令嬢の一人語り。【メイド視点】前編

がーねっと

令嬢の一人語り。【メイド視点】前編

私はその時、お嬢様のお茶を用意しておりました。その日はお嬢様が落ち込んでいましたので少しいつもより高めのお茶をご用意していたのです。お嬢様はお茶を一口飲むと、頬を綻ばせ美味しいわ、と優しくお声をかけてくださります。私は嬉しく思いながらお茶菓子を用意しておりました。お嬢様が、お茶菓子に手をつける、まさにそんな時でした。バンッと大きな音を発てて扉が開かれたのです。そこに居りましたのは、公爵家で働く者なら全員が苦々しく思っているお嬢様の婚約者様でいらっしゃるミロード殿下と、醜い令嬢とその取り巻きです。皆それぞれ位が高い者達ばかりです。まあ、あの醜い令嬢は男爵の娘らしいですが。普通男爵の娘なら、他の家より上の家のものに対する礼儀作法は厳しくしつけられるはずです。なのに、淑女の部屋にノックもせず、剰え許可も貰わずに入室するとは。不敬として捕らえられても文句は言えませんね。お嬢様は命じて頂けないでしょうが……。私は思わず睨み付けながらお嬢様の斜め前でいつでも攻撃出来るように立ち憚る。お嬢様は、煩く
叫んでいる王子達を気にする風もなく紅茶を飲み、ようやく口を開いた。




「…………あら? どうしたの? 権力を持った御子息を引き連れて」




にっこりと笑顔で婚約者である殿下でなく、親しい友人の兄でいらっしゃる宰相の長男でもなく、自身の弟君でもなく、男爵の醜い令嬢に話し掛けた。私は不思議に思いながら、平常心で居続けることに力を注ぎ、顔に笑顔を張り付けていました。




「あぁ。私を説得しに来たのね? ふふふ……」




ギャーギャー騒いでいる王子達をチラリと横目で見ながらお嬢様は朗らかに笑う。そんな姿に何故か怒りを全面に見せる王子達。私もお嬢様を見習い、笑みを深めて騒いでいる奴等を見詰めた。




「健気な子、と言えば良いのかしら? まぁ、言いに来るのは必要なことですものね」




お嬢様はそう言って紅茶を飲み干した。私は素早くお茶を注ぎなおしお嬢様の前へと差し出します。そうすると、あの醜い男爵令嬢が何故あんな酷いことをするの、と言って泣き出してしまいました。しかし、私は見逃しません。王子に抱き付く瞬間に口元に笑みを浮かべていやがりました。おっと、口が悪くなってしまいました。気を付けなければ。しかし、お嬢様もあのアバズレの笑みには気付いているはずです。なのに、笑顔は崩しません。それどころか、笑顔であのアバズレに話しかけていらっしゃいます。流石です! お嬢様!




「あらあら、もう泣いてしまうの? 泣くのが少し早すぎるのではなくて? 今までの話のどこに泣く要素があったのか教えていただきたいわ」




流石、お嬢様。普通にお話をするのかと思いきや、軽く毒を混ぜていきました。それに気付いた宰相の御子息は静かに怒りを顕にしています。まあ、お嬢様は聞いていませんが。




「あぁ、貴女の隣に居る王子を同情させる必要があったわね。すっかり忘れていたわ。貴女はその子を自分の所に留める為ならきっちりとイベントをこなして行く子だったわね。本当に、驚くほど貴女はその子のイベントを完璧にやり遂げているわ。好きなその子を自分に留める為に。貴女は極度の怖がりだものね」




途中、意味が分からない言葉が出てきましたが、王子が煩く叫んでいるせいで聞くことが出来ません。本当に邪魔な人です。がそんなことは表情に少しも出しません。出してしまったらそこで公爵家の召し使い失格です。ですので、私は本当は物凄く嫌悪感がありますがこの貴族失格な人達に笑顔を向けて威嚇します。




「……あら? 何故王子が怒っているの? 私は本当のことを言っているだけなのに。取り敢えず、煩いわ。黙っていなさいな。私はそこの令嬢とお話がしたいのよ。」




お嬢様がそう言うのであれば、黙らせようと実行するのが我々です。動くのは私ではありませんが一瞬の内に王子がどこかへ連れて行かれました。出来れば全員連れて行ってもらっても構いませんのに。まあ、それではお嬢様に有らぬ疑いをかけられてしまいますからね。仕方ありませんね。




「……全く。本当に煩い子なんだから。王子として失格よね。それでも貴女はあの子が好きなの? 本当に?」




笑顔で聞くのはこのアバズレの真意を図っているからでしょう。お嬢様は器用に目だけ笑わずに問いかけていらっしゃいます。アバズレはそんなお嬢様の様子には気付かずにただ軽そうに頷いているだけです。本当に好きなのか、私ですら疑ってしまうような返事ですね。この返事を旦那様が聞かれたらなんて言うでしょうか。聞いてみたいものです。




「……へぇ、そんなに自信を持って即答出来る程に好きだと言うのね。感心しちゃうわ。どこが好きなの? 顔? 体格? 地位とかかしら? ……もしかして、性格だなんて言わないわよね? あの子の性格は、難がありすぎるわよ?」




明らかに嘘と思える返事をしたアバズレの言葉を飲み込み、お嬢様は話を進めます。婚約者といえども一応王の子である殿下を軽く見ているような発言ですが、社交界の裏側では皆様が呟いていることですからアバズレもそこに関しては何も言いません。が、はっきりと全てが好きと答えるのはやはりどこか嘘臭いものを感じてしまいます。




「あら、貴女は全て、と答えるのね。すごいわね。そこは褒めてあげてもいいわ。本当に貴女はあの子が好きなのね。でも、その今抱えている感情は、何かしら?」




お嬢様は笑いながらアバズレを睨みつけながら、褒め、問いかけます。問いかけた瞬間に辺りの気温が2度くらい下がったような錯覚に陥りました。この冷気の発生源は間違いなくお嬢様でしょう。そして、冷たい眼差しの中に喜びの色が写り込んでいました。これから、何を言い出すのか。少し不安になりつつあります。




……答えられないの? なら、私が答えてあげましょうか? ふふふ……そんなに怯えなくても良いじゃない。泣くのもいきなり止めちゃって……。本当に怖がり、ね。貴女のその感情は恐怖よね。貴女は怖いのよ。私と対峙するのも、あの子が好きなのも。あの子はどうせ貴女に気持ちなんて何か切っ掛けがないと伝えない人だものね。あの子はなにしでかすか分からない人だもの。貴女はそれが怖いのよね。でも、その気持ちを伝えようとは思ってない。それすらも、怖いから。伝えて、どんな反応が返ってくるか分からないから。伝えて、重たい女だと言われるのが怖いから。そうよね?」




立て続けにアバズレの感情を言い当てるお嬢様。最後に首を少し傾げる仕草が可愛らしく見えます。反対に、アバズレは涙を止め、言葉もはっぜず、少しずつ顔の色が無くなっていきます。そして、少ししてお嬢様の言った言葉が理解できたのか、首を横に大きく振りながら違う、違うと叫び始めてしまいました。こうしてみると憐れですね。まあ、お嬢様が情けなどかけてくれるわけもありませんが。




「……あら、違うと、言いたいの? 違わないわよね。そんなに隠さなくても良いじゃない。貴女のその感情は素敵よ。違う? 怖くないと言いたいのね。それは私に対してかしら」




それは、問いかけではなく確認。しかも、アバズレ相手にではなく、お嬢様自身への。少し考える素振りを見せたお嬢様は小さく首を振りました。




「……いいえ、違うわ。その言葉は貴女。自分自身への言葉よ。貴女は分かりやすいから。そんな感情がチラチラと覗いていたわ。まぁ、周りの子達は気付いていないようだけれど。そうやって無理して明るく振る舞う必要なんてないのに。無理して純真で、信じてると言い続けなくても良いのに。そういえば、貴女。二日前に泣いていたそうじゃない。あら、これは関係なかったわね。少しこの話もしたかったのだけれど、ダメみたいね。止めておくわ」




お嬢様がふと、前のことを思い出したようです。それを、アバズレに話そうとした瞬間のあの視線。あれで睨まれたら大概の人は気絶してしまうんじゃないかと思うくらいに怖く見えたのではないでしょうか。まあ、あれくらいの視線くらい私たちの周りでは日常茶飯事のことなのですが。しかし、周りの人達は煩いですね。アバズレに色々と言っているようです。そんなに二日前のことが気になるのでしょうか。いえ、あの人達にとっては大事なことなのでしょう。お嬢様も想い人のことになると聞きたがりますし。人によっては大切なことなんでしょうね。まあ、私にとっては興味がないことなので早く終わらせて欲しいですが。




「……気になるの?まあ、そう言うのなら続けましょうか。貴女のことだから、周りの子達の意見に強く反論出来ないと信じてたわ。ふふふ……そんなに怒らなくても良いじゃない。そんなに怒っていると、シワが濃くなるわよ? ああ、そうだったわ。話を戻さなくてはね。貴女の眉間のしわの話をしに来たのではないわ。えっと、二日前の貴女があの子に酷いこと言われて泣いた話よね。ええ、覚えているし、分かっているわ。怖いのを抑え込んで、自分の暗い感情を出さないようにして元気に振舞っていたのに、鬱陶しいと言われたのよね。ええ、しっかりと覚えているわよ。あら、どうしたの? 下を向いて……」




少し単語を出した程度で暗い表情になるアバズレ。お嬢様はどうしたの、とか言いながらも言葉に少し笑いが含まれています。私は満面の笑みでアバズレを見てやりました。そうすると、周りの人達が煩くなりますがアバズレの話のほうが大事なのでしょう。先を進めてきました。




「聞きたくなかったのなら周りの子達を抑え込まなければだめよね。続けていいかしら?」




そう言いながらも絶対と言っていいほどに続ける気でいるお嬢様。アバズレは何も反論しません。いえ、出来ないのでしょう。




「返事がないなら続けるわよ? 続けるわね。貴女は、自覚していたのよね。自分がどういった人間かを自覚し、理解しているはずよ。本来の姿は、根暗で、うじうじして、人に話しかけるのでさえ怖い人間よね。今のような明るい人間ではないはずよ。怖くて、怖くて、周りにびくびく怯えて、今でさえ逃げ出したいと思っているのよね。そんな自分が嫌で、貴女は自分自身を壊したの。ねぇ、貴女が自分自身を壊したのはいつ?」




お嬢様が言葉を切って発言していきます。そこには、笑いや、侮蔑なども含まれているのでしょう。私は何も言わずに見守るだけです。 




「五年前に一人になったとき?


八年前に友達に捨てられたとき?


九年前にいじめが始まったとき?」




そこまで言うと、アバズレは喚き散らし始めました。顔をグシャグシャにしながら言う姿はお嬢様にはとても良いことだったのでしょう。今までとは違う、本物の笑顔でアバズレを見ていました。周りの人達も取り乱していますが、こんな状況を放ったらかしにはしないお嬢様。まだ、話は続くのでしょう。



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