After-eve 〈完全版〉
bake
                         bake 第1章
冷たい風が、あたり前の様に吹く日々。
その風と共に、白い物が辺りに舞っていた。フワフワと白い物が、しかし雪では無い。
〈トドノネオオワタムシ〉
いわゆる、雪虫と言われる虫。
小さなアブラムシだが、背中にフワフワとした白い綿毛があり雪が舞っている様に見える。この時期、この虫は引っ越しの為、一斉に舞い出す。風物詩ではあるが所詮、虫なので嫌がられる事が多い。
そして…… この雪虫が舞い出して二週間前後に雪が降る。
冬の訪れを知らせる雪虫。
木々の葉も既に枯れ落ち、寂しさを感じさせる風景。
寂し気な冬が、近づいていた。
自分の些細な嫉妬で、気まずかった時があったが、また仲良く楽しい日々が戻って来た矢先。
ツラい思いが、拭いきれない。勿論、自分だけでは無い。
もっとツラい思いをしているカオリさん。そのカオリにツラい思いをさせてしまった、アキさんもツラい筈。
そんな三人を、余計な事はせず静観しているユウさんでさえ同じ気持ちかと……
あの時…… 雨に濡れながら歩いていたカオリさん。自分は、ただ見ているだけしか出来なかったが…… 果たして自分のあの時の対応はアレで良かったのだろうか?
とても声を掛けられる状態では、無かったが…… 何か出来る事があったのでは? と自問自答の繰り返し。
大丈夫なんだろうか……
アキさんの所にも行きにくい。アキさん自体、何も悪くないしカオリさんにあの様な態度をしたのも考えた上での事だろうし。しかし結果的に皆んなが、ツラい思いした事がアキさんとの会い辛さに、繋がってしまっていた。
自分が意図しない形にせよ、カオリさんに告白してしまった事が、この様な結果になったのではないのか。自分のせいで周りが変化をせざるを得ない状況になってしまったのか……
アキさんも何故か、いきなりキツイ対応をカオリさんに……
自分に気を遣っていないですよね?
アキさんが自ら身を引く、とかでは無いですよね。アキさんに限って……
考えれば考える程、何をどうしていいのかわからず……
少しでも今の状況を変えたい思いで、
ユウさんの所に行った。
ユウさんは、アキさんとカオリさんの事は知らなかった。勿論、自分も詳しくは分からないが、あの時の状況、あの時のカオリさんを見て想像は出来た。
知らなかった筈のユウさんだったが、あまり驚きもせず、静かに溜め息をつくだけだった。
「こればっかりは、しょうがない事。カオリは辛いだろうが、うん…… どうしようもないだろう。だから、せめてマコちゃんがカオリを見守ってやってよ」
ユウ…… さん⁈
何かが変だった。ユウさんまでも自分にカオリさんを見守ってって。
アキさんも自分にカオリさんを見続けて欲しいと言い。
そう言われたって、カオリさんにはアキさんしか見えてないだろうし。自分は、振られちゃったのに。何故に、自分にカオリさんの事を託そうとするのか、分からなかった。
ユウさんもそれ以上の事は、多くを語らなかった。あの雨の日の事を知らなかったユウさんなのに、全て見透かしている様な感じで。
結局、ユウさんの所に行っても何も変わらず、ただなんとも言えない違和感の様な物だけが残った。
カオリさんを見る事も無く、心配な気持ちだけが日に日に増していった。
その気持ちを我慢出来なくなり、平日のお昼休みを使って役場に行ってみた。
カオリさんは居た。
めずらしく髪の毛を後ろに縛り静かに少しやつれた感じで、仕事をしていた。
声を掛けようか躊躇っていたら、カオリさんがこちらに気付きじっと表情を変えず見ていた。
自分が軽く手を挙げ、声を出すこと無く挨拶した。一歩だけ踏み出した所で、カオリさんが席を立ち奥に消えてしまった。カオリさんは戻って来る様子も無く、自分も役場を後にした。
まだ、早かったか…… それに自分には会いたくないのだろう。あんな姿を見てしまった自分には……
静かな街が、より静かに。
寂しい季節が、より寂しく。
それぞれが静かに、寂し気に過ごしている日々が続いた。
自分自身も、どこか暗い感じで居たせいか会社の人から心配される程。
ただ、内情を打ち明ける事も出来ないので一人で居る事が、多くなった。
会社のお昼ご飯でさえ同僚とは行かず、一人で食べる毎日だった。
その日も一人でお蕎麦屋に行き、昼ご飯を済ませるつもりだったのだが。
混んでいた。
諦めて店を出ようとした時、
「ここ、どうぞ。相席だけど遠慮なく」
そう声を掛けてきたのは、信金さんだった。
気がのらなかったので断わろうとしたが、強引に信金さんが席に誘導し相席する事に。
サッサと食べて出ようと思い、恐縮しながら席に着いた。
「何か元気ないね? 仕事の悩み? プライベートの悩み? 」
そう訊いてきた信金さん。
「別に…… 大丈夫です」
軽くかわす。
「すいませんね…… 人の事、あれこれ詮索して。色々ありますよね? 職業病かな? ついね、顔色とか雰囲気で気になってしまうんですよ」
色んな意味で軽い信金さんだが、仕事柄色んな人を見てきている故に鋭いところもあるんだなっと思った。
「やっぱり金融関係の仕事だと、人間関係とかも大変ですか? 」
信金さんに自分の心境を見抜かれたせいか、思わず質問してしまった。
「人間関係は、どんな仕事していても変わらないかと。大変な時は大変だし、上手くいく時は上手くいくから。ただ私らの仕事は、相手の気持ちを察する事も必要なのでね」
信金さんが、真面目に答えてくれた。
前に、具合の悪そうなお婆ちゃんを病院まで担いで運んだり、今もこんな自分に真面目に答えてくれたり、根は凄く良い人なんだ……
「そういえば飲みに行きましょ、って約束してましたよね? おねーちゃん沢山居る店で、パァーっとしたら悩みも吹き飛びますよ? どうです? 」
はぁ〜〜 どうして信金さんの事、褒めるとそういう事言うのかな。
信金さんの株価、乱高下激しいですよ!
でも何故か、そんな事思ってたら少し楽しく感じてきた。
信金さんマジック! なのか?
お婆ちゃんを病院に運んだ時に、水を信金さんに買ってあげた御礼と言って蕎麦屋のお会計は、信金さんが奢ってくれた。
「まだまだ若いんだから、前を向いていれば何事も上手く行きますよ。今度こそは、飲みにでも行きましょうね」
最後まで信金さんは、信金さんらしかった。
信金さんが言った言葉……
『相手の気持ちを察する』
その言葉が、何故か自分に響いた。
そして、少しだけ気持ちが楽になった。
雪虫が舞い始め12日後、初雪が舞った。
いつもの年より早い初雪だった。
季節が冬に変わった。
                         第1章     終
                       bake  第2章
アキこと、秋本  歩45歳。独身。
この街には、高校まで住んでいた。
高校卒業後は、この街を離れ滅多に帰って来る事も無かった。若い頃は、いい加減な生き方をしていて高校卒業したあとに行った専門学校も早々と中退。
その後も、やる事全てが中途半端。
ただ、その頃付き合っていた彼女はずっと自分のそばに居てくれた。
いい加減な自分だったが、浮気はしなかったので彼女とは割と長く付き合いが続いた。
しかし突然、彼女が病気に……
初めは、そんな大変な病気と思わなかっ
たが、体調が回復しなく検査の日々。
そして告げられた結果が、急性白血病。
ドラマや映画の中でしか聞かないのに、まさかこの若さで……
ただ、治療さえすれば良くなるものだと思い、彼女に付いて行った。
治療も辛く、見ていて可哀想になるくらい。勿論、彼女の家族も出来る事全てやり尽くした。
良くなる迄は、ならなかったが時折、安定するぐらいの状態の時もあり期待はしていた。
ただ…… 駄目だった。
結果的に治療していた期間の殆どが、彼女にとって辛い日々だった。
自分もずっとそばに居たので、彼女の辛さ、無念さがわかっていた。
だからこそ彼女が亡くなった後も、その想いを引きずり自分を見失っていた。
長い事、辛さから抜け出せなかったが歳を重ねるに連れ少しずつ立ち直った。
昔は、いい加減ゆえ軽い自分だったが、静かに生きる人間になり昔の自分を知る人達には驚かれた。
パン作りやレザークラフトもその頃に始めた。人付き合いが苦手になった事もあり、一人で出来る事に没頭できた。
そして彼女が出来た。
無論それまで、女性と接していない訳では無かったが、付き合う事に凄く神経質になっていて病気で亡くした以来の彼女だった。
自分の過去まで全て受け入れてくれた彼女。それまで静かに生きてきた自分にとってやっと訪れた幸せと楽しいと思える時間だった。
花と珈琲が、好きな彼女だった。
彼女が淹れてくれた珈琲と自分が焼いたパン。いっ時は自分を見失い自暴自棄になっていた自分が、生きていて良かったと思わせてくれた時間だった。
彼女とも長く付き合いが続いた。
年齢も年齢だけに結婚も考え始めた。
ただ、些細な事からすれ違ってしまった。お互いの勘違いの様な物。どちらが悪いとかでは無く。余りにもお互いが依存していた為、逆に一つズレただけで元通りになる事が難しかった。
自分も彼女もその時は、そこまで考えずまたすぐに仲良くなれると高を括っていた。お互い好きなのは変わらなかったし。
その余裕が最悪の結果をもたらした。
2年前の1月15日。
気持ちがズレている時に彼女と自分の気持ちが、ぶつかってしまった。
そして自分は、きちんと向き合わずその場から逃げてしまった。
2年前の1月16日。
彼女は車を運転中、多重衝突事故に巻き込まれ……
彼女は、自分の所に来る途中だった。
冬の雪が降る中、自分の所へ。
自分を責めた。昔の病気で亡くした彼女の事も急に蘇り、より一層自分を責めた。
自分が愛する人を失うのは、自分のせいなのでは…… と。
あの時……    もし。
後悔しかなかった。
ずっと後悔だけ……
病気で亡くした彼女を失った時から、精神的に不安定で、鬱とパニック症の症状が出ていると医師に言われ薬を飲んでいた時期もあった。それも解消されていたがまた事故で彼女を亡くし、より酷く症状が出る様になった。
激しい動悸、嘔吐、過呼吸、過呼吸による貧血状態、意識混濁。
鬱も酷く、死にたいと思う日々。
しかし食事も殆ど出来ない状態の為、死にたいと思っても体すら動かせない程、体力が落ちていた。
家族の勧めで入院。その後は長い期間、薬での治療。その頃は、死にたいとは思う事は無く、亡くなった彼女の為に必死に生きることを選んだ。彼女への謝罪と自分が抱えている後悔を忘れない為に。
毎月16日は、彼女の元へ。
毎月15日は、自分の愚かさを悔む日になった。
そんな過去を引きずり、愛する人を2人も亡くし、自分だけ……
カオリちゃんは、素敵な女性。
わがままの様で、相手を気遣い。
強引な様に見えて、優しく真っ直ぐ見てくれる。
おまけに綺麗だし、年齢の割には若く見える。
だからこそ、幸せになって欲しい。
こんな過去に縛られている男では無く。
男運が悪いと思っているけれど、それはカオリちゃんが優しいということ。
こんな酷い男に、振られたのだからもう男運は、悪くない筈。
別にマコちゃんを強引に、くっつけようとは思ってないのでカオリちゃんらしく、後悔しない恋をして欲しい。
まだ自分は、ケリがついていない。
もうすぐ今年も終わる。
年が明ければ、自分にとって辛く悲しく後悔が襲って来る日が……
この街に戻って来て、ユウちゃん、カオリちゃん、マコちゃん…… 楽しい年だった。その反面、辛かった。楽しい日々を過ごす事が。
まだ自分自身のケリがつくまでは、楽しくても辛く思ってしまう。
せめて…… 全てが、落ち着くまでは……
 
 after everything
                        第2章      終
                       bake 第3章
霜月。まさに字の如く霜が降り寒空に月が浮かび寒さが本格的に始まる時期。
そんな霜月も足早に過ぎ、次期師走を迎える。今年もあと1ヶ月ちょっと。
月日が経つのが本当に早く感じる。
まだ雪残る春の初めに、この小さな街にやって来て夏、秋、そして冬と迎える事になった。
複雑な思いが交錯する中、自分(マコト)には、どうしても確かめなければいけない事があった。
確かめないと落ち着かない、不安が増すばかり。
もしかしたら大した事では、ないのかもしれないが、ちょっとした違和感が残っていた。
でも、どうしたらいいのだろう。誰に聞けばいいのだろう、いや誰から聞けばいいのだろう。
とは言っても、カオリさんに聞くべき事では無いし。それ以上に、自分と話さえしてくれないだろうし。
やはりあの二人に直接訊いてみるしかない。
ユウさんには、この間会ったばかり。
アキさんには…… 凄く会いづらい。
でも、合わなければいけない様な気がする。それで自分が感じている違和感が解消される筈。
思い切ってアキさんに逢いに行った。
店では無く、夜 自宅の方に。
連絡もせず突然の訪問。
しかしアキさんは、あまり驚いた表情はせず普通に招き入れてくれた。
「すいません、突然」
「大丈夫。……どちらかが、来そうな気がしてたし」
どちらか…… 自分かカオリさんの事だろう。アキさんは、わかっていたのか覚悟をしていたのか……
「カオリちゃんにアレから会った? 」
普通に、いつものアキさん通りの感じで訊いてきた。
「一度役場に行ってみたんだけど、顔見た途端、避けられました」
「そっか〜〜 」
「で、今日は怒りに来た? カオリちゃんをあんな目にあわせてって」
「いえ! カオリさんとアキさんの事に口を出す気は…… 無いです。ただ…… 」
「ん? ただ? 」
「アキさんもユウさんも何か変です!
違和感を感じるんです」
   ……
「自分は、カオリさんに振られた訳だしカオリさんだって自分だって、いい歳した大人なのに…… アキさんにしろユウさんにしろ自分にカオリさんを見続けてとか、見守ってとか。まるで二人が居なくなるみたいに…… 」
「そうだね。余計なお世話って奴だったね。マコちゃんだって色んな想いあるのにね。ごめんね! 」
アキさんが自分に頭を下げながら言った。
「正直、アキさんが自分に遠慮しているのでは? っと思いもしました。アキさんが、カオリさん見続ければ済む事だし今までの様に。なのに…… 」
「俺が、本当にマコちゃんに気を遣ってカオリちゃんの事、あの様になったと思ってる? 」
「無いと…… アキさんはそんな人では、ないと…… でも何か気になって、自分がカオリさんに告白してから…… こんな事になったから」
「うーーん。マコちゃんは、そこは気にしなくていいと思う。ただ意外と何かが動くと周りも動く事は、よくある。それが意図的だったり偶然だったり。改めて言うけど、マコちゃんに遠慮してカオリちゃんの想いを断った訳じゃ無いよ」
「はい。そうだと思うし、そう願いたいです。ただ…… もう四人で楽しくは、無理なんですかね? 」
「そんな事ないと思うけど。俺が、言える立場じゃないけど。さっきマコちゃんが言った様に、みんないい歳をした大人だから色々あっても良い付き合いは、出来なくも無いと思う。それぞれの思い方次第だけど」
「アキさんは、どうしても駄目なんすか?カオリさんの事。カオリさん…… 凄くアキさん好きなんです。やっぱり…… 過去が…… まだ引きずってるんすか? 自分は、カオリさん好きなので幸せになって欲しいし、笑っていて欲しいんです。カオリさんには…… 」
アキさんは、無言のままだった。
言い過ぎたかなと思った自分だったが、色んな不安感を拭い去る為にも言っておきたかった。
「マコちゃんがカオリちゃんの事、想う
様に 俺も想う事がある。でもそれはカオリちゃんの事ではない。前にも言った様に、好きだけど上手くいくかどうかは別の話」
アキさんが、ハッキリ言った。『カオリちゃんの事ではない』と。
ショックだった。
アキさんから聞きたく無い言葉だった。
同時にカオリさんの寂し気な表情が、頭に浮かんだ。
「カオリさんが…… 可哀想…… です。自分じゃどうにもしてあげられないし……
やっぱり、アキさん…… が…… 」
「あれ? 俺とカオリちゃんの事には、口を出す気は無いんじゃなかった? 」
わかってます。わかってますよ。そのつもりだったのに…… 余りにも、カオリさんが……
「マコちゃんは何故、自分じゃどうにもしてあげられないと思うの? 好きなのに。何か言葉を掛け無くても、何か行動しなくても、その人の事を想うだけで
十分、力になってるかもしれないのに。
自信持ちなよ! マコちゃんはいい男なんだから」
アキさんの言葉が痛かった。
振られたからと言って、早々と諦めてしまっていた自分を見透かされた様で。
自分は、結果を求め過ぎていたのでは?
アキさんやユウさんが言った見続ける事、見守る事は、そう言う事なのか……
アキさんが、自分を呼んだ。
アキさんの寝室に。
前に見た、小さな仏壇。花が飾られ綺麗にされていた。
「この人がね、2年前に事故で失った人。大好きだった人。自分のせいで、事故に遭って…… だから簡単には忘れられない、というか忘れては…… いけないと思ってる」
花の横に置かれていた写真。綺麗な女性。
その写真を愛おしく、少し切なそうに見るアキさん。
何故か、アキさんを想うカオリさんの表情と重なった。
辛い過去、辛い生き方をしているアキさんを思うと……
あまり過去を語らないアキさんが、わざわざ話してくれて申し訳なく思った。
自分は、ただ自分自身の不安感を拭い去る事だけを考えていて……
信金さんの言った言葉。
『相手の気持ちを察する』
まさに今の自分に足りない物だと思った。
話をしてくれて ありがとうございます、アキさん。
そしてアキさんの気持ちを察する事が出来なくて…… ごめんなさい。
霜月の最後の満月が、冷たい空に浮かんでいた。
                          第3章     終
                        bake  第4章
アキさんに会いに行って…… 結果的に良かったのだろうか。自分が感じていた違和感の様なものは多少解消されたが、アキさんのハッキリとした想いを聞かされると辛いものがあった。
ふと、秋に行った温泉旅行を思い出し楽しかったあの時が、懐かしく恨めしく。
もうあの様な時間は、皆んなで過ごせないのだろうか。
カオリさんのキツいツッコミが、無い日々はつまらなく、寂しい。
カオリさんと恋愛関係にならなくても、また楽しくお酒を飲みたい。
アキさんとアキさんを見続けるカオリさんと、語り合いたい。
ユウさんとユウさんを慕う三人で、美味しい物を食べ、賑やかに過ごしたい。
自分が動けば、そんな状況をつくりだせるのだろうか。でもカオリさんには、避けられたし。
いや! 避けられても、強引にカオリさんに会わねば!
アキさんにだって、会い辛い思いがあったのに強引に押しかけた自分なのに。
カオリさんに ”グーパンチ” を食らう覚悟で。
……やめとこうかな、マジにパンチしそうだし。それも腰が入った重いパンチ。
痛そうだ…… 泣くかもしれない。
うーむ。一旦ユウさんに相談だな!
こんな状況でも、『ヘタレマコ発動』だなんて…… 情けない。
とりあえず、グーパンチを食らう事が無い電話で。   ……でない。
まぁそうだろうな。じゃメールで。
(カオリさんらしくないっすよ! 失恋パーティーやってあげるんで、飲みにでも行きません? )
ちょっと今のカオリさんには、キツい文章かな? でも殴られる事は無いし。
ええぃ! 送ってやれ!
ポチッと……
……
返事ないですか。
メールでも避けられますか!
むぅ! 強引に会いに行ってのグーパンチは、避けたい……
なので、少し様子を見る事にしよう。
出来ればメールの返信、お願いします。
来ない。
寝るか…… また明日メールしよっ!
あ〜〜、眠れない。
くそっ! もう破れかぶれだ!
殴られる気、満々で会いにいこう!
どうぞカオリ様、思いっきりやっちゃって下さい。そのかわり自分は、言いたい事 言いますからね!
カオリさんも覚悟して下さいよ! ふふっ
いや待てよ、もの凄いパンチ食らったらヤバイだろ! 痛すぎて泣いちゃったら、その後カオリさんに言いたい事 言えなくなるかも。歯が折れたら、どうしよう。あーー、口の中血だらけで…… 嫌だ〜〜!
寒さなのか、恐怖なのかブルブル震えてしまった。『恐怖ですけど』
と、携帯が鳴る。
おもわず、「ひぃ〜!」と声が出る。
ん? メールの返信だ。
良かった〜〜。
色んな意味で良かった〜〜。
自分の頬をさすりながら、返信を見る。
(マコのくせに! )
ん? それだけ?
もう、それだけじゃ怒ってるのか落ち込んでいるのかも、わからないんですけど!
(その通りです。その自分が慰めてあげると言ってあげてるのです。どうです? 悔しいでしょ? 悔しかったら明日ユウさんの店、来たらどうです? )
開き直りと、らしくないカオリさんに対して強気にメールした。
……
結局その後、返信が来る事は無かった。
『ふふっ、カオリさん。自分の強気な姿勢にビビりましたね』
とは思いつつ、しばらく眠れなかった。
恐怖と後悔で……
完全に寝不足。まだ今日は、金曜日。
あくびをしながら仕事。
周りには、二日酔いだと思われ、上司にも嫌味と喝を入れられ。
夕方になるにつれ、ドキドキしだした。
大体、カオリさんは来るのかな?
返信も無かったし。
来たら来たで、ちょっと怖い。
どう話を切り出せばいいのだろうか。
そんな事を考えてたら…… ユウさんの店に行きたくなくなった。
いやいや、行かねば!
カオリさんが来なくても、自分は行ってドンと構えて…… 来るならこい!
ん? 話が変わってきたか…… 呼んだのは自分だし、言いたい事あるのも自分だし。
仕事が終わりに近づくにつれ、手に汗を掻き出した。気のせいか手や足が震える。
『武者震いですな! 』 そう言い聞かす。
恐怖とアッサリ無視された場合の虚しさが重なり、体が色んな反応を……
仕事が終わった。終わってしまった。
むぅ、行くか! 行くしかないか。行かないといけないか。行き…… たく…… な、ダメダメ! 行くと決めたんだから。
いざ、戦場へ!
そ〜〜っと[ピッグペン]のドアを開ける。ほっ! 誰もいない。
「おーー、早いな! 」ユウさん。
「あ、はい。実は…… カオリさんに今日ここで待ってると、メールして。来るかどうかは、分からないですけど」
「ほぅーー 」微妙な笑顔を見せるユウさん。
「あっそうだ! ユウさんの店[Pig Pen]って、どんな意味なんすか? 」
気を紛らわせる感じで、訊いてみた。
「意味は無い。スヌーピー知ってる? あれに出てるキャラ。あまり出ないから知らないと思うけど。埃を吸い寄せるキャラらしい。何となくその名前が、引っかかっただけ」
意外とあっさりとした答えだった。
ただ、ユウさんの口から『スヌーピー』が出てきたのは意外……
ちょっとニヤけてしまった。
その時、ドアが開いた。
ニヤけていた顔が、一瞬で引きつった。
入り口近くで、仁王立ちの……カオリさん。自分も席を立ち、カオリさんの方を向く。
カオリさんが一歩踏み出したと思ったら、いきなり自分の襟元を掴む。
カオリさんは、表情一つ変えず……
ボコッ!
あまりにも急で、何が起こったかわからなかった。ただ自分は、床に這いつくばっていた。
ん? 痛い……
カオリさんの不意打ち。
見事な、グーパンチ!
拳が、見えませんでしたよ!
自分の想像を遥かに超えた、恐ろしい…… 
“グーパンチ”
痛かった、徐々に痛みが増してきた。
ただ、不意打ちだったせいか自分が想像していたより大丈夫だった。
「マコのくせに! 」
メールで返信してきた言葉を今度は直接、声に出して言ってきた。
「カオリさん! 今度は自分の番です。今夜は、トコトン付き合って貰います。言いたい事、言わして貰います。覚悟して下さいよ! いつまでもヘタレマコだと思ってた…… ら…… 」
バコッ!    「痛〜っ! 」
自分がまだ話してる最中、それもいい感じで。
なのに今度は頭をグーで、ど突く!
「うるさい! マコのくせに! 」
また、それですか!
というか暴力は、やめましょ!
グーパンチを一度なら覚悟してましたが、それ以上は想定外です。勘弁して下さい。
「カオリ! もう、いいだろ? 座れよ、とりあえず。マコちゃんも。冷たいタオル持って来るから」
ありがとうです、ユウさん。
ボコボコにされる前に、止めてくれて。
「ほらっ! 言いたい事あるんでしょ! 言いなさいよ! 」
椅子に座り、そう強めの口調で言ったカオリさんだが…… その目は、今にも……
泣き出しそうな……
悲しげな目をしていた。
                          第4章     終
                        bake  第5章
この小さな街に来て、初めて意識した女性。その人と仲良くなり楽しい思い出も出来た。そして時を共にするにつれ自分の中では、より意識する様になった人。
その自分にとって、より思い入れのある女性が悲しい姿で自分の隣に座っている。
何となく本来の姿を見たいが為に、勢いだけで呼び出したものの……
久しぶりに声を交わし、ユウさんの店[Pig Pen]で会えたのに。
そんな悲しげな目をされると、何も言えなくなってしまう。言いたい事は、沢山あるのに……
ユウさんは、気を遣ったのか奥の厨房に行ってしまった。
自分とカオリさんにウイスキーの水割りを出した後に……
MACALLAN [マッカラン]の12年。
アキさんが、ボトルで置いていたウイスキー。
アキさんの好きなウイスキーを…… あえて出したユウさん。
カウンターで、カオリさんと二人きりで暫く無言の時間が過ぎた。
カオリさんは、ウイスキーの入ったグラスを見つめ。
その様子を見たのを最後に、その日はカオリさんの顔を見る事は無かった。
自分もカオリさんの悲しげな目を見るのが辛かったし、顔を見ない方が お互い話易いだろうと思ったから……
この店の主が居ないカウンターの棚を見ながら話をきり出した。
「やっぱり、つらいですか? 」
「別に……  マコは私にフラれた時、ツラかった? 」
「……正直言うと、自分は告白するつもりなかったんで…… つらいより恥ずかしいというか」
「ふんっ! 告白するつもり無いって言った割には、マサユキには言えるんだ! 」
う〜む、痛い所 突かれた。
ただ、思ったよりカオリさんが話してくれて、少し嬉しかった。
「諦めてしまうんですか? アキさんの事」
「やっぱ、馬鹿だね〜〜 マコは……。諦められないから…… ツラいのに」
「やっぱり、ツラいんですね! 」
カオリさんに突っ込んでみた。
「腹立つ! 帰るよ! からかうなら」
「駄目です! 帰ったら。まだ終わってないし、グーパンチしたんだからもう少し居て下さい」
じんわり痛みが出てきた左頰を、冷たいタオルで冷やしながら強気で言ってみた。
カオリさんは返事をしなかったが、水割りを一口飲んだ様なのでホッとした。
今、帰られると意味がない気がして。
「はぁ〜〜、なんでこのウイスキーだすかな〜〜。あのジジィ! 嫌味だよね? 」
はやくもユウさんをジジイと……
厄介だ、早目に話を進めないと。
でも、何て話を続ければいいのか……
「亡くなった人には、勝てないか〜〜 」
ボソっとカオリさんが、言った。
「まだ、2年位みたいだからアキさんにとっては、簡単にはいかないのでは? 」
「なんかさ〜〜、月日とか関係ない気がする。多分、アキさんはずっと変わらない気がする。実はさ〜〜、私もさ〜〜 何かアキさんと上手くいく自信は、なかった気がしてたんだ〜〜。結構前から。いつも違うとこ見てた気がしてたし、私が踏み込めないアキさんの世界があったのも、実感してたし…… 」
「あの、生意気かも知れないけど自分の考え、言っていいっすか? 」
「ダメ! マコは既に生意気だし! 」
あぅ!
そこは突っ込む所じゃないでしょ!
言わせてくださいよ〜〜。
「で? 何? 」
ぶっ、『ダメ』って言っておきながら。
言っていいのですね? 言いますよ!
「自分が思うに、アキさんツラいんだと思いますよ。亡くした事もそうだけど、自分が愛した人がそういう運命になってしまった事に…… また、そういう事になるんじゃないのでは的な。だから敢えてカオリさんにキツく言ったのだと…… 」
「ふんっ。私がそんなヤワに見える?
私は、簡単には死なない。見る目ないんじゃないあのパン屋は」
「ですね、全くヤワには……。でもアキさん自分に言った事があって、人生何があるか わからないって。それにカオリさんの事、ちゃんと見てましたよ! いいオンナだって言ってたし。ただのパン屋では無いですよ! 」
「パン屋って言うなよ! アキ…… さ…… んの…… こと…… 」
声をつまらせながら……
自分がパン屋と言った事に…… 強く……涙ながらに反論した。
カオリさんがアキさんの事、『パン屋』と呼ぶのは愛情表現。
自分は、それでも真っ直ぐ前を見ていたが…… カオリさんは、泣いて…… 泣き崩れたのを横目で感じていた。
ユウさんが、やっと出てきてカオリさんの前にティッシュの箱を置いた。
何も言わないユウさん。
静かに自分のグラスにウイスキーを入れ
ロックグラスにもウイスキーを注ぎ自分のグラスに軽く当て、ユウさんがそのロックグラスに入ったウイスキーをストレートで飲み干した。
自分が、グラスに入った水割りを飲み干したぐらいに、
「マコ…… 帰るから、送って? 」
意外にもカオリさんが、そう言った。
「はい」とだけ言ってユウさんの店を出た。
何も話す事無く、カオリさんの2、3歩、後ろを歩き……
今、自分にとって一番大事な女性の背中を見ながら…… どうか幸せになってください。
そう思った時、ふと思い出した。
以前、アキさんがくれた革のキーホルダーとプレッツェル。
キーホルダーに彫られた
『幸せを運ぶフクロウ』
独特の形のパン
『祈りの姿のプレッツェル』
まさに今その気持ち、そのまま。
無言のまま、カオリさんを家まで送った。
カオリさんは、自分に軽く右手を上げ……
右手を上げてくれただけで、安心した。
会って良かったんだよなと、思いながら。
ユウさんは、何故アキさんのウイスキーを敢えて出したんだろう。何も語らなかったユウさんも気になった。次から次へと考えれば考える程、色んな事が気になった。
雪が降りそうで降らない、師走の初めの寒空の様に懐疑だった。
                          第5章    終
                       bake  第6章
12月。師走…… 何故かこの月は、過ぎるのが早い。走るという漢字がこれ以上ない程、あてはまる月。ただでさえ年末で慌ただしいのに、クリスマスやら冬休みで浮かれる時期。
自分もいつもとは少し違う会社の仕事で、年の終わりの月を実感する。
今年、お世話になった方への挨拶回りや来年の年明けに向けての準備など。
それに加えて、忘年会。
12月に入ってから既にクリスマスムードになり、動き回っているうち 知らぬ間にクリスマスを迎えようとしていた。
少しは、カオリさんと仲良くなれた気がするが、流石に四人で楽しいクリスマスを過ごす事は難しそうだった。
一度ユウさんと話をしたが、今年のクリスマスは店を休み、奥さんと出掛けるらしい。色々あったユウさん夫婦。大学生になった息子さんが、仲良くいて欲しいとの思いで一泊旅行をプレゼントしたそうだ。
クリスマスは、それぞれが色んな想いで過ごす事になりそうだった。
静かなクリスマスイブ。
自分がクリスマスイブに何も予定がない事を知っていた、会社の同僚が飲みに誘って来た。あまり気乗りしなかったが、その同僚は年明け1月いっぱいで会社を辞める。前からわかっていた事だが、自分がこの街に来てから一緒に仕事をやってきた同僚。実家が酪農をやっていて牛やら馬やら飼っている。その実家を継ぐ事になった。実家は隣町。会えない事は無いが農家、特に生き物を飼っている農家は大変な事も知っていたので、付き合う事にした。
クリスマスイブに独り者同志、楽しむ事にした。クリスマスという事で焼き鳥屋で一杯やり、意外と空いていたスナックのハシゴ。まぁ、いい気晴らしには なった。
冷たい風が吹く中、一人歩いて帰る。
たまたま帰り道にアキさんの店[After -eve ]が近くにあった。道路を一本挟んだ所だった…… が、その位置からでも見覚えのある赤い車が見えた。
ライトを点けたままで。
目立たない様、そっと近づく。
お店の入り口で、アキさんとカオリさんが何やら…… 立ち話をしていた。
あまり近づかなかったので、流石に二人の表情や声は、わからなかった。
ただ前の様な感じには見えなかった。
カオリさんが泣いてる感じも無く、割と普通に会話してる雰囲気。
もう夜も大分更けてきて気温も下がりお酒を飲んだ自分でさえ、身震いするほど寒かったが二人は何事も無い感じで話をしていた。
と……
アキさんがカオリさんを抱きしめた。
驚いた自分。
別に嫉妬した訳じゃない。
アキさんの感じからカオリさんを受け入れる事は、なさそうだったのに……
アキさんの方からカオリさんを抱きしめた事に驚いた。
カオリさんに頼まれたのかな?
でもカオリさんの仕草から、そうは見えなかった。
カオリさんとアキさんが抱き合ったまま……
自分は、そっとその場を後にした。
抱き合ったまま、動かない二人を見ていると正直…… 嫉妬する自分も……
色んな想いがある自分の胸の内だが、その時は何も考える事は、やめた。
クリスマスイブの夜。私(カオリ)は、迷っていた。吹っ切るはずが…… マコと話をしたせいで……
もう一度だけアキさんに気持ちを伝えたい。それでもダメなら忘れようと。
クリスマスイブの日に、言うべき事?
でも正直今年のクリスマスは、何も無い普通の日と同じ。散々、迷った挙句アキさんに会いに行った。
もう、あと一時間位でイブも終わる時間に……
こんな時間なのに店の中に明かりが、少し付いていた。窓越しにアキさんが、忙しなく動いていた。車のライトを点けたままだったので、その灯りにアキさんが気付き外に出て来た。
「ごめんなさい。こんな夜に」
「大丈夫だよ。色々やる事あったから」
「時間とらせないから…… やっぱり私じゃダメ? これが最後、だから…… 」
一度だけ、頷いたアキさん。
「待っていたい…… これは私の意思。アキさんには関係ない」
「うーん。そう言われると何も言えない」
困った顔のアキさん。
「マコがね…… 私の事…… アレなんだけど、私は断った。でもマコは私の事、見続けて気に掛けてくれてる。だから私もアキさんの事、見続ける。私はワガママで自分勝手だから…… アキさんが何と言おうと…… 」
「まだクリスマスイブだよね? 過ぎたかな? まっいいか。メリークリスマス」
そうアキさんが言って……
私を抱きしめた。
声が出なかった。私の方から抱きつく事は、今迄あったけどアキさんからは初めてだった。
涙が…… 出てきた。嬉しいのに。
私も思いっきり抱きしめた。コートを着ているのにアキさんの鼓動を感じる程、強く強く抱きしめた。
何故、アキさんが突然抱きしめたのかは関係ない。私の気持ちに応えた訳じゃ…… 
それでもよかった。一瞬だけでも、あんなに遠く感じてたアキさんに近づけた。
たとえこれが最初で最後でも……
私は、自分の想いを全て伝え 後は、もう私がするべき事は一つだけ……
『待ってます。アキさん』
雪も降らないクリスマスイブ。
冷たい風が吹いているクリスマスイブ。
でも、おかげで澄んだ夜空に星が輝いて…… そして……
イブが終わりクリスマスを迎えた。
                            
                         第6章    終
                         bake  第7章
12月25日を過ぎると流石に、この小さな街もそわそわ感が出てくる。
いつもより買い物に出て来る人も多いし、家の周りを綺麗に掃除したり。
最後の一週間は、落ち着きがまるで無い様子。こんな小さな街でも。
色んな事があった一年。楽しい事も苦しい事も。新たな職場で多くを経験し、沢山勉強させてもらった。
どちらかというと、楽しい事が多かった一年だったが……
最後の最後、クリスマスイブの夜は……
嫌な思いでは無い。悲しい訳でも無い。
ただ…… 少し微妙な、気持ち。
やっぱり自分は、カオリさんが好きなんだと実感させられた気がした。
クリスマスも皆んなで会う事が出来ず、このまま年を終える寂しさも重なり。
30日から実家に帰省するので、年越しも皆んなに会う事も無いし。せめて今年最後くらいは、皆んなに会いたかった。
そんな時、珍しくアキさんからメール。
(マコちゃん帰省するんでしょ、正月。じゃあ、帰る前に皆んなで会わない? )
皆んな⁈
カオリさんもかな? と、言うことは……
ん? もしかしてアキさんと上手くいったのかな?とりあえず返信する。
(皆んなって、皆んなですかね? 勿論、自分は大丈夫ですけど)
(皆んな。ちょっと面倒なお嬢様が、いるけど俺が何とか引っ張ってくるから)
面倒…… また微妙な言い回しを。
でもアキさんとカオリさんは、何とか上手くいきそうって事ですかね。
29日、昨日で今年の仕事も終わり今日は朝から部屋の片づけ。実家にお土産も買い帰省の準備を終わらす。
よし! 今日は、思いっきり飲んで久々に四人で楽しむぞ!
夜、ユウさんの店[ピッグペン]へ。
[本日、貸切!]
入り口のドアに紙が貼られていた。
ユウさん頑張ったなぁ〜〜。まだ今日ぐらいは稼ぎ時だろうに。
店に入る。誰も居ない。
奥からユウさんの声が。
「ご馳走作ってるから、ちょい待っててね。アキたちもそろそろ来ると思うし」
既にテーブルには、料理があるのに。気合い入ってるなユウさんも。
ユウさんも席に着き、少し話ながらアキさんたちを待つ。
カオリさん来るのかな? と思ってたら
ユウさんが、
「ん〜〜 遅いな。カオリ渋ってるのかな? 」
「どうなんすかね? あの二人」
特にその言葉に、何かを言う訳ではなく首を少し傾げるだけのユウさんだった。
カラ〜ン と音がしてアキさんが入ってきた。アキさんだけ? と思ったらその後からカオリさんも入って来た。恥ずかしそうというか照れくさそうという表情をしながら。 
店の真ん中に置いたテーブルに、四人が席に着いた。
久しぶりだ。ただ素直に嬉しかった。
ユウさんが、冷蔵庫からシャンパンを出してきて音を出しながら栓を開けた。
「クリスマス過ぎたけど、折角だからさっ! 」と言いながらシャンパンを注ぐ。
シャンパングラスでも無くワイングラスでも無く、ロックグラスに。
「シャンパングラス無いの? せめてワイングラス出してよ〜〜。気分出ない」
カオリさんの初めての声が、グラスに対する愚痴。
「クリスマス終わったんだから気分なんて関係ないだろ。ワイングラスは洗うの面倒だから。飲めればいいんだよ! 」
ユウさん…… 飲み屋のマスターが言うことでは無いと思いますが……
いつ以来だろう、四人での乾杯。
自分の今年の色んな思い出には、必ず四人での乾杯があった。またこうやって乾杯出来るなんて。
「今年、一年お疲れ様でした。マコちゃん! この街に来てくれて俺達に付き合ってくれてありがとう。カオリちゃんも、まっ、色々あったけど仲良くしてくれてありがとっ! ユウちゃんも、ん〜ん〜まぁいいや。ありがと。じゃ乾杯! 」
珍しくアキさんが乾杯の音頭を。
「かんぱ〜い! 」皆んなの声が店内に響いた。
アキさんが、改めて『ありがとう』なんて言ったので、自分も思わず、
「こちらこそありがとうございました。
こんな、よそ者の自分を温かく相手して貰って。おかげで楽しい一年でした。来年も宜しくお願います」
「なんか、キモっ! マコが真面目に話すとキモいんですけど〜〜! 」
久しぶりにカオリさんのキツいツッコミを食らったが、ちょっと嬉しかった。
ユウさんの美味しい料理を食べ、四人で飲む楽しいお酒を飲み最高だった。
アキさんが持ってきた物を出す。
パン。アキさんのパン。
少し捻れた形のパンだった。
「なんか綺麗な形。花っぽい。何て言うパンなの? 」
カオリさんが訊いた。
「クノーテンと言うパン。バターと砂糖が少し多い甘めのパン」
「何か、意味あるんすか? このパンには」意味の無い物を作らないアキさんなので訊いてみた。
「クノーテンの意味が『結ぶ』。だから生地を結んで作るパン、それだけ」
アキさんが答えてる最中に自分とカオリさんは、既にパンにかぶりついていた。
「うまっ! 少し甘くて、んっ細かいアーモンドみたいなのが入ってます? 」
「うん。シナモンとか入れるのもあるんだけど、今回のはアーモンドパウダーと細かくしたアーモンドをアクセントにして入れてみた」
「美味しいっす」
「マコさ〜〜、今年一年アキさんのパン、食べて来たのにさ〜〜。美味しいに決まってるでしょ! 当たり前の事、言わないでよ! 」
その通りです。アキさんのパンを食べる度に感動した一年でもあった。
楽しい時間は、あっという間。名残惜しさしか無かった。
アキさんが、
「マコちゃんさーー、カオリちゃん送ってくれる? 」
へっ? 自分が…… ですかね。
「アキさんが、送って〜〜 」カオリさん。
「ごめん、ちょっとユウちゃんに用事あるから」
「え〜〜、じゃ〜〜 用事済む迄待ってる」
「ごめんねーー。大事な用事なんで。そういう事なんで、マコちゃん頼むよーー 」
そう言われたら…… カオリさんも渋々帰る事に。
帰り際、アキさんが自分に、
「気をつけてね。カオリちゃんの事、頼むよ! 」と、肩をポンと叩かれた。
帰り道
「何か、今日のアキさんいつもと違ったような…… 何かありました? カオリさん」
「あった! ……って言いたいけど。ない。久しぶりに皆んなで会ったからアキさんも嬉しかったんじゃ? 」
「アキさんとは…… 少し距離、縮まりました? 」
「わからない。でも信じるしかないかな?上手くいくって」
「頑張って下さい、カオリさんらしく」
「何? マコは、もう私の事 諦めたの? ん〜〜 それはそれで何か悔しい」
「悔しいって。じゃもう少し粘りますかね」
「ストーカーだ! 助けてください〜〜 」
結局、からかわれるのがオチなんですよね。
「明日帰るの? 気をつけてね。……ありがとねっ、今年一年。良いお年を」
らしくない言葉を残し、カオリさんは家に帰った。
翌日。
来年も宜しくと、この小さな街に言い残し自分もこの街を出た。
平穏に実家でお正月を過ごし、また今年もお世話になるこの小さな街に戻って来た……
雪が…… ぼたぼたと降り、やがて雪が雨に変わった。冬なのに…… 雨って。
自分にとって…… 雨は……
何日か前まで居た所なのに…… 何故か初めて来た街の様に、なにかが…… 変わった様な……
                          第7章     終
                        bake  第8章
景色は、すっかり雪景色。なのに季節外れの雨。道路は雨のせいでシャーベット状の雪になっていた。年明け早々、気まぐれな天気に悩まされる。
早速、新年の挨拶とお土産をと思いアキさんの家に行った。
しかしアキさんの車が無かった。店の前は、車の跡も足跡さえも無く薄っすら積もった白い雪を雨が溶かしていた。
お正月から何処かへ行ったのか……と思いユウさんの所へ。
夕方に差し掛かる時間だったが、ユウさんは店に居て掃除をしていた。
ユウさんに新年の挨拶を、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「おめでとう、こちらこそ宜しく」
「今日から店、開けるんすか? 」
ユウさんにお土産を渡しながら。
「おっ、わざわざありがと。店は、明日から。掃除しないとね」
「アキさんは、何処か出かけてるんすか? 」
「ん〜〜 みたいだね。暫くは…… 居ないかな? 」少し、歯切れの悪そうな言い方でユウさんが言った。
しばらく…… か〜〜。
「用事あった? アキに」
「いや、お土産を…… 」
「そっか」
「ちなみにカオリさんの分もあるんだけど…… うーん」
「なに? 連絡すればいいじゃん。居ると思うよ、カオリは」
何と無く年明け早々、カオリさんに連絡する事に、戸惑っていた自分。
やはりクリスマスイブの夜から、何処か遠慮気味になっていた。
「カオリ? あっおめでとう。今、何してるの? 店にマコちゃん来てカオリにお土産持って来たらしいぞ! ん? あ〜わかった」
ユウさんが勝手にカオリさんに電話した。
「来るって! 貰えるものは貰うとさ」
意外と早くカオリさんが来た。
「うぃっす! おめでと。今年は、『へタレマコ』卒業しなさいよっ! お土産は? 」
「そんな事言う人には、お土産は渡しません! 」
「あっそぅ! 別にいいけど。新年早々、マコと会うのが最後になりそうだね」
「あぅ。また、すぐにそう捻くれるんだから〜〜 はいどうぞ、今年もよろしくお願いします」
「ありがと! こちらこそよろしくお願いします」
「ねぇ、ユウさん? アキさんいつ帰って来るの? 」
「さぁー暫くは、ゆっくりするらしいし」
「何処行ったの? 」
「姉夫婦の所って言ってたかな〜〜 」
「あ〜〜ぁ、初詣、一緒に行きたかったなぁ。さっ! 貰う物貰ったから帰るかな! 」
「もう帰るんすか? 」
「帰る。さすがに正月は、お酒飲み過ぎたから今日ぐらいは、ゆっくりするかな。アキさん帰って来たら遊んであげるわよっ! 」
「うわ〜〜 すげ〜〜 上からですね」
「そりゃそうでしょ。コクってきたへタレと同等にしないでっ! 」
「あぅ! 新年早々キツいなぁ〜〜 」(笑)
この街に帰って来た時に感じた変な違和感は、勘違いだった様にユウさんとカオリさんと楽しく話せた。
冬に雪ではなく雨が降ったのに、何も無かった。
去年は、何かあるたび雨が降っていたのに……
正月休みも終わり、今年の仕事が始まった。
ただ、まだアキさんは帰って来なかった。
年明けの仕事。それはそれで何かと忙しかった。
そんな中、メールが……
(ねぇ、アキさんまだ帰って来た気配ないんだけど…… 大丈夫かな? )
カオリさんが心配になって自分に。
確かに、年が明けてもう一週間以上経っている。でも、何かあればユウさんには連絡行くだろうし。
もう少し様子を見るしか出来なかった。
ただ変わらない日々が続いた。
もう15日。
15日と16日は、アキさんにとって大事な日。おそらく亡くなった彼女の所へ毎月、毎月行っているのだろうと勝手に思っていた。明日が過ぎれば…… 多分アキさんは、戻ってくる。
1月17日。
カオリさんが電話してきた。半分泣きながら……
「何で? なんで、帰ってこないの? ねぇ、マコ? 」
自分にそう言われても…… でも気持ちは、わかったというか自分も同じ気持ちだった。
アキさんの店へ。
お店の駐車場が、雪ですっかり埋もれていた。何か…… 嫌な感じがして、その場で茫然と……
「マコちゃん…… 」
カオリさんが来た。
やっぱり二人とも気になってしまい、ユウさんの店へ。
勿論、まだ店が開く時間では無い。
ドアも閉まっていた。カオリさんが電話してユウさんに開けてもらった。
暗い店に入ると同時にカオリさんが、
「ねぇ! 変だよ。何か知ってるの? アキさん何処なの? ねぇユウさん! 」
ユウさんは……
静かにテーブルに積まれていた椅子を下ろし…… 自分らに座らせた。
「アキは、……もう帰って来ない」
えっ、何を言ってるんすか? ユウさん!
カオリさんも突然の事で、声がでない。
「実は前から、アキには言われていた。まだアキは、ツラいって。もう少し一人で、色々整理したいって。年明け早々、マコちゃんとカオリに言うのは悪いから、少し後で言ってくれって」
「でも…… 帰ってくるんでしょ。そのうち帰ってくるんだよね? 」
カオリさんがユウさんに詰め寄りながら。
「わからん! それは、アキ次第! 」
カオリさんは、それ以上ユウさんを責めずに店を飛び出した。
自分は、ユウさんに詳しく話を聞きたかったけど
「マコちゃん。カオリ…… 頼む。アキも、そう言ってた」
ユウさんも凄く辛そうだった。
とりあえず、自分も店を出た。
カオリさんは、とっくに居なかったが 
行き先は……
[After-eve ]
膝下まで積もってる雪を進み、店のドアと自宅用のドアを開けようとするカオリさん。開かないドアを目の前に、茫然としていた。
何かを…… つぶやきながら。
自分は、店の窓を覗いた。
キレイに並べられていた、革製品もパンが並べられていた大きめなダイニングテーブルも…… 何もかも、無かった。
あまりの光景に、自分もカオリさんさえも…… 感情が出ない程。ただ立ち尽くすだけだった。
『何故? なぜ何も言わずに…… アキさん。
……ひどいですよ、アキさん』
壁際の雪の中から、ボードが見えた。
おもむろに取り上げた。
「本日のパン  売り切れました」
と、書かれたボード。
とても見覚えのあるボード。
このボードで、何度アキさんのパンを食べ損なった事か……
ボードの裏に、何か描かれた痕が。
掠れた文字を目を凝らして……
「何、見てるの?」 カオリさんが感情を無くしたままで訊いてきた。
「何か、書いてありますよね? A.f.t.e…rかな? 」
「After-eve でしょ! 」
「いや、でも何か長いんですよね? After e.v.e…ん? y.t…hin…g? かな? 」 
「何? もう一回言って! 」
カオリさんが、白く積もった雪に書き出した。
「eve    ything? かな。変だな、ちょっと調べます」
スマホで似た単語を調べようと……
『everything』
「『After-everything』ですかね? えっと直訳すると…… 『すべての後』かな? 」
「えっ、これが本当の店の名前とかですかね? 」
「第2候補じゃない? 私には「イブの後』って意味って言った様な…… 」
「え〜! 自分には、アフタヌーンからイブニングの営業時間だって…… 」
お互い目を合わし……
「やられましたね。二人とも」
「く〜〜っ! 最後の最後まで騙しやがって。あのパン屋め〜〜! 」
「やっぱりただのパン屋じゃないって事で…… 」
「コラっ! マコのくせに、パン屋って言うなよ! アキさんの事」
……
カオリさんは、一人で歩き出した。
すぐに振り返り、
「行かないの? 」と訊くカオリさん。
「何処? 」
「ユウさんとこに決まってるでしょ!
パン屋の悪口、言いながら飲むの! 行かないの? 別にいいけど」
「……行きます。お供します。とことん」
[After-everything]の店の前には、自分とカオリさんだけの足跡だけが残っていた。
いつまでも……
                        
                       第8章     終
冷たい風が、あたり前の様に吹く日々。
その風と共に、白い物が辺りに舞っていた。フワフワと白い物が、しかし雪では無い。
〈トドノネオオワタムシ〉
いわゆる、雪虫と言われる虫。
小さなアブラムシだが、背中にフワフワとした白い綿毛があり雪が舞っている様に見える。この時期、この虫は引っ越しの為、一斉に舞い出す。風物詩ではあるが所詮、虫なので嫌がられる事が多い。
そして…… この雪虫が舞い出して二週間前後に雪が降る。
冬の訪れを知らせる雪虫。
木々の葉も既に枯れ落ち、寂しさを感じさせる風景。
寂し気な冬が、近づいていた。
自分の些細な嫉妬で、気まずかった時があったが、また仲良く楽しい日々が戻って来た矢先。
ツラい思いが、拭いきれない。勿論、自分だけでは無い。
もっとツラい思いをしているカオリさん。そのカオリにツラい思いをさせてしまった、アキさんもツラい筈。
そんな三人を、余計な事はせず静観しているユウさんでさえ同じ気持ちかと……
あの時…… 雨に濡れながら歩いていたカオリさん。自分は、ただ見ているだけしか出来なかったが…… 果たして自分のあの時の対応はアレで良かったのだろうか?
とても声を掛けられる状態では、無かったが…… 何か出来る事があったのでは? と自問自答の繰り返し。
大丈夫なんだろうか……
アキさんの所にも行きにくい。アキさん自体、何も悪くないしカオリさんにあの様な態度をしたのも考えた上での事だろうし。しかし結果的に皆んなが、ツラい思いした事がアキさんとの会い辛さに、繋がってしまっていた。
自分が意図しない形にせよ、カオリさんに告白してしまった事が、この様な結果になったのではないのか。自分のせいで周りが変化をせざるを得ない状況になってしまったのか……
アキさんも何故か、いきなりキツイ対応をカオリさんに……
自分に気を遣っていないですよね?
アキさんが自ら身を引く、とかでは無いですよね。アキさんに限って……
考えれば考える程、何をどうしていいのかわからず……
少しでも今の状況を変えたい思いで、
ユウさんの所に行った。
ユウさんは、アキさんとカオリさんの事は知らなかった。勿論、自分も詳しくは分からないが、あの時の状況、あの時のカオリさんを見て想像は出来た。
知らなかった筈のユウさんだったが、あまり驚きもせず、静かに溜め息をつくだけだった。
「こればっかりは、しょうがない事。カオリは辛いだろうが、うん…… どうしようもないだろう。だから、せめてマコちゃんがカオリを見守ってやってよ」
ユウ…… さん⁈
何かが変だった。ユウさんまでも自分にカオリさんを見守ってって。
アキさんも自分にカオリさんを見続けて欲しいと言い。
そう言われたって、カオリさんにはアキさんしか見えてないだろうし。自分は、振られちゃったのに。何故に、自分にカオリさんの事を託そうとするのか、分からなかった。
ユウさんもそれ以上の事は、多くを語らなかった。あの雨の日の事を知らなかったユウさんなのに、全て見透かしている様な感じで。
結局、ユウさんの所に行っても何も変わらず、ただなんとも言えない違和感の様な物だけが残った。
カオリさんを見る事も無く、心配な気持ちだけが日に日に増していった。
その気持ちを我慢出来なくなり、平日のお昼休みを使って役場に行ってみた。
カオリさんは居た。
めずらしく髪の毛を後ろに縛り静かに少しやつれた感じで、仕事をしていた。
声を掛けようか躊躇っていたら、カオリさんがこちらに気付きじっと表情を変えず見ていた。
自分が軽く手を挙げ、声を出すこと無く挨拶した。一歩だけ踏み出した所で、カオリさんが席を立ち奥に消えてしまった。カオリさんは戻って来る様子も無く、自分も役場を後にした。
まだ、早かったか…… それに自分には会いたくないのだろう。あんな姿を見てしまった自分には……
静かな街が、より静かに。
寂しい季節が、より寂しく。
それぞれが静かに、寂し気に過ごしている日々が続いた。
自分自身も、どこか暗い感じで居たせいか会社の人から心配される程。
ただ、内情を打ち明ける事も出来ないので一人で居る事が、多くなった。
会社のお昼ご飯でさえ同僚とは行かず、一人で食べる毎日だった。
その日も一人でお蕎麦屋に行き、昼ご飯を済ませるつもりだったのだが。
混んでいた。
諦めて店を出ようとした時、
「ここ、どうぞ。相席だけど遠慮なく」
そう声を掛けてきたのは、信金さんだった。
気がのらなかったので断わろうとしたが、強引に信金さんが席に誘導し相席する事に。
サッサと食べて出ようと思い、恐縮しながら席に着いた。
「何か元気ないね? 仕事の悩み? プライベートの悩み? 」
そう訊いてきた信金さん。
「別に…… 大丈夫です」
軽くかわす。
「すいませんね…… 人の事、あれこれ詮索して。色々ありますよね? 職業病かな? ついね、顔色とか雰囲気で気になってしまうんですよ」
色んな意味で軽い信金さんだが、仕事柄色んな人を見てきている故に鋭いところもあるんだなっと思った。
「やっぱり金融関係の仕事だと、人間関係とかも大変ですか? 」
信金さんに自分の心境を見抜かれたせいか、思わず質問してしまった。
「人間関係は、どんな仕事していても変わらないかと。大変な時は大変だし、上手くいく時は上手くいくから。ただ私らの仕事は、相手の気持ちを察する事も必要なのでね」
信金さんが、真面目に答えてくれた。
前に、具合の悪そうなお婆ちゃんを病院まで担いで運んだり、今もこんな自分に真面目に答えてくれたり、根は凄く良い人なんだ……
「そういえば飲みに行きましょ、って約束してましたよね? おねーちゃん沢山居る店で、パァーっとしたら悩みも吹き飛びますよ? どうです? 」
はぁ〜〜 どうして信金さんの事、褒めるとそういう事言うのかな。
信金さんの株価、乱高下激しいですよ!
でも何故か、そんな事思ってたら少し楽しく感じてきた。
信金さんマジック! なのか?
お婆ちゃんを病院に運んだ時に、水を信金さんに買ってあげた御礼と言って蕎麦屋のお会計は、信金さんが奢ってくれた。
「まだまだ若いんだから、前を向いていれば何事も上手く行きますよ。今度こそは、飲みにでも行きましょうね」
最後まで信金さんは、信金さんらしかった。
信金さんが言った言葉……
『相手の気持ちを察する』
その言葉が、何故か自分に響いた。
そして、少しだけ気持ちが楽になった。
雪虫が舞い始め12日後、初雪が舞った。
いつもの年より早い初雪だった。
季節が冬に変わった。
                         第1章     終
                       bake  第2章
アキこと、秋本  歩45歳。独身。
この街には、高校まで住んでいた。
高校卒業後は、この街を離れ滅多に帰って来る事も無かった。若い頃は、いい加減な生き方をしていて高校卒業したあとに行った専門学校も早々と中退。
その後も、やる事全てが中途半端。
ただ、その頃付き合っていた彼女はずっと自分のそばに居てくれた。
いい加減な自分だったが、浮気はしなかったので彼女とは割と長く付き合いが続いた。
しかし突然、彼女が病気に……
初めは、そんな大変な病気と思わなかっ
たが、体調が回復しなく検査の日々。
そして告げられた結果が、急性白血病。
ドラマや映画の中でしか聞かないのに、まさかこの若さで……
ただ、治療さえすれば良くなるものだと思い、彼女に付いて行った。
治療も辛く、見ていて可哀想になるくらい。勿論、彼女の家族も出来る事全てやり尽くした。
良くなる迄は、ならなかったが時折、安定するぐらいの状態の時もあり期待はしていた。
ただ…… 駄目だった。
結果的に治療していた期間の殆どが、彼女にとって辛い日々だった。
自分もずっとそばに居たので、彼女の辛さ、無念さがわかっていた。
だからこそ彼女が亡くなった後も、その想いを引きずり自分を見失っていた。
長い事、辛さから抜け出せなかったが歳を重ねるに連れ少しずつ立ち直った。
昔は、いい加減ゆえ軽い自分だったが、静かに生きる人間になり昔の自分を知る人達には驚かれた。
パン作りやレザークラフトもその頃に始めた。人付き合いが苦手になった事もあり、一人で出来る事に没頭できた。
そして彼女が出来た。
無論それまで、女性と接していない訳では無かったが、付き合う事に凄く神経質になっていて病気で亡くした以来の彼女だった。
自分の過去まで全て受け入れてくれた彼女。それまで静かに生きてきた自分にとってやっと訪れた幸せと楽しいと思える時間だった。
花と珈琲が、好きな彼女だった。
彼女が淹れてくれた珈琲と自分が焼いたパン。いっ時は自分を見失い自暴自棄になっていた自分が、生きていて良かったと思わせてくれた時間だった。
彼女とも長く付き合いが続いた。
年齢も年齢だけに結婚も考え始めた。
ただ、些細な事からすれ違ってしまった。お互いの勘違いの様な物。どちらが悪いとかでは無く。余りにもお互いが依存していた為、逆に一つズレただけで元通りになる事が難しかった。
自分も彼女もその時は、そこまで考えずまたすぐに仲良くなれると高を括っていた。お互い好きなのは変わらなかったし。
その余裕が最悪の結果をもたらした。
2年前の1月15日。
気持ちがズレている時に彼女と自分の気持ちが、ぶつかってしまった。
そして自分は、きちんと向き合わずその場から逃げてしまった。
2年前の1月16日。
彼女は車を運転中、多重衝突事故に巻き込まれ……
彼女は、自分の所に来る途中だった。
冬の雪が降る中、自分の所へ。
自分を責めた。昔の病気で亡くした彼女の事も急に蘇り、より一層自分を責めた。
自分が愛する人を失うのは、自分のせいなのでは…… と。
あの時……    もし。
後悔しかなかった。
ずっと後悔だけ……
病気で亡くした彼女を失った時から、精神的に不安定で、鬱とパニック症の症状が出ていると医師に言われ薬を飲んでいた時期もあった。それも解消されていたがまた事故で彼女を亡くし、より酷く症状が出る様になった。
激しい動悸、嘔吐、過呼吸、過呼吸による貧血状態、意識混濁。
鬱も酷く、死にたいと思う日々。
しかし食事も殆ど出来ない状態の為、死にたいと思っても体すら動かせない程、体力が落ちていた。
家族の勧めで入院。その後は長い期間、薬での治療。その頃は、死にたいとは思う事は無く、亡くなった彼女の為に必死に生きることを選んだ。彼女への謝罪と自分が抱えている後悔を忘れない為に。
毎月16日は、彼女の元へ。
毎月15日は、自分の愚かさを悔む日になった。
そんな過去を引きずり、愛する人を2人も亡くし、自分だけ……
カオリちゃんは、素敵な女性。
わがままの様で、相手を気遣い。
強引な様に見えて、優しく真っ直ぐ見てくれる。
おまけに綺麗だし、年齢の割には若く見える。
だからこそ、幸せになって欲しい。
こんな過去に縛られている男では無く。
男運が悪いと思っているけれど、それはカオリちゃんが優しいということ。
こんな酷い男に、振られたのだからもう男運は、悪くない筈。
別にマコちゃんを強引に、くっつけようとは思ってないのでカオリちゃんらしく、後悔しない恋をして欲しい。
まだ自分は、ケリがついていない。
もうすぐ今年も終わる。
年が明ければ、自分にとって辛く悲しく後悔が襲って来る日が……
この街に戻って来て、ユウちゃん、カオリちゃん、マコちゃん…… 楽しい年だった。その反面、辛かった。楽しい日々を過ごす事が。
まだ自分自身のケリがつくまでは、楽しくても辛く思ってしまう。
せめて…… 全てが、落ち着くまでは……
 
 after everything
                        第2章      終
                       bake 第3章
霜月。まさに字の如く霜が降り寒空に月が浮かび寒さが本格的に始まる時期。
そんな霜月も足早に過ぎ、次期師走を迎える。今年もあと1ヶ月ちょっと。
月日が経つのが本当に早く感じる。
まだ雪残る春の初めに、この小さな街にやって来て夏、秋、そして冬と迎える事になった。
複雑な思いが交錯する中、自分(マコト)には、どうしても確かめなければいけない事があった。
確かめないと落ち着かない、不安が増すばかり。
もしかしたら大した事では、ないのかもしれないが、ちょっとした違和感が残っていた。
でも、どうしたらいいのだろう。誰に聞けばいいのだろう、いや誰から聞けばいいのだろう。
とは言っても、カオリさんに聞くべき事では無いし。それ以上に、自分と話さえしてくれないだろうし。
やはりあの二人に直接訊いてみるしかない。
ユウさんには、この間会ったばかり。
アキさんには…… 凄く会いづらい。
でも、合わなければいけない様な気がする。それで自分が感じている違和感が解消される筈。
思い切ってアキさんに逢いに行った。
店では無く、夜 自宅の方に。
連絡もせず突然の訪問。
しかしアキさんは、あまり驚いた表情はせず普通に招き入れてくれた。
「すいません、突然」
「大丈夫。……どちらかが、来そうな気がしてたし」
どちらか…… 自分かカオリさんの事だろう。アキさんは、わかっていたのか覚悟をしていたのか……
「カオリちゃんにアレから会った? 」
普通に、いつものアキさん通りの感じで訊いてきた。
「一度役場に行ってみたんだけど、顔見た途端、避けられました」
「そっか〜〜 」
「で、今日は怒りに来た? カオリちゃんをあんな目にあわせてって」
「いえ! カオリさんとアキさんの事に口を出す気は…… 無いです。ただ…… 」
「ん? ただ? 」
「アキさんもユウさんも何か変です!
違和感を感じるんです」
   ……
「自分は、カオリさんに振られた訳だしカオリさんだって自分だって、いい歳した大人なのに…… アキさんにしろユウさんにしろ自分にカオリさんを見続けてとか、見守ってとか。まるで二人が居なくなるみたいに…… 」
「そうだね。余計なお世話って奴だったね。マコちゃんだって色んな想いあるのにね。ごめんね! 」
アキさんが自分に頭を下げながら言った。
「正直、アキさんが自分に遠慮しているのでは? っと思いもしました。アキさんが、カオリさん見続ければ済む事だし今までの様に。なのに…… 」
「俺が、本当にマコちゃんに気を遣ってカオリちゃんの事、あの様になったと思ってる? 」
「無いと…… アキさんはそんな人では、ないと…… でも何か気になって、自分がカオリさんに告白してから…… こんな事になったから」
「うーーん。マコちゃんは、そこは気にしなくていいと思う。ただ意外と何かが動くと周りも動く事は、よくある。それが意図的だったり偶然だったり。改めて言うけど、マコちゃんに遠慮してカオリちゃんの想いを断った訳じゃ無いよ」
「はい。そうだと思うし、そう願いたいです。ただ…… もう四人で楽しくは、無理なんですかね? 」
「そんな事ないと思うけど。俺が、言える立場じゃないけど。さっきマコちゃんが言った様に、みんないい歳をした大人だから色々あっても良い付き合いは、出来なくも無いと思う。それぞれの思い方次第だけど」
「アキさんは、どうしても駄目なんすか?カオリさんの事。カオリさん…… 凄くアキさん好きなんです。やっぱり…… 過去が…… まだ引きずってるんすか? 自分は、カオリさん好きなので幸せになって欲しいし、笑っていて欲しいんです。カオリさんには…… 」
アキさんは、無言のままだった。
言い過ぎたかなと思った自分だったが、色んな不安感を拭い去る為にも言っておきたかった。
「マコちゃんがカオリちゃんの事、想う
様に 俺も想う事がある。でもそれはカオリちゃんの事ではない。前にも言った様に、好きだけど上手くいくかどうかは別の話」
アキさんが、ハッキリ言った。『カオリちゃんの事ではない』と。
ショックだった。
アキさんから聞きたく無い言葉だった。
同時にカオリさんの寂し気な表情が、頭に浮かんだ。
「カオリさんが…… 可哀想…… です。自分じゃどうにもしてあげられないし……
やっぱり、アキさん…… が…… 」
「あれ? 俺とカオリちゃんの事には、口を出す気は無いんじゃなかった? 」
わかってます。わかってますよ。そのつもりだったのに…… 余りにも、カオリさんが……
「マコちゃんは何故、自分じゃどうにもしてあげられないと思うの? 好きなのに。何か言葉を掛け無くても、何か行動しなくても、その人の事を想うだけで
十分、力になってるかもしれないのに。
自信持ちなよ! マコちゃんはいい男なんだから」
アキさんの言葉が痛かった。
振られたからと言って、早々と諦めてしまっていた自分を見透かされた様で。
自分は、結果を求め過ぎていたのでは?
アキさんやユウさんが言った見続ける事、見守る事は、そう言う事なのか……
アキさんが、自分を呼んだ。
アキさんの寝室に。
前に見た、小さな仏壇。花が飾られ綺麗にされていた。
「この人がね、2年前に事故で失った人。大好きだった人。自分のせいで、事故に遭って…… だから簡単には忘れられない、というか忘れては…… いけないと思ってる」
花の横に置かれていた写真。綺麗な女性。
その写真を愛おしく、少し切なそうに見るアキさん。
何故か、アキさんを想うカオリさんの表情と重なった。
辛い過去、辛い生き方をしているアキさんを思うと……
あまり過去を語らないアキさんが、わざわざ話してくれて申し訳なく思った。
自分は、ただ自分自身の不安感を拭い去る事だけを考えていて……
信金さんの言った言葉。
『相手の気持ちを察する』
まさに今の自分に足りない物だと思った。
話をしてくれて ありがとうございます、アキさん。
そしてアキさんの気持ちを察する事が出来なくて…… ごめんなさい。
霜月の最後の満月が、冷たい空に浮かんでいた。
                          第3章     終
                        bake  第4章
アキさんに会いに行って…… 結果的に良かったのだろうか。自分が感じていた違和感の様なものは多少解消されたが、アキさんのハッキリとした想いを聞かされると辛いものがあった。
ふと、秋に行った温泉旅行を思い出し楽しかったあの時が、懐かしく恨めしく。
もうあの様な時間は、皆んなで過ごせないのだろうか。
カオリさんのキツいツッコミが、無い日々はつまらなく、寂しい。
カオリさんと恋愛関係にならなくても、また楽しくお酒を飲みたい。
アキさんとアキさんを見続けるカオリさんと、語り合いたい。
ユウさんとユウさんを慕う三人で、美味しい物を食べ、賑やかに過ごしたい。
自分が動けば、そんな状況をつくりだせるのだろうか。でもカオリさんには、避けられたし。
いや! 避けられても、強引にカオリさんに会わねば!
アキさんにだって、会い辛い思いがあったのに強引に押しかけた自分なのに。
カオリさんに ”グーパンチ” を食らう覚悟で。
……やめとこうかな、マジにパンチしそうだし。それも腰が入った重いパンチ。
痛そうだ…… 泣くかもしれない。
うーむ。一旦ユウさんに相談だな!
こんな状況でも、『ヘタレマコ発動』だなんて…… 情けない。
とりあえず、グーパンチを食らう事が無い電話で。   ……でない。
まぁそうだろうな。じゃメールで。
(カオリさんらしくないっすよ! 失恋パーティーやってあげるんで、飲みにでも行きません? )
ちょっと今のカオリさんには、キツい文章かな? でも殴られる事は無いし。
ええぃ! 送ってやれ!
ポチッと……
……
返事ないですか。
メールでも避けられますか!
むぅ! 強引に会いに行ってのグーパンチは、避けたい……
なので、少し様子を見る事にしよう。
出来ればメールの返信、お願いします。
来ない。
寝るか…… また明日メールしよっ!
あ〜〜、眠れない。
くそっ! もう破れかぶれだ!
殴られる気、満々で会いにいこう!
どうぞカオリ様、思いっきりやっちゃって下さい。そのかわり自分は、言いたい事 言いますからね!
カオリさんも覚悟して下さいよ! ふふっ
いや待てよ、もの凄いパンチ食らったらヤバイだろ! 痛すぎて泣いちゃったら、その後カオリさんに言いたい事 言えなくなるかも。歯が折れたら、どうしよう。あーー、口の中血だらけで…… 嫌だ〜〜!
寒さなのか、恐怖なのかブルブル震えてしまった。『恐怖ですけど』
と、携帯が鳴る。
おもわず、「ひぃ〜!」と声が出る。
ん? メールの返信だ。
良かった〜〜。
色んな意味で良かった〜〜。
自分の頬をさすりながら、返信を見る。
(マコのくせに! )
ん? それだけ?
もう、それだけじゃ怒ってるのか落ち込んでいるのかも、わからないんですけど!
(その通りです。その自分が慰めてあげると言ってあげてるのです。どうです? 悔しいでしょ? 悔しかったら明日ユウさんの店、来たらどうです? )
開き直りと、らしくないカオリさんに対して強気にメールした。
……
結局その後、返信が来る事は無かった。
『ふふっ、カオリさん。自分の強気な姿勢にビビりましたね』
とは思いつつ、しばらく眠れなかった。
恐怖と後悔で……
完全に寝不足。まだ今日は、金曜日。
あくびをしながら仕事。
周りには、二日酔いだと思われ、上司にも嫌味と喝を入れられ。
夕方になるにつれ、ドキドキしだした。
大体、カオリさんは来るのかな?
返信も無かったし。
来たら来たで、ちょっと怖い。
どう話を切り出せばいいのだろうか。
そんな事を考えてたら…… ユウさんの店に行きたくなくなった。
いやいや、行かねば!
カオリさんが来なくても、自分は行ってドンと構えて…… 来るならこい!
ん? 話が変わってきたか…… 呼んだのは自分だし、言いたい事あるのも自分だし。
仕事が終わりに近づくにつれ、手に汗を掻き出した。気のせいか手や足が震える。
『武者震いですな! 』 そう言い聞かす。
恐怖とアッサリ無視された場合の虚しさが重なり、体が色んな反応を……
仕事が終わった。終わってしまった。
むぅ、行くか! 行くしかないか。行かないといけないか。行き…… たく…… な、ダメダメ! 行くと決めたんだから。
いざ、戦場へ!
そ〜〜っと[ピッグペン]のドアを開ける。ほっ! 誰もいない。
「おーー、早いな! 」ユウさん。
「あ、はい。実は…… カオリさんに今日ここで待ってると、メールして。来るかどうかは、分からないですけど」
「ほぅーー 」微妙な笑顔を見せるユウさん。
「あっそうだ! ユウさんの店[Pig Pen]って、どんな意味なんすか? 」
気を紛らわせる感じで、訊いてみた。
「意味は無い。スヌーピー知ってる? あれに出てるキャラ。あまり出ないから知らないと思うけど。埃を吸い寄せるキャラらしい。何となくその名前が、引っかかっただけ」
意外とあっさりとした答えだった。
ただ、ユウさんの口から『スヌーピー』が出てきたのは意外……
ちょっとニヤけてしまった。
その時、ドアが開いた。
ニヤけていた顔が、一瞬で引きつった。
入り口近くで、仁王立ちの……カオリさん。自分も席を立ち、カオリさんの方を向く。
カオリさんが一歩踏み出したと思ったら、いきなり自分の襟元を掴む。
カオリさんは、表情一つ変えず……
ボコッ!
あまりにも急で、何が起こったかわからなかった。ただ自分は、床に這いつくばっていた。
ん? 痛い……
カオリさんの不意打ち。
見事な、グーパンチ!
拳が、見えませんでしたよ!
自分の想像を遥かに超えた、恐ろしい…… 
“グーパンチ”
痛かった、徐々に痛みが増してきた。
ただ、不意打ちだったせいか自分が想像していたより大丈夫だった。
「マコのくせに! 」
メールで返信してきた言葉を今度は直接、声に出して言ってきた。
「カオリさん! 今度は自分の番です。今夜は、トコトン付き合って貰います。言いたい事、言わして貰います。覚悟して下さいよ! いつまでもヘタレマコだと思ってた…… ら…… 」
バコッ!    「痛〜っ! 」
自分がまだ話してる最中、それもいい感じで。
なのに今度は頭をグーで、ど突く!
「うるさい! マコのくせに! 」
また、それですか!
というか暴力は、やめましょ!
グーパンチを一度なら覚悟してましたが、それ以上は想定外です。勘弁して下さい。
「カオリ! もう、いいだろ? 座れよ、とりあえず。マコちゃんも。冷たいタオル持って来るから」
ありがとうです、ユウさん。
ボコボコにされる前に、止めてくれて。
「ほらっ! 言いたい事あるんでしょ! 言いなさいよ! 」
椅子に座り、そう強めの口調で言ったカオリさんだが…… その目は、今にも……
泣き出しそうな……
悲しげな目をしていた。
                          第4章     終
                        bake  第5章
この小さな街に来て、初めて意識した女性。その人と仲良くなり楽しい思い出も出来た。そして時を共にするにつれ自分の中では、より意識する様になった人。
その自分にとって、より思い入れのある女性が悲しい姿で自分の隣に座っている。
何となく本来の姿を見たいが為に、勢いだけで呼び出したものの……
久しぶりに声を交わし、ユウさんの店[Pig Pen]で会えたのに。
そんな悲しげな目をされると、何も言えなくなってしまう。言いたい事は、沢山あるのに……
ユウさんは、気を遣ったのか奥の厨房に行ってしまった。
自分とカオリさんにウイスキーの水割りを出した後に……
MACALLAN [マッカラン]の12年。
アキさんが、ボトルで置いていたウイスキー。
アキさんの好きなウイスキーを…… あえて出したユウさん。
カウンターで、カオリさんと二人きりで暫く無言の時間が過ぎた。
カオリさんは、ウイスキーの入ったグラスを見つめ。
その様子を見たのを最後に、その日はカオリさんの顔を見る事は無かった。
自分もカオリさんの悲しげな目を見るのが辛かったし、顔を見ない方が お互い話易いだろうと思ったから……
この店の主が居ないカウンターの棚を見ながら話をきり出した。
「やっぱり、つらいですか? 」
「別に……  マコは私にフラれた時、ツラかった? 」
「……正直言うと、自分は告白するつもりなかったんで…… つらいより恥ずかしいというか」
「ふんっ! 告白するつもり無いって言った割には、マサユキには言えるんだ! 」
う〜む、痛い所 突かれた。
ただ、思ったよりカオリさんが話してくれて、少し嬉しかった。
「諦めてしまうんですか? アキさんの事」
「やっぱ、馬鹿だね〜〜 マコは……。諦められないから…… ツラいのに」
「やっぱり、ツラいんですね! 」
カオリさんに突っ込んでみた。
「腹立つ! 帰るよ! からかうなら」
「駄目です! 帰ったら。まだ終わってないし、グーパンチしたんだからもう少し居て下さい」
じんわり痛みが出てきた左頰を、冷たいタオルで冷やしながら強気で言ってみた。
カオリさんは返事をしなかったが、水割りを一口飲んだ様なのでホッとした。
今、帰られると意味がない気がして。
「はぁ〜〜、なんでこのウイスキーだすかな〜〜。あのジジィ! 嫌味だよね? 」
はやくもユウさんをジジイと……
厄介だ、早目に話を進めないと。
でも、何て話を続ければいいのか……
「亡くなった人には、勝てないか〜〜 」
ボソっとカオリさんが、言った。
「まだ、2年位みたいだからアキさんにとっては、簡単にはいかないのでは? 」
「なんかさ〜〜、月日とか関係ない気がする。多分、アキさんはずっと変わらない気がする。実はさ〜〜、私もさ〜〜 何かアキさんと上手くいく自信は、なかった気がしてたんだ〜〜。結構前から。いつも違うとこ見てた気がしてたし、私が踏み込めないアキさんの世界があったのも、実感してたし…… 」
「あの、生意気かも知れないけど自分の考え、言っていいっすか? 」
「ダメ! マコは既に生意気だし! 」
あぅ!
そこは突っ込む所じゃないでしょ!
言わせてくださいよ〜〜。
「で? 何? 」
ぶっ、『ダメ』って言っておきながら。
言っていいのですね? 言いますよ!
「自分が思うに、アキさんツラいんだと思いますよ。亡くした事もそうだけど、自分が愛した人がそういう運命になってしまった事に…… また、そういう事になるんじゃないのでは的な。だから敢えてカオリさんにキツく言ったのだと…… 」
「ふんっ。私がそんなヤワに見える?
私は、簡単には死なない。見る目ないんじゃないあのパン屋は」
「ですね、全くヤワには……。でもアキさん自分に言った事があって、人生何があるか わからないって。それにカオリさんの事、ちゃんと見てましたよ! いいオンナだって言ってたし。ただのパン屋では無いですよ! 」
「パン屋って言うなよ! アキ…… さ…… んの…… こと…… 」
声をつまらせながら……
自分がパン屋と言った事に…… 強く……涙ながらに反論した。
カオリさんがアキさんの事、『パン屋』と呼ぶのは愛情表現。
自分は、それでも真っ直ぐ前を見ていたが…… カオリさんは、泣いて…… 泣き崩れたのを横目で感じていた。
ユウさんが、やっと出てきてカオリさんの前にティッシュの箱を置いた。
何も言わないユウさん。
静かに自分のグラスにウイスキーを入れ
ロックグラスにもウイスキーを注ぎ自分のグラスに軽く当て、ユウさんがそのロックグラスに入ったウイスキーをストレートで飲み干した。
自分が、グラスに入った水割りを飲み干したぐらいに、
「マコ…… 帰るから、送って? 」
意外にもカオリさんが、そう言った。
「はい」とだけ言ってユウさんの店を出た。
何も話す事無く、カオリさんの2、3歩、後ろを歩き……
今、自分にとって一番大事な女性の背中を見ながら…… どうか幸せになってください。
そう思った時、ふと思い出した。
以前、アキさんがくれた革のキーホルダーとプレッツェル。
キーホルダーに彫られた
『幸せを運ぶフクロウ』
独特の形のパン
『祈りの姿のプレッツェル』
まさに今その気持ち、そのまま。
無言のまま、カオリさんを家まで送った。
カオリさんは、自分に軽く右手を上げ……
右手を上げてくれただけで、安心した。
会って良かったんだよなと、思いながら。
ユウさんは、何故アキさんのウイスキーを敢えて出したんだろう。何も語らなかったユウさんも気になった。次から次へと考えれば考える程、色んな事が気になった。
雪が降りそうで降らない、師走の初めの寒空の様に懐疑だった。
                          第5章    終
                       bake  第6章
12月。師走…… 何故かこの月は、過ぎるのが早い。走るという漢字がこれ以上ない程、あてはまる月。ただでさえ年末で慌ただしいのに、クリスマスやら冬休みで浮かれる時期。
自分もいつもとは少し違う会社の仕事で、年の終わりの月を実感する。
今年、お世話になった方への挨拶回りや来年の年明けに向けての準備など。
それに加えて、忘年会。
12月に入ってから既にクリスマスムードになり、動き回っているうち 知らぬ間にクリスマスを迎えようとしていた。
少しは、カオリさんと仲良くなれた気がするが、流石に四人で楽しいクリスマスを過ごす事は難しそうだった。
一度ユウさんと話をしたが、今年のクリスマスは店を休み、奥さんと出掛けるらしい。色々あったユウさん夫婦。大学生になった息子さんが、仲良くいて欲しいとの思いで一泊旅行をプレゼントしたそうだ。
クリスマスは、それぞれが色んな想いで過ごす事になりそうだった。
静かなクリスマスイブ。
自分がクリスマスイブに何も予定がない事を知っていた、会社の同僚が飲みに誘って来た。あまり気乗りしなかったが、その同僚は年明け1月いっぱいで会社を辞める。前からわかっていた事だが、自分がこの街に来てから一緒に仕事をやってきた同僚。実家が酪農をやっていて牛やら馬やら飼っている。その実家を継ぐ事になった。実家は隣町。会えない事は無いが農家、特に生き物を飼っている農家は大変な事も知っていたので、付き合う事にした。
クリスマスイブに独り者同志、楽しむ事にした。クリスマスという事で焼き鳥屋で一杯やり、意外と空いていたスナックのハシゴ。まぁ、いい気晴らしには なった。
冷たい風が吹く中、一人歩いて帰る。
たまたま帰り道にアキさんの店[After -eve ]が近くにあった。道路を一本挟んだ所だった…… が、その位置からでも見覚えのある赤い車が見えた。
ライトを点けたままで。
目立たない様、そっと近づく。
お店の入り口で、アキさんとカオリさんが何やら…… 立ち話をしていた。
あまり近づかなかったので、流石に二人の表情や声は、わからなかった。
ただ前の様な感じには見えなかった。
カオリさんが泣いてる感じも無く、割と普通に会話してる雰囲気。
もう夜も大分更けてきて気温も下がりお酒を飲んだ自分でさえ、身震いするほど寒かったが二人は何事も無い感じで話をしていた。
と……
アキさんがカオリさんを抱きしめた。
驚いた自分。
別に嫉妬した訳じゃない。
アキさんの感じからカオリさんを受け入れる事は、なさそうだったのに……
アキさんの方からカオリさんを抱きしめた事に驚いた。
カオリさんに頼まれたのかな?
でもカオリさんの仕草から、そうは見えなかった。
カオリさんとアキさんが抱き合ったまま……
自分は、そっとその場を後にした。
抱き合ったまま、動かない二人を見ていると正直…… 嫉妬する自分も……
色んな想いがある自分の胸の内だが、その時は何も考える事は、やめた。
クリスマスイブの夜。私(カオリ)は、迷っていた。吹っ切るはずが…… マコと話をしたせいで……
もう一度だけアキさんに気持ちを伝えたい。それでもダメなら忘れようと。
クリスマスイブの日に、言うべき事?
でも正直今年のクリスマスは、何も無い普通の日と同じ。散々、迷った挙句アキさんに会いに行った。
もう、あと一時間位でイブも終わる時間に……
こんな時間なのに店の中に明かりが、少し付いていた。窓越しにアキさんが、忙しなく動いていた。車のライトを点けたままだったので、その灯りにアキさんが気付き外に出て来た。
「ごめんなさい。こんな夜に」
「大丈夫だよ。色々やる事あったから」
「時間とらせないから…… やっぱり私じゃダメ? これが最後、だから…… 」
一度だけ、頷いたアキさん。
「待っていたい…… これは私の意思。アキさんには関係ない」
「うーん。そう言われると何も言えない」
困った顔のアキさん。
「マコがね…… 私の事…… アレなんだけど、私は断った。でもマコは私の事、見続けて気に掛けてくれてる。だから私もアキさんの事、見続ける。私はワガママで自分勝手だから…… アキさんが何と言おうと…… 」
「まだクリスマスイブだよね? 過ぎたかな? まっいいか。メリークリスマス」
そうアキさんが言って……
私を抱きしめた。
声が出なかった。私の方から抱きつく事は、今迄あったけどアキさんからは初めてだった。
涙が…… 出てきた。嬉しいのに。
私も思いっきり抱きしめた。コートを着ているのにアキさんの鼓動を感じる程、強く強く抱きしめた。
何故、アキさんが突然抱きしめたのかは関係ない。私の気持ちに応えた訳じゃ…… 
それでもよかった。一瞬だけでも、あんなに遠く感じてたアキさんに近づけた。
たとえこれが最初で最後でも……
私は、自分の想いを全て伝え 後は、もう私がするべき事は一つだけ……
『待ってます。アキさん』
雪も降らないクリスマスイブ。
冷たい風が吹いているクリスマスイブ。
でも、おかげで澄んだ夜空に星が輝いて…… そして……
イブが終わりクリスマスを迎えた。
                            
                         第6章    終
                         bake  第7章
12月25日を過ぎると流石に、この小さな街もそわそわ感が出てくる。
いつもより買い物に出て来る人も多いし、家の周りを綺麗に掃除したり。
最後の一週間は、落ち着きがまるで無い様子。こんな小さな街でも。
色んな事があった一年。楽しい事も苦しい事も。新たな職場で多くを経験し、沢山勉強させてもらった。
どちらかというと、楽しい事が多かった一年だったが……
最後の最後、クリスマスイブの夜は……
嫌な思いでは無い。悲しい訳でも無い。
ただ…… 少し微妙な、気持ち。
やっぱり自分は、カオリさんが好きなんだと実感させられた気がした。
クリスマスも皆んなで会う事が出来ず、このまま年を終える寂しさも重なり。
30日から実家に帰省するので、年越しも皆んなに会う事も無いし。せめて今年最後くらいは、皆んなに会いたかった。
そんな時、珍しくアキさんからメール。
(マコちゃん帰省するんでしょ、正月。じゃあ、帰る前に皆んなで会わない? )
皆んな⁈
カオリさんもかな? と、言うことは……
ん? もしかしてアキさんと上手くいったのかな?とりあえず返信する。
(皆んなって、皆んなですかね? 勿論、自分は大丈夫ですけど)
(皆んな。ちょっと面倒なお嬢様が、いるけど俺が何とか引っ張ってくるから)
面倒…… また微妙な言い回しを。
でもアキさんとカオリさんは、何とか上手くいきそうって事ですかね。
29日、昨日で今年の仕事も終わり今日は朝から部屋の片づけ。実家にお土産も買い帰省の準備を終わらす。
よし! 今日は、思いっきり飲んで久々に四人で楽しむぞ!
夜、ユウさんの店[ピッグペン]へ。
[本日、貸切!]
入り口のドアに紙が貼られていた。
ユウさん頑張ったなぁ〜〜。まだ今日ぐらいは稼ぎ時だろうに。
店に入る。誰も居ない。
奥からユウさんの声が。
「ご馳走作ってるから、ちょい待っててね。アキたちもそろそろ来ると思うし」
既にテーブルには、料理があるのに。気合い入ってるなユウさんも。
ユウさんも席に着き、少し話ながらアキさんたちを待つ。
カオリさん来るのかな? と思ってたら
ユウさんが、
「ん〜〜 遅いな。カオリ渋ってるのかな? 」
「どうなんすかね? あの二人」
特にその言葉に、何かを言う訳ではなく首を少し傾げるだけのユウさんだった。
カラ〜ン と音がしてアキさんが入ってきた。アキさんだけ? と思ったらその後からカオリさんも入って来た。恥ずかしそうというか照れくさそうという表情をしながら。 
店の真ん中に置いたテーブルに、四人が席に着いた。
久しぶりだ。ただ素直に嬉しかった。
ユウさんが、冷蔵庫からシャンパンを出してきて音を出しながら栓を開けた。
「クリスマス過ぎたけど、折角だからさっ! 」と言いながらシャンパンを注ぐ。
シャンパングラスでも無くワイングラスでも無く、ロックグラスに。
「シャンパングラス無いの? せめてワイングラス出してよ〜〜。気分出ない」
カオリさんの初めての声が、グラスに対する愚痴。
「クリスマス終わったんだから気分なんて関係ないだろ。ワイングラスは洗うの面倒だから。飲めればいいんだよ! 」
ユウさん…… 飲み屋のマスターが言うことでは無いと思いますが……
いつ以来だろう、四人での乾杯。
自分の今年の色んな思い出には、必ず四人での乾杯があった。またこうやって乾杯出来るなんて。
「今年、一年お疲れ様でした。マコちゃん! この街に来てくれて俺達に付き合ってくれてありがとう。カオリちゃんも、まっ、色々あったけど仲良くしてくれてありがとっ! ユウちゃんも、ん〜ん〜まぁいいや。ありがと。じゃ乾杯! 」
珍しくアキさんが乾杯の音頭を。
「かんぱ〜い! 」皆んなの声が店内に響いた。
アキさんが、改めて『ありがとう』なんて言ったので、自分も思わず、
「こちらこそありがとうございました。
こんな、よそ者の自分を温かく相手して貰って。おかげで楽しい一年でした。来年も宜しくお願います」
「なんか、キモっ! マコが真面目に話すとキモいんですけど〜〜! 」
久しぶりにカオリさんのキツいツッコミを食らったが、ちょっと嬉しかった。
ユウさんの美味しい料理を食べ、四人で飲む楽しいお酒を飲み最高だった。
アキさんが持ってきた物を出す。
パン。アキさんのパン。
少し捻れた形のパンだった。
「なんか綺麗な形。花っぽい。何て言うパンなの? 」
カオリさんが訊いた。
「クノーテンと言うパン。バターと砂糖が少し多い甘めのパン」
「何か、意味あるんすか? このパンには」意味の無い物を作らないアキさんなので訊いてみた。
「クノーテンの意味が『結ぶ』。だから生地を結んで作るパン、それだけ」
アキさんが答えてる最中に自分とカオリさんは、既にパンにかぶりついていた。
「うまっ! 少し甘くて、んっ細かいアーモンドみたいなのが入ってます? 」
「うん。シナモンとか入れるのもあるんだけど、今回のはアーモンドパウダーと細かくしたアーモンドをアクセントにして入れてみた」
「美味しいっす」
「マコさ〜〜、今年一年アキさんのパン、食べて来たのにさ〜〜。美味しいに決まってるでしょ! 当たり前の事、言わないでよ! 」
その通りです。アキさんのパンを食べる度に感動した一年でもあった。
楽しい時間は、あっという間。名残惜しさしか無かった。
アキさんが、
「マコちゃんさーー、カオリちゃん送ってくれる? 」
へっ? 自分が…… ですかね。
「アキさんが、送って〜〜 」カオリさん。
「ごめん、ちょっとユウちゃんに用事あるから」
「え〜〜、じゃ〜〜 用事済む迄待ってる」
「ごめんねーー。大事な用事なんで。そういう事なんで、マコちゃん頼むよーー 」
そう言われたら…… カオリさんも渋々帰る事に。
帰り際、アキさんが自分に、
「気をつけてね。カオリちゃんの事、頼むよ! 」と、肩をポンと叩かれた。
帰り道
「何か、今日のアキさんいつもと違ったような…… 何かありました? カオリさん」
「あった! ……って言いたいけど。ない。久しぶりに皆んなで会ったからアキさんも嬉しかったんじゃ? 」
「アキさんとは…… 少し距離、縮まりました? 」
「わからない。でも信じるしかないかな?上手くいくって」
「頑張って下さい、カオリさんらしく」
「何? マコは、もう私の事 諦めたの? ん〜〜 それはそれで何か悔しい」
「悔しいって。じゃもう少し粘りますかね」
「ストーカーだ! 助けてください〜〜 」
結局、からかわれるのがオチなんですよね。
「明日帰るの? 気をつけてね。……ありがとねっ、今年一年。良いお年を」
らしくない言葉を残し、カオリさんは家に帰った。
翌日。
来年も宜しくと、この小さな街に言い残し自分もこの街を出た。
平穏に実家でお正月を過ごし、また今年もお世話になるこの小さな街に戻って来た……
雪が…… ぼたぼたと降り、やがて雪が雨に変わった。冬なのに…… 雨って。
自分にとって…… 雨は……
何日か前まで居た所なのに…… 何故か初めて来た街の様に、なにかが…… 変わった様な……
                          第7章     終
                        bake  第8章
景色は、すっかり雪景色。なのに季節外れの雨。道路は雨のせいでシャーベット状の雪になっていた。年明け早々、気まぐれな天気に悩まされる。
早速、新年の挨拶とお土産をと思いアキさんの家に行った。
しかしアキさんの車が無かった。店の前は、車の跡も足跡さえも無く薄っすら積もった白い雪を雨が溶かしていた。
お正月から何処かへ行ったのか……と思いユウさんの所へ。
夕方に差し掛かる時間だったが、ユウさんは店に居て掃除をしていた。
ユウさんに新年の挨拶を、
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
「おめでとう、こちらこそ宜しく」
「今日から店、開けるんすか? 」
ユウさんにお土産を渡しながら。
「おっ、わざわざありがと。店は、明日から。掃除しないとね」
「アキさんは、何処か出かけてるんすか? 」
「ん〜〜 みたいだね。暫くは…… 居ないかな? 」少し、歯切れの悪そうな言い方でユウさんが言った。
しばらく…… か〜〜。
「用事あった? アキに」
「いや、お土産を…… 」
「そっか」
「ちなみにカオリさんの分もあるんだけど…… うーん」
「なに? 連絡すればいいじゃん。居ると思うよ、カオリは」
何と無く年明け早々、カオリさんに連絡する事に、戸惑っていた自分。
やはりクリスマスイブの夜から、何処か遠慮気味になっていた。
「カオリ? あっおめでとう。今、何してるの? 店にマコちゃん来てカオリにお土産持って来たらしいぞ! ん? あ〜わかった」
ユウさんが勝手にカオリさんに電話した。
「来るって! 貰えるものは貰うとさ」
意外と早くカオリさんが来た。
「うぃっす! おめでと。今年は、『へタレマコ』卒業しなさいよっ! お土産は? 」
「そんな事言う人には、お土産は渡しません! 」
「あっそぅ! 別にいいけど。新年早々、マコと会うのが最後になりそうだね」
「あぅ。また、すぐにそう捻くれるんだから〜〜 はいどうぞ、今年もよろしくお願いします」
「ありがと! こちらこそよろしくお願いします」
「ねぇ、ユウさん? アキさんいつ帰って来るの? 」
「さぁー暫くは、ゆっくりするらしいし」
「何処行ったの? 」
「姉夫婦の所って言ってたかな〜〜 」
「あ〜〜ぁ、初詣、一緒に行きたかったなぁ。さっ! 貰う物貰ったから帰るかな! 」
「もう帰るんすか? 」
「帰る。さすがに正月は、お酒飲み過ぎたから今日ぐらいは、ゆっくりするかな。アキさん帰って来たら遊んであげるわよっ! 」
「うわ〜〜 すげ〜〜 上からですね」
「そりゃそうでしょ。コクってきたへタレと同等にしないでっ! 」
「あぅ! 新年早々キツいなぁ〜〜 」(笑)
この街に帰って来た時に感じた変な違和感は、勘違いだった様にユウさんとカオリさんと楽しく話せた。
冬に雪ではなく雨が降ったのに、何も無かった。
去年は、何かあるたび雨が降っていたのに……
正月休みも終わり、今年の仕事が始まった。
ただ、まだアキさんは帰って来なかった。
年明けの仕事。それはそれで何かと忙しかった。
そんな中、メールが……
(ねぇ、アキさんまだ帰って来た気配ないんだけど…… 大丈夫かな? )
カオリさんが心配になって自分に。
確かに、年が明けてもう一週間以上経っている。でも、何かあればユウさんには連絡行くだろうし。
もう少し様子を見るしか出来なかった。
ただ変わらない日々が続いた。
もう15日。
15日と16日は、アキさんにとって大事な日。おそらく亡くなった彼女の所へ毎月、毎月行っているのだろうと勝手に思っていた。明日が過ぎれば…… 多分アキさんは、戻ってくる。
1月17日。
カオリさんが電話してきた。半分泣きながら……
「何で? なんで、帰ってこないの? ねぇ、マコ? 」
自分にそう言われても…… でも気持ちは、わかったというか自分も同じ気持ちだった。
アキさんの店へ。
お店の駐車場が、雪ですっかり埋もれていた。何か…… 嫌な感じがして、その場で茫然と……
「マコちゃん…… 」
カオリさんが来た。
やっぱり二人とも気になってしまい、ユウさんの店へ。
勿論、まだ店が開く時間では無い。
ドアも閉まっていた。カオリさんが電話してユウさんに開けてもらった。
暗い店に入ると同時にカオリさんが、
「ねぇ! 変だよ。何か知ってるの? アキさん何処なの? ねぇユウさん! 」
ユウさんは……
静かにテーブルに積まれていた椅子を下ろし…… 自分らに座らせた。
「アキは、……もう帰って来ない」
えっ、何を言ってるんすか? ユウさん!
カオリさんも突然の事で、声がでない。
「実は前から、アキには言われていた。まだアキは、ツラいって。もう少し一人で、色々整理したいって。年明け早々、マコちゃんとカオリに言うのは悪いから、少し後で言ってくれって」
「でも…… 帰ってくるんでしょ。そのうち帰ってくるんだよね? 」
カオリさんがユウさんに詰め寄りながら。
「わからん! それは、アキ次第! 」
カオリさんは、それ以上ユウさんを責めずに店を飛び出した。
自分は、ユウさんに詳しく話を聞きたかったけど
「マコちゃん。カオリ…… 頼む。アキも、そう言ってた」
ユウさんも凄く辛そうだった。
とりあえず、自分も店を出た。
カオリさんは、とっくに居なかったが 
行き先は……
[After-eve ]
膝下まで積もってる雪を進み、店のドアと自宅用のドアを開けようとするカオリさん。開かないドアを目の前に、茫然としていた。
何かを…… つぶやきながら。
自分は、店の窓を覗いた。
キレイに並べられていた、革製品もパンが並べられていた大きめなダイニングテーブルも…… 何もかも、無かった。
あまりの光景に、自分もカオリさんさえも…… 感情が出ない程。ただ立ち尽くすだけだった。
『何故? なぜ何も言わずに…… アキさん。
……ひどいですよ、アキさん』
壁際の雪の中から、ボードが見えた。
おもむろに取り上げた。
「本日のパン  売り切れました」
と、書かれたボード。
とても見覚えのあるボード。
このボードで、何度アキさんのパンを食べ損なった事か……
ボードの裏に、何か描かれた痕が。
掠れた文字を目を凝らして……
「何、見てるの?」 カオリさんが感情を無くしたままで訊いてきた。
「何か、書いてありますよね? A.f.t.e…rかな? 」
「After-eve でしょ! 」
「いや、でも何か長いんですよね? After e.v.e…ん? y.t…hin…g? かな? 」 
「何? もう一回言って! 」
カオリさんが、白く積もった雪に書き出した。
「eve    ything? かな。変だな、ちょっと調べます」
スマホで似た単語を調べようと……
『everything』
「『After-everything』ですかね? えっと直訳すると…… 『すべての後』かな? 」
「えっ、これが本当の店の名前とかですかね? 」
「第2候補じゃない? 私には「イブの後』って意味って言った様な…… 」
「え〜! 自分には、アフタヌーンからイブニングの営業時間だって…… 」
お互い目を合わし……
「やられましたね。二人とも」
「く〜〜っ! 最後の最後まで騙しやがって。あのパン屋め〜〜! 」
「やっぱりただのパン屋じゃないって事で…… 」
「コラっ! マコのくせに、パン屋って言うなよ! アキさんの事」
……
カオリさんは、一人で歩き出した。
すぐに振り返り、
「行かないの? 」と訊くカオリさん。
「何処? 」
「ユウさんとこに決まってるでしょ!
パン屋の悪口、言いながら飲むの! 行かないの? 別にいいけど」
「……行きます。お供します。とことん」
[After-everything]の店の前には、自分とカオリさんだけの足跡だけが残っていた。
いつまでも……
                        
                       第8章     終
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