シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

0-5 新天地と別れ 9


 それからクラウスが改めてここで暮らすように提案すると、二人は迷うことなく頷いた。

『ここで暮らせば肉食べ放題じゃぞ』の一言が決定的だったらしい。

 かなり前向きだったのが、肉で陥落という感じだった。

 流石は恐るべき経営手腕の持ち主。

 亜人二人を食欲で誑し込むことなど、朝飯前ということだろう。

 ……経営手腕には関係ないのかもしれないが、なんとなくそう評したくなるレヴィアースだった。

「お世話になります」

「よろしくお願いします」

 ぺこりと頭を下げるマティルダとレヴィアース。

 これからお世話になる人への礼儀はしっかりとしているらしい。

 これでようやく安心出来るレヴィアースだった。

「うむ。儂はマティルダやトリスのことを孫のように思っておるからな。『おじいちゃん』と呼んでくれると嬉しいぞ」

「………………」

「………………」

 緩みまくった表情でそんなことを言うクラウスを見て、困ったように顔を見合わせるマティルダ達。

 今までおじいちゃんどころか、家族と呼べる存在すらいなかったので、本当にそうしていいのかどうか分からずに困っている。

「お、おじいちゃん……」

「おじい……ちゃん……」

 それでもこわごわと名前を呼んでみる。

 するとクラウスは大喜びした。

「素晴らしいっ! これが孫を得るという喜びかっ! 今まで結婚もせずに経営一筋じゃった分、感動も大きいのうっ!」

 クラウス・リーゼロックは数多くの女性と付き合ってきたが、その誰とも結婚までは至らなかった。

 付き合ってきた女性の大半がクラウスの資産が目的であり、遊び相手ならまだしも人生の伴侶としてはあまり考えたくない相手ばかりだった。

 中にはクラウス自身を愛してくれた女性も存在したが、そんな相手は純粋すぎて、クラウスの利権を狙う相手の悪意に晒してしまうことが申し訳ないと感じてしまったのだ。

 結果として、彼は女遊びは盛んであっても、独身を貫いたのだ。

 綺麗に付き合い、綺麗に別れてきたので、子供も存在しない。

 それでいいと思っていたし、今後も経営に生き甲斐を感じて老後を過ごすつもりだった。

 経営する気力が尽きてきたらのんびりと老後を過ごすのも悪くないと考えていたが、孫を得るという喜びは何物にも代えがたいものだったらしい。

 息子や娘を得ることなく、孫を得てしまったという矛盾は存在するが、それでもクラウスは嬉しそうだった。

 そして大喜びしたクラウスはマティルダとトリスを両手で抱きしめてから頬ずりした。

 孫可愛がりというよりは、猫可愛がりの有様だ。

「く、苦しい……」

「は、離して……」

 そして手加減抜きで抱きつかれたマティルダ達は苦しそうに身をよじる。

 しかしその表情は嬉しそうだった。

 ここまで真っ直ぐな愛情を向けられたのは始めてなのだろう。

 戸惑いと、嬉しさで、気持ちがほっこりとしてくる。

「これからよろしくな、マティルダ、トリス」

「うん。よろしく、おじいちゃん」

「こちらこそ、よろしく、おじいちゃん」

 こうして、三人は家族になった。

 誰一人血の繋がりを持たない者同士の家族関係だが、それは他のどんな家族にも負けないぐらいに温かい関係だろう。

 そんな様子を見守っていたレヴィアースも安心したように表情を緩める。

 これでマティルダ達は安心だった。

 助けると決めて、手を差し伸べた以上、そこまでを見届ける責任があった。

 そしてようやく肩の荷が下りたと考えたのだ。

「これでようやく一安心だな」

 滞在は一週間の予定だったが、これならば早く戻っても問題はなさそうだ。

「予定が空いたならホルンの実家にでも戻るかな。家族の顔もあまり見てないし」

 残った休日の消化方法を考えるレヴィアース。

 心配が無くなったら、今度は自分の為の休日消化の方法を考えることに積極的だった。

 しかしそれを聞いたマティルダがぴくんと獣耳を動かす。

 そしてレヴィアースのところにやってきてぎゅっとしがみついた。

「マティルダ?」

「一週間いるって言った」

「え?」

「一週間いるって、言った」

「えーっと……」

 ふくれっ面で見上げてくるマティルダ。

 どうやら予定よりも早く帰ろうとしていることが不満らしい。

 マティルダにとってレヴィアースは自分達を救ってくれた大恩人なのだ。

 彼が居てくれたからこそ、クラウスに出会うことも出来た。

 これから明るい未来が見えてくるように思えたのは、そのきっかけを与えてくれたのはレヴィアースなのだ。

「いるって、言った」

「あー……うー……」

 涙目で見上げられると辛い。

 居なくなることは覚悟していても、それでも可能な限り傍に居て欲しいという気持ちが伝わってくる。

 短い期間でもそれだけ信頼してくれるのは嬉しくもあるのだが、だからこそ心配でもあった。

 本当に一週間後にきちんと聞き分けてくれるのだろうかと、それが不安なのだ。

「大丈夫。レヴィアースに迷惑を掛けるつもりなんてない。ここまでしてくれただけでも十分だって思ってる。帰る段階になっても、ごねたりしない」

「そうか……」

 そして察しも良すぎる。

 レヴィアースが口に出さずに不安を感じたことを、的確に見抜いている。

 見抜いた上で、今は駄々を捏ねているといったところだろう。

 そして捏ねられる範囲の駄々だと自覚しているのも分かる。

 つまり、確信犯。

「分かった。一週間は滞在する。それでいいか?」

「うんっ!」

 マティルダが尻尾を振って嬉しそうに抱きつく。

 そんなマティルダの頭をよしよしと撫でる。

 そこまで喜んでくれるのならば、レヴィアースとしても悪い気はしなかった。



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