シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

5-5 オッドとスカイエッジ 4


 複雑な心境になりながらもホテルに戻ると、俺の部屋にはみんなが勢揃いしていた。

「お帰り~」

「お帰り、オッド」

「お帰り~。お腹空いたよ~」

「………………」

 つまり、飯を作れということらしい。

 全員揃って俺の部屋で食事待ち。

 なんというか、更に複雑な心境だった。

「レストランで食べればいいだろうに……」

 このホテルにはレストランもある。

 わざわざ俺を待つ必要は無いと思うのだが。

「今日は天翔石の取引が成立したからな。せっかくだからオッドの手料理がいいな」

「おう。祝いってことでご馳走を頼むぜ」

「ちなみに材料は山ほど買ってきているから、好きなものを使ってくれ」

「オッドの料理楽しみだな~」

「………………」

 材料まで買ってきているらしい。

 しかも山ほど。

 どうあっても作るしかないらしい。

 いや、別に拒否したい訳でもないのだが。

 それに取引が成功したというのなら、この星にもそれほど長居はしないのかもしれない。

 場合によっては俺だけ少し残るかもしれない。


 マーシャの希望通り、肉をメインにした夕食を作った。

 食べきれないほど作ったつもりだったが、肉食獣はぺろりと食べてしまった。

 どう見てもあの量が入る身体ではないのだが、一体何処に収まっているのだろう。

「ふい~。食べた食べた~。オッドはまた腕を上げたな~。一流レストランのものと比較してもいいぐらいになっているぞ」

「そうか?」

「ああ。間違いない」

 リーゼロックのお嬢様としてあらゆるご馳走を存分に食べてきたマーシャが言うのなら間違いないのだろう。

「将来はレストランとか開いてもいいんじゃないか?」

「……俺は正規の調理師免許を持っている訳じゃないんだがな」

「大丈夫だ。そんなものいくらでも偽造してやる♪」

「……それはやめてくれ」

 そんなくだらないことで犯罪行為に手を染めないで欲しい。

 シオンとシャンティがいる以上、電脳魔術師《サイバーウィズ》関連の犯罪はある程度諦めているが、だからといって余計な犯罪まで積み重ねないで欲しい。

 誰にも迷惑は掛けないかもしれないが、精神衛生上よろしくない。

 しかし、レストランか。

 少し面白そうだと思ってしまった。

 こうやって作っている内に、料理が少し楽しいと思い始めているのも確かだ。

 まあ、今のところは少し頭をよぎる程度だ。

 現在においてはそれ以上に気になることがあるからな。

「マーシャ」

「何だ?」

「取引が完了したということは、ヴァレンツからはもう出て行くのか?」

「そのつもりだけど、どうしたんだ? 何か用事でもあるのか?」

「用事というか、少し関わっておきたいことがある。だから急ぎなら先に戻っていて欲しい」

「ん~。別に急ぎってほどじゃないけど。それよりもオッドの用事が気になるな。詮索されたくないことじゃなかったら教えてくれないか?」

「実は……」

 俺の都合でマーシャの予定を狂わせるのだから、説明するのが義務だったと思ったので全て教えておく。

 スカイエッジに興味を持ったこと。

 そしてシンフォ・チャンリィとの出会い。

 彼女の飛翔に興味を抱いて、少し関わってみたいと思った事。

 マーシャは話を聞いて面白そうに尻尾を揺らしていた。

 どうやら彼女も興味を抱いたようだ。

「つまり、オッドはその子のスポンサーになると言った訳か」

「ああ」

「春が来たかな?」

 にまにま笑っている。

 スカイエッジに興味を抱いたというよりは、シンフォとの仲が進展するのを期待しているらしい。

 生憎と、そういう気持ちは無い。

「来ていない。そもそも、あまり好みでもないしな」

「そうなのか。じゃあやっぱり……」

 じーっとシオンを見るマーシャ。

「しばらく食事は無しでいいか?」

 何を言いたいのかが分かったので、やや低い声で脅しておいた。

「ご、ごめん。それは勘弁してくれ」

 慌てて謝るマーシャ。

 やはり食事を盾に取れば脅迫は簡単だった。

 からかわれるのは嫌いだ。

「オッドにもそろそろ春が来てもいいと思うんだけどなぁ」

「気持ちはありがたいが、そういう気分になれないからしばらくは放っておいてくれ」

「まあいいけど。無理強いすることでもないしな」

「ああ」

「そのシンフォって子、私も会いに行っていいか?」

「構わないが、どうしてだ?」

「オッドに関心を抱かせた操縦っていうのに興味があるんだ。それにスポンサーなら私が適任だと思うし」

「……スポンサーは俺だぞ」

「じゃあ私が横取りだ♪」

「何故いきなりそんなことをする?」

「いや。多分オッドの手持ちじゃ足りないと思って」

「え?」

「スカイエッジの安全装置を取引材料にしたんだけど、その際、スカイエッジについてもそれなりに調べたんだ。レーサー仕様のスカイエッジを手に入れようと思ったら、二千万以上は確実にかかるぞ」

「え……」

 そんな筈は無い。

 シンフォは確か五百万と言っていたし、改造費用を含めても七百万あれば十分だと言っていた。

「それは明らかに気を遣ったんだろうな」

「………………」

 シンフォなら有り得そうな話だった。

 そしてそんなことにも気付けなかった自分が間抜けすぎて腹立たしい。

「企業ならともかく、個人でそこまでの金を出させるのは申し訳ないと思っていたんだろう。本格的な改造となると専任の整備士も必要になるし、契約も含めると三千万ぐらいはくだらないだろうな」

「………………」

 俺の貯蓄をはるかに越えている。

 しかしシンフォに十分なサポートをしようと思えば、マーシャの方が正しいのだろう。

「どうする? 私に任せた方がいいと思うんだけど?」

「……それはその通りだと思うが、いいのか?」

「構わないさ。オッドが興味を抱いたなら、私も興味を抱けるかもしれないしな」

「………………」

「それにいつもご飯を作ってくれるから、たまにはお返ししておかないと」

「………………」

 随分と高い『お返し』だったが、マーシャにとってはそうでもないのだろう。

「じゃあ明日一緒に行くか?」

「うん。よろしく♪」

 頼って貰えたのが嬉しいのか、マーシャはにこにこしながら肉を頬張る。

 尻尾もぱたぱた揺れているので、本当にご機嫌なのだろう。

「うん。オッドが私に頼ってくれるなんて珍しいから、本当に嬉しいんだ」

「そうか。ありがとう」

「私の方こそ、素直に頼ってくれてありがとう」

「………………」

 あどけない笑顔でそんなことを言ってくれるマーシャ。

 レヴィは彼女のこういう部分に惹かれているのだろう。

 隣に座っているレヴィの視線は温かいものだった。

「あ。話は変わるんだけど」

「?」

「そのエプロン。やけに可愛いな」

「っ!!」

 ……不味い、外し忘れていた。

 シオンからのプレゼントである猫エプロン。

 使わないのも悪いと思って着用はしていたのだが、食事時には外すつもりだったのに。

 着けっぱなしにしてしまった。

 そしてシオンが嬉しそうにはしゃぐ。

「えへへ~。実はあたしがプレゼントしたですよ~♪」

「そうなのか?」

「オッドさんに似合いそうだと思って、お店で見かけて衝動買いしたですです♪」

「うん。似合っていると思う」

「でしょでしょ~」

「………………」

 はしゃぐシオンとマーシャ。

 しかし俺自身は似合っているとは思っていない。

 それを口に出したりは出来ないが、猫は似合っていない。

 断じて似合っていないと思う。

「………………」

「………………」

 そしてそんな俺の苦々しい表情をにやにやしながら眺めるレヴィとシャンティ。

 明らかに面白がっている。

「オッドってさ、子供に弱いよね」

 シャンティが少し呆れながら言う。

 自分も子供の癖にそんなことを言うのはどうかと思う。

「いやいや。分かってるよ。僕もオッドのそういう部分に結構つけ込ませてもらっているからさ」

「つけ込むな」

「いいじゃん。なんだかんだで優しいんだよ、オッドは」

「………………」

 優しいつもりはないのだが、しかし否定するのも嫌な奴っぽくて微妙だった。

「でもオッドが女性に興味を持つなんて珍しいな。特定の相手を見つける気になったのか?」

「そういう訳ではありませんけどね。俺が興味を持っているのは彼女自身ではなく、彼女の飛翔そのものですから」

「なんだ、つまらん。せっかくオッドに春が来たと思ったのに」

「来ませんよ」

「諦めることもないだろう」

「俺は、レヴィほど強くはなれませんから」

「そうでもないだろ」

「え?」

「……いや。これは自分で気付かないとな」

「?」

「何でもない。忘れてくれ」

「………………」

 レヴィの言葉はどこか俺の心に引っかかる。

 しかし自分で気付かなければならないことならば、レヴィは何も教えてくれないだろう。

 昔から、そういうことに関しては何も教えてくれない人なのだ。

 年下なのに、妙に達観したところもあって、少しだけ戸惑う。

 俺は何かに気付かなければならないのだろうか。

 いや、現状に満足している以上、それは必要無いと思う。

 レヴィはマーシャを見つけた。

 だけど俺には必要無い。

 必要無い筈だ。

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