好みはあるぞ」

「うん。それはなんとなくだけど把握している。匂いが強いものが駄目だろう? 葉物とか」

「ああ。発酵系は大丈夫だが、春菊や青梗菜は苦手だな。納豆は平気だが」

「私も臭いの強い葉物は苦手なんだよな。鼻が曲がりそうになる」

「………………」

 なんとなくだが、分かる気がした。

 獣並の嗅覚を持っているであろうマーシャは、そういったものが苦手なのだろう。

「やっぱり人間よりも臭いを強く感じたりするのか?」

「多分な。人間の嗅覚がどれぐらいなのかが分からないから、はっきりしたことは言えないけど」

「まあ、そうだろうな」

「でもまあ、五感は基本的に人間の倍以上はあると思う」

「………………」

 まさしく獣の五感だった。

 獣耳がぴくぴく動いているのを見ると、かなりの聴覚を持っていそうだというのは簡単に想像が出来る。

「それで、レヴィの好物って何なんだ?」

「丼物だな。特に揚げ鶏をのせた丼物が好みだ」

「丼物かぁ。それならすぐに覚えられそうだな」

 少なくとも手の込んだコース料理よりは簡単そうだと想像したらしい。

 確かに作り方はシンプルだ。

 マーシャもすぐに覚えられるだろう。

「手の込んだものじゃなくて物足りないかもしれないが」

「そんなことは無いぞ。むしろ助かったと思っているぐらいだ。最初から何もかもは上手く出来ないだろうからな。なるべく早く作れるようになろうと思ったら、やっぱり簡単なものの方が難易度は低いし、その分レヴィに早く食べさせてやれるだろうし」

 健気なマーシャを見ていると、俺の方も気分が和む。

 レヴィは幸せ者だな。

 俺としても協力を惜しまない。

「ちなみにマーシャはどれぐらいの料理スキルを持っている?」

「うん。包丁も握ったことがない」

「………………」

「あ、でも肉切り包丁は使ったことがあるな。牛や豚を解体した」

「………………」

 とりあえず、刃物の扱いだけは大丈夫そうだ。

 一番心配なのはそこだから、ひとまず安心してもいいのかもしれない。

「もちろん本当にいきなり好物だけを作れるようになりたいとは言わないよ。最低限の基礎は軽く教えて欲しいかな。後は好物を作れるようになって、それから時間をかけてみっちり仕込んで欲しい」

「分かった。でも、一つだけ訊いてもいいか?」

「ん? 何だ?」

「どうして俺なんだ?」

「え?」

「リーゼロックには料理を専門とする人間もかなりいるだろう? 俺は片手間に料理をしているだけで、決して腕がいい訳じゃない。本格的に学ぼうとするのなら、そういった人たちのところに行った方が良かったんじゃないのか?」

「んー。ただ料理を覚えたいだけならその方がいいかもしれない。でも私はレヴィに喜んで貰いたいからな。レヴィの好みに一番合った料理を作れるのはきっとオッドだけだろう? だからオッドに教えて貰いたかったんだ」

「そうか」

 そう言われたらやる気が出てきてしまう。

 そしてマーシャのそんな気持ちが嬉しかった。

 最低でも今日中にレヴィの好物であるピリ辛チキン丼を作れるようにしてやりたい。

 最低限の基礎を流しで教えて、後は作り方を教えていくという流れでいいだろう。

 こうして、マーシャに料理を教えることになるのだった。

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