After-eve 〈完全版〉

本宮 秋

ferment

                    ferment 第1章

青空に白い雲がゆっくり流れる夏の景色。緑の山々に挟まれた真っ直ぐな高速道路を走っていた。いくつものトンネルを抜け、次第に長閑な風景から町並みが続く風景に変わっていった。
車で4時間、遠い道のり。
改めて自分が今、遠い地に住んでいるのだと実感した。
つい何ヶ月前迄は、ここで暮らしていたのにその時の事が遠い昔に感じられハンドルを握る手が、少し緊張していた。

今、住んでいる所とは比較にならないくらいの大きな街。
久々に高い建物やビル、大きな商業施設を見て圧倒される。ここで育って長年住んでいた自分なのに……
地方勤務が決まってから初めて実家に戻ってきた。とはいえ明日には戻る。実家に帰って来たのは法事の為。とても可愛がってるくれた祖母だったので帰って来る事に煩わしさは、全くなかった。

少し街を歩いてみた。色んなお店、沢山の飲食店。何でもある所だが今の自分には、あの小さな街での生活に優るような高揚感は無かった。すっかり田舎の暮らしに馴染んだのか、あの街にいる人たちに心を奪われてしまったのか。 (笑)
奪われたと言うより自分が憧れているだけ。楽しい時間をずっと続けたいだけだった。

無事 法事も済み、久々に家族と団欒。親は歳をとったせいか、自分の今の環境、生活に興味があり自然に囲まれた生活を羨ましがっていた。

お土産を買い4時間かけ、あの小さな街へ戻った。

帰って来た頃には、もう夜になっていた。
流石に長距離の運転に疲れ、早々と休む事にした。

いつもの静かで長閑な朝。

遮る高い建物が無いので朝日を眩しい位、浴びこの小さな街に戻って来た事を感じる。いつもの様に会社に行き、あちこち飛び回り、行く先々で気軽に声をかけて貰いこの地の人達の優しさを感じる。

「こんちわ〜〜 お疲れサマです〜〜 調子はどうですか〜〜 ? 」
暑い中スーツをガッチリ着た、信金さん。

うわっ! 戻って来て早々、信金さんに会うとは……
「あっ、どうもですーー 」
無難に返しとく。

信金さんも、いきなりやっちゃってから、割と静かになったような?

うーむ。
戻って来てもっと会いたい人がいるのに、
何で信金さんかなー? ついてない?
苦手な信金さんを厄病神扱い。

自分も色んな人達に接してきたせいか、苦手な人も上手く対応出来る様になっていた。

休み開けの仕事で、色々あったけれど何とか終わらし出掛ける。
まずはアキさんの店 [After-eve] へ。
今日は休みの日だからお店の入り口じゃ無く自宅の方の入り口へ。

あれっ! そういえばアキさんの自宅入った事、無い! いつも店の方でアキさんに会ってる。お店の二階が自宅らしいが…… 入れてくれるかな? とりあえず電話してみるか。
玄関前で電話しようとしたらブ〜ンと車が迫って来た。赤い車…… あうっ! カオリさんだ!
実家に帰る前カオリさんに
「おみや、よろしく〜〜  お寿司おごってあげたんだから〜〜 」
と、言われてた。
1番初めにカオリさんの所に行けば良かったかな?
何か嫌味を言われそうで、覚悟した。

「ん? 今から行くとこ? 帰るとこ〜〜?」
カオリさんが訊いてきた。

意外だ。

「行くとこっす。でもアキさんの自宅初めてだから電話してからにしようかと…… 」

「ぷっ。家の玄関前で訊くなよ〜〜 今更。ピンポン押せばイイじゃん。ホレ押して! 」
気楽なカオリさん。

「だから…… 初めてだから…… 気を遣って…… 大人ですから私は…… カオリさん、アッ! 」
人の指を強引に掴みピンポンを押す!

カオリさんが自分の指で押せばイイものを……
やっぱりお土産を最初に持って行かなかった怨みかーー ?

アキさんが出て来て
「あらあら、お二人揃って」

「マコちゃんがアキさんの家の前でストーキングしてたよ! 」

カオリさん! あなたが言うなよ! あなた自分で 『私ストーカーだよね』 って前、言ってたよね! やっぱり初めにお土産渡さなかったの怨んでる?

「マコちゃん、どうだった? 里帰りは」

アキさ〜ん、やっぱり大人で優しいっす。

「お土産⁈ お土産持って来たんじゃ無いの? 」

カオリさん…… 今、自分は感動してるんだから邪魔しないで下さい。やっぱりお土産、気にしてたかーー

「とりあえずさーどうぞ」
アキさんが自宅に招いてくれた。

「お邪魔しまーす。初めて入った」
ちょっと緊張する自分。

階段を上がりお部屋に。

うぉーー 凄くキレイにしている。家の中の物すべてカッコいい! というか高そうな物ばかり。ソファー、ダイニングテーブル、チェスト。
お店の感じと似たコンセプトでシックでアンティークっぽく…… アキさんだから似合うんだろうなーー と羨ましかった。

カオリさんは慣れた感じで、革の深めのソファーに座り両手を出しお土産の催促する仕草。

その仕草を見て見ぬふりしながらアキさんの家を見回す。

「こっちに来てから初めて帰ったんでしょ?     どう?   久々にあっちに行ったら、もう田舎に戻るの嫌になったんじゃ? 」
アキさんがそう言って、冷たいお茶を出してくれた。

「それは無いっす。むしろ早く帰りたい位。なんか違和感みたいな、もうこの街の人間になったんすかね? (笑) 」
自分がそう言った後、殺気に近い冷たい [氣] を感じた……

「マコちゃ〜ん⁈  この街の人があなたを認めてもね〜〜 私は、ねぇ〜〜 」
カオリさんが…… ソッポを向きながら…… 

やべっ!

「これつまらないものですが…… 良かったらどうぞ。カオリ様」

「え〜〜 つまらないもの〜〜 ? つまらないのか〜〜 」完全にヘソを曲げたカオリさん。

アキさんが、そっとカオリさんの背後に立ち、こめかみを拳でグリグリ。両手でグリグリ。
「俺は、そんな性格悪い娘は嫌いだなぁ」
と言い、また両手でグリグリ。

「うう〜〜 ごめんなさい、ゴメンナサイ! 」

「俺じゃなく、マコちゃんにでしょ? 」

「あうっ ごめんなさい。マコ様許して〜〜 」

やっぱりカオリさんはアキさんには、まるで敵わない。

カオリさんに 『マコ様』 と言わせたことに大満足し、改めてアキさんとカオリさんにお土産を渡した。
 (カオリさんの分も一応持ち歩いて良かった) と心の底から、そう思った。

勿論その後3人で、ユウさんの店 [Pig pen] へ行き、いつもの感じで楽しい時間を過ごした。

ただ…… アキさんの家から出る時、トイレを借りようとしたら寝室っぽい部屋のドアが少し開いていた。意味も無く興味本位で少しだけ覗いた。ドアが少ししか開いてなかったので部屋の一部しか見えなかった。

その、一部分…… 自分が見てはいけない物が…… あった気がする。

小さな……
仏壇の様なもの。
お花と女性の写真が…… 置かれていた。

…… ような気がした。

 (なんか…… ごめんなさい。アキさん)

                       第1章     終

    
                 ferment 第2章

竹山 雄一《たけやま ゆういち》。46歳、既婚、息子が1人。
ユウさんと呼ばれてる。目上の人や同級生からは、ユウとかタケちゃんとか言われる事もある。何故か、アキだけは昔からユウちゃんと呼ぶ。

アキとは高校生の時からの付き合いだが当時は、そんなに親しく無かった。仲が悪い訳では無く、互いに家が溜まり場だったので意外に一緒に遊ぶ事は少なかった。

高校を出て、この地を飛び出し大きな街へ出て料理人の世界に飛び込む。
周りの友達は大学やら専門学校へ。
料理人の世界は休みが平日だったので、段々と友達とは疎遠に。
そんな中、早々と専門学校を中退した
アキ。当時のアキは、明るくて軽くて少しチャラかった。
ただ、おかげで急にアキと遊ぶ機会が増え仲が凄く良くなった。

二十歳《ハタチ》過ぎ、アキは飲み屋で働いていた。俺もその店に通いアキにとって俺はいい客だった。
まさか、その十何年後には逆の立場になってるなんて。
意外にも当時は、長い年数遊んでた訳じゃ無かったが若い頃の時間は、とても濃密で楽しく無茶な遊び方をしていたので印象に残ってる。

ただアキが突然、別の地に移ってしまい、疎遠どころか連絡すら取れない間柄に。

丁度、俺も家族の事情で故郷のこの地に戻って来る事に。地元の居酒屋で働きながら、30過ぎに自分の店を出す事ができた。
元々は料理人志望だったが、地元の居酒屋で働いていたせいか飲み屋をやる事にした。

アキとは全く逢う事は無かった。一度、居酒屋で働いていた時、噂でアキの話を聞いた。
丁度、アキが別の地に行った後の事だが
当時の彼女絡みだったそうだ。何となく当時のアキの彼女は覚えていた。可愛いくてお嬢さんっぽい。
その彼女を見る事が少なくなりアキも彼女の話をしなくなった途端、アキは何処かへ行ってしまった。噂によると彼女が重い病気になり、専門の病院が有る所へ移った。
それにアキが一緒について行ったらしい。
ただ彼女はその後、人生を全うする事なくまだ若い年齢で逝ってしまったらしい。

それでアキが、体力的にも精神的にも窶れてしまい大変みたいという話だった。

俺の知ってるアキは、元気で前向きな奴なので大丈夫だろう。俺が故郷で店をやってれば、そのうち逢えるだろうと……

自分の店をやり始めた頃、いまの奥さんに出逢った。それまでは余り 女っ気が無いと言うかモテなかっただけだが、奥さんとは割とスムーズにいった。

三十半ばで結婚した。

結婚となるとスムーズでは無かった。
奥さんは一つ年上、バツ1 だった。
今、いる息子も奥さんの連れ子。
自分がいきなり奥さんと子供の責任がもてるのか?まだまだお店の経営も不安定だし。不安もあり悩んだが、思い切って籍を入れた。奥さんも別の仕事を持ち家計を安定させてくれたので何とかやって来れた。

子供とは、上手くやっていけてる。
奥さんが結婚前に病気で子供はもう無理そうという事に。自分の子は仕方ないが、その分息子を自分なりに一生懸命育てたつもり。すっかり大きくなり自分が何かしてあげる事すら無くなった。

この中年と呼ばれる歳になり、平穏にやっていけるかなと思っていたが甘かった。
子供がまだ少し手のかかる時は、子供の事で揉め今はお互いの事で揉める時が多い。

何処の家庭も同じだよ! とよく言われるが、やっぱり揉め事は辛い。自分が悪いと分かっていても歳のせいか、認めたくないし頑固になる。夫婦はお互い様の所もあるのでそれぞれ分かっているのに。

そんな時、開店前の店のドアを開けようとした音がした。カギが掛かっていたので慌ててカギを開ける。

アキが立っていた。

かれこれ15年いや、もっと経つか。
そんな長い時間が過ぎていた筈なのに、アキは変わっていなかった。
余りの急な訪問に

「おーーい。どうした! びっくりするなーー 」
と言ってしまった。

「ゴメン。いきなり来て…… 」
見た目は変わってなかったアキだか、その一言を聞いた時、何か変だった。

昔のイメージがまるで無い。元気が無く、とても静か。歳をとり変わったのか?

とりあえず店に招き、話を聞いた。

別に故郷に戻ってきた訳じゃ無く、一時的に帰って来ただけだった。
色々聞いたが、昔の彼女の事以外もかなり大変な経験をして来たらしい。それなりに楽しい時期も過ごせてきたらしいが、最近またとても辛い思いをしたらしい。

アキは
「逢えるときに逢っておこうと思って、思い切ってここに来てみた」

その、あまりの憔悴ぶりからアキの言葉が何か意味ありげに聞こえ思わず、

「コッチに帰ってこい! 何も考えないで帰って来い! なんとかなるから…… 」
と、言ってみた。

アキは少し、うつむきながら…… 軽くうなずいた。その日を機にアキと連絡取る様にして、なるべく気に掛けた。

アキがここに戻るまでは、それから暫く経った後だったが、無事この街の住人になって安心した。戻って来た直後は、まだまだやつれていたけど店をやるって言ってからは、少し明るさを取り戻した。

俺は商売柄、色んな人を見てきたり噂話や相談事もあるが、やっぱり同級生は特に気になる。他人の事ばかり構ってる場合では無いけど……
アキもそうだけど、歳を重ねると色々ある事を実感する。
夫婦なら尚更。所詮は他人同士の仲。
いろいろありながらも最終的に上手く落ち着けば良いかな。

楽観的すぎるかな……

ともあれ 今、アキとかカオリとかマコとか…… 昔、アキと遊んだ時の様に楽しく濃密な時間を過ごしている気がしている。

あの時と違うのは俺もアキも歳を重ね見事な中年オヤジで酒も弱くなり、朝目覚めるのが早くなり、携帯の文字も離して見る老眼と白髪の量に日々戦っている事かな。


                     第2章      終

               ferment 第3章

夏がやって来て、より行動的な気分になる。仕事も頑張り、暑さと疲れを吹き飛ばす仕事終わりのビール。
良い季節がやって来たと思う。

と、思ってたのも束の間。
パッとしない天気が続く。寒くは無いが曇り空の日々、雨の日も多い。台風の影響? 台風が直撃する訳ではないが、晴れない日々。

行動的な気持ちにさせる夏の筈が、地味な時間を過ごす事に。
ただ、それは自分だけではなかった。

カオリさんも最近は見かけない。アキさんもユウさんも割と静か。
少しつまらない気分にさせる近頃の天候を恨んだ。

それだけでは無かった。実際に良くない事も続いた。
渓流釣りを教えてもらった山奥の農家の三代目の畑が、氾濫した川の水に浸かって被害を受けた。山奥にあるので少しの雨でも急に川の水が増え大変になる事があるらしい。
また自分が、この地に来て初めて伺った農家のご主人が事故に遭い入院。
新規就農者 (新たに農業を始める人) で、遠い所から移住して来た人だけに稼ぎ頭のご主人が動けない事は、その家族にとって大変な事態でもあった。

何か、街自体が天候の様に不穏な空気になっていた。

そんな気分を晴らしてくれる様な一本の電話。アキさんからだった。

「水曜日、祭日だから休みでしょ? 予定ある? 」と、アキさん。

「無いっすけど、何も…… 」

「店のオーブン壊れて修理に出したから
2、3日休みなんだよ。」

アキさんも良くない事があったのか……

「で、暇なら温泉でも行かない? 天気も悪いから気分変える為に」
珍しくアキさんが誘ってくれるなんて、
嬉しかった。

「アキさんだけですか? 」

「ん? カオリちゃん誘って欲しい? でも無理かな? 風邪ひいたみたいだから」

「いや、誘って欲しいとかでは無くて大体カオリさん一緒だったから…… と言うか風邪ですか? カオリさん」
ちょっとびっくりする自分。

「ハハ、確かに意外だね。腹でも出して寝てたんじゃない? (笑) 」
「この天候で男2人で温泉ってイヤ? 」
意外と明るいアキさん。

「そんな事無いっす、行きましょう! モヤモヤしてたし」
天気が悪いとはいえ夏の温泉。
汗でもかいてリフレッシュにはちょうど良いか! アキさん、いい所ついてくるな〜〜

祭日の水曜日。アキさんの車でお出かけ。

相変わらずどんよりとした空。ただ久々にアキさんと遊べる喜びでワクワクしていた。
隣街の山の中へ。舗装が途切れた道路をドンドン進む。

「凄い所、行くんですね」思わず本音が出た自分。
「折角だから山奥の秘境の温泉でもね」
アキさんが少しニヤけながら。

何もない山の中にポツンと一軒の建物。ひなびた感じ。微かな硫黄の匂い。
それだけで効きそうな温泉の感じがした。
決して小綺麗とは言えない、こじんまりとした館内。
しかし浴場は広く、茶褐色のお湯が止めどなく出続けていた。

「効きそうな色の温泉でしょ? 」
アキさんが小さな窓から見える山の景色を見ながら言った。
少しぬるめのお湯に浸かる。すぐ肌がツルツルする事に気が付き、思わず
「すげっ! ツルツル! 」興奮気味の自分。

「ぬるめだからゆっくり浸かれるねーー 
夏でも」アキさん。

山の中腹辺りの斜面にある所なので、景色を見下ろす感じで気持ちが良い。
露天風呂がまた、良い感じと言う事なので早速行ってみた。露天風呂に繋がるドアを開けるとビックリ! 木で作られた浴槽があるだけ。ちょっと崖っぽい所に浴槽があるので前には、木も無い。

「あれっ、これってあっち側から丸見えですかね? 」

「だねーー でもこんな処、滅多に人来ないし。キツネとか鹿とか熊には見られてるかもしれないけど。ぷぷっ」

どんよりした曇はそのままだったが、山の中ということで少し冷たい風が時折吹き、温泉に浸かりながらには丁度良かった。

「パッとしない天気いつまで続くんですかね〜〜 パッとした事したいなぁ〜〜 」
思わず最近の地味な生活の愚痴が出た。

「そろそろ天気良くなるんじゃない? そしたら何かする? ん〜〜 キャンプとか? 」

ん? キャンプか? いいなぁと思ってしまった。

「ユウちゃんがさーー キャンプ道具かなり揃ってて、前にキャンプでもするか? って言ってたから意外にすぐ出来るかもよ! 」

うおっ! 何か現実味出てきた。
しかしこの街の人は、何でも出来るのね〜〜と改めて感心。
「キャンプやりて〜〜 ! 天気良くなれ〜〜 早く〜〜 」空に向かってお願いする自分。

「じゃ、後で早速ユウちゃんとこで作戦会議だね」
アキさんも満更でもない感じ。

ゆっくりとゆったりと温泉に浸かり、風呂上がりに誰も居ないロビーの様な所で冷たい炭酸飲料を飲んだ。

アキさんが
「マコちゃん、カオリちゃん好きとか気持ちある? 」

ぶーー 。何を言いだすんですかアキさん!

「えっ、やめて下さいよ〜〜 突然」
そういいながら少し、あたふたする自分。

「でも、俺 別に何も無いしカオリちゃんとは。多分この先も無いような気が……
それに最近割とカオリちゃん、マコちゃんの話する事多いから意識してるかな? って思っただけ」結構マジに話すアキさん。

「ダメです。そんな事言ったら! カオリさん本当にアキさん好きなんですから! 」

アキさんに対して初めてビシッと言えた気がした。

「うん、それはね…… わかってるけど。マコちゃんの気持ちは、どうなのかな? って思って。遠慮はしないでね。好きなら好きでいいし。カオリちゃんが決める事だし」

その言葉をアキさんが言った後は、何故か何も言い返せなかった。

帰りの車の中。

いきなり変な事を言いだすアキさんに、オンナ心わかってないな〜〜 と うわべでは思ったが、実際は全て分かっているしアキさんの過去が、そう言わざるしかない事を自分はアキさんの自宅に行った時に知ってしまった…… から。


そんなツライ恋愛だったのですか?

ずっとこれからも1人で抱えていくのですか?

カオリさんでは、駄目なんですか?

自分が何か、力になる事は無いんですか?


                     第3章      終

                ferment 第4章


夏の温泉に入って来た後、早速ユウさんの店 [ピッグペン] にアキさんと共に行った。

まだ開店には大分早く、ユウさんは仕込みの真っ最中。忙しい時にお邪魔したので、

「何なのよ! こんな時間に、忙しいのよ! こっちは…… 」せわしなく動きながらユウさんが、少しイラついた感じで言った。

「いや〜〜 ね、天気良くなったらキャンプでもしたいねーー って、マコちゃんと話しててさ〜」と、アキさんが切り出す。

と! 急にユウさんの手が止まる。

ユウさんの表情が、一変した。
「おいおいおい、早くそれを言えよーー 
何? 何? いつやる? キャンプ? 」

ユウさん! 見事です! その変貌ぶり!
無類のキャンプ好きでしたか〜〜

「晴れたらだけど…… 」アキさんの言葉途中で、ユウさんが
「あっ大丈夫。もう天気良くなるみたい」

ユウさん! 天気予報では、まだ少し天気の悪い日は続くって言ってましたけど?
この人、多少天気悪くてもやりそうですよ! アキさん!

「へーそうなの?  ユウちゃん、やろうと思ったらすぐ出来るの? 」
アキさん! だからまだ天気は良くならないって! 天気予報見てくださいよ! 2人共!

「山? 海? 湖? 何処にする? 」
もう、仕込みすら辞めてしまったユウさん。
「マコちゃんの行きたいとこでいいんじゃない? 」アキさんが自分にふった。

天気の悪い中。山? ヤバイだろ〜〜 三代目の処みたいになりそう。海? ヤバイだろ〜〜 大荒れで寒そ〜〜 。湖? ヤバイだろ〜〜 何がヤバイのかはわからないが……
思わず、
「天気が完全に良くなったらですよね? 」

「マコちゃん。キャンプに天気は関係ないんだよ。天気が良くても悪くてもそれを楽しむ! それがアウトドアさっ! 」

ユウさんが、とうとう言い切ってしまった。
やっぱりこの人は、始めから天気なんてどうでも良かったんですね。

アキさ〜〜ん 、あなたなら常識人だから……

「天気悪い方が、ある意味思い出になるしね」

ぶーー! アキさん! 何言ってるんですか! 

ん〜〜 この人達の年代は、無茶をする年代なのか? ワイルド? バブル?  もう、わかりません。

「山と湖なら、釣りできるぞ。マコちゃん」ユウさんが悪魔の一言。
不覚にも釣りという言葉に揺らいでしまった。

「まあ場所はユウちゃん大体、知ってるんでしょ? だからとりあえず日にちとメンバーだね。それによって変わってくるし」
アキさんもドンドン話を進める。

「カオリ、風邪だって? めずらしーー メンバーはどうでも良いけど多い方がオモロイし、楽だぞ」

そんな感じで、第1回作戦会議は終了した。

家に帰り、天気予報を見る。
やっぱりまだ天気は回復しませんけど?

悪くてもやっちゃうんですよね?
思い出に残るんですよね?

寝よ……

次の日。
朝から快晴!昨日までの天気が嘘の様に。

えっ! 天気予報…… どうなってるの?
近頃の天気予報は、かなり信頼度あるはずなのに。ユウさんのキャンプやりたい思い (念) が、晴れにしたのか?

まぁ久々の晴れ。スッキリした感じには、なったが…… 暑い! 朝から暑い!
最近の天候からすっかり忘れていたが、夏だった事を思い知らされる。
会社に行っても「暑いね〜」の言葉が飛び交う。
そんな暑い中、最近の雨続きの被害状況とお見舞い がてらあちこち飛び回る。

おかげで汗だくのふらふら。

人間は贅沢な生き物だ。
天気が悪いと愚痴をこぼし、天気が良いとアツイアツイと愚痴をこぼす。

夕方になっても暑さが街に篭っていた。

こんな日は、やっぱり冷たいアレでしょ! 
真っ直ぐユウさんの店に行き、
「とりあえずキンキンに冷えたのお願いします」おしぼりで顔やら首やら拭きながら。
「なっ! だから言ったろ! 天気すぐ良くなるって! 」ユウさんが泡を綺麗に入れながら。
「ユウさんのキャンプやりたい執念じゃないすか? 」泡のアレが 待ちきれない自分。

「ほれ、飲め。ぐ〜〜っと。あ、キャンプ女の子2人誘ったから…… 農協で働いてる臨時職員。知ってる? 」

ユウさんの話は、ほぼほぼ聞かずグビグビと冷たいアレを喉に流し込む事に無中。
「生き返るな〜〜 えと、何でしたっけ?
農協の女の子? 知らないっす。農協さんとは、ウチの会社直接交流ないので」
冷たいアレのおかげで冷静になった自分。

「折角だからさ、色々居た方が面白いし。
どう、いいでしょ? 」キラキラした目でユウさんが言った。

女の子2人と言う事で、全く断る理由も無く、
「いいっすけど、何処にするんすか? やっぱ折角だから釣りの出来る山か湖かな? 」

…… ドアが開く。

開口イチバン

「う〜〜み〜〜!海、行きたい! 」
カオリさん久々の登場。
「キャンプと言ったら海でしょ! 山は、虫いるし。湖は…… 何か、えーと…… つまんなそうだし」
風邪をひいていた筈なのに元気でいつものカオリさんが言った。

というか、自分の要望が全否定ですカオリさん。

「風邪治ったんか? カオリ。どうせ腹でも出して寝てたんだろ」ユウさん。

アキさんと同じ事を言ったユウさんの言葉に、思わずツボにハマり肩を揺らして笑ってしまった。

バシッ!  
背中をカオリさんに平手打ちされ
「笑い過ぎ! 腹は出してません! かよわいだけです! 」

その一言が、自分とユウさんに更に笑いを誘った。

「アキさんと温泉行ったんだって? 私を誘わずに…… 」
カオリさんは前にアキさんにやられた、こめかみグリグリを自分にやりながら言った。

「う、痛いっす! カオリさん! でも風邪ひいてたから、しょうがないでしょ!
心配してたんですよ。自分もアキさんも」

「アキさん心配してた? 心配かけちゃったか〜〜 アキさんに」
グリグリを止めてくれたカオリさん。

「自分も心配したんですよ! 自分も」
一応、念をおして言っておく。

「キャンプいつ行くの? 何処の海、行こうかね〜〜 ? 」
わざとなのか、見事にキャンプの話に戻すカオリさん。

というか、カオリさん登場でキャンプは海に…… ほぼ決まりですかね……


                     第4章       終


                  ferment 第5章

何気なくキャンプいいですねっ! と言った3日後、2台の車で快晴の夏空の下を走っていた。流石に急だったので、いつもの4人と農協に勤めている女の子2人の6人で行く事に。
急とはいえ、キャンプ好きのユウさんが準備をほぼ完璧にし、決断力 (我を押し通す力) が完璧なカオリさんが場所と日にちを決め思ってた以上に早く作戦が決行された。
夏なのに、愚図ついた天気が続いた何日か前に、自分が言った『パッとした事がしたい』 作戦。

みなさん、行動力が凄すぎです。

アキさんユウさん2人共、この日の為に店を臨時休業。
カオリさん、何日か前まで風邪ひいていたのに迷わず参加。

まぁ自分としては、何よりも天気が良い事が一番の安心材料だった。

目的地は…… 言うまでもなく。

ユウさんとアキさんが車を出して、腹を出して寝たせいで風邪をひいた人の行きたい所へ向かう。
自分はユウさんの車、農協の女の子2人もコチラの車。アキさんの車にカオリさん。
4人と2人ですけど…… というか向こうの車、ただのデートですよね? カオリさん! 
別に良いですけど…… コチラは平均年齢若いですし!
おかげで車中、ワイワイやりながら。

しかし、ユウさん一人で来て大丈夫なのかな?奥さんとまだ揉めてるのかな?
店、休みにしてキャンプって揉める原因になるんじゃ?でも訊けません。夫婦の事は。

楽しい車中のお陰で、あっと言う間に目的地到着。
キラキラとした海を見渡せるオートキャンプ場。ワイルドなユウさんなので、浜辺にテントでも張るのかと思いきや、キレイに整備されたキャンプ場とは……

ユウさん曰く、
「男だけなら、何処でも良いんだけど女の子いるからねーー テントで寝かせるの可哀想でしょ! 」

ワイルドユウさんらしからぬ、女子を気遣うお言葉。やっぱり既婚者は違う! きちんと考えてる、見習わねば! と思う自分。
まぁ農協の女の子の事を気遣っているのだと思う。カオリさんだけなら多分、話は別
かと……

海好きのカオリさんが、車を飛び出し海を見渡し両手を広げ、気持ち良さげに海風を
感じてた。

男チームは早速ユウさん指導の下、テントの設営など下準備。
一応小さな、貸しロッジ? (バンガローより上でコテージより下の建物) を事前に予約して借りたので、作業は少なく楽に下準備が終わった。

ユウさんとアキさんは、アウトドア用の椅子に腰掛け いきなりビール缶を開ける。

「えっ、いきなり飲んじゃうんですか? 」

「やる事ないし、準備終わったし、飲むだろ! それが楽しみなんだし」
ユウさん! アウトドア、語ってた割に何もしないんすか?

「ちょっと一服というか喉潤すだけよ! 」
アキさん! 思い出になるって言ってたのに、何もしないんすか?

「わたしも、飲んじゃお〜〜 」
カオリさん! あなたが海行きたい! って言ったのに、何もしないんすか?

結局、飲む事が本命なんすね? やっぱり酒好きなんだなぁ。

「マコちゃん、海連れて行ってあげなよ! 
両手に花! 羨ましいな〜〜 」
ちっとも羨ましくない言い方でユウさんが言った。

すっかり車中で仲良くなった農協の女の子二人と海辺に散歩。さすが20代、テンション高めで楽しんでる。思わず自分もつられ楽しんだ。

海辺を結構歩いて行き、振り返ると遠くの方にユウさん達三人も海辺を歩いていた。
ちょっとその光景が羨ましかったけど、コチラも話が弾んでいたので楽しいというか鼻の下が伸びていた。と思う。

その後、ユウさんとアキさんが夕食の準備を始め自分達もお手伝いし、楽しい宴が始まろうとしていた。

夕陽が綺麗に見えていた筈だった。
妖しげな風が突然、サッーと這うように吹いたと思ったら綺麗な夕陽を隠すように厚い雲が覆ってきた。
海辺の天気は変わりやすい事は知っていたが、ここまであっと言う間に変わるとは。
ポツポツと、あまり気にはならない位の雨も降り出した。

ん〜〜 ここにきての天候悪化ですか!

ただ、ユウさんアキさんは余り気にしてなかった。流石、経験豊富な お二人。動じない。
「やっぱり降ってきたか」 
ユウさん。
「不安定な天気って予報通りだね」
アキさん。

あの〜〜 お二人さん? 天気予報みてたのね! しっかりと……
その上で決行ですか…… そりゃ気にしない筈ですよね? 動じない筈ですよね?

ユウさんのテント一式は、タープ (日差し、雨よけ) もあるので多少の雨は気にせず続行。天気の悪さの為、早めに宴が始まった。

やっぱり楽しい。普段と違うシチュエーション。若めの女の子2人加わったメンバー。
まさにワイワイ、ガヤガヤ。暗くなってきて海も見えずただ波音だけの景色だったが、それだけで充分だった。

何とか雨は上がり、女子チームはロッジへ男チームはテントへ。
夜になり風が冷たくなってきた事と皆さん結構お酒が進んだ為、早めに寝床へ。
とはいえ寝るには早いので、男同士の語り合い。
女子チームも明かりが点いてたのでガールズトークって奴ですか?

朝、まだ日が上がって間もなかったが寒さで目が覚める。やっぱり海の朝は冷える。

ふと見るとユウさんは寝袋にくるまってイビキ。
アキさんは…… いない。トイレかな?
テントを少し開け外を見る。朝日が眩しいなか、アキさんが見えた。海を見ながら座りコーヒーを飲んでた。その横にはアキさんにピタっとくっつく様に、カオリさんも座ってコーヒーのカップを抱えていた。

別に会話も交わす事無く、2人で海を見ていた。その光景が素敵に見え、自分もその場で眺めてた。寒かったので温かそうなコーヒーが美味しそうで、羨ましかった。

やっぱりお似合いだな、あの二人は。

そう思い静かにテントを閉めた…… はずが、
寒さで手が悴んでいたせいか音を出してしまった。
思わず固まってしまった。と、テントを外側から強引に開けようとしたので、そっと自分が開けた。強引に開けようとしたのはカオリさんだった。

カオリさんが…… じーっと見つめ、
「トイレ? それとも只の覗き? 」

「トイレですよ〜〜 ただ、お邪魔かなと思って」

「ええそうね、お邪魔です! ほら、早くトイレ行きなさいよ〜〜 」カオリさんが鬱陶しげに言う。
そそくさとテントを出て一応トイレに行く。
戻って来るとアキさんが
「寒いでしょ? コーヒー飲んで温まる? 」

「いいんすか? 」遠慮気味に…… うっ! カオリさんの視線を感じる。
「マコちゃんさ〜〜 今頃、気を使わないでよ。似合わないし。こっちがラブラブじゃないのも、わかってるでしょ」

カオリさん。何か言い方にトゲあるっす。
朝日の綺麗な海でアキさんへのアプローチ、駄目でしたか?

自分のせいでは無いですよね?
無いですよね?


                         第5章    終

                   ferment  第6章

キャンプの朝食はアキさんの焼きたてパン。その為にアキさんは、昨日から準備をし朝早く起きていた。ユウさんが持って来たダッチオーブンを使って綺麗にパンを焼き上げた。
気温は上がってきたが、まだ冷たい海風が吹く朝にアツアツでフワフワのパンをちぎって食べる。鍋 (ダッチオーブン) で作ったとは思えない柔らかさ。そのままでも少し甘みがあり美味しいのだが、アキさんがスペシャルな物をだした。高級そうな小さな瓶に入った蜂蜜。それをちぎったパンにたらりとかける。その蜂蜜は自分が知っている物とは違い、サラっとしている。
「ほれっ」とアキさんが手渡してくれた。より甘く、柔らかなパンに染みていく。香りもいつものハチミツと違う。

「うおっ! 何すか? この蜂蜜! 」

自分の発したその言葉に、皆がその蜂蜜に群がる。キャンプで一夜を過ごした朝、多少の疲れがある皆さんに甘〜〜い蜂蜜と柔らかなパンは、ホッとさせ疲れを吹き飛ばしてくれた。
「いつの間に作ったんですか? 」農協 勤めの子が訊いた。

「昨日の夜かるく準備して、朝早めに起きて。簡単に作れるパンだから大した作業はしてないよ」サラっと言うアキさん。

「パンって発酵とかあるから大変かと思ってた」自分の言ったことに皆が、うなずいた。
「発酵のやり方も色々あってね、温かいところで発酵させるとか、冷蔵庫で一晩とか。昨日の夜は寒い位だから丁度良かったよ」アキさん。

「だからアレだ! パンも発酵 (ferment ) が大事な様に、人にもそういう我慢と言うか忍耐が必要と言う事だ! 」ユウさんが何か上手い事を言ってはみたが……

「ユウさんも発酵し過ぎて破裂しないようにね! 仲良くしてよ、奥さんと」
カオリさんの返しで笑いに変えられた。

海を見ながら美味しいパンと、のんびりと笑いがある朝食。これだけでもキャンプのいい思い出になりそう。それは自分だけでなく皆が、そう思ってた。おかげで只でさえ素敵なアキさんがより、ポイントアップ! 女性陣のアキさんを見る目が更にキラキラ、星が写り込んでいる様だった。

何故か、カオリさんはその様子に誇らしげ。
いや…… カオリさん。さっきアキさんとはラブラブじゃないって言ってたじゃないすか。まだ彼女では無いんでしょ? それでもやっぱり嬉しいもんすか? 好きな人が注目されると……
アキさんが羨ましいのと多少の嫉妬で余計な事まで考える、相変わらず情けない男です自分は。

その後、みんなで海に行き写真を撮ったり、軽く遊んだり。夏の海だがこの辺りは海水が冷たいので、流石に泳げない。波打ち際でキャッキャッと、はしゃぐ程度。
はしゃぐ程度なのに何故か自分だけ下半身ずぶ濡れになった。
腹出して寝て風邪ひいた人にまんまとやられて……

そして片付けをしてキャンプ場を出る。

海にいたので髪の毛もゴワゴワ、男性陣は髭も生え、顔もテカってたので近くの温泉に行きリフレッシュ。
皆さんサッパリして帰路に着く。

こうして一泊のキャンプだったが、楽しく何より無事に終わり一安心。
自分にとってはキャンプの楽しい思い出の他にもちょっとだけいい事もあり…… まさに今回の 『天候が不安定だけどキャンプやっちゃうよ (仮) 』 作戦は、大成功となった。

夏の遊びを満喫した後は、仕事が山積みだった。ただそれは自分だけでなく、ユウさん、アキさんにとっても同じだった。
二人共、キャンプに行く為に店を臨時休業にし、ユウさんは家族を放ったらかしにした責任、アキさんはオーブン修理でキャンプ前にも店を閉めてた責任を取り戻す様に働いていた。
仕事は忙しかったが、自分はそれを感じない位少し浮かれていた。

キャンプの楽しい思い出と同時に得た 、
いい事がそうさせていた。

キャンプに一緒に行った農協 (農業協同組合) 勤めの女の子の一人と、ちょっと仲良く出来て連絡先の交換ができた。

真衣 (マイ) ちゃん。25歳。一人暮らし!

この小さな街で女の人の一人暮らし。
ちょっと珍しい。大体が地元の人なので実家暮らしが普通。カオリさんも実家暮らし。彼女 (マイちゃん) は、この街の出身では無く、ちょっと離れた街の出身。去年まで隣街で働いていたがその後、農協の臨時職員としてこの街に住み始めたらしい。この街には、親戚も居るし知り合いも居るので抵抗無く住めているらしい。
自分からすれば25歳は、凄く若く感じる。少し後ろめたさの様なものを感じつつ、一人暮らしという言葉に胸が踊ってしまった。
 (自分も所詮、欲にまみれた男だった様です。)
この街に来るまでは一人暮らしと言う言葉に、深く考える事など無かったのに。
そんな欲望剥き出しの軽い男は、勝手に
 (モテ期、到来? ) と信じ、ご機嫌な毎日を過ごす。

真衣 (マイ) ちゃんとは、毎晩の様に連絡を取り合った。マイちゃんも気軽に接してくれて感じ良かった。やっぱり一緒にキャンプに行った事が大きかった気がした。小さな街で夜は、暇する事が多いのも逆に良かった。何となく楽しい感じで話は出来たが、いまいち男女の関係っぽくは、話が進まなかった。多少年齢の差があるのでそんな感じなのかなと、そんなに気にはしなかった。
たま〜〜 に、ご飯を食べたりユウさんの店へ行ったりしたが二人きりでは無かった。
アレっ? 警戒されてる? それとも二人きりは、恥ずかしいとか? 色々考えてみて、ここはアキさん、ユウさんを見習って大人の振る舞いをしようと。落ち着いた懐のふかい感じで……

そんな似合わない事をし、女の子に現を抜かしていたら。

やらかしてしまった。
仕事でミス! 結構な失態。
今まで慣れない仕事なりに一生懸命やってミスのない様、丁寧にやって来たつもりだったのに。
この忙しい時期に農家さんに大迷惑をかけてしまった。自分の凡ミスだが、それが農家さんにとっては大損害に繋がる事もある。すぐさま出向き謝罪する。たまたまユウさんと繋がりのある方なので、
「大丈夫だよ! 」と声をかけては貰ったが…… 辛かった。気を遣ってくれた事が。
ユウさんの店にも行き、事の経緯を伝えた。

「次! 次が大事。同じ事しない様に」

ユウさんからの言葉に胸が詰まった。
やっぱり自分は情けない、だらしない、何も変わってない。
お酒も飲まず、そのまま帰った。

次の日朝早く、アキさんが訪ねてきた。

「人間大事なのは、きちんと食べる事」

そう言って、焼きたてのパンを渡してくれた。
わざわざ朝早くに焼いてくれた。
ユウさんがアキさんに言ってくれた。
泣きそうになりながらパンを食べた。

メールが来た。カオリさんだった。

「ガンバレ! 一生懸命が取り柄でしょ! 」

も〜 朝から泣かせないで下さいよ〜〜
ありがとうございます。

                        第6章    終

                ferment  第7章

浮ついたうえ情けない自分。
そんな自分に声を掛けてくれるアキさん、ユウさん、カオリさん。
それ以外にも会社の人達や普段お世話になってる方々にまで、声を掛けて貰い気遣って貰った。改めてこの街の皆さんに支えられ、見守って貰っている事を実感した。

釣りを教えてくれた三代目の所に、仕事で行った。

「マコちゃん、やらかしたみたいだね。大丈夫だった? 」と言われ、返す言葉も無くうなだれてしまった。
「ありゃ、かなり凹んでるねーー でも何とかなったんだろ? じゃ良いじゃん! 」

「でも…… 色々迷惑掛けちゃったし…… 」
ブツブツと小さな声で自分が言った。

「迷惑掛けるのは、お互い様! 俺らだってわがまま言ったり迷惑掛けてるよ。
でもさーー 互いに信頼があるから成り立ってんだよ」

汗を拭いながら三代目が笑顔で続ける。

「ちょっと言うのはハズいけど。俺も含めみんなさ〜〜 今までマコちゃんが一生懸命だった事、知ってるから気にするんだよ。もうとっくにマコちゃんは、みんなから認められて信頼されているんだよ」

また、泣きそうになった。

「うわっ! やっぱりハズい! こんな事言わせんなって。反省する事も大事だけど、素直に受け入れる事も大事! 遠慮すると付き合い難くなるぞ! 田舎では」
軽くお尻に蹴りを入れながら三代目が言ってくれた。

「三代目まで気を遣わせてしまって…… すいま……せ」すいませんと自分が言う前に、

「だ〜か〜ら〜 それが余計だって! 俺は何も関係ないし。お互いがんばろうや〜〜 コツコツやるしかないだろ! 」
三代目が腕を組み、胸を張って言った。

三代目は自分と歳があまり変わらないのに、とても堂々としていて…… 自分と比べると如何に自分が『甘ちゃん』だった事を思い知った。

家に帰っても何もする気力も無かった。
アレからユウさん、アキさん、カオリさんは静かで、気を遣ってくれてるのかなっと
思った。そんな中、マイちゃんが連絡をくれた。あまり気がのらなかったが……
流石、農協に勤めているだけあって農家さんの情報は知っていた。
大分、歳下の女の子にも気遣って貰い微妙な気持ちだった。
マイちゃんが今度の日曜日の予定を聞いてきた。仕事も溜まってるし、自分のミスで余計やる事が増えたので会社行くよって言った。
それでもマイちゃんは、少し息抜きしてリフレッシュした方が良いのでは? と言ってくる。どうやら一緒に行きたい所が、あるらしい。渋ってはみたが、少しだけという事でオッケーした。珍しくマイちゃんが強引だったので、押しきられた感じ。

日曜日。マイちゃんとの約束は昼なので、午前中は会社に行き一人で仕事をした。静かな会社で、たった一人。黙々と仕事をした。自分への戒めの様に。

昼になり家に戻る。待ち合わせは、自分の住んでいるアパートの前。何処でも迎えに行くのに、何故アパートの前なんだろうと思った。あまり深くは考えず、ただマイちゃんをボーっと待っていた。

「お待たせしました。すいません。早速行きましょ」マイちゃんが明るい笑顔で言った。
「何処?  車、使わないの」
戸惑いながら訊く。
「あっち! 」と指を指すだけのマイちゃん。
ただマイちゃんに付いて行くだけだった。
中心部、ユウさんの店近く。
何やら賑やかな感じがする。
飲食店が並ぶ建物の間にある公営の駐車場で何かやっていた。
「何、やってるの? 」思わずマイちゃんに訊いた。
「ビアガーデン! 」マイちゃんがそう言いながら自分の背中を押し、中へ入れる。簡単なテーブルと簡単な椅子が置かれた、手作り的な会場。炭火が焚かれ肉を焼いて煙がモクモクする中、ご機嫌な人達がビール片手に楽しんでいた。

「あっ、来たな! お二人さん。ヒューヒューだぞ〜〜 」カオリさんがいきなり冷やかす。

「さっ、座った、座った! 」
ユウさんが急かす。

「ちょうど良い時来たね〜〜 ピザ焼きたてだよ! 」
アキさんが大きなピザを運びながら……

大ジョッキがテーブルの上に並べられ
「じゃ、早速!乾杯するか? 」
「ん〜〜 ビアガーデンに乾杯かな? 」
ユウさんがそう言いながらジョッキを持ち上げた時、カオリさんが言った。

「マコちゃん、やらかして半ベソかいた記念に…… かんぱ〜い! 」

「乾杯〜〜!」「かんぱーーい! 」「カンパ〜〜イ! 」皆が、ジョッキを打ち鳴らした。
ガクッとなった自分だか、三代目の言葉『素直に受け入れる。遠慮すると付き合い難くなる』を思い出し、
「皆さんにも迷惑掛けてすいませんでした! 乾杯〜〜 ! 」と周りにも聞こえる位の声で言った。

「別にウチらは、迷惑かかって無いし」
ユウさんが何食わぬ顔で言う。
「だね〜〜 私達に迷惑掛けてたら、とっくにこの街から叩き出してるよ〜〜 」
相変わらず言葉がキツいカオリさん。

「でも、色々気を遣って貰ったし。自分の事考えて、そっとしてくれてたし…… 」
目を見て話せない自分。

「気を使ってやりたかったけど、こっちも忙しくて、このビアガーデンの仕切り任されてたから」

えっ? ユウさん、そうだったの? 最近静かだったのは、そっとしてくれてたんじゃ?

「マコちゃ〜ん? 自意識過剰じゃない? 人の事、構ってる暇ないよ! みんな! 特にマコの事なんて、めんどくさそうだし (笑) 」
カオリさん、面倒って! キツすぎる。

「あーー あのパンどうだった? 朝、持って行ったやつ。新作パンを考えていてさーー 徹夜しちゃったよ」
ア、アキさん ? ワザワザ朝焼いてくれたんじゃ?

「マコちゃん! 急いで取り戻そうとしても駄目よ! ゆっくりやりなよ仕事! 」
ユウさんがビールのジョッキを更にテーブルに並べながら。

「今日はさ〜〜 お祭りみたいな日だからさ。お祭り好きでしょ? 今日は、仕事忘れてパ〜〜っと」両手に大ジョッキを二つ持つ、カオリさん。二つ持ってどうするの? 飲んじゃうんですか? カオリさん。

「良かったね。マコちゃん。みんな、ちゃんと見てたから信頼できるんだよマコちゃんの事」アキさんが肩をポンとしてくれながら言ってくれた。
本当は自分の事、気にしてくれて気遣ってくれて心配してくれてたのは分かってます。
感謝です。この人達に出逢えて。

「で、マコっ! どんくらい、会社に負債出したんだ〜〜 ? 」
カオリさん、ピッチ早くないすか? べろべろじゃないすか!
で! 聞きます? そういうデリケートな事!


                     第7章       終

               ferment  第8章

真夏の日曜日。ユウさんをはじめ、飲食店をやっている人達が企画したビアガーデン。しょぼくれてた自分をわざわざ誘ってくれて、ありがたい気持ちだった。
どうやら、ユウさんとカオリさんがマイちゃんに自分を誘う様に頼んだらしい。
どうりで、マイちゃんが少し強引に誘ってきた訳だった。早々と出来上がったカオリさんを見たせいなのか、まだ自分の気持ちがスッキリしないせいなのか、あまりビールはすすまなかった。それでもその場は、楽しい時間を過ごせた。

べろべろでフラフラしているカオリさんを何故か自分が送る事に。
田舎の街なので道路を走る車も少ないおかげで、まさに千鳥足状態のカオリさんも自分の足で歩いていた。

「今日は、随分飲んだしピッチも早かったすね! 何かあった訳でも無いんでしょ? 」
聞こえてるか分からなかったが一応訊いてみた。
「ふふっ。マコちん! わたしはね〜〜 常に色々ある訳よ〜〜 悩み多きオンナなの! わかる? 」 
しっかり聞こえてたようです。
って、マコちん⁈ まだマコの方がいいっす。

「アキさん? 」カオリさんの悩みと言ったらこれかな? と思いながら。

「アキ? …… アキか〜〜 。秋本か〜〜 。駄目かなわたしじゃ…… どう思う? マコっち」

あれ。ネガティヴ。何かあったかな?
というかマコでいいです。

「カオリさんらしく無いっすね。諦めモードですか? 」
「らしくないか〜〜 マコっぺなら、どうする? 上手くいかない仲でも追いかける? 」
「うーーん、自分は諦めてしまうかな? ヘタレで根性無しなので…… 」
マコで、お願いします。マコっぺは嫌!

「真衣ちゃん好き? ヘタレマコ」
「まぁ、いいなぁって感じだけど歳もね、あるし何か恋愛って感じには、ならないので…… どうっすかね〜〜 ? 」
ヘタレは付けないで…… 自分でも承知してるんで……
「歳は関係ないんじゃ無い? それ言ったら、アキさんとわたし一回り違うし。でしょ? 根性無し」
とうとう、名前すら無いっす。ただの悪口になってますよ! カオリっぺ!

「わたしが言う事じゃないけどさ〜〜 ん〜〜 。今は、彼女作るより仕事に集中したほうがさっ。やらかした訳だし! ぷっ」

「もう、勘弁して下さいよ〜〜 反省してるんすから。勿論仕事は、しっかりやります」

「ありがとねマコちゃん、送ってくれて! 辛い事あったら付き合うから言ってね」

やっと普通に呼んでくれた。
何か、最後変だったな〜〜 らしくない。

何とか、カオリさんを送り届けた。

うーーん。やっぱりカオリさんには上手くいって欲しいな。アキさん! わかってあげて下さい、色々あると思うけど。

家に帰ってもカオリさんの言葉が気になっていた。酔ってたせいかな。

それから10日後。お盆の時期。夏休みで実家に帰る。この10日、必死に働いた。自分のミスを取り戻す為では無く、迷惑を掛けた人、気を遣ってくれた人達の為に。
おかげでより一層、日焼けした姿に親は驚いていた。
16日に戻ってきた。案の定アキさんは居なかった。
スーパーに買い物に行ったら、キャンプに一緒に行ったマイちゃんの同僚に会った。
何気なくマイちゃんの事を訊くと、歯切れの悪い感じ。詳しく訊くと8月いっぱいで仕事辞めるそうだ。辞めると言うより臨時だったので期間満了。更新も出来るらしいが、しなかったらしい。
呆気に取られてると、同僚は全部話してくれた。どうやら元カレが絡んでもいるらしい。あう〜〜 。道理で恋愛っぽくならなかったのかと、改めて思った。二股じゃないだけマシか〜〜 と自分を慰めた。

今になって思うと、前にカオリさんが言ってた事。うーーむ、もしかしてカオリさん知っていたのかな?

カオリさんに連絡を取ってみる。
カオリさんは、へぇ〜〜そうなんだと軽い返し。その軽い感じで知っていたんだなと思った。何となくやりきれない感じがあり、一人でユウさんの店へ。
お盆も過ぎた事もあり店は静かだった。

「何も無かったのに、フラれた気分っす」

「あー農協の子?やめるんだって?」ユウさんがテレビを観ながら言った。
「女の人と縁ないなぁ〜」愚痴る自分。

「そのうち出来るよ! 彼女。こんな田舎でも意外と、いるぞ女の子」こっちを見ないユウさん。
ユウさんも知ってたか〜〜 仕草で分かるようになった。
仕事でやらかして、彼女も出来ず。と、言うより恋愛に発展する前にフラれる。情けねーー 。 この夏は何だったんだ〜〜! でも充実感は、ある夏だけど。

その2、3日後。仕事終わりにカオリさんが失恋パーティをしてあげると言い、ユウさんの店に集まる事に。
アキさんも店閉めてから来るはずなのに。
電話しても出ない。片付けが大変なのかなと思い、カオリさんと二人で行ってみた。

店の看板の明かりが点いてる。店の中も明かりが点いてる。店のドアには [close] の札。どうしたんだろ? 一応店のドアを開けてみる。
開いた。ただ静かな店内。店をやってる時はジャズが流れてるけど。まるで音がしない。パンを置いているダイニングテーブルは、キレイに何も無い。自宅かな?車はあるし。自宅用の玄関に向かおうと、でも何故か自分は気になり店の奥へ。

やっぱりいないか〜〜

と思ったら、店の奥の隅で……

アキさんが倒れていた。

えっ!「アキ…… さん…… ? 」
声がちゃんと出せず、ただその場で固まってしまった。

「ちよ…… っと……! 」
カオリさんがアキさんに飛びつく。
「アキさん? …… アキさん! ……
     何で? なんで? 」
アキさんの顔を抱き抱えるカオリさん。

混乱した自分が、必死に携帯で救急車を呼ぼうと119番を。混乱と普段119番なんてかけた事ないので指が震える。声に出し119番と言いながら救急車を呼んだ。

アキさんは、息はしていて身体も動いていたが意識がハッキリしない感じ。苦しそうな表情だった。カオリさんはずっと「アキさん! 」と呼び続けていた、涙をボロボロ流しながら。救急車が来る間、ユウさんに連絡した。ユウさんは意外にも
「わかった。すぐ行く」とだけ言った。
救急車が来て色々処置をし始めた頃に、ユウさんが来た。ユウさんは救急隊員に何かを伝えその後、アキさんは救急車に載せられた。
「俺がついて行くから、マコちゃん悪いけど後で迎えに来てくれる? 連絡するから」
ユウさんがそう言って救急車に一緒に乗り込んだ。カオリさんも一緒に行くと言ったがユウさんに断わられ、自分に「カオリを頼む」と言い救急車は走り出した。

何が、あったのか。アキさんは大丈夫なのか。ユウさんの行動から、何か知っているのか……
ただ何も考えられない程パニックだった。

涙を流して取り乱すカオリさんを抱えながら……

アキさん、大丈夫だよね…… アキさん……


                 第8章     終

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