ふたりのK〜手宮署捜査一係〜

南野恭兵

Episode1「'88秋、激闘の日々開幕」

小樽運河の外れにある、手宮署。捜査一係では、捜査一係長の杉下圭一が報告書を纏めていた。内容は、解決した連続ひき逃げ事件の報告書である。

「ふう・・・。やっと一息つけますかね、秋さん」

ライトグレーのスーツがお洒落な秋吉あきよし邦彦くにひこは、「そうだ圭一、ヒマなのが一番だよ」と呟いてマイルドセブンに火をつけた。それに、若手のホープ・谷沢有二と、杉下の自他ともに認める相棒・加藤和夫も同調する。

杉下「ところでお慶ちゃんは日下とどこ行ったんですかね、秋さん?」

「分からんなぁ」と秋吉が呟いた直後、「お探しの人物は私でしょうか、杉下警部補!」という声が聞こえてきた。手宮署のトラブル・メーカーこと、 三好みよし慶子けいこ日下くさか建史たけのりと一緒にマクドナルドの袋を抱えてやってきた。愛咲あいざきじんは「いいじゃない」と呟き、西本にしもと洋一よういちは「朝も夜もかよ」とボヤいた。

杉下「お慶ちゃん、マック買ってたのか」

慶子「日下さんとね。あっ、ちゃんと全員分買ってきましたから安心して下さい!」

すると、西本は背広の上着を掴んで言い出す。
「慶子ちゃんゴメン、朝にマック食っちゃったからそば食いに行く。ジン、付き合え!」

革ジャンを着ながら呟く愛咲。「はーい。西本さんはまた冷やしたぬきでしょ?」

西本「ジンには見抜かれてんなぁ」
そう軽妙なやりとりで去った2人以外の、腹の減っている面々は直ぐに食いつく。

杉下「分かってんじゃないの、ちゃんとダブルチーズバーガー買ってくれんだから。秋さんは普通のね。谷やんはビックマックで、加トはダブルバーガーだべ。日下はフィレオフィッシュかな」
そう言いながら面々は少し早めの夕食を摂り始めたのであった。


男は、少し古ぼけた白いクラウン・スーパーサルーンの車内でサイレンサーを付けたコルト・ガバメントに弾を込めた。ターゲットは雑居ビルの中だからだ。

弾を込め終えた男は、取り出したリベラ・マイルドに火を付けて深く吸い込んだ。濃紺の内装いっぱいに白い煙が充満する。そんな中で、ふとペンダントを取り出して、微笑む女の写真を見つめる。

「愛子・・・。こんな形でしか奴らを片付けることをできない僕を許してくれ」
そう悲しげに呟いた男の目は、少し潤んでいた。しかし、泣いている場合ではない。まだ長いリベラを灰皿に押し付け、薄茶色のサングラスをかけてクラウンから降り、男はビルへと入った。


「よし、今日は呑もうぜぇ!!」
平沢ひらさわ進平しんぺいは、いつも行きつけにしているスナック・マリーを貸し切って、友人である安部淳一の結婚祝いと題した大宴会を開催していた。参加者は今日の主人公である安部と、安部のフィアンセ・遠山礼江、商社マンの大滝俊明、平沢と同じタクシー運転手の吉川豊、そして平沢の5人である。いつもつるんでいる友人達でのささやかなパーティ。平沢たちは呑みに呑みまくる。

「いけね、煙草切らした。ちょっと下行って買いに行くわ」
サムタイム・ミアスを切らしたことに気づいた平沢は、一階にある自動販売機で煙草を買いに行くことにした。もちろん、ミアスがある事は確認済みである。

店を出てみると、酔っ払った男が若い女に絡んでいる。酔っ払いの年の頃は40半ば前後、女は20代前半だろうか。明らかに女が嫌がっていることがわかったから、平沢は止める事にした。

「おじさん、嫌がってんだからやめなよ。何なら警察呼んでもいいんだぜ?」
そう言うと、意外にもあっさり酔っ払いは去っていった。

「大丈夫?」
女に優しく語りかける平沢。近くで見ると彼女、なかなかの美人だ。南野みなみの陽子ようこによく似た、綺麗な顔立ちをしている。

「はい・・・。ありがとうございました。私はこういう者です」
南條みどりは、丁寧な礼を言い、平沢へ名刺を渡した。その佇まいはとても美しい。セミロングの髪型にライトなグレーのスーツがよく似合う。

平沢「おっと、名乗ってなかったな。俺は平沢進平って言うんだ。もし良かったら、一緒に飲まないかい? そこの「マリー」って店で飲んでるんだけど、飲めないならメシだけでも一緒に、どう? 奢るから」

平沢の誘いに、みどりは「いいんですか?」と疑心暗鬼。しかし、平沢の優しさに甘えることにしたのか、「わかりました、でしたら是非ご一緒に」と応えてくれた時、平沢は心の中で「よっしゃあ!!」とガッツポーズを決めたのだった。

物陰に隠れた男は、ターゲットである村川宏に狙いを定めた。案の定、村川はかなり酔っている。この様子だと、若い女に絡んできた後のようだ。

少し考えたが、店に入られた後では遅い。今がチャンスとばかりに男は村川に声をかけた。

「村川さん・・・。愛子にした事の報い、受けてもらいますよ」
そう呟いて、村川が振り向くと同時に男は引金を2度引いた。コルト・ガバメントが火を吹いた直後、左胸と腹に弾丸が当たり、村川の身体はスローモーションのように倒れ込んだ。「どうして」とかろうじて呟きながら・・・。


平沢はみどりと改めてミアスを買いに行くこととした。10月も半ばを過ぎる頃にもなると、いくらスリーピースのスーツでもそろそろ上に羽織るものが欲しくなる頃。平沢はマリーの中にコートを忘れたことをちょっぴり後悔していた。

「ふうー、寒い寒い・・・」
そうボヤきながらミアスを二箱買い、3階へ戻ろうとした時だ。白いトレンチコートを着た、茶色サングラスの男がぶつかったのだ。

「痛てっ、何すんだよ!」
そう言いながら顔を合わせると、男は飛び出していった。

「なんだかね、みどりさん」
と呟いて、2人はエレベーターへ乗り込む。奇しくもそれは、村川宏の遺体が発見されて悲鳴が鳴り響く直前の、ほんの一瞬のタイミングだった。


慌てる男は、サングラスを外してクラウン・スーパーサルーンのもとへ走った。入り口近くで自分より少し年上の男にぶつかったのが気にかかるが、そんなことを気にしている場合ではない。急いでクラウンのエンジンをかけると、シフトレバーをDレンジに入れてアクセルを全力で踏み込み、曲がり角でステアリングを右へ切った。

しかし、ここで再び誤算が起きてしまう。曲がってきた対向車のタクシーにクラウンの右側面をぶつけてしまったのだ。男は「しまった」と思ったが、ここで止まるわけにはいかない。致し方無く逃げることにした。

個人タクシー運転手・大山哲司は下ろしたての新車であるグロリアを、飛ばすクラウンにぶつけられた。すぐさま車を止めて降り、「お前止まれよ!」と叫んだが、大山の声を尻目にクラウン・スーパーサルーンは夜の街へと消えていった。その直後に聞こえてきた悲鳴で、大山は何かが起きたことを悟ったのである。


「じゃっ、俺帰るね。お疲れ様!」
そう言って秋吉が退勤した後、谷沢も「それじゃあお疲れ様でした、僕も帰りますね」と退勤。日下も「用事あるから、帰るわ」と退勤し、これで捜査一係に残るのは杉下、加藤、愛咲、西本、そして慶子の5人である。 

「今夜は暇だといいけどな」と加藤が呟いたその時だった。

「駅前の雑居ビル・川田ビル一階のスナック・さち前にて殺人事件発生。被害者は拳銃で射殺された模様。付近の各移動は直ちに急行して下さい」

愛咲「お前の「暇だといいけどな」はいつもアテにならんねぇ・・・」

加藤「あくまでも希望なんだからあんまり言わないでくださいよ」

杉下「カズもジンさんも行きますよ〜。お慶ちゃんもね」

慶子「うん!」
軽妙なやりとりをした後、杉下は慶子とブルーバードSSSアテーサに、加藤はセドリックSGLエクストラに、西本と愛咲はC32ローレルセダンに乗り込んで出発した。


杉下「おうおうおうおう、至近距離からバスバス撃たれちゃったのね・・・」
村川の遺体を前にして、顔をしかめる杉下。鑑識の鮫島さめしま隆一りゅういちは「左胸貫通してるから、最初に撃たれた時点でかなりの深手だ。そこに腹も撃たれたから、それに起因する出血性ショックが死因ってところだろう」と報告した。

加藤「そうでも無かったら、ここまで血溜まり無いもんな」

慶子「聞き込みしてきました」

杉下「おっ、どうだった?」

慶子「銃声を聞いた人間はいないみたいです。このビルは歓楽ビルですから、それぞれの音が凄くて聞こえなかったみたいで」

愛咲「ただやっこさん、ビルを出る時に女連れのあんちゃんにぶつかって、その後タクシーに車ぶつけたらしいんだ」

杉下「ジンさん、その人たちは今どちらに?」

愛咲「うん、こっちだ」
そう言って連れられた人物を見て、杉下は驚いた。

杉下「進平ちゃんと大山の哲っつあん・・・!?」
そう、この2人の人物は杉下とは旧知の間柄なのだ。杉下は平沢に、愛咲は大山から事情を聞くこととした。

杉下「とりあえず進平ちゃん、何があったんよ?」

平沢「はい。俺、友達連中と一緒に3階の「マリー」ってスナックで飲んでたんですけど。そしたらタバコ切らしちゃって。店出て買いに行ったらベロベロに酔っ払ったおっさんが女の子に絡んでたんですよ。迷惑そうにしてたし助けに行ったんです」 

杉下「それで助けたのか、女の子」

平沢「えぇ、おっさんに「やめろよ」って言って引き剥がして。それで引き下がったんで、彼女連れて煙草買いに行ったんです。今思えばそのおっさんが亡くなった方だったみたいですけど、まぁ相当酔ってましたね」

杉下「なるほど、ってことは自販機の前で見たのか?」

平沢「タバコ買って戻ろうとしたら奥の方から走ってきた男とぶつかって。なんだよって思って顔見たらエラい勢いで逃げてったんです。その後すぐエレベーター乗って店戻ったから、見つかったのはその直後なのかなぁ・・・。なんせ戻ってメシ食って呑んでだったから、パトカー来たの気づいて下来るまで何も知らなくて」

杉下「なら何も知らんわな。進平ちゃん、そいつの年齢とか分かりそうか?」

平沢「たぶん俺より年下なんじゃないかと思うんですよね。顔の感じ見るとたぶん20代半ばくらいじゃないかなと。薄茶色のサングラスかけてましたよ」

杉下「わざわざありがとうな」

平沢「いえいえ」


一方、愛咲も大山の事情聴取をする。

大山「たまたま流しで走ってて曲がった直後にぶつけられてね。直ぐに降りて「止まれ」っつったんだけど、逃げられちゃったね」

愛咲「どの辺りを犯人はぶつけて行きました?」

大山「俺の車のバンパーに右後ろのドアを当ててった。結構派手にやったし、多分向こうも塗装がっつり付いてるわ。全く、昨日納車になったっていうのに・・・。」

愛咲「車種分かります?」

大山「白いクラウン、4枚ドアのハードトップ。2つ前の型だな。それにゴールドのアルミホイール・・・メッシュっていうの? あれ履いてた」

愛咲「ナンバー見ました?」

大山「ナンバーは分からないなぁ。ただ光らない奴なのは間違いない」

愛咲「わかりました。お車を預かってもよろしいでしょうか?」

大山「どうぞどうぞ」

愛咲「どうもありがとうございます」
丁重な礼を言った後、愛咲は杉下の元へ向かった。

愛咲「圭一、ぶつけられたタクシー借りれることになった。塗膜から年代割り出せるかもしれないな」

杉下「ですね。車は何だって話です?」

愛咲「白のクラウンハードトップで、二つ前の型だそうだ」

杉下「110のクラウンで白か・・・。台数多いし、厄介ですなこりゃ」

西本「杉下、向こうの電柱の前と、タクシーにぶつかった辺りからタイヤ痕が見つかった。そこからも何か分かるかもしれない」

杉下「ありがとうございます。とりあえず、手がかりはクラウンか・・・」
そうボヤいた杉下は、手がかりの少なさを憂いていた。


翌朝手宮署に設置された捜査本部には、道警捜査一課から川西かわにし昭次あきじ警部と松井まつい猛秋たけあき警部補が派遣された。この2人は元々手宮署勤務という事もあり、派遣されることが多いのである。

川西「圭一、どうだ状況は?」

杉下「正直あまりよくないですね。手がかりは少ないです」

川西「被害者は?」

杉下「北斗信用金庫小樽支店の経理課長、村川宏・49歳。死因は胸部・腹部被弾による出血性ショックです」

松井「犯人は、俺と同じ型のクラウンに乗っているらしいな」

加藤「マツ先輩のよりは古いみたいですよ。鑑識の報告なんですが、塗膜片から使用された車両の年式は54年9月から56年8月までの間と推定されています。タイヤ痕はブリジストンのレグノGR-03、195/60R15とのこと」

川西「拳銃の方はどうなんだ」

杉下「使用されたのはコルト・ガバメントで、恐らくサイレンサー付き。前はありません」

そう言ったところで慶子と日下が刑事部屋に入る。

慶子「係長、市内の修理工場や自動車販売店、解体業者を当たりましたが、それらしきクラウンは入庫していないそうです」

秋吉「これは車当たりしかなさそうだな。日下、該当する年式のクラウン、徹底的に洗うぞ」
日下「はい」

杉下「ジンさんと西本さんは聞き込みでしたね?」

加藤「ああ。谷沢は南とかずえちゃんとで電話番にするか」

谷沢「分かりました」

杉下「じゃあ俺も出ます。カズ、お慶、行くよ! あっちゃんとマツ先輩もお願いします」

川西・松井「おう!」
そう言って刑事部屋はカラになったのだった。

昼が過ぎ、クラウンをしらみつぶしに当たる杉下達。しかし、なかなからしき車は見つからない。

ようやく該当部位が凹んだクラウンを見つけた加藤がつぶやく。

加藤「圭一、これ違うかな」

杉下「ホイール違うな。おまけに赤の塗料だよ付いてるのは」

加藤「ダメかぁ。まあまだ直してない可能性の方が高いけど、ちょっと急がねえと」

杉下「ああ。(無線に手を伸ばす)こちら手宮302、301、応答願います」

秋吉「こちら301、そっちはどうだ」

マイクを杉下からひったくった加藤が答える。
加藤「秋さん、こっちはダメですね。該当部位の凹みがあるクラウンを一台見つけたんですが凹みは小さかったですし、付着していたのは赤の塗料でした。おまけにホイールも違う始末です」

秋吉「よし分かった。引き続き捜索する」

秋吉との無線が切れた後、ブルーバードのカセットデッキからは南野陽子の「秋のIndication」が流れていた。


そんな頃、愛咲と西本は北斗信用金庫にいた。社内での村川の評判を聞く為である。同じ経理課の男性行員・佐藤秀が対応した。

佐藤「村川課長があんなことになってしまったので、当面の間課長代理として対応することとなりまして」

西本「村川さんの仕事での様子はいかがでしたか」

佐藤「物凄く仕事に対して厳しい人でした。公私混同は許さないタイプの人でしたね」

愛咲「何か悪い話とかありませんでした、村川さんに?」

佐藤「村川さん、酒癖と女癖悪くてね。おまけに女の子にお触りするんですよ。だから女子行員からの評判は最悪でしたね」

西本「なるほど。それ以外には何かありました?」

佐藤「特段ないですね」

愛咲「ご協力ありがとうございました。また何かありましたら来るかもしれませんので宜しくお願いします」

そう言って北斗信用金庫を出たふたり。愛咲は革ジャンのジッパーを上げながら言った。

愛咲「西本先輩、どう思います?」

西本はグレーのコーデュロイのジャケットを羽織って言う。

西本「内部に犯人がいてもおかしくない空気だし、あっちゃこっちゃに恨まれてそうだなこりゃ。ちょっと厄介かも知れねぇぞ」

覆面車のクラウンに乗り込んだ西本は、杉下へ無線連絡を入れた。

西本「こちら手宮305、302応答願います」

杉下「こちら手宮302、何か分かりましたか?」

西本「害者は相当酒癖と女癖が悪かったようだ。今度は害者行きつけの飲み屋を聞き込んでみる」

杉下「了解」

クラウンのエンジンをかけた愛咲はレイバン・オールディーズをかけた後、ピース・ライトに火を付けて呟いた。
愛咲「先輩」

西本「ん?」

愛咲は煙を吐き出しながら呟く。
「何だかこの事件、後味が悪そうな予感がしますわ」


午前11時。慶子は、ソアラの中でパーラメントに火をつけた。手宮署に左遷されるまで煙草は吸わなかったのだが、杉下に迷惑をかけ通しということを考えると吸わずにはいられなくなってしまったのだ。パーラメントを吸う理由は「圭兄が吸ってるから」というものである。

慶子「はあ・・・。圭兄に見られたらまた「女が煙草吸うもんじゃない」って怒られるんだろうな」

高中正義の「渚・モデラート」を全開にした車内でそんなことを言っていたら、ドアが急に開けられてパーラメントが慶子の手から奪われた。後ろには黒のブルーバード。そう、杉下である。

杉下「お慶ちゃん、また吸ってんのか」

慶子「私を子ども扱いしないでよ。これでももう24歳のレディよ?」

慶子の手からひったくったパーラメントを吸いながら杉下は呟く。
「「まだ24」だろうが。俺からしたら、お慶ちゃんはいつまで経ってもいじめられて泣いてて助けてた頃のまんまなんだぜ?」

慶子「もう、圭兄はいっつもそう言って私の煙草吸っちゃうんだから」

杉下「で、なんか分かったか?」

慶子「北斗信用金庫で同じ型のクラウンに乗っているのは2人ね」

杉下「少ないな?」

慶子「ええ。小樽支店に合致するクラウンはいないわ」

杉下「なるほどな。そういえば確か、岡田のみーちゃんは北斗の本店勤務だったよな?」

慶子と、杉下の妹・明子あきこの同級生である岡田美沙の名前を挙げて、杉下は聞いた。

慶子「うん」

杉下「聞いてみてもいいんじゃないか? 何かしらの形で情報が掴めるかもしれない」

慶子「じゃあ今から札幌行ってちょっと聞いてみるね」

杉下「分かった。あ、そうだお慶」

慶子「どうしたの」

おもむろに杉下は新品のパーラメントを取り出し、慶子の手に押し付けた。

「吸いすぎんなよ」
そう言って杉下はブルーバードに乗り込み、フル加速で走り去る。

慶子は真新しいパーラメントを見つめて呟く。
「圭兄のバカ」
そう言ってソアラを発進させた慶子の表情は、少し憂いを帯びていた。


男は、夕暮れ時の丸井今井の駐車場でターゲットを待った。ここまでターゲットの乗るファミリアGTを追いかけていったのだ。会社は適当な理由をつけて休んできた。もう、銀行マンとして働くことはないだろう。

そうこうしていたら、ターゲットが戻ってきた。あの時と同じように、女も連れている。百貨店の駐車場と来たら人通りも多いから、なるべく早く終わらせたい。そう考えながら、男はコルト・ガバメントをコッキングして、クラウンから降り立った。


「すみません」という声に、浅井あさい良二りょうじ青木あおき明美あけみは振り向いた。振り返ると、黒いセカンドバッグを持ったボルサリーノハットにトレンチコートを着た男がいる。その直後だった。
セカンドバッグが火を噴き、左肩を撃ち抜かれた浅井は吹っ飛んだ。
「良二さん!」と駆け寄った青木にも、男は躊躇なく発砲する。背中を撃ち抜かれた青木は、浅井の前でスローモーションのように倒れる。青木の服はみるみる赤く染まっていった・・・。

「明美! 明美!!」
叫ぶ浅井を尻目に、男はクラウン・スーパーサルーンに乗り込み発進する。だが、ここで再び男に誤算が生じた。浅井の声を聞いた警備員2人が制止を試みたのだ。
「止まれ!」という声を聞きながら、クラウン・スーパーサルーンは1人の警備員を跳ねて駐車場を出ていった。


川西「もう暗いなぁ」
松井「とりあえず、署に戻ろうか」
そんな会話を交わしながら、川西の運転するマークIILGが丸井今井の駐車場出口に差し掛かった時だった。
物凄い勢いで白のクラウンが飛び出してきたのだ。急ブレーキを踏んだ川西はたまらずクラクションを鳴らす。

川西「何だおい」
すると前後して警備員が走ってくる。松井はマークIIから降りて聞いた。

松井「道警のもんですが、何かありましたか?」

警備員「お客様が撃たれたんです。ウチのガードマンも跳ねられました」

松井「何ぃ、って事はさっきのクラウンか!」

警備員「はい」
その言葉を聞くと同時に、川西はマークIIを急発進させた。松井は警備員を従えながら駐車場へ向かい、緊急連絡を手宮署司令室に入れたのだった。

その頃、杉下たちは聞き込みの為札幌から帰ってきた慶子の報告を捜査一係の刑事部屋で聞いていた。
ホワイトボードに丁寧な字で書き込みながら、慶子は話し始める。
「北斗信用金庫で今回の事件に使用されたのと同仕様のクラウンに乗っている行員でリストアップされたのが藤田ふじたはじめ・27歳。手稲支店勤務の法人部担当です」

「どんな奴なのこいつは?」
パーラメントに火を付けた杉下が聞く。

慶子「なかなかの切れ者だそうで、かなりの数契約をこなしてます。ただ・・・」

加藤「ただ?」

慶子「今日珍しく欠勤したそうなんです。それに、5月に婚約者を亡くしてます」

秋吉「思い出した。うちの管内のマンションの屋上から北斗信金のOLが飛び降りたやつだったな。救急車の到着がカップルの乗った違法駐車のおかげで遅れてしまって、手当ての甲斐なく亡くなってしまったのだけど、その婚約者が藤田だったか」

慶子「この時に亡くなったのは原田愛子さん、21歳。小樽支店の経理課勤務でした」

愛咲「そういう事だったのか。村川さんは酒癖と女癖がかなり悪かったそうなんだよ。行きつけだったスナックのママさんも同じこと言ってた」

慶子「その事に関しては、愛子さんが遺した遺書に綴られていました。村川さんが痴漢紛いの事をしたり、しつこく言い寄ったりと、かなり酷い内容だったようです」

西本「愛咲が「後味が悪い予感がする」と言った理由がこれで分かったな」

慶子「それだけではありません。今月上旬、藤田は休暇を取得してグアムに旅行しています。その時、同僚に「拳銃を撃ちに行く」と言い残したそうなんです」

日下「そうなりゃ決まりだな・・・」

慶子「更に、藤田のアパートの住人に聞き込んだところ今朝方駐車場にあった藤田のクラウンの右リヤドアがべっこり凹んでいたうえ、ドアに黒い塗料が付着していたそうです。そして、藤田の部屋からは拳銃のメンテナンス道具が発見されました」

西本「完全にクロだ」

杉下「村川を殺した藤田が次に狙うのは、その一般車両のカップル・・・阻止しないとまずい」

そう言った時だった。

無線「緊急連絡、緊急連絡。こちら道警本部松井です。丸井今井小樽店駐車場にて銃撃事件発生。被害者は20代の男女2名。うち女性は背中を撃たれて意識不明の重体。ホシはガードマン1名を跳ねて車で逃走。つきましては救急車3台と応援を大至急要請願いたい。犯人は現在川西警部が覆面車で追跡中。白のクラウンハードトップで、昨夜発生した事件で目撃された車両と特徴が酷似しております」

杉下「遅かったか・・・。秋さん、南、ジンさんは現場へ急行。西本さんは病院へ。俺とお慶、カズ、タケは川西警部に合流します」

「了解!」
全員がそう言ったと同時に刑事部屋はカラとなり、加藤・日下が手宮303、秋吉・南・愛咲が手宮301、西本が手宮305、杉下・三好が手宮302と、計4台の覆面車に分乗して、各々の現場へ向かった。


現場に着いた3人は、おびただしい量の血跡を見て顔をしかめた。
そこに松井が報告する。

松井「被害者は浅井良二さん・28歳と青木明美さん・23歳で、両名とも美容室「ラ・メール」の美容師です。浅井さんは左肩を撃ち抜かれましたが、命に別状はありません。ただ、青木さんが背中を撃たれて意識不明の重体。そしてガードマンの馬場敬三さん・36歳が跳ねられて全治2週間の打撲です」

秋吉「被害者から事情は?」

松井「黒のセカンドバッグを持った男に呼び止められ振り向いたところを撃たれたそうで、服装は昨日の事件と同じだったそうです」


川西は、必死になってクラウンを追いかける。サイレンを吹鳴させながら、右リヤドアを確認した。

川西「黒の塗料にデカい凹み・・・。ビンゴだぜ」

そう呟いた時、後ろに赤い光が2つ見えた。杉下たちの覆面車が追いついたのだ。杉下のブルーバードが川西のマークIIを追い越していく。

杉下「何とか間に合ったな」

慶子「私たちのショータイムの時間みたいね」

慶子はブルーバードの窓を開け、身を乗り出してワルサーPPKを左手で構える。
杉下「おい、ちょっと待てちょっと!」

慶子が撃った。威嚇に1発、その後一気に2発。そのうち一発はリヤガラスを粉砕し、もう一発はリヤタイヤに命中。コントロールを失ったクラウン・スーパーサルーンは右往左往ののち、駐車していたアコードセダンに激突し止まった。すぐに覆面車を止めると、加藤と川西がフロントガラスに頭を強打して血まみれの藤田を引っ張り出す。

引っ張り出された藤田は、血まみれになりながら「頼む・・・殺してくれ。いいから殺してくれ!」と叫び出す。
それに杉下の堪忍袋の緒が切れた。


杉下は血まみれの藤田の顔面を殴った。加藤も「甘ったれたこと言ってんじゃねぇ!」と言って殴る。

杉下「お前さんは生きて償うしかない。愛子さんの分も精一杯生きろよ! 誰だって生きてりゃやり直せんだ・・・。生きてりゃなぁ、時間はかかってもやり直せるんだよ!」

藤田「やり直せる・・・のか」

杉下「必ず、やり直せる。やってしまったことは戻せなくても、その後真っ当に生きられたら必ずだ。お慶、手錠」

慶子が泣き出した藤田の手に手錠をかけた後、加藤と日下が藤田を連行していく。
そこに続々と近づいてくる赤い光を浴びながら、キャスターに火を付けた川西が杉下に呟いた。

川西「圭ちゃん」

杉下「昭次兄さん、どうしたの?」

ニヒルな笑みを浮かべながら川西は続ける。
「慶子ちゃんとのコンビ、なかなかいいんじゃないか? 息合ってたぞ。どうせなら圭ちゃん、嫁さんにしちゃえば・・・」

杉下・慶子「バカ言わないで下さい!!」
そう言った後でお互いの顔を見合わせた2人は、赤色灯の光も相まって真っ赤っ赤だった。


2日後、杉下は捜査報告書を刑事課長の渋沢しぶさわ五郎ごろうに提出した。刑事部屋で渋沢が呟く。

渋沢「やはり、怨恨からの犯行だったか」

杉下「はい。拳銃はグアムから持ち帰ったものだそうです」

渋沢「何とも救いがない、哀しい事件だったな」

杉下「幸い、青木明美さんは無事持ち直したのがせめてもの救いでしょうか」

渋沢「そうだな」

杉下「では、失礼します」
ベージュのダブルスーツのジャケットを着込んだ杉下を渋沢は呼び止めた。

渋沢「あ、そうだ圭一」

杉下「はい?」

渋沢「お前さん、慶子ちゃんが来てから随分派手なやり方になったんじゃない?」

杉下「課長、慶子が派手なだけで俺はそんなことは無いですよ」

渋沢「ホントか?」

杉下「課長だって人のこと言えないじゃないですか」

渋沢「まあな」

杉下「では。加藤たち待たせてるんで失礼しますね」
そう言って去っていく杉下を見て、渋沢は呟いた。
「あいつらしいや」


「お待たせ、ペペロンチーノ定食!」
杉下の悪友・岸井きしい令二郎れいじろうの声が響くここは、カフェ&レストランバー・ローレル。杉下たち行きつけのこの店は、「安くて美味い」ということで人気が高い。飲んだりする店は大体ここなのだ。

杉下「お待たせ〜・・・ってあら? どうしたのお慶は」

岸井「圭ちゃん、慶子ちゃん酔っ払って寝ちゃった」

加藤「全く、飲めないくせにブラッディ・マリーなんか飲むんだから」

日下はジンジャーエールを飲みながら言う。
「まあ、とりあえずしばらく寝かせておこうや」

杉下「そうだな」
高中正義の「SHAKE IT」が流れる中、杉下は慶子の寝顔を見つめる。疲れてんだな。ゆっくりお休み。

そう思いながら背中へそっとジャケットをかけてあげたのだった。


第2話・予告
白昼堂々、還流紙幣を積んだ現金輸送車が襲撃に遭う。ガードマン2名が射殺され、1億5000万円が奪われた。捜査一係のメンバーは、ガードマンの1人・磯野だけが生き残ったことと、2日前に輸送ルートが変わっていたことに疑念を抱く。捜査が続く中、磯野の尾行をしていた加藤が犯人グループを追い詰めたのだが・・・。
次回「ふたりのK」「ダークナイト・チェイサー」、お楽しみに。

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