鬼ノ物語

フーミン

11話 幸福

な、何が起きてるんだ……? この男は誰だ? なんで俺は……こんなにも安心してるんだ?


「出れるか?」
「っ……」


男がベッドの外から手を指し伸ばしてきたので、その手を掴んで立ち上がった。
ㅤカケル……って言ったか。


部屋の扉側には、さっきの女性が静かに俺に頭を下げた。俺も頭を下げる。


「何が起きたのか分からないようだけど、分からなくていい。とりあえず、俺は怖くないか?」
「は、はい……」


カケルさんの心の声も、ユキさんと同じように聞こえない。女性の方は離れているので聞こえない、


「……そうだな……お前、奴隷なんだろ?」
「か、カケル様!」
「静かにしててくれ。
ㅤ奴隷なんだろ?」


改めて聞いてきた。
ㅤ確かに俺は奴隷……だった。今は違う。


「前は……奴隷……」


小さく声に出すと、カケルさんは俺と同じ目線までしゃがんだ。


「俺の奴隷にならないか?」
「えっ……?」
「はぁ……」


何を言っているのか分からない。女性も溜め息を吐いている。
ㅤこの人の……奴隷? 自然と悪い気はしなかった。それでも。


「酷いこと……するんですか……?」


奴隷というのは、そういう存在だと認識している。


「ああ言い方が悪かったな。俺の仲間として、一緒に居てくれないか?」
「仲間…………」
「お前の事は俺がずっと守ってやる。俺は強い。あの勇者のユキなんかよりもな」
「ユキさんより……強い……」


ㅤ"ずっと守ってやる"ㅤその言葉に、何故か俺は安心して涙を流した。


「ま、守って……くれるんですか……?」
「ああ、どんな事があろうとな」


この人なら、全てを任せられる気がする。鬼人族の本能がそう感じ取った。


「守って……ください……」
「ああ」


俺の決意関係なく、カケルさんは軽く返事をして、俺の頭を撫でながら立ち上がった。


「という事だ。王女に伝えといてくれ」
「……分かりました」


女性が部屋から出ていき、部屋には俺とカケルさんだけとなった。
ㅤかなり荒れた部屋を見て、さっきまでの自分を思い出す。
ㅤあれ程恐怖に怯えて、不安に押しつぶされそうになっていた俺が、どうしてこうも安心しているのだろうか。
ㅤまるで、この人が強い事を知っているような。何があっても守ってくれるように思える。


「ニオ……って言ったか」
「……はい」
「大変だったな」


この人はまるで、俺の全てを知っているかのように話してくる。たった一言で、この人は全てを理解して守ってくれると、そう確信した。


「大変でした……死ぬほどっ……辛かった……っ……」
「……」


カケルさんに抱き寄せられ、優しい腕に包まれて泣いた。この世界に来て初めて、幸福感というのを感じた気がする。


バタンッ!! 「カケル様!? 小さい子に手出しして私の……こ、と……は…………可愛いぃぃいいい!!!」


大きなドレスのスカートを持ち上げて、抱えながら走ってきた変な女性は、俺を見ると近づいてきた。


「えぇ!? 何これ! これが重症の娘だったの?」
「ああ」
「ぶえぇ……」


ほっぺたを引っ張られて、変な女性のオモチャにされた。


「この変な人……誰ですか……?」
「この国の王女様だ」
「王っ……!?」
「な、何よその目は……そりゃ確かに王女らしくないわよ」
「お前の場合性格が、だな」
「ムキーッッ!!」


なんだろう。この王女と呼ばれる変な人は馬鹿なのだろうか。


「それで? この娘を仲間にしてどうするつもり?」
「どうするも何も、ただ仲間にしただけだ」
「ただって……何も考えてないの?」
「お前、こんな小さい子を放っておけるのか?」
「……」
「ほら見ろ。そういう事だ」


何がなんだか分からない。
ㅤただ一つだけ言える事は、今の俺は幸せだという事だ。


ㅤ何も恐れる必要がない。全てカケルさんが何とかしてくれる安心が、俺の全てを癒してくれる。


「まさか冒険に連れ出す気じゃないでしょうねぇ……」
「駄目か?」
「駄目に決まってるじゃない! こんな小さい子を危険に晒すの!?」
「可愛い子には旅をさせろ、だ。それに俺がいる限り危険じゃない」
「それもそうね」


話についていけない。段々眠くなってきた。
ㅤ安心したからだろうか。今なら熟睡できる気がする。


「あ、眠そうにしてるわよ」
「寝せるか」
「……わっ……」


脇の下を掴まれて、ベッドに寝かせられる。そのまま上から毛布を掛けられた。
ㅤいつもなら 「子供じゃない」と言うのに、カケルさんにしてもらうと当然の事のように感じた。


「おやすみ、ニオ」
「ニオっていうのね。おやす…ニ……」


あっという間に眠ってしまった。

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