幼女に転生した俺の保護者が女神な件。

フーミン

62話 大悪魔サタン



 国の大きな壁を超えて外へと出てきたシンシア。きっとサラやクラリスがいないで国の外に出たのは初めてだろう。
 しかし今はそんな事なんてどうでもいい。とにかく南にある魔王城を目指して進み続けるだけだ。


「シンシア。もしその城が遥か遠くにあったとしたら途中で休まないといけない。どうする」
「俺が魔力切れになるギリギリまで走り続けろ」
「……分かった。森にいる狼達に食料を集めながら着いてくるように命令する」


 ベネディは森の中を走りながら大きな咆哮をあげた。すると遠くからも似たような咆哮が聞こえて、後ろを振り返ると無数の狼達が着いてきていた。


「群れ長だ。このくらい容易い」
「頼りになる。ただの肉でも魔力の回復にはなるよな」
「ああ。ただ腹を壊すかもしれないが」
「そんな事どうでもいい。今は俺の腹よりサラ達の方が心配なんだ」


 今のシンシアの頭にはサラとアイリに会うことしか考えていなかった。
 街であれだけ情報を探してやっと見つけた手がかり。南にサラ達がいるのは確定であり、シンシアは自分が無力だと分かっていつつも前に進むしかない。
 前に進まなければ何も始まらないからだ。このままあの家に居ても何も無い。せめて1歩、自分から動こうじゃないか。


「もっと速度は上げれないのか?」
「我の体力が持つか分からないが、本気を出すとしよう」


 ベネディの銀色の毛並みがフワッと光を帯びると、まるで閃光のように森の中を駆けていった。
 シンシアから見ると、周りの木々が物凄い勢いで通り過ぎているようにしか見えないのだろう。そして周りからも、ベネディの姿はほんの一瞬光った、程度にしか反応することができない。
 音速より速いベネディの走りは風も音も置き去りにして暗い森の中を駆ける。


 大きな渓谷の崖も一瞬でひとっ飛び。山も軽々と走り抜け、湖の上を走り、それでもまだ魔王の城へは辿り着かない。
 もしかすると国から南の城までなんて無茶な話だったのかもしれない。しかし、1歩踏み出したからには後戻りする暇なんてない。無茶を乗り越えた先にきっと新たな道が開けるはずだ。




「大分速度が落ちてきたぞ」


 かなり走ってきて、いよいよベネディの体力が低下し始めてきた。


「すまない。流石にこのまま走り続けるのはかなりの負担がある」
「……いや、無理はするな。少し休んだ方が良い」


 空を見るとほんの少し明るくなってきている。
 シンシアとベネディはまだ城が見えない事を確認して、近くの洞穴に入り休むことにした。


「近くにいる狼達がすぐに食料を届けてくれる。魔力があるなら焼く準備をしてくれ」
「魔力を回復させたらすぐに出発する。急ぐぞ」


◆◇◆◇◆


「随分と食べるな……急がなくていいのか?」
「ほへへもっ、ひほいへるっ!」


 これでも急いでるつもりらしいのだが、大体大型の猪20頭分の全身の肉を食べてやっと完全回復に近い状態だ。精神に魔力を吸われなければもっと速く出発できただろうに。解約したい気分だ。


「食った! 行こう!」
「全速力で走る」


 再びベネディはシンシアの背中に乗せて走り始めた。


 気づけばシンシアはベネディの背中で眠っており、かなり精神的な疲労が溜まっているとベネディは感じ取った。
 外が明るくなり、活発になって動き始めた魔物達が何度もベネディの目の前に現れる。しかしそれもほんの一瞬で胃の中に入れられ、ベネディは常に魔力の回復を行うことができた。
 魔物も驚いた事だろう。突然光ったと思ったら身体が溶かされているのだから。


 シンシアは何故自分を召喚できたのだろうと今更ながらに不思議に思うベネディは、スヤスヤと眠るシンシアの体温を感じながら考えた。
 確実に転生者だからという理由ではないはず。単純にシンシアの素質、魔力が自分を召喚して使い魔にした。とても不思議な力の正体をベネディは理解できない。


 しかし自分とシンシアはどこか似ている所があると、なんの根拠もなくそう思える事が最近増えた気がする。
 それがシンシアの持つ魔力の力なのか。それともただの人間性か。


 ふと、遠くに城の天辺が見えた。


「っ……シンシア起きろ。城が見えたぞ」
「し、ろ……何っ!? もっと速度を上げろ!!」


 このままシンシアを城に連れていってもいいのだろうか。きっと……良くない事が起こる。そう野生の勘が言っている。


「本当に行くのか?」
「行かない理由ないだろ!? 俺は行く! 怖いならベネディは帰ってもいい」
「行けるところまで行こう」


 この城からは何か良くない気配が感じられる。シンシアの意思は変えられないが、せめて自分の身を守る為に"行けるところまで"と言ったのだ。


◆◇◆◇◆


 巨大な城の目の前にやってくると、妙な威圧感を感じた。
 邪悪な何かが大量にいるような気がして胸が苦しくなる。


「……っ!」


 その時、城の入り口の扉が開かれた。


「よく来たな」
「っ!? アイリ!?」


 メイド服を着たアイリが現れて、シンシアはアイリの名を叫んだ。


「私はアイリではない。入れ」
「なっ……悪魔か……」
「なんだ? 悪魔がいると想定してここに来たのだろう? 今更驚くことはない。早く入れ」


 アイリの言葉とは思えない程冷たい声色、言葉がシンシアの胸に刺さる。やっと会えたアイリに拒絶されているような気がして、更に苦しくなる。


 警戒しながら城の中へ足を踏み入れる。


「さて、何の理由もなくここに来たお前は今から何をする」


 背後にいるアイリ、ではない悪魔がそう問いた。


「まさか暴れるだけか? それとも何か希望があるとでも思ったか?」
「黙れ……悪魔」
「今のお前には大悪魔様だけでなく、私にすら勝てないだろうな」
「っっ〜〜〜…………」


 本当にその通りであり、シンシアは悔しさで何も言うことができなかった。ベネディは既にどこかに行ってしまっている。頼れる者は誰もいない。


「……サラに会わせろ」
「いいだろう、案内してやる。それまで私達の話でもしてやろうか?」
「聞きたくもない」


 シンシアは悪魔に着いていった。


「大悪魔様は遊び好きでね。悪魔らしい事をするのが大好きなんだ」
「……聞きたくないと言っただろ」
「まあ聞けよ。これは単なる遊びなんだ」
「遊び……?」


 シンシアが疑問を口に出し、よく分からないといった顔をするとアイリはこちらを向いて笑った。


「私達の主、大悪魔サタン。サタナキア様と呼べと言われている。サタナキア様は本気で人を困らせようとしている訳では無い」
「どういう事だ」
「アイリだって喜んで協力してくれている」
「……回りくどい話はもういい。早く説明してくれ」


 すると悪魔は一つの扉の前で立ち止まった。


「サラの姿を見せてから話してやろう」


 目の前の扉がゆっくりと開かれる。


──────
────
──


「シンシアちゃん心配したっ? ねぇねぇ! どうだった!?」
「…………え…………サラ……?」
「そうだよ! サラ! ほらピンピンしてる! どう!?」


 何が起きている?
 何故行方を眩ましたサラが今、目の前で元気にはしゃいでいる? 俺は夢を見ているのか?


「……………………」
「ふっはっはっはっはっ! 思考停止してるみたいだな!! アイリに身体を戻してやろう」
「シンシアちゃ〜ん! 心配したでしょ! 私に会えなくて寂しかったでしょ!」
「ふぅ……シンシアちゃんごめんね。ここに来てサタナキアって人にお願いされたらサラ先生ノリノリになっちゃって、私も仕方なく協力したの」
「は?」


 シンシアは何がなんだか理解できず、ただ目の前で悪戯っ子のように笑うサラと笑いつつも申し訳なさそうな顔を見せるアイリを見て立ち尽くす事しかできない。


「あ、だ、大丈夫? シンシアちゃん泣かないで」
「こればかりは私もサラ先生が悪いと思うの」
「えぇっ!? アイリちゃんもノリノリだったでしょ!?」
「そっ、それは最初だけでっ……あっシンシア……ちゃん?」
「お前ら…………詳しく説明しないと力の限り暴れ回るぞっっ!!!」
「怒ってるシンシアちゃんもやっぱり可愛いっっ!!!」


◆◇◆◇◆


 シンシアはサラとアイリに詳しい説明を受けた。


 昔、シンシアがイヴの元でメイドをしていてその間サラとアイリは寂しくて心配で辛い思いをしていた。
 そんな思いをさせた仕返しをしないか、シンシアちゃんのビックリした顔、サラやアイリの事を思って寂しい表情をしたシンシアちゃんを見たくないか。そうサタナキアという人物に言われたらしい。
 それでサラは、この城でずっとシンシアを監視して罪悪感を感じつつも自分と同じ経験をさせてみたいと思い協力したらしい。


「サラ先生、これはシンシアに謝った方が良いと思うの。それは昔私達も同じ思いして、欝にまでなったけどこういう形でこんな思いをさせるのは酷いわ」
「アイリちゃん裏切らないでよぉっ!!! ねっ、ねぇ! 最初はワクワクしながらシンシアちゃん見てたじゃん!?」
「でもっ……シンシアちゃん凄く辛そうだったから……私達よりの時よりはまだマシだったけど……シンシアちゃんは子供だよ?」


 子供扱いはここでもされるのか。
 しかし、納得はしていないが二人共無事で安心した。


「……ってことは、2人は俺に仕返しをする為に悪魔に協力して俺を鬱になる直前にまで追い込んだ……と。そういう事か」
「そ、そうだと言えばそうなんだけど、そうじゃないっていうか……あっシンシアちゃんその魔法陣は? 見たことない魔法陣なん──」


 シンシアはサラとアイリに後遺症の残らないほんの一瞬激痛を与える魔法を使った。激痛といっても全身の筋肉が釣ってビキビキになったような激痛であり、ショック死する程ではない。


「あふっ……凄っ、痛い…………」
「はっ……はっ……はっ……シンシアちゃっ……ごめっ……」
「二人共謝れ。今すぐ謝れ」
「「ごめんなさい」」
「許さない。死ね。大嫌い。クソ」


 シンシアは暴言を吐いて部屋を出ようとすると、そこにニコニコした1人の女性が立っていた。


「やあ! 僕はサタナキア。サタンだよ」


 褐色の肌でとても色っぽい身体をしていて、サタンの名を名乗るその女性は片手を上げて挨拶をしてきた。


「あっ! サタナキアさんっ!! 貴女のせいでシンシアちゃんに嫌われちゃったよ!!」
「そんな僕に言われても困るな〜? 僕はただ面白そうだからやっただけだよ? ほら、シンシアちゃんが許してくれたら丸く収まるよ?」


 全ての大元凶であるサタンが目の前にいる。


「好きなだけ殴らせてくれたら全て無かったことにしてやる。殴らせてくださいサタン野郎」
「ほらっ! 無かったことにしてくれるってっ!!」
「えっ!? なんでサラとアイリまで僕を抑えつけるの!? 楽しかったじゃん!!!!」


◆◇◆◇◆


「ふぅ、まだイライラするけどもういいや」
「け、結構痛いね……シンシアちゃんのパンチ」


 サタンは腫れた顔を抑えながらそう呟いた。


「シンシアちゃん許してっ! ねっ?」
「その代わり今日から俺が良いって言うまでなんでも言うことを聞く事」
「分かった! なんでもする!」
「アイリもだからな」
「はい……ごめんなさい」
「帰ろう」


◆◇◆◇◆


 サラとアイリを連れて家に帰ってくると、サラはクラリスの6時間にも及ぶ説教を正座で聞かされていた。
 アイリは廊下に1時間正座で許されたが、クラリスはかなり激怒しているようだ。


 いや、クラリスだけではない。クラスメイトも皆が激怒していた。


「ひぐっ……うっ……」
「クソが」


 泣きじゃくるサラに最後の暴言を吐いて、シンシアはベッドで休んだ。

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