恋人を寝取られて退役した救国の騎士は冒険者になりました

水源+α

汚れた手

 「──ここだな」

 ホブゴブリンと別れた後、休憩は一切せずに薬草の群生地帯へ歩いていたら到着していた。思えば、いつもより結構な速さで歩いていたと思う。

 しかし、それは不思議なことではなく、一人の生死がこの依頼を達成するかによって変わってくるのだ。内心、まだまだ時間があるというのに焦っていたのかも知れない。

 林を抜けた先にあるのは、目的地としていた薬草の群生地帯。薬草がところ狭しと生えており、上質な薬草であることを表す青い花へ開花を遂げた薬草たちが一面に広がっていた。
 それに、普通の薬草の群生地帯では、希少性が低い薬草が殆どを占めているのだが、ここの群生地帯は、上質な薬草が全体の殆どを占めている。一種の花畑のように見えてしまうが、この全ての花が希少な上質な薬草だと、ここを偶然見つけて一ヶ月は経つが今でも信じられない。

 これほどの規模の上質な薬草の群生地帯は超が付くほど珍しく、世間に知らせばこぞってこの花畑──上質な薬草の群生地帯を確保するためにあらゆる手を尽くして手に入れようとするだろうし、貴族間、はたまたギルド間での抗争にも発展するかもしれない。
 
 何故かと言うと、どうやら近年世界の情勢が変化し、国家間の緊張度が上がっているらしく、ちょっとした抗争が勃発するかもしれないのだ。
 なので、今のうちに備蓄をしているという話であるのだが。

 何故、緊張度が上がっているのかは追々話すとして、戦争になると当然負傷者が続出するので、ハイポーションやポーションが大量に必要になる。その為、最近では多くの国で、王室からの高い報酬金で直々にギルドへ薬草採取を依頼する事例が増加しているらしい。

 勿論、やっていることは他国とは違うものの、ここアリエス王国でも前に二、三回は国家規模で薬草採取を大会という名目で国民に集めさせているので、本質的には同じだ。因みに、俺も参加したが一応56位という中々の成績を取った。
 アリエス王国の総人口は1億人と、小国でありながらもまぁまぁな数だ。参加したのは大体半数以上だと聞いているので、その中で56位なのだ。我ながら素晴らしいと思う成績な筈なのだが、当時の俺の戦友達の反応は微妙なものだった。

 特にあの毒舌僧侶ことレイナに至っては涼しい顔で「……薬草を採取するのは結構なことですが、ギルドの雑用係から卒業する見通しは既に済んでいるのですか?」と言ってきた。

 いやいや、それとこれとは関係ないだろ? 素直に誉めてくれたって良いだろ。どれだけ俺を罵倒したいんだよ。罵倒病かよ。

(……)

 ──話は逸れたが、とにかく特に今年は薬草の需要が高く、薬草の採取依頼が掲示板へ貼り出される量も増えてきているので、つまり今の状況でこのような豊かすぎる薬草の群生地帯を世に流せば、必ず人が死ぬ騒ぎになってしまうのだ。金は誰もが欲しがっているもので、幸せにもなれるが、時にどうしようもないほどに人を盲目にさせてしまうものだ。

 これまで、普段は温厚だった人間が金が絡んでくると、狂ったように人を蹴落としてきたのを何回も見てきた。
 軍人だった頃はしょっちゅうだ。軍に入隊する奴等は貧しい人間が多く、家族を養うためにやむなく入隊する人間なんてざらに居たのだ
 俺も昔は、と言っても十年前の話だが──生きるために必要な金を求めて傭兵になり、実力を買われて軍人になった身だ。
 だから、正直に言えば大金を手にいれるために人を蹴落とす行動は、自分が生きるためだったら正しい行動だと思うし、そういう奴等の気持ちに共感はできる。しかし、それで人を殺めたりすれば唯のクズで人殺しだ。
 
 俺も大概クズで人殺しだが、こういう利益のために薬草の群生地帯を巡って争い、人を殺めることに意味なんてない気がする。

 それこそ、故郷を守るために振るった剣と、薬草の群生地帯を我が物にするために振るった剣とでは意味合いが違ってくるだろう。

 (まあ、そうやって人を沢山殺してきた自分を正当化しようとしてる俺も同類だよな)

 「さて。取り掛かるか」

 ──考え事をしてる場合ではない。今は人を助けるための手伝いをしろ。

 と、密かに自分を叱咤し、作業を始める。

 中腰になり、速く、されど丁重に上質な薬草を採取していく。
 常識では、薬草を採取する際根っこの部分を刈って取るのだが、実はそれだと効能が落ちてしまうので、根っこごと両手で丁寧に抜いていった。
 何でそんなこと知っているのかは、一度研究紛いな事をしたことがあったからだ。
 こういう植物の研究はそれまで学歴のがないために柄に合わないとして来なかったのだが、これも冒険者で稼ぐためだと一ヶ月の期間を設けて、根っこを刈り取った薬草と刈り取らなかった薬草のどちらが治癒力が高いのかを検証して見たのだ。
 すると、そこで刈り取らなかった方が治癒力も微量だが高まり、自然治癒力も高まることが分かったのだ。
 
 (あの時は嬉しかった。初めて学問というものに触れた気がしたし)

 何せ自分は槍と剣しか振ってこなかったのだから不安だったのだが、あの時の達成感と新しいことを見つけた喜びは特別なものだった。

 (にしてもこれを五十本は結構な量だな)

 思い耽りながらも、一本ずつ丁寧に抜いていく。
 時折、薬草の生え際の土を掘り、出来るかぎり薬草へ負荷が掛からないようにまた抜いていく。

 そんな作業を繰り返し、薬草を黙々と採取していくのであった。



………………

…………

……





「──すみません」

 無事、上質な薬草を50個集めきった後、昼過ぎには森から出て、シーラに戻って依頼主の家へ直行で訪ねていた。
 背負っている膨らんだ皮袋のなかに採取した50もの上質な薬草達が綺麗に束ねて入っており、品質等の選別も既に完了している。
 これなら調合師へ渡せば、直ぐに調合を開始してくれるだろう。

「……はい。──あっ。あなたは……」

「こんにちは。昨日ぶりだな。俺のこと覚えてるか?」

「こ、こんにちは。えっと……はい。エーデル、さん? ですよね」

「そうそう。ちょっといきなり来てすまないが、依頼が完了したことを報告に来たんだ」
  
 扉を開けたのは、少し薄汚れたワンピースを着た、ネイという十才の女の子だった。
 伸びきった黒髪を二つに結わえていて、体の発達が同年代の平均と比べて早い方なのか、身長は比較的に高い方だ。

「え、えぇっ!? 早っ……──って、ほ、本当なんですかっ!?」

 ずいっと顔を勢いよく近付けて、普段の2倍は声を張り上げたネイに「ああ。だから今から確認してくれ。入るぞ」と、苦笑してからこじんまりとした家に入り、机の上に袋を置いた。

「一応、選別はしておいた。比較的品質の良い上質な薬草だけを持ってきたつもりだ。まあ分からないと思うが」

「は、はいっ……──っ……ぐすっ……」

 目の前で、皮袋から取り出して机に一本ずつ自分の手で、ぎこちなく並べていく度、瞳から涙を滴らせるネイ。

「……」

 それを見て、少し胸が痛んだ。

 本来、上質な薬草は滅多に手に入らない代物であり、一日で五十本も採取できるようなものではない。精々森の中で半日探して三本、一日潜って七本も見つかれば大収穫だと言える。
 ──だから、ネイは不安でしょうがなかったのだろう。
 不安で一杯で、一縷の思いを賭けて、隣には母親がいないままに、一人で心細いままに見知らぬ街を歩いてギルド本部まで依頼してきたのだろう。
 現時点で出せるのが50シルバーという、依頼内容に不釣り合い過ぎるもので、誰もが受注しないような報酬金だったとしても、誰かが受注し達成してくれることを願って。
 
「……これで依頼完了だな。じゃあ、用は無くなったから」

 ──出来た大人なら、普通はここで慰めの言葉を泣いているネイに向かって言うだろうし、それが無理ならば頭を撫でるぐらいは出来たのだろうが、俺にそんな真似は出来ない。
 何故なら、俺みたいな汚れ切った人間が掛ける言葉なんて高が知れてるし、なにより沢山の血で汚れたこの汚い手で、とても綺麗で純粋な子供の頭を撫でるなんて言語道断だからだ。

 ──俺に、こんな親子愛に満ちた綺麗な空間に居る資格はない。

 だから、こうしてこの場に居続けるのも悪いのでさっさと立ち去ることにした。
 
(ネイの母親……昨日は凄い衰弱してたが、もう治るだろうし顔は合わせなくても良いよな)

 仕事は終わった。さあ、帰ろう。

「あっ、エーデルさん。ま、待ってください」

 扉を開けようとしてる俺を呼び止めたネイ。
 恐らく、礼を言おうとしてるのだろう。

「……あ、あのっ。エーデルさん。ありが──「ネイ」……えっ?」 

 ──当然なことをしているだけだ。そして、これは唯の自己満足に過ぎない行動だ。だから、礼を言われるようなことはしていない。 
 
 そんなことをネイへ口走っても、何も意味がない。

 言わんとしていた言葉を抑え込み、落ち込んだ気持ちを見せないように、ネイへぎこちなく笑って見せた。






「……お母さんは絶対に治る。絶対にだ」

 何を当たり前なことを言っているのだろうか。

「──……はいっ」

 だが、それでもそう言われたネイは瞠目し、次には涙を流しながら微笑んでくれた。












 「──依頼完了しました」

 「──はい。……確認致しました。報酬の50シルバーです」

 「どうも」

 あの後。結局母親へ顔を見せることなく立ち去り、ギルドへ報酬金を貰いに訪れていた。
 丁度帰るとき、ネイではなく事前に俺が依頼しておいた調合師が入れ替わりで家に入ってきていたので、今ごろ調合し終わった薬を母親へ服用させているところだろう。

 「今日もお疲れ様でしたエーデルさん。今回も……その、報酬金が少ないんですけど……生活の方は大丈夫なんでしょうか?」

 思い耽っていると、リーアさんとは又別のギルドでは比較的若手の方の受付嬢に労られ、同時に生活の方の心配をされた。

 「あ、はい。大丈夫です。最悪干し肉だけでも過ごして行けるので」

 「あー……そ、そうですか」

 明らかに顔をひきつっていて、何かを察したような笑顔で相槌を打たれる。
 
 「あの。なにか困ったことがあれば、遠慮なくギルドの方へお申し付け下さいね? エーデルさんには色々と普段から助からせているので。これはギルドマスターも了承していることです。……勿論、ギルドの方へ言いにくいのでしたら私個人の方でも構いませんので」

 「え、良いんですか?」

 「はい。日頃からエーデルさんだけに雑用依頼を押し付けてしまっている我々の責任がありますし、出来る限りのことはするつもりです」

 「成程……では──「はい」……えーっと」

 (なんか凄い食い付きだな。凄い迫力のある目だ)

 こうして考えると、何も浮かんでこない。

 強いて言うなら金が欲しいところだが、それだと日頃から利用させていただいてる身であるので失礼だと思う。
 目を瞑って黙考する俺をガン見して返答を待つ若手の受付嬢の構図が出来てから数秒経った時

 「……やっぱり何も無いですね」

 「……そうですか」

 「……」

 (なんでそんなに落ち込むんだ? え? もしかして今面白い返答とかするべきだったの?)

 心無しか、作業を中断して聞き耳を立てていたように思えた周囲の受付嬢たちから嘆息された気がした。
 何故か暗い雰囲気が、受付に充満する。

 それらを見て、少し考えた後あることを思い立った。

 (ふむ。良いこと思い付いた……ここはちょっと試してみるか)

 「あ。そういえば」

 「はいっ!」

 「「「──……っ!」」」

 ──ガタガタッ。

 「……」

 (一瞬にして空気が明るくなったな。なんなんだこれ。幾らお礼したいからって律儀過ぎないか……?)

 期待したような目で見てくる目の前の若手の受付嬢。
 その内容をチラチラと気になったように見てくる他の受付嬢達。
 これまで今のような話を受付嬢達から持ちかけられたことが結構あったのだが、それらをやんわりと断っていたという理由もあるのだろう。

 (本当に何も要らないけど……了承しても困ることでもないしな)

 どうやら言った方が良いらしいので言うことにした。
 
 「じゃあ……その。恥ずかしいのですが、自分料理を始めてみたいと思っていまして……」

 「料理……ですか?」

 「はい。普段は宿の娘に料理を作ってもらっているのですが、これからのこと……例えば野営するときとかに料理を作れるようにならないとなーとか。まぁ一人でも生きていけるようにしたいなと思って……それで、ここの誰かでも良いので俺に料理を教えてくれたら嬉しいな……と」

 よし、これで良い。

 (これで多分、受付嬢達は断るだろう。だって見ず知らずの、しかも無精髭を生やしてる清潔感の無い男と一緒に料理をしてみたいと思う子が居るとは思えない。少なくとも、俺が女の子だったらしたくないと断言できる)

 「「「「……」」」」

 (……黙ってるな。よし。微妙な雰囲気にもなってるし、ここらで謝ってから出てくか)

 どうせこの後はこんな会話が続くだろうと予測できる。

 『あ、やっぱり無理ですよね。こんな俺と料理なんて』

 『……い、いえそんなことは……』

 『無理しなくてもいいですよ。では、これからもよろしくお願いします』

 『……』

 (全く。期待させんじゃねえよ)

 勝手に未来を想像して勝手に落ち込んだら、想像した会話を早速実行するために口火を切った。 

 「あ、やっぱり無理ですよね。こんな俺と料理なん──「少々待ってもらっても宜しいですか?」……て。……は? ……って行っちゃったよ」

 断ると思っていた若手の受付嬢からの予想外な言葉へ思わず聞き返したが、当人は既に席を立ち、しかも突然他の受付嬢達も席を立って裏の方へ歩いていってしまった。

 「さっきからなんなんだよ」

 不意にぼやいてしまうその言葉は、裏の方へ行ってしまった受付嬢達に聞こえないように小さな声量で発していた。

 (早く帰ってごろごろしたい……)

 あわよくばエリーをからかって癒してもらおう。

 そんなことを思いながら待っている時だった。

 《──ジャンケンポンっ! 相子でポンっ! 相子でポンっ! ……》

 「……え?」

 (──ジャンケン……? え?)

 裏の方から、受付嬢達のものと思われるジャンケンをしている声が聞こえてきた。

 「……いや、仕事放棄して何してんの?」

 幸い、受付の休憩時間の少し前なので人は疎らなのだが、二人の冒険者が困った顔で受付嬢の行方を探していた。

 (完全に俺のせいだなこれは。どうしようか。でも出来ることないし待つしか出来ない……)

 結局その二人の冒険者は諦めたのか依頼書を掲示板に貼り直してから出ていってしまった。

 (なんか。すいませんでした)

 いや、何故俺が謝るんだろうか。

 そもそもなんでジャンケンしてるのか分からない。

 この流れでのジャンケンで予想できることは大体想像出来る。
 それは、『ジャンケンで負けたやつ、エーデルに料理を教えろ』みたいな感じで、つまり、あの中で一人に俺と料理する生け贄を決定しているということだ。

 (うん。そうだな。この会話の流れでのジャンケンはそういうことで…………あ、やばい。泣きそう)

 やっぱり帰ったらふて寝しよう。そうしよう。と思っていると、先程から響いていたジャンケンの声が止んだ。どうやら敗者という生け贄が決まったらしい。俺と料理とか、なんて気の毒なんだろうか。

 「──エーデルさんっ。私が一緒に料理することになりましたリンネと申しますっ!よろしくお願いします!」

 「うおっ! ビックリした……」

 凄い笑顔で、そして凄い速さで裏の方から俺の目の前へやって来た、先程対応していた娘とは別の名も知らない若手の受付嬢。
 そして、その後から何故か落ち込んだ様子でゾロゾロと出てきた受付嬢達。
 
 (いや、というかなんで笑ってんだよ。俺と料理することが罰なんでしょ? ……この際だからもうどうにでもなれって自棄になってんのかこの娘?)

 目の前に来た受付嬢のリンネは、多分このギルドで一番若手の方だろう。
 薄紅色の髪をそのまま肩まで伸ばしていて、くりっとした穏和そうなオリーブ色の瞳。比較的他の受付嬢よりも背は低い。
 街で歩いていたら口説かれるくらいに端整な顔立ちをしている。

 だからこそこの満面な笑顔はおかしい。こんな娘が俺と料理したいと思うなんて絶対にあり得ない話だ。

 「えーっと……あんまり無理しなくても」

 「無理……? もしかして、私と一緒は嫌なんですか?」

 笑顔から一転、不安げな表情を浮かべるリンネという受付嬢に困惑しながらも否定する。

 「いやいや。そんなわけがないですけど……」

 「なら良いですよね? ではあちらの方で早速今後の料理教室の予定を立てましょう! さあ行きますよ!」

 「えっ……ちょちょっと」

 (なんで初対面の男にこの娘は遠慮なく手を繋げるんだよ! 周囲の目が──えっ? なんで受付嬢さん達睨んでくんの? いや、手を繋いだの俺からじゃないですからね?)

 しかも手を繋いでるこの娘の幸せな雰囲気とは真逆な禍々しい空気が他の受付嬢達に流れている。

 「意味が分からない……」

 ──結局、その後はリンネと予定を話し合い、料理教室を週に二回開くことになった。

  そして、ギルドから出るとき、何故かリンネ以外の他の受付嬢達に素っ気なく見送られたのだった。

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