シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

3-7 混沌の戦場


 トリスと海賊船フォルティーンはマーシャの忠告に従い、無事にクレイドルを出ていた。

 その間に必要な補給は済ませていたので、慌ただしい出港になっても困ることはなかった。

 フォルティーンを監視していたエミリオン連合軍の人間はかなり慌てたが、今から連絡しても包囲網を敷くには間に合わない。

 このまま逃がすしかなかった。

 ファングル海賊団を捕らえる為に大掛かりな演習という名目で戦力を集めているのに、ここで逃げられたら元も子もない。

 もっとも、確率が高いというだけであって、フォルティーンがファングル海賊団の船だという確信はないのだが。

 そしてマーシャ達もクレイドルから出て、戦闘準備を開始していた。

 近くに待機させているリーゼロックPMCとの打ち合わせも済ませて、今はのんびり待機状態だ。

「うあ~。癒やされる~」

「………………」

 レヴィの方ものんびりタイムを満喫しているらしく、マーシャの横に座ってから尻尾をブラッシングしている。

 必要以上にブラッシングしているので、マーシャの尻尾はつやつやてかてかになっている。

 最後に手でもふもふして幸せ絶頂の表情だ。

「………………」

 そんなレヴィの様子をオッドが呆れたように見ているが、何も言わない。

 レヴィのこんな姿はいつものことなので、今更何も言わない。

「オッドさん。目が死んでるですよ?」

「……気のせいだ」

「そうですか?」

「多分」

「大変ですね~」

「………………」

 シオンが仕方なさそうに肩を竦めている。

 子供に呆れられてしまうぐらいに死んだ目をしていたらしい。

 レヴィのああいう姿は受け入れているつもりなのだが、戦いを前にしてもブレない姿勢には呆れるべきか、ある意味で尊敬するべきか悩んでしまうのだった。

「まあ緊張しないのはアニキの長所だと思うけどね。緊張するよりはしない方がのびのびと動けるし」

「それは分かる」

 緊張しないのはレヴィの長所。

 それも事実だ。

 レヴィはいつだって自然体なので、いつだって最善の実力を発揮出来る。

「僕も時間まではのんびりしているしね~」

 そう言いながらシャンティは本を掲げる。

 電子書籍がメインの流通となっているので、紙の本はかなり珍しい。

 珍しいだけではなく、かなりの割高になっている。

「それは何の本なんだ?」

「うん。結構面白いよ。読んでみる?」

 シャンティはオッドに本を手渡してくる。

「………………」

 タイトルを見たオッドの目が更に死んだ。

『おぱんつ大作戦』

 タイトルからして読む気が失せる代物だった。

 帯のあおり文句にも目を向けてみると、『ギリギリエロの問題作! 世界にたった一つ存在する祝福のぱんつを探し出す為に、あらゆる少女のスカートをめくる主人公の大冒険が始まるっ!』

「……面白いのか? これ」

 見るからにアホらしい物語だった。

 しかしシャンティの方は灰色の瞳をきらきらと輝かせて頷いた。

「すっごく面白いよ。ただエロいだけじゃないんだ。十八禁エロに迫るギリギリのさじ加減を追求している作者の熱意を感じるんだ。そこがたまんないんだよね~」

「そうか……」

「ちなみにこの作者、女性なんだよ」

「………………」

 それは知りたくない事実だった。

「しかもまだ学生なんだって。ミドルスクールの学生だから、十八禁は書けないって嘆いてるんだ。でも僕はこのままの路線でいいと思うんだよね~」

「………………」

 更に知りたくない情報だった。

 こんなアホな物語をミドルスクールの少女が書いているかと思うと、いろんな意味で嘆かわしい気持ちになってくる。

 しかし人気の理由は分かった。

 物語そのものも面白いのだろうが、作者の立場と作品とのギャップが人気を呼んでいるのだろう。

「返す」

 オッドは手に持っていた本をシャンティに返した。

「あれ? 読まないの? 面白いよ」

「読まない」

 読むつもりはない。

 エロ禁止などと真面目ぶるつもりはないが、それでも好みはある。

 もう少し大人っぽい真面目なエロが好みだった。

 少なくともぱんつを探す為にスカートをめくり続ける主人公の物語を読みたいとは思わない。

「ふうん。じゃあ僕は読書を続けるね~」

「………………」

 本当に楽しそうに読んでいるシャンティの将来が心配だった。

 しかしそれもオッドが口を出す問題ではないのだろう。

「シャンティくん。それ、そんなに面白いですか?」

「うん。面白いよ~。興味があるなら後でシオンも読む?」

「うーん。どうしましょうかね~」

「やめておけ」

 中身が幼いシオンにそんなものを読ませるのは情操教育上よろしくないだろうと判断したオッドは駄目出しをした。

「え? どうしてですか?」

「悪影響を受ける」

「悪影響?」

「悪影響とは失礼な。これはあくまでもフィクションなのに」

「フィクションだからこそやりたい放題なんだろう?」

「まあ、確かに」

「シオンにはまだ早い……気がする」

「うーん。オッドって結構過保護だよね。シオンだって見た目はそれなりに成長している少女なんだから、これぐらいは読ませていいと思うんだけどなぁ」

「中身はそうでもないだろう」

 マーシャの話を聞く限りでは、シオンの製造経過年数はまだ二年未満だ。

 つまり魂の年齢は二歳以下ということになる。

 人造の生命体であるシオンに対して魂という言葉が当てはまるかどうかは議論の余地があるだろうが、オッドは彼女を人間と変わらない存在として扱っていた。

 喜怒哀楽のあるごく普通の幼い少女に見えているのだ。

 区別して考えるよりも、同じように扱った方が楽だと判断したのだ。

「だからそそられるのに」

「………………」

 オッドがシャンティを軽く睨むと、両手を挙げて降参した。

「分かった分かった。僕が悪かったよ。シオンに悪影響を与えるようなことはしません。まあ、アネゴからも怒られそうだしね」

「別に私は構わないぞ。シオンにだって性教育は必要だからな」

「いやいや。アレ性教育の本じゃないと思うぞ」

「ギリギリエロなんだろう?」

「アホエロなだけだと思う。教育の題材としては問題ありすぎかな」

 少し離れた位置からレヴィにもふられていたマーシャと、尻尾をもふもふしてご満悦なレヴィが答える。

「うーん。まあ、シオンがレヴィみたいなアホになっても困るしなぁ」

「誰がアホだ。誰が」

「自覚ないのか?」

「もふもふマニアなだけだ」

「アホだな」

「うぐぅ……」

 バッサリと切り捨てられるレヴィだった。

「うーん。オッドさんが止めるなら、やめておくですよ」

「それがいい」

「あれ。オッドの言うことは素直に聞くんだね、シオン」

「あたしを心配してくれてる言葉ですからね。撥ね除けるほど馬鹿じゃないですです」

「なるほどね~。シオンはいい子だな~。僕の彼女にならない?」

「ならないですです」

「即答ですか……」

 本気で言った訳ではないのだが、即答されると落ち込むシャンティだった。

「シャンティくんは友達っていう意識ですから、彼氏にしようって感じじゃないんですよね~」

「さいですか……。まあ、僕にとってもシオンは友達って感じだけどね。でも可愛いし、彼女になってくれるなら大歓迎なんだけどな」

「大丈夫ですです。シャンティくんにもきっとあたしより相応しい女の子が現れるですよ~」

「うわ……。究極に残酷な振り文句きた……」

 善意で言っているのだろうが、だからこそストレートに心を抉られる言葉だった。

「戦闘前に、平和だな……」

 それぞれのやりとりを眺めながら、オッドはそんなことを呟いた。

 しかしこのメンバーはそれでいいのかもしれない。

 それでこそ全力を発揮出来るというものだ。

 軍時代の意識がまだ抜け切れていないオッドは、戦闘前の緊張感を大切にしようとしている。

 しかしそれは軍にいたからこそ大切にするべき感覚であり、こうやって個人的な理由で戦ったり助けたりする時には、むしろこれぐらいの方がちょうどいいのかもしれない。

 こだわっている自分が馬鹿なのだろう。

 もう少し気を抜いて、気楽にいくべきなのかもしれない。

「………………」

 そう考えると少しだけ笑えた。

「オッドさん?」

「?」

「なんで笑ってるですか?」

 シオンが不思議そうにオッドを見上げてくる。

 どうしていきなり笑ったのかが分からないのだろう、

「いや。なんとなく」

「なんとなく、ですか?」

「ああ、なんとなくだ」

「ふうん。でもいいことですね」

「?」

「どんな時にも笑えるのはきっといいことですです」

「確かに」

 その通りだと思った。

 戦いを前にしても、穏やかな気持ちで笑える。

 それも大切なことなのだ。

 それを教えてくれたシオンの頭をくしゃくしゃと撫でる。

「う~。髪がぼさぼさになるですよ~」

「悪い」

「撫でるならもうちょっと優しくして欲しいですです」

「分かった。次から善処しよう」

「ふふふ~。オッドさんは面白いですです」

「?」

「なんでもないです~」

 いちいち真面目に答えるオッドが面白くて、シオンはクスクスと笑う。

 彼氏にするならこういうタイプも面白いかもしれないと思った。

 最も、オッドを彼氏にするつもりはないようだが。

 精神的にも肉体的にも年齢が違いすぎて、そういう対象にはならないらしい。

 オッドの方もシオンを完全に子供扱いしているので、そういう対象になることはないだろう。

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