シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

5-7 加速の先にある世界 2


 オッドの操縦を見たマーシャは感心したようにため息をついた。

「いい腕だな。砲撃手にしておくのがちょっと勿体なくなってきたぞ」

「当然だ。オッドだぞ」

 いつの間にか隣にレヴィも来ていた。

「オッド自身は自分を並の操縦者だと言っていたけど」

「あいつは自己評価が低いのさ。俺が宇宙で背中を任せていた相手だぞ」

「……それは凄いな」

 マーシャの声には僅かな羨望が混じっている。

 レヴィに追いつく為にずっと頑張ってきた彼女にとって、その間に背中を任せられていたオッドのことが少しだけ羨ましいと思ってしまったのだ。

 もちろん、今は誰よりも隣に居る存在として、自分自身のことも認めているが。

「まあ俺には劣るけどな」

「自分で言うと台無しだぞ」

「わはは。いいじゃないか。これでも最強だっていう自負ぐらいはあるつもりだし」

「まあ、それは私も認めているけどさ」

「ならいいじゃんか」

「まあ、いいけど」

 なんだかんだでレヴィには甘いマーシャだった。

 それに彼が最強であることは今も昔も疑いようがない。

 自分でちょっと台無しにするぐらいは許してあげるべきなのだろう。







「………………」

 久しぶりの感覚に俺の神経が高ぶっていく。

 先ほども操縦桿を握っていたが、あれはあくまでも移動の為の緩やかな操縦だ。

 今みたいにリスクを無視した操縦ではない。

 シンフォが見ている道。

 それは娯楽の飛翔ではない。

 命懸けの飛翔だ。

 一つでも扱いを間違えれば機体は大破して、自分自身も命を落としてしまうような操縦。

 危険過ぎて誰も行えない。

 いや、真っ当なレーサーならば行おうとすらしない、考えることすら避けるものだった。

 戦場と同じコース取り。

 それが俺の知る答え。

 速く飛ぶ為の操縦ではなく、魅せる為の操縦でもなく、敵を追い詰める為の操縦。

 これはレーサーのやり方ではない。

 こんなことをしても、シンフォの命を危険に近付けてしまうだけだと分かっている。

 だからこそ自分で気付いて欲しかった。

 そしてその危険と向き合うだけの覚悟を、自分自身でもう一度考えてもらいたかった。

 いや、本当は分かっている。

 だけど彼女はレーサーだ。

 軍人ではない。

 だからこそ、見えている筈の道から目を逸らしている。

 飛びたいのに、飛べない。

 自分自身でも分かっていないその恐怖を、今度こそ正面から突きつけることになるだろう。

 彼女が目指した道。

 それは命懸けで到達出来る、加速の先にある世界だった。

 たった一人、違う『道』を夢見た彼女。

 どうしてレーサーである彼女がその道を見出そうとしたのか、俺には分からない。

 だけど、きっと何か理由があるのだと思う。

 彼女自身も自覚出来ない、心を揺さぶる理由が。

 俺に出来るのは、ただ示すことだけ。

 レヴィには及ばない操縦であっても、俺自身も戦場を駆け抜けた戦闘機操縦者としての矜持がある。

 きっかけぐらいは与えられるだろうという自負もある。

 俺とシンフォの違い。

 それは操縦に対する『意識』の違いだ。

 そこをクリアすれば、シンフォの技術は俺を遙かに凌ぐ筈だ。



 シンフォが五分かけて駆け抜けたコースを、俺は僅か二分で駆け抜けた。

 レヴィならば一分と少しぐらいで駆け抜けるだろう。



 俺は旋回してシンフォ達のところまで降りる。

「オッドさん凄かったですです~」

 シオンがぱちぱちと拍手をしてくれた。

 心から感動してくれているようだ。

 ここまではっきりとした褒め言葉を貰うと少しばかり照れる。

「速かったですね~。まるでレヴィさんみたいでした~」

「いや。レヴィはもっと速いだろう」

「同じぐらいだと思うですよ~」

 そんな筈はない。

 レヴィこそが最強なのだ。

 俺はあくまでも並の操縦者に過ぎない。

「なるほどなぁ」

「な? あいつは自己評価が低いんだ」

「言えてる。オッドも十分に戦場で通用するじゃないか。何だったらオッドの専用機も用意しようか?」

「必要無い。それに今のレヴィについて行く自信は無い」

「そうなのか? 十分に凄腕だと思うけどな?」

 マーシャが不思議そうに俺を見る。

 昔のレヴィにならまだついていけていた。

 しかしブランクが長いだけではなく、スターウィンドという最高の機体を得たレヴィは昔よりも遙かに腕を上げている。

 本当の意味で自分の手足になってくれる機体を得たレヴィは、更なる高みへと上り詰めてしまった。

 今の俺が同じ戦場で戦える自信は無い。

「俺はシルバーブラストの砲撃手だ。その立場で満足しているよ」

「ん。そうか。まあ砲撃手がいなくなっても困るしなぁ。オッドはいい砲撃手だし」

 マーシャはあっさりと諦めてくれたようだ。

 レヴィほどの執着は感じられない。

 そこは想いの差であり、腕の差なのだろう。

 俺もその程度には自分というものを弁えている。

 久しぶりに戦場に近い操縦をしたことで、少しばかり高揚しているが、それも一時のものだ。

 俺はレヴィほど戦闘機にこだわりはないのだから。

 少しだけ懐かしくなった。

 ただそれだけなのだろう。

「オッドさん……」

 そしてシンフォの前まで行く。

 俺の飛翔を見て、自分に何が足りないのか理解出来た表情だ。

 理解してくれたからこそ、俺もわざわざ飛んだ甲斐があった。

「シンフォ。もう、分かっているだろう? 俺は別に特別なことをやった訳じゃないんだ。ただ、レーサーとは違う飛び方をしただけだ」

「はい……そう、ですね」

 頷くシンフォは震えていた。

 それの意味するところも理解しているからだろう。

 俺が示したのは戦う為の飛び方であり、命懸けの『道』なのだ。

 夢だけを追いかけてきたシンフォにとっては、酷な選択になるだろう。

 今までは、本当に命を賭けるものだとは考えていなかったのだ。

 もちろん、レーサーにとって飛翔は命懸けだ。

 命を賭けていない、覚悟が足りないとは言わない。

 それでも、自分と、そして自然を相手に戦うのと、戦場で敵を相手に戦うのとでは、覚悟の種類が違う。

 レーサーの飛翔に本当の意味での敵は居ない。

 だから必要以上に危険な道を飛ぶ必要は無い。

 だけど宇宙で海賊と戦闘を行う際には、それが危険だと分かっていても踏み込まなければならない道がある。

 だからこそ、俺とシンフォでは見えている道が違うのだ。

 だけどシンフォはその道を見ようとした。

 そして、見えてしまった。

 後は、彼女自身が選ぶことだ。

 知らずに、無邪気に目指していた頃にはもう戻れない。

 加速の先にある世界を手に入れたくて、ただ手を伸ばしていた自分には戻れない。

 問題は、その夢に今までとは違う意味での覚悟を持てるかどうかだ。

 気をつけなければ死ぬ、というレベルではない。

 少しでもミスをすれば、確実に死ぬ。

 そういうレベルの覚悟が必要になる。

 それは娯楽を提供する飛び方としては明らかに異常だ。

 シンフォが見た夢は、大きすぎるリスクを孕んでいる。

 だからこそ、シンフォは自分自身で選ばなければならない。

「今のやり方を見てどうするべきか、それはシンフォが自分で答えを出せば言い。今まで上手く行かなかったのは、無意識に命の危険を感じ取っていたからだ。操縦技術だけを見れば俺よりもシンフォの方が上だと想う。俺は戦闘機乗りとしては並程度の筈だからな」

「そうなんですか?」

 信じられない、という表情で俺を見るシンフォ。

 しかし事実だ。

 俺は、俺なんかよりもずっと素晴らしい操縦者を知っている。

 だから、彼に較べれば俺など並程度でしかないのだ。

 それを悔しいとは思わない。

 ただ、レヴィの助けになれることが誇らしい。

 俺にあるのはそういう気持ちだけだ。

「すぐ近くに本物の天才がいるからな。俺なんか、レヴィに較べたら本当に並レベルなんだ」

「レヴィさんが……?」

「ああ。少し前までは伝説的な操縦者だったんだ。宇宙海賊からもかなり恐れられていた」

「今は違うんですか?」

「今もそうだけど、表舞台からは姿を消したことになっているからな」

「………………」

 そこにどんな意味が含まれているのかは理解出来ないらしい。

 理解出来なくてもいいし、理解されても困る。

 レヴィアース・マルグレイトの情報を漏らす訳にはいかないのだから。

「だからやり方を覚えて、命懸けで飛ぶ覚悟を決めれば、シンフォはさっきの俺以上に飛べる筈だ。ただし、それをやったらもう『レーサー』ではいられなくなる。立場は『レーサー』かもしれない。トップだって獲れるだろう。だが、本当の意味で命懸けで飛ぶ人間を、娯楽を提供する為に飛んでいるレーサーと一緒にするのは間違っているだろう? だからこの道を選ぶのなら、シンフォのレーサーとしての人生は、ある意味で終わる」

「………………」

 酷な選択を突きつけていることは分かっている。

 それでも、それだけはきちんと覚悟しておいて貰いたかった。

 他人と違う空を飛ぶのなら、自分がそうであるという自覚を持って欲しかったのだ。

「加速の先にある世界を目指す一人の戦士として、命懸けでその他他界を続ける覚悟があるか?」

「………………」

 それは自分との戦いではない。

 自分が目指す世界との戦いだ。

 そこに勝利は待っていてくれないかもしれない。

 得るものは何も無いかもしれない。

 ただ、加速の先にある世界を見ることが出来るという、自分だけの報酬があるだけだ。

 小さな夢でしかないその世界の為に、自分の全てを懸けることが出来るか。

 今まで追いかけてきたもの。

 これまで目指してきたもの。

 これから辿り着きたいもの。

 進んでいきたい、空の果て。

 加速の先にある世界。

「………………」

 シンフォは俺の前でそっと目を閉じた。

 自分自身に覚悟を問うているのだろう。

 これまでを振り返り、これからを想像して、そして答えを出す。

「あります」

 はっきりと、自分の意志を示した。

 命懸けで進む覚悟を。

 この先死ぬことになって、後悔するかもしれない。

 それでも進みたいと願ったのだ。

 夢を失いかけて、今まで積み重ねてきたもののほとんどがその手からこぼれ落ちて、唯一残ったものがそれだった。

 ならばその為に命を燃やすべきだと考えたのかもしれない。

 誰かを護る為ではない。

 誰かを殺す為でもない。

 たった一人きりの、相手の居ない戦いを続けていくことを、シンフォは選んだ。

「そうか」

 本当は、ここで引き返して欲しかった。

 シンフォの技倆ならば、通常の飛翔でも十分に上位を狙える。

 何度も練習する姿を見て、そう確信している。

 今まで順位が振るわなかったのは、あくまでも別の道を飛ぼうとしていたからだ。

 だが、それは俺自身の思惑通りでもある。

 レーサーである彼女が、戦場の空を選んだその先に興味を抱いたからこそ、こうして関わることに決めたのだから。

 迷いは存在していた。

 だが決めたのはシンフォであり、戦うのもシンフォだ。

 だから、この先は彼女だけの戦いになるだろう。

 生きるも死ぬも、夢に破れるのも、彼女自身の責任において行われる」

「ならば、俺から言うことは何も無い」

「はいっ!」

 覚悟を決めたシンフォは早速グラディウスへと乗り込む。

 迷いが消えた彼女は、きっと望み通りの飛翔を魅せてくれるだろう。

 しかし同時に少しだけ心配にもなる。

「オッドさん?」

 隣に来たシオンが心配そうに見上げてくる。

「いや、何でもない」

 今更心配しても仕方の無いことだ。

 彼女は全ての危険を承知の上で、覚悟を決めたのだから。

 だがそれ以上に心配なのは、彼女が異質な操縦者になってしまうことだった。

 結果を出したとしても、レーサーとしては認められないかもしれない。

 それが心配なのだ。

 地面に腰を下ろすと、シオンもその隣に座った。

「きっと大丈夫ですよ」

「シオン?」

「シンフォさんも、オッドさんも、自分がやりたいようにやっただけですよね? だったらきっと大丈夫ですです。命を懸けるって言ったらやっぱり怖いかもしれないけど、でも目指すものに対して本気で向き合うっていうのは、大なり小なり自分自身を懸ける必要があるですよね? 命じゃなくても、これからの自分だったり、立場だったり」

「……その通りだな」

 本気で何かを成し遂げようと思うのなら、今の自分を変えたいと願うのなら、新しい何かを手に入れたいと焦がれるのなら、そこから一歩を踏み出す必要がある。

 その為に懸けるもの、捨てるもの、犠牲を強いるものは必ずあるのだ。

 それは自分の命だったり、立場だったり、組織の命運だったりするのかもしれない。

 誰かを巻き添えにすることもあるだろう。

 負担を強いることもあるだろう。

 それでも、叶えたいと願うからこそ、前に進むのだ。

 手に入れたいと焦がれるからこそ、足掻くのだ。

「だからそれは哀しい覚悟なんかじゃない筈です。今のシンフォさんは、きっと満たされていると思うですです」

「……そうだな」

 子供に自分の心を慰められていては世話無いな。

 青い髪をそっと撫でる。

 情けないとは思うが、気が楽になったことも確かだ。

 シオンはこういう部分で強い。

 前を向くと決めたら、どこまでも迷わない。

 その心を、俺にも向けてくれる。

 迷いは消えて、シンフォの願いが叶うようにと純粋に願うことが出来た。


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