幼女に転生した俺の保護者が女神な件。

フーミン

32話 魔王軍



 ここはどこだろう。確かクラリスさんが魔王軍幹部で……サラ……っ!


「サラッ!」


 身体を起こし周りを見渡すと、全く知らない部屋に俺はいた。
 目の前の扉の奥から小さな足音がして、その扉がゆっくりと開かれる。


「おはようシンシアちゃん」
「クラリ……ス……さん」


 そこから現れたのはサラではなく、自分を強欲の魔女と名乗るクラリス・ラナだった。
 しかし、クラリスさんに恐怖心を抱くことはなかった。初めて会った時から変わらない雰囲気で、不思議と嫌いになる事ができない。


「サラは……どうなったんだ?」
「サラさんならきっと今頃シンシアちゃんを助けに来る為にこちらに向かってきているのかもしれないわね」


 そうか……無事なんだな。
 安心して肩の緊張を解くと同時に、シンシアは部屋の窓から見える外の景色に疑問を抱いた。
 空が赤い。そしてこの部屋はかなり高い位置にあるようで、下が見えない。


「外が気になる?」
「う、うん……ここはどこなんだ?」


 クラリスさんはシンシアが寝ていたベッドに座って、シンシアの右手を優しく握って説明を始めた。


「ここは魔大陸の中心にある魔王様のお城よ。空が赤いのは濃度の高い魔力と太陽の光が合わさって起きる現象」
「やっぱり……クラリスさんは魔王軍幹部……で、間違いないのか」
「ええ。でも魔王軍だからって悪い事ばかりじゃないのよ」


 クラリスは棚から一冊の本を取って、今度は同じベッドの上で横に座ってきた。
 クラリスの太ももや肩が密着しているが、気にする様子もなく。本を開いて、子供に絵本を読み聞かせするように読み始めた。


「これは魔王軍の目的が書かれているの。──全ての種族が皆平等に扱われる世界を作る為。素晴らしい国を作り上げる」


 全ての種族が皆平等。確かにそれは理想の世界だ。


「何故、人は魔物と戦うのか。何故魔物は人と戦うのか。シンシアちゃんは考えた事ある?」
「……仲間や家族を守る為……?」
「そう。人にも魔物にも家族がいるの。人は魔物の住処に行って狩りを行いお金を稼ぐけれど、それは一方的な虐殺でしかないの」


 そう言われれば、ハンターが手を出さなければ魔物達が人を襲う理由がない。


「だから全ての種族……魔物と共存可能な世界を?」
「シンシアちゃんは理解が早いわね」


 クラリスさんに頭を撫でられて、素直に喜んだ。
 小さい頃に勉強が出来て母親に褒められる。そんな感覚だった。


「他にも色んな事が書いてあるから、読んでみるといいわ」
「うん。後で読んでみる」


 本をベッドの横にある明かりを置くテーブルの上に置くと、クラリスさんは立ち上がってクローゼットを開いた。


「今から魔王様に挨拶に行きましょう」
「ま、魔王様に……か」
「緊張なんて必要ないわ。魔王様は広い心を持っているから、余程の無礼を働かない限り大丈夫よ。シンシアちゃん程の可愛い子なら何しても許されると思うけれどね」


 そういって微笑むクラリスさんの方が可愛いと思えるのは俺だけだろうか。思わずドキッとしてしまった。
 クラリスさんがクローゼットから取り出したのは、ゴシック調のドレス。そして赤いチョーカー。


「それに着替えないといけないのか?」
「きっと似合うわ」


 あまりドレスとか、そういう可愛い系の服は着たくないのだが。このドレスは黒で統一されている為、大人のような雰囲気がある。
 スカートの部分も足を完全に隠す程長い為、俺でも恥ずかしがること無く着れそうだ。


「サイズもピッタリにしてあるから、着替えたら行きましょうか。きっと魔王様もシンシアちゃんを見てメロメロになるわ」
「はははっ、そうなれば嬉しいな」


 シンシアはいつの間にか、魔王の城にいる。という事に対し違和感を抱かなくなっていた。心の底から、クラリスに優しくされて喜びを感じているのだ。


◆◇◆◇◆


「凄く似合ってるわ」
「良かった。足も見られないし、これなら俺でも着れるよ」
「んん〜っ抱きしめたいけど乱れてしまったら駄目。もどかしいわ」


 クラリスの発言には、俺に対する愛で溢れている事が分かった。全く愛される様な事はしていないのだが、クラリスは全て正直な態度で俺に接してくれている。なら俺も素直にならないといけない。


「魔王様の元に向かいましょうか」
「分かった」


 いよいよこの城の主であり、魔王である存在に挨拶しに行く事になったシンシア。ここで生活していく。そう決心しているようだ。




 長い廊下を進み、メイド服や燕尾服えんびふくを着た人ではない使用人達と何度かすれ違いながら、いよいよ謁見の間にやってきた。
 大きな扉が開かれ、赤いカーペットの上をクラリスとシンシアは進む。シンシアは緊張したまま、クラリスの足元を見ながら着いていく。
 玉座の前にやってきた2人。クラリスがその場に膝を付いて座ったのを見て、シンシアは困惑しながらも同じように膝をついた。


「まあ立ってよ」


 そこで聞こえたのは、威厳のある低い声……ではなく。穏やかな女性の声。しかし場の空気は変わらず、クラリスはゆっくり立ち上がって正面を向いた。


「お久しぶりです。魔王様」
「凄い久しぶりだね〜、その子がシンシア?」
「はい。 ……顔を上げて」


 クラリスさんに小さな声でそう言われたので、緊張しながらも顔を上げて魔王が座っているであろう玉座へ視線をやる。
 そこには、黒と赤が混ざって不思議な色の髪が印象的な女性がいた。額には二本の角、そして背中からマント。いや、マントのような二つの黒い翼が生えている。
 お尻からは細い尻尾が生えており、ヒョロヒョロと揺れている。


「よく会いに来てくれたね。僕はここの魔王をしてるイヴだ」


 なんと、その女性が魔王らしい。


「あっ、今この人が魔王? って目したね。もう……初めて会う人皆そんな反応するんだよ……」
「す、すみません」


 咄嗟に謝ると、魔王は綺麗な赤い目を細めて俺を見つめてきた。まさか……今ので機嫌を悪くしてしまったか。
 嫌な汗が流れる。


「君凄いね。魔力が濃いし、鍛えてあげればすぐ良い戦闘員になるよ」
「戦闘員……ですか?」
「そう戦闘員。近くの国が私を倒そうとしてくるから、そいつらと戦わなくちゃならないんだよ。あぁ〜でも君みたいな子にはもっと良い仕事があるからな〜……勿体ない」


 もっと良い仕事とは何なのだろうか。


「ま、まさか魔王様。シンシアちゃんにあの仕事をさせるのですか?」
「うん。こういう子少なかったし、それに歳取らないんなら性処理係として良いかなって」


 せ、性処理係っ!? 俺がっ!?


「あっはっはっ! 冗談だよ。シンシア、君にはこの城でメイドとして働いて貰おうと思う」
「ほっ……分かりました。シンシアちゃん、大丈夫そうかしら」


 横でクラリスが安心して、手で胸を抑えていた。


「メイドの仕事がどんな物なのか分かりませんが……多分大丈夫だと思います」
「よし決まり! 一応メイドでも戦闘技術は必要だから教えるが沢山あるね。グリゼルダ〜! シンシアに色々と教えてやって」


 すると、謁見の間の端の方に立っていた女性がその場に膝をついた。


「分かりました」
「クラリスはシンシアのお世話役だね」
「はっ、分かりました」


 それから少し魔王イヴに質問を受けた後、クラリスと一緒に元の部屋に戻った。

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