シルバーブラスト Rewrite Edition
2-4 お子様のお守りは疲れるようです
ホテルからシルバーブラストに戻ると、オッドがぐったりとしていた。
「どうしたんだ?」
レヴィがオッドに問いかけると、酷く疲れたアイスブルーの瞳を向けられた。
「いえ……大したことはありません……」
「いや。どう見ても大したことあるよな?」
「いえ。甘く見ていただけです」
「?」
ソファでぐったりとなるオッドとは対照的に、シャンティとシオンは二人で大はしゃぎしていた。
「いっぱい買い物出来て良かったですです~」
「そうだね~。オッドが居てくれたから荷物も沢山持って貰えたし、一日中買い物に集中出来て楽しかったね、シオン」
「はいです~。ブドウみたいになるまで荷物を抱えてくれたオッドさんには感謝ですです~」
「ほんと、ありがとね。オッド」
にこにこしながらお礼を言われるオッド。
しかし力なく手を上げるだけだった。
「ブドウ……?」
「………………」
ブドウの意味がよく分からず首を傾げるレヴィ。
しかしオッドはよろよろとした動作である場所を指さす。
そこには紙袋とボックスの山が出来上がっていた。
「……あれを、一人で持ったのか?」
「八割ほどです。流石に一人では持ちきれません」
「だよなぁ」
「あと、向こうにある分が宅配依頼です」
「………………」
もう一つ指さした場所には倍ほどの山が出来上がっていた。
恐ろしい買い物量だ。
しかもそれらの荷物を持たせたまま、一日中買い物に付き合わせていたらしい。
そのほとんどが機械のジャンクパーツや新しい部品などだが、その分、重量もある。
子供に持たせる訳にはいかないものばかりだった。
「あのさ、全部宅配にしてもらえば良かったんじゃないか?」
「宅配お断りの店もあったので」
「ああ、なるほど」
そして荷物持ちが大活躍、という訳だった。
「そうか。ご苦労さんだったな」
「いえ……」
ぐったりしているオッドを労うレヴィ。
子供達の買い物に付き合わされるのが、ここまでの重労働だとは思わなかったらしい。
「ありがとう、オッド。シオンがあんなに楽しそうにしているのはオッドのお陰だ。もちろんシャンティもだけど」
そしてマーシャもオッドに礼を言う。
はしゃぎ回る子供達の買い物に音を上げず、最後まで付き合い、そして最後まで護り抜いた。
そのことに感謝している。
「トラブルらしいトラブルは無かったから、安心していい」
「そうか。うん。助かったよ」
あの二人が何のトラブルも起こさなかったことにも安心したらしい。
「シオン。一段落ついたらニューラルリンクに入ってくれ」
「いいですけど。もう出発ですか?」
「いや。博士と連絡を取りたい」
「ああ。なるほど。となると覗き見防止最大限ってところですね」
「頼めるか?」
「任せるですです~」
シオンはご機嫌な様子でニューラルリンクの筒へと入っていく。
シルバーブラストの機能をフルに活用しようとするなら、シオンの力が絶対に必要になる。
通常航行や生命維持システムなどは問題無いが、天弓システムやアクセルハンマーなどの無茶な攻撃や機動を行うには、膨大な処理能力が必要になるのだ。
そして秘匿通信にもシオンの力が必要になる。
通信回線を使う以上、どこで覗かれているか分からない。
いくら暗号化していても、どこで解析されるか分からない。
その状況をリアルタイムで監視するシオンの存在が必要になるのだ。
回線を覗き見ようとする者がいれば、シオンが絶対に気付く。
回線そのものと同期しているシオンの目を掻い潜って覗き見を行える者は皆無だからだ。
「マーシャ。いつでも準備オッケーですよ~」
「分かった」
マーシャはコンソールを操作してからロッティにいるブレーンへと連絡を取る。
しばらくすると通信画面が切り替わった。
「はいはーい。お久しぶり~。マーシャってばどうしたの~?」
「……相変わらずだな、博士」
画面に出てきたのはムキムキマッチョの男性だった。
ぴちっとしたブリーフタイプのパンツを穿いているが、他は全裸に近い。
というよりもほぼ全裸だ。
ムキムキマッチョの肉体美を惜しげも無く晒している。
顔立ちはまあまあ整っていると言ってもいいだろう。
燃えるような赤い髪と、理知的な桜色の瞳。
行動と外見は理知的からはほど遠いが、そこに惑わされなければ、深い知性の持ち主だということが分かる。
「おい。マーシャ。なんだこの文字通りの目の毒は」
文字通りの目の毒。
つまり見ているだけで気分が穢れるという意味だ。
「うえ~。博士ってばまた布面積が減ってるのですよぉ~」
シオンがげんなりした様子でぼやいている。
昔はまだマシだったということだろう。
「………………」
オッドの方は蓄積された疲労が限界に達したらしく、死んだアイスブルーの瞳でそれを眺めている。
そこには何の意志も宿らない。
魂が抜けたかのような表情だった。
現実逃避に成功しているのが実に羨ましい。
「あそこまで突き抜けた変態っていうのも、ある意味で羨ましいなぁ。開き直ってこそ人生幸せというか……」
そしてシャンティの方は変な感心をしている。
情操教育上、非常によろしくない。
今すぐにディスプレイの電源を落としたいという気持ちにさせられる。
そんな全員の気持ちに対して、マーシャはため息交じりに答えた。
「彼はヴィクター・セレンティーノ。このシルバーブラストやシオンを開発した天才科学者であり、天性の変態でもある」
「変態は余計よ。アタシは自分に正直に生きているだけじゃない」
そして紹介された変態ことヴィクターが画面の中で反論する。
変態だと言われるのは心外だというように。
どこからどう見ても変態以外の表現を受け付けない姿で、堂々と言う。
「自分に正直に生きた結果が変態だと言ってるんだ」
「この肉体美を晒さない方が社会の損失よ」
「……被害をまき散らしているだけ……いや、もういい」
盛大なため息を吐くマーシャ。
ムキムキマッチョの筋肉をぴっくぴっくさせながら抗議するヴィクターを目にして、反論の無駄を悟ったのだろう。
経験によるものなのかもしれない。
このマーシャを速攻で諦めさせるとはこの変態侮れないな……と変なところで感心するレヴィ。
「それで、いきなりどうしたの? アタシに連絡を取ってくるなんて珍しいじゃない。存在を秘匿する為にロッティ限定でしか関わってこなかったのに、シオンの防壁までフル活用しての通信なんて、ただ事じゃないわよね?」
それでも大事なことだけは間違えないらしく、ヴィクターは真剣な目をマーシャに向ける。
「ああ。実は博士に見て貰いたいものがあるんだ」
「何かしら?」
「今データを送る。シオン。頼む」
「はいです~」
シオンが直接データの転送を請け負うことにより、他者からの覗き見を防ぐ。
ネットワークを介したデータ送信はそれなりのリスクも孕んでいるが、シオンを介すればその心配は無い。
彼女の処理能力をかいくぐってデータを覗いたり盗んだり出来る存在は、今のところ居ない筈なのだ。
しばらくするとデータを受け取ったヴィクターが書類を片手に映っていた。
「早いな。もうプリントアウトしたのか?」
データ転送とプリントアウトを同時にしたと思ったらしいレヴィは感心して呟いたが、マーシャは首を振った。
「いや。そうじゃない。あれはただの映像だ」
「映像? じゃあ本人は?」
「そのあたりの事情についてはまた今度」
「ん? まあいいけど」
「ふむふむ。ワープ航法理論ねぇ。面白いこと考えるわねぇ。ユイ・ハーヴェイって子は」
「私もそう思う。博士はどう思う?」
「ええ。行けると思うわよ。あの歪みについては解析したことはないけれど、ここに書いてあることが本当なら、十分に実現の見込みはあると思うし」
「そうか。なら資金援助をする見込みはあるってことだな」
「ええ。あると思うわよ。何よりも発想が面白い。宇宙の歪みなんて、本来は何の使い道も無い危険領域でしょう? 触らぬ神に祟り無しっていう言葉通り、人間の手に負えないものにはなるべく近付きたくない。それが人間の心理なんだけどね。宇宙には人間の科学程度では解明出来ない不思議な現象がいくつも存在している。それに手を出そうとしないのは恐れているから。それとも弁えているから。どちらだと思う?」
桜色の瞳でマーシャに問うヴィクター。
マーシャの方はあまり興味がないようで、適当に答える。
「さあな。別にどっちでもいいけど」
「もう少し会話を盛り上げる努力をしなさいよ」
「その姿を見ながらだと難しいな。むしろ盛り下がる」
「失礼ね~」
「「「「………………」」」」
いや、真っ当な意見だと思う……というのはメンバー全員の心境だった。
「ほら、どっちだと思う?」
ヴィクターは諦めずに食い下がる。
マーシャの反応に興味があるのだろう。
「知りたくないからじゃないのか?」
適当に考えて見た結果を答えるマーシャ。
興味の無い他人の思考回路を理解しようとするのはかなりの苦行だったが、それでもヴィクターとの会話ではそれが必要なのだ。
彼がマーシャに苦手なことを強いてくるのはいつものことだ。
それが協力する条件でもあるのだから、逆らえない。
不愉快だが、その先にあるメリットを考えれば応じるしか無い。
「そのココロは?」
「自分達の理解が及ばないという事実を知りたくないから」
「ふふふ。正解。それが人間の傲慢さでもあるのよねぇ。ただしそれだけじゃない。それだけでは済ませない貪欲さもある。ユイ・ハーヴェイは明らかに後者ね。だけど不快ではないわ。そういう貪欲な純粋さは」
ヴィクターは満足そうに頷いた。
マーシャの答えが気に入ったのかもしれない。
「私もそう思う。貪欲だけど、醜くはない。ミスター・ハーヴェイのことはそれなりに好ましい」
理解が及ばないという事実を知りたくない。
マーシャにとっての人間とは、弁えることを知らない生き物という認識だ。
もちろん、それが全てではないことも知っている。
しかし多くはその同類だろうとは思っている。
だからこそそうではない宝石が尊いと思えるのだ。
クラウスのように。
レヴィのように。
醜い中にある尊いものは、何よりもかけがえのない光だと思っている。
同時に、宝石にもなり得ない醜いものは心底から軽蔑している。
人間の欲は底が無い。
権力者は特にその傾向が強い。
マーシャ達はその貪欲さに全てを奪われかけた。
ジークスという惑星で平穏に生きていたかった少年少女達は、その星を人間だけの楽園にしたいという彼らの身勝手な願望に踏みにじられ、そして多くの同胞を殺された。
全てを知り、全てを手に入れたいと願うのが人間だ、とマーシャは考えているう。
そこに身の程を弁えるという自制は存在しない。
いつだってむき出しの欲望を叩きつけてくる。
だからこそ、向き合いたくないのだ。
自分達の限界を。
人間の手に負えないものを理解しようとしない。
自分はこの程度なのだということを自覚したくない。
だからこそ、不可解なものには近寄らない。
関わらなければ知らずに済む。
自らの程度を、思い知らずに済むのだから。
そんな風に諦める癖に、欲望だけは限りない人間のことを、マーシャはよく知っていた。
そして、そうではない人間のことも、よく知っている。
レヴィも、オッドも、シャンティも、クラウスも、マーシャにとっては大切な仲間であり家族であり、人間の中でも特別な存在だ。
「このユイっていう子はそこに踏み込んだのね。なかなかに見所のある存在だわ」
「それは私も同感だ。彼は面白い。その発想も、頭脳の切れも抜きん出ている。ただ、あまりにも発想が突飛過ぎて、ついでに金もかかりすぎて他の相手には見向きもされないようだが」
「でしょうね。ここに書いてあることを検証するだけでも兆単位の金が必要になるわよ」
「だろうなぁ。千兆の資金援助を頼まれたよ」
「もちろんするんでしょう?」
「あっさりと言ってくれるなぁ。大金だぞ」
「金なんてただの数字。かつてマーシャ自身が言ったことよ」
「………………」
それも事実だった。
しかし他人に言われるとやや複雑な台詞でもある。
「博士はこの研究が実を結ぶと、そう考えているんだな? 私が資金援助をすれば成功させられると確信しているんだな?」
「しているわよ。ついでに言うとこれ、アタシも参加してみたいわね。面白そうだし」
「参加って、共同研究したいって意味か?」
「そこまで踏み込むつもりはないわよ。アタシが直接ユイちゃんと対面する訳にはいかないでしょう?」
「当然だ。そんな危ないこと出来るか」
主にユイの貞操が……と言いたいところだが、それは冗談だ。
それが不可能であることをマーシャは知っている。
「だから通信でちょこっとアドバイスするぐらいね。でも実験の成果はこの目で見たいわね」
「まあ、それぐらいならシルバーブラストを介せば何とかなるか」
ロッティとエミリオンのデータのやりとりは危険だが、シルバーブラストを中継すればその危険性も減る。
なんとかなるかもしれないと考えるマーシャ。
「分かった。通信なら協力する」
「ありがと、マーシャ。愛してるわよん」
「変態の愛なんかいらない。結果だけくれればいい」
「あら~。つれないわね~。やっぱり彼氏が出来ると警戒が大きくなっちゃうのかしら?」
「それは関係ない。今も昔も変態の愛なんかいらない」
「変態じゃないわよ。天才よ」
「変態で天才なんだろう」
「失礼ね」
「事実だ」
などというやりとりが繰り返されている。
「どうしたんだ?」
レヴィがオッドに問いかけると、酷く疲れたアイスブルーの瞳を向けられた。
「いえ……大したことはありません……」
「いや。どう見ても大したことあるよな?」
「いえ。甘く見ていただけです」
「?」
ソファでぐったりとなるオッドとは対照的に、シャンティとシオンは二人で大はしゃぎしていた。
「いっぱい買い物出来て良かったですです~」
「そうだね~。オッドが居てくれたから荷物も沢山持って貰えたし、一日中買い物に集中出来て楽しかったね、シオン」
「はいです~。ブドウみたいになるまで荷物を抱えてくれたオッドさんには感謝ですです~」
「ほんと、ありがとね。オッド」
にこにこしながらお礼を言われるオッド。
しかし力なく手を上げるだけだった。
「ブドウ……?」
「………………」
ブドウの意味がよく分からず首を傾げるレヴィ。
しかしオッドはよろよろとした動作である場所を指さす。
そこには紙袋とボックスの山が出来上がっていた。
「……あれを、一人で持ったのか?」
「八割ほどです。流石に一人では持ちきれません」
「だよなぁ」
「あと、向こうにある分が宅配依頼です」
「………………」
もう一つ指さした場所には倍ほどの山が出来上がっていた。
恐ろしい買い物量だ。
しかもそれらの荷物を持たせたまま、一日中買い物に付き合わせていたらしい。
そのほとんどが機械のジャンクパーツや新しい部品などだが、その分、重量もある。
子供に持たせる訳にはいかないものばかりだった。
「あのさ、全部宅配にしてもらえば良かったんじゃないか?」
「宅配お断りの店もあったので」
「ああ、なるほど」
そして荷物持ちが大活躍、という訳だった。
「そうか。ご苦労さんだったな」
「いえ……」
ぐったりしているオッドを労うレヴィ。
子供達の買い物に付き合わされるのが、ここまでの重労働だとは思わなかったらしい。
「ありがとう、オッド。シオンがあんなに楽しそうにしているのはオッドのお陰だ。もちろんシャンティもだけど」
そしてマーシャもオッドに礼を言う。
はしゃぎ回る子供達の買い物に音を上げず、最後まで付き合い、そして最後まで護り抜いた。
そのことに感謝している。
「トラブルらしいトラブルは無かったから、安心していい」
「そうか。うん。助かったよ」
あの二人が何のトラブルも起こさなかったことにも安心したらしい。
「シオン。一段落ついたらニューラルリンクに入ってくれ」
「いいですけど。もう出発ですか?」
「いや。博士と連絡を取りたい」
「ああ。なるほど。となると覗き見防止最大限ってところですね」
「頼めるか?」
「任せるですです~」
シオンはご機嫌な様子でニューラルリンクの筒へと入っていく。
シルバーブラストの機能をフルに活用しようとするなら、シオンの力が絶対に必要になる。
通常航行や生命維持システムなどは問題無いが、天弓システムやアクセルハンマーなどの無茶な攻撃や機動を行うには、膨大な処理能力が必要になるのだ。
そして秘匿通信にもシオンの力が必要になる。
通信回線を使う以上、どこで覗かれているか分からない。
いくら暗号化していても、どこで解析されるか分からない。
その状況をリアルタイムで監視するシオンの存在が必要になるのだ。
回線を覗き見ようとする者がいれば、シオンが絶対に気付く。
回線そのものと同期しているシオンの目を掻い潜って覗き見を行える者は皆無だからだ。
「マーシャ。いつでも準備オッケーですよ~」
「分かった」
マーシャはコンソールを操作してからロッティにいるブレーンへと連絡を取る。
しばらくすると通信画面が切り替わった。
「はいはーい。お久しぶり~。マーシャってばどうしたの~?」
「……相変わらずだな、博士」
画面に出てきたのはムキムキマッチョの男性だった。
ぴちっとしたブリーフタイプのパンツを穿いているが、他は全裸に近い。
というよりもほぼ全裸だ。
ムキムキマッチョの肉体美を惜しげも無く晒している。
顔立ちはまあまあ整っていると言ってもいいだろう。
燃えるような赤い髪と、理知的な桜色の瞳。
行動と外見は理知的からはほど遠いが、そこに惑わされなければ、深い知性の持ち主だということが分かる。
「おい。マーシャ。なんだこの文字通りの目の毒は」
文字通りの目の毒。
つまり見ているだけで気分が穢れるという意味だ。
「うえ~。博士ってばまた布面積が減ってるのですよぉ~」
シオンがげんなりした様子でぼやいている。
昔はまだマシだったということだろう。
「………………」
オッドの方は蓄積された疲労が限界に達したらしく、死んだアイスブルーの瞳でそれを眺めている。
そこには何の意志も宿らない。
魂が抜けたかのような表情だった。
現実逃避に成功しているのが実に羨ましい。
「あそこまで突き抜けた変態っていうのも、ある意味で羨ましいなぁ。開き直ってこそ人生幸せというか……」
そしてシャンティの方は変な感心をしている。
情操教育上、非常によろしくない。
今すぐにディスプレイの電源を落としたいという気持ちにさせられる。
そんな全員の気持ちに対して、マーシャはため息交じりに答えた。
「彼はヴィクター・セレンティーノ。このシルバーブラストやシオンを開発した天才科学者であり、天性の変態でもある」
「変態は余計よ。アタシは自分に正直に生きているだけじゃない」
そして紹介された変態ことヴィクターが画面の中で反論する。
変態だと言われるのは心外だというように。
どこからどう見ても変態以外の表現を受け付けない姿で、堂々と言う。
「自分に正直に生きた結果が変態だと言ってるんだ」
「この肉体美を晒さない方が社会の損失よ」
「……被害をまき散らしているだけ……いや、もういい」
盛大なため息を吐くマーシャ。
ムキムキマッチョの筋肉をぴっくぴっくさせながら抗議するヴィクターを目にして、反論の無駄を悟ったのだろう。
経験によるものなのかもしれない。
このマーシャを速攻で諦めさせるとはこの変態侮れないな……と変なところで感心するレヴィ。
「それで、いきなりどうしたの? アタシに連絡を取ってくるなんて珍しいじゃない。存在を秘匿する為にロッティ限定でしか関わってこなかったのに、シオンの防壁までフル活用しての通信なんて、ただ事じゃないわよね?」
それでも大事なことだけは間違えないらしく、ヴィクターは真剣な目をマーシャに向ける。
「ああ。実は博士に見て貰いたいものがあるんだ」
「何かしら?」
「今データを送る。シオン。頼む」
「はいです~」
シオンが直接データの転送を請け負うことにより、他者からの覗き見を防ぐ。
ネットワークを介したデータ送信はそれなりのリスクも孕んでいるが、シオンを介すればその心配は無い。
彼女の処理能力をかいくぐってデータを覗いたり盗んだり出来る存在は、今のところ居ない筈なのだ。
しばらくするとデータを受け取ったヴィクターが書類を片手に映っていた。
「早いな。もうプリントアウトしたのか?」
データ転送とプリントアウトを同時にしたと思ったらしいレヴィは感心して呟いたが、マーシャは首を振った。
「いや。そうじゃない。あれはただの映像だ」
「映像? じゃあ本人は?」
「そのあたりの事情についてはまた今度」
「ん? まあいいけど」
「ふむふむ。ワープ航法理論ねぇ。面白いこと考えるわねぇ。ユイ・ハーヴェイって子は」
「私もそう思う。博士はどう思う?」
「ええ。行けると思うわよ。あの歪みについては解析したことはないけれど、ここに書いてあることが本当なら、十分に実現の見込みはあると思うし」
「そうか。なら資金援助をする見込みはあるってことだな」
「ええ。あると思うわよ。何よりも発想が面白い。宇宙の歪みなんて、本来は何の使い道も無い危険領域でしょう? 触らぬ神に祟り無しっていう言葉通り、人間の手に負えないものにはなるべく近付きたくない。それが人間の心理なんだけどね。宇宙には人間の科学程度では解明出来ない不思議な現象がいくつも存在している。それに手を出そうとしないのは恐れているから。それとも弁えているから。どちらだと思う?」
桜色の瞳でマーシャに問うヴィクター。
マーシャの方はあまり興味がないようで、適当に答える。
「さあな。別にどっちでもいいけど」
「もう少し会話を盛り上げる努力をしなさいよ」
「その姿を見ながらだと難しいな。むしろ盛り下がる」
「失礼ね~」
「「「「………………」」」」
いや、真っ当な意見だと思う……というのはメンバー全員の心境だった。
「ほら、どっちだと思う?」
ヴィクターは諦めずに食い下がる。
マーシャの反応に興味があるのだろう。
「知りたくないからじゃないのか?」
適当に考えて見た結果を答えるマーシャ。
興味の無い他人の思考回路を理解しようとするのはかなりの苦行だったが、それでもヴィクターとの会話ではそれが必要なのだ。
彼がマーシャに苦手なことを強いてくるのはいつものことだ。
それが協力する条件でもあるのだから、逆らえない。
不愉快だが、その先にあるメリットを考えれば応じるしか無い。
「そのココロは?」
「自分達の理解が及ばないという事実を知りたくないから」
「ふふふ。正解。それが人間の傲慢さでもあるのよねぇ。ただしそれだけじゃない。それだけでは済ませない貪欲さもある。ユイ・ハーヴェイは明らかに後者ね。だけど不快ではないわ。そういう貪欲な純粋さは」
ヴィクターは満足そうに頷いた。
マーシャの答えが気に入ったのかもしれない。
「私もそう思う。貪欲だけど、醜くはない。ミスター・ハーヴェイのことはそれなりに好ましい」
理解が及ばないという事実を知りたくない。
マーシャにとっての人間とは、弁えることを知らない生き物という認識だ。
もちろん、それが全てではないことも知っている。
しかし多くはその同類だろうとは思っている。
だからこそそうではない宝石が尊いと思えるのだ。
クラウスのように。
レヴィのように。
醜い中にある尊いものは、何よりもかけがえのない光だと思っている。
同時に、宝石にもなり得ない醜いものは心底から軽蔑している。
人間の欲は底が無い。
権力者は特にその傾向が強い。
マーシャ達はその貪欲さに全てを奪われかけた。
ジークスという惑星で平穏に生きていたかった少年少女達は、その星を人間だけの楽園にしたいという彼らの身勝手な願望に踏みにじられ、そして多くの同胞を殺された。
全てを知り、全てを手に入れたいと願うのが人間だ、とマーシャは考えているう。
そこに身の程を弁えるという自制は存在しない。
いつだってむき出しの欲望を叩きつけてくる。
だからこそ、向き合いたくないのだ。
自分達の限界を。
人間の手に負えないものを理解しようとしない。
自分はこの程度なのだということを自覚したくない。
だからこそ、不可解なものには近寄らない。
関わらなければ知らずに済む。
自らの程度を、思い知らずに済むのだから。
そんな風に諦める癖に、欲望だけは限りない人間のことを、マーシャはよく知っていた。
そして、そうではない人間のことも、よく知っている。
レヴィも、オッドも、シャンティも、クラウスも、マーシャにとっては大切な仲間であり家族であり、人間の中でも特別な存在だ。
「このユイっていう子はそこに踏み込んだのね。なかなかに見所のある存在だわ」
「それは私も同感だ。彼は面白い。その発想も、頭脳の切れも抜きん出ている。ただ、あまりにも発想が突飛過ぎて、ついでに金もかかりすぎて他の相手には見向きもされないようだが」
「でしょうね。ここに書いてあることを検証するだけでも兆単位の金が必要になるわよ」
「だろうなぁ。千兆の資金援助を頼まれたよ」
「もちろんするんでしょう?」
「あっさりと言ってくれるなぁ。大金だぞ」
「金なんてただの数字。かつてマーシャ自身が言ったことよ」
「………………」
それも事実だった。
しかし他人に言われるとやや複雑な台詞でもある。
「博士はこの研究が実を結ぶと、そう考えているんだな? 私が資金援助をすれば成功させられると確信しているんだな?」
「しているわよ。ついでに言うとこれ、アタシも参加してみたいわね。面白そうだし」
「参加って、共同研究したいって意味か?」
「そこまで踏み込むつもりはないわよ。アタシが直接ユイちゃんと対面する訳にはいかないでしょう?」
「当然だ。そんな危ないこと出来るか」
主にユイの貞操が……と言いたいところだが、それは冗談だ。
それが不可能であることをマーシャは知っている。
「だから通信でちょこっとアドバイスするぐらいね。でも実験の成果はこの目で見たいわね」
「まあ、それぐらいならシルバーブラストを介せば何とかなるか」
ロッティとエミリオンのデータのやりとりは危険だが、シルバーブラストを中継すればその危険性も減る。
なんとかなるかもしれないと考えるマーシャ。
「分かった。通信なら協力する」
「ありがと、マーシャ。愛してるわよん」
「変態の愛なんかいらない。結果だけくれればいい」
「あら~。つれないわね~。やっぱり彼氏が出来ると警戒が大きくなっちゃうのかしら?」
「それは関係ない。今も昔も変態の愛なんかいらない」
「変態じゃないわよ。天才よ」
「変態で天才なんだろう」
「失礼ね」
「事実だ」
などというやりとりが繰り返されている。
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