シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

1-2 猛獣美女の大暴れ 6



「……マティルダ?」

 もちろん、レヴィは亜人を差別しない。

 しかしそれ以上に、衝撃の方が大きかった。

 もう、随分と昔に思える。

 幼い少女と、幼い少年。

 任務中に救った、二人の子供。

 その内の一人が、ここで気まずそうにしている。

 少しだけ照れ笑いを向けてくる。

 あの頃よりも随分と面影が変わっている。

 しかし、間違いない。

 黒い髪に、銀色の瞳。

 意志の強い、真っ直ぐな視線。

 どうして今まで気付けなかったのだろう。

 獣耳や尻尾が見えなかったから?

 いや、そんなものは言い訳だ。

 過去を否定している自分は、彼女のことも、あの少年の事も、思い出すことを避けていたのだ。

「まさか……あの時の……?」

 オッドの方もマーシャに反応している。

 幼い少女だった面影は、随分と成長して、見違えるようになっている。

 しかし間違えようのない、強烈な意志を秘めた銀の瞳は覚えのあるものだった。

「何? 知り合い?」

 シャンティの方は首を傾げている。

 それよりもマーシャの耳尻尾に視線が釘付けだった。

 触ってみたい、気持ちよさそう……などと考えている。

 そんな場合ではないのだが。

「今の私はマティルダじゃない。マーシャ・インヴェルクだ」

 そしてマーシャは自分がマティルダであることを否定しなかった。

 すっと立ち上がって不敵な笑みを向ける。

 あの時の頼りない姿とは大違いだ。

 これが成長というものなのだろうか。

「感動の再会を楽しみたいところだが、生憎と時間が無い。協力してくれるというのなら、それぞれの仕事をしてもらおうか」

「……なんか、ふてぶてしくなってないか?」

 過去に助けた幼い少女は、もっと素直に甘えてくれたように思う。

 その甘えっぷりが可愛いと思っていたのだが、今はなんだかふてぶてしくなっている。

 可愛げそのものが激減していて、少しばかり残念だと思ってしまう。

 それが『大人になった』ということなのかもしれないが、レヴィとしては幼い頃の可愛げに夢を見ていたいという気持ちがあるのだろう。

「逞しくなったと言って欲しいな」

 マーシャはレヴィに近付いてからその手を取った。

「マティルダ?」

「マーシャだ」

「その名前に拘りでもあるのか?」

「私に愛情を注いでくれた人が付けてくれた名前だから。だから、大切にしたいんだ」

「もしかして、クラウスさんが?」

 クラウス・リーゼロック。

 惑星ロッティに住む投資家にして実業家。

 莫大な財産を持つ老人であり、幼い頃のマーシャとあの少年を保護してくれた恩人でもある。

 マーシャ達を助けた後、その後の処遇に困っていたレヴィにとっても、クラウスは恩人なのだ。

「うん。私が亜人だとバレても、自由に生きていけるように、新しい戸籍を用意してくれたんだ。インヴェルクはなん
となくの名前だけど、マーシャというのはお爺さまが付けてくれた」

「そうか。じゃあ今もクラウスさんの世話になっているということか?」

「お爺さまのところからはとっくに独立したよ。今の私は個人の投資家であり、操縦者だ」

「……逞しくなったなぁ」

「うん。頑張った」

 レヴィを見上げて、誇らしげに微笑むマーシャ。

 尻尾もぱたぱたと揺れている。

 もっと褒めて欲しいのかもしれない。

 頭を撫でてやろうと思ったのだが、その前に手の中に硬いものを置かれた。

「?」

 手の中を確認すると、それは青い羽根の形をした鍵だった。

「これは?」

「この船の中にある戦闘機の起動キーだ。レヴィに渡しておく」

「なるほど」

 レヴィは戦闘機の操縦者だ。

 これから荒事になるのなら、戦闘機で出撃することになる。

 レヴィはありがたく受け取っておいた。

「マーシャ。もふもふです~」

 そして後ろからシオンが抱きついてくる。

 正確には尻尾に触れて頬ずりしている。

「うひゃうっ!?」

 いきなり尻尾に触られたのでびくんとなってしまうマーシャ。

 振り返ったマーシャはシオンを叱りつける。

「い、いきなり触るんじゃないっ! びっくりするじゃないかっ!」

 しかしシオンの方は頬ずりをやめない。

 とても気持ちよさそうにしている。

「だって~。マーシャがいつまで経ってもいちゃいちゃしているから、待ちきれなくなったですよ~」

「……別にいちゃついたつもりはないんだが」

 少しだけ照れているマーシャ。

 そんなつもりは無かったが、端から見るとそう見えていたかもしれないと考えると少しだけ恥ずかしい。

「充電充電~♪」

「………………」

 シオンはマーシャの尻尾がお気に入りだ。

 いつも触りたがる。

 マーシャもシオンの好きにさせることが多いのだが、今はとても困るので止めさせておく。

「いいから、すぐに準備しろ。シオンがいないとシルバーブラストは機能開放が出来ないんだからな」

「はいはい。分かってますよ~」

 最後に思いっきり頬をすり寄せてから、シオンはマーシャの尻尾から離れた。

 かなり名残惜しそうだ。

 それからニューラルリンクの中に入り込む。

「じゃあ起動チェックに入るですよ~」

 のんびりとした口調だが、その頭の中では凄まじい高速並列処理が行われている。

 シオンという少女が人間ではなく、有機アンドロイドとして、この船の為に造られたパーツであることを証明するかのように、船の機能が次々と覚醒し始めた。

 操縦室の明かりが光量を増し、ホログラムディスプレイが次々と切り替わっていく、

 機能チェックが終えたものから消えて、次の機能チェックに入るものが現れる。

 その項目をマーシャがきちんとチェックしていく。

「シルバーブラスト起動。ニューロリンク形成。エンジン、オートマトンネットワーク、武器管制、航宙管制、生命維持システム、オールグリーン……」

 次々とチェックが完了していく。

 どうやらシオンはシルバーブラストの起動シークエンスを行っているようだ。

 しかし、恐ろしく速い。

 通常、完全に停止した宇宙船が発進準備を完了するまでは、どんなに早くても二十分は必要だ。

 全ての機能チェックを完了し、宇宙に飛び立つ為には、様々な安全基準をクリアしなければならない。

 それらを判断する管制頭脳が全てのチェックを完了するまで、それぐらいの時間がかかってしまうのだ。

 少なからず人力で行う部分もある。

 しかしマーシャはチェックをしているだけで、直接的な操作は何もしていない。

「もしかして、その子、宇宙船特化タイプの電脳魔術師《サイバーウィズ》なの?」

 シオンの正体に真っ先に気付いたのは、同じスキルを持つ少年だった。

 シオンが何をしているのか、どうやってこの船の起動シークエンスを行っているのか、シャンティには理解出来たのだ。

 マーシャはシャンティに振り返って笑いかける。

「流石は現役の腕利き電脳魔術師《サイバーウィズ》だな。その通りだ。シオンは私と私のブレーンが造り上げたオリジナルの電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》だ」

「っ!」

 電脳魔術師素体《サイバーウィズマテリアル》という言葉に反応するシャンティ。

 少しだけ嫌そうな顔だった。

「言っておくけど、非人道的な実験とかは一切していないからな。有機アンドロイドと言っただろう? 一から設計して、そして造り上げた」

「でもあの人格は? 人為的に造り上げたAIじゃあそこまで人間らしい性格にはならないと思うんだけど」

「そこは企業秘密だ。だが、これもはっきり言っておく。非人道的なことは一切していない。真っ当な手段でシオンというパーツを造り上げたんだ」

「………………」

 シャンティはまだ納得していないようだが、マーシャがそう言う以上、今は呑み込むしかない。

 こんなことで議論している時間も惜しいのだ。

「ちなみにシオンは電脳魔術師《サイバーウィズ》としては最強だと思うぞ。シャンティとしてもそれなりに興味があるんじゃないか?」

「む……」

「もっとも、生まれたばかりだから、経験はシャンティの方が上だけどな。このシルバーブラストの管制に関しては予めインプットしてあるから、経験は関係ないが」

「だろうね。生体脳じゃなくて、有機アンドロイドなら、人間の電脳魔術師《サイバーウィズ》の限界をあっさり越えられるだろうし」

 マーシャが言っているのはシオンの処理能力のことだろう。

 電脳魔術師《サイバーウィズ》の能力は、脳が行える処理能力と密接な関係がある。

 膨大な情報量、つまり情報圧に押し潰されないだけの才能も必要になるが、要するにどれだけの情報を脳が処理出来るか、ということが重要になってくる。

 電脳魔術師《サイバーウィズ》には特殊な才能が必要になるが、最も重要なのは、情報圧との親和性だ。

 膨大な情報の中に自身の意識を置いても、呑み込まれない、押し潰されない、という才能が必要になる。

 要するに自分を見失わないということなのだが、これが意外と難しい。

 この才能に恵まれず、電脳魔術師《サイバーウィズ》の世界に足を踏み入れた若者が、そのまま廃人コース一直線になることも珍しくはないのだ。

 元々、電脳魔術師《サイバーウィズ》は人工頭脳と並行して宇宙船の管制を担当出来る人材を育てようとしたものだが、その結果は才能に左右された。

 人間である以上、そこに左右されるのは当然であり、とても安定した人材とは言えない。

 結果として、管制頭脳の開発に力を入れることになった。

 しかし電脳魔術師《サイバーウィズ》そのものの需要は減っていない。

 情報操作や収集のエキスパートとして、時には非合法のハッキングなどの人材として、常に求められている。

 安定した品質の電脳魔術師《サイバーウィズ》を造り出そうと、子供を使った非人道的な実験も繰り返されたが、確固とした成功例は出ていない。

 やがてそれらも摘発されることとなり、今ではそこそこの能力を持つ電脳魔術師《サイバーウィズ》達はそれぞれの場所で活動している。

 シャンティもその一人だったが、彼はその中でも『天才』と言われるレベルの電脳魔術師《サイバーウィズ》だった。

 しかし経験はともかくとして、才能、そして資質で自分を上回る存在が目の前にいる。

 幼い少女の形をしたその電脳魔術師《サイバーウィズ》は、シャンティを見ると嬉しそうに微笑んだ。

「………………」

 自分よりも優れた電脳魔術師《サイバーウィズ》。

 ややプライドが刺激されたが、嫉妬は抱かなかった。

 そんなものよりも重要なことがあったのだ。

「白……」

「?」

「何でもないよ。あはは」

 ニューラルリンクに入っているシオンはその中でふわふわと浮いている。

 それを見上げる形になっているシャンティは、彼女のパンツが見えてしまったのだ。

 嫉妬するよりも、そこに視線が釘付けになった。

 しかし口には出せない。

 密かに幸せを堪能するのだった。

 実に少年らしい、微笑ましい姿でもあった。

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