シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

03-5 新しい人生 2


 それから二人は家具家電などを選ぶ為の買い物に出た。

 マンションの中でも最上階を選んだのは、単純に泥棒が入りにくそうだというセキュリティの面からだ。

 最上階といっても六階建てなので景色の良さは全く期待出来ないが、それでも二階に住むよりはマシだろう。

 一階は住人向けの駐車場スペースになっているので、住居用は二階から六階までとなっている。

 一階あたり二世帯なので、合計で十世帯が暮らしていけることになる。

 四LDKの間取りなので、家族で住んでも十分に広いだろう。

 レヴィアースとオッドは陽当たり良好な六階の部屋を使うことにしたが、一人ずつではなく、一緒に住むことになった。

「一人で一部屋使ってもいいのに」

「二人で使っても十分な広さがありますから」

「いや、そうだけどさ。でも折角部屋が余ってるんだから、使えばいいだろ」

「レヴィを一人で放っておくといろいろと心配ですから」

「要介護対象みたいに言うな」

「放っておくと何をやらかすか分からないという意味では似たようなものです」

「俺って元上官なのに、そこまで信用が無いのか……」

「俺も少しびっくりしてますけどね」

「え?」

「上官としては尊敬していましたけど、プライベートになるとかなり駄目なタイプであることは間違いありません。仕事は出来るけど私生活では駄目人間というか」

「言われたい放題だな」

「まさか家事が一切出来ないとは思いませんでした」

「う、うるせえな」

「軍時代も一人暮らしだったのでしょう?」

「食事は配達だし、洗濯は全自動だし、何も問題ないじゃないか」

「便利すぎる世の中も考え物ですね」

「ほっとけ」

 とにかく家事が壊滅的だった。

 レヴィアースの生活能力は、家事においてはゼロに近い。

 金に物を言わせて便利さを買っていたに過ぎないと思い知らされた。

 それから最低限しか出来なかった料理を本格的に覚えるようにしたオッドは、それなりのものを作れるようになった。

 家庭料理レベルなら一通りこなせるようになったので、かなりの上達速度だと言える。

 とにかく放っておくと何も出来ない。

 洗濯ですら放り込んでボタンを押せば乾燥までやってくれるものでなければ駄目だった。

 しわ伸ばし、アイロンがけなどというものはもちろん出来ない。

 では軍服はどうやって維持していたのかというと、これも業者任せだったらしい。

 佐官になってからもしわしわの軍服では流石に見栄えが悪すぎると上官に怒られたので、業者に頼んでクリーニングをこまめにしてもらうということを選んでいたのだろう。

 つまり、自分では何も出来ない。

 操縦能力は天才的だが、それ以外は壊滅的。

 つまり、典型的な特化タイプなのだ。

 天才にはありがちだが、これはかなりの困りものだった。

 戦闘機操縦者として生きているだけならそれで良かったのかもしれない。

 しかし今は戦闘機に乗れないのだ。

 それしか出来ない人間から、それを奪った場合どうなるか。

 要介護者の出来上がりだ。

 少なくとも、それに準じる立場なのは間違いない。

 放っておいたら配達の食事かレトルト、或いは外食に偏ってしまうし、毎日しわしわよれよれの服を着る有様になってしまう。

 運命共同体という立場として、それだけは断じて阻止しなければならなかった。

 というよりも、尊敬する元上官のそんな姿は見ていられない。

 結果として、オッドが家政夫のような立場に収まるしかないのだった。

 その為には一緒に暮らす方が効率がいい。

 別々の部屋で暮らしていたら、掃除などの手間が倍になるのだ。

 それはありがたくない。

「まあ、オッドがいろいろやってくれるのは助かるけどさ」

「そう思うんなら文句は言わないで下さい」

「駄目人間扱いされているのが気に入らないだけだ」

「気に入らないのならもうちょっと自分でいろいろ出来るようになってください」

「……頼むぜ。オッド大先生♪」

「………………」

 自分で出来るようになるつもりはないらしい。

 というよりも、やろうとしても出来ないのだろう。

 偏った天才は、足りない部分では致命的に不器用なのだ。

 レヴィアースは自分でそれを分かっている。

 だからこそ無駄だと分かっていることは最初からしないのかもしれない。

 やってみなければ分からないという言葉もあるが、過去にやってみたことがあって、盛大な失敗がトラウマになっているのだとしたら、無理強いをするのも良くないだろう。

 家具などはレヴィアースの好みで選んだが、家電についてはオッドの方がまだ知識が多かったので、彼がメインとなって選ぶことになった。

 食器などはお互いに使えれば何でもいいというタイプなので、一番安い食器セットなどを購入した。

 全て配達を頼んでいるので、後日届くことだろう。

「大体、必要なものは買った感じか?」

「ええ。最低限必要なものは買ったと思います」

「じゃあそろそろ帰るか?」

「最低限、ですからね」

「え?」

「今家に戻っても食事の準備は出来ませんからね」

「あ……」

「何か食べて帰りましょう」

「賛成。流石はオッド大先生だ」

「その呼び方止めて下さい」

「何でだよ。格好いいじゃん。オッド大先生」

「殴っていいですか?」

「ごめんなさい」

 怒らせると怖いオッド大先生である。

 この時点では大魔王なのかもしれない。



「お……」

「どうしました?」

 何処で食事をしようかと適当にぶらついていると、レヴィアースが足を止めた。

 大型バイクを見つけたのだ。

 ショーウィンドウに飾られている大型バイクは、大手メーカーの最新モデルだった。

「いいなぁ。これ」

「気に入ったんですか?」

「うん。運び屋をやるんだったら、こういうものに乗りたいよな」

「リンドモーターの最新モデルなら、悪くないと思いますよ」

 リンドモーターはバイクメーカーの中でもかなりの大手だった。

 エミリオンでもよく見かけていたが、辺境のスターリットで最新モデルを見られるとは思わなかった。

 どうやらこの店はかなり安定した流通経路を持っているらしい。

 だとすれば交換部品も豊富に取り揃えているだろう。

「買いますか?」

「うーん。本格的に足固めが出来てからでいいと思うけど」

 現状、運び屋すらも始めていないのにバイクを買うのは気が早すぎる。

 しかしオッドの意見は違うらしい。

「いいんですか? 今を逃すとしばらくは買えないかもしれませんよ」

「え? どういうことだ?」

「これです」

 オッドはショーウィンドウの内側にある札を指さした。

 そこには『現品限り。次回入荷未定!』と書かれている。

 恐らくは購買意欲を引き上げる為のものだが、嘘とも限らない。

 というよりも、そうやって買わせておいてあっさりと入荷してしまったら文句を言われるかもしれないので、意図的にしばらく入荷しない可能性はある。

 元々、辺境なだけあって、最新機種の需要はそこまで高くないらしい。

「う……これは、辛いな」

 今を逃せばしばらく買えないかもしれない。

 取り寄せてもらうにしても、いつまでかかるか分からない。

 欲しいと思った時に買わなければ、後悔するかもしれない。

「買ってもいいのでは?」

「うー……」

「俺の手持ちの残りと、レヴィの手持ちの残りを合わせれば、何とか買えるでしょう?」

「か、買えるけど。その後はどうするんだよ?」

「もちろん。レヴィに徹底的に働いて貰います。すぐにでも運び屋を開業して、すぐにでも仕事をして貰います」

「まあ、そうなるわな。でも都合良く仕事が取れるとは限らないぞ」

「それについても問題ありません。最初は下請けでやりましょう」

「下請け?」

「ええ。ネット通販などの商品配達です。常に人手が足りていないので、飛び込みで入っても大丈夫でしょう」

「アテはあるのか?」

「既にいくつか調べています。完全歩合制になりますが、数をこなせばなんとかなるでしょう」

「待て。数をこなすならトラックが必要になるんじゃないか? 俺は大型免許までは持っていないぞ」

「貴重品・危険物専門にすればその問題も解決出来ます」

「へ?」

「いろいろ調べてみましたが、宅配の中には特殊荷物も含まれていて、手のひらサイズのものや、鞄サイズのものもあります。特殊荷物に分類される物は大抵が小型なので、バイクでも十分に運べるでしょう。ただし、一回ずつになりますが」

「数がこなせないだろ、それ」

「それも問題ありません。一回あたりの単価が高いので」

「いくらだ?」

「最低でも一回で五万ダラス」

「すげえな。そんな恐ろしい荷物を運ぶのは遠慮したいんだが」

「レヴィなら大丈夫でしょう。狙われる可能性も否定出来ませんし、途中で破損する危険もありますから、リスクは高いですが、守り切れば高額の報酬を手に入れられますから」

「俺にそんなリスクを負えと言うのか?」

「軍時代のリスクよりはずっと低いと思いますけど。命まではかかっていませんし」

「そりゃそうだ」

「どうですか? そうすれば今すぐにでも手に入りますよ」

「うーん……」

 バイクをじーっと見ながら考え込むレヴィアース。

 欲しいと思う気持ちはあるのだが、リスクを考えると即断も出来ない。

「とりあえず、飯食ってからまた考えてもいいか?」

「ええ。その間に売れないといいですね」

「いや。いくらなんでも大丈夫だろう」

 そこまでの短時間で売れたら逆に諦めがつくぐらいだ。

 運が無かった。

 縁が無かった。

 そういうことだろうと割り切れる。

 そういう風に強がっておいた。

 少なくとも、即断は無理なのだから、そうなったらそうなったで本当に諦めるつもりだったのだ。



 それから食事をしながらいろいろなことを話し合った。

 バイクを買ったとして、どれぐらいの荷物までなら運ぶことが出来るか。

 オプションを増やして積載量を変動することも考えたが、そうなると風の抵抗や車体の重心に変化がある為、万全な運転が出来なくなる可能性があるということで却下となった。

 バイクの運転についてはレヴィアースも学生時代に乗っていたので問題は無いということだ。

 他にも中型トラックの免許までは取得している。

 大型トラックの方はオッドが取得しているらしい。

 これは大型トラックに縁があったというよりは、士官学校の資格取得課程として存在していたらしい。

「士官学校でそんな資格が取れるとは思わなかったな」

「軍は物資の輸送も兼ねていますからね。士官クラスには大型トラックの運転技能が求められていたんですよ」

「俺はそんなことなかったけどなぁ」

「レヴィは叩き上げですからね。免除されていたんでしょう」

「なるほど。士官学校も短期で通わされたことならあるけど、流石に一ヶ月だと大型トラック免許は無理だろうしな」

「無理ではないでしょうけど。俺も一ヶ月で取りましたし。ただ、他にも学ばなければならないことがあったので、そういう意味で時間が足りなかったんでしょうね」

「なるほど。そうかもしれないな」

「特殊荷物の配達が足りない時は、俺も大型トラックで手伝います。そうすればしばらくはなんとかなるでしょう」

「そうだな」

「レヴィが配達をしている間、こちらは個人の運び屋としての土台を固めていきますので、あまり手は貸せませんが」

「いいさ。そういう細かい部分は任せるから、存分にやってくれ」

「そうさせてもらいます」

 雑務はオッド、動くのはレヴィアースという流れになった。

 お互いの役割分担がはっきりしたので、バイクも購入することになったのだ。

 ヘルメットは二つ購入して、レヴィアースが運転、オッドが後ろに乗ることになった。

 そしてマンションまでの短いツーリングが始まる。

「どうだ?」

「スムーズですね。これなら安心して任せられます」

「だといいけどな」

 レヴィアースの運転は二人乗りとは思えないぐらいにスムーズだった。

 ここまで安定した運転ならば配達を任せても大丈夫だろう。

 本気を出せばもっと際どい運転もこなしてくれそうだが、それは一人の時にやってもらいたい。

 安全運転でマンションまで戻るのだった。


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