シルバーブラスト Rewrite Edition
5-6 シンフォと整備士
翌日にはマーシャ達と一緒にシンフォへと会いに行くことになった。
俺が一人で会いに行くつもりだったが、気がつけばかなり同行者が増えている。
俺だけではなく、シオンも付いてきたし、マーシャとレヴィもいる。
そして何故かシャンティまで付いてきた。
シオンはシンフォに関わった当事者なので付いてきたくなるのも分かる。
マーシャは大事なスポンサーなので、必然的に付いてくるだろう。
マーシャが動けばレヴィも付いてくる。
そこまではいい。
しかしシャンティが同行する理由が分からない。
「僕だけ仲間外れとか、寂しいこと言わないでよね」
「仲間外れのつもりはないが、付き合う必要もないんだぞ」
「いいじゃん。美人のレーサーだったら可愛がって貰えるかもしれないし」
「……女漁りが目的か」
「ううん。美女鑑賞が目的♪」
「………………」
それもどうかと思うが、少年としては健全な目的なのかもしれない。
シャンティ自身が少女と見紛うほどの美少年なので、確かに可愛がって貰える可能性は高い。
いつものフルメンバーが揃って会いに行くと、シンフォが驚くのではないかと思ったが、確かにシャンティ一人だけ置き去りにするのも可哀想なので、やむを得ないだろう。
美女鑑賞という目的はどうかと思うが、シャンティもシオンと同様に可愛がられる性格なので、昨日の件で落ち込んでいる彼女に対していい刺激になるかもしれないと前向きに考えることにした。
五人揃ってシェンロンのグエン・ターミナルの噴水前に行くと、既にシンフォが待っていた。
先日のレーサー服とは違い、デニムのスカートに淡い白のシャツというプライベート用の可愛らしい服を着ている。
きっとプライベートでは違う一面もあるのだろう。
「おはようございます、オッドさん。シオンちゃん」
「おはよう、シンフォ」
「おはようですです~」
「すまないな。大人数で押しかけて。昨日の件を話したら、興味を持ったらしくて付いてきたんだ」
「それは構いませんけど、どういうご関係なんですか?」
「家族のようなものだ」
「家族ですか」
「ああ」
同じ船のクルーなのだから、家族同然だと思っている。
マーシャ達も否定しないので、同じ気持ちでいてくれるのだろう。
「初めまして、シンフォ嬢。私はマーシャ・インヴェルク。オッドの家族みたいなものだよ」
「は、初めまして」
にこにこしながら寄ってくるマーシャに戸惑うシンフォ。
あんな美人に近付かれたら戸惑うのも理解出来る。
シンフォもそれなりの美女だとは思うのだが、マーシャの美女っぷりは格が違う。
顔の造形だけではなく、オーラが違うような気がするのだ。
シンフォも同じように感じているのだろう。
マーシャの存在に圧倒されかけている。
しかし嫌な感じではないので、戸惑いながらも視線を外せないようだ。
「今回はオッドの代わりにスポンサーを引き受けることになったんだ」
「え?」
「オッドよりも私の方が適任だったからな。ちなみに私は億どころか兆を叩き出す投資家だから、予算は気にしなくて最高の機体を要求してくれ」
「え? お、億!? 兆っ!?」
にこにこ笑うマーシャ。
状況についていけずに戸惑うシンフォ。
無理もない。
いきなり金の心配をしなくていいと言われたのだから。
「すまないな、シンフォ。俺がスポンサーをするつもりだったが、話を聞いたマーシャが乗り気になった。確かに彼女の方が金を持っている……というか、湯水のように使えるから、本当に遠慮しなくていい。最高の機体を手に入れてくれ」
「えっと……よく分かりませんけど、ラッキーってことですか?」
「うん。そういうことだな。シンフォはラッキーなんだ。だからこのラッキーには乗りかかっておくのがいいと思う」
にこにこしながら頷くマーシャ。
俺も苦笑しながら頷いておいた。
予算を気にしなくていいというのは、どの分野においても喉から手が出るほど欲しい状況だ。
そんな状況がどん底から転がり込んできたのだから、戸惑う気持ちも分かる。
しかし適応能力は高いようで、シンフォは輝くような笑顔を見せた。
「ほ、本当にいいんですか? いろいろと改造したい部分もあるんですけど、三千万を越えそうなんです。それでもいいんですか?」
「もちろんだ。億だって出してやるぞ」
「やったっ! これでいろいろ試せるっ!」
はしゃぐシンフォ。
昨日の落ち込みようとは大違いだ。
やはり遠慮していたのだろう。
「良かったな、オッド」
「ああ」
マーシャに頼って正解だった。
シンフォがここまで生き生きした表情を見せてくれるのならば、俺自身のこだわりなど些細なことだと思える。
というよりも、かなり遠慮していたシンフォに水くさいという気持ちにもなってしまう。
しかし最初からあの金額を言われていたら、流石にスポンサーになることに躊躇いはあっただろう。
最終的にはマーシャに頼ったかもしれないので、結果は同じだったかもしれないが。
あくまでも俺の気紛れであり、俺自身が納得行くまで面倒を見るのが義務だと思っていたのだが、こうしてシンフォが喜んでいる姿を見ると、それもくだらないこだわりだったのかもしれないと自省する。
「なあ、オッド」
「何ですか?」
「どうしてスカイエッジに興味を持ったんだ?」
「スカイエッジの外見は戦闘機によく似ています」
「ああ、そうだな。だが決定的に違うものだろう?」
「ええ。決定的に違う。だから興味が湧いたんですよ。同じようなものなのに、違う世界が見える。それは一体どんなものなのだろう、とね」
「なるほど」
俺たちが命懸けで動かしていたものを、娯楽で動かしている。
俺たちがかつて動かしていた戦闘機は、一つでも操縦を誤れば宇宙の鉄くずになる。
そういうものだった。
海賊との戦闘中に油断をすればレーザー砲撃の餌食にされる。
いつだって死と隣り合わせの操縦席。
それが戦闘機に乗るということ。
それなりにやり甲斐も感じていたが、恐怖が無かった訳ではない。
それは違いすぎる世界だからこそ、興味を引かれてしまう。
自分でも不思議な感覚だとは思うが、興味を抱いた以上は関わってみたいと思ったのだ。
「ああいう世界もあるというのが、興味深かったんです。もちろん機体が違えば操縦方法も違います。見えている
『道』も違います。その中でも、戦闘機操縦者と同じ視点で『道』を見ている人間がいました」
「それが彼女か?」
「ええ。一度だけですが、彼女は明らかに他のレーサーとは違う『道』を飛翔しようとしていました」
「それで興味を持った訳か」
「ええ。今は結果に繋げることが出来ずに追い詰められていますが、その『道』を飛ぶことが出来るようになれば、彼女はトップに立つことが出来ます。それを見てみたいと思ったんです」
「気持ちは分かるけどな。だがそれは本当にいいことなのか?」
「どうでしょうね。悪いことなのかもしれません」
「オッド」
「でも、彼女は自分でそれを見つけようとしています。ならば、いずれ見つけるかもしれない。だったらここで少し手助けしたとしても、構わないかもしれないと思っただけです」
「……まあ、それはそうかもしれないけどなぁ」
レヴィの言いたいことは分かる。
その『道』はレーサーが目指すべきものではない。
決定的に違うものなのだ。
だからこそ、見えない方が幸せなのかもしれない。
しかしシンフォは見てしまった。
自分だけの道を見てしまったのだから、それを目指すことを止められないだろう。
「……まあ、いいけどな。オッドがそうしたいと思ったんなら、気が済むまでやってみるといいさ。マーシャも張り切っているしな」
「張り切っている?」
「ああ。オッドが頼ってくれたのが嬉しかったんだろうよ」
「え?」
「オッドは俺たちをサポートしてくれるけど、頼ってくれることは珍しいからな」
「………………」
「だから嬉しそうだ」
「………………」
頼ってくれることが嬉しい。
マーシャらしいとは思うのだが、そんなことにも気付けなかった自分が少し情けなかった。
家族のようなものだと紹介しておきながら、俺自身は壁を作っていたのかもしれない。
★
それからシンフォの案内で『ランファン・モーターズ』という店に移動した。
レーシング用スカイエッジを製造する工場兼販売店らしい。
「ここは修理と改良も行っていて、現役のレーサーからも高い評価を得ているんですよ」
「ということは、知り合いの店か?」
「新人だった頃にはかなりお世話になったんですけど、今のスポンサーがついてからは専任の整備士任せになっていたので、疎遠になったままなんですよね。だからここに来るのは本当に久しぶりなんです」
「そうか」
本当はここで世話になり続けたかったのかもしれない。
シンフォの表情は寂しさと嬉しさの入り交じったものだった。
中に入ると、全体的に油臭い印象だった。
しかしそれはこの場所によく似合っているものであり、客もこの状態を気に入っているようだ。
多少の小汚さは雰囲気の内として受け入れられているし、逆に業者を呼んで正装した次の日などには違和感の方が大きくなるだろう。
小汚くとも不潔ではなく、整備場所としての好ましい荒れ具合、という奇妙なバランスで構成された場所なのだ。
腕のいい整備士の居場所、という感じがする。
「うん。いい場所だな」
マーシャもそれは認めている。
「そうだな。ちょっと懐かしいかも」
レヴィも嬉しそうだ。
自分の機体を整備士と一緒に弄っていたころを思い出しているのかもしれない。
俺も少しだけ懐かしい気持ちになっている。
「よく分かんないけど、多分いい場所っぽいですね~」
「僕にもよく分かんないけど、面白そうな感じだね」
シオンとシャンティはそういった感覚には馴染みが無いようで、よく分からないながらも面白がっている。
しかし店内に従業員の姿は無い。
恐らく作業場の方に居るのだろう。
しかし客が来ると呼び鈴が自動的に鳴る仕組みになっているようで、シンフォが呼びかけてからすぐに店員がやってきた。
「いらっしゃい……って、シンフォじゃないか。久しぶりだなっ!」
出てきたのは三十代後半ほどの男性で、灰色の髪と茶色の瞳をしていた。
灰色の髪は機械油で荒れているが、腕のいい職人だということは雰囲気だけで分かる。
苦労はしているようだが、充実した毎日を送っているのだろう。
生き生きとした目は年齢に似合わない若々しさで溢れている。
「ゼストさん。久しぶり。最近は顔を出せなくてごめん」
「いいってことよ。スポンサーの意向に逆らうとレースに参加出来なくなるからな。事情は理解している。まあ、寂しかったことは確かだけどな」
申し訳なさそうにしているシンフォの頭を撫でようとしたようだが、すぐに油で汚れていることに気付いて止めた。
どうやら二人は気心の知れた関係らしい。
本当はこういう人間に一から十まで整備して貰うのが、一番いいのだろう。
しかしレーサーとスポンサーの関係を無視する訳にもいかないので、今までは少し疎遠になっていたようだ。
「実はロンタイさんからスポンサー契約を切られちゃって……」
シンフォは言いにくいことから先に切り出した。
そしてゼストの顔色も変わった。
「マジか」
ゼストは気の毒そうな視線をシンフォに向ける。
スポンサー契約が切られるのがどういうことか、よく知っているのだろう。
これでシンフォのレーサーとしての人生は終わった、と思ったのかもしれない。
「まあ、しばらくは引き摺るだろうが、あまり気を落とすなよ」
最近のシンフォの成績も知っているので、新しいスポンサーを見つけるのは難しいと思っているのだろう。
しかしシンフォは笑顔で首を横に振った。
「大丈夫。まだ終わってないから」
「え?」
「期間限定だけど、新しいスポンサーが付いてくれた。だから、私はもう少しだけ飛べるよ」
「そうなのか?」
シンフォはマーシャを振り返る。
本当なら俺がスポンサーになる筈だったが、ここは彼女に譲るべきだろう。
マーシャが嬉しそうな表情で前に出ていく。
「初めまして。マーシャ・インヴェルクだ」
「こりゃまた、えらい美人さんがスポンサーになったもんだな」
ゼストもマーシャの美貌に見とれているらしい。
迫力と可愛さが同居している美貌というのは、なかなかに珍しいのだろう。
「ゼスト・ランファンだ。この店でスカイエッジの整備と販売を行っている」
「よろしく」
マーシャはゼストに手を差し出す。
油で少し汚れていても気にしないようだ。
それが分かっているからこそ、ゼストもマーシャの手を握った。
彼女が自分と共通する価値観の持ち主であることを理解したのだろう。
「こいつにチャンスを与えてくれてありがとうな。感謝してる」
しっかりとマーシャの手を握ってから、感謝の言葉を告げてくる。
マーシャも少しだけぴんと来たようだ。
「ゼストさんは彼女に何か特別な思い入れでもあるのか?」
もしかしたら恋愛関係を想像しているのかもしれない。
二十代前半のシンフォと三十代後半のゼストではそれなりに年齢差があるが、マーシャ自身はレヴィと恋人同士なのでそんなことを気にする理由もない。
むしろ全力で応援しようとするだろう。
「思い入れっつーか、ファンなんだよ」
「ファン?」
「不思議そうな顔をしているな」
「まあ、最近はビリ続きだと聞いているし。それでもファンでいられるものなのかっていうのが不思議かな」
マーシャの言葉は俺も同感だ。
「結果が全てじゃないだろう?」
「それは認めるけど。でも観客にとっては結果が全てじゃないかな」
「そりゃそうだ。でもこちとらシンフォがデビューした当時から見てきたからな。デビュー当時のこいつはかなり凄かったんだぜ」
「そうなのか?」
マーシャがシンフォに振り返る。
俺たちもシンフォを注視する。
彼女が凄かったという姿を想像出来ないのだ。
昨日の落ち込みようを見ていると尚更、想像出来ない。
「す、凄かったというか、それなりの成績は残していましたけど……」
シンフォが赤くなりながら頷いた。
当時のシンフォはデビューして間もない立場でありながらも、驚異的な成績を残していたらしい。
体力的に不利な女性レーサーでありながらも、レースに出ればほぼ必ず一位を獲っていた。
獲れない時もあったが、それは本人の技倆の問題ではなく、機体トラブルや接触事故などという外的要因によるものだった。
順当にレースが進めば、シンフォは必ず勝利したらしい。
シンフォ・チャンリィは半年前まで、スカイエッジ・レースのトップスターだったのだ。
「それが今は……か……」
思わず苦々しい声で呟いてしまった。
「う……まあ……色々ありまして……」
俺の視線に耐えかねたのか、シンフォは気まずそうに目を泳がせた。
自分が無謀なことをしようとして成績を落としているという自覚はあるのだろう。
「こいつが今までとは違うコースを飛び始めたのは半年ぐらい前からだ。当時は関係者の間でも話題になったけどな。お陰で成績はがた落ち。上手く飛べずに浮島との接触事故なんていうレーサーとしては最低の事件まで起こしちまって、一気に転落って訳だ」
「うう……」
容赦無く説明されてシンフォは縮こまっている。
しかし悪いとは思っていても、止めるつもりはないらしい。
「それでもこいつは飛び方を変えようとはしなかった。頑ななまでに外れたコースを飛ぶことに拘っていた。だから何か理由があるんだろうとは思っているが、残念ながら結果には繋がっていないな」
「うぅ……」
更にぐさぐさとやられている。
それでもシンフォはめげない。
意外と頑丈なメンタルの持ち主なのかもしれない。
「り、理由はあるよ。あの『道』を飛び続ける理由が、私にはある」
ゼストの疑問に対して少しだけ反論するシンフォ。
彼女にとってそこは譲れないものなのだろう。
「だろうな。お前はそこまでアホじゃない筈だ」
「アホって……酷い……」
しょんぼりしてしまうシンフォ。
ニヤニヤしながらそれを眺めるゼスト。
どうやらからかっているだけらしい。
そして否定もしていない以上、理由は分からなくともシンフォのことは信じているのかもしれない。
彼女が自分の新しい機体の調達先にここを選んだ理由がよく分かった。
ここならば信頼出来る機体を用意して貰えると確信しているのだろう。
マーシャにもそれは分かったらしい。
「うん。貴方はシンフォのことをよく理解しているようだ。だったら私が細かいことを言う必要は無いな。予算は気にしなくていいから、シンフォが望む最高の機体を用意して貰いたい」
そしてマーシャは世間話を打ち切ってから本題に入る。
このまま世間話を続けていたら、本題に進めないかもしれないと思ったのだろう。
「予算は気にしなくていいって、随分と凄いことを言ってくれるな」
「私はお金持ちだからな。本当に予算を気にしなくて、つぎ込めるパーツと技術の全てを集結して、最高の、最強の機体を用意してくれたらいいんだ。私はそれでシンフォが飛ぶのを見てみたい。もちろん、オッドもそうだろう?」
俺に振り返るマーシャ。
俺はしっかりと頷いておいた。
「ああ。見てみたいな」
マーシャが居てくれなければ、シンフォは制限された機体で飛ぶことになっただろう。
俺だけが最初から最後まで関わっていたら、シンフォを満足に飛ばせてやれなかった。
そういう意味では、素直に頼ることも大事だと実感する。
「しかしそういうことなら面白い機体があるんだが、見てみるか?」
「面白い機体?」
シンフォを見てニヤリと笑うゼスト。
シンフォの方もすぐに食いついた。
ゼストの腕を知っているからこそ、どんな機体なのか興味があるのだろう。
「おう。こっちに来てみろ。乗り手がいないままの展示品になるかもしれないと思っていたんだが、お前ならきっと乗りこなせるだろうよ」
作業場の方に案内された俺たちは、そこで完成品のスカイエッジを見せられた。
いくつものスカイエッジが整備中の中、その機体だけは優美な完成品としてそこに存在していた。
「こいつは実験機なんだけどな。シンフォに合わせて造ってある」
実験機として造られていたのは、偶然にもスターウィンドと同じ蒼い機体だった。
俺が知っている戦闘機よりもずっとシンプルな造りだが、フォルムはレヴィのスターウィンドに少し似ている。
「へえ~。地上だとこのぐらいの構造でも動くんだな」
レヴィが感心したように呟く。
スターウィンドの密度に較べると、かなり物足りなく感じているのだろう。
しかしスターウィンドは宇宙用戦闘機としても破格のスペックを誇る機体だ。
通常の大気圏内用機体とは密度に差がありすぎるのは当然だろう。
「その台詞。他の機体をいろいろ知っていそうだな」
ゼストがレヴィの台詞に食いつく。
整備士としての血が騒いでいるのかもしれない。
「俺たちが知っているのは宇宙用戦闘機だけどな。宇宙を飛ぶ機体だから計器類や武装、慣性相殺システムにシールド防御、結構な機能を積んでいるから、密度が段違いなんだよ」
「なるほどなぁ。もしかして整備士出身か?」
「いや。操縦者の方だ。俺もオッドも、そしてマーシャも全員が操縦者だよ」
「そうなんですか?」
「こりゃあ驚いた」
シンフォとゼストが本当に驚いた視線で俺たちを見る。
操縦者には見えなかったのかもしれない。
それはそれでショックだが。
しかし今の俺が厳密には操縦者とも言えないんだがな。
まあいいか。
元操縦者という括りならば同一だ。
「宇宙船の操縦者ってことは、元軍人か?」
「まあな~。マーシャは違うけど、俺とオッドは元軍人だ」
「なるほどなぁ。戦闘機に乗り慣れているんだったら、スカイエッジは物足りなく感じるかもしれないな」
「そうでもない。これはこれで面白そうだ」
「嬉しいことを言ってくれるねぇ」
スカイエッジをこよなく愛するゼストは本当に嬉しそうに笑っている。
整備士は機体を弄るのが好きで堪らないという人間が多いが、ゼストもその例に漏れないようだ。
「操縦そのものは戦闘機とそこまで変わらない筈だ。計器類のチェックがかなり省略されている分、かなり簡単になっ
ているとも言える。後で試しに乗ってみるか?」
「いきなり乗って大丈夫な代物なのか?」
「戦闘機に乗れる奴なら大丈夫だろ」
「ふむ。じゃあオッド。後で乗ってみるか?」
「俺が?」
「最初にシンフォに関わろうと決めたのはオッドだからな。スカイエッジにも興味があるみたいだし、乗ってみたらどうだ?」
いきなり俺に振られたので驚く。
しかしレヴィ自身は乗ってみたいとは思わないのだろうか。
「俺はスターウィンド以外に浮気は出来ないからなぁ。マーシャの前だし」
「ふふん。よく分かっているじゃないか」
冗談めかして言ったようだが、マーシャは割と本気のようだ。
スターウィンドはマーシャがレヴィの為だけに造った機体であり、浮気をするのは面白くないらしい。
尻尾が見えていたらぱたぱたと揺れているだろう。
「そういうことなら、後で乗ってみたいな」
俺自身はスカイエッジに興味もあるし、浮気となるような機体も無い。
安心して乗れるというものだ。
「オッドさん、嬉しそうですです」
シオンがからかうような視線を向けてくるのが少し面白くないが、まあいいだろう。
「珍しいね。オッドが嬉しそうにしているのって」
「そうなんですか?」
「優しいけど、基本的にはクールだからな~」
「へえ~」
シャンティが余計なことを言っている。
しかし反応すると泥沼になりそうだったのでやめておいた。
その間、シンフォは機体の詳細ファイルを確認している。
ファイルから視線を外さずに食い入るように見ているので、この機体にかなり意識が傾いているのだろう。
「気に入ったか?」
マーシャはワクワクした表情でシンフォの隣に行く。
「はい。少し手を加えて欲しいところはありますけど、この機体なら私にとって満足のいく飛翔が出来そうです」
「そうか。じゃあこれで決まりだな。ゼストさん。この機体に更に改良を加えるとして、大体どれぐらいになる?」
「そうだな。大体三千万ぐらいか?」
「分かった」
マーシャは携帯端末を操作している。
きっと自分の口座からお金を振り込むつもりなのだろう。
「すぐに振り込むから口座を教えてくれ」
「すぐにって、一括か?」
「うん。一括だ」
「……どんだけ金持ちなんだ」
「あるところにはあるんだぞ」
「そうみたいだな……」
ゼストは呆れ混じりに店の口座を教えると、すぐに振り込み完了した。
「うわ。本当に振り込まれてる……」
口座に三千万の振り込みを確認して、更に呆れるゼスト。
「よし。これでこの機体はシンフォのものだ。思う存分自分の為に調整をしてくれ」
「あの。本当にありがとうございます。マーシャさん」
「うん。お礼は最高の飛翔でしてくれたらいいぞ」
「はい。頑張りますっ!」
まだ終わりにしなくていい。
もっと飛べる。
それだけでシンフォは幸せそうだった。
そしてシンフォは俺の前までやってくる。
「どうした?」
「オッドさん。本当にありがとうございます」
「? 俺は特に何もしていないだろう。スポンサーを引き受けたのはマーシャだし」
「いいえ。オッドさんがあの時私に声を掛けてくれたから、今の状況があるんです。私を見捨てないでいてくれたから、私はまだ飛べるんです。本当にありがとうございます」
「………………」
シンフォは俺の手をぎゅっと握って、涙ぐんだ表情でお礼を言ってくる。
飛ぶことが生き甲斐なのだろう。
そして飛べなくなったら生きる気力を失う。
それは危うい精神性なのかもしれない。
しかしその危うさがあるからこそ、辿り着ける場所がある。
そんな気がするからこそ、その危うさを責めようとは思わなかった。
俺はシンフォの頭に手を置いて、そっと撫でた。
「良かったな」
「………………」
何故か赤くなるシンフォ。
「ん? 子供扱いみたいで悪かったか?」
「い、いえ。その、そういうことをされたのはかなり久しぶりなので……照れるというか……」
「そうか。それは悪かった。最近はこういう感じで女の子に接することが多かったからな。つい同じようにしてしまった」
「それってあたしのことですか~?」
「他に誰がいる?」
いつの間にか隣に来ているシオン。
頭を撫でて欲しそうにしていたので、希望通りにしてやった。
「えへへ~」
子供に接するのと同じように、シンフォにもしてしまった。
シンフォはまだ若いとは言え、子供とも言えない年齢なので、流石に頭を撫でるのは不味かったかもしれない。
★
それからシンフォとゼストの打ち合わせが始まった。
細かい希望を聞き入れて大幅な改造が行われるかと思ったが、元々あの機体はシンフォが乗ることを前提として造られているらしいので、ほとんどの希望が叶えられていた。
ゼストは本当にシンフォのファンなのだろう。
楽しそうにシンフォの希望を聞き入れているところを見ると、自分の造った機体で飛んで貰えることが誇らしいのかもしれない。
俺たちはその間、店の斜め前にある喫茶店でのんびりとしていた。
シンフォを待つ間、店の中でくつろぐよりも、のんびりとお茶をしようということになったのだ。
マーシャは優雅に紅茶を飲んでいるし、レヴィはその隣でアイスコーヒーを飲んでいる。
二人とも相変わらず仲がいい。
隣にいるのが自然で、離れている方が違和感を覚えるぐらいに馴染んでしまっている。
「とりあえずこれでシンフォは大丈夫かな?」
「そうだな。マーシャのお陰だ。ありがとう」
「うん。オッドが頼ってくれて嬉しいから問題無い」
「そうか」
「うん。そうだぞ」
にこにこしながら答えるマーシャ。
仲間に対しては本当に優しい。
「マーシャ。折角だから次のレースでシンフォさんに賭けたらどうですか? 今なら大穴だから、勝ったらボロ儲けですよ~」
「いいな、それ。儲け分をシンフォの今後の活動資金にしてやろうか」
「それは名案ですです~」
シオンの提案にマーシャも乗り気になる。
スカイエッジ・レースはギャンブルなので、多額の金が動く。
それを利用して今後のシンフォがスポンサーを得られなくても、レーサーとして活動出来る為の下地を作ってやろうという腹づもりらしい。
「もしかしてマーシャもシンフォのことを気に入ったのか?」
「シンフォが気に入ったというよりは、オッドが肩入れするつもりになった女の子が気になったという感じだな。春が来たりしたかもしれないし?」
「そっちか……」
がっくりと肩を落とす。
確かにシンフォに肩入れする気にはなっているが、そういう感情は持っていない。
むしろ幼い子供みたいな印象があって、そういう気持ちになりづらいというか。
「生憎と、そういう対象にはなりそうにないな。というよりも、考えたこともなかった」
「そうなのか? シオンと違ってちゃんと大人の女性だからロリコンにはならないぞ」
「………………」
「ごめん。嘘です。睨まないでくれ」
ロリコン呼ばわりされかけて睨むと、マーシャはレヴィの後ろに隠れた。
マーシャの方がずっと強いので隠れる必要はないと思うのだが、こういう攻め方をすると弱いということだろう。
「あたしはオッドさんでもいいんですけどね~。格好いいし、ご飯美味しいし」
「俺は嫌だ」
「あう~。振られちゃったですです~」
「ちっとも振られた悲壮感が無いね、シオン」
「あはは。まあ冗談ですしね~」
冗談でロリコン扱いされたらたまったものではないのだが、まあ子供の悪ふざけで済むレベルなら許しておこう。
マーシャやレヴィ相手ならある程度容赦をしなくて済むのだが、子供相手に怒りすぎると可哀想だという気持ちになってしまう。
やはり子供には甘過ぎるのかもしれない。
「オッドにも春が来てくれたら私は嬉しいんだけどなぁ」
「気持ちだけ貰っておく」
俺を心配してくれる気持ちは嬉しい。
しかし俺にもそう出来ない理由があるのだ。
レヴィが乗り越えたものを、俺は乗り越えられない。
それは弱さなのかもしれない。
だけど弱いままでもいい。
あの地獄を乗り越えたのだから、その程度には自分を甘やかしても許されるだろう。
「取り敢えずあのシンフォにはしばらく関わるんだよな?」
「そのつもりだ。早めにロッティへと戻りたいのなら、俺のことは置いて行ってもいい」
「いやいや。面白そうだから最後まで付き合うよ。たまには戦闘機以外のものに興味を持ってみるのも楽しそうだし」
「そうだな~。俺はマーシャが喜ぶと尻尾が気持ちよくなるから賛成」
「……レヴィ。その理由はかなりアホだぞ」
「もふもふマニアだから仕方ないだろう」
「開き直ったな……」
本当に、その理由もどうかと思うのだが、まあレヴィが幸せそうなら構わないということにしておこう。
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