シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

1-3 旅立ちと始まり 7


 そして一週間後。

 マーシャはスターリット宇宙港でそわそわしながら待っていた。

 腰巻きの下からも尻尾がそわそわ動いているのが分かる。

「マーシャ。少しは落ちついたらどうですか?」

「落ちついているぞ」

「はあ。そうですか」

 まったく落ちついているようには見えないのだが、本人がそう主張するのなら、外野が何を言っても無駄だった。

 シオンはため息交じりにマーシャを見るが、その直後には笑っていた。

 レヴィを待つマーシャの姿を可愛いと思ったのだ。

 恋する少女が一途にその相手を想い続けて、そして今も待っている。

 そんな姿はとても可愛らしい。

 自分もいつかそんな気持ちになれる相手を見つけられるだろうか、などということを考えてしまう。

 恋どころか、人としての生き方すらもまだよく分からないシオンにとって、マーシャこそが人生の手本であり、大先輩でもあった。

 シオン自身は人間ではないけれど、それでも人間と同じように楽しく生きたいと思っているし、創造主であるマーシャもそれを望んでくれている。

 だからこそシオンはどんな自分自身になるのかを常に考え続けている。

 考え続けてはいるが、深刻にはなっていない。

 望むように振る舞えば、それでいいのだということを知っている。

 だからこそ、今はマーシャの様子を楽しんでいるのだ。



 そして遠くからレヴィ達が近付いてくるのが見えた。

「あ、レヴィさん達が来ましたね」

「………………」

「マーシャ?」

 レヴィ達を待っていた筈なので、大はしゃぎで喜ぶと思っていたのだが、マーシャは黙ったままだった。

 シオンは不思議そうにマーシャを見る。

 嬉しくない筈はないのに、どうして態度に出さないのだろうと疑問に思っているのだ。

 しかしシオンは気付いていない。

 マーシャは爆発しそうな歓喜を必死で抑え込んでいるのだ。

 はっきりとした答えを聞くまでは、決してはしゃいだりしないと自制しているのだ。

 やがて目の前までレヴィがやってくる。

 そしてマーシャを見て笑いかけた。

「よう」

「うん」

 軽く手を上げると、マーシャも頷いた。

 そしてマーシャはレヴィに対して手を差し出した。

「一緒に来てくれるか?」

 ここまで来ればレヴィの答えなど分かりきっているのに、それでもはっきりとした言葉を求めている。

 その不器用さと誠実さが面白くて、レヴィは笑い出したくなった。

 こんなマーシャだからこそ、一緒に行こうと思ったのだ。

 マーシャと一緒ならば、もう一度宇宙に戻るのもいいと思えたのだ。

 マーシャの手をしっかりと握って、そしてはっきりと告げた。

「これからよろしくな、マーシャ」

「ああ。お前達を歓迎する!」

 はっきりとした答えが聞けたので、マーシャはもう我慢しなかった。

 握手した手をすぐに離して、レヴィへと飛びついた。

 子供の頃のままの態度にレヴィは苦笑しながら、それでも受け止めた。

 その拍子に腰巻きが取れてしまい、尻尾が露わになったが、ここはマーシャが借りている宇宙船の停泊エリアなので、他の人間はいない。

 ただ仲間達と、シルバーブラストの姿があるだけだ。

 尻尾がぶんぶん揺れている。

 どれだけ抑えていても、この喜びだけは我慢出来ない。

 長年の夢が叶った瞬間なのだ。

 今は素直に喜んでもいいだろう。

 しばらくはこの喜びの余韻に浸っていたかったのだが……

 大きな手の感触がそれを邪魔した。

「……おい」

 不機嫌そうなマーシャの声がレヴィの耳に届く。

 物騒な唸り声だった。

 オッドとシャンティは反射的に後ずさる。

 猛獣の唸り声に聞こえてしまったからだ。

「ん? どうした?」

 レヴィだけが気付いていない。

 いや、気付こうともしない。

 敢えて無視しているのかもしれない。

「どうして私の尻を撫でているんだ?」

 レヴィの手はマーシャの尻を撫で回していた。

 感動の旅立ちなのに、どうしてそんなセクハラをされているのか、マーシャには全く理解出来なかったのだ。

 というよりも、理解したくなかった。

 どうして嬉しくて堪らない時に、こんな台無しなことをしてくるのか、理解したくなかったのだ。

 よりにもよって尻を撫でるのは酷い。

 せめて頭を撫でて欲しいと思うのはそこまで贅沢なことだろうか。

 銀色の目に射貫かれたレヴィは、それでも堂々としていた。

 自分に対して後ろめたいことは一切無い、という堂々とした態度だ。

 開き直りとも言う。

「違うぞ、マーシャ。尻を撫でている訳じゃない」

「じゃあ、その手は何だ?」

 今も撫で回している手を睨むマーシャ。

 しかしレヴィは堂々と反論する。

「これは尻を撫でているんじゃない。もふもふを撫でているんだ」

「………………」

「つまり、尻はついでだ。俺はあくまでももふもふを撫で回しているだけなんだ」

「………………」

「むしろ尻はもふもふの付属品だな」

「………………」

 マーシャの忍耐もそこが限界だった。

 ぐっと拳を握りしめ、そしてレヴィから離れる。

「あ……」

 シャンティが気まずそうな声を上げる。

 しかしオッドの方はやれやれとため息を吐くだけだった。

 レヴィが危害を加えられるのは面白くないのだが、明らかに彼の自業自得なので、黙っていることにしたのだ。

 尊敬する上司のアホな面を見せつけられてやや失望しているとも言う。

「?」

 シオンに至っては何が起こるのか分かっていない様子だ。

 きょとんとしている。

「どうしたんだ? 何を怒っているんだ?」

 そしてレヴィはまだ分かっていない。

 にこにこしながら再びマーシャの尻……もとい尻尾に触ろうとする。

 すっかり撫で回すのに嵌まってしまったようだ。

「これが怒らずにいられるかーっ! 少しは反省しろこの馬鹿ーっ!」

「ぐはっ!」

 顔面パンチが炸裂する。

 殴り飛ばされるレヴィ。

 ぜえぜえと肩で息をするマーシャ。

 顔を押さえながら起き上がるレヴィはマーシャに対して盛大な文句をぶつけた。

「いきなり何しやがるっ!?」

「やかましいっ! 当然の報いだっ!」

「俺が一体何をしたっ!? 尻尾のついでに尻を撫でていただけじゃないかっ!」

「堂々と言うなこの馬鹿っ!」

「こっそりやったら痴漢じゃないかっ!」

「現状でも十分に痴漢行為だっ!」

「そこにもふもふへの愛があるんだから痴漢じゃないっ!」

「そんな訳があるかーっ!」

「ぐほあっ!?」

 再び殴られた。

 しかし誰もレヴィを庇ったりしない。

 自業自得だと思っている。

「レヴィさんって、アホだったんですねぇ」

 しみじみと言うシオン。

 確かにアホにしか見えないのだが、あんまりな物言いだった。

「……いや、普段はもう少し賢そうに見える」

 オッドが控えめにレヴィを庇った。

 しかし現状がアホであることは否定しなかった。

「そうなんですか?」

「今まではな」

「これからは?」

「俺にもなんとも言えない」

「ふうん。じゃあこれからレヴィさんがどれだけ壊れていくか、見物ですね~」

「………………」

 そんな恐ろしい未来を楽しみにしないでもらいたい。

 しかし避けられない未来でもあるのだろう。

 オッドは盛大なため息を吐くのだった。

「しかしアニキの気持ちも少し分かるなぁ。あの尻尾、僕だって触ってみたいし」

 シャンティが少しだけ羨ましそうにしている。

「とっても気持ちいいですよ」

「シオンは触ったことがあるんだよね」

「もちろんですです」

「いいなぁ。シオンは女の子だからいいけど、僕が撫で回したら流石にセクハラだよね」

 男女の違いは大きい。

 シャンティが可愛らしい外見をしていても、少年であることは間違いないのだから、やはり怒られるだろう。

 そして殴られるのは遠慮したい。

「やめておいた方が賢明だな」

 オッドも同意する。

「だよね。まあ、機会があればってことで。素直にお願いすれば、案外、聞き届けてくれるかもしれないし」

「勝手に触ったりしなければ大丈夫だろう」

「だよね。ちょっと楽しみになってきた」

「そういうものを楽しみにするのもどうかと思うがな」

 殴られたり触ったりしてじゃれている二人を遠目で見ながら、三人はやれやれと肩を竦めるのだった。

 それでもこれから新しい未来が始まるのだと、誰もが信じていた。



 楽しくも前途多難な旅路が始まる。

 銀翼の船《シルバーブラスト》。

 蒼き光剣《スターウィンド》。

 類い希なる才能を持つ二人の操縦者と、人間を模した少女、成り損ないの魔術師、そして亡霊の守護者。

 小さな仲間であり小さな家族となった五人は、果て無き闇と輝く星光の世界へと旅立つのだった。



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