シルバーブラスト Rewrite Edition
1-1 宇宙《ソラ》を見上げる運び屋 7
飲み終わる頃には携帯端末が鳴った。
どうやら到着したらしい。
「よし。ならお仕事しますかね」
「よろしく頼む」
「任せろ」
その前に支払いを済ませようとしたのだが、マーシャがカードを店主に差し出していた。
「一緒で頼む」
「おいおい」
自分の分も含めてレヴィが払うつもりだったのだが、マーシャはそれをさせなかった。
「前払いの上乗せだと思ってくれればいい。場合によっては本当に危険なことになるかもしれないからな」
「む……。まあ、そういうことなら遠慮無く奢られておこうか」
女性に奢られるのは微妙な気持ちになったりもするのだが、マーシャはレヴィが考えるよりもずっと金持ちのようだし、正当な理由があるのなら受けておく方が良好な関係を維持出来る。
一緒に行動する間は仲良くしておきたい。
正体を知られているのでどうしても警戒は残ってしまうが、それでもレヴィはマーシャのことが嫌ではなかった。
一緒に居るとなんだか懐かしい気持ちにさせられるのだ。
どうしてなのか分からないが、胸の奥がざわつく。
三十路すぎて初恋……? などと一瞬だけ冗談交じりに考えたが、そういう感覚でもない。
すっきりしない感覚だけが残っているのだ。
一緒に行動する内に、その感覚について何か分かればいいと思った。
セレナスを出ると、少し歩いたところに大きな車が停まっていた。
セレナスは狭い路地にあるので、路上に車を停めると迷惑になる。
オッドは広い道路の路肩に車を停めていたのだ。
「待たせたな、オッド」
運転席に乗っていたオッドに声を掛ける。
その後ろにはマーシャが立っていた。
「彼女が依頼人ですか?」
「ああ。マーシャ・インヴェルクって名前だ」
「カレン・ロビンスでは?」
「そっちは偽名だった」
「そうですか」
偽名だったことには驚かないオッドだった。
それはシャンティからの情報で分かりきっていたことだからだ。
『マーシャ・インヴェルク』という名前が本名とも限らないが、全てをさらけ出さなければ依頼を受けられないという訳ではない。
レヴィが受けると判断したのなら、オッドはそれを尊重する。
オッドはマーシャのことは信用していないが、レヴィに対しては全幅の信頼を寄せている。
だから彼の判断に従うのはオッドにとって当然のことでもあった。
「うわ~。近くで見るとすっごい美人さんだね」
亜麻色の髪の少年が後部座席から乗り出してくる。
灰色の瞳がきらきらと好奇心で輝いている。
「初めまして~。僕はシャンティ・アルビレオだよ。アニキの仲間なんだ」
「初めまして、シャンティ」
マーシャはあどけなさを残す少年に笑いかける。
素直な可愛らしさが微笑ましいと思ったのかもしれない。
「うん。よろしくね」
「よろしく」
オッドとは軽く会釈を交わすだけだったが、シャンティには愛想良くしている。
案外、子供には甘いのかもしれない。
「運転代わるぜ」
「お願いします」
レヴィが運転席へと座る。
通常の運転ならばオッドに任せていても問題はないが、運び屋として動くならばレヴィが運転することになる。
オッドにはレヴィほどの技倆は無いからだ。
「よし。じゃあ出発しますか。セリオン峠でいいんだよな?」
「ああ」
「具体的にはどの辺りだ?」
「ガルア工業地帯まで頼む」
「ああ、あの辺りか」
セリオン峠を少し下ったところに、広くて平坦な地域がある。
そこは人里から適度に離れているので、様々な工場があるのだ。
ガルア工業地帯と呼ばれる場所だ。
「問題の宇宙船はそこで建造しているのか?」
「まあな。廃工場になった場所を買い取って、そこで建造していた」
「ふうん。まあいいや。じゃあその工場まで運べばいいんだな?」
「そういうことだ。詳しい番地はここだな」
マーシャは住所の詳しい番地まで表示させてレヴィに見せた。
「ふうん。工場地帯の中でも随分と僻地だな」
「たまたま僻地が廃工場になっていたからな。助かった」
「助かる? 何でだ?」
「今回の件で不必要に被害を広げずに済むだろう?」
「………………」
自分一人で運ぶ際には被害をまき散らすことを躊躇わない発言をしたのに、こういう部分で心配するのは何かが違うと思うレヴィだった。
しかしレヴィが引き受けた以上、被害は最小限に留める努力はしてくれるらしい。
「無関係の人間を巻き込むのは本意じゃないんだ」
「俺も、本来は無関係だと思うんだがなぁ」
「仕事を引き受けた以上、立派に共犯者だ」
「まあ、そうだな」
引き受けた以上は共犯者。
それが契約というものだ。
そしてレヴィは契約を重んじる性格だった。
一度約束したことは必ず守る。
裏切ったり、騙したりということは考えない。
そういうことが出来る性格ではないのだ。
いい年をして純真すぎると、オッドなどは少し呆れているが、レヴィのそういう部分にこそ信頼を置いているのだから、それを責めたりはしなかった。
「じゃあ、出発しようか」
「頼む」
「任せろ」
レヴィはハンドルを握り、マーシャはその隣に座った。
いつもならその場所にはオッドが座るのだが、今回はマーシャに譲っておいた。
オッドは大人しく後部座席へと座る。
美女の隣に座れなかったシャンティが少しばかり残念そうだったが、今回はこれでいい。
シャンティも駆り出している以上、いざとなれば自分が護らなければならない。
銃撃戦になった場合、マーシャがシャンティを護ってくれるとは思えない。
自分の身を守るだけで手一杯だろう。
戦闘は自分が受け持つとマーシャが言っていたが、彼女がどれほど戦えるのかは分からない。
戦闘要員として、オッドも気を引き締めるのだった。
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