シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

4-5 ちびトリスの失踪


「ちびトリスが居なくなったっ!?」

 翌朝、目を覚ましたトリスにクラウスから知らされたのは、ちびトリスの失踪だった。

 いつも通りに目を覚まして、仕事に行く準備をしようとしていたところだった。

 いつもなら打ち解けてくれないちびトリスと一緒に行くところだが、そのちびトリスが居なくなってしまったのだ。

 居間でクラウスに聞かされたトリスは戸惑いながらもどうしてなのかを問いかける。

「一体どうして……」

「理由は分からんがな。ただ、ちびトリスはまだ不安定じゃったからな。こうなることはある程度予想出来ておった」

「そうなのか?」

「うむ。失踪したといっても、服に仕込んだGPSは作動しておるし、何処にいるのかはちゃんと分かっておる。すぐにPMCの人間を一人向かわせているから、何かあっても対処は出来る」

「良かった……」

 ちびトリスが無事であることにほっとするトリス。

 このまま飛び出して当てもなく探し続けるところだった。

 自分はこういう部分がまだ未熟なのだろう。

「あまり良くはないぞ、トリス」

「そうだな。居場所が分かっているからこそ、俺たちがただ連れ戻せばいいって問題でもない」

「え?」

 居間にはクラウスとトリスだけではなく、レヴィとマーシャも集まっていた。

 他のメンバーはまだ部屋でのんびりとしている。

「私達がただ迎えに行っても、ちびトリスは戻ってこない」

「……どうして」

「分かっているんだろう? ちびトリスは自分の意志で出て行った。ここには居たくないと、自分の意志で示したんだ」

「………………」

「だからちびトリスが戻って来たいと思えるような理由を私達が示せない限り、無駄だと思う」

「だったら、どうすればいいんだ。放っておけと言うのかっ!?」

「そうは言ってない。落ち着け、トリス」

 マーシャに対して怒鳴りつけるトリスを宥めるように、レヴィの大きな手が頭を撫でた。

 マーシャに対してするのとは違う、少し荒っぽい撫で方。

「レヴィさん……」

「俺だってちびトリスのことは心配だ。だが分かっているだろう? ただ連れ戻したところで、また同じことになる。その度に連れ戻しても、また出て行く。その繰り返しじゃあまりにも救われないだろう?」

「それは、そうだが……」

「だから迎えに行くなら、ちゃんとちびトリスが戻ってこられるようにしなければならない」

「………………」

「トリス。あれについてはもう考えたか?」

「一応は」

「なら、それも戻ってきたいと思える材料の一つになるといいな」

「……だと、いいけど」

 一生懸命考えて、いろんなことを考えて、そして見つけ出した答え。

 それをちびトリスが気に入ってくれるかどうかは分からない。

 だけど、理由の一つになってくれるかもしれないのなら、トリスが示すしかない。

 それはきっと、オリジナルであるトリスにしか出来ないことだ。

「トリス」

「………………」

 マーシャがトリスの前にやってきて、アメジストの瞳をじっと見つめる。

 銀色とアメジストが見つめ合い、そしてアメジストが揺らぐ。

「トリスはちびトリスに対して、どうしたい?」

「………………」

「負い目を持っているのは分かっている。だけど、願っていることぐらいはあるだろう?」

「それは……もちろんある。だけど俺にはそれを願う資格が無い」

 幸せを願っている。

 ちびトリスが自分自身として、生き甲斐を見つけて、楽しく生きてくれることを願っている。

 しかしその気持ちを妨げているのは、自分自身が偽物だという意識だ。

 だからこそ、その原因を与えているトリスにそれを願う資格は無いと思っていた。

「いいんだよ。願っても」

「マーシャ……」

「トリスが本当にちびトリスの幸せを願っているのなら、それを口にしてもいいんだ。ちゃんと口に出して、気持ちを伝えないと、いつまで経っても分かって貰えないんだから」

「それは、そうかもしれないが。だが、俺はちびトリスに嫌われているし……」

「嫌われている相手の幸せを願ってもいいじゃないか」

「む……」

「勝手に願う分には構わないと思うぞ」

「………………」

 恐ろしく乱暴な意見だが、確かにその通りだと思った。

 勝手に願う分には、トリスの自由なのだ。

 ちびトリスがどれほど嫌がったところで、トリスがそう願うことを否定させたりはしない。

「問題はちびトリスが出て行った本質的な原因だな。何か心当たりはあるか?」

「……分からない。俺はちびトリスとはあまり話せていないから、あの子が何を考えて、何に悩んでいるのか、分かってやることも出来なかった」

「これから出来るようになればいいじゃないか。でも、そうか。分からないなら、行き当たりばったりでいくしかないな」

「え?」

「居場所は分かっているんだし、迎えに行ってやれ。ただし、ちゃんと話し合うこと。喧嘩してもいいし、ズタボロになってもいいから、ちゃんとぶつかり合って帰ること」

「マーシャ? 俺が行くよりもマーシャが行った方がちびトリスも帰ってくる気になれると思うんだが」

「馬鹿」

「え?」

「私が行っても意味が無いんだ」

「え?」

「私はちびトリスを甘やかしてやることは出来ても、本心をぶちまけさせてやることは出来ないからな。傷ついたちびトリスを宥めたり甘やかしたりは出来るけど、それだけなんだ。本質的な部分に踏み込むことは出来ないし、私が何を言っても、ちびトリスの心の奥底には届かない」

「そんなことは、無いと思うが」

「あるんだよ。ちびトリスが私に甘えているのは、きっとトリスの記憶がそうさせているから」

「記憶?」

「クローンだからな。オリジナルの記憶を部分的に受け継いでいてもおかしくはない。というよりも、記憶があるからこそ、自分を本物だと確信出来ないのかもな。自分自身のものではない記憶に苛まれるのだとしたら、それは無理もないと思う」

「記憶……。それは気付かなかった。ちびトリスが本当に俺の記憶を持っているのだとしたら、納得出来ることではあるけれど」

「?」

「……いや。何でもない」

「トリス?」

「何でもない」

「………………」

 ちびトリスがあそこまでマーシャに甘えようとするのは、トリスがマーシャを好きだった記憶を持っているからではないだろうか。

 はっきりとしたものではないのかもしれないが、好意がそのまま受け継がれているのだとしたら、あの甘えっぷりも納得出来てしまう。

 しかしそんなこと、マーシャには言えない。

 トリスは未だにマーシャを想っている。

 しかしレヴィがいる以上、その気持ちを伝える訳にはいかないのだ。

 伝えたところで実らないことは分かりきっているし、それにマーシャを困らせるだけだ。

 だったら自分自身の中に閉じ込めたままにしておいた方がいい。

「なあ、マーシャ」

「何だ?」

「記憶を選んで消すことは出来るのか?」

「……まさか、ちびトリスの記憶を消すつもりか?」

「全部じゃない。ただ、俺の記憶を消しておきたいんだ。そうすれば、俺の記憶に苛まれずに済むかもしれないだろう? 自分の記憶だけならば、ちびトリスもちゃんと自分自身を確信出来る。少なくとも、その手助けになると思うんだ」

「む……。確かにトリスの記憶は消しておいた方がちびトリスの為かもしれないな。リーゼロックの技術力なら出来ないこともないか。電気信号を操作すれば、選択しながら記憶を消すことは出来るが……。それでも、ちびトリスがどれだけトリスの記憶を受け継いでいるかにもよるな。選んで記憶を消すことはかなり繊細な作業になるし、本来のちびトリスの記憶にまで多少の影響が出るかもしれない」

「……駄目か?」

「いや。専門家を集めれば出来ると思う。一応、記憶消去については進められるように準備しておく。それも連れ戻す為の材料になればいいと思うからな」

「頼む」

「任せろ」

「ああ。なら、俺はちびトリスを連れ戻してくる」

「無理強いは駄目だぞ」

「分かっている。ちゃんと、ぶつかりあって、話し合う。あいつがどれだけ嫌がったとしても、ちゃんと徹底的にぶつかってくる。悪いけど、今日の仕事は休むからな」

「当然だ。子供達は寂しがるだろうけど、代わりにレヴィを派遣するから問題無い」

「……ご愁傷様だな」

「まあ、騒がしくなる分、寂しいよりはいいんじゃないか?」

「二人とも酷いなっ!」

「まあ、否定は出来んじゃろう」

「クラウスさんまでっ!?」

 レヴィとクラウスの賑やかなやりとりに苦笑するマーシャ達。

 レヴィが空の家に派遣されるのなら、確かに賑やかになりそうだが、ちびもふ達がもふもふマニアの犠牲になってしまう。

 本気で嫌がられることはないだろうが、次にレヴィが来た時には警戒してもふもふを逆立てるぐらいのことはしそうだ。

「もっふもっふ天国が俺を待っているう~♪」

「………………」

「………………」

「………………」

 うきうきしながらそんなことを言うレヴィを見て、誰もが不安になってしまう。

 そんな不安を感じ取って、レヴィがぐっと親指を立てる。

「大丈夫だ。無理強いはしない。むしろ俺にもふられることが大好きだと言わせてみせるっ!」

「それも不安だ……」

「子供達が変な趣味に目覚めたら困るな……」

「不安じゃのう」

「……みんな酷すぎる」

 しょんぼりしてしまうレヴィだが、本気で凹んでいる訳ではない。

 ちびトリスのことも心配だが、居場所が分かっているし、ガードも付いているので、トリスに任せておけばいいと割り切っている。

 帰ってきたらお仕置きも含めてたっぷりみっちりもふもふ可愛がってやろうなどと、物騒なことも考えている。

「ではちびトリスのことは任せたぞ、トリス」

「分かった」

 トリスはすぐに部屋から出て行き、ちびトリスを迎えに行く。

 居間に残された三人は、多少は不安な表情も見せていたが、戻ってくる頃にはもう少し距離を縮めてくれることを願っていた。

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