After-eve 〈完全版〉

本宮 秋

forming

                    forming 第1章

紅葉が散りはじめ、寂しさを感じさせる季節。冷たい空気が漂い始める秋。紅葉の色鮮やかさに見惚れていたのも束の間、物悲しい気持ちになる晩秋。

季節だけが寂しさを醸し出す訳では無く。
自分の気持ちが、ただ寂しいだけなのかもしれない。
ついこの間までは、あんなに楽しく時間を過ごせていたのに。
自分の勝手な思い過ごしだけなんだろうか?自分が抱いている気持ちを抑えきれないだけなんだろうか?

この小さな街に来て初めて、切なさと淋しさを味わった気がする。
何もわからない、誰も知らないこの街に来て素敵な人達に出会い、この街の良さを知りこの街に慣れ、落ち着いてきたのに。
慣れ親しんできたからこそ、寂しさを感じる様になったのだろうか。
そして もっと楽しく、もっと仲良く、という欲が出てきたせいだろうか?

正直、アキさんユウさんの本音が知りたい。
カオリさんともあれ以来会っていない。段々と会うきっかけを見失っている。普通に会えば何て事ないだろうに。
先生 (マサユキ) に嫉妬なんだろうか、駄目だな自分は…… 器が小さくて。カオリさんの事 好きなのに、それすら表現できずに……

大人になればなるほど、素直に表現できない。見栄や安いプライドが、気持ちを抑制してしまう。ある意味経験上からくる自己防衛なのだろうが……
 
ただ黙々と仕事をこなす日々。
一時の忙しさからは、解放され仕事も落ち着いた感じ。段々と冬に向けての準備を始める仕事先の人達。人も畑も賑やかさを失っていき始めた。

そんな落ち着きが出始めた時。

訃報が……

仕事先の大事な顧客であり、自分に釣りを教えてくれ、公私共に仲良くさせて貰ってた農家の三代目。
その三代目のお父さんが、事故に遭い亡くなってしまった。
三代目は自分と歳は、あまり変わらない。
その父親が亡くなると言う事は、自分の父親を亡くす事の様なもの。自分の父親もそれなりに歳は取ってはいるが、いざ失うまでは想像できない。
まだまだ元気で、三代目に仕事を教えながら現役でバリバリ働いていたのに。

三代目、大丈夫かな?

早速、会社から手伝いに行く様に言われ急いで三代目の所へ。
お通夜や告別式は、まだ後になる様なので急ぎの手伝いは無かった。
意外に三代目は、落ち着いていた。

「わるいね、マコちゃんまで手伝いに来てくれて」

「この度は、何て言ったらいいか…… 突然で。三代目も…… 」

三代目のお父さんにも、良くしてもらってたので…… いざここに来ると何も言えなくなった。

「しょうがないよ…… 事故じゃねーー 今年は、夏に水害があったりして忙しかったけど、やっと落ち着いてきた矢先…… 」

流石に話を始めたら、辛そうな三代目だった。

「親父さん一人で車、乗ってたんですか? 」

「そう。仕事落ち着いたから一人で病院行った帰り。まさかね、事故に巻き込まれるなんてね」

賑やかな三代目の家族一家だったのに、静かでひっそりとしていた。元気な子供達も。

近所の農家さんや親交のある人達も沢山来たおかげで、自分達がお手伝いする事は余り無かった。
それだけ三代目のお父さんが、周りの人達に信用され親しまれていた証。

三代目は、集まってくれた人達に一人ずつ丁寧に頭を下げていた。お通夜も明日になったので、気を遣わせないよう自分達は会社に戻った。
帰り際、三代目の広大な畑を見て、これからは三代目が一人でこの畑をやっていかなければいけない……
そう思うと、より一生懸命仕事やらねばと自分に言い聞かせた。

ツラい夜だった。
もし自分がそういう状況になった時、三代目の様にしっかり対応出来るのだろうか? 誰にでもいつかは起こり得る状況。

家族では無いが、アキさんはその状況と変わらない事を二度も経験している。
それも愛した人を……
自分には計り知れない辛さが、あって当たり前。体を壊しても、しょうがない。
早々、忘れられない、引きずっていて当然。

でも今は、一生懸命生きてる。

みんな凄いな。

久々に実家に電話を掛けた。

次の日。夕方からお通夜に出る為早めに会社を出る。
沢山の人達が来ている為、会社の方で少し手伝いをする事になり、駐車係のお手伝いを。
小さな街のお寺が、車でビッシリ囲まれていた。
そんな中、ユウさんが来た。
「ご苦労さん、マコちゃん。参ったね、突然で」

ユウさんも三代目の事は、良く知っていたのでショックを受けていた。

お通夜も告別式も滞りなく……
三代目は、常に気丈に喪主として対応していた。

ただでさえ寂しい気持ちの自分だったのに悲しい出来事があり、より寂しく。

夜、アキさんの店に行った。

アキさんは、一人で革にミシンを掛けていた。
ミシンの音が響いていたが、アキさんはとても静かに作業をしていた。

「お葬式行って来たの? 大丈夫? マコちゃん」

自分を気遣ってくれるアキさん。
自分がアキさんの店に来た理由を察して、気遣ってくれている。

「アキさんは…… つよいですよね」
思わず、アキさんの辛かった過去が過ぎり言ってしまった。

「ん? 何が? 強くは無いけど」

「あ、いえ。すいません。何か色々ツラくて…… つい」

「強い人なんていないよ。みんな同じ。もしオレが強い人間なら、こんな生き方してないよ」
やはり自分の気持ちを察してくれてるアキさん。

「自分は、あんなにしっかりしていられるのだろうか。自信無いな〜〜 」

「しっかりする必要は、ないんじゃ無い?  自分の経験から言えば、大事な人になればなる程その場は、意外と普通な感じだった
。勿論、その後はすごく悲しいし、辛いけど」

説得力があった。
ユウさんから聞いた話で余計に……

こんなに穏やかな感じに見えるのに、心の奥ではツラい日々を送っているアキさん。

自分は小さな事に拘り、つまらないやら寂しいやら愚痴ってばかり。

情けない。

「アキさん! 自分、カオリさんの事…… 好きです。でもアキさんとカオリさんにも上手くいって欲しいんです。矛盾してるけど…… アキさんは、カオリさんでは駄目なんすか? 」

言ってしまった。何を言っているんだ自分は……

「おーー、やっと言ってくれたか。じゃ、これからはライバルって事で宜しく! 」

アキさんが手を止めて言った。
……ん? やっと言って? って。
そんなに自分、バレバレでしたかね?

「マコちゃん! ライバルは多そうだよ! あの幼馴染の先生やら役場の人やら」

先生か〜〜。えっ、役場の人? 知らなかった。
流石、女王! 男を惑わしますな〜〜。

でもアキさん。
どうみてもアキさんに勝てる自信が……
ないっす。せめて少しハンデを……

                       第1章       終

                 forming  第2章

ツラい時間、悲しい時間、寂しい時間。
ここ最近は、そんな時間ばかり過ごして来た感じだったがアキさんの所へ行き、アキさんに声を掛けて貰い、何故か勢い余ってカオリさんに対する気持ちまでアキさんにさらけ出してしまった自分。

自分で言っておきながら凄く後悔している。
ただ何と無く、気が楽になった感じがした。やっぱりアキさんの店に行って良かった。

なんだろ…何故かアキさんの店 [After-eve] は、心を落ち着かせてくれる。
逆にユウさんの店 [Pig pen] は、ワクワクというか心踊らせてくれる。

あの二人は、絶妙なバランスというか互いに補い合ってるというか……

そこにまたタイプの違う、カオリさん。

改めて良い関係だなと思った。
そこに自分が居られるだけでも有難いのに、生意気にも人の事アレコレ言うなんて。

よし! 一度カオリさんと、じっくり話そう! アキさんにカオリさんへの気持ち言ってしまった事だし……

無論! カオリさんに告白する気は毛頭無し。ヘタレの根性無しですから……

数日後、仕事帰りコンビニに寄った。
ふと、すれ違った男性。ん? あーー、幼馴染の先生だ!
何と無くやり過ごそうとしたら、向こうから話しかけて来た。

「あれっ、カオリの友達の方ですよね? 」

カオリですか…… まぁ幼馴染なら呼び捨てですよね普通。

「あーー ども、先生でしたっけ? 」
ワザとらしく訊く自分。あ〜〜 やっぱり器が小さい男だ、自分は。先生である事も小学校勤務である事も幼馴染である事も初恋? 相手である事も全て知っておきながら……

「カオリが、心配してましたよ! 最近、元気無いって。今度三人で、ご飯でも行きましょうよ。カオリ喜ぶと思うし」

三人ですか、むぅ。
ん〜〜 幼馴染とは言え、カオリ、カオリと 気になる。
と言うか本音は、気に触る!
でもしょうがない関係性なので、グッと堪え…… アキさんユウさん! 自分大人の対応してるでしょ。やれば出来る子なんです。

と、自画自賛してた矢先。

「先生は、カオリさんの事どう思ってるんすか〜〜? 」

駄目でした。
まだまだヒヨッコです。
気持ち的には抑えていたつもりが、勝手に口が言ってしまった。

「唐突ですね。カオリの事、好きなんですか? 自分は、好きですよ ずーっと」

唐突と言った割には、さらっと好きですよ。と言う先生。むぅ、やはりそうか。

「好きと言うか、嫌いじゃないけどカオリさんが好きな人と上手くいってほしいなと…… 」 
みなさん、何も言わないで下さい。
わかってますよ、ヘタレなんです! 自分は。

「あーー あのパン屋さんの人? でも向こうはその気無いんでしょ! 」

むぅ! パン屋さん⁈ と呼びますか。それに何か気になる言い方。少なくてもカオリさんは、そんな風には言わない筈。

駄目です、アキさんユウさん! 自分大人になりきれないみたいっす。この先生、苦手です。好きになれません。

苦笑いを浮かべながら
「じゃまたーー 」とだけ言ってそそくさとコンビニを出た。
情けないな〜〜 自分は……
ずっと情けない"ヘタレマコ"のままなんだろうか?

何も買わずにコンビニを出た為、晩御飯……どーしよ。

ユウさ〜〜ん 何か食わせて下さい!

その足で、ユウさんの店 [ピッグペン] へ向かった。

最近来てなかったなぁと思いながら店のドアを開けた。
カウンターに座るなり
「腹減ってるんで、何か食わせて下さい。何でも良いんで。とにかく何か食いたいというか、食らいつきたい気分なんです」
鼻息荒めの自分。

「なんだ? 威勢が良いなーー 今日は」
ユウさんが、腕まくりしながら自分の気持ちに応えてくれるが如く、作り始めてくれた。

と、後ろから肩を叩かれる。

ん? と振り返ると……

カオリさん!

「えーー、いつの間に? 
びっくりした〜〜 」
思わず声がでて、体も仰け反ってしまった。

「なんでそんなにビックリすんの? 何? 会いたくないの私に! 」

「ち、違いますよ。突然なのでビックリしただけですよ〜〜。居たんですか? 」

「居たよ〜〜 居て悪い? トイレに行ってただけなのに」
そう言いながら隣に座るカオリさん。

「一人っすか? あれっ、さっきコンビニで先生に会いましたよ? 」

「ふ〜〜ん、そっ。今日は一人だけど」

「最近、カオリ一人で来るんだよ。多分マコちゃん待ってたんじゃ? 」
調理をしながらユウさんが言った。

「マコちゃん待ってる訳無いじゃん!
ただ一人で飲みたかっただけ! ヤメて変な事言うの」

なんとなく、微妙〜〜な気持ちになった自分。ちょっとニヤケそ〜〜。

「ちょっと! 何、変な顔してんの!
キモッ! 」席を1つ離れるカオリさん。

えーー、自分でも気をつけてたのに。ニヤケ顔を堪えたから変な顔になったのか〜〜?
でも相変わらずキツいっすね! カオリさん。ただ何か、懐かしというか嬉しいというか。

「マサユキの事、気になる? 」
カオリさんが自分の顔を真っ直ぐに見ながら……

「……少し。カオリさんは、先生の事は本当に、その……す……好きと言うか、そう言う気持ちは無いんですよね? 」

「無いよ! あったり前でしょ? わかってると思ってたのに…… マコちゃんは」

「……でも…… 先生が、そうじゃ無かったら? 」

「変わらない! 何も変わらない! マサユキが告ってきたら、ふるだけ! ただそれだけ」

真っ直ぐ目を見ながらカオリさんが言い放った。初めてカオリさんの真っ直ぐな目と目を合わした気がする。

ドキっとした。

「マサユキとそういう風に見える? ん〜〜、見えるから少しマコちゃんに拒否られてたのか〜〜 」

「拒否ってないっすよ! ちょっとカオリさんと先生の間に入りづらかっただけっすよ〜〜 」

「そっ、ごめんね。ならいいや」

とだけ言い、お酒を飲むカオ……リ…… ん?お酒じゃ無い! ジュ、ジュース⁈
嘘だろ!
あっ、カクテルかな? 一応訊いてみる。

「それ何飲んでるんすか? カクテル? 」

「ただのジュース」

一瞬、時が止まった感じがしてその後、椅子から落ちそうになった。

「明日、雨っすかね? ユウさん」

「おっマコちゃん言うようになったね〜〜 でも…… いいのかな? 知らんぞ俺は」

「へっ? 」チラッと横目でカオリさんを見る…… うっウソっ! ヤバい。

静かにカオリさんがこちらに近づいていた。

手にはガラスの灰皿を握りしめて……


                         第2章      終

                   forming  第3章

幾つになっても人付き合いは、難しい。
大人になっても、小さな街であっても。
体裁、見栄、欲、と本音のせめぎ合い。
どんなに仲が良く信じ合える間柄であっても、多少の本音と建前は生じる。
問題は色んな事があった時、上手く切り替えが出来、大人の対応が出来るかどうか……
まだまだ未熟な自分は、些細な事に拘り自分の気持ちを表現できず、ただ悩む。
他から見れば、大したことでは無い様な事に……

実際、今回も素直な気持ちでアキさんの店に行き、食欲を満たす為の本能的行動でユウさんの店に行った。
その結果、会い辛さがあったカオリさんとバッタリ会った。
初めから素直になってれば、もっと早くこの些細な悩みも解決出来、楽しい生活が送れていたのに……

やはり思っていた通り、カオリさんとは直ぐに普通に話せる事が出来た。

ホッとした表情とカオリさんやユウさんと楽しく会話出来てる自分の様子を見て、ユウさんが言った。

「こんな事、言ったらアレだけど…… 大浦さんのオヤジさんに感謝だなマコちゃん」

大浦さんは、三代目の名前。

確かに三代目の親父さんが、亡くなって色々考えさせられたし、寂しさと悲しさからアキさんの所に行った訳だし。

「大浦のオヤジさんは、人付き合い良いし面倒見も良かったからなーー 見習わないとな! マコちゃん」
ユウさんが、少し俯きながら……

ふと気付くと、色んな料理が並べられていた。作り過ぎですよ、ユウさん。

ユウさんも久々に、自分とカオリさんが居たせいか張り切ったみたいだった。
もうちょっとしたパーティー気分。
アキさんも居たらな〜〜 と思う自分。

「アキさん仕事終わったかな? 」
同じ事を考えていたカオリさん。

「店は閉めただろうけど 最近何か一生懸命作ってるからなーー 革製品。来ないだろ」ユウさんが言った。

「あ〜〜ん。アキさん、私の事 嫌いになっちゃったかな〜〜? ふしだらな女に見られてるかな〜〜 困ったな〜〜。マコっ! ちゃんとアキさんに説明してよ! 」

「いやいや自分で言って下さいよ。貴方の事でしょ〜〜。あっ、それから役場の人からもアプローチあるんすか? 」

「無いよ! ヤメて! あり得ない。何で知ってるの? 」詰め寄るカオリさん。

「アキさん…… が、」カオリさんに詰め寄られポロっと言っちゃう自分。

「あちゃーー、最悪! どうしよ、ねぇどうしたらいい? 」流石に動揺するカオリさん。

「いいんじゃねぇ! カオリがしっかりしてれば。ま、先生の事はちょっとアレだけど。『私、モテ期きちゃったかも』とか言えば? ぷぷぷ」

冷やかすユウさん。
絶句状態のカオリさんを見て自分も冷やかしてみる。

「ふしだらな女でごめんなさい! とか言ってみたら? ふふふ」

また…… ガラスの灰皿を手にするカオリさん。
何で〜〜! 冗談に決まってるでしょ?
ユウさんに乗っかっただけでしょ〜〜?

カオリさんは、そっとガラスの灰皿を置き……
「おぃ!ジジイ! お、さ、け!
早く出してよっお酒! いつまでもこんなジュース飲ませやがって、全く! 」

怒りをぶつける所が違うと思いますが?
ジュースは貴方が頼んだんでしょ!
ジジイって! アキさんと同い年ですよ!
分かってます? カオリさん!

そう思いながらも自分とユウさんで、慌ててお酒を作りお出しする。
二人とも少し、はにかんだ笑顔で。

くぅ〜〜とお酒を飲み、

「大体さぁ〜〜、パン屋も少し悪くない〜〜? 」

あーー、アキさんをパン屋と言い出すと厄介なパターンです。

「いい加減さぁ受け入れても良いでしょ?ダメなの? 私じゃ。マコはどう?
わ、た、しは? 」

「えっ、わたしは? と言われても何がですか? 」
うわーー 聞かないで下さいよ! 今は。
あたふたするじゃないすか……

「だって前にさぁ〜〜 マコ、私の事好きだけど…… って言わなかったっけ? 」

ぶーー! 何、いきなり。あっーー あれだ!

「あれは、そうじゃなくて…… アキさん
一途なカオリさんが…… って事っすよ! 」

自分も忘れてた事、記憶力良いんだよな〜〜 どうでも良い事の記憶が……

「まぁどっちでもいいけど。なんだろな〜〜、あっ実は男に目覚めたとか? 何かマコに対して優しいじゃん」

カオリさん…… くだらないです。
というか、どっちでもいいって事の方が気になるんですけど?

「もういっその事、押し倒すか? 既成事実作るしかないでしょ。ちょっとアッチの方は、自信あるし…… テヘっ! 」
舌を少し出し、片目を瞑りながら……

エロエロ女王 降臨! ですか?

「カオリさん前、自分は恋愛は真面目で純情だって言ったじゃないすか〜〜。そんなんじゃアキさんドン引きっすよ〜〜! 」

「しょうがないじゃん。打つ手無いんだから。でもな〜〜 色仕掛けは、効果無いか〜〜? マコとは違って! 」

むぅ! 悔しいが…… その通りなので言い返せない。

ユウさんの電話が鳴る。
……
……
「アキが来るって! 丁度、マコちゃんとカオリに用があるって」

「え〜〜 ホント? ヤバい、用ってあれかな? ん〜〜 とうとう今夜、結ばれる? って事だよね。マコちゃん! 」

カオリさんが……違う世界に行っちゃってます。

「違うと思いま〜〜す! 自分にも用があるって言ってるんだから。妄想から戻って来てください! カオリさん! 」

「ノリわる〜〜 相変わらず。つまんないな〜〜 マコは。って言うかマコ帰ったら? 邪魔! 」

キツイっす、カオリさん。

「今晩はーー 」

アキさんが来た。何やら荷物を抱えて。

「アキさ〜〜ん。私はアキさんだけだからね! わかってね」
今迄とは、別人の様な声のカオリさん。

「ん? あーー、はいはい。これ、二人にプレゼント。気にいるかどうかわからないけど」
そうアキさんが言いながら、自分とカオリさんに大きな袋を手渡す。

「何? 見ていいの? 」
カオリさんが袋を覗き込みながら……

「どーーぞ! 」

アキさんのその言葉を聞き、早速取り出す。
白い布に包まれた物は、鞄だった。

濃い赤茶色の革で作られたビジネスバック。
カオリさんは、薄い茶色の革で作られたトートバッグだった。
思わず、二人揃って
「うわ〜〜 スゴい! 」

「いいんですか? 何か高そうですよ」
突然のプレゼントに興奮気味な自分。

「私に? い〜〜の? ホントに? ありがと、うれし〜〜 」
アキさんに対して興奮気味なカオリさん。

「何かさーー、二人ギクシャクしてたから気分良くなるかな? って思って。でも必要無かったかな? 仲良くなってるし」

「アキさ〜〜ん、マコとは仲悪いままなの。でもアキさんの為に我慢して仲良くする! 」

……まぁ、よくそんな言葉がでますね〜〜。
そんなにバッグが嬉しいのかな?

押し倒す! とか言ってましたよ。
気をつけてください、アキさん!


                       第3章      終

                    forming  第4章

久しぶりに、ユウさんの店 [Pig pen]に四人揃った。
カオリさんはアキさんを真ん中に座らせ、改めて乾杯した。
ユウさんが料理を沢山作ってしまってたが結果的に丁度良かった。
いつ以来だろう…… 四人揃って笑顔で楽しく出来るのは。温泉旅行以来?

他にお客さんも来なく、貸切り状態。
全く誰も来ないのも珍しく、思わず

「誰もお客さん来ないっすね? やっぱりアキさんがいるからっすか〜〜? 」

「そうよ! だから言ったでしょ、アキが来る時だけ何故か客来ないんだって! 」
ユウさんが首を傾げながら。

「ちょっと〜〜! アキさんのせいにしないでよね! 元々来ないの! この店に客なんて! 」
カオリさんが、アキさんを守る為に凄い事を言っちゃう。
アキさんに一途なカオリさんが、復活したみたいだった。その感じが何故か、心地良かった。変な自分…… カオリさん好きなのに。アキさんにも自分の気持ちを言っちゃたのに。

「アキさ〜〜ん。マサユキの事、なんでも無いからね〜〜。ホントだよ! アキさんが嫌ならもう会わないし」

「嫌じゃないよ! と言うか仲良くしてあげなよ。幼馴染でしょ? 彼だって、ここに戻って来たの久しぶりでしょ? 知ってる人が仲良くしてあげないと寂しいでしょ? 」

アキさん…… 凄いっす! 言えません、自分は…… 苦手だ! と思ってた位ですから。

でも、アキさんの言う通りだなぁ〜〜。
自分だって、この街に来た時は不安あったし。アキさんやユウさんに良くして貰ったお陰だしな〜〜。カオリさんが惚れるのも良く分かる! くぅ〜〜 アキさんと入れ替わりて〜〜!

「ねぇねぇアキさん? このバッグの飾りっていうか、彫刻? みたいのな〜〜に? 」

飾り? 彫刻? ん、何だ? と思い自分も貰った鞄を見てみる。
鞄の角隅に、彫ってあった。カービングだ。前は、革のキーホルダーにフクロウが彫られていた。

今回は…… 花⁈

小さな可憐な花が、控えめに彫られていた。
カオリさんのバッグを見てみると同じ花が彫られていた。

「私をイメージして彫ってくれたの?
キャ〜〜 うれしい! 」
そんな事を言ってる、浮かれたカオリさんに…… 会心の一撃を。

「カオリさん? 残念だけど自分にも同じ花が彫られてあるんすよ〜〜! ぷぷっ。
大体、カオリさんイメージしたらもっとゴツい花じゃないっすかね〜〜 」

言いました、自分。言っちゃいました。
刺し違える覚悟っすよ! 勿論!


「クスッ…… ク…… うっ…… 」

……え〜〜! もしかして…… 泣いちゃったの?
演技? 嘘泣き? ……だよね。

カオリさんは、顔を手で覆いながらアキさんの胸に……
「カオリさん、冗談ですよね? 嘘泣きやめてくださいよ〜〜。そんなキツい事、言って無いでしょ? 」

アキさんとユウさんはちょっと困惑した顔。どっちなんすか? 二人とも。
何か言ってくださいよ! お二人さん。
段々、ヤバい感じの…… 空気が漂う。

えっホントなの? 何で? そんなヤバい事だった?

鼻をすする音だけ。

マジか〜〜、とりあえず、
「ごめんなさい。カオリさん言い過ぎました。ホントにごめんなさい」

普通ならここで ♫ ティッティティ〜〜
とか言いながら『騙された? 』 とかの展開なのに…… 何も無い。

ジットリ額に汗が滲んだ。

ユウさんが口を開いた。
「別にマコちゃんの言った事が悪い訳じゃ無いよ多分! カオリもずっと辛かったんだよ。だから毎日のように一人でここ来てマコちゃん待ってたし」

「気にしてたんだよ、ずっと…… 自分責めたりして。こういう性格だからね、マコちゃんには素直に言えないんだよ」
カオリさんの頭を手で支えてあげながら、アキさんが言った。

「ちがうよっ! そんなんじゃ…… ない。
マコが酷い事…… 言っ…… たから     だよ」
かすれ気味の小さな声でカオリさんが……

「ハイハイ。素直になろうね。またこうやって仲良く出来たんだから」
アキさんがカオリさんの顔を持ち上げ、
涙を拭いてあげながら。

呆然としたままの自分。

今までの経験から、まるでこんな展開は予想してなかった。
自分の勝手な思い込みのせいで、カオリさんにこんなに気を遣わせていたなんて……

どうしよう! どうしたらいいんだろ。

「とりあえず! 土下座だな! 」

ユウさんが指を上下に動かし、土下座をしろ! という様な仕草をしながら言った。

席を立ち、カオリさんに近づき土下座しようと片膝を少し曲げたところで、
「冗談だよ! マコちゃん」
ユウさん。

「そうだよ! 土下座しなくていいの!
何、言うのユウちゃん。本気にするでしょ! 」アキさん。

「あは、ごめんごめん。ごめんマコちゃん、ついね。流れ的にね! 」

「流れはいらないの! マコちゃん真面目なんだから」アキさんがユウさんにビシっと言った。

「ダメ! ……しなさいよ! 」

へっ? カオリさん? ん〜〜 やっぱりするか〜〜、自分が悪いんだし。

「もう、カオリちゃん? いいでしょ、もう。土下座させたらカオリちゃんの事、許さないよ! 」厳しいアキさん。

「……わかった。じゃ土下座はしなくていいからビンタはいい? 」

なんか、レベル上がってません?

「ダメ! 」

アキさん〜〜 ありがとです。味方は、アキさんだけです。

「わかった…… じゃ…… グーパンチで! 」

だから…… レベルが上がってます。カオリさん。許してください、土下座しますから〜〜。

「うーーん、じゃ一発だけだよ! 」

ぶーー! 何言ってるんすか? アキさん!

グーパンチなら土下座にして欲しいんですけど……

「目、瞑って! 歯、食いしばって! 」
カオリさんがそう言いながら自分の目の前に。
ダメだ。覚悟を決めよう! カオリさんに気を遣わせたんだし。男を魅せろ!
 マコ!

 "ガシャッ"

「きゃはは! ウケる」

ウケる? ガシャって?
目を開けるとスマホをこちらに向けたカオリさん。
写真撮られた? 何それ!

「みてみて〜〜! ヘタレマコのビビリまくってる顔! ウケる……! きゃハハハ」

「もう、かわいそうで…… ぷっ…… しょ」

アキさん…… 笑ってますよね?
ユウさん、遠慮なく笑ってますね!
カオリさん、結構泣いてたと思ったけど余り痕跡ないっすね。

はぁ〜〜 やはりカオリさんは敵に回してはいけない人だと、つくづく思った。

アキさんが自分の耳元で……

「感情出したり、キツい事しちゃうのは
マコちゃんが大事だし、気になってるからだよ! ライバルとして一歩リードしたんじゃない? 」

ん〜〜、どうみてもそうは思えない様な……

「マコ! これからは何でも言う事聞く事! じゃないとこの写真バラまく! 」

ね! アキさん、こんな事 言わないでしょ?気になる相手には……
大体、今迄も言う事聞いてきたと思うんですけど……

あれですよ、アレっ!

ただの主従関係ですよ!

                         第4章     終

                  forming  第5章

バッグに彫られた小さな花。
その花のお陰で、色々あったが以前の様な仲良い四人の関係に戻った。

カオリさんが、自分の事を気にしてくれて、ユウさんの店で夜な夜な自分を待って居てくれた事。それが本当かどうかは、よく分からないが涙を流したカオリさんを見て、申し訳ない気持ちになった。それが嘘泣きだったとしても……

以前貰った、フクロウが彫られたキーホルダーとプレッツェル。
今回は、小さな可憐な花が彫られたバッグ。バッグの種類はカオリさんとは違うのに、同じ花が彫られていた。
何か、意味があるのだろうか?
プレッツェルにしても普段アキさんの店には売ってないパンだし……

考えても分からないので、シンプルにプレゼントして貰った事を喜ぶだけに。
カオリさんと同じ花のデザインというのも少し嬉しい気分。

久々の四人の楽しい時間だったが、平日という事もあり早めにお開きに。
名残惜しかったが、何よりカオリさんとまた普通に接する事が出来ただけで、ホッとした。

結果的に、アキさんユウさんのお陰。

まぁ、あの二人に言わせれば、『別に、なんもしてないぞ! 』と言いそうだが……
やっぱりアキさんユウさんは、大人です。カオリさんもある意味では、凄い大人ですけど…… (人を操る能力⁈ )(お酒を飲むと怖いもの無し)(アキさんをパン屋、ユウさんをジジイと言える)

やっと仕事も落ち着き、一時に比べたらかなりゆったり仕事が出来る。
今年は、天候が不安定だったので農家の方々は大変だったが、自分の会社は売り上げも良く上司の方々も満足気だった。
秋も終わりに近づき、この夏と秋の忙しさの慰労と言う名目でお食事会が行われた。久々に会社の皆さんで。
丁度、ユウさんの店[ピッグペン]の向かいにある炉端焼きの店で。
ほぼ自分の会社の人達で、いっぱいになり気兼ねなく楽しいお食事会に。

金曜の夜という事もあり、その後は何組かに分かれ二次会に。上司に捕まりスナックに連れていかれる。

スナック[蜃気楼]
上司のお気に入りの店。ユウさんの奥さんの親戚の娘が働いている店。久々だなスナックは。
早速、その娘が付いてくれた。
ん〜〜、信金さん事件を思い出す。

「ユウイチの友達だよね」
まぁ、言葉使いが雑なのは知っていたがユウさんをユウイチと呼んでるとは……
でもユウさんの友達という事で、楽しく話してくれた。ほぼ、ユウさんの悪口⁈
で盛り上がってしまったが……
自分が思ってた以上に奥さんとは、ヤバかったらしい。奥さんの親戚の娘なので、やはりユウさんが叩かれる。
その話の中で、ユウさんが珍しい形のパンを持って奥さんを迎えに行ったらしい。

パン……。アキさんか……。どんなパンをユウさんに渡したのだろうか?
そのパンの珍しい形と美味しさなのかは、わからないが奥さんはユウさんの元に戻ったらしい。

むぅ! 食べてみたい、そのパン。
というか、アキさんは何者なのか?
人の心を動かすパンを作るなんて、やはり只者ではないな! 妖しい粉とか…… 入れてる? いやいや、それは無い! そんな事思っただけで、カオリさんにボコボコにされてしまう。

上司が早々と酔っ払ってしまったので、さっさと帰らせて上司のカラオケ地獄から解放。 

外の冷たい風で酔いを少し覚ます。

ふと、道路の反対側を見ると…… 先生。
カオリさんの幼馴染の先生が居た。
前までは、あまり関わりたく無かったがこの前、四人で会ってから嫌な感じは少し無くなっていた。カオリさんと仲直り出来た事と、あの時のアキさんの言葉がそう思わせたのかもしれない。

ペコリと会釈したら先生が近寄って来た。
「最近、カオリと何かありました? 」
いきなり先生が訊いてきた。

「何かって? 別に…… どうしてですか? 」

「いやぁ、最近カオリ付き合い悪くて。名前、マコトさんでしたっけ? マコトさんと何かあったかなって」

「自分とは、普通ですけど」
それしか言えなかった。取立て何かあったわけでも無いし。

「そうですか。てっきりカオリは、あなたの事を気になってるのかと思ったけど」

何を言いだすんだろう。先生は……
アキさんの事、知ってる筈なのに。

「マコトさん、カオリ好きでしょ? 」

また、立て続けに何を言うんだろう。
酔っているのかな?

「カオリさんは、アキさんだけです」
ビシっと言った自分。

「知ってるけど、何か違う気がするんだよね〜〜 あの人とは。むしろマコトさんの方がね…… 何となくそんな感じというか」

そういう風に考える人も居るんだと、意外に冷静な自分だった。

「で? マコトさんの本音は? 」

え〜〜、まだ聞く? しつこいなぁ先生!

「俺は前にも言った通り、好きだけど。
いいんですよね? 遠慮しませんよ! 」
酔っては、いない感じで先生が言った。

本音をぶつけられた事と、自分がまだ酔いが残っていたせいで、つい…… むきに…… なってしまった。
「好きっすよ! 自分、カオリさんが!
駄目っすか? 勿論、それが報われない事も承知の上ですよ! でもいいんです、それで…… 」

うわ、酔ってるな自分。ヤバいな、どうみても言い過ぎた。
ん? 先生のリアクションが無い。
何、呆然としてるんすか? 先生が訊いてきたから答えたのに。

「カ…… オリ…… 」

へっ? 大丈夫? 目の焦点合って無いっすよ! 何処……見て……る……んす……か?
先生の視線の方を振り返って見る、かなりヤバい感じ満載を予感しつつ……

静かに両腕を組み、佇む…… カオリさん。

固まった。体も心も。どうしていいのか、何を話せばいいのかもわからない。
完璧に自分の思考が、止まった。

そしてその後、思った事は『どうか、自分の言った事を聞いていない様に…… 』
それだけだった。

「マサユキ! ちょっとマコと話あるから外して! 」

先生は何も言わず、行ってしまった。
まだ口を開けず、身動きも取れない自分。

「マコ…… 今、言った事…… 本気? 」

「な…… ん、の事で…… しょう……か」
必死に絞り出した言葉だった。

「はぁ。男でしょ! 情け無い。自分の気持ちを言うのは自由なんだから」

「はい、すいません」

「謝るな! ヘタレマコ! 言った事に自信持て! 」

「でも〜〜 ちょっと…… 」

「でもじゃない! 根性無し! 」

「すいません……す……き……です」

「良し! えとえと…… ごめんなさい。で、いいかな? 可哀想だからチューでも しとく? 」

えええっ〜〜。ん? でも、ごめんなさいって言われたよな? 夢かな? 思わずニヤける自分。

「キモ! する訳無いだろ! エロマコ!
さっさと行くよ! ユウさんとこ。いい酒のアテができたし! ぷっ」

最悪、最悪だ〜〜。おまけにそれをネタにお酒を飲むって〜〜⁈  ひどい……

初めて この小さな街から、出て行きたくなった。

                      第5章       終

                forming  第6章

何でかな〜〜。
空回りしてるというか、タイミングが悪いというか。
たま〜〜に強気になったり、ムキになったりした時に限って…… 思ってもいない展開になってしまう。

夜のスナックの前で、酔いとその場の勢いで本音をさらけ出したら、まさかのカオリさん。いくら小さな街でも、偶然すぎる。
おまけに何で自分の言った事、聞いてしまうかな〜〜?
自分と先生が一緒に居たのを見つけたら、まず声を掛けるでしょ! いつものカオリさんなら……

恥ずかしい…… 本当に恥ずかしかった。

この前、カオリさんに『私の事どう? 』
って訊かれ、適当に誤魔化した矢先。

アキさんさんにも言ってしまい、一番知られたく無かったカオリさんに聞かれ、おまけにユウさんの店で、それをネタにお酒を飲むって。
結局、みんなにバレるって事か〜〜。
ある意味、スッキリする? いやいや、しない。今後どういう風に接すればいいのだろう。ん〜〜 やっぱり恥ずかしい……

今迄で、一番足取りが重いユウさんの店への道。
こんなに[ピッグペン]の入り口のドアが、重いなんて……

俯きながら、トボトボと歩きカウンターの端に座った。

「マコちゃん! 」カオリさん。

ドキっ! やっぱり言っちゃうのね。

「今日は、何? 会社の飲み会? 」

ふ〜〜、焦らしますな〜〜。
「そ、そうです」

「会社の飲み会か〜〜 何処でやったの? 」ユウさんが訊いてきた。

「向かいの炉端焼きで…… そのあと上司に連れられ[蜃気楼]へ」

「そうだったの? マユミ居た? 」
マユミは、ユウさんの奥さんの親戚。

「あっ、はい。付いてくれました。自分の事わかってくれてたので、ずっと付いてくれました」

「あーー 前にマコちゃんの事、話したからな。ん? 何か元気ない? 飲み過ぎた? 」

うっ、元気無いというか…… とっても今は気まずいというか、つらいんですよ。

「カオリは? 」

「私も、職場の飲み会。観楓会的な? 」

「そういう時期だからな。ウチもさっきまで団体入ってて、忙しかったよ」

なかなかカオリさんが、トドメを刺してくれない。焦らして楽しんでるのかな。

「いやぁ〜〜 ユウさん。良い時期だね〜〜 静かで、何かロマンチックな時期だね〜〜 」

ぶーー! ここで、きますか!

「そーーか? もう秋、終わるぞ。ロマンチックな感じしねーだろ! アキと良い事あったのか? ニヤニヤして」
その通りですユウさん。全然ロマンチックな時期じゃ無いです。

ん〜〜。そろそろですか。
覚悟するか〜〜。
どぞっ、カオリさん! 一思いに言っちゃって下さい。そして思いっきり笑い者にしてお酒のアテにして下さい。

「ねぇねぇ、アキさんがくれたバッグの花の飾りさ〜〜 何の花だろうね? 」
まだ、焦らすカオリさん。

「わかんないっす」

「アキは、意味のある事しかしないから特別な何かがあるだろうね。前、アキから変な形のパン貰ったけど、まだ意味聞いてないなーー 」

「えっ、何、何? 聞いてないよ〜〜 どんなパン? いいなぁ〜〜 ユウさんだけ」
まだまだ、焦らすカオリさん。

「んと、モンキーブレッド⁈ だったかな? 小さな丸いパンが、繋がってるパン」

「へぇ〜〜。美味しいの? 美味しいか、アキさんのパンだもんね! 」

「甘くて、美味かったぞ! 奥さん大喜び」

「あっ、ちょっとさーー 料理の出前入ったから届けてくるから、店番頼む」

「了解! 何? 出前で稼いでるの? 客来ないから? ぷっ」

「カオリ〜〜 この野郎、馬鹿にしやがって。今日は団体入ったって言ったろ? 」

バタン。ユウさんが、出て行った。

「カオリさん。どーーか、焦らさないでグサっと一思いに…… 」

「ん〜〜? なんの事かな〜〜? わからな〜〜い。なんだろ? 何? 」

むぅ!  最悪です。色んな意味で最悪です。なんでこんな人、好きになったんだろ…… 好きになっては、いけない人なんだ。色んな意味で……

「楽しく飲もうよ! 余計な事考えないでさ? ……ねっ! エロマコ! 」

だからーー やっぱり楽しんでるでしょ!
くそ〜〜、もうヤケになるしか。
飲んで飲んで、べろべろになって忘れてやる!今日の事は……
グビっと、飲んだ…… その後の記憶が無かった。

何となく、気がついたら歩いて帰る途中だった。ただ、歩きづらい。酔ってるから?ふと、右肩を見ると…… カオリさん。

「えっ何? なんで? 」酔いが覚めていなかったが、流石に驚いた。

「こらっ! 酔っ払いが! 重いんだよ! 自分で歩けよ。クソマコがっ! 」

カオリさんが自分を支えながら、一緒に送ってくれた。何か嬉しさと安堵感で、またその後の記憶が無くなっていた。

翌朝。二日酔い地獄の真っ最中に、断片的に思い出す記憶が、夢か現実か区別がつかなかった。カオリさんに支えられた事は、なんとなく温もりとして残っていた様な……

昼過ぎユウさんからメールが来た。

(大丈夫か? 無茶な飲み方は、体壊すぞ! いくらカオリに振られたからと言っても)

現実に引き戻された。

アキさんからメールが来た。

(やるねぇーマコちゃん。ちゃんと告白したんだって? カオリちゃんに直接。
男だね〜〜。また一歩リードしたね! )

うわっ、アキさんにまで話がいってる。

なんでだ? あの後カオリさんが言っちゃったのか? 自分が酔っぱらって自ら言ったのか?  サ 、イ 、ア 、クだ〜〜。

カオリさんから…… 電話⁈

「ど〜〜よ! 酔っ払い」

「なんとか…… あの、昨日は…… 」

「何? あっ、言っとくけど私は何も言ってないからね! 自分で勝手に地雷踏んで自爆したんだからね! 覚えてないだろうから言っとくけど。私に迷惑まで掛けて。今度、奢ってよ! 」

それだけ言って切られた。

自爆ですか。なんでそういう時だけ男らしいというか、お馬鹿というか……

ユウさんからまたメール。

(別に、気にすることないよ!マコちゃんがカオリ好きな事、とっくにみんな知ってたし。そのうち女、紹介してやるから落ち込むな! カオリじゃ無くて良かったって、いずれわかるだろうし。笑)

みんな…… みんなですか? 知ってましたか。アキさんもですか。ユウさんも。

えーー、もしかしてカオリさんも?

拝啓。親父、おかん。私、何故か この小さな街に来て転職しました。

とんだ…… ピエロに……

ちなみにこの街にサーカスなんて来た事ないです。
 
                    第6章      終

              forming  第7章


"恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり人しれずこそ 思ひそめしか"

百人一首の和歌の一句。
密かな恋心。しかし、すでに周りには とっくに知られていた恋心。

まさに、今の自分の気持ちそのもの。

夕方になっても、昨晩の後悔が残っていた。正直、カオリさんが好きな事はどうしようも無い事だが、アキさんと幼馴染の先生相手に無謀に戦いを挑み、結果 惨敗! せめて直接カオリさんに告白したかったが……ある意味、直接告白した事になるのかな?

バレたのは、しょうがない! くよくよ悩んでたら、今迄通りの『ヘタレマコ』のままだ。自分を変える良いチャンスと思い開き直るか⁈

ただ、何となく気まずさが……
そんな時は……

[After-eve ]に行った。
こういう時はアキさんに会うのが一番! 
アキさんの店は、心を落ち着かせてくれるし。

アキさんの店は、まだお客さんが居て楽しそうにパンを選び、幸せそうな顔でパンを買っていた。
アキさんが、無言のまま自分に店の奥の革製品を作る作業場の椅子に座る様、合図をした。

子供を連れた親子やカップルが次々にパンを買い、あっという間に残っていたパンが無くなってしまった。

アキさんが、『close』と書かれたボードをドアに掲げる。

「ふぅ〜〜、終了! 」 
やや疲れた感じでアキさんが言った。

「すいません、お客さん居て忙しい時に来ちゃって」

「全然! マコちゃんが、お客さん連れて来てくれたから全部売れたよ! お陰で」

「自分が連れて来た訳じゃ無いっすよ。このパンの魅力に取り憑かれた人が多いだけっすよ! 」

「取り憑かれたって、何か怪しい物売ってるみたい。ふふふ」

「あっそうだ! ユウさんにあげたパンって、どんな物なんすか? 皆んな気になってますよ! 」

「皆んなって、カオリちゃん? 」

「……まぁ。でもユウさんも気になってましたよ! 」
やっぱりカオリさんの名前が出るだけで、気まずい感じになってしまう自分。

「んーーと、あれはね、モンキーブレッドって言う甘いパン。小さなパンが沢山くっついている変な形のパンだね。色々、いわれはあるけど。お猿さんが好きなバオバブの実に似てるとか」

「その実が何か意味あるんすか? ユウさんに」

「うーーん、ユウさんちょっと奥さんと仲良くなかったんだよねーー実は。ヤバいかな? 言っちゃったら」
言うのを躊躇うアキさん。

「あ、[蜃気楼]の娘に聞いたんで大丈夫かと」

「あっそうなの? マユミちゃんだっけ?
じゃ、いいか。これはね自分の勝手な解釈なんだけどモンキーブレッドってね、モンキーパズルブレッドとも言われる事もあってね。モンキーパズルツリーという猿も登るのに苦労する木に似てる所からきてるらしいんだけど」

モンキーパズル? 猿も登るのに苦労ってどんな木? 自分の単純な脳細胞では、想像する事も出来なかった。

「ここからは、俺の勝手な想いだけなんだけど。猿も登るのに苦労する木。なのに甘くて、小さなパンを一つずつ取り分けて食べる。なんかさーー 夫婦の色んな事に重なるなーーって。ホントに勝手な、後付けなんだけどね」

「なるほど〜〜。ユウさんの奥さんは、何か感じたんですかね! 」

「ぷっ。な訳無いと思うなーー。甘いのが好きなだけじゃない? でもね、それでいいんだよ! 余計な講釈は、食べる人にとっては必要ないからね。美味けりゃ、良し! 」

アキさんのパンが美味しい理由が、少しわかった気がした。アキさんは色んな想いを持ってパンを作っているが、食べる人にその想いを押し付けない。ただ、美味しく食べて貰えればいい。

「ちなみにあのバッグの花は、どんな想いなんすか? 」

「……な……い……しょ! 」

内緒? って、余計気になるじゃないすか?
相変わらず、一筋縄では いかないな。
アキさんは。

「でもね、前にあげたキーホルダー。フクロウの意味はマコちゃんの言った通りだよ。『不苦労』から幸せを運ぶ。
ちなみにカオリちゃんは、『わぁトトロだぁ〜〜 』って。
いや、羽生えてるから…… 」 (笑)

ぷぷっ。やっぱり天然なのは、カオリさんか! どうりであの時、アキさんの口をチカラずくで塞いだのか。

「プレッツェルも愛情で合ってましたか? 」

「ごめんね、いくらマコちゃんでも男同士の愛情ってのは…… キモいかな? あれはそのまま、祈り。幸せになる様、祈ってます! かな? 」

アキさん! 素直にそこは、愛情だよ! でいいっすよ! キモいっすか? 自分。

「アキさん…… 皆んな知ってたんですよね? カオリさんの事…… 」思い切って訊いてみる。

「うーーん、そだね。でも俺はね、マコちゃんだけでなくカオリちゃんもマコちゃんの事、少し気になってるかな? って思ってる。今でも」

「でもそれは、愛情じゃない様な。アキさんが思ってる以上にカオリさん、アキさんの事、好きなんすよ〜〜 自分が言うのは、生意気ですけど」

「難しいね。恋愛って。どんなに好きでも結ばれるとは限らないし。ただね、マコちゃん! 出来れば、ずっとカオリちゃんの事、見ててやってくれる? 」

何を言ってるんだろう、アキさん。そんな言葉、アキさんから聞きたく無い。
それに…… まるで…… アキさんがカオリさんの事、見続けられない様な…… 言い方。

「駄目なんすか? アキさんは…… 」

そうアキさんに訊いた。以前、カオリさんが見せた切ない表情を思い出しながら。

「俺が、カオリちゃんを受け入れるには、まだやらないといけない事があるし。今はまだ、カオリちゃんと向き合う資格すらないんだよ。失礼だよねー、
カオリちゃんにもマコちゃんにも。でもこれは俺が決めた事だし、俺自身の事だから…… 」

言いたい事は、沢山あった。

ただ、アキさんがここまで話してくれて、何より真剣なアキさんの表情が……
色んな事、色んな想いを抱えているアキさん。そんなアキさんに、これ以上何も言えなかった。

お店の窓に、小さな雨粒がつきだしていた。

「雨か…… そろそろ…… 最後の雨になるかな? 」
アキさんが窓を見ながら。

「なんか、思い出します。雨の日に此処で、カオリさんにいきなり『マコちゃん』って呼ばれた事を…… 」

「そうだったね。なんか今年は、雨に つきまとわれた感じだね。キャンプも雨降ったし」

「ですね。温泉旅行は天気良かったですけど」

『close』のボードが、掛かっている筈なのにお店のドアが、ゆっくり開いた。

ドアが半分開き、ドアに体を寄り掛かりながら俯いたまま…… 無言の……

無言の…… まま…… 佇む、

アキさんの事を愛しく想い

自分が愛しく想う人が……

冷たい雨と同じ様に、淋しそうで切なそうにしか見えない姿の……

いつからそこにいたんですか?
何故、そんな静かなんですか?
話…… 聞いていたのですか?

全て……?

                      第7章       終

                   forming  第8章


秋の終わりの冷たい雨。まさに時雨。

少しだけ雨に濡れた髪。

俯いたままの顔。

その姿だけで、わかってしまった。
お客さんが帰った後すぐに、アキさんはBGMを止めていた。静かに流れるジャズの音を……
小雨が降り出し、外も静かだった。
よりによってアキさんとは、店の入り口近くで話をしていたのでドアを開けなくても、会話が聞こえていたかも……
いや、聞こえていたんだろう。聞こえて、しまったんだろう。

やはり アキさんの言った言葉が、カオリさんには特に響いてしまったんだろうか?自分でさえ、聞きたく無かった言葉だったから。

アキさんがタオルを持って来て、何も言わずカオリさんの頭に掛けた…… が、カオリさんはタオルを手に取り濡れた髪のまま、俯き佇んでいた。

自分は、この場を離れようと。
自分がいると、カオリさんが言いたい事言えないだろうし。それにカオリさんの姿を見ているだけで、自分自身が居た堪れない気持ちになったから。

入り口に佇んでいるカオリさんの背中を軽く押し中へ入れてやり、そっとドアを閉めた。

雨は、小雨程度だったが空は暗い雲に覆われていて雨脚が強くなりそうだった。

店の外には、車が無かった。
自分は、車を使わずに此処に来た訳だが
カオリさんの車も無い。
歩いて来たんだろうか?
雨が降りだしたのは、つい今しがたであるし。

仕方なく小雨の中、帰る事にした。
小雨といえども、雨粒が顔に滴る。
下を向きながら歩く。
切なそうなカオリさん、二度目だ。でも前とは状況も気持ちも全然違う。

『どうか、アキさん。優しい言葉で……
お願いします』

自分には、そうアキさんに願うしかなかった。
家に近づくにつれ、雨が強くなってきた。

店の入り口のドアには『close』 。
しかし入り口の上にある銀色のアルミで作られた袖看板は灯されたままで、時雨舞う薄暗い中で青白く…… [After-eve]と。

「やっぱり…… 私じゃ、ダメなの? 」

「聞いてたの? ドア閉めていても聞こえるのか〜〜。耳いいんだね、カオリちゃん」

「茶化さないで! 真面目に聞いてるんだから…… 」

「……聞こえていた通り」

「どういう事? ダメって事? ハッキリ言って! 」
やっと、俯いていた顔を上げ真っ直ぐ見ながらカオリが問う。

……

真っ直ぐ見返しながら、

「駄目って事」

あまりにもアキがハッキリ答えたので、カオリの体が硬直した。口も少し開いたまま…… 声どころか息さえも出ない。

なのに……

涙だけが、流れていた。

悲しいと思う間も無かったのに……
無意識に流れ出していた。

「ど、どう…… し…… て? 」

必死に絞り出したカオリ。

「まだ今は、カオリちゃんより大切な人が居るから……  だからカオリちゃんの気持ちには応えられない」

「誰?   …。あの人? だって、だっ…… て、もう、居ないのに……。      忘れられない?
今も…… 」

カオリを見つめながら、頷くアキ。

「いいよ! アキさんそのままで。ただ、そばに いちゃだめ? 」

「カオリちゃんだから…… 駄目」

「そんなに嫌? わたし」

「いい女だから駄目! 揺らいじゃう」

「わかんない。わかんないよ、好きとか嫌いだけじゃ駄目なの? 」

「カオリちゃんはそれで良いんだよ! 自分の気持ちに正直で居れば。俺もね、自分に正直でいようと思ったから、自分の決めた事をやり通しているだけ。そしてその決めた事に…… カオリちゃんは、居ない! ごめんね、どう頑張っても亡くなった人には、勝てないよね? 」

「ず…… るい、ズルいよ〜〜。私だって正直に…… アキさん好きなのに。いつまで、居なくなった……ひ……との、事……
ごめんなさい、言い過ぎた」

無言のままの時間が過ぎた。

外は、小雨が雨にすっかり変わっていた。

パンが並べられていたダイニングテーブルを拭きながら、
「俺はね、知ってるかもしれないけど
二人好きな人を亡くしてるんだよね。
一人目は病気で、二人目は事故で。医者じゃないから病気は、しょうがないんだけど。二人目は、俺の責任でもあるんだよ。事故の後になって防げていたかも知れないって都合良く思ったけど」

手を止め、話を続ける。
「年が明ければ、2年になるか…… 2年も経つのに何も変わらない。それが一番の理由かな」

「アキさんが…… もし、何か変わる日が来たとして…… それまで待っていたら…… ダメなの? 」
いい返事が返ってこない事を、何処と無く感じながらカオリが訊く。

「ダメ! こう言ったらアレだけど、カオリちゃん若くは、ないんだよ? 俺よりは若いけど。あっという間だよ、歳取るのは。だから駄目! 」

「待つ。これは私が決める事! 私は待つから…… 」

「うーーん。気が重いからやめてくれる? 」 キツくアキが言う。

何か言いたかったカオリだが、今迄見た事ないアキの厳しい態度に声を失った。

家にいたマコ。暗くなり強めになった雨を見ながら、考えていた。
大丈夫だろうか…… いつもならアキさんが上手くやってくれると思うのに、何故か今日のアキさんは……

アキさんが言った事が、気になっていた。
『見続けて欲しい』って……
アキさんが、カオリさんの気持ちに応えれば済む事なのに。自分に気を遣っている?違いますよね? 自分に、気を遣うなんて許しませんよ!

雨は止みそうもない。
アキさん送るよな? カオリさんの事。
でも、何か…… じっとしていられない気持ちを抑えきれなくなっていた。

……傘 、だけ置いてこようかな?

使わなければ、それはそれで良い事だし。適当な言い訳を自分に言いながら。
車でアキさんの店へ。駐車場では無く離れた所に停め、店のドアの横に傘を立て掛けた。
そっと…… 静かに、気配を消して……

店の灯りは、ついたまま。静かだった。

そっと後ずさりしながら車に戻ろうとした時、
〈ガシャーン〉
足が止まった。何の音?
ふとよぎったのは、アキさんに何かあったのでは? 以前、店の中で倒れていた事がフラッシュバックした。

ドアを開けた。

床にはパンを取り分けるトレーとトングが散乱していた。
慌ててアキさんを見ると…… カオリさんがアキさんの胸にしがみつきながら肩口を叩いていた。声を出して泣きながら……

「いやだ! イヤっ! イヤだ〜〜! 」
泣きながら必死に……

「マコちゃん、悪い。送ってやって? 」

「……いや、でも…… 」

「もう、話、終わったし」

その言葉を聞いた途端、カオリさんが店を飛び出した。
自分も、思わず店をでた。アキさんの存在を忘れる位、無我夢中で……

雨が降りしきる中、濡れながら行こうとするカオリさんを追いかけ、腕を掴む。何度も……何度も、腕を振りきられても必死に掴み直し、強引に車に連れて行った。声にならない程、泣き続けるカオリさんを助手席に乗せた。
カオリさんの家の近く迄行った時、カオリさんが右手を自分の方に出した。
思わず、車を止めた。
家まで、あと少しの所で降りた。
雨が降りしきる中、静かに歩いて行った。自分は、その後ろ姿をただ見ているだけ……ただ、黙って運転席からガラス越しに見るだけしか……

秋が…… 終わった。

この雨が…… 今年最後の、雨だった。

                        第8章       終

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