鬼ノ物語

フーミン

6話 無知

ㅤ自由時間というのは、基本的に食事以外の事らしい。夜遅くに外出してる人達もいれば、眠れずに本を読んでる人もいる。
ㅤ俺が目を覚ましたのは皆が寝静まった頃だった。寝息以外には何も聞こえない、とても静かな部屋だった。


ㅤ無音の部屋に、なんだか不安や喪失感を感じて、誰かに甘えたくなった。
ㅤこの部屋から出るドアの隙間からは、小さな光が漏れている。ユキさんが起きているのだろう。でも、今の俺にはその扉の先に出る勇気が無い。
ㅤまだ、心のどこかで 『またアイツらが連れ去りにくる』と思っている。この部屋の中に居れば安全。
ㅤだから、部屋の外が怖い。


ㅤ無音。この建物の外にアイツらが潜んでいるかもしれない。音を消して、俺がベッドから出るのを待ってるかもしれない。
ㅤ俺はただ、恐怖と寂しさに耐えながら寝るしかなかった。


ーーーーー
ーーーーー


〜だい゛っ!! い゛だい゛ぃ゛っ゛!!」


助けて……痛い……死ぬ……嫌だ……


ーーーーー
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「ーオ! ニオちゃん!」
「っ!! はぁ……はぁ……」


あの時の夢を見ていた。


「うなされてたよ……」


気づけば全身汗びっしょり。まだ皆寝てるというのに、眠気は全て無くなっていた。


「眠れないなら、私と一緒にお話する?」
「うん……」


ユキさんが椅子を持ってきて、俺のベッドの横に座った。


「まだ……怖い?」
「……うん」


優しく撫でながら声をかけてくれるユキさん。俺はこの人に甘えるしかない。


「ニオちゃんは……何してる時が1番楽しい?」


何してる時……俺は……。


「ユキさんと話してる時」


素直にそう言うと、ユキさんは微笑んだ。


「じゃあ、これから毎日一緒に話そうね」
「……ユキさんは、どうして俺なんかと……?」
「話しかけてくれるのかって? それは、可愛いからって事もあるけど、一番は一目見た時にピンと来たんだよね」


ピンと来た?


「私と同じ雰囲気がしたの」
「同じ雰囲気……でも、ユキさんみたいに優しくない」
「優しさなんて関係ないよ。今までどうやって生きてきたのか、それが1番大事なの。性格なんて1人1人違う個性だから、誰一人として同じはないんだよ」


今までどうやって生きてきたのか……。前世の話をしてるのだろうか。


「私も最初は人が苦手でね。人前に出るような事があると、すぐに逃げ出したくなるの」
「じゃあ……なんで勇者なんかを……?」
「どうしてだろうね……私と似てる人を見ると、助けて上げたくなったの」


やっぱり、ユキさんは強い。俺みたいに周りに怯えてビクビクしてるような人間とは違って、自分から関わろうとしてる。


「人間が最も恐れること。何か分かる?」
「……死?」
「それもそうだけど、最も怖いのは "無知である事" なんだよ。死、なんかもそう。どんな苦しみで、どんな辛さか分からないまま死ぬのは怖い」


無知……か。


「私ね、人の事を知ろうと思ったの。あの人は何を見て何を思ってるのか。何をしたくてそうしているのか。ってね」
「知る事が1番難しい……と思う」
「そう。相手を知るって事は、近づかなきゃダメなの。だから私は悩んだ」


悩んだところで、何かを知れる訳じゃない。何かを知るためには行動しなければならない。


「ニオちゃんにだけ……教えるね」
「……?」
「実は私、人の心が読めるの」


人の心が……読める…………それはつまり、近付かなくても相手を知れる。


「じゃあ……俺の心も……?」
「でも、ニオちゃんの心だけは読めないの」
「え……」
「恐怖だとか、寂しさだとか。色んな感情が渦巻いていて、何も読めないの。
ㅤだから、私はニオちゃんの苦しみを取り除こうと、助けようとしてるの」


だから……俺なんかと話してるのか。心を読むために……。
ㅤ人に知られる事の恐怖。それをユキさんは知っているのだろうか。


「少しずつだけど、私と一緒にいる時にだけ心が落ち着いてるのが分かるよ」
「……知らなくていいよ」
「え?」
「俺の心なんて……知らなくていいし、知る必要もない。……知られたくない。
ㅤ心を読む為だけに近付かないで……」
「……」


少し……言い過ぎただろうか。


「……本当の言葉を教えてほしいな」
「……」
「心のどこかで、助けてくれるって思ってるんじゃない? でも、人を信じるのが怖い。その人が何を思ってるのか分からないから、怖い」
「……」


何も言えない。もしかすると、今既に心を読まれている。


「……"汝に女神の加護を"……」


突然、ユキさんが何かを呟いたかと思うと、俺の体は光に包まれた。


「なっ、何っ……」
「ニオちゃんにとって、人を知る事は怖いことだと思うけど……信じる為の一歩だと思って」


そういうと、ユキさんは何処かへと去ってしまった。
ㅤ俺を包んでいた光も、いつの間にか消えていた。


「何……したの……」


何が起きたのか分からない。ただ唖然として、扉を見つめる事しかできなかった。

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