シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

03-4 移動中のトラブル 2


 埠頭まで到着すると、オッドの方が辛そうになってきた。

「大丈夫か?」

「はい」

「そうは見えないんだけどな。やせ我慢するなよ」

「レヴィに言われたくはありません」

「………………」

 随分と根に持たれているらしい。

 心配すらさせてもらえない自業自得はとても辛い。

「まあ、もうすぐだから頑張れ」

「はい」

 タクシーを拾っても良かったのだが、そうすれば乗車記録が残ってしまう。

 車内にも記録装置があるので、顔も残ってしまう。

 万が一の為に、自分達の行動記録を残しておくような真似はしたくなかった。

 長い距離を歩かせているが、これも必要なことなのだ。

 それから二十分ほど歩くと、目的の場所に到着した。

 埠頭の外れに貨物トラックが止まっている。

 船に積み込む為の荷物を載せているものだ。

 車の番号を確認して、レヴィアースは近付いていく。

「こんばんは。アルフォート運送さんでいいのかな?」

「おう。ということはそっちが『荷物』でいいのか?」

 トラックの運転席に乗っていたのは、二十台後半ぐらいの男性だった。

 背は高く、体つきはしなやかだ。

 一目で鍛えられている男だと分かる。

 人なつっこそうな顔をしているが、その目には警戒の色が残っている。

 密出国のつなぎを担当しているのだから、それぐらいは当然なのだろう。

「そういうこと。料金は前払いだったか?」

「ああ。現金一括前払い。それ以外は受け付けない。行き先の指定も不可。それでもいいんだな?」

「もちろんいいぜ」

 レヴィアースは鞄の中から大きめの封筒を取り出した。

 無造作に放り込んであるのは、五百万ダラスもの紙幣束だった。

 運転手の男はそれらが本物であるか、そして枚数をきっちり確認していく。

「よし。代金はしっかり受け取った。乗りな」

 トラックの貨物部分の扉が開いて、中に入るよう促される。

 レヴィアースとオッドは大人しく中へと入った。

「とりあえず中にある木箱に入っとけ。そっちは特殊仕様で、外からは缶詰が入っているように見えるんだ」

「へえ~。面白いな」

「………………」

「運ぶ時は乱暴になるけど、我慢しろよ。缶詰をそーっと運んでいたら怪しまれるからな」

「俺はいいけど、そっちは出来るだけ優しく運んでやってくれ。大怪我をして、まだ治りきっていないんだ。傷が開いたら困る」

「そうなのか? 分かった。なるべく優しく運んでやる。傷が開いたらまあ、船内の治療キットを使わせてやるよ。別料金だけどな」

「………………」

 言いたいことはあるのだろうが、密出国を企んでいる立場ではあまり強くは出られない。

 金を払っているとはいっても、主導権はあちらにあるのだ。

「俺は構いません」

 オッドは大人しく箱の中に入った。

 お世辞にも居心地のいい箱ではないが、少しの我慢だ。

「大丈夫か? オッド」

「平気です。レヴィの方こそ、傷が開かないように気をつけてください」

「おう」

 それからすぐにトラックで運ばれて、荷物チェックも無事にすり抜けられた。

 どうやら本当に缶詰だと認識されたらしい。

 レヴィの缶詰。

 オッドの缶詰。

「………………」

 そんな風に自分達の缶詰を想像して、少しだけ噴き出すレヴィアース。

「?」

 その声が聞こえたオッドが箱の中で首を傾げる。

「いや、なんでもねえ。ちょっと暇潰しに妙な想像をしただけだ」

「そうですか」

 自分達の缶詰が商品化した姿など想像したと言ったら、また怒られそうだった。

 それから少し乱暴に扱われて運ばれたが、幸いにして傷が開くほどの衝撃ではなかった。

 しかしオッドの方は体力の限界が近付いているようで、箱から出てくるなり倒れそうになったのでレヴィアースが慌てて支えた。

「危ねえな」

「すみません」

「いいけどさ。休める部屋はあるか?」

「もうすぐ出航だぞ。船員のふりをする手筈になっているんだが」

「体調不良ってことで休ませてくれ。どのみちこのままじゃ着替えも難しい」

「駄目だ。船内の人数は常にチェックされる。妙な動きをしていたらそれだけで追加チェックが入るぞ。無理してでも立っておけ。何かしろとは言わない」

 先ほどまでの運転手は着替えを渡してきた。

 他に選択肢は無いのだろう。

「悪いな。オッド。少し無理をさせる」

「いいえ。大丈夫です」

 オッドは薬を飲んでから痛みを誤魔化す。

 これで立っている程度なら何とかなる筈だ。

 二人とも着替えを済ませてから、出航までは何とか立っていた。

 帽子を目深に被って整備員のフリをしていたので、管制もそこまではチェックしなかった。

 そして無事に出航出来た。

「はぁ~。ひとまず脱出出来たな」

「そうですね」

 もういいだろうと判断したオッドがその場に座り込む。

 立っているのが限界だったのだろう。

「本当に大丈夫か?」

「ええ。傷口は開いていません」

「休める部屋が無いか聞いてくる」

「無理だと思いますけど」

 ただでさえ密出国という扱いなのだ。

 客室が用意されているほどに贅沢な旅路とは思えない。

 しかしレヴィアースは立ち上がってから艦橋へと移動した。

「どうした?」

 艦橋には操舵手やオペレーターがいた。

 船長らしき人も席に座っている。

 船長は六十を過ぎたかなり体格のいい男で、顔つきもかなり怖い。

 子供なら睨まれただけで泣いてしまいそうなタイプだった。

「いや。連れが体調を崩していてな。出来れば船室を用意して貰えると助かるんだが」

「生憎と、船室はねえよ。お前さん達は荷物扱いだからな。働いてくれるならそれも考えるが、ただ乗っているだけなら通路で我慢して貰おう」

「追加料金なら払うぜ」

「客室が一つ空いてるから好きに使え」

「………………」

 あまりにもあっさりとした対応に、レヴィアースの方が呆れてしまう。

 しかしこういうシンプルなタイプは扱いやすいので嫌いではない。

 レヴィアースは追加料金を渡す。

「おう。まいどあり」

「じゃあ使わせて貰うぜ」

「おう。遠慮無く使え使え。ちなみに食事が必要なら別料金で用意してるぜ」

「……自分達で持ってるから、それはいい」

「なんだ。残念だな。金払いのいい奴からまだまだ搾り取ってやろうと思ったのに」

「金は持ってるけど無駄に払うつもりは無いし」

「そうか? 廊下で雑魚寝でもしていればいいんだから、これだって無駄金だろう?」

「怪我人がいるって言っただろう。出来るだけ安静にしときたいんだよ」

「なるほどな。エステリからの密出国だから訳ありなんだろうけど、お前さんも随分とお人好しだな。他人の為にそこまでするなんて」

「………………」

 他人の為にそこまでする。

 確かにその通りだった。

 しかし、オッドは唯一生き残ってくれた部下なのだ。

 他人で済ませられる存在ではなくなっていた。

「まあいい。詮索はしない。好きに使え」

「そうさせてもらう」

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