シルバーブラスト Rewrite Edition

水月さなぎ

0-1 惑星ジークスと亜人の現状

 この世界に、この宇宙に存在する知的生命体は人間だけではない。

 宇宙という存在の規模を考えればそれは当然のことであり、人と人以外の存在が接触するのも、自然の流れでもあった。

 地球という名の原初の母星を失ってから幾年月。

 人類は宇宙開拓の旅に乗り出してから、多くの惑星や資源を発見した。

 人間が住める環境の惑星を見つけ出し、新たな新天地とし、それだけではなく、他の居住可能惑星も見つけ出し、惑星の中で国を分けるのではなく、惑星一つを国という単位で考えるようになった。

 かつての人類からは考えられない規模の都市が増えていく。

 そして国という名の星も。

 今や、星の名と国の名はセットで考えられる。

 そして人類以外の知的生命体が住む惑星も存在した。


 現在、確認されている人類以外の知的生命体はただ一つ。

 人間と非常によく似た特徴を持つが、人間とは決定的に違う特徴も持っている。

『亜人』という存在だった。

 人に似ているが、人ではないもの。

 人間とよく似た姿をしているが、獣の耳と尻尾を持っている存在。

 進化の過程で獣の因子を持ったまま人の姿を形成したのだろうと考えられているし、人類と似た進化を果たした存在が獣の因子を取り込んだ結果なのだろうとも考えられている。

 しかし実際のところはまだ解明されていない。

 一つだけはっきりしているのは、人間と似ているからこそ、対話も共存も可能ということだった。


 惑星ジークスという星を開拓しようとした人類は、先住民である亜人と接触することになった。

 元々住んでいた存在を排除して土地を奪うのは簡単だったが、なまじ人類と似ている知的生命体である以上、それは世論が許さなかった。

 そして初めて出会った人類以外の知的生命体に対して、対話と研究という名目もあった。

 人体実験は許されないが、それでも彼らの協力を得て、生態を研究したりすることはあった。

 しかし人間とは違い、原初に近い生活を好む亜人は、人間との共同生活に向いていない。

 ジークスは亜人と人間が棲み分けを行う惑星となった。


 科学技術を用い、便利に生活する人間達。

 そして科学技術を嫌い、原始的な生活を行う亜人達。

 彼らは長い間上手く付き合ってきたが、時間の経過と共に人間は亜人を見下すようになった。

 亜人は獣の因子を持つが故に科学技術に頼ることにより、その因子が薄れ、身体が鈍っていくことを恐れているからこそ、便利すぎる科学技術を忌避したが、人間にとっては、科学技術は叡智の結晶であり、それらを扱えない亜人達は侮蔑の対象となってしまったのだ。

 亜人とは原始人。

 見下してもいい存在。

 そんな風に考えるようになってしまった。

 本来ならば、自分達よりも遙かに高い身体能力を持っている存在に敬意を払っても良さそうなものだが、人間は自分達が霊長の頂点だと考えているが故に、それが出来なかった。

 熊や狼などの獣を警戒することはあっても、表向きは友好的に接してくれる亜人達は自分達よりも下だと考えてしまったのだ。

 彼らが爪や牙を振るわないのは、共存の為に必要だと判断した結果だということを忘れて、二つの種族の溝は深まっていった。


 人間による亜人差別。

 それらがジークスの世論に浸透していくのに、それほど長い時間はかからなかった。

 差別は衝突へと発展していき、やがて紛争にまで行き着いた。

 亜人と人間の戦争。

 本来ならば勝負にならない筈だった。

 ジークスに住む人類の数は約一億人。

 そして亜人の数は全体でも一千万人に満たない。

 軍事戦力を限定したとしてもその差は圧倒的だった。

 しかも人類には科学技術による武装もある。

 亜人は科学技術を忌避した為、自分達の肉体のみを武器としている。

 機関銃やミサイルを持った十倍の勢力と、素手でしか闘う道を持たない十分の一の戦力。

 勝負をすることすら馬鹿馬鹿しい。

 誰もがそう思った。

 少なくとも、人間側は。

 しかし亜人達は思いもよらぬ方法で人類に仕掛けてきた。

 彼らは科学技術を忌避しているだけであって、決して使えない訳ではない。

 そして原始的な生活を望んでいても、原始的な知識しか持たない訳でもなかった。

 人間との関係が悪化し始めた段階できちんと対策を考えていたのだ。

 まずは戦闘能力が高く、理性的な亜人を人間に変装させてその社会に潜り込ませる。

 そして軍へと出入り出来るようにもして、その内部と科学技術を探った。

 彼らにとっては未知の技術だったが、それでも学べばきちんと身につくぐらいには優秀だった。

 人間側は気付いていなかったが、亜人はあらゆる面で適応力が高い。

 避けていただけであって、科学技術も、一度手にしてしまえば人間以上に適応してしまうのだった。

 そうやって人間の手札を探り、いざ戦争となれば内部から切り崩し、人間側の装備を鹵獲し、それらを本来の持ち主よりも有効に使って見せた。

 武装の質は人間が上。

 しかし戦略や戦術では亜人の方が上だった。

 数の差を知性で補う。

 それは亜人という種が人間よりも優れていることの証明でもあった。

 彼らはそんなことを証明したかった訳ではないのだが、それでも劣った種だと見下されるのは我慢ならなかったので、多少は見返してやりたいという気持ちもあったのかもしれない。

 しかしそんな戦争は長くは続かない。

 泥沼の戦争に発展する前に、人間側が広域兵器を使用してきたことにより、状況は一変した。

 完全な機密情報だった為、内部に潜り込んでいた亜人ですらも、それを防ぐことは出来なかった。

 亜人の居住地域に丸ごと撃ち込まれた有毒ガス兵器で、彼らの九割は無力化された。

 有毒ガスで動けなくなった彼らを拘束し、捕らえ、そして抵抗出来ないように首輪を付けた。

 逆らえば電気ショックで殺されるような代物で拘束されてしまえば、彼らも身動きは取れなくなる。

 大半の亜人はそれで無力化された。

 そして一割の亜人は作戦行動の為にその場に居なかった為、難を逃れた。

 残りの勢力にも追っ手がかかったが、彼らは地下に潜り、逃げ延びた。

 そして小規模なテロを起こし続けている。


 一方、捕らえられた亜人の方は地獄を見ている。

 一つ目の地獄は亜人の身体能力の秘密を調べる為の人体実験。

 これは世論が許さない筈だったが、奴隷となった彼らに真っ当な人権は適用されず、遠慮無く切り刻まれ続けた。

 数が限られているが故に検体の無駄遣いは出来なかったが、それでも、解剖や実験などで、少なくない数の亜人が死に続けた。

 二つ目は単純に労働力としての活用。

 決して逆らえない首輪を付けられた彼らは、労働力として有益だった。

 高い身体能力を持つ亜人を、危険地域へと送り込んで、労働に従事させる。

 これは危険を避けたい人間にとってはかなり都合のいい人的資源でもあった。

 怪我をしてもろくに治療されず、亜人は死に続けた。

 そして三つ目にして、最大の地獄。

 それは悪趣味な娯楽に対する子供達の活用だった。

 亜人は子供であっても高い能力を持つ。

 しかし身体が小さすぎる為、労働力としてはいささか頼りない。

 ならばどうやって活用するかという話が出た時に、仲間同士で闘わせようということになったのだ。

 人間を玩具にする娯楽は、いつの時代も、そして何処の地域でも一定以上の需要がある。

 特に命を賭けた戦いを外から観察するのは非常に刺激的であり、娯楽としては最上級だと言われていた。

 危険なので当然、刃物などの武器は持たせない。

 首には電気ショックを与える首輪が付けられている。

 そして彼らは素手で闘わせられる。

 十歳にも満たない幼い少年少女達が、唯一縋り合える仲間達を傷つけ合う。

 自分が生き延びる為に。

 そして、壊されていく。

 怪我をしても最低限の治療しか行われない為、大怪我をした子供は死ぬことも珍しくはない。

 新たな娯楽として定着しそうだったので、女の亜人に子供を産ませて新たな奴隷を補充しようという考えもあったが、子供を奴隷闘士にされると分かっている女性はそれを頑として拒否した。

 無理にそれを行おうとすれば自殺してしまうので、結果として人的資源が無駄に失われることとなり、非効率だ。

 仕方が無いので現状で存在している奴隷闘士が全滅したらこの娯楽は打ち止めとなってしまうだろう。


 そして子供達は地獄の中で戦い続けていた。


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