シルバーブラスト Rewrite Edition
5-7 加速の先にある世界
救いの神というものは実在するらしい。
それがここ数日における私の感想だった。
絶望の淵を覗き込んで、もう二度と飛べなくなるかもしれないと覚悟していた。
だけどオッドさんが私の前に現れてくれて、そしてもう一度飛ぶチャンスをくれた。
他の惑星からの客人であるオッドさんは長いことヴァレンツにはいられない。
だからこれが最後のチャンスであり、絶対に失敗出来ないことは分かっている。
それでも、手を差し伸べて貰えたことが嬉しかった。
もう駄目だと思っていた時に、何気ない風な態度で手を差し伸べてくれた。
本当に、あの時は彼が救いの神に見えてしまった。
小さな天使みたいな女の子を連れた救いの神様。
オッドさんが神様で、シオンちゃんが天使。
あの二人の組み合わせはよく似合っている。
まさか恋人同士ってことはないと思うけれど。
大人と子供すぎるし。
まあ、そうなったらそうなったですごく微笑ましいカップルが誕生するのかもしれない。
「さてと。準備オッケー」
レーサー用のツナギに着替えてから、上着を羽織る。
お洒落とは無縁の実用百パーセントの衣類だけど、私にはそれぐらいの方が性に合っている。
化粧はもちろんしない。
汗を掻いた時に直すのが面倒だし。
元々、化粧にはあまり興味が無い。
女としては失格なのかもしれないけれど、レーサーとしてはこれでいいと思っている。
同じ女性レーサーであっても、外見を大事にする人も多いけれど。
やっぱりスターになれば顔を見られる商売な訳だし、外見は大事にした方がいいと何度も忠告されたことがある。
だけどそこにかまけて肝心の成績が落ちてしまったら意味が無いような気がするのだ。
「……まあ、かまけるまでもなく今の私はボロボロだけどさ」
成績が落ちるどころか、どん底だという自覚ぐらいはある。
だけどそのままでいるつもりもない。
私が見ている『道』は他とは違う。
危ないということは分かっているし、レースとして『魅せる』道でもないことも分かっている。
だけど見えてしまった以上、私はそこを目指さずには居られないのだ。
レーサーはスターであると同時に、高みを目指す競技者でもあるのだ。
人前で活躍することよりも、自分自身で目指した目標を乗り越えていくことだって大切だ。
客商売である以上、どうしても無視出来ない部分はあるけれど、それでも私はあの道を目指したい。
その結果が散々なものであり、一度はレーサーとしての人生を諦めるところまで追い詰められたけれど、まだ大丈夫。
私はまだ終わっていない。
まだ飛べるし、まだ目指せる。
だから立ち止まらずにいきたい。
「ふふふ。待っててね。私の新しい『グラディウス』」
私はウキウキした気持ちで家を出た。
ランファン・モーターズまでバイクを走らせて、二十分ほどで到着する。
「おはようございますっ!」
一番に来たと思っていたのだけれど、オッドさんたちは既に到着していた。
というよりも、前にある喫茶店で優雅に朝食を摂っていた。
のんびりとした時間を過ごす五人の大人と子供達は、本当の家族のようで少し羨ましくなる。
私にも家族と呼べる人たちはいるけれど、ここから離れた田舎で暮らしている。
もう二年ほど会っていない。
私がレーサーになると言ったら大反対をして、それから家を飛び出したまま帰っていないのだ。
娘を危ないことに関わらせたくないという親心は理解出来るし、反発ばかりするべきではないと分かっている。
だけどそれでも私はレーサーを目指すことを止められなかったし、今もレーサーであり続けている。
トップレーサーとして活躍するようになっても、両親は会いに来てくれなかった。
それを寂しいと感じる気持ちはあったけれど、それでも私は振り返らずに夢を追いかけることをやめられなかった。
いつか帰る時が来るのかもしれない。
もしかしたら、突然会いに来てくれるかもしれない。
だけど今は一人で頑張る時だ。
目の前の温かい光景を少しだけ羨ましいと思う気持ちを、すぐに心の奥底へと引っ込めた。
「おはよう、シンフォ。よく眠れたみたいだな」
最初に声を掛けてきてくれたのはマーシャさん。
私のスポンサーになってくれた人。
私よりも若い女の子なのに、かなりのお金持ちだという。
凄く可愛いのに、凄くやり手なのかもしれない。
人は見かけによらないというけれど、マーシャさんはなんだか可愛さと凄さが矛盾なく同居している感じがして、そこがまた凄いと感じさせてしまう。
私にとってはオッドさんの次に感謝するべき人だ。
スポンサーを引き受けてくれたのはマーシャさんで、オッドさんはマーシャさんと引き合わせてくれたという関係だけれど、それでもオッドさんがきっかけであることに変わりはないから。
といっても、どちらも同じぐらい感謝しているけどね。
最初のきっかけになったオッドさんが特別、という意識はあるのかもしれない。
「おはよう。シンフォ」
「おはようですです~」
「おっはよ~」
「おはよう」
続いてオッドさん、シオンちゃん、シャンティくん、レヴィさんが声を掛けてくる。
「シンフォも朝食がまだなら、一緒にどうだ?」
「確かにまだですけど……」
まだなんだけど……ここは結構高いんだよね……。
ランファン・モーターズの前にあるから便利なんだけど、朝食にかけられる料金設定じゃないのが少し困る。
「奢るぞ」
「いただきます」
マーシャさんの一言であっさりと陥落。
奢り大好き。
他の相手なら悪いなという気持ちになるけれど、マーシャさんぐらいのお金持ちなら、むしろ厚意に甘えておく方が喜ばれるだろうし。
モーニングセットを一人前追加注文をしてから、私も朝食を食べさせてもらうことにした。
お値段は高いけど、とっても美味しかった。
マーシャさん達はオッドさんが作ってくれればいいのに、とぼやいていたけれど。
オッドさんの方は外食出来る時はそうしてくれた方がありがたい、という反応だった。
もしかしてかなりの料理上手なのかな。
だとしたら興味がある。
一度ぐらいは食べてみたいかも。
それからランファン・モーターズが開店するまで喫茶店でのんびりした。
雑談に混ぜて貰っていろいろと分かったことがある。
マーシャさんは宇宙船の操縦者で、レヴィさんは戦闘機の操縦者。
オッドさんは砲撃手で、シオンちゃんとシャンティくんは電脳魔術師《サイバーウィズ》という役割を負っているらしい。
電脳魔術師《サイバーウィズ》についてはネットワークのエキスパートというぐらいしか分からないけれど、こんなに小さいのに一人前の仕事をこなしているのはかなり凄いと思う。
オッドさんも元々は戦闘機操縦者だったらしいのだけれど、いろいろあって今は引退しているらしい。
少しだけ興味もあるけれど、引退したのには他人が踏み込めない理由があるかもしれないと思うと、迂闊に質問することも出来なかった。
恩人を不用意な言葉で傷つけたくない。
「よし。開店時間だな。行こうか」
マーシャさんが立ち上がる。
このグループのリーダーはマーシャさんなのだろう。
彼女の行動にみんなが沿っているという感じだ。
もっとも、沿ってはいても従っているという感じではないのが温かくていいと思うけど。
「おはよう。ゼストさん。グラディウスは調整出来てるかな?」
「おう。早いな」
作業場で振り返ったゼストさんは、目に大きなクマを作っていた。
「うわっ!? ゼストさんどうしたのっ!? 凄い顔してるよっ!?」
「馬鹿野郎。お前のグラディウスの調整をしていたんじゃねえか」
「え? で、でもまだ二箇所ぐらいしか要求していないから、そんなに時間はかからなかったと思うんだけど……」
「箇所が少なくてもお前の要求はいちいちデリケートなんだよっ! 時間がかかるのは当たり前だっ!」
「うっ! ごめんなさい……」
た、確かに他の操縦者ならしないような要求とか、微調整とかをお願いしてしまったけれど。
まさかそんなに時間がかかるとは思わなかった。
徹夜をさせてしまったのなら反省しなければならない。
「言っておくけど、他の整備士ならとっくに匙を投げてるからな」
「ごめん……」
確かにロンタイさんのところにいる整備士は私の要求には応えてくれなかった。
あちらの雇い主はロンタイさんであって私じゃない。
更に言えばそんな無茶な整備が出来るかと怒られたぐらいだ。
だからこそ私は不満の残る機体で飛び続けてきた訳だけど。
でもゼストさんは気心が知れた相手だし、デビューの時にはお金のない私のことも真摯に面倒を見てくれた。
だからこそ今まで言えなかった我が儘を言おうと決意出来たのだけれど。
ちょっと調子に乗りすぎたのかもしれない。
「つ、次からはもっと我慢するから……」
しょんぼりしてしまう私を見て、ゼストさんはギロリと睨み付けてくる。
「え……」
なんで睨まれるのだろう。
「アホ。お前を最高の状態で飛ばせるのが今の俺の仕事なんだぞ」
「あ……」
「だから遠慮なんかしたら容赦無くぶん殴るからな」
「ご、ごめん……」
そうだった。
ゼストさんはそういう人だった。
だからこそ、ロンタイさんとの契約が切れて、真っ先にここに来たのだ。
私が一番信頼している整備士さんだから。
全力で頼れる人だから。
ゼストさんはそのまま機体の方へと移動した。
私もついていく。
「え?」
いきなり後ろから頭をぽんと叩かれた。
叩く、というほど暴力的なものではない。
むしろ慰める的なものだった。
振り返ると、オッドさんが立っていた。
「オッドさん?」
「案外、難しいものだろう?」
「え?」
「誰かに遠慮無く甘えるというのは」
「……確かにそうですね」
「だがこれからのシンフォにはそれが必要だと思う。だから頑張れ」
「そうですね。頑張ります」
「ああ」
静かに笑うオッドさん。
あまり器用な慰め方ではないけれど、これが彼なりの気遣いなのだろう。
オッドさんの方こそ誰かに甘えるのは苦手なのかもしれない。
なんとなくだけど、そんな気がする。
どちらかというと、甘えられるのが得意なのかもしれない。
「大丈夫ですです~。ちゃんと自分が望むようにすれば、自然と相手に甘えられるですよ~」
気がつけばシオンちゃんが目の前に居た。
そしてぎゅっと抱きついてくる。
「ほら。こんな風に」
「そうだね」
この子は本当に甘え上手だ。
呼吸をするように甘えてくる。
そしてそれが不快じゃない。
この子みたいに振る舞えたら、確かに私は変われるのかもしれない。
「要求された部分はきっちりと仕上げた。後は飛んでみてから調整したい部分をまとめてくれ。その都度対応する」
グラディウスの前までやってきて説明してくれるゼストさん。
見た目は変わらないけれど、きっと私の思い通りに飛べる調整が施されている筈だ。
元々が私が飛ぶことを想定して作られた機体なので、手間はかなり少なく済んだという。
別の機体だったら徹夜どころでは済まなかったかもしれない。
どうしてゼストさんが私が飛ぶことを前提とした機体を作ってくれていたのかは分からないけれど、今はこの偶然に感謝したい。
「分かった。取り敢えず飛ばしてみたいんだけど、もう出しても大丈夫かな?」
「ああ。ここ一ヶ月の飛行許可は取ってあるから、遠慮無く持っていきな。ただし燃料には気をつけろよ」
「ありがとうっ! でも、一ヶ月の飛行許可って……すごく、高くなかった?」
「マーシャさんに相談したらすぐに追加料金を出してくれたよ。金に物を言わせれば大抵のことはまかり通るからな」
「ふふん。とりあえず追加で五千万ほど振り込んでおいたからな。シンフォの活動資金として使ってくれ」
「………………」
とってもありがたいことではあるんだけれど、相談しただけでぽんと振り込んでもいい金額ではないような気がする。
「あの……本当に大丈夫なんですか? そんなにお金を出して貰って……」
今のところ、合計で八千万。
私が今まで稼いだ金額をとうに越えている。
「問題無い。私は投資家でもあるからな。これぐらいの金額なら本腰を入れれば一日で稼げるんだ」
「………………」
「………………」
この発言には私だけじゃなくてゼストさんも言葉を失った。
顔を見合わせて苦笑する。
運がいいことは確かなのだろう。
今はただ感謝するしかない。
「ありがとうございます」
「気にしなくていい。結果を出してくれればなおいいけどな。シンフォみたいに自分だけの飛翔を目指している奴っていうのは、ちょっと応援したくなってくるし」
「期待に応えられるように頑張ります」
「頑張るのはいいけど、気負ったら駄目だぞ。リラックスが大事だ」
「はい。善処します」
八千万ものお金を出して貰っておいて緊張するなというのはかなりの無理があるけれど、それがマーシャさん達の望みならば、私は全力でリラックスするしかない。
……全力でリラックスというのも変な感じだけれど。
★
それから飛行練習場へと向かった。
私はグラディウスに乗って移動したけれど、マーシャさん達はまた別の機体で付いてきてしまった。
マーシャさんもオッドさんも己の手足のように機体を操っているのが凄い。
レヴィさんも操れそうだけれど、マーシャさんが操縦席を譲ってくれなかったらしい。
ギロリと睨まれると渋々副操縦席に座っていた。
しょんぼりしている様がなんだか可愛い。
オッドさんの方も滑らかな操縦で、かなりの腕だということが分かる。
だけどオッドさんの機体はマーシャさんの乗っているものとは違い、座席が一つ、つまりレーシング用のマシンなのだ。
移動の為だけならばあれに乗ってくる必要は無かったと思うのだけれど、何か意図があるのかもしれない。
そしてやってきたのは浮島密集地帯。
浮島密集地帯はスカイエッジ・レーサーの練習場所として利用出来る。
荒野のような場所に浮かぶ浮島の数々は、荒れ果てた大地に見えるのに、どこか幻想的だった。
この練習場所はあまり人気が無いので、今日は誰も居ない。
グラディウスを地上に降ろすと、マーシャさん達の機体も同じように降りてきた。
三機分の飛行許可を取るのにどれだけかかったのか、ついでに言うとレンタル費用もどれだけかかっているのかについては、もう考えないことにした。
マーシャさんにとって、お金とは稼ぐものではなく、数字として調整するものなのだろう。
世界が違うということにしておこう。
「寂しい場所だな~」
シャンティくんが機体から降りて辺りを見渡してそんなことを言う。
確かに人もいないしお店も無いのだから、寂しい場所であることは間違いない。
もっと居住地に近い場所の方が、補給や食事などの都合がいいので、ここは人気が無いのだ。
要するに、不便だから。
何もかもを置き去りにして練習に費やしたいというコアなレーサーしか利用しない場所でもある。
しかしコアなレーサーであっても、燃料の問題で長時間利用出来ないので、結果として人気がないのだ。
燃料補給出来なければ長時間の練習は出来ないからだ。
「ああ、燃料については問題無いぞ。こっちにたっぷり積んであるからな。一日中練習しても問題無いぐらいの燃料があるから、遠慮無く励んでくれ」
レヴィさんが貨物コンテナの方を指さして教えてくれる。
乗る人数に対して機体がかなり大きいと思ったけれど、そういう意図もあったらしい。
「ありがとうございます。遠慮無く使わせて貰います」
こうやって協力してくれる人がいてくれれば、かなり使い勝手のいい練習場所だと思う。
もっとも、協力者にも操縦して貰わなければならないし、飛行練習している間はずっと眺めていることしか出来ないので、そこまで付き合ってくれる人がいるレーサーの方が珍しいとは思うけれど。
そう考えると、期間限定とは言え、私は本当に運がいいのだと思う。
それから練習を開始する。
最初は馴らし運転をしていたけれど、すぐに本格的な飛翔に移行する。
浮島の間をすり抜け、次々と進んでいく。
加速しようとするけれど、どうにも上手く行かない。
いつも通りのレースと同じく、行き詰まっている。
「……どうしてなんだろう。飛びたい道は見えているのに」
やりたいことは見えている。
飛びたい道も見えている。
それなのに、実行出来ない。
自分の夢見ているものを、現実に出来ない。
それが悔しい。
自分の腕が足りないとは思わない。
私はそれが出来るだけの練習をずっと積み重ねてきたのだという自負がある。
自身過剰に繋がりかねないものだけれど、その自負がなければ人前で飛び続けるレーサーになんてなれない。
「ううん。練習あるのみ。今回はゼストさんが調整してくれたお陰で、いつもよりずっとマシになっている。きっと、もう少しなんだ」
操縦桿を握りしめて、自分に言い聞かせる。
何かが足りないことは分かっている。
だけど足りないものを見つけるには練習あるのみ、なのだろう。
ひたすらに、愚直に、練習だけを積み重ねる。
きっとそうすることで、私のなりたい自分になれると信じている。
「う……」
集中力が途切れてきたので、そろそろ休憩する。
熱中しすぎると事故に繋がるので、この辺りの切り替えはしっかり出来るように自分に言い聞かせている。
一度グラディウスから降りてから、休憩する。
「お疲れさん。ほら」
「あ、ありがとうございます」
レヴィさんが珈琲を持ってきてくれた。
紙コップに入ったホットコーヒーは高空を飛び続けて冷え切った身体を温めてくれた。
「美味しい……」
「そりゃ良かった」
隣にレヴィさんが座る。
「マーシャさんと一緒に居なくていいんですか?」
「実はさっきぶん殴られたばっかりでな~。怒っているから距離を置くことにした」
「殴られたって……何をしたんですか?」
「ちょっともふも……じゃなくてセクハラを……」
「………………」
それは殴られても仕方ないと思う。
いくら恋人同士であっても、こんなところでセクハラをしたら殴られるのは当然だ。
しかしセクハラか。
私は大丈夫だよね?
女らしいとは言えないけれど、セクハラで殴られたと聞くとちょっと警戒心が湧き上がってしまう。
「ああ。大丈夫だ。俺は基本的にマーシャにしかセクハラしないから」
「そ、そうですか……」
一途というべきか、変態というべきか、ちょっと悩む。
マーシャさんにしか興味が無いということならば、一途なんだなぁと褒めたいところだけど、そこにセクハラが混じるとなんだかいろいろ台無しになるような……
「それよりも、行き詰まっているみたいだな」
「……はい。機体性能は悪くないんです。いいえ。ゼストさんが調整してくれたので、今までで一番思い通りに動かせている実感があります。流石ゼストさんの仕事です。でも、何でだろう。上手く行かないんです……」
求めるものを得る為に何かが足りないことは分かっている。
でも、何が足りないのかが分からない。
だからこそ行き詰まっている。
「うーん。答えは分かりきっているんだけど、教えていいものかどうかが悩みどころなんだよな」
「え?」
レヴィさんには答えが分かっている?
同じ操縦者だから?
「お、教えて下さい」
「うーん。言葉で伝わるものでもないんだよなぁ」
「え?」
「おーい、オッド」
レヴィさんは少し離れた場所にいるオッドさんを呼ぶ。
オッドさんはシオンちゃんの相手をしているところだった。
相手というか、あれはきっとお守りなのだろう。
「何ですか?」
「ちょっとアレで飛んで見せてやれよ」
「え?」
「シンフォが行き詰まっている原因についてはお前も分かっているんだろう?」
「それはまあ、分かっていますが。しかし自分で見つけた方がいいと思うんですが」
「それは同感だけどな。見せてやるぐらいならいいだろう。そこからシンフォが何かを掴むのなら、ちゃんと自分の力になると思うし」
「……それでしたら、レヴィの方が適任だと思いますけど」
「そう言うなよ。シンフォに最初に関わったのはお前だろ? だったらそれぐらいの責任は果たしてやれよ」
「む……」
責任を果たせ、と言われるとその通りだと思ったのか、オッドさんは少しだけ居心地が悪そうにしながらも了承してくれた。
「分かりました。レヴィがそう言うなら従います。シンフォ」
「は、はい」
「今から俺が飛んでみせる。多分、シンフォのやりたいことをある程度示せると思う。そこから何かを掴めるなら、掴んでみてくれ」
「わ、分かりました」
オッドさんは静かな足取りで自分が乗ってきた機体へと向かう。
レンタルの機体で、レース用ではあるけれど、グラディウスには到底及ばない性能だけれど、それでもオッドさんなら何とかしてくれそうな気がした。
滑らかな動作で起動していく。
やはりオッドさんは操縦者なのだろう。
その操作の的確さに感心してしまう。
オッドさんがスカイエッジを浮上させる。
そしてすぐに加速した。
「あっ!」
そして信じられないものを見た。
オッドさんの機体はぐんぐん進んでいく。
散らばる浮島をギリギリの位置で避けながら、減速するべき場所で加速を行い、時に接触すら恐れない操縦を続ける。
私が選んだのとよく似たコースを駆け抜けているが、それでも腕が違う。
速度が違う。
見えているものが全く違う。
私にはそれがよく分かった。
機体を巧みに操り、本当の意味で己の手足としている操縦だということが。
私もそうしているという自負はあるけれど、オッドさんの技倆はそれ以上だった。
オッドさんは、私が目指している世界を知っている。
ううん、きっと何度もその世界を経験している。
だからこそ、あの操縦はこんなにも私の心を惹き付ける。
「……そうか。これが、きっと、私の目指していたもの」
気がついたら涙がこぼれていた。
足りないものを示してくれたオッドさんに感謝したいという気持ちはあるけれど、自分だけでそれが分からなかったことが悔しかった。
オッドさんが最初に渋っていたのも、私にそれを期待していたからだろう。
だからこそ、応えきれなかったのが情けなかった。
「ううん。それでもいい。私は一人じゃないから」
寄りかかってもいい。
頼ってもいい。
手を差し伸べてくれる人がいるだけで、きっと幸せだから。
私はこれからも、きっと真っ直ぐに飛んでいける。
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